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ドイツ旅行ではコイン・ロッカーに気をつけろ! [ドイツ便り]

ハルツ山麓の北側にあるヴェロニゲローデに大学院の研究生の学生と遊びに来た。さて、彼が大きなスーツケースを持っていたので、とりあえずチェックインができる時間まで、駅のコインロッカーにて、このスーツケースを収容することにした。料金は3ユーロ50セントだ。コインを入れて、トランクを入れて、さて鍵を取り出そうとしたら取り出せない。コインを入れたら抜ける筈の鍵が抜けないのである。上下に動かしたり、左右に動かしたりしても抜けない。これは下手にこれ以上動かしたらより不味いかな、と考え、駅員に助けを仰ぎに行く。駅員のおばちゃんは、事情は理解しても「どうにも私にはできないわ。トゥト・ミア・ライト(残念だわ)」と言われる。まあ、これは想定内だが、「ロッカーを管理している会社に連絡したいのだけど」と言うと「マグデブルクの会社だし、今日は土曜日だから無駄よ」と答えたが、それでも電話番号をどうにか調べてもらって書き取った。さて、それをもらってロッカーのところに行き、電話をするが電話は通じない。ドイツの落とし穴に落ちたか、と愕然としたが、もう一度、ゆっくりと鍵を動かしたら上手く出てきてくれた。どうにか事なきを得たが、日本では想像しないようなことがドイツでは起きえる。ロッカーのトラブルは個人的には初めてだったが、以後、気をつけないといけないな、と思い知る。このブログの奇特な読者の人々にもこの情報を共有したいと考え、ここに記させてもらう。

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【問題のロッカーは蒸気機関車の写真が貼られている右から二段目、上から二段目のものである】
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ドイツの物価(1)-2023年11月 [ドイツ便り]

ドイツで暮らしていると、本当、日本に比べて物価が高いような気がする。しかし、気がするだけではあまり説得力がないので、今日、ビオ系のスーパーで買い物をしたときのレシートを見ながら、その金額をここに記録しておきたいと思う。

・ズッキーニ:1キログラムあたり5.99ユーロで、比較的大きなズッキーニということもあって一本2.84ユーロ。
・赤パプリカ:1キログラムあたり11.90ユーロで、比較的大きなパプリカということもあって一個2.90ユーロ。
・キノコ:1キログラムあたり9.90ユーロで、比較的小さいキノコを二つで0.67ユーロ。
・卵6個で2.79ユーロ。
・洋梨一個で2.10ユーロ。
・ミルクが一リットルで1.79ユーロ。
・チーズが1キログラムあたり21.90ユーロで、4.38ユーロ。

結構、野菜とか果物は日本の方が高いというイメージを持っていたが、必ずしもそうでないことがわかる。赤パプリカが1個500円、ズッキーニが一本500円って日本でも随分と高いかと思う。洋梨も400円ぐらいだ。うん、日本の方が安いな。

ただ、この後、肉屋で牛肉を買ったら、300グラムちょっとで6ユーロ。これは、流石にまだ日本の方が高い。

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ベルリンの水道水は不味い? [ドイツ便り]

ベルリンで生活している。水道水は直接では飲料水として飲まないが、お茶やコーヒーをつくる時には使う。しばらく、そうしているが、ちょっとお茶とかコーヒーとかが美味しくない。なんか臭うのである。これは、もしかして水が不味いからか、と思い、お茶やコーヒーをつくるときに湧かす水をエビアンにしてみた。果たして、味は遥かによくなった。ちょっと高くつくが、これからは水道水を使わず、珈琲やスープなどそのまま口に入れる場合は、ミネラル・ウォーターでお湯も沸かすことにした。ベルリンはそもそも湿地帯を埋め立ててつくったような都市である。水が美味しくないのであろう。

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ベルリンのアパート管理会社との行き違い [ドイツ便り]

ベルリンのアパート管理会社がいつまでも居住証明書を発行してくれない。これがないと住民登録できなく、住民登録できないと銀行口座も開けないし、保険にも入れない。いろいろと不便だし、そもそも入国してから2ヶ月以内にしないといけないものなのだ。既に市役所とはアポも11月中旬に入っている。アパート管理会社には、大学の同僚や秘書にもお願いして、書類をメイルで請求しているのだが、まったく埒があかない。電話をしてもらっても、電話にも出ない。メイルもなんかたらい回しにされて、しかもたらい回し先の担当の名前も連絡先も教えない。なんなんだ、この状況は。
 もう、しょうがないので大学の事務に苦情を言ってもらったら流石にビビって、もう既に渡している、と言う。いや、渡してもらってないから、ということも同僚や秘書、そして大学の事務の方々と共有して交渉したら、どうも、アパートの管理人が私に渡し忘れていたことが発覚した。もう、25日もこの管理人は書類をどっかに放っておいたのだ。めちゃくちゃ、けしからんな、と思ったのだが、わびの言葉は一言も無し。とはいえ、問題は一件落着です。とはいえ、これははじめの一歩にしか過ぎませんが、いろいろと大変です。
 こんな仕事が出来ない国と比べて、人口当たりのGDPが2/3の日本って何なんだろう、と痛切に感じますね。ただ、圧倒的に政治家のレベルは、日本は低いと思います。国のことより、自分、そして自分の選挙基盤のことばかり考えているからね。この経済がグローバル化している中、そういう発想だけで政治をしていたら、どんなに国民が優秀で頑張っていても、国の競争には負けることが、ドイツにいると痛切に感じます。
 

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ドイツの携帯電話を購入し、電話番号を開設する。 [ドイツ便り]

ドイツに一年間ほど済むうえで、気になるのは携帯電話代、そして、ネット代である。日本にいてもテザリングをしていると電話代が凄いことになる。海外では、どれだけ請求されるかが分からない。ということで、ドイツで携帯電話を購入し、ドイツでの電話番号を確保することを考えた。
 携帯電話の購入は簡単だ。ちょっと日本より高いのは気になるが、まあ、果物とアルコール飲料以外は鬼のように高いのでこれはしょうがない。問題はその後の電話番号の確保である。まずは通信事業者の選定である。ドイツの大手は、T-モバイル、ヴォーダフォン、それにO2である。他にも細々した小さな会社があるが、まあ、上記の3つから選ぶのが無難であろう。
 日本だと携帯各社(ドコモとかソフトバンクやauですね)と契約しなくてはならないが、ドイツでは必ずしも契約しなくてもよい。それじゃあ、どうするのかというとプリペイドSIMを購入するのだ。これは、上記の携帯会社三店舗のどれかで買うといい。ちなみに、スーパーマーケットとかでも、上記三者以外の会社のも含めて、SIMカードは売っているが、これらはカードを買っただけでは電話が使えるようにならず、アクティベートをさせなくてはいけない。自分でやれないこともないが、慣れてないと相当、面倒なので、大手の携帯会社のものを購入して、そこでアクティベートもしてもらうのがいい。
 私は同僚がO2推しだったので、O2に行ったのだが、なんとシステムがダウンしてしまっていた。そこで翌日、訪れるとまだダウンしたまま。翌週に行くと、今度はSIMカード自体が売り切れている、と言われる。なんだ、なんだO2。流石に酷すぎるな、と思い、若干、私の利用パターンだとO2のSIMカードがお得かなと思っていたのだが、このサービスの酷さはろくでもない、ということでT-モバイルのお店に入ったら、めちゃくちゃスムーズに携帯もアクティベートしてくれ、さらに携帯のセッティングまでしてくれて大変、助かった。O2とは雲泥の差である。なお、手続きにはパスポートとドイツの住所(これは特に免許証とか、そういう証明書は必要ありません)、それにメアドの情報が必要です。 
まあ、一年間しかいないので、出来れば解約とかが面倒臭そうな契約はしないに越したことはなく、このSIMカードでそこそこやっていけるのではと思っている。もし、またトラブったらこちらで共有したいと思います。

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ベルリン工科大学の学生の金銭事情 [ドイツ便り]

ベルリン工科大学の学部生と話しをした。授業料は学期で100ユーロ(1万6千円ぐらい)だそうだ。破格に安い!少し前までは300ユーロで、その代わりドイツ鉄道の域内フリーパスのようなものがついてきたのだが、ドイツ鉄道の運賃が値上げしたので止めたそうである。これに加えて、毎月500ユーロほど大学から支給されているので、大学の研究補助のようなアルバイトをするだけで、他にアルバイトをする必要もなく生活できるそうだ。恵まれているよなあ。勿論、ドイツには私立大学がほとんどなく、ほぼ公立大学ということもあるので、このような学費設定ができるのだが、人にお金をかけている。日本も、もう必要性がなくなった道路や、明らかに時代遅れになっている原子力発電所に拘泥してお金を使うよりも、人に投資した方がいいんじゃないかな。
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ドイツのサランラップは三流品以下 [ドイツ便り]

ドイツで生活をしていて、色々と戸惑います。ドイツには以前も住んでいたことがありますが、その時は奥さんと一緒だったので、生活全般のことは奥さんに任せていたので、自分ですることはありませんでした。そういうことで、結構、今回は新鮮なハプニングが多いです。その中で、やはりドイツと日本で商品のクオリティの違いとかで驚くことがあります。例えば、ドイツは流石に肉屋で売っている肉の質は高い。レバーペーストやソーセージとかは、本場ということもあって、これは流石に日本のデパートで売っているものよりもクオリティが高く美味しいですね。一方で、日本の方が全然いいものは、これは星の数ほどあると思いますが、凄い違いを感じるのはサランラップ(これは商標名ですね)です。私がドイツで購入したのはJa!という会社の商品なんですが、サランラップの伸び、そしてサランラップを切るところのカッターのような部分が本当に出来が悪く、不良品です。10倍の値段を払っても日本製のサランラップが欲しいです。是非ともドイツに輸出して欲しいものです。

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ドイツについて3日目でクレジット・カードが使えなくなった [ドイツ便り]

ドイツについて3日目でクレジット・カードが使えなくなっていた。なんだ、なんだ。ということで、カード会社に連絡をすると、どうもカードの情報が漏れているらしく、オンラインで変な購入がなされているとのこと。家族のものに連絡しても、そのようなオンラインでの買物はしていない、ということでそのままブロックしてもらった。とはいえ、クレジット・カードが使えなくなるのは相当、厳しい。一応、再発行はしてもらったが、その送り先は日本の自宅である。オンラインでの買物はできるかもしれないが、店頭での買物やホテル等では使えないだろう。いや、ブッキング・コム等では事前支払いにすれば使えるか。まあ、幸い、これ以外のクレジット・カードが無いわけではないが、いやはやドイツ滞在3日目でこんな事件に遭うなんて、なかなか前途多難である。

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ベルリンで入居したアパートはジーメンズシュタットというジーメンズの企業団地であった [ドイツ便り]

10月6日にベルリンに到着する。これから一年弱というか11ヶ月ほど、ベルリン工科大学の客員教授として勤めることになったからだ。そこで、大学が斡旋してくれた業者を通じてアパートを借りた。場所はジーメンズダムという地下鉄7号線の駅のすぐそばにある団地群の建物の一つで、12階建てである。31㎡と相当、狭い。ベッドルーム兼リビングルーム、キッチンと洗面所+シャワールームという3室+玄関スペースという構成である。あとテラスもついている。日本人なのでバスタブは是非とも欲しかったが、そのような物件は残念ながらなかった。いや、高級ホテルでもバスタブがないドイツなので、ある程度は致し方ないが一年間、シャワーだけというのはなかなか厳しい。ただ、部屋の採光はよい。
 ベルリンは、20年前は空き家だらけで、ベルリン州立銀行も倒産したりして、本当、物価が安く、賃貸物件も安かったりしたが、今はまったく真逆。賃貸物件を探すのは難しく、見つけられたりしても馬鹿高かったりする。ということで、まあ致し方なく住むことになった訳だが、どうにかここで11ヶ月ほど生き延びていきたいと思っている。
 さて、この団地のある場所はその名前から分かるようにジーメンズが従業員向けにつくった企業団地であり、おそらく私が入っているところも昔はジーメンズの従業員(おそらく独身)が住んでいたところだと推察される。
 ジーメンズはベルリンのクロイツブルクが発祥だが、企業が大きくなるにつれ工場も拡大し、従業員も増えていき新たな大工場をつくる必要に迫られた。そこで、1897年にはベルリン郊外にあり当時は別の自治体であったシャーロッテンブルク地区の野っ原に土地を購入し、その二年後には工場が操業し始める。ジーメンズが購入した土地は212ヘクタールに及んだ。ここはジーメンズシュタット(ジーメンズの都市)と名付けられ、30年後の1930年頃にはここには65000人の従業員が働くことになる。
そして、ジーメンズは従業員のための団地を1905年からつくることになる。当初は、デベロッパーへ出資をするという役割に限定していたが、第一次世界大戦後の住宅不足に対応するためにジーメンズは1919年にジーメンズシュタット住宅会社(1922年にジーメンズ住宅会社に改名)を設立し、500戸数の住宅を提供することになる。これらはジーメンスシュタット住宅とよばれ、1930年代にはハイマート住宅が1000戸ほど賃貸用としてつくられた。
 ざっと調べたところは、こんな感じであるが、もう少し、ちゃんと調べて整理したいと思ったりもしている。その場合は、ブログではなく論文という形式で発表したいと思っているが。

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<団地の外観>

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<ベッドルーム兼リビングルーム>

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<ベッドルーム兼リビングルーム>

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<シャワー・・・とほほ>

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<キッチン>
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フランクフルトからデュッセルドルフのICEに乗ったら途中で降ろされた [ドイツ便り]

フランクフルトからデュッセルドルフまでICEで移動しようとする。デュッセルドルフ行きの列車は15分ぐらい遅れてやってきた。それは、いつものことなので驚きはしなかったが、すごいぎゅうぎゅうであった。これだけ乗車していると座れないかな、と懸念したが、荷物を隣に置いているあんちゃんに、そこが予約されていないことを確認してから「ここ空いている」と尋ねると、素直に荷物をどけて座らせてくれた。さて、そこまではよかったのだが、フランクフルト空港に到着すると、車掌がアナウンスをし始める。私はよく聞き取れなかったのだが「トートゥ・ミー・ライト」とか「オーヴァー・キャパシテート」と言っているのは分かった。あと、次の列車に乗れと言っているのは分かった。しかし、その理由はよく分からない。英語でアナウンスをしないのは、客にとって悪いニュースだからだ。故障か?とも思ったりしたが、何より、隣のドイツ人が急いでおり始めるのを見て、これは急いで動いた方がいいな、と思い、私も降りる。とはいえ、車両が混んでいるので、簡単には列車から降りることはできなかった。そうこうしていると、英語でのアナウンスもあった。席を予約していない客は降りろ!というアナウンスであった。予約されていない席もあるので(私もそうだったが)、それらに座っていればいいのではないか、と思いもしたが、それはアナウンス後、急いで降りたドイツ人も同じ条件なので、これは抵抗しない方がいいな、と思い、そのまま降りる。とはいえなあ、一度、乗せてから降ろさせるというのは、さすがドイチェ・バーン。乱暴だ。そういう対応をするなら乗せなければいいのに、そういう臨機応変な対応ができないのだな。ということで、私は素直にフランクフルト空港駅で降りて、次の列車の指定席を購入した。指定席、ただの4ユーロ50セントだから金銭的な負担は少ない。ただ、フランクフルト空港もそうだったが、飛行機、列車の本数が減っており、さらに従業員も減っているので、相当、混んでいる。これからヨーロッパというかドイツに行く人は要注意だ。ICEもなるべく指定席を購入した方がいい。私はジャーマン・レイル・パスをけちって2等にしたが、1等を買った方がいいかもしれない。

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ドイツ鉄道への怒りを再び新たにする [ドイツ便り]

 ドイツ鉄道には、ドイツに住んでいた時にも本当に酷い目に遭ったが、それは8年経っても変わらない。というか、もう今回の旅行では酷い目に遭っているのだが、本当、少しは改善して欲しい。今回は券売機への怒り。ベルリンからブランシュヴァイツに行くのに59ユーロ。時間もぎりぎりなので、クレジット・カードの暗証番号等の入力にお金がかかるのが嫌なので現金で払おうとした。50ユーロと20ユーロだ。何の問題もないと思うでしょう。ところが、そうは問屋が卸さないのがドイツ鉄道の恐ろしいところである。
 最初の50ユーロは問題なく受け入れた。しかし、次の20ユーロを受け付けない。これは私の紙幣に問題があるのかなと思い、代わりに新しく50ユーロを入れるとそれも受け付けない。そこで、私はこの券売機のシステムを理解した。すなわち、残り9ユーロになると、もう10ユーロ紙幣以下の紙幣しか受け付けなくなるように、この券売機は設計されているのである。
 これは、数日前に券売機でチケットを買った時に、30ユーロ以上の券だと50ユーロを受け付けて、13ユーロだと受け付けないので、そうだったのと理解したのだが、まさか紙幣を足して払う時もそのように設計されているとは夢にも思わなかったが、それ以外には理由が見いだせない。しょうがない。クレジット・カードで払おうと思ったら、今度は最初に投入した50ユーロが戻ってこない。いや、これはどうにかしたら戻ってくるかもしれないが、ドイツ鉄道の券売機は紙幣ではなく、コインで戻ってくるので、このままでは2ユーロコインが25枚戻ってくるかもしれない。ほとんど発狂するかのような怒りをこらえつつ、後ろに並んでいたお客に20ユーロをくずせないか、と尋ねたら、幸いなことに持っていてくずしてくれた。10ユーロを入れたら問題なく機械は受け取り、私は1ユーロのお釣りとチケットを取って急いでホームに駆け込んだら、どうにか間に合った。しかし、それにしても、この客を馬鹿にしたシステムはどうにかならないのか。まあ、ドイツ経済はひたすら好調なので、こういうところで無駄というかハンディをつけた方がいいのかもしれないが、このドイツ鉄道がもたらす不経済は、ドイツの経済成長を阻んでいることは間違いない。

タグ:ドイツ鉄道
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ツヴィカウ [ドイツ便り]

 ツヴィカウという都市に訪れる。なんか、何のイメージもなく、ただZから始まって次がWなので、アルファベット順だったら最後に来る都市だよな、というようないい加減なイメージしかこれまで抱いていなかった。それまで大した関心を寄せたこともなかった。
 しかし、ヨーハンゲオルゲンシュタットに行くことを決め、そのためにはどこか近くに泊まった方がいいだろうということで玄関口であるツヴィカウに泊まることにしたのである。さて、行くと決めてちょっと調べてみたら、なんと相当、大きな都市であることが分かった。エルツ山地の麓に拡がる、ドイツではルール工業地帯に次ぐザクソンの三角形と呼ばれる工業地帯の一翼をも担う。これはライプツィヒ、ドレスデン、ケムニッツなどを含む工業地帯である。
 人口はほぼ10万人であるが、商圏は48万人。また、ザクセンの自動車工業の中心地区であり、アウディ、トラバントはここが発祥のようである。もちろん第二次世界大戦後、アウディは旧西ドイツに逃げるが、その創業の地がツヴィカウとは知らなかった。
 さて、ただプラウエンやコットブスのように旧東ドイツの10万程度の都市同様に、ツヴィカウの駅前もおそろしく寂しいものであった。ここからはトラムで中心市街地まで結ばれているのと、後で気づいたのだがローカル鉄道であるフォクトランドバーンがツヴィカウ・ゼントラムという中心市街地にある駅まで入り込んでいたのだが、私は中央駅で降り、トラムは土曜日と日曜日には運転されていないことを知り、タクシーで中心市街地まで行ったのである。
 さて、ツヴィカウはご多分に漏れず、城郭都市であり、しっかりとした城壁がつくられていたようで、その内部が中心市街地として、歴史的街並みを形成している。興味深いというかユニークなのは、中心市街地内にプラッテンバウ団地がつくられていることである。戦災か何かで破壊されたのであろうか。通常、アイゼンヒュッテンシュタットのような新たにつくられた都市を除けば、プラッテンバウ団地は旧市街地にはつくられない。コットブス、ライプツィヒ、エアフルト、プラウエン・・・、ホイヤスヴェルダなどのような計画的工業都市でも旧市街地がある都市では、そこでの建設は避けられる。しかし、このツヴィカウは違う。とても興味深いな、と思ったら、ここが、今年度のヨーロッパ最大の学生コンペの対象地であることが分かった。しかし、これは極めて難しい都市的課題である。どんな案が出るのか興味が湧く。プラッテンバウ団地のそばをムルデ川が流れており、ここから中心市街地をみると、プラッテンバウ団地と旧市街地の歴史的建物が同時に見られる。
 また、縮小都市であるにも関わらず、そして人口が10万人程度であるにも関わらず、旧市街地は人で溢れていた。ここらへんは本当に不思議である。トラムも走っているのは、旧東ドイツの都市に共通していることなので、いまさら驚かないが、中心市街地は自動車がほとんど入れないようになっており、コンパクト・シティとして機能する条件をしっかりと維持しており、また成功していると思われる。
 南ザクセン地方は、プラウエン、ツヴィカウ、ケムニッツ、デッサウ、ゲラ(州はチューリンゲンであるが)といった比較的大きな都市があまり距離を置かずに立地している。その集積はルール地方のミクロ版のようで、大変興味深い。個々の都市の規模は大きくなくても、マクロな地域レベルでみると潜在的な可能性を感じるのであるが、どうなのであろうか。人々が捉えるほど縮小はしていても、問題は深刻にはならないような印象を受ける。

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(中心市街地の街並み)

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(中心市街地を歩いている人は多かった)

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(旧市街地を離れると、住宅地は空き家が目立つようになる)

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(旧市街地の外部の住宅地も結構、手がつけられていた)

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(若者の荒んだ気持ちがうかがえる落書き)

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(アンチ・ナチの落書き。ザクセン州であっても、皆が右翼的という訳ではない)
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ドイツの夕張といわれるヨーハンゲオルゲンシュタットを訪れる [ドイツ便り]

ドイツの先生に夕張の話をしたら、ドイツで似ているのはヨーハンゲオルゲンシュタットだわ、と言われたので行ってきた。人口の動向を見てみると、確かに夕張と似ている。この町はピーク時には人口が4万5千人を越える。戦後、ちょっと経った1950年代前半である。1940年代までは1万人を超えることがなかったので、短期的にいきなり人口が5倍へと増えたのである。しかし、それも圧倒いう間に減り、1960年代には1万人前後に落ち着く。それからの50年間は一貫して人口へ減少し続け、現在(2015年)の人口は5000人を切って人口は4000人台。ピーク人口から9割も人口が減少したという点では夕張と大変似ている。
 さて、このヨーハンゲオルゲンシュタットはツヴィカウから電車で1時間ちょっとで来ることができた。それなりに駅前には集積があるかと思ったら、何もない山の中であった。相当、不安になるがとりあえず町がありそうなところに向かって車道を歩く。標識でZentrumと書いてある方向に行こうとすると、そこからは車道に歩道がない。ただ、歩行者専用道路のような散策路があったので、そこを登っていったら集落に出た。人が歩いているが、誰もが私を見ると怪訝そうな顔をすると思うのは自意識過剰であろうか。
 ヨーハンゲオルゲンシュタットはチェコの国境沿いの街であり、現在は健康リゾート地として指定されているが、それまでは鉱山であった。そして、この鉱山とは銀や錫であったが、18世紀頃には衰退していく。18世紀末は飢饉で多くの死者を出すなど貧困の山間部集落という状況に長く置かれることになる。1929年にはドイツ最初のスキージャンプ場が設置される。1945年にはウラン鉱の発掘が始まる。ただし、それによる従業員や環境へのマイナスの影響をまったく顧みなかったこともあり、多くの旧市街地は1953年から1960年の間に撤去された。瞬間的な人口急増であった。1990年のドイツ再統一によって、手袋、繊維、家具産業が消滅した。そして、これは工場や住居の撤去へとつながった。
 現在はスキー場があったりして、リゾート地としてそれなりのニーズがあるような印象を受ける。プラッテンバウ団地のような建物も幾つか残されていたが、特に空室ではなくそれなりに居住者がいるようにも思われる。雇用があるとも思えないので、これはリゾート地としてここを利用する人達の別荘として使われているように推察されるが分からない。一部、建物が多く撤去されたのではないか、と思わせるような場所もあった。人口が4万人近くも減っているので、相当の空き家が生じたと思われるので、空き家があまり見られないということは撤去もされている筈なのだが、現在、4万人の人がどのように生活していたのかはなかなか復元して推察することはできなかった。
 夕張に似ているということなので、常に夕張と比較するような形で街を見ていたが、夕張と違うのは農業的な生産活動が見られなかったこと、さらにリゾート地としては夕張よりも遙かにしっかりと環境が整備されていること、などであろうか。ウラン鉱の歴史がもっと分かるような博物館的な施設があるのかと思ったが、そういうものは見つからなかった。まあ、数時間の滞在でしかなかったので、そんなに理解ができた訳ではないが、ドイツにもこういう街があるということを知ったことはプラスであった。

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(ヨーハンゲオルゲンシュタットの人口推移)

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(街中には建物が何もないのにしっかりと道路が整備されているところがある。ここに一昔前に集落があったということだろうか?)

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(プラッテンバウ団地も建っているが意外と空き家は少ないような印象を受ける)

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(町の周囲は美しい1000メートルクラスの丘陵に囲まれている)

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(プラッテンバウ団地はどうも別荘として使われているような印象を受ける)

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(プラッテンバウ団地が倒壊された後の跡地のような空き地)
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プラウエン [ドイツ便り]

 久しぶりに朋友であるフランク・ローストと会って話をする。彼はもう1998年頃からの付き合いで、ドルトムント工科大学に私が客員教授でいけたのも彼のお陰である。私が彼と知り合ったのは、彼がベルリン工科大学で教えていた時で、私と彼がフロリダのフォートラウダーデールのシンポジウムにシャロン・ズーキン女史に呼ばれて話をしたのがきっかけであった。2000年頃だったかと思う。さて、フランクとは都市にまつわる会話で、いつも止まらないほど盛り上がるのだが、旧東ドイツの縮小都市話をしていたら、ところでプラウエンに行ったか?と聞いてきた。私はプラウエンというレースの刺繍で有名な町があることは知ってはいたが、大した関心をもっていなかった。すると、フランクはプラウエンは面白いぞ、と言う。彼の面白いぞ、には絶大なる信頼を持っている私は、早速、プラウエンに向かった。プラウエンは私が滞在しているエアフルトからだと2時間30分ぐらいかかる。ゲーラで乗り換え、さらにもう一回乗り換えてプラウエンに着いた。
 プラウエンのドイツ鉄道の中央駅はおそろしく貧相で、その縮小都市感は半端ない。15年ぐらい前はこのような駅は結構、多かったが、それから随分と投資が為されて綺麗になっているので、何か懐かしささえ覚える。ただ、ドイツの都市は中央駅の貧相さでそれを過小評価すると後で酷い目に遭う。典型的なのはデュッセルドルフであるが、ブランシュヴァイクなどがまさにそうだ。どうしてかというと、多くの都市において鉄道駅は町外れにつくられるからである。さて、ただ、この貧相な中央駅に路面電車が乗り付けている。そして、この路面電車に乗って都心に向かったら、とても人口10万前後の都市とは思えないほど賑わっていた。路面電車は途中から、トランジット・モールになり自動車は入れない空間になっている。金曜日の午後ということもあるかもしれないが、道には人が溢れている。これが縮小都市?と思うほど、日本の同規模の都市と違って賑わいを感じてしまう。これは、自動車が都心部に入っていないので、人が多く町中に出ているからだろう。
 プラウエンはフォグトランド県の中心都市として位置づけられている。それは、バーバリアとの州境、チェコの国境そばに位置しており、そういう意味ではドイツの端っこの都市である。産業革命後の20世紀後半から、プラウエンは繊維産業の中心となり、特にプラウエン・レースと呼ばれる刺繍製品で有名となった。そして、1910年には周辺地域でのブームタウンとなり、同年の人口は12万1000人、1912年には12万8000人まで増加した。プラウエンはまたババリア地域以外では、1930年代に初めてナチ党の会合を開催した都市でもある。これは、当時のこの都市の重要性を物語るともいえよう。
 さて、しかし第二次世界大戦中から既にプラウエンの人口は大幅に減少し始める。1930年には11万4211人の人口が1950年は8万4485年、1990年は7万1774人と旧東ドイツでもずるずると人口は減少していく。東西ドイツが再統一した後、他の都市と違ってそれを契機に急激に人口が減少するようなことはなかったが、ひたすらずるずると人口を減少させている。そういう意味では、非常に興味深い動きを示している。

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(プラウエンの人口推移)

 プラウエンのもう一つの特徴としては、何しろ公共交通が不便ということが挙げられると思う。プラウエン中央駅はゲラからでも一度、乗り換えないと来ることはできない。ドレスデンからも直通列車は走っているがICEどころか通常の特急列車も走っていない。ただの快速列車である。以前は、ドレスデン-ケムニッツ-ツヴィカウ-プラウエン- ホフ- ニュンベルクといったルートで特急列車が走っていたかと思われる。さらにライプツィヒとは直通電車も走っていない。そして、そもそも中央駅が町の端っこにあるため不便である。
 ケムニッツ、ツヴィカウ、プラウエンといった南ザクセン地区は、ドイツにおいてもルール工業地帯に次ぐ大工業地帯であった。第二次世界大戦後においても、旧東ドイツの重要な工業地帯として位置づけられたが、東西ドイツが再統一された後からはその競争力のなさから、次々と工場は閉鎖。その結果、急激な人口減少を体験している。ただし、プラウエンに対しては、旧東ドイツでもこの地区に存在しながら、その工業の重要性は低かったので、既に旧東ドイツ時代から人口が減少していたのは前述した通りである。
 そして2008年には、プラウエンは都市地区の指定も外され、今では単にフォグラント県の管轄下に入ってしまっている。
 滞在時間は短いので、効率的に見なくてはならないということで、トラムの一日券を購入して、当てもなくトラムに乗る。トラムに乗ればプラッテンバウ団地が見られるかなと期待したのであるが、トラムの終点はどちらかというと牧歌的な郊外住宅地であった。しかも結構な高級住宅地であり、これは往年のプラウエンの繁栄の名残ではないかと思われる。どうもプラウエンのプラッテンバウ団地は郊外ではなくて、都心部と駅周辺部にあるようだ。そして、その供給数は多くないと推察される。プラッテンバウ団地は、ホイヤスヴェルダやアイゼンヒュッテンシュタット、ズールのように計画的に工業都市、行政都市として位置づけ、急激な人口増加に伴い急激に現れた住宅需要に対応することが目的でつくられた訳であるから、プラウエンのように旧東ドイツ時代から人口減少都市においては、それほど供給する必要がなかったのかもしれない。ここらへんは、しっかりと調べて書いている訳ではないので、相当いい加減であることを断っておく。
 さて、60年以上の人口減少、さらには最近での都市格の降格など、踏んだり蹴ったりのプラウエンであるが、金曜日の午後ということもあるかもしれないが、都心部のトランジット・モールには多くの人で溢れていた。どこから湧いたのか、というぐらいの多さで、これはぱっと見、とても縮小都市であるようには見えない。ドイツは空き家を、空き家らしく見せない、空き店舗でもウィンドウ・ショッピングができるようにするなど、いろいろと縮小のダメージを緩和させる対策を採用しているが、都心部に歩行者専用空間を設けて、賑わいを演出するというのも、縮小対策としては極めて優れているのではないだろうか。単に、都市をコンパクトにすれば人が集積するのではない。人がたむろし、自動車を気にせず、歩ける空間をしっかりと整備してこそ、縮小都市においても初めて活気が生まれるのではないか。ということをプラウエンというベテランの縮小都市において思ったりした。
 4時間にも満たないプラウエンへのフィールド・サーベイであったが、帰りは中央駅からではなくプラウエン・ミッテという駅からフォクトランドバーンという鉄道で帰る。これだと、ゲラ駅まで直行で帰れる筈だと思ったのだが、途中の駅で降ろされ、バスで駅まで行かされた。これは、おそらく線路工事をする必要が生じたためで臨時の措置であると思われるが、思ったより遙かに帰るのに時間がかかってしまった。

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(中央駅の無粋な建物)

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(中央駅前のプラッテンバウ団地とそこを走るトラム)

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(郊外の住宅地)

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(丘に建つ住宅)

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(丘からは中心市街地が展望できる)

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(縮小都市とは思えないほど多くの人が中心市街地のトランジット・モールを歩いている)

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(トラムが走るトランジット・モール)
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エアフルトからイエナ、ゲラの鉄道路線は非電化である [ドイツ便り]

 その昔、というか2002年以降であるが、ライプツィヒからフランクフルトまでICEに乗るとGera、Jena、Erfurtという都市を通っていた記憶がある。しかし、今ではGeraもJenaも通らない。これは、ライプツィヒからエアフルトへとICEの直行便が完成したからである。
 今回、エアフルトに滞在しつつ、これまで訪れたことがなかった縮小都市を視察しようと考え、プラウエンとツビッカウに行くことにした。両方の都市とも、エアフルトからだとJenaとGeraを通る。そこで気づいたことだが、ErfurtからJena、Geraを通る路線は未だ非電化であるということだ。Jenaはそれでも電化の路線が一部あったが(これは、おそらくライプツィッヒからHofを通ってニュンベルク、ミュンヘンへと行く路線であると思われる)、Geraに関してはすべての路線が非電化であった。
 現在、ベルリンとミュンヘンを結ぶルートはHofを通り、ライプツィヒを抜けるのが主流であるが、ライプツィヒではなくハレ、エアフルトを抜けるICE専用路線が工事中である。これが出来るとJenaの位置づけが下がり、Erfurtの重要性、拠点性がさらに高まるであろう。
 このように高速鉄道、地域鉄道のネットワークが、東西ドイツが合併してから大きく変化している。また、これらの社会基盤は一朝一夕で出来ないので、一部、具体化したところは大きな変化をみているが、そうでないところは、まだその影響が発現されていない。例えば、ハレは統一直後こそ、ハブ的機能のほとんどをライプツィヒに持って行かれたが、新しいICE路線ができるとむしろ有利になる。一喜一憂出来ないし、短期的にその効果を評価しても拙速の誹りを免れない。
 さて、旧東ドイツにおける、これらの鉄道ネットワークの変化による勝ち組はどこであろうか。すぐ浮かぶのがチューリンゲン州都のエアフルトである。そして、ICEの新路線ができるとどうなるかは不明だが、これまではライプツィヒ。負け組としては、圧倒的にゲラであろう。そしてイエナか。またデッサウは完全にルートから外れた。これもビフォア・アフターは不明だが、現状ではまったくネットワークから外れている感じである。あとケムニッツ、ツヴィカウ、プラウエン、ズールといった都市はその規模に比して、鉄道サービスが劣悪のような印象を受ける。あと大きな都市でいえばマグデブルクか。
 ドイツの都市は人口規模が同じような都市が多いので、鉄道ネットワークに乗るか、反るかで大きな違いが生じるかどうかを検証するのにはうってつけだと思う。そして、それから得られる知見は、どんどんローカル線を廃線にしている日本においても、そのマイナスの影響を探るうえでの参考になるであろう。

タグ:鉄道 ドイツ
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ドイツの鉄道は上下分離しているので乗るときは注意が必要だ [ドイツ便り]

 ドイツの鉄道は上下分離している。そして、ドイツ鉄道以外のサービスが増えてきているので乗るときには注意が必要だ。というか、例えばハンブルグからケルンに向けては、ドイツ鉄道の特急列車と違う会社の特急列車が走っている。したがって、ドイツ鉄道の切符を買って、この違う会社の特急列車に乗ろうとしても乗れない。このような流れは最近のトレンドのようで、ドイツ人も結構、混乱していると思われる。
 さて、上下分離が特に進んでいるのは縮小激しい旧東ドイツだと思われる。運行頻度も低く、サービスの悪いドイツ鉄道に対抗して、多くの地域鉄道が走っている。これは、サービス供給が増えるということでは、地域にとっては好ましいことではあるが、外国人観光客にとったら、チケットを購入する時に細心の注意が必要となる。特に乗り継ぎをする時は大変である。まあ、何回か乗ればシステムも理解するのであろうが、最初は相当、注意しないと酷い目にあうだろう。
 酷い目といえば、私がゲーラからプラウエンに行くために乗ったエルスター・ザール鉄道は、途中の駅で行き先が二つに分離するのであるが、それは車掌に言われるまで気づかなかった。これは、急いで車両を乗り越えたので大丈夫だったが、もう一つは、この列車はバスと同様に、ボタンを押さないと止まらない駅が幾つかあったことである。これは、路線地図を見ていて気づいたことだったが、これを見なかったら気づかなかったかもしれない。
 このように外国人観光客からすれば、なかなか難しいドイツの上下分離であるが、それはともかく、これは地域コミュニティを維持するためには非常に重要な社会インフラだと思う。特に留萌線、三江線、夕張線など多くの地方路線の廃線が計画されているが、それらも線路というインフラを維持させて、誰かに走らせることはいつでも出来るようにしておくといいと思うのである。そして、線路は道路と同じような極めて公的な社会基盤であると位置づけて、税金で管理するといい。今のように赤字だから廃線などを続けていくと、地方は間違いなく衰退するであろう。というか、世界中に黒字の鉄道旅客サービスなどは日本を除くとほとんどないことを誰かお願いだから、霞ヶ関の役人と国会議員に教えて欲しい。

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デュッセルドルフのビール醸造所直轄のビアガーデンでビールを飲む [ドイツ便り]

大雪の東京から抜け出し、ドイツに来る。いや、目的地はアムステルダムなのだが、ちょっと途中に、以前、住んでいたデュッセルドルフで1泊したのである。デュッセルドルフは多少、道に雪が積もっていたが、東京の大雪とは雲泥の差であるようだ。とはいえ、寒い。さて、本来的には時差が随分ときつい筈なのだが、機内でなんと、エコノミー3席独占というビジネス以上の環境であったために、結構、寝られたこともあり、ホテルの近場にビールを飲みに行く。デュッセルドルフには5つのビール醸造所(シュレッスル、シューマッハ、フックス、ウエリゲ、フランケンハイム)があるが、ホテルから一番近いということで、私の評価がそれほど高くはないシューマッハに行く。デュッセルドルフのビールは上面発酵のアルトビールが主体で、私は数多くあるドイツのビールの中でも相当、好きである。しかも、上記の5つのビールのうち、ドイツの大ビール会社であるヴァーシュタイナーに60%の株を押さえられたフランケンハイム以外は、まだまだデュッセルドルフ・ベースの地元企業である。私的には、フックス、ウエリゲ、シューマッハ、シュレッスルという評価であるのだが、フックス、ウエリゲはアルトシュタットにあり、私のホテルは中央駅そばなので、久しぶりにシューマッハ。夏は道にはみ出るほど人がいるのだが、冬の20時だと、なかは閑散としている。ウェイターも常連客との話に夢中で、あまりオーダーに来ない。ために、呼びかけると対応はしてくれるが、このサービスのなさは、ちょっと懐かしい。ポテト・サラダとサーモン、ハム、ピックルスなどをごたまぜにしたカルト・プラットをつまみに、久しぶりのアルトビールを楽しんだ。

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ドイツの大学の授業料 [ドイツ便り]

ドイツの大学の授業料は州によって異なるが、例えば、ノルドライン・ヴェストファーレン州の大学の授業料は現在、無料。去年までは有料。一セメスターは600ユーロであった。これが、あまり高いと多くの学生が文句を言ったので、政権が変わったのでまた無料に戻ったそうだ。

大学の経営的には、授業料がなくなると多少は痛いが、それで大変な状況になるという訳ではないという。それは、600ユーロぐらいだと運営費の5パーセント程度しか賄えないからだそうだ。

この他、大学生は、鉄道運賃は無料。ICE(いわゆる新幹線)には乗れないが、公共交通を無料で使えるメリットは大きい。毎日、青春18切符のようなものだ。ということで、大学生として経費がかかるのは下宿代となる。しかし、ほとんどの学生がルームシェアをするので、3万円くらいで済むそうだ。そして、その宿泊代を稼ぐために、多くの学生は飲み屋や喫茶店でバイトをしている。

日本のように授業料で私立大学だと年間100万円を余裕で越えてしまう状況と比較すると親にとってはドイツの大学の授業料の安さは有り難い。日本も授業料もそうだが、大学生には公共交通を無料にするなど、いろいろと優遇するべきであると思う。道路や原発ばかりに税金を使わないで、また、放射能に強い高齢者にお金を使わないで、もっと若者に投資をするべきだ、ということをドイツの授業料の安さを知って強く思う。

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ドイツ鉄道への怒り(2) [ドイツ便り]

ベルリンからドルトムントまでドイツ鉄道で移動して、酷い目にあってから1週間も経たないで、まだドイツ鉄道に酷い目に遭わされた。ケルンからメッドフェン・グラッドバッハに向かう途中にあるユーヘンという褐炭の露天掘りを見にドイツ鉄道を利用したのだが、ユーヘンの一駅前で架線が故障したために、我々の乗っていた列車が止まった。さて、そこで振替輸送のバスが運行されたのだが、遙かに容量が少ない。その結果、最初のバスに乗ることができなかった。20分で次のバスが来ると言われたが、来たのは40分後であった。バスが現れると、ドイツ人達は人を押しのけてバスの乗車口に殺到。この醜さは日本でもなかなか見られないような気がする。私もお尻をわざとぶつけられたり、ドイツ鉄道の職員に押されたりしたが、闘争モードでバスに乗り込んだ。しかし、二人の学生は入ることを拒まれ、結局、乗ることができず、彼らは露天掘りを見損ねた。

ここで問題としたいのは、ドイツ人のお行儀の悪さというよりかは、架線の故障で運行が停止されたのであれば、しっかりと振替輸送のバスをも運行させるように対処することであるし、バスを待っている人達を整理するように駅員が配慮したりするべきことだ。鉄道の運行停止ということに関して、あまりにも無責任である。

今回はベルリンやエッセンなどで都市計画関係者のお話を聞き、いかに脱自動車に力を入れているかが理解できたのだが、脱自動車の鍵である公共交通の要であるドイツ鉄道がこんな酷い状態であると、とてもではないが脱自動車は進まないのではと思ったりする。私のドイツ鉄道の気に入らない点は、人に対してまったく敬意がないことである。このような不愉快な思いを二度したら、自動車嫌いの私でも自動車を利用すると思われる。

しかし、こんな駄目駄目な国でも脱原発に突き進めている。日本もフクシマ原発事故のような、かけがえのない土地を半永久的に汚染するような事件さえ起こさなければ、相当、しっかりとした国として存続できると思われるのだが、原発を推進させようとしているのであれば、このめちゃくちゃな鉄道しか運行できないような国、ドイツにも大きく劣る。本当に日本人には、この点に関しては、目を覚ましてもらいたい。

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ドイツ鉄道への怒り(1) [ドイツ便り]

以前、ドイツに1年ほど住んでいたことがある。デュッセルドルフというライン川沿いの豊かな生活環境を有した都市である。そこでは、自動車を購入せずに、おもに公共交通を利用して移動した。仕事場がドルトムントという結構、離れた都市にあったこともあり、ドイツ鉄道は多く利用した。そして、多くの不愉快な思いをさせられた。

さて、今回、学生を連れてドイツに二週間ほど来ているのだが、ドイツ鉄道のひどさには慣れている私であっても、怒りを覚える事件が二つあった。ということで二回にわたり、このドイツ鉄道の悪辣さを記したいと思う。

まずはベルリンからドルトムントへ移動するときの事件である。我々のホテルは中央駅のそばであったが、この日はベルリン対ドルトムントの試合がドルトムントで行われるので、ベルリンからドルトムントへ多くのサッカー・ファンが移動することが予測された。そのため、中央駅からわざわざ始発駅の東駅まで移動し、そこで席を確保しようとした。しかし、なんと座席予約を示す点灯板がすべて「予約」になっている。そんなバカな話はないだろう、と学生にどこでもいいから座らせたら、中央駅でどかどかファンが入ってきて、我々が座っている席は予約しているから、どけと言ってくる。

さて、これはもしかしたら全部の座席が本当に予約されていたのか、と思ったのだが、車掌に聞くと、予約システムが故障していたから、とりあえずすべての席に予約の点灯をしたとの話。つまり、我々が座っていた席は、不運にも本当に予約されていた席であったのだが(テーブル席に座ってしまったということもある。テーブル席は一番早く予約されるのだ)、他の席であれば座れていたのである。これは、あまりにも酷い。特にわざわざ東駅に出向いた労がすべて水泡に帰す。

結局、ベルリンからドルトムントまで3時間以上、多くの学生が立ちっぱなし。しかも、ベルリン・ファンの狼藉を耐えての3時間であった。ドイツ鉄道には本当に多く乗ったが、このような苦痛を味わったのは初めてに近い。

タグ:ドイツ鉄道
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ドイツをレンタカーで旅して、つくづくドイツは全員サッカーのような分散型のような国土構造をしているなと気づく [ドイツ便り]

デュッセルドルフを発ち、ドルトムント、ライプチッヒ、ニュンベルグ、ミュンヘンと宿を転々とするレンタカーでのドイツ旅行をした。途中、ハレ、デッサウ、バンベルク、レーゲンスブルクといった都市にも立ち寄った。さて、そこで改めて気づかされたのが、ドイツというのは、中心選手はいないかもしれないが、すべての選手がそこそこに能力があって、チームとしては多種多彩な人材から構成されているような都市を有する国だなということである。こういうことを書くと、ベルリンという中心選手がいるじゃないかと指摘されるかもしれないが、ベルリンは既にピークを過ぎた年俸(人口)こそは高いが、それほど人気もなければ能力もない(強いて言えばメディア産業に関しては優位性を誇っている)ベテラン選手のようなものである。決してドイツを引っ張っているような選手ではない。名前だけがビッグで集客性もあるが、ベルリンに頼らず、ハンブルク、ミュンヘンといったスターがしっかりと試合をつくり、さらにケルン、デュッセルドルフ、シュツットガルト、フランクフルトといった元気どころが点を稼ぎ、またニュンベルク、ブレーメン、エッセン、ハノーファー、ドレスデン、ドルトムントなどの脇役的レギュラーも与えられた役割をしっかりと務め、さらにライプチッヒ、カッセル、カールスルーエ、ミュンスター、アーヘンといったサブ的な都市が試合状況に応じて効果的な仕事をすることで、ドイツという国家は多彩でかつ柔軟性のある対応を可能とさせているのではないかと考えられるのである。

翻って日本の状況を鑑みると、東京というチーム・リーダーが他の国に劣るとチーム全体に悪影響を及ぼすという考えが広まっていると思われる。そのために、東京へ過度に資本や人材、エネルギーが投入され過ぎている。その結果、東京はそれなりに他国の首都クラスの都市と張り合えているが、東京以外の都市の疲弊は大きい。その代償を考えると、トータルでは東京優遇策が果たして賢明であるかは不明である。ドイツのようにベルリンがパッとしなくても、他の都市の頑張り(この十年くらいではハンブルク、ミュンヘン、シュツットガルトの頑張りが大きい)によって、国としての競争力を維持するといった全員サッカー、トータル・フットボール的(これはオランダの戦略であるが)なアプローチを国としても展開できるといいのにと思わずにはおられない。また、この地方都市の競争力を掲げるという話をすると、すぐ道路や港湾などの社会基盤整備に力を入れたがるが、本当に必要なのは人材力である。すなわち、人材の育成に力をかけるのと同時に、優れた人材の流出を防ぎ、その確保を図るような都市経営が国家レベルで推奨されるべきだと思われる。

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ドイツの肉製品はすぐ腐る [ドイツ便り]

ドイツの肉製品はあっという間に腐る。これはどうも保存料などを入れていないからだそうだ。日本のハムとかは腐らないよ、というと驚いていた。肉屋はそばにあるので、パンのように毎日でも買いに行ける。実際、多くの人が毎日とは言わないでも、二日に一度くらいのペースで買いに行っているようだ。私もそうしている。ということで、肉は新鮮なのだ。だから美味しい。そういうのは豊かだなと感じるのと同時に、腐ったものを食べたら命に関わる。ここらへんの見極めをドイツ人はどうやっているのかは、こういうブログを書いているにも関わらず不明である。当然、腐った肉を食べて身体を壊しても、そこらへんは食べた方の責任になるのであろう。日本の賞味期限の偽装事件などが大事件になったりするのと比べると、ドイツは消費者がまったく甘やかされていないなと思うのと同時に、しかし、その結果、美味しい肉が食べられる幸せを享受できているのだなと思ったりもする。どちらが真に幸せなのかと問われれば、私はドイツの消費者の方が幸せであると思う。

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(私の家の近所の肉屋)

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ドイツの自動販売機はお釣りを出さないことがあるので要注意だ! [ドイツ便り]

ドイツの自動販売機はお釣りを出さないことが多い。壊れている場合が多いが、そもそも出さないという前提のものもある。例えば、デュッセルドルフの市役所内に置かれている写真撮影機がそうだ。お釣りは出さないよ、ということがドイツ語で書かれている。私はこれに気づかずにコインを多めに入れたら、1ユーロのお釣りが出てこなかった。その事実に驚いた後に、ドイツ語の注意書きを読んで諦めた。しかし、諦めきれない人も見かけた。当然、外国人で、おそらくビザの申請に来たドイツの滞在期間も短い人だと思われるが、一生懸命市役所の職員に文句を言っていた。ドイツの厳しさの洗礼を受けているその姿をみて、私はちょっと自分の昔を見ているような懐かしい気分になった。無駄なのになあ、と同情しつつも、突き放して見ている自分に気づき、徐々にドイツ人的になっているのかとはっと思ったりもした。

さて、お釣りをくれないのは何も機械だけではない。デュッセルドルフのアルトシュタットのウェリゲのビアガーデンでは、駅弁のようにピクルスやタルタル(生肉を刀叩きしたものをパンにのせた料理)を客席に売りに来るが、彼らもお釣りをくれない。ということで、お釣りが少ない時はまだいいが、多いときは注文しないことが重要だ。私も合計で2ユーロ80セントくらいのピクルスに5ユーロ支払ったが、お釣りを貰えなかった。最初は抗議をしたが、すぐ諦めた。詐欺にあったと思い諦め、ピクルスが5ユーロだったと思って食べることにした。

とにかく、ドイツに来たら、人間はもちろんだが機械でさえ信用してはいけない。私の知人は銀行のキャッシュマシーンにまで騙されそうになった(知人がキャッシュマシーンで口座から現金を引き落としたのだが、キャッシュは出てこなかった。これを異常なのではないかと察した知人が抗議をして調べてもらったら、口座上ではお金は引き落とされていた。これは、知人がおかしいと思ったので問題は回避できたのだが、異常ではなく単なる機械の故障であると思ってしまっていたら口座から引き落とした分だけお金が減らされているところであった)。なるべくお釣りをもらわないよう、コインはもちろん、紙幣でも細かいものを準備しておくことが必要だと思われる。そして、お釣りは出さないよ、という注意書きが機械に書かれているかどうかはチェックしよう。それにしても、人間もそうだが機械も信用できない国は気疲れが多い。

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デュッセル川の謎?が解明した [ドイツ便り]

デュッセル川はデュッセルドルフの東側にあるヴルフラスの町の泉を水源とするわずか40キロメートルの川である。私の家のそばにあるホフガルテンを流れる小川やケーニッヒ・アレーの運河もデュッセル川であるということを本で読んだ。しかし、それを日本人の知人に言うと、笑い飛ばされ、「違いますよ、南のフォルクスガルテンを流れているのがデュッセル川ですよ」と言われる。この日本人の知人は確信として言っている感じがしたので、そのまま信じたのだが、しかしドイツの本がデタラメを書くとも思えない。ということで、調べてみたらデュッセル川は途中で二本の川に分岐し、南側のものはフォルクスガルテンを流れ、北側のものはホフガルテンを流れて、ライン川に流れ込むことが判明した。この二つに分岐した川はケーニッヒ・アレーの運河で繋がるが、ともに違う河口でライン川に流れ込むことも分かった。ということで本は正しかったが、同時に、日本人の知人の指摘も正しいことが分かり、個人的な謎が解明できた。大したことではないのだが、個人的にはすっきりしたことなので、ここに開陳させていただく。

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(初夏のケーニッヒ・アレーの運河。これもデュッセル川)

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(ホフガルテンを流れるデュッセル川の冬の夜景)
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ベルリンのペルガモン博物館に入るのに1時間近く待つ [ドイツ便り]

ベルリンの世界遺産博物館島にあるペルガモン博物館を訪れる。イースターの土曜日で人出が多かったこともあるが、入るまでに行列で1時間近く待たされた。なぜ、こんなに長い行列ができたかというと二つある窓口の一つが閉鎖されていたからだと思われる。加えて、これだけ並んでいてもちんたらと一つしかない窓口が仕事をしているからだ。日本だと、これだけ行列が長いとどうにか早く処理しようと最大限の努力をしたりする場合が多いと思われるが、ドイツでは他人がいくら時間を無駄にしようが、機会費用を損失しようが痛くも痒くも感じない。これは、もう1年のドイツ生活からよく分かっていることだが、それでも腹立たしい。後ろにいたイタリア人が、「明日の券を買えるか」と私に聞いてきたので「そこの係員に聞けば」と答えると、「そうしたら、ここに並べと言われたのだ」と言う。単に質問をするために1時間もの行列に並ばせるか、と他人事ながら立腹し、「本当にドイツのサービスは最低だ」と言ったら、このイタリア人は「いや、イタリアに来ればもっと酷いサービスが経験できる」と答えた。まあ、そうなのかもしれないが、それにしてもこの効率の悪さは何だと思わずにはいられない。

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(ペルガモン博物館の前に出来た長蛇の列。しかし、その原因は人出の多さというよりかは窓口の処理の効率の悪さ)

しかし、これだけ効率が悪いのにヨーロッパでは優等生である。日本はどこかでよほど酷く搾取されているのか、どこかによほど非効率的な要素を抱えているのではないだろうか。ドイツで1年生活すると、日本の長所が多く見えてくる一方で、なぜ、それなのに対等の勝負をさせられているのか、とまた不可思議な点も多く出てくる。対等の勝負どころか、少なくともオリンピックではこの非効率な国に圧倒的に負けているし、ワールドカップでもまったく歯が立たない。何か狐に騙されたような気分である。
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ドイツ人は食い放題が好き? [ドイツ便り]

ドイツ人の友人とスペインへ旅行をする。同じホテルに二泊する。朝食はバイキングで12ユーロぐらいであった。最初の日はここで朝食を取った。これが酷い代物で、野菜はゼロ、ハム、チーズ、ソーセージはドイツより遙かに酷いレベルの代物であった。ハモンがあったので多少期待して口に入れたが、おそろしく油っぽくて、相当の安物を使っていると思われた。ケーキも置かれていたが、チーズ・ケーキなど思わず戻しそうになるほど不味かった。このバイキングで食べられるものはオレンジ・ジュースとコーヒーだけだと思われた。スペインの料理文化は結構、しっかりとしているのは知っていたので、これは外国人観光客だからと舐めきった料理を置いているからだと思われた。ちなみに、ホテルはアメリカ系のホテル・チェーンに買収されたところであった(別に隠す必要もないので明らかにするとベスト・ウェスタン系)。

二日目の朝食は、流石にここで食べるのは酷いと思ったので、友人にカフェでコーヒーと軽くパンでも食べようと提案する。友人はそこで不満そうな顔をしたが、私の提案にのってくれた。さて、展望が開けたオープン・カフェがあったのでそこで食べることにして、コーヒーとサンドイッチを2つほど頼む。4ユーロ50セントであった。このサンドイッチは小さかったが、海老とキュウリが入っていたりして、私はその味に非常に満足した。コーヒーもホテルのものよりは美味しかった。さて、しかし、この朝食に友人が不愉快千万といった対応をしたので驚いた。最初はなぜ不愉快かも分からなかったのだが、こんなちっぽけなものに4ユーロ50セントも払ったことが悔しくてしょうがないということであった。ホテルで食べれば12ユーロで食い放題が出来たのに、悔やみきれない、ということであった。私はちょっと申し訳ないなとは思ったが、とてもあの朝食に12ユーロも払えないし、払ったとしてもオレンジ・ジュースとコーヒーとトーストくらいしか食べられないので、コストパフォーマンス的にはすこぶる悪いので彼の不満は共有できなかったのだが、その考えの違いは面白いと感じた。友人の家にはたびたび泊まらせてもらっていたので、彼が朝食をたくさん食べないことは知っていた。したがって、彼が不愉快になったのは、朝食の量の少なさではなくて、食い放題の機会を逸したことであることは明らかだ。それが、例え不味くても、この食い放題というのはとても彼にとっては魅力的なメニューであったのだ。

よくドイツ人は味よりも量、と言われる。私はドイツ料理も結構、味がよかったりするので、それはどうなんだろうと思ったりしていたが、ちょっとした事件で、本当に量が大切なんだなということを知った。取りあえず、味よりも量。食い放題のようなことに大きな価値を置いているのだな、ということを一人のサンプルからではあるが、そういう仮説を立てるには説得力のある体験をした。とりあえず、彼が日本に来ても高くて美味しい寿司屋ではなくて、安くてもたくさん食べられる寿司屋に連れて行くことにしようと心に固く決意する。

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多くのドイツ人がスペインに旅行する理由 [ドイツ便り]

ドイツ人はスペイン好きだ。マジョルカ島は、ドイツ語でほとんどの用事が済むそうで、スペインではなくてほとんどドイツだとまで言われる。ゲーテのドイツ語学校にも観光業をしているスペイン人が多くドイツ語を学びに来ていた。知り合いのドイツ人も休みになるとスペインに行く場合が多い。

さて、なぜスペインなのか。もちろん暗くて寒いドイツ人にとってはスペインが魅力に映るからというのも大きな理由なのだろうが、それだけではなくて、第二次世界大戦後、ドイツは周辺諸国に嫌われていたので、同盟国であったイタリアやファシスト政権であったスペインなど、ドイツ人アレルギーが少ない国を好んで訪れたことが要因の一つであったようだ。特に、スペインはドイツ人を強く魅了する何かが加えてあったのだろう。ドイツ人のお気に入りの旅行先として戦後からEUに加盟するまで、スペインは不動の地位を築きあげたのである。
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デュッセルドルフといえばアルトビール [ドイツ便り]

デュッセルドルフといえばアルトビール。上面発酵のビールである。120年ほど前にこの地に来たので、実はそれほどの歴史はない。冷蔵庫が発明される前は、ビールを腐らせないためにハーブを入れてみたりなどと、いろいろと工夫をしていたそうだ。しかし、冷蔵庫が発明されて、そんなことはする必要がなくなり、我々は美味しいビールを楽しめるようになったのである。

私は、デュッセルドルフに住んでいるからかもしれないが、このアルトビールが好きである。ドイツといえばビールで、ビールといえばピルスであるが、私はこのデュッセルドルフのアルトビールが仕事場のあるドルトムントのピルスなどより美味しいと思う。唯一、オクトーバーフェスで飲んだミュンヘンのピルスは美味しかったと思ったが、それ以外のドイツの都市では、やはりアルトビールが美味しいように感じるのである。これは、飲みにいくところが醸造所隣接のビアガーデンにほぼ決まっているので、新鮮であるからだけかもしれない。

さて、このデュッセルドルフにはディーベルス、フランケンハイム、シューマッハー、ヒュックセン、シュロッサー、ウェリゲ、ハネンの7つのビール醸造所がある。私はハネンはなぜか飲んだことがないが、他は飲んだ。一番、売れているのはディーベルス、次いでフランケンハイムであるが、私が好きなのはヒュックセン、そしてウェリゲか。といっても、ヒュックセンそしてウェリゲはアルトシュタットの醸造書で雰囲気がいいので美味しく感じているだけなのかもしれない。ビールを飲みにいくのであれば、アルトシュタットのヒュックセンもしくはウェリゲの醸造所に足を運ぶ。いくつかの試みを通じて、他を試そうという気持ちはなくなっている。酒飲み文化は日本が断トツに世界で最も洗練されていて素晴らしいと思っているが、ここビールの飲み文化もそれなりに気に入っている。特にタルタルやピクルス、チーズをつまみに200ミリリットルのガラスに入ったビールを飲み干していくのは快感だ。ちなみに、ビールのお代わりは黙ってどんどんんと持ってくる。なので、もう要らない時はしっかりと意思表示をすることが必要だ。

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(アルトシュタットにあるウェリゲのビール醸造所に隣接するビアガーデンの店構え)

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(ビアガーデンのつまみの例。塩ゆで玉子と生挽肉(タルタル))

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(アルトシュタットにあるツム・シュロッセルのビールとつまみのチーズ。見た目は粗野だが味はよい)

ドイツは食事が不味いとか言われているが、このビール醸造所のビアガーデンで夕食を取るのはなかなか素晴らしい。日本の酒飲み文化は素晴らしいと書いたが、日本のビール飲み文化(例えばライオンでビールを飲んだりすること)に比べても、このドイツのビール飲み文化は優れていると思う。これはドイツを去ったら、懐かしく思うドイツの良き思い出になるだろう。

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ドイツ人は席を譲らない [ドイツ便り]

ヨーロッパでの日本人観光客のお行儀の悪さを指摘するジャーナリストは多い。『地球の歩き方』などでもたまに書かれたりする。しかし、ドイツ人も相当お行儀悪いと思う時もある。特に列車では自分の荷物を横の席において、人を座らせないというのはよくやる。日本人でもそういう人はいるが、割合的には遙かにドイツ人の方が譲らないと思う。そういうことには慣れている私でも、カッセルからハーゲンに向かう急行列車では愕然とした。というのは、4人掛けの椅子の3つを自分のスーツケースで独占している20代の女の子がいたからである。トランクを引きずる私は、あまりの馬鹿らしさに断りもしないで、そのトランクをのけて空けた椅子に座った。しかし、その女性は私に何も言わないどころか、なんで私のトランクを勝手に動かすのよ、みたいな感じでこちらを見ている。周辺には私以外にも立っている人がいる。こういうことを日本人がすると、得意気に弾劾する日本人が多くいるので、ドイツ人もそういうお行儀が悪いものがいることをここに報告しておく。別に日本人が取り立ててお行儀悪い訳ではなく、どこの国にもお行儀がいい人間がいれば悪い人間もいる。ドイツ語で嫌みが言えればよかったのだが、そのような語学力がないのが残念だ。

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(4席を独占していたおねえさん。トランク二つと荷物が多くて大変なのは分かるが、立っている人も多い中、その面の皮は相当厚い。1席は私が荷物をどかして座った。私もトランク一つと結構、大変なのだし3時間近くも乗るのだ。遠慮はしていられない。写真を撮るのは失礼なのは分かっているが、敢えて撮った)。

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ドイツ鉄道のいい加減さをしつこく告発する [ドイツ便り]

ベルリンでポツダム行きの鉄道に乗った時のことである。普通のリージョナル・バーン、日本でいえば東海道線とか横須賀線のようなイメージの列車である。これに乗って、車内の路線図でポツダムまでどれくらい駅に停まるのかをチェックしようと見ていたのだが、よく分からない。ベルリンは結構、来ているし、職業柄、地図は読み慣れているので、どうして分からないのか自分でも不思議だったのだがよく分からない。中央駅はあるが、なぜツォー駅やオスト駅は書かれていないのだろうか。横須賀線は横浜には停まるが、最近は川崎に停まらなくなったので、そういうルート変更がなされたのか。などと推測していたのだが、相変わらず分からない。というか、中央駅以外で私の記憶に残っているベルリンの駅名がないのである。そこで、ふと気づき、路線図の片隅にある文字を読むと、なんとシュツットガルト広域圏交通システム、のようなことが書かれているではないか。なんと適当な。呆れると同時に、自分が地図をよく読み取れなかった理由も知って安心する。とはいえ、私のような列車オタク的な人間で、都市計画をやっていて地図等を読み取れたから、早めに気づいたようなものの、地図を読むことに自信のない人であったら、この地図をみることで相当混乱を来すであろう。知らない都市を訪れると何しろ地図が頼りになる。特に言葉があまり通じないなら尚更である。その地図がしかし、こんなに適当なのがドイツなのである。フンボルトが泣いているぞ。

最近、アンチ・ドイツ鉄道の記事が多くなっているような気がする。ドイツに関心がない人にとってはどうでもいいことかもしれない。その点、お許しいただきたい。
タグ:ドイツ鉄道
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