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トランプ大統領の卑劣だが、なぜか有効な相手を貶めるテクニック [トランプのアメリカ]

トランプ大統領が、世論調査で大きく票を開けられているバイデン大統領候補を攻撃している。その攻撃内容は、バイデン大統領の弁護士である息子がウクライナや中国で投資をするなどする際に、バイデン元副大統領が便宜を図ったのでは、というものである。
 自分の子供達には、現時点でも大統領という立場を使っておそろしく便宜を図っていることを棚に上げて、何を言っているのかとも思うが、そもそも、このバイデンの息子の件はほとんどがでっち上げに近い。でっち上げに近いが、100%白といえるか、と言うと、私もちょっと自信がない。
 オバマ大統領がアメリカで生まれていない、と攻撃した時もそうである。まず、100%嘘であると思うが、命を賭けるか、と凄まれると、ちょっと賭けないような気もする。つまり、ほんの少しだけ、そうかもしれないと思わせるところがあるのだ。まあ、ここがトランプの「イーブル・ジーニアス」(邪悪な天才)と呼ばれるところであろう。
 さて、こんな出鱈目な噂を立てられても痛くも痒くもない、と思いたいところだが実態は違う。この出鱈目なまさにフェイク・ニュースに多くの人は翻弄されるのである。ということを、ジョン・バイデンの昨日の取材で知ることになった。というのも、多くのマスコミが、このトランプの出鱈目な噂話について、その背景を探るような質問ばかりを集中砲火させたからである。バイデンは、このほとんど根拠もない出鱈目な誹謗に対して、回答をしなくてはならない。このストレスは想像を絶するものがある。
 トランプ大統領が捏造するフェークニュースに、アメリカ中が右往左往している。そして、真実を報道しようとするMSNBCやCNNに対してはフェークニュースと攻撃をする。人間の醜悪さをここまで具象化した人物も珍しい。そして、このような人間を支持しているアメリカ人の偽善性、知性のなさ。それらを世界中に顕在化させたこと、これこそがロシアが2016年の選挙において、介入したことの一番の成果、そしてアメリカにとっては、最大の損失なのではないだろうか。

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先斗町で開業してから55年経つスナックを訪れる [都市デザイン]

都市デザインの大家である大阪大学の鳴海名誉教授から、1970年の先斗町、木屋町の飲み屋マップを授かった。それで、この地図を片手に、時間がある時(あまりないのだが・・)に、まだ存在しているお店を訪れるということ同僚の若手の石原先生としている。というか、正確には今日で二度目であるのだが、そういうことをした。前回は、万作という先斗町と木屋町通とを結ぶ路地にある居酒屋を訪れた。ここは、「随分と長くやっていらっしゃるんじゃないですか?」とおじさんにいったら「いやいや、全然、新しいですわ。ほんの60年」とか回答されて、「うわっ、京都や」と唸らされたのだが、今回は、ちょっと懐も温いこともあって、スナックにチャレンジした。
 ちなみに、私はそもそも京都だけでなく東京でもスナックには行かない。これは、スナックがとても苦手だからだ。まず、カラオケが嫌いでしない。さらに、綺麗なおばさんとか、ホステス的な若い女性があまり好きでない。そういう意味ではキャバクラとかも全然、好きじゃない。さらに、スナックは結構、高いくせに美味しい酒も置いてなく、まったく行こうとも思わなかったのだが、ほんの一週間前に、東京大学の某H先生に連れられて、四谷荒木町のスナックに行き、ちょっとスナックへの抵抗が減ったということもあったかもしれない。
 1970年の地図に残っていたスナックは、「歌宴」という店であった。看板に「女性バーテンダーの店」と書いてある。女性バーテンダー?ちょっとよく分からないが、何しろ1970年から営業しているのであれば、そんなえぐい店である筈はないだろうと思い、どきどきしながら扉を開けた。
 さて、扉を開けるとおばあさんが一人、客席に座って、テレビをボーッと観ていた。おお、これは不味いかも、と瞬間思ったが、ここはヒアリング調査もしなくては、ということと、一人ではないということも手伝って、「入っていいですか」と声をかける。おばあさんは、客が来たことを心から喜ぶような表情をして、我々を自分が座った席に座らせ、自分はカウンターの中に入る。
 このお店は、このおばあさん(以降、ママとする)が1964年の4月、18歳の時に開業したもので、今年で開業55年目になるそうだ。そして、ママの年齢は73歳。しかし、73歳とは思えないほど、話し始めるとチャーミングでこちらも楽しい気分になる。さすがプロだ。お店はママのお母さんが出資してくれて始めたもので、当時は350万円ほどで支払ったそうだ。つまり、ママは正真正銘、このお店のオーナーであるのだ。ウィスキーのロック割りを飲みつつ、柴漬けやスルメイカを食べる。これらのつまみもちょっと工夫をした味付けがされており、美味しい。
 先斗町、木屋町通はこの50年で随分と変わったそうだ。50年前はもう飲み屋と料理屋だけで5000軒もあったそうである。5000軒!下北沢の店舗数が12000店であることを知っているので、多少、その規模感とかが推測されるが、それにしても多い。飲食店だけだからね!しかし、それからは随分と減ったそうである。現在の数字はママさんもよく分からないようだが、特に減ったのは、ホモ用のお店だそうだ。当時は220軒はあったそうであるが、今は10軒もないとのこと。220軒もあった時は、美少年と金を持っている中年男のカップルが結構、よく周辺では観られたとのこと。
 また、結構、ぼったくりのお店も多かったそうだ。あと、あの呼び込みというのは、お店が雇っているわけではなく、アウトソーシングされていることも知った。ぼったくりは、ちょっと入ってお酒を一杯か二杯飲んで、15万円ぐらい請求するようなお店である。こういう店のほとんどはヤの字が経営していたようである。
 「18歳でお店を始めた時は、結構、将来どうなるかとか、いろいろと考えられたんじゃないですか」と、ママが開業した時より年を取っている幼稚な学生達と日々、接しているので、思わず尋ねると、「開業当時は目が回るほど忙しくて、そんな考える余裕なんてなかった」と回答された。そして、どうも開業当時は「女性バーテンダー」というのは珍しかったらしく、テレビ、ラジオ、雑誌などで随分と紹介されたそうだ。人を雇っていた時も結構、長かったそうだ。
 店にはレオタード姿のママの若い時の写真が貼ってあって、それは相当、可愛い感じなのだが、既にその時45歳だったそうである。45歳で、この美貌であれば、20歳の時は相当、可愛かったであろう。
 ということで、ほぼ生まれて初めてぐらい、再訪してもいいスナックを見つけた気分になっている。料金はやはり、そこらへんのバーの3倍ぐらいは高い。私が最も頻繁に行く下北沢のマザーよりも3倍は高く、しかもママは60歳は越えているが、「夜宴」のママよりも若い。まあ、マザーが先斗町にあったら、夜宴に行かないかもしれないが、マザーは先斗町にはないからな。
 

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新幹線の隣の客の香水があまりに臭くて拷問のようだ [グローバルな問題]

新幹線での移動中、私の隣の欧州人と思しき若い男性客の香水があまりにも強烈で、眠ることも集中して仕事をすることもできない。これは、まったくの迷惑行為で不愉快であるが、そのための対処法としては私が席を移動することぐらいしかできない。文句を言っても、今更香水を取ることもできないしな。
 しかし、改めて、なんでこんなに強烈な香水をしなくてはならないのだろうか。よほど体臭が強烈なのだろうか。しかし、この強烈な麝香系ともいえる臭いより不愉快な体臭とはあるのか、と考えさせられる。麝香系ということで、こういう臭いをすれば雌鹿のように女性が寄ってくると思っているのだろうか。いや、私は女性ではないので、そこらへんの女性の好みは分からないが、おそらく、そんなことはないだろう。というか、普通、逃げますよ、この臭い。
 公共の場ではうるさい音を出すことはマナー違反だし、不愉快なもの(例えば裸)を見せるのもマナー違反というか、裸であったりしたら法律違反である。臭いについても、もうちょっとマナー違反というか、考えてもらえるといいと思う。

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フクシマの原発事故における欺瞞は、ヨーロッパの人々には軽蔑の対象となっている [グローバルな問題]

スイスのシャフハウゼンにて、同市のシュタットヴェルケの所長にお話を聞く。そこで、お話を録音してもよいかと尋ねると、「フクシマではないので、何も隠すことはないので構いません」と言われた。いや、スイスの田舎の人でも、フクシマの隠蔽気質は知られるところになっているのか、とちょっとショックを覚える。
 その後、フランスのストラスブールに訪れたら、現地の人に「フランスでは、フクシマ原発での汚染水の海洋漏出はとても問題だと思っている」とも言われた。私と一緒に取材をした人がたまたま福島県在住であったからの意見だが、なかなか厳しい。
 私はスイスはともかく、フランス人に言われるのは不本意だな、とも思ったが、どうやらフクシマに関しては、日本人よりヨーロッパ人の方が関心を持っているようだ。いや、どうしてフランス人に言われるのは不本意だな、と思ったかというと、次の原発事故はフランスで起きる確率が相当、高いのではないかと私は推測しているからだ。しかし、当のフランス人は、ある意味当たり前だが、あんな事故を起こしておきながら、しかもその事後処理をしっかりとできないダメな国と日本を見ているようだ。
 また、このお二人がヨーロッパの全般的な世論と同じかというと、それはなんとも言えないが、しかし、少なくとも、フクシマに関して、事故を起こしたという不始末よりも、その後の対応のまずさ、不誠実さによって、より日本への見方が厳しくなっているのは確かであろう。
 というか、フランスはともかく、ドイツのようにスイスもフクシマの事故を契機として原発政策を大きく脱原発へと舵取りした。そのような事故を起こした張本人が、あまり反省もせず、平気で国境が実質的にはない海に汚染物質を漏出させ、また原発を再稼働させるというのは、大きく信頼を損ねる行為であるとみられても当然であろう。というか、日本と同様のことを中国や韓国がやったら、日本でも相当の非難がなされると思うのである。
 改めて、ヨーロッパの人々は、フクシマ原発事故を厳しくみており、その事後処理もしっかりやれよというプレッシャーを我々に送っているなという印象を受けた。

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アベンジャーの『エンド・ゲーム』を観ようとして途中で挫折する [映画批評]

アベンジャー・エンド・ゲームが人気らしい。いや、人気どころか興行収入は世界歴代一位らしい。ということで、ちょっと教養として観ておいた方がいいかな、と思って飛行機の機内で観ようとしたのだが、30分ぐらいで挫折した。なぜなら、あまりにもつまらないからだ。最後まで観ていないので、映画の内容をとやかく批評することはできないが、タイムマシンの話とか、表層的な人間関係の描き方とか、創造性がまったくうかがえないアライグマのキャラクターとか(もっとカネゴンとかバルタン星人とかの円谷プロのような魅力的な宇宙人キャラがつくれないのか)、何しろシナリオに惹きつけられないのだ。俳優陣も全然、魅力がなく、強いていえばスカーレット・ヨハンソンがちょっといい味出しているかな、といったぐらいである。もちろん、これは私が初老に近づいた中年男性であるからだろうが、それにしても、こんな映画が売れる現代はなんてつまらない時代なのだろう、と思わずにはいられない。
 とはいえ、結構、この映画の評判は悪くないのだ。私が敬愛している、私とそれほど年が変わらないアメリカ人コメディアンのスティーブン・コーベアもこの映画を評価していたようだし、私の元同僚もこの映画を評価していた。ううむ、何なんでしょう、この違い。自分と時代のトレンドとにギャップが生じているということでしょうか。
 とはいえ、結構、この映画の評判は悪くないのだ。私が敬愛している、私とそれほど年が変わらないアメリカ人コメディアンのスティーブン・コーベアもこの映画を評価していたようだし、私の元同僚もこの映画を評価していた。ううむ、何なんでしょう、この違い。自分と時代のトレンドとにギャップが生じているということでしょうか。

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『フィラデルフィア』 [映画批評]

トム・ハンクスとデンゼル・ワシントンという二大スターによる法廷ドラマ。1993年の作品であり、トム・ハンクス演じるホモセクシャルの主人公が、エイズに患い、それによって弁護士事務所をくびにさせられたことが、差別にあたると法廷で事務所と戦うというストーリーである。実話にもとづくストーリーであるそうだ。エイズに蝕まれていくトム・ハンクスの演技は鬼気迫るものがあり、アカデミー賞で主演男優賞を受賞したのも納得である。映画の冒頭にブルース・スプリングスティーンの曲が流れるが、なかなかの佳曲である。


フィラデルフィア (1枚組) [DVD]

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  • 出版社/メーカー: ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
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映画『ロケット・マン』を観て、改めてエルトン・ジョンのことを考える [映画批評]

エルトン・ジョンの半生を描いた映画『ロケット・マン』を観る。私は、1972年から1976年までロスアンジェルスで過ごした。彼のベスト・アルバムともいえる『イエロー・ブリック・ロード』が発表されたのが1973年。私が通っていた小学校では、同級生が『ベニー・エンド・ザ・ジェッツ』を口ずさんでいたりしたものだ。エルトン・ジョンはあの頃、まさにアメリカを席捲していた。それは、まさに社会現象であった。
 ということで、否が応でもエルトン・ジョンに関心を向かされたが、そのレコードを購入したりすることはなかった。それほど当時はロックに興味がなかったのかもしれない。むしろ、社会現象として興味を持っていたと思う。
 さて、しかし、そのエルトン・ジョンも1976年の2枚組『ブルー・ムーブ』あたりから勢いを失ったような気がする。その次のアルバムの『A Single Man』を発表したのは、私も日本に帰国しており、ロックに興味を持つようになっていたのだが、なんか、こうフックが失われたような印象を受け、その後、『Victim of Love』というディスコ系のアルバムなどを出していたりして、そもそも最初からそれほどなかった関心を失った。
 そしたら、1983年に『I am Still Standing』や『I Guess That's Why They Call It the Blues』といった佳曲が入った『Too Low for Zero』で見事な復活を遂げる。それが、バーニー・トーピンという作詞家とまたタッグを完全復活させたことが要因であったことは私の興味を随分と惹いた。というのも、バーニー・トーピンという作詞家と袂を分かったのが『A Single Man』からで、それからエルトン・ジョンはずっと不調だったからだ。まるで、バーニー・トーピンが「あげまん」であったかのようで、メロディー・メーカーとしては天才でも、詩がしっかりとしてないと優れた曲はできないのか、と私に考えさせる例であったからだ。
 話を映画に戻すと、この映画は、まさにエルトン・ジョンの幼少時からバーニー・トーピンとの出会い、アメリカでの成功、さらにバーニー・トーピンとの別れ、その後の失望と失墜、そして、復活までを描いている。映画の最後のシーンは、『I am Still Standing』のプロモーション・ビデオである。
 さて、この映画を観て、さらにそれまで知らなかったエルトン・ジョンのことを幾つか知った。まず、母国イギリスではアメリカのように売れなかったことである。シングルでチャートの1位になったのは1990年が最初で、その曲はSacrificeであった。それまでにアメリカでは5曲が1位になっていることを考えると随分と対照的であるし、この1990年というのは、映画で描かれたエルトン・ジョンがまさにアメリカの音楽シーンを支配していた時代よりずっと後である。アルバム・レベルでは結構、イギリスでも売れていたが、それでもアメリカでは1972年に発表された「Honky Chateau」から1975年に発表された「Rock of the Westies」までの6枚のアルバムが連続して1位であったのに対して、イギリスでは1973年の「Don't Shoot Me I'm Only the Piano Player」から1974年の「Caribou」までの3枚だけだったのは興味深い。
 あと、映画においては、それこそエルトン・ジョンのきら星のごときヒット曲が多く流されるのだが、私が個人的に相当好きな「Island Girl」や「Philadelphia Freedom」、「Daniel」が選ばれなかったのも興味深かった。まあ、佳曲が多いのは致し方ないし、「Island Girl」は映画の内容とマッチさせるのはなかなか難しいだろう。
 内容に関しては、実際は、エルトンの実母や実父はそれほど悪人ではないと擁護する発言が家族から結構、出ているそうだ。母親に関しては、エルトン・ジョンもそのように言っているらしい。まあ、ということで、結構、脚色もあるかなと思うが、凄まじい音楽的才能の持ち主のドラマチックの人生はなかなか観るものを惹きつける。天才というものについて、なかなか考えさせる映画である。

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アメリカ合衆国政府の言葉はトランプによって軽佻浮薄となってしまった。 [トランプのアメリカ]

サウジアラビアの国営石油会社の石油施設がドローンによる攻撃を受けた。マイク・ポンペオ米国国務長官は「イランの関与」を主張している。トランプ氏は「我々は犯人を知っていると信じる理由がある」と述べている。
 さて、先月、アメリカの東海岸南部を襲ったハリケーンのドリアンがアラバマに上陸すると誤解したツイートをトランプ大統領が発して、それを気象庁が訂正しても、本人は誤りを謝罪するどころか、本来はそうであると嘘をつらぬき、気象庁の資料に黒いマジック・ペンでハリケーンの行き先を勝手にアラバマまで延ばすという小学生でもやらないような誤魔化しを行った。そのような誰でも分かるような嘘を平気でつける人が、いまさら「我々は犯人を知っている」などと言っても誰が信じようか。
 石油を多く有して、言うことをあまり聞かないイランを米政府が面白くないと思うことはよく分かるが、こんな嘘つき国家が、イランを攻撃する合理性を説いたところで、まったく言葉が意味を為さない。
 アメリカの国際社会における信頼は、トランプ大統領のおかげで地に墜ちてしまったな、ということがこのような国際的事件が起きてしまい、改めて確認させられる。

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ドイツ旅行のヒント(備忘録を兼ねて) [地球探訪記]

私はドイツを旅行する時、インターシティ・ホテルに好んで宿泊する。ドイツ全国で30都市にて展開している、シュタイゲンベルガー・ホテルを経営しているドイチェ・ホスピタリティの傘下にあるホテル・チェーンである。シュタイゲンベルガー・ホテルを東横ホテルに例えると、インターシティ・ホテルは東横インのようなものか。一応、4星クラスではある。
 さて、このホテルではあるが、ライプツィヒ、エアフルト、ベルリン(東駅)、ドレスデン、フライブルグ、マンハイム、ロストックなどで泊まったことがある。なぜ、好んで泊まるかというと、多くの場合、中央駅のそばにあること、そして公共交通の一日券をくれるからである。あと、極めて機能的な部屋であるが、清潔であることもポイントが高い。
 ということで、今回、ミュンヘンに泊まるうえでも、インターシティ・ホテルを予約したのだが、ここはちょっと驚くほど酷かった。いや、ブッキング・ドット・コムでの評価が7点台と相当、低かったので、不思議に思っていたのだが、インターシティ・ホテルのブランドを下げるようなぼろい部屋、清潔とはいえない絨毯、さらに行き届いていないサービス。
 今後もインターシティ・ホテルには泊まっていくと思うが、ミュンヘンだけは避けようと思い、ここに私への備忘録も兼ねて記させてもらう。

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放射能汚染した医者に対してのロシア当局の説明は、「旅行で行ったタイで福島産の蟹を食べたからだ」という驚愕するものであった [グローバルな問題]

レイチェル・マドー・ショーをユーチューブで観ていたら、信じられない報道があった。8月の上旬に、ロシアが同国の北西部において放射能流出をした事故で、被爆をした住民を診察していた医者も放射能汚染をしてしまい、筋肉細胞にセシウム137が検出されたので、それを当局に訴えたら、ちょっと前にこの医者が旅行で行ったタイで「福島産の蟹を食べたことで汚染したのだ」と言ったそうである。

下記のユーチューブの9分ぐらいのところである。
https://www.youtube.com/watch?v=viU-d49Ljw4

いやあ、この報道には幾つかの点で驚いた。まず、チェルノブイリの事故を起こしたことのある、つまり、福島原発以外で唯一、原発事故を起こしたロシアがこんな風評被害どころではない出鱈目のロジック(トランプが言うならまだ分かる)を言い放ったということである。もう一つは、事故が起きて8年経っても、フクシマはそのような場所として捉えられているのか、ということ。っていうか、このロシア当局の言うことが正しければ、今頃、日本人の半数は放射能汚染されているよね。さらに、なんでタイでフクシマの蟹が食べられるの?っていうか、フクシマの蟹って何?日本人だってフクシマの蟹は滅多に食べないよね。ウニならまだ分かるけど。とはいえ、ロシアという国はアメリカのトランプ大統領もそうだが、根も葉もない嘘八百を平気で言い放たれる国だということは、この報道で再確認した。というか、日本、どんだけ酷いイメージを持たれているんだ、という感じである。それでも、原発再稼働しているし。ちょっとイメージ戦略をしっかりと策定した方がいいのではないだろうか。

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おそらく生まれて初めてくそ高いタリスに乗る [地球探訪記]

ブリュッセルからパリに行かなくてはならない。パリに19時30分に食事の約束をしているからだ。ということで、チケットを購入しようとしたら、驚愕の145ユーロ。二等席が満席だったので一等席に乗らなくてはならなかったからだが、それにしても高い。たかだか1時間ちょっとの距離を走るだけである。東京ー名古屋よりも近い。とはいえ、他に選択肢もないので致し方ないから購入した。ちなみに、午前中にほぼ同距離のアーヘンからブリュッセルまでドイツのICEに乗ったが40ユーロちょっとであった。本当、タリスは高い。
 そもそも、おそらくタリスに乗ったのは初めてのような気がする。TGVには何回か乗ったことがあるがタリスは避けていた。これは、完全予約制が面倒くさいのと、何より値段が高かったからである。
 さて、タリスの一等車。こんな値段払うなら飛行機の方が安いぐらいだよな、機内サービスもあるし、などと思っていたら、なんと機内サービスありましたね。珈琲とケーキ・セットのようなものがでました。まあ、大して美味しくもないけど、地上を走るビジネス・クラスのようなイメージなんですかね。
 ただ、ネットの無料サービスとかがあるんですが、接続する際にアンケートに回答させられ、そのアンケートがどんな利用をしましたかって、これからアクセスすんだよ、と思わず毒づきました。車内のインテリアとかはお洒落ですが、外見とか見栄ばかりを気にするフランス人気質をよく表している鉄道サービスだな、とつくづく思わされましたね。ちなみに、ネットはフランス語以外にオランダ語、英語、ベルギー語のホームページがあるのですが、なぜかヨーロッパで最も使われているドイツ語がありません。ドイツでも走っているんだけど、このタリス。ここらへんもフランス人らしいな、と偏見を持って思いました。
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ドルトムント駅ではいつでも南北の方角を混同してしまう [都市デザイン]

西村幸夫氏の『県都物語』を読んでいる。日本を代表する都市研究者が、47都市を訪れ、そこでいろいろな思いを馳せ、文章にまとめたものだが、その内容は大変興味深い。さて、ここで著者は中央駅を降りた時の都市のオリエンテーションについて、常に関心を抱いている。中央駅は、その都市の玄関口である。玄関がどの方向に向かって、何を意図して設置されているのか。都市計画者らしい鋭い視点での考察がなされている。
 さて、そういう観点でいうと、私が常に方向感覚を失うのがドイツのドルトムント駅である。初めて訪れた時にそう思ってしまったかもしれないが、中心市街地が北側にあるように思ってしまうのである。そして、久しぶりに訪れたドルトムントでも中心市街地に行こうと思って駅を降りると逆の方向に歩いてしまったし、東側にあるドルトムント大学に行く列車を待っていたら、てっきり右から電車が来るかと思ったら左から来たので驚いた。
 これは、もう本当に意識しないと間違えてしまう。太陽の方向とかを考えれば、すぐ分かると思うのだが、どうにも間違ってしまう。一度、そのように空間認識をしてしまうと是正が難しいのか、それとも都市計画的になんかそう誤解させるようなつくりをしているのであろうか。ちなみに、ドルトムントと同じルール地方にあるボーフム、エッセン、デュースブルク、デュッセルドルフといった大都市の旧市街地は皆、デュッセルドルフからベルリンに向かう列車では右側に都心部がある。ドルトムントだけが例外である。これが、私の方向感覚にズレを覚えさせている可能性は極めて大きい。他にもドルトムントと距離の近いミュンスターとかもいわゆるデュッセルドルフから下りの列車では左側に都心部がある。まあ、他にも原因があるのかもしれませんが、いつも間違えるし、久しぶりに訪れても間違ってしまった。玄関口の設計等に何か課題があるのかもしれないが、私のイメージ・マップでは駅の北側に都心部ができてしまっていて、なかなか修正できないでいるのである。

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ドルトムントの4つのアイデンティティ [都市デザイン]

以前、客員教授で1年間ほどいたドルトムント工科大学の空間計画学部を訪れる。10年ぶりぐらいだ。私が行くきっかけをつくってくれたフランク・ルースト、私と一緒にドルトムント工科大学に行き、その後も長いつきあいを続けているヤン・ポリフカ、さらには私を引き受けてくれた同時の学部長であったクリスタ・ライヒャーなどは皆、もういなくなっている。彼らに換わって、私の相手をしてくれたのは、私が客員で滞在しなかった時にはいなかったトーステン・ヴィーマンである。
 さて、彼とはいろいろと有意義な話をすることができたが、ドルトムントという都市の話が特に私の興味を惹いた。ドルトムントには4つのアイデンティティがあると彼は指摘する。鉄鋼業、石炭、ビール、そしてサッカーである。いや、そんなこと私でも知っているよ、というリアクションをする方もいるかもしれない。私も、そんなもんだよな、という感じでその話だけでは新鮮さを覚えない。ただ、ヴィーマン先生は、それを説得力のあるデータにもとづいて話してくれる。これは、興味深い。例えば、ビールの生産量は世界で二番目の都市だそうだ。一番はちなみにミルウォーキーのようである。ということは、ドイツでは当然、一番ということだ。サッカーはボルシア・ドルトムントの本拠地であるシグナル・イドゥナ・パルクの収容能力は80000人を越え(立ち見含む)、この規模は世界一だそうである。2014年から2015年のシーズンでは、ドルトムントの平均観客動員数は80463人。これって、全試合、完売というか満席ということである。ボルシア・ドルトムントのファンが世界一というのはあながち嘘ではなさそうだ。ちなみに80000席のうち、50000席がシーズン・チケット・ホルダー。ボルシア・ドルトムントのホームゲームのチケットを入手するのが大変、難しいのはこういう点にもあるのだろう。
 2015年にドイツのサッカー博物館がドルトムント中央駅の目の前につくられたが、この施設はやはりドルトムントにこそつくられるべきものであったな、ということも納得した。

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トランプのグリーンランド購入発言でふと考える [トランプのアメリカ]

トランプ大統領がグリーンランドを購入したいと発言したことが様々な波紋を呼んでいる。デンマーク政府は「グリーンランドを売り物ではない」との声明を出した。それを受けて、フレデリクセン首相が「馬鹿げた発言だ」と言ったことに対して、トランプ大統領は「失礼だ(nasty)」と逆ギレして、デンマークへの訪問をキャンセルした。しかも、「馬鹿げた発言だ」というのはトランプに対してでなく、アメリカ国民への侮辱だとまで言い放ったが、悪いけど、もしアメリカ国民がそう思っていたとしたら、彼らも「馬鹿げている」。もちろん、そう思っているアメリカ国民は少数だろうから(と思いたい)、この首相の発言は大統領に向けられていることは間違いない。
 ここで難しいのは、グリーンランドはデンマーク王国には所属しているが、デンマークとは一線を画していることであり、フレデリクセン首相が売る、売らないと判断できる立場にはないことである。ちなみにグリーンランドのキレセン首相も「グリーンランドを売り物ではない」との声明を出した。ということで、どちらにしてもトランプ大統領の申出は言下に却下された訳である。
 さて、一国の領土を購入できる、という考えがあるのはちょっと驚きだ。確かにアメリカは以前、ロシアからアラスカを購入したりしたし、トルゥーマン大統領もグリーランドを購入できるかどうかを検討していたようである。とはいえ、なんでグリーンランドの人々がアメリカに国土を売らなくてはならないのだろうか。
 もし、そのようなことが可能であるなら、それこそアラスカより遙かに価値がない北方四島をロシアから購入することを交渉すべきであろう。そもそも、ロシア、土地があり余っているし。まあ、結構、ふっかけられるかもしれないが、長期的にみたらいい投資になるんじゃないだろうか。
 いや、この意見を馬鹿げていると思った人は、トランプの発言こそが馬鹿げているということを理解した方がいいだろう。

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ミュンヘン空港からミュンヘン中央駅はえらく遠い [地球探訪記]

ドイツに来る。ライプツィヒに用事があるからだ。ということで、通常であればフランクフルト空港を使うのだが、今回はミュンヘン空港を使った。さて、到着して気づいたのだが、ミュンヘン空港からミュンヘン中央駅は鉄道でアクセスすると相当、距離があるということだ。大体40分。フランクフルト空港は、もう駅に高速列車が停車するし、デュッセルドルフ空港も変なモノレールのようなものに乗るが、デュッセルドルフ空港駅は多くの高速列車が停まる。停まらないものも少なくないが、そこから中央駅まではほんの10分ぐらいである。それらに比べるとミュンヘン空港は不便だなあ。

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ロシアのアメリカ合衆国崩壊作戦の老獪さには舌を巻くしかない [トランプのアメリカ]

パックス・アメリカーナが音を立てて崩れている。現在のアメリカ合衆国の状況を私はこのように捉えている。そして、この崩壊の引き金を引いたのはロシアである、というのが私の推測である。どのようにして、そのような推測を立てたのか。それは、トランプが大統領になってから、毎日、2時間以上、MSNBCやCNNといったアメリカのニュース番組を見続けてきたことで得られた情報を私なりに分析した結果である。
 この私の見立ては、なかなか説明をするのが困難というか面倒臭いのだが、アメリカ合衆国の外交政策顧問であり、元国際連合大使であるスーザン・ライスがほぼ私と同じように、ロシアがアメリカをこのような窮地に追い込んだ、との見解を最近、CNNの取材で述べていたので、それを共有したい。
https://www.youtube.com/watch?v=XxZtNG4xuaY(6:56あたりですね)
 ロシアがアメリカ合衆国を崩壊させるために取った手段は、内部からの瓦解である。そして、そのために攻撃対象としたのは、アメリカ白人達の有色人種への差別意識と、銃への偏愛である。そして、使ったのはSNSとロビーイングである。そして、いわゆる赤いアメリカに住む白人達の差別意識を喚起するために、トランプを担ぎ上げた。そして、トランプはクリントンに合計では300万票も獲得票が少なかったにも関わらず、エレクトリアル・カレッジという極めて古くさい制度の陥穽を見事に突いた選挙戦によって45代大統領になる。そして、有色人種への差別意識と銃、さらには堕胎禁止、といったアメリカ人の多数の神経を逆なでするような政策を突き進めることによって、アメリカの分断はどんどんと深刻化している。銃による有色人種を主にターゲットとした無差別殺人は、最近、急増している。先月のテキサス州、オハイオ州での無差別殺人は24時間も経たないうちに起きてしまった。
 このアメリカの弱点を、見事、アメリカを崩壊させる方向にもっていったロシアのこの戦略の老獪さには、もう舌を巻くしかない。恐ろしく賢い、というか狡猾である。こんな国から、どうやって北方四島を返却することができると夢想することができるのだろうか。少なくともプーチンが権力を握っている以上は不可能であろう。一方、トランプから何兆円もかかるような武器を購入してしまっているが、トランプは大統領を辞めた時点で有罪になる可能性も高い。そのような人に義理を売るようなことをしても、まったく無駄だ。なんか、日本政府はあまりにも国際感覚が鈍すぎるのではないか。もっと、アメリカのニュース番組を観るべきであろう。といいつつ、私はこれに時間を取られすぎていて、他のことがこの二年間、ほとんど出来ていない。とはいえ、アメリカ合衆国が崩壊しているのに、他のことに手を出す余裕もないということもある。

タグ:ロシア
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『ひいくんのあるく町』 [映画批評]

京都の素晴らしい映画館「出町座」で『ひいくんのあるく町』という映画を観た。若干23歳の青柳拓氏の作品である。これは、監督の故郷である山形県市川大門町に住む、知的障害のあるおじさんの暮らしを追ったもので、それによって地方のコミュニティのヒューマニティを感じる優れたドキュメンタリーとなっている。市川大門町は、身延線では比較的重要な駅で、特急列車「ふじかわ」も停車する。しかし、この市川大門町は2005年に市町村合併されており、この貴重な地名は風化されつつある。
 風化されているのは、コミュニティもそうで、これは合併した後の市川三郷町の人口動向であるが1960年の24000人程度から一貫して人口は減少し続けており、現在は14812人である。このように人口減少している地域であるが、しかし、そこで日々、暮らしている人達は、諦観しつつも前向きであり、立ち止まっていても肯定的である。その静閑かさが、観るものの心を打つのと同時に、日本の地方のコミュニティの持つ経済とは無関係な、価値のようなものを感じさせてくれる。そして、その町の価値は、ひいくんのそれとシンクロしている。それが、この映画を感動的なものにしている。

http://hikun.mizukuchiya.net

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ペダルボードの更新 [ロック音楽]

先日、フリー・ザ・トーンの優れものスイッチャーArc 53Mを購入したのと同時に、二つのストライモンのMIDIエフェクターを思い切って購入したので、ペダルボードをリノベーションした。この二つを新しく入れ、アナログ・ディレイのBrigadierとプロヴィデンスのシステム・チューナー(STV-1 JB)には退却してもらった。そして、ボリュームペダルが入るスペースがなくなったので、もう一つ、ペダルボードを購入し、ここにFreezeのペダルと一緒に入ってもらった。ここには退却したSTV-1を入れることも必要に応じて考えている。新しく購入を考えているペダル類はほとんど現時点ではないが、将来的にはWhammyのPedalとかOvaltoneのOverdriveは買ってもいいかなとも思っているので、それらを購入した場合はこちらに入ることになるであろう。

さて、ストライモンの2つのMIDIエフェクターはデジタル・ディレイのタイムラインとモジュレーション系のメビウスである。そして、セパレート・ループにはFuzz Factoryを繋ぎ、残りの4つのエフェクト・ループにはMad Professor のGreen Forest Compressor、そして同社のSweet Honey Over-Drive、Boss のHarmonizer であるHarmonist PS-6、そしてTC electricのReverb, Hall of Fame 2を繋いでいる。

ジェネシスのコピーバンドをしているので、ロータリーが必要だったり、ファズが必要だったりするので、その点はちょっと一般的ではないかもしれないが、総じて、なかなかこのペダルボードは満足した出来になっている。ポイントとしては、簀の子型のペダルボードであるペダルベイを使っているため、シールドや電源を簀の子の下に設置できているというところである。特にArc53mのループのジャッキのところにシールドが集中するのだが、そこから下部空間にシールドをそのまま入れるようにしたので、見た目もすっきりとしている。幾つかのシールドは、Free the Toneの自ら望ましい長さに切ってつくる、というものを使ったので、これが空間をより効率的に使うことを可能としている。正直、ボリュームペダルが入るスペースがあれば、これ一つでペダルボードも十分じゃないかとも思われるが、ある程度、バッファー的にもう一つボードがあることもいいかもしれないなと、自らを納得させている。

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Free the Tone のarc35mとストライモンのMIDIエフェクターの繋ぎ方 [ロック音楽]

さて、今回はこれまでのブログの内容と違って、相当、マニアックなものとする。多くの読者には関心がない内容かと思われるが、この点に関しては、ネット上にも情報がなく、私もその解決法に随分と苦労したので、日本中に似たような悩みを持っている人がいるかもしれないと考え、ここに私が理解した点を公開させてもらう。

問題の発端は、Free the Tone という会社のarc35mというスイッチャーを購入したことからはじまった。
http://www.freethetone.com/products/detail4/

いや、問題といってもこのスイッチャー、現時点では滅茶苦茶の優れものと私は捉えていて、その機能の秀逸さからいって、もう是非とも一台、保有しておきたいような代物であると考えている。ただ、購入した直後は、MIDIエフェクターの繋ぎ方が分からず、相当、ストレスを抱えた。というのも、今は分かるようになったが、購入当初は、何しろarc35mのマニュアルがちんぷんかんぷんなのだ。書いている本人は分かっているので書いているのだろうが、到底、分かっていない人を理解させるような書き方ではない。ちなみに、私はこれでも東京大学の工学部を出ているので、東大では落ちこぼれであっても、平均ぐらいはこのようなマニュアルの文章を理解できるとは思われる。まあ、これが分からないような輩が買うな、という上から目線なのかもしれないが、後述するように、それを販売している楽器店の人達もほとんど理解できていない。

とはいえ、分からないものは分からない。当初は、自分が無知なので理解出来ないのかと思っていたのだが、arc35mを絶賛しているブロガー・ギタリストも「プレセット」を使わず「ダイレクト」のみで使っているという、超ハイスペックなコンピューターを購入してエクセルしか使っていないような、訳の分からないことを書いているような自体なので、なかなか参考となるものがなかった。

いろいろと調べた中で、「ギターのレシピ」というホームページのブログが相当、役にたった。
http://guitar-recipe.com/effects/2519

とはいえ、まだ上手くセッティングできない。ということで、購入したお店にarc35mとそれと同時に購入したStrymonのTimelineというMIDIエフェクターを持って行った。まあ、これで一発解決だなと思っていたら、なんと、そこの店員の方はよく分かっていなかった。いや、アルバイトの店員ではなくて、しっかりとした40ぐらいの正社員の方で、以前、ファズ系のエフェクターを購入した時は、随分と丁寧に商品説明をしてくれた方である。彼は相当、格闘した後、基本的にMIDIチャンネルとarc35mとを連動するところまでは分かり、それを教えてくれた。私としてはMIDIのコントロール・チェンジ・ナンバーの送り方を知りたかったのだが、それは「普通は使わないですから、大丈夫」と言われて、私もそんなものかな、と考え、お礼を言って帰宅した。ちなみに、この楽器店、日本中にチェーン店を展開している超有名店である。

ちなみに、この連動させる過程であるが、arc35mでは4台までのMIDIエフェクターを別チャンネルでコントロールすることができるが、むしろ問題はMIDIエフェクター側にあり、Strymon では、「Global」というコマンドの中の「MIDICH」という項目でMIDI Channelを設定しなくてはならない。ちなみに「Global」というコマンドは、VALUEのボタンを長押しすると出てくる。つまり、arc35mだけを理解したとしても、MIDIエフェクター側のシステムをしっかりと理解しないと上手くいかないということだ。

このようにMIDIチャンネルがエフェクターとarc35mとで同じものに設定できれば、【DISP MODE】スイッチの「MIDI PC & CC#」で送信MIDIチャンネルを選択し、【INC+/DEC-】のスイッチを動かすと、エフェクターの方も連動して、好みのエフェクターのバンクの音を引き出すことができる。このバンクの音のことを、arc35mでは「MIDIプログラム」と呼んでいる。好みの音を【store】すると、そのプリセットに保存することができ、このプリセットを呼び出すと、このMIDIエフェクターのバンクの音を再現させることができる。

いやあ、これは凄い機能だな、ということで結構、満足はしたのだが、これだとMIDIエフェクターのスイッチを消すことができない。いや、足でMIDIエフェクターのスイッチを踏めばいいだけなんだけどね。でも、それはちょっと違うかな、と思うのと、いやあ、このMIDIエフェクターをスイッチャーでコントロールは素晴らしすぎるな、と思ったので、もう一台、買いたくなったのである。買いたくなったものは、同じStrymon のMobiusである。

さて、そこでギターのチューンアップのために、楽器屋に行かなくてはならないのと、前回、購入したお店は、あまり知識がなかったので、この店にて、arc35mに二代目のMIDIエフェクターを接続して、それをしっかりとコントロールすることを教えてくれれば、エフェクターを購入すると持ちかけた。すると、若手のアルバイト店員は、全員、そこで引いて、店長と思しき、40代くらいの方を連れてきてくれた。この方は、「こうこうすれば出来ますよ。簡単です」と言ったので、店に持ってきた自分のarc35mを出して、「取りあえず、設定して下さい」とお願いした。さて、これで問題解決かと思ったら、なんと悪戦苦闘をし始めたので驚いた。だって、天下の○○○さんですよ。マニュアルとにらめっこして、ああだ、こうだといじっている。さっき言った「簡単です」は何だったのだ。とはいえ、長い戦いの後、どうにか動かせるようにはなった。ちょっと納得いくような説明ではなかったが、とりあえずこの努力に免じて約束通り、メビウスを購入した。
 タイムラインはチャンネル1,メビウスはチェンネル2に設定。両方ともarc35mと連動できる。ただ、これだとオンになったまま、スイッチを消すことはできないので、MIDIコントロール・チェンジ・ナンバーを送って、スイッチを消すことができるようにした。ここで、難しいのは、MIDI機器側がコントロール・チェンジ・ナンバーを規定していることである。Strymon の機器(少なくともメビウスとタイムライン)は、スイッチオフ、すなわちBypassのコントロール・チェンジ・ナンバーが102である。
 ここらへんの情報は、下記のタイムラインのマニュアルに書いてあるが、いやはや分かりにくい。
http://allaccess.co.jp/strymon/timeline/TIMELINE_jp_manual_v170.pdf
 さて、コントロール・チェンジ・ナンバーをプリセットに保存することまでは分かり、実際、プリセットからMIDI機器のスイッチオフをすることができるようにはなった。ちなみに、そのようにするためには、エディット・モード(マニュアルp.10)において、MIDIの詳細設定をすることが必要である。そこで、「送信するMIDIコントロール・チェンジ・ナンバーを設定する」ということをしなくてはならない。ここでは、4つのCSWスイッチを設定(逆にいうと4つしか設定できない)することができ、私はスイッチ3にMIDIチャンネル1のバイパス、スイッチ4にMIDIチャンエル2のバイパスの信号を送るように設定した。ここらへんの状況を理解して、初めてマニュアルp.12の設定の仕方がわかった。
 ここまで来ても、まだ問題があった。というのは、一度オフにするとオンにすることが出来ないからだ。これは困ったが、フットスイッチをコントロール・チェンジ・ナンバーで送ることで対応することにした。ここらへんに関しては、Strymonのブログが役に立った。
https://www.strymon.net/using-midi-control-pedals-2/
 ちなみに、ストライモンの日本語で訳されたブログはほとんど何の役にたも立たないことばかり書いてあって、結構、ストレスが溜まる。
 さて、しかし、ここにも問題があった。というのは、タイムラインにしろメビウスにしろ、フットスイッチがAとBと二つあり、Aはコントロール・チェンジ・ナンバーが80で、Bは82である。すなわち、CSWが二つのMIDIを違うMIDIチャンネルで接続すると6つ必要とするのだが、arc53mには4つしかない。
 これは困ったのだが、実際、プリセットから呼び出す音はA側に設定する(A側だけでも、余裕で100バンクある)ということにして対応することにした。これでも、十分、私のニーズには対応できる(それまでほぼディレイは一曲中は、1パターンしか使わなかったことを考えると大躍進だ)。
 ということで、どうにかarc53mに5つのエフェクターと2つのMIDIエフェクターを接続することができた。arc53mには20のバンクごとに10のプリセット、すなわち200の音を保存することができる。通常のエフェクターを繋ぐだけなら、プリセットもほとんど必要ないだろうが、MIDI対応のエフェクターと繋ぐと、その強力なポテンシャルを引き出すことが可能となる。
 ただ、それを可能とするためには、結構、マニュアルをしっかりと読まないと分からないし、このマニュアルを理解するのが難しい。最初は、私の無知から来るが要因かと思ったが、日本でも超有名な二つの楽器店において、しっかりと私の質問に回答できなかったことからも、このスイッチャーの使い勝手が決して「簡単」ではないことが分かるかと思う。
 ブログでも「非常に使いやすい」などと書いているものがあるが、シフトボタンを使ったことがない(これは、ちょっと信じられない。さきほどのコンピューターの例でいえば、エクセルでコピー、ペーストを使っていないというレベルである)とも白状しており、そんな人が「非常に使いやすい」などと言う資格はないと思う。「非常に使いやすい」レベルでしか使ってないから、そりゃそうだろうなと突っ込みたい。
 まあ、エクセルの比喩で申し訳ないが、エクセルもSumifやCountifなどの関数を使い始めて、初めてそのポテンシャルを実感できるのと同様に、このarc53mもMIDIエフェクターの管理をして初めて、そのポテンシャルが生きてくると思う。と同時に、これがあることでMIDIエフェクターも生きてくる。
 随分と苦労したが、どうにか動かすように出来てよかった。「非常に使いやすい」とは全然、思わないが、理解をするとその潜在力は相当のものがあるなと思われる。ただ、このレベルに達しないとお金の無駄かなとも思う。

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常念岳(日本百名山38座登頂) [日本百名山]

常念岳に挑戦した。前日に松本市内のビジネスホテルに泊まり、3時15分に起床。4時前にチェックアウトして、一ノ沢の駐車場へ向かう。5時前に駐車場に到着。ちょうど一両分の空きスペースがあったので、そこに駐車する。ついている。そして、5時10分頃、登山開始。ここから一ノ沢の登山口までは1200メートル。ここにはトイレなどもある。ここは5時40分に出発。出発して500メートルぐらいで山の神の神社があり、登山の無事を祈って出発。烏帽子沢の渓流を左手にみつつ、緩やかに高度を上げていく。途中、沢を通るところもあり、泥濘みのところもあったりしたが、倒木をうまく使って歩けば問題はない。烏帽子沢の渓流は美しく、歩いていて楽しい。7時前ぐらいに大滝に着く。登山口から2.1 キロ、標高として300メートル稼いだが、常念小屋まではまだまだだ。さらに一時間、丸太橋を渡り、烏帽子沢の右へ行ったり左を行ったりして、笠原沢に到達したのがちょうど8時。この笠原沢は標高的には1900メートルで登山口からは600メートル標高を稼いだことになり、ちょうど半分ぐらい登ったことになる。そして、しばらく行くと胸突き八丁に差し掛かる。ここからはジグザグに高度を上げていく。烏帽子沢にはまだ長大な雪渓が残っている。常念岳もこちらから望めるのだが、ガスがかかっていてその全容はみることはできない。
 そして烏帽子沢を丸太橋で渡ると、最終水場に9時15分頃に到着する。ここまで来ると、あと常念小屋まで1キロメートル。高さも200メートルだけだ。難所と言われる胸突き八丁も越えたし、もうあと一息と思ったのだが、実はここから常念小屋までがとても困難であった。最終水場から常念小屋までの方が、むしろ胸突き八丁とかわらぬほどの急坂。最近はあまりなかった大腿筋が痙攣し始め、これは攣るかもしれないと緊張する。攣ると面倒なので休み、休みゆっくりと登っていくことにする。途中、三箇所、ベンチがあるのだが、三箇所ともゆっくりと休んで上がっていった。その結果、常念小屋に着いたのは10時30分と最終水場から1時間15分もかかった。これはコースタイムの50分より大幅に遅い。とはいえ、攣らずにどうにか到着できたのはよかった。
 そのまま常念小屋でチェックインをする。常念小屋は定員200名で、3日前に予約した時は既に250名が予約しているので、一畳を二人で共有して下さいと言われ、覚悟をしていたのだが、3階の部屋は天井が低いので一畳を一人で使うことができた。常念小屋で早い昼食を取る。私が注文したのは牛丼で1000円だった。なかなか山小屋としては味のクオリティは高い。ここで荷物を置き、水とカメラだけを入れたザックを担いで常念岳を覆い被さっていたガスが晴れたのを確認して12時頃から登山にチャレンジする。
 常念岳まではジグザグに礫の道を歩いていく。展望は抜群で、槍ヶ岳から涸沢、穂高岳と素晴らしい展望を右手に見つつ、左手には安曇野市の美しい田園風景を見つつ、登っていく。この坂も相当、厳しいが、常念小屋で休んだこともあり、大腿筋はどうにか我慢してくれている。展望の素晴らしさが、また疲れを吹き飛ばしてもくれる。
 常念岳に到着したのは13時30分。これもコースタイムを20分もオーバーしてしまった。大腿筋の痙攣だけではなく、なんか登りながら立ちくらみにもなりそうで、もう満身創痍での登頂であった。そういう意味では、これまでの登山の中でも今回の常念岳登頂は相当、厳しいものであったと考えられる。
 とはいえ、常念岳からの展望はまさに360度の絶景で、なぜ多くの人々が北アルプスに魅了されるのかがよく理解できた。この素晴らしい絶景を見るためなら、身体が多少、悲鳴を上げてもその価値があると思われる。槍岳は雲に姿を隠して、なかなかその全貌を見せなかったが、小屋に着いた頃に、その素晴らしくもユニークな偉容を我々に見せてくれる。
 絶景を堪能した後、ゆっくりと常念小屋まで下山をし、5時の夕食まで食堂にて生ビールを飲み、時間を潰す。ちなみに、このビール、身体が欲していたのだろうか、人生でも5本の指に入るぐらいの美味しさであった。夕食はハンバーグ定食。
 夕食を食べた後、6時にはもう就寝し、一度起きるが次に気づいたら3時。ゆっくりと身支度をして、4時30分頃に朝食を食べる。朝食は鮎煮と卵焼き、ソーセージなどでなかなか美味しかった。夕食よりも美味しいような気もする。5時にご来光を見て、下山開始は5時30分。胸突き八丁に差し掛かったのは6時18分。登りとは偉い違うインターバル・タイム。登山口に到着は9時であった。登りと違って、下りは特に問題もなかった。

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(登山口の手前にある駐車場。ぎりぎり一車輌分が空いていて助かった)

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(山の神の神社で登山の無事を祈る)

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(登山道にはワイルド・フラワーが咲き誇っているが、その中でもその優雅さで目立つのはクルマユリである)

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(胸突き八丁からは烏帽子沢の雪渓を展望できる)

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(常念小屋に着いた時は常念岳も小屋もガスに覆われていた)

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(常念小屋での昼食。1000円の牛丼は山小屋としては相当のクオリティであったかと思われる)

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(常念小屋から常念岳の肩の部分を展望する。これは、常念岳の山頂ではない)

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(常念岳への登山道はなかなか厳しい)

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(常念岳の登山途中から常念小屋を振り返って望む。キャンプ場のテントの色彩が美しい)

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(常念岳の肩から常念岳の山頂を望む)

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(常念岳の山頂までの道は険しいが左右に展開する素晴らしい絶景が疲れを吹き飛ばしてくれる)

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(登山途上に咲くしゃくなげの花)

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(登山道から安曇野市側を展望する)

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(常念岳の山頂)

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(常念岳の山頂から涸沢、穂高岳を展望する)

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(常念岳から大天井岳の方を展望する)

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(常念岳から横通岳の方を展望する)

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(常念小屋に近づいた時、それまで雲に見え隠れした槍岳が全貌を見させる)

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(常念小屋での朝食)

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(常念小屋からのご来光)

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(朝日によって赤く染まった槍岳)

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(胸突き八丁沿道に見られるワイルド・フラワー)

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(烏帽子沢の美しい渓流)
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ヨドバシカメラのサービスの悪さに、日本のサービス産業劣化の兆候をみる [商店街の問題]

DVD-ROMが急に入り用になったので、ヨドバシカメラの京都店に向かう。その後、知人と会う約束をしていたので時間はない。急いで買わなくてはならない。地下一階で「DVD-ROM」を購入したいのだが、と店員に尋ねると2階ですね、と言われる。急いでエスカレーターに乗った時、ふと、もしかして映画などのDVDと誤解しているかもしれないと考え、再確認のため1階で降り、また店員に言う。今回は「コンピューターのデータなどを記憶するためのDVD-ROM」としっかりと伝える。すると、店員は「2階かな、地下一階かなあ。ちょっと分からないので尋ねてきます」と言ってくる。そんな待っている時間もないので、隣にいた女性の店員にも尋ねると、「分からない」と言う。「店員ですよね」と確認すると、「そうだ」と答える。これは、どうしょうもないな、と途方に暮れるが、二階はいわゆる映画などのコンテンツとしてのDVD、そして地下一階はパソコン付属品とあるので、これはやはり地下一階かなと向かう。そこで、支払所にいた二人の男性店員のうち、一人に同じ質問をすると、「分からない」と言う。この店員は中国人で、可哀想にちょっと困惑をしていた。そこで、隣で我々の会話を無視していた店員に聞くと、「ああ、それなら記憶媒体のコーナーにありますよ」と回答する。隣で同僚が困っているならもっと早く言えよな、と内心、その冷たさに腹を立てつつ、急いでそこに行き、購入する。
 DVD-ROMなどは過去の遺物のようなもので、それを購入するような客は少ないかもしれない。しかし、置いてあるのであるなら、どこに売っているかぐらい知っていてもいいだろう。
 このような体験は、京都では薬屋やホーム・センターでも経験したことがあり、店員がどこに何を売っているかを知っていない。これは、ほとんど東京では体験したことがなかったので、驚いたりはしていたが、今回のヨドバシカメラは4名に聞いて分からない、というちょっと愕然とするような体験であった。
 私は日本のサービス産業の水準の高さは世界一であるとかねてから思っていた。ドイツなんかはあまりにもサービスが悪いので比較する意味もないが、オランダ、フランスの劣悪なサービス、さらにはアメリカのサービス産業の客への配慮の欠如などを経験していたものとしては、日本のサービス産業は本当に優れていると考えていた。いや、このサービスのよさが、付加価値を低めてしまっているというのはあるのだが、それゆえに日本の消費者はある意味で世界一、幸せな購買体験ができている。これが、またインバウンドの中国人の観光客が、日本においてメイド・イン・チャイナの商品を買う理由でもある。
 しかしですね、ヨドバシカメラの京都店はサービス悪すぎでしょう。いや、サービスの態度とかではなく、サービス産業に従事している人が持っているべき、商品知識や販売場所、これを有していなかったらまったくもって専門家ではない、というような能力を欠如している。というか、コンピューターやロボット以下である。確かに、私もヨドバシカメラの入り口に、ナビロボットとかいれば、こんなストレスフルは思いをしないで済んだかもしれない。そして、それは世界でも最高レベルであったサービス産業が劣化していることを私に気づかせてくれた。
 最近、読んだ週刊誌に、日本はそのうちアジアで最貧国になる、というような記事が載っていたが、ゆとり教育や働き方改革といい、日本の優れた労働者の質を悪化させるような施策を進めてきた成果がそろそろ顕在化されてきたということだろうか。そのようなことをヨドバシカメラの京都店にて気づかさせられた。

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中国の通関で足止めを喰らい、罰金を取られる [地球探訪記]

中国から日本へ帰国する際、通関で足止めを喰らい、別室に連れて行かれる。何だ、何だと思ったが、どうもビザでの滞在期間の上限14日を1日オーバーしていたらしい。そんなルールがあることを迂闊にも気づかないでいた。一日オーバーするごとに罰金500元を取られる、ということで罰金を払うことになった。現金を持っていたので、問題なく対応できたが、現金を持っていなかったら面倒なことになっていたかもしれない。この手続きに1時間近くかかり、早めにチェックインしていたのでよかったが、ぎりぎりの時間であったら飛行機に乗り損ねたかもしれない。

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中国の農村を走っているゴルフ・カートのような電動の乗り物に日本の地方におけるモビリティ改善の可能性を覚える [サステイナブルな問題]

崇德村を歩いていると、自動車、自転車、オートバイ(電動オートバイ)に混じって、軽トラをさらに小さくしたようなゴルフ・カートのような電動の乗り物が走っている。農家にもあり、自動車に比べてずっと安いようだ。さらに、学生達のヒアリングから、この乗り物はどうも免許もいらないそうだということを知った。崇德村の集落によっては買い物をするのに20分ほど歩かなくてはいけないところもあり、そういう意味で、この自動車未満、自転車以上の乗り物で移動できることは高齢者にとっては有り難いことであろう。
 さて、最近、日本では高級車に乗った高齢者が人をひき殺す事件が頻繁に起きている。これらの加害者は、エリート人生を歩んできた人もいたりして、被害者の人はもちろんだが加害者も一瞬で、それまで積み上げてきたものが木っ端微塵になってしまい、人生が滅茶苦茶になっている。
 このような悲惨な事故がなぜ、生じているのか、というと自動車に乗っているからである。上記のような事故は、東京都港区、東京都豊島区などでも起きているので、これらの加害者は自動車を運転する能力が高齢によって失われてしまったのに、それを自分の都合で手放せなかったという点であまり同情する余地はないが、日本の地方であれば、高齢になっても自動車を手放したら生活していくことが極めて困難になるような人もいるだろう。これは、自動車依存を高めるような道路整備事業に邁進してきた日本の役所の瑕疵であると思うが、そのような責任を追及することより、現実的に自動車依存の生活を余儀なくされている人達には、この崇徳村のゴルフ・カートのような乗り物で移動するようなシステムに転換するといいのではないかと考えた。
 これは速度は出ないが、歩くよりはずっと楽だ。そして、仮に人に当たったとしても、怪我はするだろうが、事故による死亡率は大きく減るのではないだろうか。道路を走行する際に、自動車とこの乗り物との速度差は危険であるが、まあ、そこらへんは自動車運転者のモラル向上でフォローすることはできると思われる。
 また、このような自動車の代替案を提示することで、免許を返上したくても返上できない人達へのインセンティブになるかもしれない。自治体によったら、ある程度の年齢に達していないのに免許を返上してくれた住民には、このゴルフ・カートのような乗り物を購入する際の3割ぐらいを補填するというような措置を採ってもいいかもしれない。
 高齢化時代における新しい乗り物の可能性のようなものを感じた次第である。

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トランプは移民排斥で支持を得ているが、自分の母親も2人の妻も移民。さらに妻の両親を大統領になった後にアメリカに移民として受け入れている。 [トランプのアメリカ]

トランプ大統領はアメリカ人の移民嫌いという心情に訴えるという選挙活動をして、2016年の大統領選に勝つことができた。アメリカ人はそもそも、アメリカ・インディアンを除けば全員が移民なので、これはまさに芥川龍之介の小説「蜘蛛の糸」を彷彿させる身勝手さであるが、ある意味、アメリカ人をもっとも的確に表現する形容詞は「身勝手」かなとも思うので、今更、そんなことで批判する気はない。
 さて、トランプ大統領は自分が大統領としての支持基盤を維持するためには、何しろ、この移民排斥を進めなくてはならないということは理解しているようで、多くの移民苛めを行ってきた。具体的には、アメリカに入国できない国を8ヶ国指定した。移民ではなく、難民の受け入れの数(年間)を歴代最低にした。移民の子供に対しての保護を促す連邦プログラムをキャンセルした。ハイチ、ニカラグア、スーダンの出身者には暫定的に保護するプログラムがあったがそれを廃止した。そして、国境から入ろうとした移民の親子を分離させ、その子供を第二次世界大戦で日系人を隔離していたような施設に入れ、既に数名の子供がここで亡くなっているような状況にあるが、それをトランプは、移民達がアメリカに来たがらなくなるので効果はあるとさえ嘯いている。さらには、不法移民を警察を使って探し出し、国から追放する施策をも遂行しようとしている。
 このようにトランプ大統領は、移民を排斥し、苛めることでその支持基盤の要望に応えているのだが、トランプ大統領は日系人でいえば3世という、つい、最近、アメリカに来た家族の子供である。というか、母親は成人するまでスコットランドで育っていたから、母親側からみれば2世、すなわち移民の息子である。
 そして3人の奥さんのうち、二人は生粋の移民であり、英語もろくに発音出来ない。二人ともなぜかスラブ系であるのは興味深いが、なぜトランプ大統領の支持者が、奥さんを平気で受け入れるかは不思議である。ちなみに、英語圏出身ではない大統領夫人は、アメリカ合衆国の歴史はじまって初めてである。というか、アメリカ人ではないのもアダムズ大統領の夫人がイギリス出身であった以来、190年ぶりである。まあ、おそらく移民排斥というよりかは、有色人種が嫌いな人種差別が根底にあるのではないか、とも推察する。つまり、自分達と同じ欧州人が移民としてくるのはよくても、メキシコ人や我々日本人を含むアジア人、そしてアフリカ人などが移民として来るのは嫌なのだろう。
 その証拠に、奥さんのご両親が最近、スロベニアから移民としてアメリカ合衆国に受け入れられた。一方で移民排斥をしていて、自分の家族は平気でアメリカ人として受け入れる。このご都合主義、身勝手さこそ、トランプの特徴であるが、それはトランプを支持しているアメリカ人も共有していることである。
 私はアメリカで7年間暮らしていたこともあり、アメリカには特別な思いがないわけではないが、もはや、国としてはナチスが台頭したドイツのようなろくでもない国になっていることは、日本人は理解していた方がいいと思う。私がトランプの批判をすると、大抵、団塊の世代であるが、妙に反抗する人がいるが、こういうアメリカに洗脳された世代の言うことをまともに受け入れているととんでもない目に遭うと考えている。

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四川料理は流石に美味しい。が、いい気になって食べていたらお腹を壊した [B級グルメ雑感]

中国料理は4つに大きく分類されるようだが、そのクオリティからすると四川料理と広東料理の二頭であると捉えられているようだ。そうなのか。さて、そのうちの一つの四川料理であるが、その特徴は唐辛子や花椒などの香辛料を調味料として多用していることである。私が滞在している成都のホテル周辺はレストラン街らしく、レストランが多いが、それらの多くは火鍋料理である。火鍋料理以外のレストランに入ろうとすると、ちょっと探さなくてはならないほどだ。
 火鍋はクアラルンプールとかバンコクでスチームボートという名で食したこともあるし、日本でも食べたことがあったが、流石、本場は驚くぐらい美味しい。鴛鴦火鍋と呼ばれている鍋は、唐辛子が強烈に効いた赤いスープと比較的マイルドな白いスープとに二つに仕切られている。どうも見ていると野菜などは白いスープに入れるようだ。これらのスープにしゃぶしゃぶのように豚のホルモンや鶏肉を入れて、それを薬味を入れたセサミ・オイルに浸して食べる。薬味は葱やニンニク、胡椒、砂糖、唐辛子(なぜ、さらに辛くする)、パクチーなどを自分で適当に調合する。セサミ・オイルで辛さを調和するので、まあまあ食べられる。とはいえ、辛い、旨いと強烈で多彩なる香辛料の味覚攻撃に舌が喜ぶが、私はあまりお腹が強くないので注意深く食べていた。舌の快楽のために身体を壊すわけにはいかない。
 さて、接客はほとんど火鍋が多かったことや、ホテル周辺で食事をしようとすると火鍋だらけだったのだが、やはり火鍋以外の四川料理も食べたい。ということで、麻婆豆腐と担々麺を食べに行った。
 麻婆豆腐は火鍋以外の本格的四川料理屋にもメニューにはなく、もしかしたらこれは焼きそばやチャーハンのような庶民的な料理なのかもしれない。ということで、普通の四川料理屋を探して入って食べたのだが、これは人生初めてというぐらい美味しかった。香辛料の使い方が上手すぎるのだ。四川料理の辛さを唐辛子や花椒ではなく、化学調味料を使う場合が多いそうだが、ここは別に高い店ではないが、しっかりとこれらの香辛料を使っているのだろう。鯉の料理を注文したが、これは、もう香辛料の海に鯉が浮かんでいるような料理であった。これも香辛料の美味しさが際立っていた。
 そして坦坦麺であるが、これは本当、立ち食いそば屋のようなお店で出ている。9元ということで150円ぐらいか。麺は今一つだが、流石スープは美味しいと感心したのだが、これを成都で一緒になった東京大学に留学していた北京大学の先生に言うと「いやいやそれは逆でしょう」と言われた。スープは日本のラーメン屋の方が美味しいが、麺はまだ中国には及ばないとのこと。そうなのかなあ。それほど納得しなかったが、私が食べたのは日本でいえば日高屋のラーメンみたいなものなので、もしかしたら絶品の麺が中国にはあるのかもしれない。
 これら以外には、私が日本で食べ慣れているものとして、青椒肉絲、回鍋肉、排骨麺、排骨飯などを食べた。さらに、火鍋以外の高級四川料理レストランにワークショップの初日と最終日に連れて行ったもらったが、そこでは麻婆茄子、棒々鶏、鶏肉とピーナッツの辛子炒め、辣子鶏などを食べた。どれもが、日本で食べたのとは比較にならないぐらい美味しく、本当感心する。
 さて、しかし旅行の前半は注意をしていたのだが、二週間ぐらいこちらに来ていて、徐々に舌が辛さに馴れていたこともあり、最終日の高級四川料理レストランでは、こちらの強烈(50度以上)なお酒と一緒に、思わず「旨い、辛い、旨い、辛い」と食いしん坊に食べていたら、流石、その日の夜に強烈な下痢を体験してしまった。舌が辛さに馴れても、お腹は馴れてはいなかったのだ。どうも、強烈に辛い火鍋を食べて死んだ人もいるそうだから、気をつけないといけないと反省した。いや、あとの祭りですが。

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(火鍋。見ての通り、強烈に辛いです)

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(火鍋には豚、鶏、羊などを入れます)

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(タケノコの名産地なので、タケノコ料理もたくさんあります。これはあまり辛くなかったです)

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(地元の名酒だそうです。50度以上ある、米老酒のようなものでしょうか)

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(貝割れを豚肉で巻いた料理)

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(キノコスープ。これは絞めで出てきます。辛くありません)

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(スペアリブのような料理。山椒が効いていて大変美味)

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(魚料理。多くが川魚です)
タグ:四川料理
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成都の麻雀 [地球探訪記]

成都はどうも麻雀が随分と盛んな地域であるようだ。そして、我々がフィールドワークをした崇徳村も、もうあちらこちらで麻雀がやられている。商店街の中でも一番、多い業種は雀荘のような印象を受ける。もちろん、雀荘以外でも麻雀はやられている。ただ、やはりこちらの人も圧倒的に全自動宅でやりたいらしく、全自動宅で麻雀ができる雀荘は人気のようだ。
 さて、そこで我々もチャレンジしてみた。日本と中国ではルールが違うというのを聞いていたが、実際、やってみてその違いの大きさに驚いた。まず、字牌がまったくない。そして、牌も二種類だけである。そして、なんと手持ちの牌は13牌ではなく10牌であり、11牌目で上がりとなる。あとリーチがないのと、ふりテンがない。こちらでは漫画「ふりテン」君の意味が通じないであろう。さらにはチーができない。これがどういう意味か。日本とは役を上がる確率が大きく異なるようになることだ。例えば、清一色は相当、上がりやすい役となる。逆にイーペイコウは上がりにくくなる。チーができないので、タンヤオは攻撃力を失う。牌数が少ないのでトイトイは有利である、などだ。また、一人上がっても、そこで終わらず、ドベが決定されるまで続けられる。このため先上がりがどうも得ではないようで、敢えて聴牌からイーシャンテンに戻すような打ち方をしている人も見つけた。
 皆、凄い早さで牌を捨てている。日本の麻雀のように捨て牌を読むような必要もないからだ。なんか、楽しいのかなあ、とも思うが、この普及具合は日本の麻雀よりずっと簡単なルールであるかもしれない。あと、気になったのは点数の数え方だが、これはよく分からなかった。

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(崇徳村の雀荘)

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(崇徳村の雀荘で麻雀を楽しむ大学生達)

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(雀荘以外のところでも麻雀は楽しまれている)
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八村塁の25得点、9リバンド、2ブロックの活躍 [スポーツ]

 ちょっと前になるが、7月11日のサマーリーグでのホークス戦で、八村塁は25得点、9リバンド、2ブロックの活躍をする。スリーポイントも3本のうち2本を決める。その活躍ぶりは次のユーチューブで見ることができる。
https://www.youtube.com/watch?v=F-ZAW-gry_0
 解説者は、ちょっとカワイ・レナードを彷彿させると述べている。カワイ・レナードは今年のファイナルMVPである。ある意味、絶賛に近い。ミッドレンジ・ショットのフィールド・パーセンテージが高いことが、彼の武器なのだろうが、これからスリーポイントまでレンジを広げられれば、相当の名選手になることも可能であろう。サマーリーグはプロ野球でいえば、オープン戦のようなものだが、それでも活躍しないより活躍した方がずっとよい。幸先がよいスタートになっている。

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言葉がまったく分からない中国でコミュニケーションのことについて考える [グローバルな問題]

中国の成都にて、国際ワークショップを行っている。ホストとなってくれている大学は四川大学で、国立台湾大学、北京大学、ワシントン大学(アメリカ)、そして私が奉職する龍谷大学の学生が参加している。大学院生と学部生を連れてきているのだが、大学院生はどうにか頑張れているのだが、学部生はもうお手上げという感じである。これは、語学の問題が大きく立ちはだかるので致し方ないところもある。そもそも、ワシントン大学が参加するので、当然、共通言語は英語かと思っていたが、ワシントン大学から来た3名の学生は全員、中国語がぺらぺらなので共通言語がほぼ中国語になってしまったからだ。これは、私も想定外の事態で大いに戸惑った。
 さて、しかしいつまでも嘆いていても仕方がない。私は英語ではほぼ問題なくコミュニケーションができるが、それ以外でもドイツ語(2級)、スペイン語、ポルトガル語と学んでいたのと、フランス語を高校と大学でやっているので、ここらへんの言葉であれば、なんか言っていることの幾つかの単語などを拾うことはできる。まったく分からないという訳ではない。しかし、中国語は麻雀用語と中華料理以外はまったく分からない。もう、本当、しゃべっているのを聞いても宇宙語のようにしか聞こえない。これは、相当のピンチだ。でも、このままの状況は不味い。
 ということで、とりあえず、「あなたの名前は何ていうのですか」「本当ですか」「はい」「いいえ」「こんにちは。ご機嫌よう」「すいません」「いいえ、大丈夫です」「有り難う」「どういたしまして」「美味しいです」「最高!」「ビール」「これは何ですか」「なぜ」ぐらいは言えるようにした。もう50代も後半なので、本当に記憶はできないが、それでもiphoneの動画に知り合いの中国人に発音を吹き込んでもらったのを何回も聞いていると、少しは記憶に定着する。もちろん、ほとんど通じないし、仮に通じても、相手が返事したことはまったく分からないので、コミュニケーションにはならないが、それでも気持ちは通じる。何か、壁のようなものがなくなるような気がするし、相手は悪い気持ちに決してならない。
 それをなぜか日本の私が連れてきた学生はしないのだ。どうも一人は中国語を第2外国語で取っていたらしいので、本当に練習するいい機会なのに、こういうときはなぜか英語をしゃべろうとする。ううむ、不思議だ。
 コミュニケーションは語学の出来の良し悪しだけでは決まらない。相手を知ろうとすること。相手によく思ってもらいたいという気持ちを持つこと。それによって、全然、円滑になるのではないか、ともう言葉がほとんど分からない(とはいえ、漢字なので、そういう点では多少は通じる)中で思ったりした。

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道明村にある竹芝村で日本語が達者な宿屋の経営者と話をする [都市デザイン]

崇徳村でフィールドワークをしているのだが、外国人はいわゆる民宿には宿泊できなく、ちゃんとした宿に泊まらなくてはいけないらしく、近くの道明村にある「竹芝村」というリゾートにあるホテルにて宿泊している。この「竹芝村」は田園風景が売りらしく、どことなく福島県とか茨城県を彷彿させるような風景が広がる。自然景観が優れている訳ではまったくないのだが、まあ、ちょっと落ち着くような田園風景ではある。そこには、このホテル以外の民宿も多くあり、散歩がてらちょっと覗いていたら、なんと日本語がぺらぺらな方がオーナーの民宿があった。これは研修生で以前、山梨県に住んでいたからだそうだ。
 そこでいろいろとお話を聞いてみた。まず、このオーナーは成都に家があり、この宿を弟と友人の3人で出資したつくったそうである。キャピタル・コストは7500万円ぐらいだそうだ。そして、ここは1泊およそ1万5千円ぐらいだ。二食付きであるだろうが、なかなかの値段である。ちょっと日本より高いような気がする。目の前に浅間山や富士山が見える訳ではないので、この値段はちょっと割高だ。ただ、部屋はみてないので、もしかしたらとても豪華かもしれない。とはいえ、温泉もないだろうし、やっぱ高いな。
 お話を聞きながら、ついでにお茶と食事をいただいた。食事は餃子と刀削麺であったが、4人でなんと300元であった。4500円ぐらいか。お茶は確かに相当、美味しかったし、料理も相当美味しいと思ったが、それにしても値段は高い。日本より高いような印象だ。
 このオーナーはまだ40歳代ぐらいかと思われるが(年齢は教えてくれなかった)、自動車はBMWだ。旦那さんはアウディに乗っているようだ。ほぼ毎年、冬には日本のスキー場にバカンスで行くそうだ。北海道に多く行くということだが、そんなことは私は到底、お金がなくて出来ないので、相当、儲かっているのかもしれない。なかなか羽振りはいいという印象だ。
 しかし、温泉もなく、平凡な田園風景が売りで、この値段であることを考えれば、中国人がインバウンドで日本に来たがるのはよく分かる。日本はいつの間にか、物価が安い国に成り下がってしまったのだな、ということによく気づかされた。

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(なかなかお洒落な民宿である)
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崇德村の農家の年収 [グローバルな問題]

崇德村の農家に住む3人の老婦人に取材をする。彼女らは年金は一切もらっていないのだが田んぼを貸しているので年間で2000〜3000元ほどの収入があるそうだ。とはいえ、これはマックスでも48000円ぐらいということだ。月で割ると4000円になる。驚くほど少ないな。ということで、息子さんは青海(せいかい)の土木工事に出稼ぎに行くようである。この出稼ぎでの仕事は年間で200000元ほど稼げるそうだ。これだと32万円か。まあ、48000円と比べれば相当いいが、大きく状況を改善するほどでもない。しかし、なぜ50分で通える成都で仕事を探さないのだろうか。という疑問も湧くが、これは彼らの能力ではそのような仕事にありつけないからだそうだ。いろいろと中国の農家も大変そうである。

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