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野矢茂樹『大人のための国語ゼミ』 [書評]

『論理トレーニング』の著者である野矢茂樹氏の著書。『論理トレーニング』はゼミ生の卒論指導の副読本で使っているのだが、大学一年生の基礎演習の教科書として使えるかなと思い、読んでみた。結論、これは相当、教科書として優れていると思う。国語をなぜ学ぶのか、国語を鍛えることの必要性などが、じわじわと分かってくる。最後の難波博孝氏との対談で著者は「でも真面目に、国語教育が変わることで、日本が変わりうると思っているんです」と述べる。そして、「人間が成熟してくるということの大きな側面は言葉が成熟するということです。言葉が未熟だったら、人間も未熟なままです」とも述べる。
 言語が人格を形成する、というのはその通りだと思う。私はいい加減なバイリンガルであるが日本語の人格と英語の人格は異なる。そして、英語の人格の方が浅はかであるが、ちょっと人がいい。とはいえ、トランプ支持者よりは、日本語での思考力がしっかりしているのでいろいろと考えることは出来る。したがって、トランプのいい加減なロジックは見抜けることができる(いや、私の拙い英語脳でも分かるかとは思うが・・・)。
 トランプは言語力が極めて低いが、これはむしろ、トランプ支持者との円滑で表層的なコミュニケーションを可能としている。アメリカの民度の低さは英語力(国語力)の低さにあるのだなあ、というようなことをこの本を読んでつくづく思ったりもした。


増補版 大人のための国語ゼミ (単行本)

増補版 大人のための国語ゼミ (単行本)

  • 作者: 野矢 茂樹
  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 2018/10/05
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)



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『今井町 甦る自治都市』 [書評]

奈良県橿原市にある今井町。全建物数約1500棟のうち、約500棟が伝統的建造物であり、これは全国で最も多い地区である。この今井町の住民が、どのように町並み保全に至るか、その経緯を関係者への取材等を通じて明らかにした力作。素晴らしいルポルタージュである。
 本の最後の方で、東大名誉教授である渡辺定夫氏が、「今井町は当然、世界遺産」と述べたのが印象に残っている。そもそも国が重要伝統的建造物群保存地区制度を策定したのも、今井町の保全が前提となっていたそうだ。しかし、自治都市としての長い伝統を持つ今井町の住民は上からの押しつけ的な制度に抵抗し、それが1993年に選定されるまで、制度ができてから18年も経っている。当然、第一号として指定されるべき条件を満たしていたにもかかわらず、いろいろと紆余曲折があった。それは、人々が生活する空間をいかに保全するかの難しさを物語っていると同時に、住民の意向というのが、まちづくり、都市計画において極めて重要であることをも示唆している。
 このような本がしっかりと世の中に出たことは、今井町の記録としての価値だけでなく、まちづくりや都市計画の難しさを理解するうえでも極めて価値があることだと考えられる。そして、この住民とそれを取り巻く人々との葛藤の積み重ねがあるからこそ、今井町の現在の姿の有り難みがさらに実感できる。そして、その遠回りとも思えるようなプロセスを経たからこそ、今井町は博物館ではなく、今でも歴史都市として現役の姿を維持しているのだ。


今井町 甦る自治都市―町並み保存とまちづくり

今井町 甦る自治都市―町並み保存とまちづくり

  • 作者: 八甫谷 邦明
  • 出版社/メーカー: 今井町町並み保存会
  • 発売日: 2020/12/03
  • メディア: 単行本



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池上俊一『森と山と川でたどるドイツ史』 [書評]

西洋中世史を専門とする東京大学大学院総合文化研究科教授の『○○でたどる○○史』のドイツ版。他には『パスタでたどるイタリア史』、『王様でたどるイギリス史』、『お菓子でたどるフランス史』、『情熱でたどるスペイン史』などを著されている。ある切り口で、ある国の歴史を語る、というのはなかなか興味深い試みであり、それなりの重みのある読後感はあった。ただ、この難しいところは、その切り口が分析対象をしっかりと照射するのに適しているかどうか、ということだ。本書も『森と山と川でたどる』ことができるドイツと、そうでないドイツがある。著者はそのような限界を分かっているのであろうが、その切り口を切ったナイフで、切れないドイツも切ろうとすることがたまにある。『森と山と川でたどる』ことができるドイツ史だけを浮き彫りにすればいいのであろうが、まあ、思わずその怖ろしいほどの教養的知識をちょっと出したくなってしまうところがあるのだろう。読んで無駄ではないが、この本が示すドイツ史は、ドイツ史全体のほんの一部分であることを強く自覚して読むといいのではないだろうか。


森と山と川でたどるドイツ史 (岩波ジュニア新書)

森と山と川でたどるドイツ史 (岩波ジュニア新書)

  • 作者: 池上 俊一
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2015/11/21
  • メディア: 新書



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カルロ・ロヴェッリ『時間は存在しない』 [書評]

イタリア人の理論物理学者の「時間」論。時間という極めて難解なテーマに対して、一般的な読者にも分かるような丁寧な文章で分析・解釈が為されている。「時間とは人間が生み出すものだ」という論点は、最初は相当戸惑うが、読み進むにつれ、極めて優れた考察であることが理解できてくる。ある意味ではコペルニクス的転換ともいえる時間の解釈であるが、説得力があり、生きることの貴さを改めて理解させてくれるような本である。ここ数年、読んだ本の中でも最も個人的に価値を見いだした本でもある。
私は、圧倒的にいわゆる「文系」的な科目が入試的には得意だったにもかかわらず、間違って「理系」に進んでしまったのは、こういうことに強い関心があったからだな、ということも思い出させた。大学に入ったら、疲れてすべてそういうことも忘れてしまったけど、高校時代には関心があったことを思い出した。


時間は存在しない

時間は存在しない

  • 出版社/メーカー: NHK出版
  • 発売日: 2019/08/30
  • メディア: Kindle版



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『コロナ後の世界を生きる』村上陽一郎編 [書評]

パンデミックと言えば村上陽一郎。その彼が編修した、24名のオピニオン・リーダーによるコロナ後の世界をどう生き抜くかの指針。ただ、その内容には随分と温度差があり、これは傾聴に値すると姿勢を正して読むような文(藤原辰史や石井美保)もあれば、まるで酔っ払いの戯れ言かというような文(藻谷浩介)もある。玉石混交である。急いで出版することを優先したのか、本としてのコンセプトが見えてこない。読む必要性がまったくない文もあるが、読むに値する文もあるので、それを人に勧めるか否かは難しいところだが、律儀に全文読むのでなく、適当に関心のあるテーマをつまみ食いするのがいいと思われる。とはいえ、私のように買った本はすべて読まないと気が済まない人もいるだろうから、難しいところだ。正直、藻谷浩介の文章は読むに値しなく時間の無駄であった。彼の文が前半にあったら、最後まで読めなかったかもしれない。売れっ子はこんないい加減な文章を岩波新書に書けるのだな。ちょっとだけ羨ましい気持ちにもなる。


コロナ後の世界を生きる――私たちの提言 (岩波新書 (新赤版 1840))

コロナ後の世界を生きる――私たちの提言 (岩波新書 (新赤版 1840))

  • 作者: 村上 陽一郎
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2020/07/22
  • メディア: 新書



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『未来の年表』 [書評]

産経新聞の記者による日本の人口減少を分析し、かつ処方箋をしたためた新書。分析の部分はまあ読めたが、処方箋はただの思いつき的妄想にしか過ぎない。しかも、その思いつきに大した創造性もなく、読むのが苦痛になったので一度読むのを中断した。新書であるのにだ。それぐらい、無責任でいい加減な処方箋を書いている。特にCCRCとか知の巨人村といった大学絡みの話は、私自身が大学教授であるが、まったく荒唐無稽というか、なんか人の気持ちとか分からない人なんじゃないかな、と思う。さらに、その論の構築もまったく説得力がない。この人、政府の委員とかを務めているみたいだけど、それは逆に政府の知恵の無さを露呈していると思われる。正直、産経新聞のジャーナリストって、こんなもんなのか?と疑問を持たされる。さらに、これは講談社現代新書から出版されているのだが、講談社もこんなレベルが低かったのかと驚く。でも40万部近く売れたから経営的にはいいのかもしれないな。まあ、この程度のジャーナリストが受けるような国には確かに未来はないな。若者にメッセージという巻末の言葉があるが、私が若者だったら、この本を読んだら日本を脱出することを考えますね。若者が日本と心中すると思ったら大間違いである
タグ:未来の年表
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パンデミック・マップ [書評]

「感染症地図(The Atlas of Disease)」の日本語訳本。原書は2018年に出されているが、まさにコロナ禍においてはうってつけの本である。訳本は2020年3月に出版されている。なかなか商機を伺うのに敏である。さすが、日経新聞系の出版社だ。そんなことはともかく、この本は相当興味深く、感染症に関心のある人は手に取るといいかと思う。感染症をその媒介のパターンから「空気感染症」、「水系感染症」、「動物由来感染症」、「人から人への感染症」の4つに分類し、それらがどのように世界中に広まっていったのかを地図によって示している。地図はカラーであり、紙質も重くしっかりとしていて、ハードカバーであるのに2600円というリーズナブルな値段はお買い得感もある。著者は非常にこの分野に関して造詣が深く、医学とか病気にまったく素人の私はいろいろと勉強になった。


ビジュアル パンデミック・マップ 伝染病の起源・拡大・根絶の歴史

ビジュアル パンデミック・マップ 伝染病の起源・拡大・根絶の歴史

  • 出版社/メーカー: 日経ナショナルジオグラフィック社
  • 発売日: 2020/02/14
  • メディア: 単行本



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『ペスト大流行』村上陽一郎 [書評]

科学史の大家、村上陽一郎が1983年に出した『ペスト大流行』。これまでヨーロッパでは三回大きなペストの流行をみているが、この本は14世紀のペスト大流行に焦点を当て、その被害の実態、さらにはそれが当時のヨーロッパの社会経済に及ぼした影響についてコンパクトに論じている。著者の造詣の深さには驚くべきものがあり、現在のコロナウィルスがこれからどんな影響を社会経済に及ぼしていくのかを考察するうえで資するような知見に溢れている。


ペスト大流行: ヨーロッパ中世の崩壊 (岩波新書 黄版 225)

ペスト大流行: ヨーロッパ中世の崩壊 (岩波新書 黄版 225)

  • 作者: 村上 陽一郎
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 1983/03/22
  • メディア: 新書



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リウーを待ちながら [書評]

2017年から2018年にかけて連載された漫画の単行本。まるで現在のコロナウィルス禍を予測したかのような展開に驚くが、その元ネタはカミュの「ペスト」。リウーとは、ペストの主人公である医師の名前である。その内容も、「ペスト」でロックダウンされた都市オラン市を、そのまま日本の富士山麓の横走市へ置き換えたような内容であるが、舞台背景は21世紀なので、「ペスト」の物語が現在、起きたらどうなる、という読者の想像力をかき立てるという意味で面白い。「ペスト」に出てくる登場人物を彷彿させる人も多く出てきて、また「ペスト」での科白をそのまましゃべらせたりして、「ペスト」を読んだことのある読者にとってはそれもこの漫画の魅力の一要素となっているであろう。この本を読む前に「ペスト」を読むことをお勧めするし、こちらを先に読んだ場合も後追いで「ペスト」を読むといいかと思う。どちらの本も、そのお互いの世界を理解するうえで役に立つ。


リウーを待ちながら(1) (イブニングコミックス)

リウーを待ちながら(1) (イブニングコミックス)

  • 作者: 朱戸アオ
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2017/06/23
  • メディア: Kindle版




リウーを待ちながら(2) (イブニングコミックス)

リウーを待ちながら(2) (イブニングコミックス)

  • 作者: 朱戸アオ
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2017/10/23
  • メディア: Kindle版




リウーを待ちながら(3) (イブニングコミックス)

リウーを待ちながら(3) (イブニングコミックス)

  • 作者: 朱戸アオ
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2018/03/23
  • メディア: Kindle版



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建設ドキュメント1988 – イサム・ノグチとモエレ沼公園 [書評]

札幌市にあるモエレ沼公園は、そのデザイン性の高さ、クオリティの高さなどから、公共事業でつくられたとはとても思えない、ある意味、奇跡的な公共空間であると考える。この本は、そのような「奇跡」がなぜ起きたのか、プロジェクトに主体的に関わった建築家とランドスケープ・アーキテクツが解説した共著である。「奇跡」を起こすための桂市長の英断、天才芸術家であるイサム・ノグチの意思を引き継いだ関係者の覚悟、一般競争入札といった悪弊を超克した行政的知恵・・・なかなか感動的である。モエレ沼公園が気になった人は是非とも手に取って読まれるといいと思う。というか、行政職員必読書ではないだろうか。これを知れば、役所の仕事がつまらないとは言えないであろう。


建設ドキュメント1988-: イサム・ノグチとモエレ沼公園

建設ドキュメント1988-: イサム・ノグチとモエレ沼公園

  • 出版社/メーカー: 学芸出版社
  • 発売日: 2013/10/01
  • メディア: 単行本



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思考の整理学 [書評]

合理的で、生産的な思考とは何かということについて著者の考えが述べられている。極めて本質的で、納得がいくことが書かれており、突拍子のあるようなことは書かれていない。そういう点で読んでいて、むしろ「自分はこのままやっていけばいいのだ」と後ろ押しをしてくれるような本である。ただ、当時は有効だった「カード・ノート」、「手帳」等は、スマートフォン、インターネットの時代ではちょっと古くさいアプローチではある。この考え方を今の進歩したシステムにうまく応用することが必要であろう。読んでまったく損がないし、一度、思考を「整理」するためにも読むべき本であろう。


思考の整理学 (ちくま文庫)

思考の整理学 (ちくま文庫)

  • 作者: 外山滋比古
  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 2013/08/02
  • メディア: Kindle版



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アルベール・カミュ『ペスト』 [書評]

コロナウィルス禍、気になる小説『ペスト』を読む。フランスの作家、アルベール・カミュが1947年に刊行した、ペストが流行するアルジェリアのフランス植民都市での極限状態における市民の連帯を描いた小説である。
 この小説は、現在、進行しているコロナウィルス禍の状況下において、個人がどのように対峙すべきなのか、多くの示唆を与えてくれると同時に、対岸の火事ではあるが、日本の同盟国であるアメリカ合衆国において、トランプ政権がやりたい放題をして民主主義を危機に陥れている中、何をすべきかを考えるうえでも多くのヒントを与えてくれる。
 カミュが「ペスト」で描いた不条理の世界は、彼自身が体験したナチスドイツ占領下のヨーロッパでの出来事の暗喩でもある。不条理とは、「馬鹿げた計画と明白な現実との比較」とから噴出するものであるが、コロナウィルス禍を真に不条理なものにするのは、Go to トラベルに象徴される「行政のデタラメな対応」や、ノーマスクで山手線に乗って売名行為をする人々に象徴される「人々の相互不信」、さらには志村けんの死別に象徴される「大切な人との別離」などであろう。すなわち、「死」という不条理以外は、人災的に人々によってもたらされる、逆にいえば、人がしっかりしていれば、その不条理の拡大を抑えることもできるということだ。
「ペストと闘う唯一の方法は誠実さだ」と小説の主人公である医師のリウーは語るが、これはまさにコロナの不条理の拡大を抑止させるポイントであると思う。Go to トラベルのどこが問題かというと、それは「誠実」でないことだ。二階氏が会長を務める一般社団法人全国旅行業協会に対して、ある意味「誠実」であるのかもしれないが、そのために、一般の国民に旅行に行かせるというコロナを抑えることとまったく真逆のことをしようとする「誠実さのなさ」には愕然とするしかない。
 そして、これはコロナでもそうだが、トランプ政権のアメリカ合衆国においても、トランプそしてトランピズム(Trumpism)という「不合理」にどのように対応すべきか、ということを考えても、それは「誠実さ」なのではないかと思う。
 恐ろしいことに、トランピズムはさらに拡大し、Qanonというとんでもない化け物を産み出している。Qanonはトランプも支持しているが、「民主党の政治家達は子供の肉を食べている」といった荒唐無稽の陰謀説を訴えているのだが、驚くことに、これらを信じているアメリカ人が結構の数、いるのである。既にマージョリー・グリーン(Marjorie Taylor Greene)といった共和党の政治家はQanonの支持についている。
 QanonはFBIによって、国内テロリストの可能性が高いとチェックをしているが、FBIもトランプ政権下ではその行動は制限されている。というか、改めてトランプ政権というのは、バットマンでいうところのジョーカーが大統領になったようなものだな、とも思うが、このような「不合理」に対応するにも、やはり「誠実さ」が一番なのであろう。ジョー・バイデンとカマラ・ハリスの「誠実さ」に、私がアメリカ人だったらすべての有り金を賭けたいぐらいである。
https://www.nytimes.com/2020/07/14/us/politics/qanon-politicians-candidates.html
 このように捉えると、この「ペスト」という小説、多くの含蓄に溢れている。ただ、訳は今ひとつである。当時の仏蘭西文学の大家が訳したようなのだが、仰々しい表現など、本当にこのように現本で書かれていたのか疑わしい箇所が多々ある。とはいえ、フランス語はほとんど読めないので、この点については検証もできないが、文章はあまり読みやすいとはいえない。この点は残念である。


ペスト(新潮文庫)

ペスト(新潮文庫)

  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2017/03/10
  • メディア: Kindle版



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コロナの時代の僕ら [書評]

1982年生まれのイタリアの作家パオロ・ジョルダーノのコロナ禍でのエッセイ集。このイタリアの若い知性は、問題の本質を鋭く把握しており、またそれを表現する高い文章力が、読者にコロナ禍の世界を理解させることに資する内容となっている。例えば、コロナウィルスの感染を、ビリヤードの玉に例えたところなどは秀逸だ。ソーシャル・ディスタンスは、それぞれの玉の距離を離すことであるといった比喩も説得力がある。このエッセイ集は、現地の新聞に寄稿したものが始まりだそうだ。イタリアの2月頃の状況をもとに、いろいろと思いを巡らしている内容であるが普遍性を持っている。イタリアでのコロナ収束への方向転換には、このような知性が寄与していることはおそらく間違いないであろう。


コロナの時代の僕ら

コロナの時代の僕ら

  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2020/04/24
  • メディア: Kindle版



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広井良典『ポスト資本主義』 [書評]

京都大学の広井良典教授が著した新書。広井先生の縮小時代における社会システムをどのようにつくっていけばいいのか、現状の課題を挙げて解説している。彼の思想が包括的に明解にまとめられており、広井先生の本をとりあえず読んでみたいという読者には、この本はお勧めである。広井先生の特徴は、その知識の裾野の幅が広いところである。法学部で学ぶが、科学史に関心を持ち、そちらに専門を移し、厚労省で働いたこともあるので、福祉政策・医療政策にも精通している。その幅の広い知識と視座が、現在・過去の社会システムを分析し、未来の望ましい社会システムを提示するうえで極めて有効に働いているのではないかと思わせる。この本は、そのエッセンスが集約されており、分かりやすい。


ポスト資本主義 科学・人間・社会の未来 (岩波新書)

ポスト資本主義 科学・人間・社会の未来 (岩波新書)

  • 作者: 広井 良典
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2015/09/17
  • メディア: Kindle版



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竹内正浩『地図と愉しむ東京歴史散歩』 [書評]

東京は破壊と再生を繰り返した「不死鳥」のような都市である。本書は、明治以降(江戸時代にも多少、踏み込んでいる章もある)の東京がどのように変遷してきたのか。古地図との比較から丹念に、それを描写している。たいへん面白く、好奇心を刺激される。9つの章からなり、次の9つの切り口から東京の変遷を浮きぼらせている。それは水準点、明治の五公園、市営霊園、水道道路、川、山手急行電鉄計画、軍都、帝都復興道路、廃線分譲地である。個人的に特に興味を引いたのが、荒川放水路という大土木事業を解説した「川」の章と、山手急行電鉄計画の章である。前者は実現されたことで東京東部が大きく変貌したものであるが、後者は未完であるが、もし実現されたら、どれほど東京の姿が変わったであろうか。想像するだけで楽しくなる。また、これらの歴史の記憶が土地に残っている場合もあるが、痕跡がまったくなくなった場所も少なくない。忘れたくなるような記憶(たとえば赤線地帯であったことなど)であるのかもしれないが、ネガティブであっても、それは東京(江戸)という都市の事実であり、物語でもある。そのような土地の記憶をしっかりと継承させることの重要性もこの本は読者に伝えているような感想を抱いた。


カラー版 地図と愉しむ東京歴史散歩 (中公新書)

カラー版 地図と愉しむ東京歴史散歩 (中公新書)

  • 作者: 竹内正浩
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2014/07/11
  • メディア: Kindle版



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『里地里山エネルギー』 [書評]

著者は読売新聞の記者。自然資源を使った地産地消型のエネルギーを具体化させようとする事例を5つほど紹介している。それらは、新電力会社をつくった東松島市(宮城県)、風力発電の庄内町(秋田県)、木材チップを使ったバイオマスの柴波町(岩手県)、電気自動車の中古バッテリーで蓄電施設をつくろうとしている甑島(鹿児島県)、そして小水力の五箇山・宇奈月温泉(富山県)である。ジャーナリスティックに現地を訪れ、現地の人に取材した内容がまとめられているものであり、事例報告という体裁。それほど参考にはならないが、新聞記事レベルの知識を得ることができる。


里地里山エネルギー - 自立分散への挑戦 (中公新書ラクレ)

里地里山エネルギー - 自立分散への挑戦 (中公新書ラクレ)

  • 作者: 河野 博子
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2017/01/17
  • メディア: 新書



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『ぼくの瀬戸内海案内』 [書評]

先月、他界された大林宣彦監督が若者向けに著した本。彼の作品を紹介しつつ、瀬戸内海の風土の素晴らしさ、方言の豊かさ、などを語っていく。豊かに生きることとはどういうことなのか、豊穣なる人生を送るための心構えはどうすればいいかのか、など若者が悩みそうなことがらへの監督からの示唆溢れるメッセージが本書には詰まっている。私は恥ずかしいが、彼の映画作品をほとんど見ていないのだが、是非とも鑑賞しなくてはいけないな、という気持ちにさせられた。私も十代の時にこの本を手にしていればよかったのにと思わずにはいられない。あと、映画も観ておけばよかった。

ぼくの瀬戸内海案内 (岩波ジュニア新書)

ぼくの瀬戸内海案内 (岩波ジュニア新書)

  • 作者: 大林 宣彦
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2002/09/20
  • メディア: 新書



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宮台慎治の『まぼろしの郊外』 [書評]

今更ながらだが、宮台慎治の『まぼろしの郊外』を読む。郊外論の研究をしようと誘われたのだが、今更、郊外ってどうよ、と思ったりしたので、積ん読状態であったこの本を読んだのである。さて、この文庫本は『まろしの郊外』というタイトルであるが、大きく二つの内容に分類でき、前半は「テレクラ少女論」がほとんどで、あまり郊外論的ではない。いや、この「テレクラ少女」の背景に郊外的な課題があるのはもちろんなのだが、どちらかというと郊外というよりかは、東京vs.地方都市(青森)といった構図で語られていた。そして、彼の論では地方都市は東京に比べて、売春女子高生という点では「郊外化」していない。ふうむ、都心と郊外を対比するというのは定義からして当然だが、彼の論的には東京がすでに郊外なのかもしれない。というか、全体的に郊外化しているということか。
 後半は「現代の諸像」ということでインターネットのマイナスの側面、恋文の意味の喪失、差別論、オウム信者の「良心」などが語られる。これらも郊外的な現象ではあるかもしれないが、必ずしも郊外という概念に収まらないし、郊外を形作る要素でもなく、現代社会を分析する一つの視座を提供する現像である。そして、最後に「酒鬼薔薇聖斗のニュータウン」というエッセイがあり、これは相当、読み応えのある密度の高い郊外論である。
 などと書いたら、私のこの浅薄さを予め察したかのように「あとがき」には次のように書いてあった。
「(前略)したがって『まぼろしの郊外』と題される理由は自明であろう。成熟した近代において、(1)幻想の共有度合いが低下するとともに(2)社会の不透明さが増大し(3)実存を脅かされた人々が非自明的な幻想に固執する、という動きを代表する空間こそが「郊外」であるからだ」。
 ううむ、つまり「郊外」を論じる本ではなく、社会の「郊外化」を論じる本であったということですか。すなわち「郊外」を何かが分かっていないと、よく見えてこない本でもある。とはいえ、流石、そのフィールドワーク、透徹な論理力はすさまじく、その思考には引き込まれる。
 

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「日本語の教室」大野晋 [書評]

新書でありながら、言語に関して深く考えさせられる内容が含まれている。これまで受けた質問に回答する形となった第一部と、「日本語と日本の文明、その過去と将来」について、言語学者から考察した日本人の論理的思考の弱点、そして日本のこれから行くべき道を論じている。たいへん、示唆に富んでいる。
「言語能力と事実の認識力とには関係性がある」、「人間は母語によって思考する。母語の習得の精密化、深化をはかることなくして、何で文明に立ち向かうことができよう。」といった指摘はもちろんだが、湯川秀樹が日本、中国の古典を実によく読んで消化しており、言語的にも日本語について緻密な理解力を持っていたことを挙げ、思考の底の部分で言語の力と物理学の構想力が通じていたのであろう、などという洞察も大変、参考になる。理系・文系といったあたかも血液型のように人の能力を判断するという世界的にも恐ろしく奇異な慣習がある日本人に猛省を促すような指摘であると思われる。理系と文系との能力は、論理的な思考をするうえでは極めて共振する。また、「日本語がよくできない日本人は、アメリカに滞在しても英語ができるようにならない」といった例も外国語教育のあり方について再考させられる。
多くの知見が得られる良書である。


日本語の教室 (岩波新書)

日本語の教室 (岩波新書)

  • 作者: 大野 晋
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2002/09/20
  • メディア: 新書



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それゆけ! 論理さん [書評]

野矢茂樹が監修して、高校の国語の先生が漫画を書いた論理本。これは、とても分かりやすく、とても読みやすく、そして楽しい。こんな楽しい本で論理学が学べられるなんて、今の高校生は恵まれているなあ。漫画はとても漫画家じゃない人が描いたとは思えないほど上手く、そして何より四コマとかが面白い。漫画家とそうじゃない人の差は、絵の上手下手より、漫画というメディアで面白い話をつくれるかどうかだと思っているのだが、この作者は相当、優れたユーモアセンスがあるのではないかと思われる。論理学が難しいと考えている人は是非とも手にとるといいと思う。文句なしの5つ星。


大人のための学習マンガ それゆけ!  論理さん (単行本)

大人のための学習マンガ それゆけ! 論理さん (単行本)

  • 作者: 仲島 ひとみ
  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 2018/10/31
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)



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『論理的に解く力をつけよう』 [書評]

論理的思考を学生に教えるために、そのための優しい本をいろいろと物色しているのだが、この本はまったく役に立たないどころか、論理的思考の意義さえ疑わせるような駄本であった。そもそも、論理というのは言語によって構築される。しかし、この本の日本語はよく分からない。というか、問題がいろいろと提示されているのだが、その問題の趣旨が書かれている日本語を理解するのが結構、難儀なのだ。もう少し、言うと、もっと論理的に分かりやすく問題の趣旨を理解できるような日本語で書ける筈だと思うのだが、そのような論理性をあまり意識していない日本語なのだ。さらにいえば、その解説が論理的な日本語で書かれていない。いや、集中して読めば理解できない訳ではない。ただ、「論理的に」と言っている本で、論理的とはいえない解説をされてもなあ。
 また、その問題も「論理的に解く力」をつけるのに適切なものとは到底、言えない。実際、解答案も、もっと簡単にできるじゃない、とすぐ気づくようなものもあり、ちょっとしたクイズ本としてもこの本は使えない。私は、相当の駄本でも頑張って最後まで読むようにしていたのだが、この本は198頁のうち133頁で挫折して、本棚のスペースも無駄なのでゴミ箱に捨てた。いや、ブックオフに売ってもいいが、他人がこの本を読んで時間を無駄にするのも社会の損失かと思い、捨てました。
 失礼だが、この人の授業はつまらないだろうなあ。東京工業大学の先生ということなので、学生は飛びきり頭がいいかと思うが、それでもついていくのが大変な学生は多いのではないだろうか。よく考えれば、一応、東京大学の工学部を出ている私でも、ついていくのを諦めたからな。そして、これは「岩波ジュニア新書」である。中学生、高校生向けの本なのでしょう。なぜ、岩波の編集者がしっかりと直せなかったのか。この点はちょっと不思議である。

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『ティール組織』 [書評]

フレデリック・ラルーの『ティール組織』(原題はReinventing Organizations)を読む。これは、人類の組織の発達段階は、現在「進化型(ティール)」という新しいモデルを提示するまで進化しているという仮説のもと、実際、この「ティール型」の企業・組織などの事例を紹介し、その特徴、さらにはそのような組織の作り方までも提案している。上記の観点で、同書は3つの部から構成される。「歴史と進化」、「進化型組織の構造、慣行、文化」、「進化型組織を創造する」である。訳本でも500ページに及ぶ大作であるが、この『ティール組織』というモデルが新たに出現しており、それを実際、応用している組織があるというのは非常に興味深い。そして、このような組織が出現した背景には、成長の限界、地球資源の有限性、さらには組織管理の非人間化などがあるということだ。あまり明るい未来が展望しにくい現代人であるが、このような持続可能な組織モデルが創造され、量的ではない質的な豊かさに価値観が転換することで、人類はまだまだ滅亡しなくてもいいかもしれない、という楽観的な展望を抱くこともできる。
 私が働いている職場は、結構、ティール組織的なところがあり、それはホールネス(全体性)、自主経営、存在目的というブレイクスルーをそこそこクリアしていると思われる。全体性は自分の価値観と職場の価値観とにズレがないことである。これは、採用するうえで、組織の価値観と合う、もしくは合わせられる人を採るように留意しているからだと思う。あと自主経営は、大学の学部運営というのが本質的に具えている特徴であり、それをしっかりと私が所属している学部は維持している。これは、前任校とは随分と対照的である。なぜなら、前任校は学部長が独裁政治を遂行し、反対意見を力尽くで押さえるようなことをしていたからだ。そして、存在目的だが、これは組織のコンセプトを「チーム政策」と掲げ、しっかりとした大学教育を施すために、教員・職員だけでなく学生をもチームとして捉えて、その目的の遂行に邁進している。これが、結果的に学生の満足率82%に繋がっているかと思われる(前任校は26%であった)。私が経験した二つの大学の組織を比較すると、現在の職場は『ティール組織』的な条件を相当、クリアしている。それが、おそらく現在の職場がうまくいっている大きな理由の一つではないかと思ったりもする。この点に関しては、また研究をしていきたいと思っている。たいへん、興味深い視座を提供してくれた本である。

ティール組織――マネジメントの常識を覆す次世代型組織の出現

ティール組織――マネジメントの常識を覆す次世代型組織の出現

  • 作者: フレデリック・ラルー
  • 出版社/メーカー: 英治出版
  • 発売日: 2018/01/24
  • メディア: 単行本



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小泉武栄『山の自然学』 [書評]

東京学芸大学名誉教授の小泉先生が1998年に著された岩波新書の『山の自然学』を読む。礼文島から屋久島まで、日本列島を連なる個性的であり、多様な山々の植生、地質、地形などを分かりやすく解説してくれている。私はへたれであるが登山をするので、この本に書いていることはとても興味深い。山を登ると、たまに驚くことがある。例えば、鳥取県の大山ではそのブナ林の明るさに心を打たれたことがある。その明るさの背景などをこの本は科学的に推察し、解説してくれる。自然の仕組みの複雑さと蓋然性に、驚くと同時に、生態系をしっかりと学ぶことの重要性を思い知らされる。
 本を読むと、これまでの山での体験が違う視点で捉え直すことができ、とても興味深いし、まだ行ったことのない山は是非とも近いうちにチャレンジしたいという気持ちにさせる。登山体験の幅を広げるような内容に溢れた本である。
 また、山の自然学の解説以外にも本書は重要な知見をもたらしてくれる。一つ目は、政府の無知による自然破壊の酷さである。引用させてもらう。
「上高地の自然をめぐっては、現状を維持しようとする環境庁と、洪水防止のために川を床固めし、堤防をつくりたいとする建設省のあいだで、長年にわたって“つばぜりあい”がおこなわれてきたが、結局、工事は行われることになってしまった。わたしの友人の岩田修二は『山とつきあう』のなかで、床固め工事に反対を表明し、ケショウヤナギなどの森林にとっては土木工事は害をなすばかりだとして、洪水に対してはホテルなどの嵩上げで対処すべきだと主張しているが、まったく同感である。」(p.167)
 二つ目は、日本において自然史についてのカリキュラムがまったく抜け落ちているとの指摘である。私事で恐縮だが、私は小学校4年生から中学校1年生までアメリカの現地校で教育を受けたので、いわゆる算数などの授業はとてもレベルが低い内容のものを教わっていたが、自然史というかエコロジーの授業は小学校高学年で受けていた。そういうこともあって、著書の考えがしっくりと入ってくるというのはあるかもしれない。
 二つの点は、今後、日本が改善しなくてはならない大きな政策的課題であろう。


山の自然学 (岩波新書)

山の自然学 (岩波新書)

  • 作者: 小泉 武栄
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 1998/01/20
  • メディア: 新書



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柴田久『地方都市を公共空間から再生する』 [書評]

福岡大学で教鞭を執り、福岡の警固公園などの設計で知られるコミュニティ・デザインの手法にもとづくランドスケープ・デザインを手がける柴田久氏の実践的、そしてワークショップ型の市民関与型のプロジェクト指南書。実際の経験に基づく論考なので、説得力があるし、また景観的なセンスがしっかりしているのでためになる。というか、同じカリフォルニア大学バークレイ校の環境デザイン学部で学んでいる(柴田さんは客員教員という身ではあったが)ので、そもそも理念や考え方が私と類似しているからということもあるかもしれないが。加えて、文章が明瞭なので、滞りなく読めるが、内容は濃く、なかなか読み応えがある。公共空間を通じて、地域を活性化させる、というか、そこに住む人達を活性化することを考えている人にとっては益するところが多い図書であると考えられる。お薦めである。


地方都市を公共空間から再生する: 日常のにぎわいをうむデザインとマネジメント

地方都市を公共空間から再生する: 日常のにぎわいをうむデザインとマネジメント

  • 作者: 柴田 久
  • 出版社/メーカー: 学芸出版社
  • 発売日: 2017/11/19
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)



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ジョージ・オーウェル『1984』 [書評]

ジョージ・オーウェルの『1984』をようやく読破した。彼の『アニマル・ファーム』は高校時代に読み、大変、感銘を覚えたことや、デビッド・ボウイの佳曲『1984』とかも好きだったので、読んでおけばよかったのだが、これまで読み損ねていた小節である。さて、今回、なぜわざわざ読もうかと思ったのかというと、それはトランプが大統領になった直後、アメリカでこの本がベストセラーになったからである。
 さて、『1984』で描かれる世界は真実を伝える術がなく、権力側が自分達の都合がいいように現在の情報だけではなく過去の情報まで編集してしまう。マスコミをフェイク・ニュースと呼び、「国民の敵」とまで言い放つトランプとその支持者はまさに『1984』をつくりあげようとしている勢いであるが、彼がこのような動きを見せるようになったのは当選してから数ヶ月経ってからである。『1984』は当選直後にベスト・セラーになったので、アメリカ人の多くは、真実を歪めて自分の都合のいい情報を流そうとするトランプの危険性を選挙直後に気づいていたということだろうか。私はトランプの大統領当選を極めて大きな危険を孕んでいるなと当選当時から捉えていたが、『1984』を読んだ今であっても、さすがにこのフィクションで描かれる世界のような事態になるだろうとは当時でも到底、思っていなかった。そのように考えると、アメリカ人にも相当、鋭い人達がいるな。
 しかし、鈍い私でも現在は違う見方をしている。トランプが「史上最高の経済成長率」、「リンカーン以来の傑出した大統領」、「プエルトリコのハリケーンでは非常に適切な災害後対策をした」などの出鱈目を言い続け、その嘘を指摘するマスコミをフェイク・ニュースと言い放つトランプは、まさに『1984』の悪夢を彷彿させるし、さらに彼の「嘘」を支持し、「真実」を駆逐しようとする人々の狂気は、人間がいかに醜悪で弱い存在であることを思い知らされる。
 『1984』では、次のような文章がある。
「もし彼が床から浮かぶと思い、そして同時にわたしも彼の浮かんでいるのが見えると思うなら、そのときにはそれが現実に起きていることになる」
 トランプの支持者はまさにそのような精神状況にあるのだろうし、第二次世界大戦に突入する前の日本人もそのような状況にあったのかもしれない。どちらにしろ、この3割近くの国民がロシアによる集団心理操作によって真実が見えなくなってしまったアメリカの行く末には恐ろしい結末が待っていそうだし、その影響は日本も免れないであろう。というか、最近の安倍総理の経済統計指標を変えて経済成長を実施よりしているように見せるせこさとか、もりかけ問題での厚顔無恥にも嘘を言い放つところとか、ミニ・トランプ化していないか。対岸の火事ではなくなる可能性も低くはない。

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吉本ばなな『下北沢について』 [書評]

吉本ばななの『下北沢について』を読んだ。さすが、作家だけあって鋭い感性と観察力をもってして下北沢の本質的な魅力、価値に気づき、それを彼女の皮膚感覚によって表現している。ジェイン・ジェイコブスが『アメリカ大都市の死と生』で、マンハッタンのグリニッチ・ビレッジやボストンのノースエンドなどで発見したのと同様な都市の根源的な魅力を、吉本ばななは下北沢を観察することで見出している。ちょっと幾つか印象に残った文章を引用させてもらう。
「下北沢のにぎわいは若い人が未来を作るためのものであって、地に足の着いた生活の買物のための大人のにぎわいではなかった」(p.12)
「しかし、子どもができてみると、どこに行くにもその大きな通りを越えなくてはならない生活の規模が自分にとって大きすぎるように思えてきた。赤ちゃんを連れて大きな通りを毎日ベビーカーであるいは抱っこであわてて渡り、スーパーに行く日々。
 一見とても便利だし、もともと車で移動することの多い土地の人にはなんでもないことなのだろうけれど、なんでもかんでもすぐそばにあって徒歩か自転車ですんでしまう下町で育った私にとって、持っていた体の感覚にその暮らしが合わなかったのだろう。
(中略)子どもが小さい頃くらいは自分が育ったような商店街のあるところで暮らしたいな・・・と思った私は、下北沢南口にほど近い代沢のはずれに引っ越すことを決意した。
 すぐそばが商店街なわけではなかったが、子どもを連れて歩いていける範囲に商店街があり、そこには基本的に車が入ってこないというのがいちばんよかったところだった」(pp.23-24)
「それは上馬ではできない経験だった。なんといっても昼間人がいない街だったからだ。
 下北沢は昼間も人が歩いているし、夜になっても人が絶えることはない」(p.30)
「画一的な接客はつまらない。同じような感じのお店にばかり行ったってなにも空気が動かない、自分の中の子供が退屈してしまう」(p.41)
「でも、きっとお店の命を生かそうとしなかった力があったんだろうなと思う。あれほど確かに生きているものがあることがこわくなって、とにかく殺してしまう、そういう力が現代にはいっぱい満ちている。子供の持っている力も、アートの力も、日々殺され続けている。その弊害で実際に人間が殺され続けたりもしているんだと思う」(p.97)
 このような感性は流石、作家だ。とはいえ、ちょっと勘に頼りすぎる、というか直感に基づきすぎていて、そういう魅力はもう少し、都市の生態系とか、街の経済から説明できるのだけどな、と思ったりもするが。私はそういう研究をしているから知っているだけであって、素人でここまで見抜く眼力はやはり大したものである。
 とはいえ、この本に対して、二点ほど極めて個人的な不満がある。一つは、これだけ下北沢の個店の素晴らしさを弁舌鋭く語っているのに「いろいろな人と待ち合わせをした南口駅前のスターバックスも、ドトールももうない」(p.48)って、スタバとドトールというアンチ下北沢のお店をよく使っているという矛盾を暴露していることだ。あと、この本の表紙のデザインが道路だらけということである。自動車が走れる道路がほとんどないということが、下北沢の空間的な魅力であるのに、この表紙のデザインはまるで国土交通省道路局のパンフレットのように道路だらけである。このイラストレーターは果たして、この本を読んだのであろうか。この二点が、ちょっと玉に瑕で残念であったが、「もしもし下北沢」に比べると、ずっといい読後感が得られた本であった。


下北沢について

下北沢について

  • 作者: 吉本 ばなな
  • 出版社/メーカー: 幻冬舎
  • 発売日: 2016/09/23
  • メディア: 単行本



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『小さな革命・東ドイツ市民の体験』 [書評]

ドイツ在住のフリージャーナリストによる本。30人程度の知人への取材から、歴史を再構築しようとする試み。東西ドイツ再統一前後において、東ドイツ市民がどのようにそれを受け止めたのか。また、統一後、西ドイツに「併合」された形で変革が進んできた過程をどのように受け入れたのかが、ある程度、みえる本ではある。ただ、取材をもとに歴史を再構築しようとしている試みは、読み応えはあるが、どうしても著者による主観に基づく見方という印象は拭えない。いや、それが悪いと言っている訳ではなく、私も読みながら、いろいろと新たな視座を獲得できたので悪くはないのだが、歴史書的な重みはない。そういうことを踏まえて読めば、東ドイツというこれまで日陰者であった人達の考えなどが分かって興味深い。


小さな革命・東ドイツ市民の体験―統一のプロセスと戦後の二つの和解

小さな革命・東ドイツ市民の体験―統一のプロセスと戦後の二つの和解

  • 作者: ふくもと まさお
  • 出版社/メーカー: 言叢社
  • 発売日: 2015/08/03
  • メディア: 単行本



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宇沢弘文『ゆたかな国をつくる』 [書評]

 日本の戦後の混迷をもたらした最大の要因は官僚が公益をないがしろにして暴走したからだ、という著者の考えをまとめた本。そして、その結果、どのような悲惨な結果を日本にもたらしているのかということを、水俣病をはじめとした公害、荒廃する教育、絶望的な状況にある農業などの事例を紹介しつつ論じている。そして、この諸悪の根源である官僚専権をいかに克服して、真の意味でゆたかな、住みやすい、そして文化的水準の高い国をつくればいいのかを、断片的ではあるが述べている。
 20世紀の日本を代表する経済学者、宇沢弘文氏の本であることもあり、当然、論理的で(一部、事実誤認と思われる箇所がないわけではない)、すこぶる説得力はあるのだが、この本が出された1999年から20年近く経って、日本はより悲惨な状況になっている。現在の日本の状況をみたら、宇沢先生も憤死してしまうのではないか、と本書を読んで思ったりした。官僚専権という点からみても、財務省の佐川宣寿氏の公文書改ざん事件などは、宇沢先生の想像の外にあるのではないだろうか。当然、福島原発の事故なども彼からすれば卒倒するほどの出鱈目さ加減であろう。ということで、本書で書かれた状況から20年、日本はさらに泥沼状態に喘いでいて、そして、20年前に比べても状況を打破する光明さえ見えない。
 ということに気づき、暗澹たる気持ちになってしまった。


ゆたかな国をつくる―官僚専権を超えて

ゆたかな国をつくる―官僚専権を超えて

  • 作者: 宇沢 弘文
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 1999/03/05
  • メディア: 単行本



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「規制」を変えれば電気も足りる [書評]

もと経産省の役人が、日本を駄目にする役所がつくる「馬鹿なルール」を多面的に紹介する。日本がなぜ迷走するのか、なぜ非合理的なことが罷り通るのか。その根源的な背景がよく分かる。日本人であれば、是非とも一読をお勧めする。目から鱗が落ちるとは、まさにこの新書の読後感を表現している言葉である。それにしても、本当、お役人は何で仕事をしているのであろうか?。いらない規制で雁字搦めにしつつ、規制すべきことはまったく規制されていない、というこの三流国に果たして未来はあるのか。ちょっと暗くはなるが、どこを改善すべきか、ということも見えてくる。トンネルの先の光はわずかではあるが、見えない訳ではない。必読である。


「規制」を変えれば電気も足りる (小学館101新書)

「規制」を変えれば電気も足りる (小学館101新書)

  • 作者: 原 英史
  • 出版社/メーカー: 小学館
  • 発売日: 2011/08/01
  • メディア: 新書



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現代語訳福翁自伝 [書評]

本書は、1898年、福沢諭吉が65歳の時に著したエッセイを齋藤孝が現代語訳をしたものである。明治維新前後を生きた稀代の思想家である福沢諭吉の考え方が読み取れて、たいへん興味深い。読んでいて気づいたのだが、職業的には私も福沢諭吉氏と似ている。いや、そのように論じることで批判の総攻撃を受けそうだし、その成果は天と地ほどあるかもしれないが、大学で教鞭を執っているし、本も著せば、翻訳もするし、講演もする。もちろん、野球選手でいえば福沢諭吉はイチローで、私は一応、プロ野球には所属しているが、打者でいえば打率2割前後、投手で言えば防御率5ぐらいのペーペーであるが、やっていることは似ている。ということで、この本の最後の文章をこれからの人生の指針にしようと思ったりもした。こういうことを書いて、人に伝えようとしている時点で、もう福沢諭吉とはエラい差のある小物であることを晒しているようなものだが、備忘録も兼ねてということで許していただければ有り難い。

「(前略)さて自分にできる仕事は三寸の舌、一本の筆より他に何もないから、身体の健康を頼みにしてひたすら塾の仕事を勉め、また筆を弄んで、種々様々の事を書き散らしたのが『西洋事情』以後の著訳です。一方には大勢の学生を教育し、また演説などして思うところを伝え、また一方には著者翻訳、ずいぶん忙しいことでしたが、これもごくわずかながら自分でやれることをやったものです。」


現代語訳 福翁自伝 (ちくま新書)

現代語訳 福翁自伝 (ちくま新書)

  • 作者: 福澤 諭吉
  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 2011/07/07
  • メディア: 新書



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