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椎名林檎のコンサートを大阪城まで見に行く [ロック音楽]

椎名林檎のコンサートを大阪城まで見に行った。大阪城ホールは初めて。収容人数は1万人前後で、埼玉アリーナより遙かに小さい。この小ささは嬉しい。席はアリーナで後ろの方ではあったが、目の前が通路であった。隣に、例の通路が見える。椎名林檎はコンサートと同時に、PAの後ろからこの通路を舞台へと移動していく。もう15メートルぐらい先に椎名林檎が登場するのを見ることができた。舞台にあがった椎名林檎も埼玉アリーナよりずっと近くに見える。感動的だ。セットリストは埼玉とまったく同じ。しかし、前回は、あの曲も聴きたい、この曲も演奏しないか、と期待が大きすぎて、それが実現されないことの落胆も大きかったのだが、今回はもう最初から期待の上限が定まっているので、安心して見ることができた。そして、そのお陰で十分にコンサートを楽しむことができた。最近では、複数回実施されるコンサートはなるべく二回見るようにしているが、この方が椎名林檎のよさをよりよく理解できるし、楽しむこともできるなということが分かった。三回は見る必要はないかもしれないが、二回は見た方がいいなと改めて思う。さて、このコンサートでの個人的なハイライトは「自由に道連れ」で、林檎は真ん中の通路を車に載って移動するのだが、本当に近くまでやってきた。というか、私は通路が前にあったので、ふらふらふらと通路まで移動したので近くで見たのだが、もう5メートルぐらいの至近距離で見ることができた。以前、最前列でコンサートを観たことがあるが、その時は、横の距離があったので、はるかに近い。写真やメディアでみるよりも、実物が美人なのでちょっと衝撃を覚える。
 東京はいろいろなコンサートや催しがあり、そういう意味では恵まれているが、逆に都市が大きすぎて箱も巨大になってしまうが、この大阪城ホールのようなこじんまりとしたところで椎名林檎を楽しめる大阪の人たちがちょっと羨ましくさせ思えたいいコンサートであった。

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椎名林檎の「年女の逆襲」コンサートに行く。 [ロック音楽]

椎名林檎の「年女の逆襲」コンサートを見るために埼玉スーパーアリーナに行く。コンサートだと、最大36500人収容と言われるだけあって巨大なホールである。席はアリーナ席ではないが、ほぼ真正面であり、ミキサーの後ろなので音のバランスもいい。さて、一曲目は「今」。会場の中心からゆっくりとレーザーライトの海の中を動く船に乗っているかのような演出で、椎名林檎がステージへと移動する。決めでガクッと彼女も落ちる。私は、これまで何百回とコンサートを観てきているが、こんなにも感動的なオープニングの演出は初めてだ。凄い!そしてステージに立って、何を歌うのかと期待していると「葬列」。バックの演奏は、ホーン・セクションやストリングスも揃え、超豪華である。凄い迫力。また、ステージのライティングのクオリティが傑出している。これは、本当に素場らしいものを観に来ることができたと感動する。次は「赤道を越えたら」。なんとコーラスは浮雲。ちょっと違和感は覚えるが、この時点ではゲスト出演かなとまだ思っていた。そして「都合のいい身体」でハリウッド的な気分になったあと、なんと「やっつけ仕事」。きたーという感じだ。これだけで、このコンサートに来た甲斐があったというものだ。そして「走れわナンバー」。ここまでは完璧に近かったのだが、次が「渦中の男」。TOKIOへの提供曲で、あまり椎名林檎っぽくない。ううむ。と思っていたら「遭難」。東京事変の曲をやりますか。もっと、林檎責めを期待していたので、作詞・作曲が林檎であるとはいえ、また、この曲は個人的にも好きではあるのだが、ちょっとううむ。次は「JL005便で」。ジャジーないい感じの曲。そして「私の愛するひと」。名曲ではあるが、「カーネーション」のB面の曲だ。ちょっとマイナーではある。さらに「禁じられた遊び」。これも東京事変の曲だ。浮雲も出てくる。浮雲、好きだが、東京事変をなぜ解散したのか、ちょっと不思議な気分になる。林檎ワールドを勝手に期待していたので、ちょっと残念な気持ちにはなる。そして「暗夜の心中立て」「Between Today and Tomorrow」「決定的三分間」という、相当コアな林檎ファンでないと知らないような曲を続ける。ううむ、今日の林檎はもしかして意地悪な気分なのかもしれない。次は「能動的三分間」で私も大好きな曲だが、これも東京事変。そして「ちちんぷいぷい」と「密偵物語」。さらには「殺しや危機一髪」「望遠鏡の外の景色」「最果てが見たい」と、ここらへんもコアな林檎ファンでないと親しみが薄い曲が続く。これらの曲も、とっつきよければいいが、そんなに聞きやすい曲ではない。これはきついな、と思っているとNIPPON が始まる。これは強烈に格好よく、これまでの不満が解消される。ちょっとパフォーマンスが氣志團のようで、また歌詞が右翼色が強すぎるが、まあ名曲であることは間違いない。国歌にしたいぐらいだ。そして、間髪入れずに「自由へ道連れ」。凄いテンションだ。これは格好いい。林檎は、また会場の真ん中まで移動する。なんか、この動きがとても様になっているのだ。そして「流行」。デュエット相手は浮雲。林檎はゴージャスなボディを前面に出していて、相当、セクシーだ。「主演の女」を経て、最後は「静かなる逆襲」。

アンコールで何曲をやるか、この時点では分からなかったが、「孤独のあかつき」、「いろはにほへと」、「カーネーション」、「ありあまる富」、「ありきたりな女」をやっていないので、ちょっと不安になる。私は、さらに「本能」、「すべりだい」、「幸福論」、「丸の内サディスティックス」あたりは二曲ぐらい聴きたい気分でいたし、「茜さす・・・」、「ここでキスして」、「浴室」、「ギブス」あたりも演奏してくれるかもしれないと期待していたので、え?え?え?という気分になってしまう。

あと気になるのは、周辺が全然、アンコールの拍手、声を出していないことだ。あまりにもアンコールが出来レースになっているので、全然、盛り上がっていないのだろうか。私が林檎だったら、この白け気分に腹が立ってアンコールをしないであろう。ということで、周りの部分も補うように拍手をする。

さて、まあしかし、出来レースということで、アンコールには出てくる。大いに期待していたのだが、演奏したのは「マヤカシ優男」。え、なんでこの曲。そして、林檎はあと一曲ほど聴いて下さい、と言って「ありきたりな女」。この曲は涙が出るほど素場らしいが、一方で、演奏を期待していたのに聴けなかった膨大なる曲にがっかり。林檎は「逆襲」ということで、サディスティックな気分になっているとMCで言っていたのだが、もしかしたら、これも新しいサディスティックなプレイかもしれない。ううむ、このプレイはちょっと辛い。近いうちに、この不満を晴らしてもらいたいなと切実に思う。こういう思いをするのは、林檎のコンサートでは初めてだ。5年前の林檎エキスポでは、もう持ってけ泥棒的に、在庫大処分セールのようにヒット曲をほとんどもれずに演奏してくれたのとは極めて対照的であった。

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椎名林檎の最新作『日出処』は、彼女に感謝の言葉を述べたくなるようなアルバムだ [ロック音楽]

 椎名林檎の最新作『日出処』。5年半ぶりのオリジナルアルバムだ。東京事変で活動しているので、そんな久し振り感はない。私は絶望的な椎名林檎のファンなので、ファンがどうこう批評しても、それほど参考にはならないであろう。ということで、まあ割り引いて読んでもらえればと思う。
 全部で13曲。一曲目の「静かなる逆襲」はなんと18歳の時につくった曲。「歌舞伎町の女王」と同じ時だそうだ。こんな曲を今まで放って置いたという余裕に恐れおののく。二曲目は「自由へ道連れ」。これは最近、東京事変を解散した後につくった曲。東京事変の延長線上にあるような感じもするが、ベースやギターの演奏がまったく違う。そういう毛色の違いは面白いが、東京事変での演奏を聴いてみたい気もする。そして「走れわナンバー」は、ウエスト・コースト風のAOR的アレンジがされた曲で、さびに入るまでは日本語で歌われなければアメリカ人が演奏をしているような印象を受ける曲。「赤道を越えたら」はジャジーな曲。「JL005便で」はリズムマシンがリズムを刻み、「尖った手口」などをちょっと彷彿させるが、この曲の方が洗練度は高まっている。JL005便といえば、ニューヨーク行きだ。マンハッタンの夜明けを飛行機から望んでいるような風景が目に浮かぶ。「ちちんぷいぷい」は椎名林檎らしい忙しい感じの楽しい曲。「今」は、ストリングスのピチカートをバックに歌いあげるジャズ・アレンジの曲。全般的に椎名林檎らしく、どこかで聴いたことのあるような気がするのだが、チェックしてもそのような曲は見つからない。椎名林檎節というか、椎名林檎は彼女自身の音世界を既につくってしまったのかもしれない。凄まじいオリジナリティであることを改めて認識する。これは、日本のケイト・ブッシュだな。
 そして、音世界だけでなく、椎名林檎の文学の頂点を極めたのではと思わせるのが「ありきたりな女」である。この詞は凄い。私は母にはなれないが、母になるというか、娘を産むということは、彼女のような感性にこのような詞をつくらせるのか、という事実に感動を覚える。というか、この曲、泣けるわ。
 他の5曲は既にシングルで発表されているので、改めてここで感想を書くのも気が引ける。シングルでの印象が強いため、このCDで通して聴いてもそれほどトータリティを感じられない。ベスト盤のような感じで聴いてしまう自分がいる。あと、個人的には大変好きな「孤独のあかつき」が英語で歌われているのだが、私は日本語の方がはるかに好きである。これは、残念である。曲のクオリティは前作の「三文ゴシップ」を越えており、また、人として音楽家として成熟した椎名林檎の等身大の輪郭が見えてくるようなアルバムである。若者にとってはどうか分からないが、私のような年齢のものにとっては、とても心に染みこむ作品群である。椎名林檎に感謝の言葉を述べたくなるようなアルバムだ。


日出処

日出処

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: ユニバーサルミュージック
  • 発売日: 2014/11/05
  • メディア: CD



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ベン・フォールズのコンサートを観にオーチャード・ホールへ行く [ロック音楽]

 ベン・フォールズのコンサートを観るために渋谷のオーチャード・ホールへ行く。オーケストラを引き連れてのコンサートだ。最初の曲は、ピアノとオーケストラの、ボーカルなしのクラシック風の曲である。え!そういうコンセプトなのか。少し動揺する。この曲は相当、長く続き、睡眠不足の私は眠りそうになる。次の曲も、クラシック風のもので、なんだなんだ、知らなかったぞ、しかし、これはこれで悪くないかもと自分を慰めようとしたところの3曲目。マイクを口元に持ってきて、ザック・エンド・サラ。オーケストラがいるので、アレンジは随分とCDとかとは違うが、それでもベン・フォールズ節が炸裂する。スモーク、ジーザスランド、ブリック、スティーブンス・ラストナイト・イン・タウン。おお、やはりベン・フォールズは最高だと乗ってきたところでインターミッション。20分の休憩が入る。なんか早くないか。まあ、しかし、ピアノを引き続けるのも大変だからしょうがないか。

後半はウェイ・トゥ・ノーマルからエフィントン、そしてランデッド、ザ・ラッキエスト。全般的に最新のCDからの選曲ではなく、ソング・フォア・シルバーマン、ロッキン・イン・サバーブからの選曲が多い印象。そして、なんとロック・ディス・ビッチ。そして、最後の曲は、ベン・フォールズ・ファイブのワン・アングリー・ドゥワーフ。若い時の怒りの曲だが、今でもまったく色褪せない。と、ここでおしまい。しかし、お定まりのアンコールは、ノット・ザ・セイム。二回目のアンコールでアーミー。アーミーでは、お決まりの聴衆のパッパッパのコーラス。これで会場は一体感に包まれる。もう、凄い満足。多幸感をもってコンサート会場を去る。

いやあ、いいコンサートであった。ただ、記念でTシャツでも買おうと思ったら、3年前と同じものが売られていた。しかも、Good morning sonをGood morning sunと聞き間違えてデザインされたTシャツが相変わらず、売られていた。もう少し、商品開発をしてもらえればと思わずにはいられない。

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椎名林檎の『NIPPON』があまりにもよくて感涙しそう [ロック音楽]

 椎名林檎の新曲『NIPPON』が素晴らしい。天才、椎名林檎もまだ本気を出せば、これだけクオリティの高い曲がつくれるということを証明するような傑作である。アレンジがいいということもあるが、サッカーの試合に臨む選手、観客のアドレナリンを見事に全開するような楽曲となっている。NHKの依頼者は、『群青日和』でもいいんですけど、と言ったそうだが、群青日和は作詞こそ林檎だが、作曲は違うからな。ということで、この曲は私は勝手に、椎名林檎の『群青日和』への返歌的な意味合いもあるのかなと思ったりしている。そして、『群青日和』という東京事変の最高傑作の一つとも言える曲より、この『NIPPON』という曲は素晴らしい。ちょっと気になるのは歌詞だが、まあ、ただのサッカーの試合の応援歌だからね。そんなに目くじら立てるのはおかしいし、逆にいうと、ただのサッカーの試合にこれだけの概念を膨らませるというのは、やはり天才であると私はむしろ感心してしまう。
 またライブをするそうだが、今から本当に楽しみである。
 
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くるりの川崎のクラブチッタでのコンサートに行く [ロック音楽]

 くるりのコンサートに行く。川崎のクラブチッタである。料金は4600円と格安。しかし、ドリンク・チケットを500円で購入しなければならない。さらに問題なのは、ドリンクを注文するために長蛇の列ができていることだ。こんな列に並んでいたら開演してしまう。結局、一緒に行った3人誰もドリンクを注文しなかった。こんなことなら4600円ではなく5100円をチケット代で請求した方が、人の手間もいらないのでよほど効率的だと思う。そもそも、オール・スタンディングでスミルノフの硝子のボトルを持ってのっている人がそばにいると本当、嫌だなと思うのは私だけはあるまい。

 さて、コンサートであるが、最初の一曲目は「ロックンロールハネムーン」。涙が出そうになるほどの美しいメロディーの名曲だ。岸田は天才だ、と前から思っていた私だがこの瞬間、確信する。そして「ワンダーフォーゲル」、「ブレーメン」という往年の名曲を続ける。ファンファンのトランペットの音色が美しい。しかし、いちいち右手で唇をびしっと拭う造作が気になってしまう。次はアンテナから「Morning Paper」。「ワールズエンド・スーパーノヴァ」。久しぶりに聞いた気分だが、名曲や。感動は高まるばかりだ。そして「Everybody feels the same」を経て「ばらの花」。いやあ、本当に素晴らしくも情感溢れる曲だ。次は比較的、最近の「Time」。そして、さらに最近というか、ニューアルバムに登録されているという「Loveless」と「Liberty & Gravity」。「Loveless」はくるり節溢れるロック・テイストの曲。一方、「Liberty & Gravity」では岸田はへんてこなシタールのような楽器を演奏していた。これは、なんか無国籍というか中央アジアっぽい変わった曲。新しい分野へのチャレンジとも捉えられるような新機軸の曲である。そして、発表当時は随分とチャレンジングだった「ワルツを踊れ」から「コンチネンタル」。そして、アンテナから「花の水鉄砲」。そして「虹」。うぉー、来ましたかとちょっと興奮する。いや、ちょっとではない。大いに興奮する。次は「ハヴェルカ」。ここで京急の電車話をする。岸田の語りはまるで落語家のように面白い。さすが関西人、と納得。しかし、隣の佐藤君は同じ関西人だけど、全然、話は面白くない。さて、京急電車の話をひとしきりして、これは「赤い電車」かと思ったら、この曲はロックやないからやらないの一言。代わりに、ロックということで「ロックンロール」。いやあ、そう来ましたか。私はこの曲の歌詞はほとんど諳んじられるほど聞いているので、のりましたな。年齢を忘れて。そして、「東京」で締めくくり。くるりの「東京」の演奏はすごい迫力で、こいつらは本当に凄いな、というか岸田は本当に音楽家として凄い表現力を持っているな、ということを痛感する。
 そしてアンコールは「宿無し」と「お祭りわっしょい」。まあ、最後の曲はロックンロール・パーティーという感じでしたね。

 「アンテナ」と「ワルツを踊れ」からの選曲が多いな、という印象。逆に「図鑑」、「Nikki」、「魂のゆくえ」、「言葉にならない、笑顔をみせてくれよ」からは一曲も選曲がなし。まあ、この事実は、逆にいかにくるりの引き出しが多いかを示しているが、私としては相当、好みの選曲をしてくれたかなという印象だ。
 あと、全般的に演奏技術のレベルが本当、高い。まあ、岸田のギターはもちろんだし、佐藤のベースもいいが、感心したのはくるりのサポーティング・ドラマーの福田洋子のドラム。渇いたリズムをびしびしっと正確に刻んでいくのが、とても心地よい。素晴らしいコンサートを体験することができた。

タグ:くるり
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「椎名林檎思い付きライブ」初日を観に横浜の大桟橋ホールに行ったら、最前列だった [ロック音楽]

「椎名林檎 思い付きライブ ちょっとしたレコ発2014 ~横浜港へ逆輸入~」に行く.場所は大桟橋ホール。開演時間ぎりぎりに着いたのだが、なんとチケットの配布がうまくいかず長蛇の列。結局、入ったのは19時30分ぐらい。開演時間も大幅に遅れた。さて、座席数900人程度の会場なので、チケットが取れてラッキーぐらいに思って行ったら、なんと自分の席は最前列であった。盆と暮れが一緒に来たような、すごい幸運だ。

わずか15メートルぐらい先に生の椎名林檎が見られると思うと、もうそれだけで緊張する。さて、PAからの音楽が終わるとバック・メンバーが登場。バックはピアノ、アコーディオン、ベース、ドラムスの4人。椎名林檎も何気なく出てくる。そして、メトロノームをやにわ起動させて「ポルターガイスト」。渋い。なんて緊張感のないオープニング曲。そして、「母国情緒」。猫の耳ですか。これもユルい。そして、MC。「ゆるいコンサートにようこそ」。とはいえ、ゆるいと言っても計算し尽くされているゆるさという感じ。「緊張しているようにお見受けされます」って、これだけ近いと緊張するな。そして「少女ロボット」。全然、ゆるくない。次は「とりこし苦労」。これは、ちょっとゆるいか。三枚目ですか。たまらない選曲で感動してくる。それからは「禁じられた遊び」「遭難」「化粧直し」と東京事変の曲が続く。次は「愛妻家の朝食」。渋すぎるし、この曲のメロディーの美しさと林檎の歌声にちょっと涙腺が緩みそう。次の曲は、宇多田ヒカルのtraveling。椎名林檎との関係性はよく分からない。次は「私の愛する人」「Superficial Gossip」「カプチーノ」。ここらへんはシングルのB面曲のオンパレードという感じ。そして「喧嘩上等」、「労働者」。ここらへんは、東京事変とは違うアレンジで興味深い。ギターがないが、代わりにアコーディオンがなかなかの緊張感をもたらす。次は「青春の瞬き」。その次の曲は分からない。なんかドライブ感のあるエイトビートのロックである。歌詞は英語。そして「天国へようこそ」。次の2曲も知らない。ごめんなさい。しかし、なかなか味がある。おそらく今日(28日)出されるアルバムに収録されているのであろう。そして、終了。戻ってきてアンコール2曲。最初の曲は知らない。でも周りは盛り上がっている。なかなかの佳曲だ。そして、最後は「今夜はから騒ぎ」。東京事変の時はそれほど好きではなかったのに、こうやって聴くと、いやあ名曲じゃあないですか。まあ、ここらへんは最前列効果みたいなものもあるかもしれないが、大いに感動したコンサートであった。

ちなみに、最前列ということで、椎名林檎をよく観察することができたのだが、何しろスタイルがよいので驚いた。結構、スリムなのではないかと思っていたのだが、グラマーであった。そして、やはり相当の美貌である。目立つような美人ではないのだが、個々のパーツが美しい。

いやあ、今日は椎名林檎のファンを長らく続けてきたことが報われたような日であった。人生、長く生きているといいことがあるものだ。

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(会場に入る前には長蛇の列。チケットの処理の方法は改善すべきだと思われる)
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ポール・マッカートニーのコンサートの券は高いのか [ロック音楽]

ポール・マッカートニーの武道館コンサートのチケットが高い。アリーナ10万円、S席8万円、A席6万円、B席4万円である。ふざけるな!という批判の声も耳にする。確かに通常のコンサートに比べれば随分と高い。代々木競技場のチケットが1万7500円であることを考えれば、べらぼうな高さではあるかもしれない。しかし、価格が「高い」ということはどういうことなのだろうか。もし、本当に高いのであれば、売れない筈である。

さて、それでは売れ行きはどうだったのだろうか。日刊スポーツは次のように報じている。

「チケットの対面販売は全国のキョードーグループ8カ所で、午前10時から一斉に始まった。東京・表参道のキョードー東京チケット特設販売所に訪れたのは約1000人。うち販売開始前までに、500枚以上の整理券が配布された。同所では販売開始と同時に、最高額10万円のアリーナ席に 人気が集中。瞬く間に予定枚数に達し、販売を終了した。」http://www.nikkansports.com/entertainment/news/p-et-tp0-20140512-1299617.html

ということで、実は10万円でも安い、と購買者の多くは判断していたことが分かる。その商品を購入するのは、その価格より高い効用が得られると判断したからであり、おそらくこれらの購入者にとっては、ポールの武道館のコンサートの効用は遙かに10万円より高いところにあったことが推察される。

そうでなければ、S席やA席、B席を購入すると考えられるからである。しかも整理券をもらうために行列をつくる、となると、これはもう10万円という価格が安いというようにも考えられる。場合によっては、アリーナの正面前なら50万円でも売れたかもしれない。

自分が価値を認められないからといって、それを馬鹿げている、と断定するのはちょっと了見が狭い。他人がどのようにお金を使おうとも、その人の自由であろう。

私?私はB席を購入しました。

ただし、個人的に気になるのはS席が10万円でB席が4万円という値段設定。例えば、4月に来日したディープパープルはS席が1万円、A席が9000円という設定だ。私がディープパープルに行ったら、私の席は9000円でアリーナ席との価格差は10%しかない。ポール・マッカートニーのコンサートでのその価格差は60%である。このように考えると、B席がお得としか思えないのだ。特に武道館のアリーナ席は後ろの方だと、明らかに舞台正面の1階のS席に劣る。なんか、ちょっと不思議な価格設定だな、とこちらの方では思うのである。

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『イエローサブマリン』 [ロック音楽]

『イエローサブマリン』のアルバムは、ビートルズのアルバムの中でも相当、特異な位置を占める。まず、ビートルズのオリジナル・アルバムで唯一チャートの一位になっていない(全米2位、全英4位)。また、A面の6曲こそビートルズの曲であるが、B面の7曲はジョージ・マーティンの楽曲となっている。さらにはA面の6曲のうち1曲(Yellow Submarine)は他のオリジナル・アルバム(Revolver)に収録されているし、またもう1曲(All You Need is Love)は、他のアルバム(Magical Mystery Tour)に収録されている。ということで、Revolver とMagical Mystery Tourを持っている人(というより、このアルバムを購入する前にこの2枚は先に買うべき)は、残りの4曲のためにこのアルバムを買うことになる。これは、結構、微妙である。4曲のうちジョージのOnly a Northern Song と It's All Too Muchは悪くない。しかし、ポールのAll Together Nowは、子供のためにつくった童謡のような曲である。最近のライブでも演奏しているので本人は嫌いではないのかもしれないが、ちょっとガクッとくるような曲だ。John のHey Bulldog はいかしたRock'n Rollといえなくもないが、そのクオリティは他のジョンの曲に比べるとガクッと落ちる。ということで、よほどのビートルズ・ファンであれば買っていいかもしれないが、そうでなければDVDを購入した方がよほどいいであろう。DVDであれば、Nowhere ManやEleanor Rigbyなどビートルズの佳曲がたくさん聴けるからだ。

イエロー・サブマリン

イエロー・サブマリン

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: EMIミュージックジャパン
  • 発売日: 2009/09/09
  • メディア: CD



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『FM』サントラ盤 [ロック音楽]

1978年に封切りされた映画「FM」のサントラ盤。映画は日本ではもちろん、本国のアメリカでも中古品でしか手に入らないのに、CDは日本でも日本版でゲットできるという不思議。さて、この「FM」のサントラ盤の価値は、スティーリー・ダンの腰が抜けるほどの名曲である「FM」が収録されていたことである。加えて、リンダ・ロンシュタットのライブが2曲入っていたこと。これが、この「FM」サントラを購入すべきものとして位置づけていたのだが、1985年に出されたスティーリー・ダンのベスト『The Decade of Steely Dan』にFMが収録されてしまった後は、よっぽどのリンロン・ファン以外は敢えてこのCDを買う必然性はなくなってしまった。とはいえ、改めてこのCDを通して聞くと、70年代後半の商業ロックのクオリティの高さ、純粋にロック音楽を楽しんでいた当時の空気がうまく詰め込まれていて、コンピレーション・アルバムとしては悪くない。後、このCDを締めるFMのサックス・ソロ。これは、これで『The Decade of Steely Dan』にはないアレンジでそれなりに悪くない。3465円の価値があるかどうかは自信はないが、まあ「FM」という曲が大好きな人であれば買ってもいいかもしれない。ちなみに、私はスティーリー・ダンの中でも「FM」か「Black Cow」か「Peg」というほど、この曲は好きなので、買って損をしたという気分には全然、なりません。ただ、一般的にはどうかというと自信がない。


FM(紙ジャケット仕様)

FM(紙ジャケット仕様)

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: ヴィヴィド・サウンド・コーポレーション
  • 発売日: 2014/01/15
  • メディア: CD



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ブラーのコンサートを武道館で観る [ロック音楽]

ブラーのコンサートを武道館で観る。ソールド・アウトで武道館はびっしり。女性の観客が多いことに気づく。一曲目は、ボーイズ&ガールス。ギターが上手いので驚く。ジミヘンのようだ。マーシャルのアンプが二個なのに、どうしてこんな迫力あるギターの音が出せるのだろうか。その後、ゼアス・ノー・アザー・ウェイ、ビートルバム、コーヒー&TV、テンダー、カントリー・ハウス、パークライフ、エンド・オブ・ア・セントリーなどの曲を演奏し、ディス・イズ・ア・ローで終了。

そしてアンコール曲は、日本にインスパイアされてつくった曲としてユーコ&ヒロ。グレアムのギターは日本を意識しているのかもしれないが、悪いけど外している印象。どちらかというと胡弓的な音づくりは中国か。そしてアンダー・ザ・ウエストウェイ、フォア・トゥマローと続いてユニバーサル。ユニバーサルは大いに感動する。本当、名曲だ。しかし、これが最後ではなくて、オーラスはソング2。結構、大盛り上がり大会で終了という感じ。

ブラーは、フー、キンクス、ジャム、XTCといったブリティッシュ・ロックの中でもブリティッシュ的な要素を濃縮させたかのようなバンドの継承者なのだなというのを改めて感じる。レディオヘッド、オアシスとブラーで90年代のブリティッシュ・ロックを牽引したトリオとして捉えられることが多いと思われるが、これら3つのバンドの中でも最もポップ色は強く、そういう点からも女性ファンに受け入れられやすいのかなとも思ったりもした。ただ、ギターはこれら3バンドの中でも最も過激だと感じる。なんか、ジャニーズ的なアイドルっぽいところと、凶暴性が同居しているというか、知性と狂気とが共存しているようなアンビバレントさがブラーの魅力なのかもしれない。まあ、いいものを見せてもらったとの感想を抱きながら武道館を後にした。

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『プレッツェル・ロジック』 [ロック音楽]

 スティーリー・ダンの3枚目のアルバム。1974年に発表。スティーリー・ダンがバンドの形態を保持した最後のアルバム(それ以降は、ベッカー・フェイガンのコンビにスタジオ・ミュージシャンを呼んで、アルバムを製作するようになり、ライブ活動も90年代までは中止する)。スティーリー・ダン史上最高のヒット曲である「Rikki Don’t Lose That Number」が収録されていることで知られるが、このアルバムはブルージーなタイトル曲はもちろんであるが、他の曲も極めて高いクオリティを有しており、本当に捨て曲がない素晴らしいアルバムである。まだ、方向性を模索していた感のある1枚目と2枚目と比べると、これがスティーリー・ダンの音楽だといったような個性が光る。
 個々の曲をみれば、ビリー・ジョエルのようなメロディーの曲(3のAny Major Dude Will Tell You)もあれば、ウェスト・コースト・ロック風の曲(4のBarry Town)、カントリー・ロック風の曲(9のWith a Gun)、スティーリー・ダンの唯一のカバー曲であるEast St. Louis Toodle-Ooなども含まれる。しかし、それらの曲もすべてスティーリー・ダンのオリジナリティのフィルターを通されており、唯一無比のスティーリー・ダンの音楽となっている。
 収録曲数は11曲と多いが、アルバム全体は33分14秒という短さ。これは、各曲が短いからであり、Aja以降のスティーリー・ダンの曲の長さとは随分と対照的である。


プレッツェル・ロジック

プレッツェル・ロジック

  • アーティスト: スティーリー・ダン
  • 出版社/メーカー: USMジャパン
  • 発売日: 2011/10/12
  • メディア: CD



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50歳の正月にアメリカのハード・ロック・バンド「キッス」について考える [ロック音楽]

ふとしたきっかけで、正月、キッスに関心を持つ。私は中学一年の時ぐらいからのロック少年で、現在50歳になっても、相変わらずのロック親爺である。バンドも持っていて、自分では現役気分である。というか、30代では一切バンド活動をしておらず、45歳くらいから再開したので、まあ下手の横好きというか、年を取って恥をかいてもどうでもよくなっただけなのかもしれない。まあ、それはともかく、ロックを聴いて40年弱のキャリアを有しているのだ。椎名林檎を除けばほとんど邦楽系は聴かない(くるりやバースデイとかは聴く)ので、洋楽ロック一本といっても過言ではない。CDを何枚有しているかは分からないが、所有しているCDはほとんどiTuneで保存しており、それらの曲数は12000を越える。なかなかのコレクションであると自負している。それも珍しいものというよりかは、王道、ベストセラーのようなものを多く押さえているのだ。

さて、その私がまったくCDを持っていないメジャー・バンドとして「キッス」が存在することに、この正月に気づいたのだ。まったく一枚も持っていない。いや、高校時代にレンタル・レコードで「アライブII」をテープに録音していたものがあるので、音源は持っていたりしたのだが、それだけだ。どうでもいい話なのだが、自分でもこの現象はとても不思議である。70年代に活躍した似たようなバンドのチープ・トリックとかヴァン・ヘイレン、エアロスミスは、最近のものはともかく、当時のほとんどのアルバムを持っている(持っていた)ことを考えると、なぜキッスに興味を持たなかったのかが不思議だ。そもそも、このように考えたのは、「デトロイト・ロック・シティ」は凄い名曲だよな、と改めて気づいたからだ。これは、ベースを最近、購入したこととも関係がある。デトロイト・ロック・シティは、その曲自身も素晴らしいが、ベース・ラインがとてつもなく格好いいからだ。他にも「シャウト・イット・ラウド」とか「ラブ・ガン」とかは相当、好きな曲である。いや、似たように70年代に活躍したバンドであるAC/DCやクィーンのCDもそれほど持ってはいない。しかし、数枚は持っている。そのように考えると、なぜキッスを私は結果的にかもしれないが、敢えて避けてきたのだろうか。

そういう疑問を持ったので、いろいろとキッスのことを調べてみた。そうするとなかなか面白いことが分かったので、ここに開陳したい。いや、CDを一枚も持っていないものが何をたわけたことと思うかもしれないが、寛容な気持ちで読んでもらえればと勝手ながら思う。私の備忘録のようなものとして捉えていただければと願う。

キッスは1974年にデビューする。ニューヨークのローカル・バンドだ。ニューヨーク・ドールスに影響を受けたらしく、それがあのメイキャップに繋がっているそうだ。ちなみに、私はニューヨーク・ドールスのCDは持っている。さて、最初の2枚はまったく売れないのだが、3枚目のアルバムは売れる。とはいえ、ビルボードでは32位が最高だ。ちなみにシングル・カットされたのは名曲「ロックン・ロール・オール・ナイト」だが、チャートでは68位までしか上らない。そして、次の「アライブ」がビルボード9位のヒット作品となる。ここからも「ロックン・ロール・オール・ナイト」がシングル・カットされるが、この時は12位まで上昇。これらのヒットによって、キッスのレコード会社であるカサブランカは倒産を免れたそうなので、本当、綱渡りだったのだな、ということが分かる。さて、次のデストロイヤーは前述した「デトロイト・ロック・シティ」、「ベス」、「フレーミング・ユース」、「シャウト・イット・ラウド」などをシングル・カットする。興味深いのは、「デトロイト・ロック・シティ」という個人的にはロック史上に残る名曲が、まったく売れず、ベスト100にも入らなかったのに、「ベス」をA面にして再販売したら7位にまで上昇したということだ。ここらへんの現象は不思議だ。不思議といえば、これまた佳曲の「シャウト・イット・ラウド」は、アメリカでは31位なのにカナダでは1位になったことである。次のロック・アンド・ロール・オーバー、ラブ・ガンは前作のデストロイヤーとともに、キッス黄金時代の3部作と言われているようだが、確かに「ハードラック・ウーマン」、「コーリング・ドクター・ラブ」、「ラブ・ガン」、「クリスティン・シックスティーン」といったキッスの代表作がこの時期につくられている。ちなみに、私的には「デトロイト・ロック・シティ」の次に名曲ではないかと思われる「ラブ・ガン」はシングル・カットでは61位どまりである。とはいえ、アルバムの「ラブ・ガン」はビルボードの4位にまで上昇する。これは、400万枚のセールスで、キッスのアルバムでは一番売れたことになる。

さて、その後、「ダイナスティ(王朝時代)」というアルバムから、皮肉にも人気は下降していく。このアルバムからは、しかし当時のディスコ・ブームを意識したかのような「アイ・ワズ・メイド・フォア・ラビング・ユー」というちゃらい曲をシングル・カットするのだが、どうも、これがこれまででキッスで一番、売れたシングルらしい。ちなみに、人気が下降したとはいえ、このアルバムもトリプル・プラチナム(300万枚)は売れる。

しかし、その後は、アンマスクドが50万枚、ミュージック・フロム・エルダーはなんと37万枚しか売れない。アンマスクドではドラマーのピーター・クリスが脱退する。そして、エース・フレイリーも1982年には脱退する。仮面を剥いで出直した「リック・イット・アップ」と「アニマライズ」こそ復活して200万枚売れたし、「アサイラム」や「クレージー・ナイツ」、「ホット・イン・ザ・シェード」も100万枚は売れたが、90年代になってからは、プラチナム・アルバムは一枚も出していない。

ちなみに、ラスト・FMのホームページ(http://www.lastfm.jp/music/Kiss)では、過去6ヶ月のベスト・トラックのランキングがなされているのだが、これだと、一位は「アイ・ワズ・メイド・フォア・ラビング・ユー」、二位は「ロック・アンド・ロール・アールナイト」、三位が「デトロイト・ロック・シティ」、四位が「ストラッター」、五位が「ラブ・ガン」になっている。結構、興味深い。当時、売れなくても、長く歌い継がれ、聴き継がれる曲は多いということか。

さて、今回、いろいろとキッスに関して調べていて発見したことは、ポール・スタンレーがユダヤ系であるということだった。私はてっきりピーター・クリスのようにイタリア系かと思っていたので発見だ。ジーン・シモンズがユダヤ系であることは有名だったが、まさかポールもそうだとは思わなかった。キッスとユダヤ系というのはちょっとイメージが合わない、というかシモンズは分かるのだが、ポール・スタンレーは意外であった。ニューヨークのユダヤ系の音楽家というと、ポール・サイモンやボブ・ディランがすぐ浮かぶので、フォーク・ロックといったイメージがあったからかもしれない。あと、スタンレーはイケメンだからなあ。イケメンは何となく、勝手にイタリア系とかポルトガル系というイメージを私が持っていたのかもしれない。

あと、ジーン・シモンズは最近でこそ、リアリティ・ショーに出て、なんかオジー・オズボーンと同じようにでたらめ破廉恥親爺を演じているが、キッスの現役の時は、トミー・シュナイダーのテレビ番組の取材に極めて律儀に誠実に対応しており、また映画に関する博識をひけらかすなど、超インテリという感じであった。そして、ふざけるピーターとエースに浴びせる冷たい視線。

http://www.dailymotion.com/video/xdoxn3_kiss-tomorrow-show-with-tom-snyder_fun

いやあ、なんでキッスを避けて生きてきてしまったのだろう。ジーンの舌が気持ち悪かったのかなあ。それともポールの胸毛か。どちらにしても、ちょっともったいないことをしたような気分になっている50歳の正月である。そして、キッスのCDを数枚、アマゾンで注文した50歳の正月でもあった。


Love Gun

Love Gun

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: Island / Mercury
  • 発売日: 1990/07/31
  • メディア: CD




ALIVE 2 (REMASTERED)

ALIVE 2 (REMASTERED)

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: Island / Mercury
  • 発売日: 1990/07/31
  • メディア: CD



タグ:キッス
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『ロイヤル・スキャム(幻想の摩天楼)』 [ロック音楽]

スティーリー・ダンの5枚目。前作から、バンドでの録音ではなく、スタジオ・ミュージシャンを起用してアルバムづくりをするようになったスティーリー・ダンだが、このアルバムではさらに豪華なるミュージシャンを起用している。ラリー・カールトンが4曲ほど演奏しているが、特にキッド・シャーレメンでのギター・ソロは彼のプレイの中でも傑出した素晴らしい出来であると思われる。他にもその後、イーグルスのメンバーとなるティモシー・シュミット、チャック・レイニーがベースを弾き、ドラムはバーナード・パーディーが叩き、コーラスはマイケル・マクドナルドなど、その贅沢さは凄まじいものがある。完璧主義はさらに前作よりも進化していたのである(しかし、エイジャが発表されて、これでもまだ序の口であるというのをその後、我々は知ることになる)。ラリー・カールトンが弾いていることもあるが、ギター・ソロがスティーリー・ダンのアルバムの中では最も目立つ。また、歌メロでも複雑なコードを頻繁に使い始めたのはこのアルバムからである(前作までは、イントロなどではコードが複雑になっていたが、歌メロのところは分かりやすいコードを用いていた)。飛び抜けてヒットした曲はないが、捨て曲がまったくない完成度の高いアルバムである。その後に発表されるエイジャ、ガウチョと聞き比べると、まだまだとの印象を受けるが、発表時においては、それまでのスティーリー・ダンの懐をさらに拡げたような傑作であると思われる。スティーリー・ダンの初めてのライブ・アルバム「アライブ・イン・アメリカ」で本アルバムから3曲も選ばれているのは、ライブ向きの曲であるということもあるかもしれないが、彼らがこのアルバムを気に入っているからではないかとも推察される。ただし、アルバム・デザインは「70年代でダントツに最悪である」と取材で述べている。
ちなみ、「ロイヤル・スキャム」は「高貴なる大ペテン」という意味であり、よく邦題を「幻想の摩天楼」にしたものだ。「高貴なる大ペテン」は、アルバム全体に通じるコンセプトであり、これは意図的であったらちょっと悪質な訳であると思う。それこそペテンだ。

Royal Scam

Royal Scam

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: Mca
  • 発売日: 1999/11/23
  • メディア: CD



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『嘘つきケイティ』 [ロック音楽]

 スティーリー・ダンの1975年の作品。それまでのバンド形態を止め、ベッカーとフェーガンのコンビにセッション・ミュージシャンを加えてアルバムを製作するという最初の試みをしたアルバムである。したがって、これまでいい悪いは別として、強烈な存在感を持つ粘着質なギターを披露していたジェフ・バクスターが本アルバムではいない。個人的には、それまでのアルバムとの大きな違いである。そういう意味で音がより洗練されてきているし、Doctor WuにおけるPhil Woodsのサックス・ソロなどは、それまでのスティーリー・ダンでは聞いたことがないもので、その後のAjaへの流れが感じられる。ただし、曲自体は、Black FridayやRose Darlingなどは前作の延長線上にあると思われる。変わったのは、アレンジで、プレッツエル・ロジック発表後のライブ以降、ライブ活動をすることを止めたこともあり、音造りへの執念のようなものが感じられる。そういう意味で、スティーリー・ダンの大きな分岐点になったアルバムであり、バンドにおいては極めて重要な位置づけを有していると考えられる。ただし、前作のリキのようなインパクトのある曲もなく、そういった面ではあまり印象に残りにくいアルバムであるかもしれない。
 マイケル・マクドナルドがスティーリー・ダンで初めて参加したアルバムでもある。マイケル・マクドナルドは巷では、ジェフ・バクスターと同様にスティーリー・ダンのオリジナル・メンバーといった誤解が為されているが、事実はバクスターと入れ違いでスティーリー・ダンに参加したのである。次作のロイヤル・スキャム、エイジャ、そしてガウチョでも共演している。ドゥービー・ブラザースに参加するためにスティーリー・ダンを脱退したという認識は間違っている。また、Any World以外はすべてその後、トトのメンバーになる21歳のジェフ・ポーカロがドラムを叩いている(凄いな)。

うそつきケイティ

うそつきケイティ

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: ユニバーサル インターナショナル
  • 発売日: 2000/09/20
  • メディア: CD



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ポール・マッカートニーのコンサートに行き、不覚にも落涙する [ロック音楽]

 ポール・マッカートニーのコンサートを観るために東京ドームに行く。ポール・マッカートニーは71歳である。前回の東京でのコンサートは、おそらく私の人生で最も感動的なコンサートであったが、さすがに71歳のポールを観る必然性はないであろうと高をくくっていた。しかし、私のバンドのドラマーが一緒に行こうとバンド・メンバーの分のチケットを購入してくれた。私もチケットがあるなら、というようなそれほど積極的でない気分でコンサートに向かったのであるが、それは誠にもって本質を外したバカな考えであったことを思い知らされた。
 71歳のポール・マッカートニーは私のちっぽけな脳みそでは予測ができないほど、素晴らしかったのである。それは、私というちっぽけな人間を形成するのにいかにポール・マッカートニーに負っているのか、影響を受けてきたのかを自覚させられたほどであった。要するに、私の自我はポール・マッカートニーが存在しなければ、今のようにはなっていなかったことを思い知らされたのである。私のモスト・フェイバレット・アーティストはビートルズではない。ジェネシスである。しかし、そもそもそのジェネシスが多大なるビートルズの影響を受けている。他にもピンク・フロイドやキング・クリムゾン、ドゥービー・ブラザース、ジョー・ウォルシュ、ZZトップ、ジョニ・ミッチェル、ローラ・ニーロ、スティーリー・ダンなど私の愛するアーティスト達でビートルズの影響を受けていないものは皆無であろう。したがって、それらによって形成された私という人間は、直接的、間接的にポールによって影響を受けている、ある意味で造物主のような存在であるのだ。そのポールを観る必然性はないかな、とちょっとでも思った自分はまさに愚の極みというか、神をも恐れぬ馬鹿であった。とはいえ、結果的にこれてよかった。
 コンサートは結構、意表を突いて「エイト・デイズ・ア・ウィーク」で始まる。佳作ではあるし、アメリカではシングル・カットされてチャートの1位まで上るが、イギリスではシングル・カットされていないし、それほど存在感のある曲ではない。しかし、そのメジャーではなさ加減が絶妙にいい。隣の中年親父はもう涙を流している。次はニュー・アルバムの曲で、このポールは正直、私的には関心を引かなくちょっと退屈である。しかし、次の「オール・マイ・ラビング」でぶっ飛ぶ。そうか。ポールのコンサートに来るということは、生で「オール・マイ・ラビング」を聴けるという事実に今更ながら気づいて愕然とする。これだけで3万円ぐらいの価値はあるかもしれない。そして、ウィングスから「リッスン・トゥ・ファッツ・ザ・マン・セッド(邦題は「あの娘におせっかい」)。いやあ、いい。しかし、70年代のポールの凄さはディープ・パープル・クラスで破格の天才というレベルではないと思う。それは、次の「レット・ミー・ロール・イット」の演奏でも思う。心を鷲掴みにする凄みは、ビートルズ時代の60年代に発散していたのではないか。
 などと考えていたら「ペーパーバック・ライター」を弾き始める。ポールはギターを弾いている。この「ペーパーバック・ライター」のロックンロールのリフの格好良さ。天才リフ・メーカーのジミー・ページに勝るとも劣らない。その後は、2曲、最近の曲をピアノで演奏する。悪くはないが、私的にはちょっと休憩。
 そして「ロング・アンド・ワインディング・ロード」、「メイビー・アイム・アメーズド」。後者はポールのソロ時代で私が最も好きな曲であり、猛烈に感動する。70年代のポールの凄みは60年代ほどではないと書いたが、この曲、そして「シリー・ラブ・ソングス」、「ロックショー」、「ジェット」は違う。これらは傑出していると思われる。ただし、これらは今回、演奏されなかったが。
 ポールはフォーク・ギターに持ち替え、「アイ・ハヴ・ジャスト・シーン・ア・フェイス」、そして「ウィ・キャン・ワーク・イット・アウト」。中学時代に大好きで歌いまくっていた曲だ。ところで、自分がいかにビートルズの曲を暗唱しているかに、このコンサートで改めて気づいた。アルツハイマーかと思われるほど記憶が朧気になっている自分が、昔に覚えたことは覚えているという事実に嬉しく思うと同時に、いかにビートルズにはまっていたかを再認識させられた。これは、否定したくてもできない事実なのだ。
 そして、ソロ時代の「アナザー・デイ」と「エンド・アイ・ラブ・ハー」。「エンド・アイ・ラブ・ハー」も中学時代はギターでコードを覚えて歌っていた。今の私は喉を手術したので高音もろくに出ないのだが、このコンサートではカラオケ状態になっている。ここらへんは、ポールはフォーク・ギターを引きっぱなし。そして、フォーク・ギターの教則本で頻繁に紹介される練習曲でもある「ブラック・バード」。ポールは左手用のギターということもあるが、左手(右利きでいえば右手)のポジショニングとかが悪く、とても模範的な演奏とは思えないのだが、ギターは上手い。これは、フォームは悪くてもヒットを打ちまくった元大リーガーのピート・ローズのようなものか。独学で楽器を学んだために(ピアノだけはレッスンを受けている)、適当なスタイルなのだが、いやあ、本当にいい音楽を演奏している。次は、ソロ時代にジョンに捧げた「ヒア・トゥデイ」。この曲も歌詞がいい。しかし、ポールはジョンのような自分勝手な人間とよく辛抱して付き合っていたなと改めて思う。ポールの優しさがあってこそのビートルズであったことがこの曲を聴いて理解できた。それなのに、ポールがビートルズ解散の主原因と批判されたりして、私も若い時はそうかなとも思ったりしたこともあったが、それは違うことが、私自身が大人になったからかもしれないが、今になってはよく分かる。
 さて、次はニュー・アルバムから2曲。ピアノでの演奏。悪くはないが、心はそれほど躍らない。しかし、ニュー・アルバムを71歳になってつくって、しかも歌詞の内容が「お前の男は俺だ」的なものだったりして、なんかなあ、と思わないでもないが、この前向きな姿勢が、この元気をもたらしているのかと捉えれば素晴らしいことだと思う。まあ、全然、精神的に老けていないのである。
 さて、ピアノでの演奏を続けたままで「レディ・マドンナ」。結構、ウィングスのオーバー・アメリカで演奏した曲が多い。やはり、ここらへんはポールが好きなレパートリーなのかもしれない。それにしても、「レディ・マドンナ」は佳曲である。涙が落ちそう。
 さて、ここでフォーク・ギターに持ち替えると、「イエローサブマリン」からなんと「オール・トゥゲザー・ナウ」。これは、ビートルズ的にも超マイナーな曲だと思うのだが、こういうのでも有り難い。そして、「ラブリー・リタ」。いやあ、悪い曲ではないと思っていたが、こんなにいい曲であるということに今更気づかされた。名曲だ。ラブリー・リタ、ミーター・メイド。至福な気分だ。さて、しかし、次はまた新曲。それほど幸せにはなれない。しかし、次の「エリナ・リグビー」で心は再び躍る。
 その次は「ビーイング・フォー・ザ・ベネフィット・オブ・ミスター・カイト」。サージェント・ペッパーズのアルバムに入っている曲で、アルバムではいろいろと効果音を使い、ライブでの再現は難しそうなこの曲であるが、それを演奏することは超意外であった。というのは、これは唯一、ポールが演奏したジョンの曲であるからだ。しかも、ジョンの曲を選ぶにしても渋すぎるでしょう。ハード・デイズ・ナイトかヘルプあたりの方がしっくりとくるかもしれないが、それだとジョンの奥深さが伝わりにくいのかもしれない。とはいえ、サージェント・ペッパーズから選ぶのであれば、私個人としてはジョンとポールの共作である「ア・デイ・イン・ザ・ライフ」であれば本当に嬉しかったのだが。
 さて、次はジョージに捧げるといって、ジョージのウクレレを持って「サムシング」を歌い始めた。これもポールの曲ではない。私はジョージの「サムシング」をライブで聞いたことがある。感動はした。しかし、この日のポールの歌う「サムシング」は今まで堪えていた涙が抑えられなくなってしまった。これは超意外である。というのは、私は圧倒的にビートルズでポールを別格だと思っているからであり、ビートルズはポール5割、ジョン3割、ジョージ1割、リンゴ1割ぐらいに思っているからである。その私が、よりによってポールのコンサートでジョージの曲に落涙するというのは、自分でもよく分からない。一ついえることは、ポールのボーカルが素晴らしいということであろう。ポールの歌うサムシングは素晴らしい。あと、この曲はまさにポールがつくったベース・ラインがベース史上でも傑出して素晴らしいと思われるのだが、残念ながらポールはギターを弾いていたので、そのベースの演奏が素晴らしかったからとは説明できない。まあ、とにかくこの曲で私は不覚にも、それまで我慢していた涙を抑えることができなかったのである。意表を突かれたというのはあるかもしれない。
 さて、その後、ポールはベースに持ち替えて、「オブ・ラ・ディ、オブ・ラ・ダ」。そしてウィングスから「バンド・オン・ザ・ラン」、「バック・イン・ザ・USSR」。ロックン・ロール・パーティという感じだ。71歳とは本当、到底思えない。「バック・イン・ザ・USSR」での大盛り上がりでアンコールかと思われたら、ピアノに向かい「レット・イット・ビー」を演奏する。そして、レット・イット・ビーの後に、レット・ダイと「死なせておけ」とちょっと皮肉にも聞こえるウィングス時代の「リブ・アンド・レット・ダイ」。この曲ではステージで花火とか火が噴きまくって、キッスのコンサート?という感じでもあった。そして、「ヘイ・ジュード」ですよ。この曲は、もうモーツァルトとかベートーベンと同じクラスにポール・マッカートニーがいることを確信させるほどの人類の世界遺産的名曲であるということを確認する。最後のダーダーダー、ダッダダッダーは、ベートーベンの運命のダダダダーンと匹敵するメロディーである。メロディの世界遺産に指定すべき素晴らしさだと思う。さすがにこの曲でステージは一度終了。
 個人的には、もうお腹いっぱいであったが、元気いっぱいでアンコールに戻ってきた。個人的には「フール・オン・ザ・ヒル」を期待したが、始めた曲は「デイ・トリッパー」。本当、ポールがつくった曲の多様さと器用さには驚かされる。こんなに格好よいリフは滅多にない。さて、猛烈に感動して、次は何かと思っていたらなんとウィングスの「ハイ・ハイ・ハイ」。この曲、好きじゃないんだよね。ちょっとだけがっかり。この曲が最後だったら台無しだなと白けていたら「ゲット・バック」。そうか。さすがにそうだろう。これまでも、何回もロック・コンサートに足を運んだが、最後に「ゲット・バック」で締めるものを数回、経験してきた。本家本元がやるのは当然だろうと大納得で、ああよかったと思い帰る準備をしていた。隣の友人は、アンコールと叫んでいたが、もう2時間を大きく上回っている。71歳という年齢を考えると、これで十分でしょうと内心思ったりしたが、なんと再び現れた。通常のロック・コンサートでも滅多にないパターンだ。なんなんだポール。
 そして、福島の人に捧げますと言って歌い始めたのが「イエスタディ」。不埒な恋愛をした後、恥じるという内容の歌詞を聞いて、いやあ、ポールはやはり心優しい人なんだな、ということに気づく。「ヒア・トゥデイ」でもそうだが、ポールはちょっととっぽい不良で、カミソリのように尖った不良であるジョン兄貴を慕ってビートルズで活躍するのだが、根っ子はお母さん好きの音楽少年であったのかもしれないなどと思ったりする。この異常なサービス精神と歌詞からはそう考察できる。
 さて、もう流石におしまいだろうと思ったら、「もっと聴きたい」と聞いてくる。え、まだやるの?と思ったら、いきなり「ヘルター・スケルター」。「ヘルター・スケルター」ですよ、あなた。いやあ、まさかポールが演奏する「ヘルター・スケルター」を聴けるとは思いもしなかった。隣の友人は半狂乱であるが、私もその気持ちは分かる。しかし、この「ヘルター・スケルター」。まさにヘビメタを先取りする楽曲である。ヘビメタもその源流をたどると、一つはこの「ヘルター・スケルター」にたどり着く。この事実をとってもポール・マッカートニーの凄さが分かるというものだ。いやあ、なんで71歳でこんな激しい曲を演奏できるのかが不思議だと思うのと同時に、しかし、最後が「ヘルター・スケルター」というのもしっくりは来ないかな、と思っていたら、またピアノに座り直して演奏したのが、アビーロードの完全無欠のメドレーだ。ゴールデン・スランバー〜キャリー・ザット・ウェイト〜ジ・エンドと流れるこのメドレーの素晴らしさは、まさに人類未到の域に達するものだ。
 もう天国で奏でられるかと思うような素晴らしい曲を聴き、改めてポール・マッカートニーが天才中の天才であり、その凄さは恒星でいえば、第二次世界大戦後唯一のI型ともいえるのではないだろうか。そういう天才のコンサートに行けて本当によかったし、行かなくてもよかったと思った自分が本当に恥ずかしい。
 ちなみに、これはさらに考察しなくてはならないことだが、恒星のII型としてはエルビス・プレスリー、スティビー・ワンダー、ポール・サイモン、アントニオ・カーロス・ジョビンが含まれると思われる。III型にはジョン・レノン、エルトン・ジョン、ジェフ・リン、デューク・ウェリントン、ジミー・ペイジ、マイケル・ジャクソン、バート・バカラックなどが含まれると思われる。ボブ・ディランとデビッド・ボウイはIV型かな。

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スティーブ・ハケット『スペクトラル・モーニング』 [ロック音楽]

スティーブ・ハケットの最高傑作の誉れ高いソロ三作目。特に1曲目と最後のタイトル曲が何しろ素晴らしい。1曲目での後半に展開するギターソロは、天空を駆けるがごとき情緒性に溢れたハケット節が炸裂しており、その素晴らしさはジェネシス時代のファース・オブ・フィフスのギターソロに匹敵する。まさに後生に伝えるべき素晴らしいギターソロであると思う。また、最後のタイトル曲は、ジェネシスの「トリック・オブ・テイル」、「静寂の嵐」を彷彿させる詩情溢れるドラマチックな素晴らしいインストルメントの佳曲である。それ以外の曲も3曲目のクロックス、6曲目のロスト・タイム・イン・コルドバ、7曲目のタイガーモスなどをはじめ素晴らしい。捨て曲は1曲もなく、アルバムとしてのレベルの高さは際立っている。ジェネシス時代は、トニー・バンクスに苛められていて、また、ハケット自身もコンプレックスを持っていたようだが、このアルバムを聴くと、ハケットの高い音楽性と卓越したギターでの音づくりが、前述したジェネシス時代の2枚のアルバムの驚くべき質の高さに彼が寄与していたことがよく分かる。また、このアルバムはボーナス・トラックが本作と同じ8曲も入っている(といっても最後の1曲は落語のような語りものだが)。そのうちの5曲は、本作品の別テイクものであり、それなりに興味深いが、価値があるのはライブのアコースティック・セクションであろう。ここでは、ブラッド・オン・ルーフトラップ、ホライゾン、キムなどが演奏される。観客の拍手が凄いが、その気持ちは分かる。ジェネシス・ファンには嬉しすぎるボーナス特典であるといえよう。

Spectral Mornings + 7

Spectral Mornings + 7

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: Virgin
  • 発売日: 2005/12/19
  • メディア: CD



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トニー・バンクス『Curious Feeling』 [ロック音楽]

1979年のトニー・バンクスのソロデビュー作。当時は、ジェネシスはデュークを出した直後で、マイケル・ラザフォードが「スモールクリープス・デイ」という素晴らしいソロ作品を出し、またフィル・コリンズが「フェイス・ヴァリュー」というヒットはしたが、それまでのジェネシス・ファンが眉間にしわを寄せるような違和感を覚えさせる作品を出し、遂に「ジェネシスはトニー・バンクス」とジェネシスのマネージャーを長年務めたTony Smithに言わせしめる真打ち。ということだが、多少、ポップであるのと、ジェネシスにはつきもののフィル・コリンズの紡ぎ出すビート感はないが、情緒感溢れる、まさにプログレ界のドビュッシーとでもいうべき、素晴らしい音世界を展開させる佳作となっている。私がジェネシスを大好きな理由はいくつもあるが、そのうちの大きなものとしては、このトニー・バンクスがつくりだす情緒溢れる、イマジネーションを拡張させる音世界を愛しているからだろうな、ということを再確認させてくれる。トリック・オブ・テイルからデュークスの期間のジェネシスが好きな人であれば、まさにマスト・バイのアルバムです。


Curious Feeling

Curious Feeling

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: Blue Plate Caroline
  • 発売日: 1992/03/13
  • メディア: CD



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暗黒大陸じゃがたら『南蛮渡来』 [ロック音楽]

1981年に、それまで江戸あけみの激烈なパフォーマンスで注目を浴びていたじゃがたらが、スキャンダラスな点でのみ先行して注目されていることに嫌気がさして、82年にバンド名も「暗黒大陸じゃがたら」にして、発表した『南蛮渡来』。日本語で、ここまで過激で、しかも軸足がしっかりと日本に置かれ、さらに極めて日本的な音楽は、このアルバムが発表されて30年以上経っても、寡聞にしてしらない。日本の音楽にとって、まさに画期的なメルクマール的な作品であると思う。本CDには、近田春雄と湯浅学の対談も掲載されており、この対談もとても優れている。間違いなく一枚持っておくべき歴史的傑作。


南蛮渡来

南蛮渡来

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: BMGメディアジャパン
  • 発売日: 1999/09/22
  • メディア: CD



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スティーブ・ハケットのコンサートをクラブ・チッタで観て震えるほどの感動を覚える [ロック音楽]

スティーブ・ハケットのコンサートをクラブ・チッタで観る。スティーブ・ハケットは高校一年の時から聞いているが、実はライブで観るのは初めてである。ジェネシスを35年以上も聞いていることや、これまでスティーブ・ハケットがたびたび来日していることを考えると、これは私のまさに怠慢というか魂の乏しさゆえの事態であると捉えざるを得ないのだが、とにかく初めて対面することができた。さて、今回のコンサートは「Genesis Revisited」
ということで、まあ、ジェネシスのコピーバンドというコンセプトではあるのだが、コピーバンドとしても少なくとも5分の1は純粋に本物ということで大いに期待して行く。

さて、クラブ・チッタということで、私の席は最後尾であったのだが、距離的には武道館のアリーナでは真ん中より前という絶好の席であった。オープニングは、Watcher of the Skies。やはり、そう来ますか。メロトロンの重厚なるコードの展開で、もうジェネシスを35年聞いて蓄積に蓄積されてきたアドレナリンが一挙に吹き出るような興奮を覚える。そして、このキーボードのイントロが終わると、ベースとギターのユニゾンのドドドドッドドドド、という地の底から聞こえてくるような刻みにもう彼我の境地に達する。スティーブ・ハケットの攻撃的なギター・ソロ、そして強烈なグリッソン。ハケットのギター上手い。もう、この曲だけでも来た甲斐があるというものだ。

そして2曲目はThe Lamb lies down on Broadway からThe Chamber of 32 doors。随分と渋い選曲であるが、ハケットの泣かせるギターが美しい。なかなかドラマチックな曲の展開もよい。ボーカルはちょっと狂気が入っており、そこがガブリエルを彷彿させるところも好感が持てる。

3曲目はSelling England by the Pound からDancing with the Moonlight Night。8分を越える大曲である。いやあ、ここらへんの渋い選曲はジェネシス・ファンへのサービスか。これらの曲をコピー・バンドとしても聞ける幸せを覚える。

4曲目はThe Lamb lies down on Broadway からFly on a Windshield. ハケットのアコースティックなギターが美しい佳曲ではあるが、ここらへんになると相当、渋い選曲である。この曲はピーター・ガブリエルの作った曲であり、ハケットの思い入れがあるというのは意外であるが、ハケットのギターの表現力は尋常ではない。改めて、この曲でハケットのギタリストとしての表現力の凄さを思い知る。

5曲目は、同じくThe Lamb lies down on Broadway からThe Lamia。同アルバムの中でも存在感のある佳曲である。ピアノのアルペジオが美しい、心を打つ曲である。これも、まさか、生演奏で聞けることが生きているうちに出来るとは思えなかった。ロックという音楽は、現在進行形であることがそのアイデンティティでもあるのだが、もはやクラシック的に40年前に発表された曲を聴いている。しかし、それでも思わず涙が出そうに感動している私がいる。もはやロックはクラシックの境地に達してしまったのかもしれないが、この曲の素晴らしさは100年後にも通用するのではないかとも思ってしまう。

6曲目はThe Musical Box。これまで、どちらかというとマイナーな曲で攻めてきたハケットであるが、ここらへんで王道的な選曲で二枚目の代表曲を持ってきた。会場も興奮状態。ハケットの超攻撃的なギターがアドレナリンをどどっと出させるハード・ロック調の曲である。

7曲目はアコースティック・ギターに代えて、おお、Horizonかと期待したが、弾き始めたのはBlood on the Rooftopsのイントロ。ハケットがジェネシスを脱退する直前に発表したWind and Wutheringからの選曲である。いやあ、名曲だ。しかし、Wind and Wutheringにおいてハケットと他のメンバーとの音楽性の違いから、ハケットは実質的にジェネシスを追い出される訳になり、ジェネシスはハケットの情緒性やイギリス的ロマンティシズムを失い、代わりにコリンズ的なモータウンのグルーブとアメリカ的な大衆性を確保することになるのだが、改めて、私はハケット的なものが好きだったのだな、ということを思い知らされる。ハケットはジェネシスがロックの殿堂入りした時もバンクス当たりから、「お前何はしゃいでるんだ」的なリアクションを受けていて、私はちょっとハケットに同情したりした。ハケットは最後まで、ジェネシスの主人公にはなれなかったのである。Wind and Wutheringに関しては、例えば次のビデオではコリンズが「スティーブの曲はあまりバンドには受け入れられなかった」などと述べている。
http://www.youtube.com/watch?v=_JeFNBjsXoI
このビデオではバンクスはBlood on the Rooftopsはいい曲だと述べたりしているが、同時にバンクスとラザーフォードが作曲の二本柱であるとも述べている。そういう中で、ハケットは最後のアルバムで彼の才能の特別な高さを、このBlood on the Rooftops、Unquiet Slumber for the Sleepers、 In that Quiet Earthという3曲で十二分に発揮させる。そして、この3曲にプラスしてトニー・バンクスのAfterglowを演奏する。
 ここでバンクスのAfterglowをなぜ弾くのか、というのは、ただのジェネシスのファン・サービスなどだろうが、まあ、こういう優しさ、というか柔軟さがハケットの人格なのであろうと思う。聴衆が喜んだのは言うまでもない。

さて、次の曲はI Know What I like。そして、Dance on a Volcano。さらに次の曲はA Trick of the TailからEntangled. この曲もバンクスの曲だ。ここらへんのマイナーな曲をなぜハケットがやらなくてはいけないのか分からないが、まあ、 好きなのかもしれない。とはいえ、ジェネシス・ファンにとっては有り難いことである。

などと思っていたら、サパーズ・レディのイントロが流れる。きたー・・。いや、素晴らしい。こんな20分以上の大曲が聴けるとは思えなかった。涙が出る。もう、何も言うことはない。至福の時間である。もちろん、当時のジェネシスの演奏ほど素晴らしくはないだろうが、私はおそらくコピー・バンドであってもサパーズ・レディを聞いたら感動するであろう。5分の1が本物であるということでも、もう自分的には十分過ぎるほどの贅沢である。

さて、流石に大盛り上がり大会のサパーズ・レディでコンサートは終了。ということで、お定まりのアンコールであるが、1曲目はFirth of Fifth。この曲はハケットの最高の出来ともえいるギター・ソロが披露されているので当然であろう。バンクスの素晴らしく印象に残るピアノのイントロを聴くだけで、背筋がゾクッとするほど興奮する。そして、バンクスの天空を駆けるがごときのソロ。ああ、至福である。

さて、Firth of Fifthのあとは、Seconds Out のライブ・アルバムと同様にLos EndosからSquonkへのイントロへ戻ってのエンディング。サービス精神満載で、ちょっと痛い気がしないでもないが、ジェネシス・ファンの私にとってはとても感動的で嬉しいコンサートであった。Steve有り難う。

ウインド&ワザリング(静寂の嵐)(紙ジャケット仕様)

ウインド&ワザリング(静寂の嵐)(紙ジャケット仕様)

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: ユニバーサルミュージック
  • 発売日: 2013/05/29
  • メディア: CD








Nursery Cryme

Nursery Cryme

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: Atlantic / Wea
  • 発売日: 1994/09/20
  • メディア: CD




A Trick of the Tail

A Trick of the Tail

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: EMI
  • 発売日: 2008/03/13
  • メディア: CD




Foxtrot

Foxtrot

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: EMI Europe Generic
  • 発売日: 2009/03/05
  • メディア: CD



ザ・ラム・ライズ・ダウン・オン・ブロードウェイ(眩惑のブロードウェイ)(紙ジャケット仕様)(完全生産限定盤)

ザ・ラム・ライズ・ダウン・オン・ブロードウェイ(眩惑のブロードウェイ)(紙ジャケット仕様)(完全生産限定盤)

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: EMIミュージックジャパン
  • 発売日: 2013/04/24
  • メディア: CD




Seconds Out

Seconds Out

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: Atlantic / Wea
  • 発売日: 1994/11/29
  • メディア: CD



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スティーリー・ダンの『彩(エイジャ)』 [ロック音楽]

世の中に数多あるロック・アルバムの中で、最も完成度の高いアルバムを選べと言われたら、このスティーブ・ダンのエイジャを選びたい。とはいえ、このアルバムが純粋にロック・アルバムと言えるかは分からない。というのは、このアルバムはジャズ・ロックとの融合が見事に結実されているとも捉えられるからだ。Black Cow のイントロのギターのスライドから、Josieのエンディングのラリー・カールトンのギターとホーン群とが絡みながらフェイドアウトするまで一部の隙もない。スティーリー・ダンはDecades of Steely Danなどのベスト・アルバムがあるが、どのベスト・アルバムよりも、このアルバムの方が優れている。それは、まさにこのアルバムがスティーリー・ダンというバンドの絶頂期につくられたアルバムであるからだ。前作のRoyal Scamも飛び抜けて素晴らしいアルバムであるが、それと比べてもこのアルバムの曲群のオリジナリティ、アレンジ、演奏などは図抜けており、アルバムのトータリティが飛び抜けて素晴らしいのである。そして、まさにクラシック音楽が時代の変化に色褪せることがないように、このアルバムも発売されてから35年が経ったが、まったく色褪せるどころか、上質のワインのように、より艶やかになっているようにさえ聞こえる。私も、このアルバムを初めて聴いた高校時代よりも、今の方がこのアルバムを感謝できていると思う。もう、Larry Carltonのギターも素晴らしいが、PegのJay Graydonのギター・ソロも絶品だし、もちろんChuck Raineyのベース、AjaにおけるSteve Gaddのドラム・ソロも悶絶するほどいい。さらに、ジャケット・アルバムのデザインも見事にこのアルバムの高質な音楽にマッチしている。しかもジャケット・アルバムのモデルは山口小夜子。それもちょっと日本人ファンとしては嬉しい。


彩(エイジャ)

彩(エイジャ)

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: ユニバーサルインターナショナル
  • 発売日: 2010/06/30
  • メディア: CD



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イアン・アンダーソンを東京ドーム・シティホールで観る [ロック音楽]

イアン・アンダーソンを東京ドームのシティホールで観る。長大なるコンセプト・アルバムであり1972年にビルボード1位に輝いた『Thick as Brick』を1部で再現し、またその発売40周年記念につくられた『Thick as Brick2』を再現したコンサートである。ちなみにアンコールは「ロコモーティブ・ブレス」であった。イアン・アンダーソンを観たのは初めてである。イアン・アンダーソンは1947年生まれであるから今年で66歳だ。しかし、そのような年齢を感じさせない極めてエネルギッシュで激しいステージであった。ステージ狭しと動き回るのは勿論のこと、得意の鶴のような片足立ちを頻繁にやっていた。この片足立ち、見た目が格好よいという以外に何の意味もないと思うのだが、これをやられると、おおジェスロ・タルとなんか納得する。ジョジョの冒険のジョジョのような決めのポーズとしての演出効果がある。ジェスロ・タルのステージはとても演劇色が強く、しかもその演劇がシェイクスピアにも通じるようなイギリス的な品があり、思わず引き込まれる魅力を有していた。

ステージで流された動画の解説で、ジェスロ・タルはプログレ・ロック・バンドでありポップではないと言っていたが、ギターなどはギブソンのレスポールでもろ、ブルース系ハード・ロック風のギターであった。変拍子などもあり、そのドラマチックな構成等からプログレという風に解釈できるのは理解できるが、なんかプログレというよりかは、よりジャジーでブルースっぽいとの印象を受けた。とはいえ、この年になって、まさか『Thick as Brick』を生演奏で聞けるとは思わなかった。長生きするものである。
Thick As a Brick

Thick As a Brick

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: CHRYSALIS
  • 発売日: 1998/06/01
  • メディア: CD



Thick As a Brick 2

Thick As a Brick 2

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: Capitol
  • 発売日: 2012/04/02
  • メディア: CD



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ウィルコのコンサートをゼップ・ダイバーシティにまで観に行き、大いなる感動を覚える [ロック音楽]

ウィルコのコンサートをゼップ・ダイバーシティにまで観に行く。ゼップ・ダイバーシティを訪れるのは初めてである。ゆりかもめで台場の駅で降りる。いかにも安普請で、集客が見込めなくなったらすぐ壊せるようなぼろいつくりである。そのためか、施設内も動線計画もまったくなってなく、事故が起きたら大変な災害になるだろうなと思う。なんで営業許可が出たのかも不思議なメチャクチャな施設である。

さて、会場はオールスタンディングであったのだが、私と一緒に行った人が極めて積極的だったので、どんどんといい場所へと向かったので、ほぼ真っ正面、前に15人くらいしかいないようなところに陣取れることができた。客層はほぼ8割が男性。意外と若い層も多い。ウィルコは私(49歳)の前後の年齢のメンバーから構成されることを考えると、ちょっと意外。とはいえ、ウィルコはおじさんであっても現在進行形で活躍しているので、若い層に受けるのも分かる。というか、私ぐらいの年齢だと、よほど今になってもロックを聴いているような馬鹿でないと知っていないバンドなのだ。

さて、曲は『レス・ゼン・ユー・シンク』から始まる。そして、『アート・オブ・オーモスト』、『アイ・マイト』という最新アルバム『ホール・ラブ』からの2曲。次はアルバム『ウィルコ』から『ワン・ウィング』、そして『サンケン・トレジャー』、『スパイダー』と続く。次は『スカイ・ブルー・スカイ』から『インポッシブル・ジャーマニー』と続く。Impossible Germany Unlikely Japan, という歌詞のJapanのところを歌うところで盛り上がる。そして、また『ホール・ラブ』に戻って『ボーン・アローン』。次は、ちょっとおどろおどろしい感じで始まる『ヤンキー・ホテル・フォックストロット』の収録曲『ラディオ・キュア』。そして、『スカイ・ブルー・スカイ』。ここで「昔の曲をやります」と言って2枚目から『セイ・ユー・ミス・ミー』、1枚目から『アイ・マスト・ビー・ハイ』を演奏する。古い曲をやった後は、再び最新作の『ホール・ラブ』に戻ってタイトル曲。その後は『セオロジアンス』、『ヘビー・メタル・ドラマー』、『ダウンド・オン・ミー』と演奏する。『ダウンド・オン・ミー』は改めて素晴らしい佳曲であると感心する。そして、『ア・ショット・イン・ザ・アーム』。私が一番、好きなアルバムである『サマーティース』から、ここで初めて収録曲が演奏される。そして『ハミングバード』で取りあえず終了。

アンコールは『カリフォルニア・スタース』、『ザ・レート・グレーツ』、『アイム・ザ・マン・フー・ラブス・ユー』(いやあ、これは感動的だ)。そして『マンデー』、『キッキング・テレビジョン』というストレートのロックン・ロールで終了した。観客は『マンデー』で大興奮だったが、私はあまりロックン・ロール風の曲は好みではなかったので、終わりに向けてのこう大盛り上がり大会からは浮いてしまったが、それでも大いに楽しめた。というか、2013年においてこれだけのライブ体験をさせてくれるバンドは、果たしてどれほどこの世にいるのかと考えさせてくれるほど素晴らしいライブであったとさえ思う。それは彼らの年齢を考えると凄いことである。特にギターのネルス・クリネは年齢が57歳であるにも関わらず、そのギター奏法はジミヘンとパンクを足したようなもの凄さであり、ギターがあっという間に傷むのではないかと見ていてはらはらさせられる。こんなエネルギッシュなギターを57歳でしていることは本当、驚いてしまう。私は真似をしようという気さえ起きない。まあ、ある意味で人生観を変えてしまうパワーさえあるようなコンサートであった。楽曲の質の高さ、演奏の質の高さ、そして会場を包むグルーブ感。第一級のコンサートであり、充実した時間を過ごすことができた。


ウィルコ(ジ・アルバム)

ウィルコ(ジ・アルバム)

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: ワーナーミュージック・ジャパン
  • 発売日: 2009/07/08
  • メディア: CD




Yankee Hotel Foxtrot

Yankee Hotel Foxtrot

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: Nonesuch
  • 発売日: 2002/04/22
  • メディア: CD




Summer Teeth

Summer Teeth

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: Reprise / Wea
  • 発売日: 1999/03/02
  • メディア: CD




ザ・ホール・ラヴ

ザ・ホール・ラヴ

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: SMJ
  • 発売日: 2011/09/28
  • メディア: CD




A Ghost Is Born

A Ghost Is Born

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: Nonesuch
  • 発売日: 2004/06/21
  • メディア: CD




Sky Blue Sky

Sky Blue Sky

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: Nonesuch
  • 発売日: 2007/05/15
  • メディア: CD



タグ:ウィルコ
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紅白歌合戦でのきゃりーぱみゅぱみゅはダントツに素晴らしかった [ロック音楽]

明けましておめでとうございます。去年は散々でした。その去年での失敗を、今後、この国は思い知らされるかと思うと、まったくもって今年がめでたくなると思えない私ですが、ブログはこれからも続けていきたいと考えていますので、宜しくお願いします。

さて、真面目に考えると、もう国外脱出したくなるので、年始めの話題としては、きゃりーぱみゅぱみゅについてちょこっとだけ。昨日放映された紅白歌合戦。私はもうほとんど観ていないので、いい加減なことを書くと怒られてしまうのですが、きゃりーぱみゅぱみゅは傑出して素晴らしかったと思いました。若い女性のパフォーマーとしても、AKB48のように音楽性は二の次、三の次で、ただの欲求不満であるが現実社会において解決法を見出せない男の子達のイメージ的慰み者としてのニーズを満たすための商品とは一線を画して、その圧倒的なパフォーマーとしての存在感、カリスマ性は、ちょっと他の追随を許しません。いや、若い女性のパフォーマーとしての括りで傑出しているだけではありません。これは、例えば、私が興味を抱いているYUKIでさえも到達できないレベルであることを、この日に確認し、私はむしろ愕然としてしまいました。今回、紅白初出場のYAZAWAもそれなりに貫禄はありましたが、所詮、アメリカン・ロックの二番煎じという点で、日本発のオリジナリティという点では、きゃりーぱみゅぱみゅには到底及ばないということに気づき、はたまた愕然としてしまったのです。YAZAWAはその方面では大変、人気がありますが、私などはYAZAWAを聴くならDoobie Brothersでいいじゃないと思ったりしてしまいます。YAZAWA自身も、バックメンバーを日本人ではなくDoobie Brothersのサポート・ミュージシャンを採用したような時期もあり、これはそういうコンプレックスがあるのかなと勘ぐったりしたこともありました。YAZAWAが人気があるのは、本当は国外にいいものがあるのに、あくまで日本産に拘る視野狭窄の人のために必要な音楽なのかな、と思っていたりしてしまうところもあったので、そういう点ではきゃりーぱみゅぱみゅはには到底、及びません(いや、なんか殺されそうなことを書いているな。正月早々)。YUKIは相当、いいキャラで、私も好きなのですが、それでも日本語ロックをグローバルにするようなインパクトはなかった。そういう風に捉えると、このきゃりーぱみゅぱみゅは、まさにクール・ジャパン的なコンテンツをてんこ盛りにしたようなパフォーマンスと音楽であり、パフィー以来の凄さ、いやある意味でパフィーをも越えるグローバルに通用するポテンシャルを有しているのではないかとも思ったりした次第です。

正月からはちゃめちゃ書いていると思われるかもしれませんし、日本だけでなく、世界的にも一過性の、ロシアのデュオであるタトゥーのように短命に終わるかも知れませんが、日本発のオリジナリティ溢れるコンテンツとしてのきゃりーぱみゅぱみゅは、いやはや日本人としてちょこっと世界に誇れるアーティストかなと思ったりもします。この場合のアーティストとは、きゃりーぱみゅぱみゅ本人だけでなく、プロデューサーの中田ヤスタカもろもろ含んだグループを指しています。

いや、この文章を読んで不愉快に思ったYAZAWAファンは、アメリカ人とかに、YAZAWAの音楽が素晴らしいだろう、日本オリジナルの奥深さがあるだろう、と主張してみて下さい。これは、結構、恥ずかしいことだということに気づかなければ、国際人からはほど遠いということを自覚した方がいいかと思います。日本人がYellow Monkeyと蔑まれるのは、物真似する猿、という文脈もあるのです。
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ノラ・ジョーンズのコンサートに行って、前座バンドのギタリストに度肝を抜かれる [ロック音楽]

ノラ・ジョーンズを観に東京武道館に行く。19時ちょっと過ぎに予定通り、開始かと思ったら前座であった。ウッド・ベース、ドラムス、ギターの3人トリオだ。何だろう、と思っていたら、このギタリストがうねうねした変態的な音を出し始める。ギターの音はメチャクチャ美しい。アンプはジャズ・コーラスか。いや、もっと透明感のある真空管の音だろう。ちょっと分からないが、何しろ音の表現力は凄まじいものがある。ギターはテレキャスか。しかし、やたらペグを回して音程を調査する。こんな危険な奏法、よほど耳に自信があるのだろう。あと、テレキャスだからアームがない筈だが、やたら音を上げ下げしている。どうやって、こういう音づくりをしているかは分からないが、ただ者ではないギタリストだ。後で調べると、ジム・カンピロンゴというギタリストで以前、ノラ・ジョーンズ・バンドで弾いていたこともあるそうだ。なんか、度肝を抜かされた。

一方、ノラ・ジョーンズのバンドでギターを弾くジェイソン・アブラハム・ロバーツは今ひとつである。ギターの音づくりは上手いのだろうが、数少ないギター・ソロが全然、クリエイティブでなく、こういうことを書くと総攻撃を受けそうだが、私でも弾かないような陳腐なフレーズで収めてしまう。つまらない。というか、ギタリストだけに関しては、前座が完全に喰っていたといえるであろう。

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デューク・オブ・セプテンバーを観て、ボズ・スキャッグスのギターの下手さに呆れた [ロック音楽]

パシフィコ横浜国立大ホールでデューク・オブ・セプテンバーを観る。スティーリー・ダンのドナルド・フェイゲン、ザ・ドゥービー・ブラザースのマイケル・マクドナルド、そしてボズ・スキャッグスから成るスーパーバンドだ。

さて、最初はサポーティング・メンバーだけが登場して、ジェイムス・ブラウンのPeople Get Up and Drive Your Funky Soulを歌う。これをバックに3人のデュークスが登場する。そして、The Isly Brothers など50年代〜60年代のカバーを2曲ほどして、マイケル・マクドナルドのI Keep Forgettin’。うぉー、懐かしい。次は初めてフェイゲンがボーカルを取り、マーヴィン・ゲイのTrouble Man。そしてKid Charlemagne。この曲でのジョン・ヘリントンのギターはメチャクチャ格好よい。ラリー・カールトンのオリジナルをも凌ぐ凄まじいソロである。次はボズ・スキャッグスがボーカルを取り、マディー・ウォーターの曲を歌ってミス・サン。その後は、ちょっと忘れてしまったが、数曲後にマイケル・マクドナルドが歌ったIf You Don’t Know Me By Nowは思わず涙腺が熱くなるほどの歌いっぷりであった。いやあ、年は取ったが、マクドナルドのヴォーカルはいいわあ、と改めて感心する間もなく、What a Fool Believes。きますか、やっぱりこれ。という感じで会場も大盛り上がりである。次はフェイゲンがHey Nineteen。ガウチョのアルバムの名曲ですな。ここでもヘリントンのギターは光っていた。次はちょっと私が知らない曲をボズ・スキャッグスが歌って、ジャニス・ジョプリンのではないアリサ・フランクリンのお姉さんのバージョンという解説つきで、ピース・オブ・マイ・ハートを女性コーラスがボーカルで歌う。そしてスティーリー・ダンのPeg。もうイントロで飛び上がるほど気分は高揚する。しかし!である。ウォルター・ベッカーのバッキング・パートをボズ・スキャッグスがやるのだが下手過ぎ。このバッキングは、ベッカーは右手でミュートしながら弾いている。You TubeのPegのインスト版などを観れば分かる。それなのにスキャッグスは、そのままペコペコ弾いていて、リズム・ギターなのにしっかりとリズム感を作り出せていない。しかもである。ジョン・ヘリントンのギター・ソロのところでも、同じ調子でペコペコ弾いていて耳障り、このうえない。ジョン・ヘリントンのギター・ソロを聴かせてくれ!その不要なバッキング止めてくれ、と私は心の中で叫んでいた。と同時に、なんでドナルド・フェイゲンのような完璧主義者がこんな奴にギターを弾かせているのかが不思議でしょうがなかった。もう、ヘリントンと比べると、先生と生徒といったような差がある。しかし、大スターゆえに、ギターが下手でも自分が中心的に弾きたいのだろうなあ。これじゃあ老害だ、と私は思ってしまいました。そして、その後はLowdown, Takin’ It To the Street, Reelin’ in the Yearsと三人がそれぞれの代表曲を歌ってアンコールへ。アンコールはLido Shuffle。そして、フェイゲンは最後に何を出すか。Black FridayとかAjaとかRikki、Babylon Sisters, Josieとかも浮かんだが、何とPretzel Logic。意外ではあったがいい曲だ、と改めて思わせられる名演。ここらへん、マイケル・マクドナルドは元スティーリー・ダンだったことを思い出す。そもそもコンビネーションは抜群なのだ。そして、最後にちょっと皆が踊れる曲を、とのフェイゲンの紹介でスライ・エンド・ザ・ファミリーストーンのThank Youそしてバディー・マイルスのゼム・チェンジス。最後はちょっと意外な終わり方であったが、まあ十分、楽しめた。特にヘリントンの凄まじいギター・プレイを間近で観ることが出来て本当よかった。まあ、そのおかげでボズ・スキャッグスのギターの下手さが本当、際だったが(といっても、私よりは当たり前ですが全然、上手いですが)。

あと興味深かったのは、観客の一部はスティーリー・ダンの曲で結構、座ったり白けたりするものが多かったことだ。私なんかは、もうスティーリー・ダンの曲が目玉だったので、こういう客はよく理解できないが、どうもボズ・スキャッグス目当てで来ているようであった。というのは、スティーリー・ダンの曲とかは白けているのだが、ミス・サンとかで異様にノリノリだったからだ。まあ、人それぞれだし、私もそんなにボズ・スキャッグスは嫌いでなかったのだが、ドナルド・フェイゲンやマイケル・マクドナルド等に囲まれていると、ちょっと粗が目立つなという印象を覚えた。

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グレン・フライ(イーグルス)は、なぜテイク・イット・トゥ・ザ・リミットをライブで歌うのか? [ロック音楽]

グレン・フライは、最近のイーグルスのライブでテイク・イット・トゥ・ザ・リミットを歌っているようだ。テイク・イット・トゥ・ザ・リミットは、当たり前であるがランディ・マイズナーが作詞・作曲した歌であり、彼がメイン・ボーカルを務め、マイズナーがイーグルスを脱退した後に行われた日本でのライブでも、まさにこの曲がクライマックスであった。名曲である。

さて、この曲をグレン・フライはあたかも自分が作ったかのように、イーグルスのライブでは歌っているのが、ユーチューブのライブでチェックできた。私はここで、しっかりとそれをライブでやることで、ランディ・マイズナーに著作権が支払われているかがとても気になるのだ。私は、以前、江東区のイベントでやったへたくそなイーグルスのホテル・カリフォルニアの演奏の映像をユーチューブにアップしたことがある。これが著作権違反だということで、イーグルスからの申し出があり、映像が削除された。演奏が下手なので、公共に害がある、というのならともかくとして、イーグルスが著作権侵害といってきたことには納得できないものがあった。というのは、これはイーグルスの曲ではあるが、今のイーグルスのメンバーがつくった曲ではない。いや、正確には作曲はドン・フェルダーで、作詞がドン・ヘンリーなので、歌詞に関しては著作権侵害との申しだては出来るかもしれないが、日本人がひどい発音で歌っているので、これを英語と解釈できるかどうかも怪しい。そして、歌詞は適当に出鱈目に歌っている。私は、ドン・フェルダーが訴えたのなら、まだ納得する。しかし、ドン・フェルダーはイーグルスを辞めさせられた時に、イーグルスの株の持ち分まで取られてしまっている。ということは、このホテル・カリフォルニアの著作権を主張しているイーグルスって一体全体、何なのか。

ついでに言うと、『ホテル・カリフォルニア』においては、この作詞・作曲のクレジットは、フェルダー、ヘンリー、フライであった。ちなみに、フライはほとんど貢献していないが、ヘンリーが歌詞を考える時に悩んでいたので相談に乗ったことはあるそうだ。しかし、『ヘル・フリーズス・オーバー』では、この順番がヘンリー、フライ、フェルダーとなっている。そのうち、フェルダーの名前が消されるのではないかと心配だ。

さて、問題にしたいのは、このように、もう私のような蚤のような人間にまで、著作権侵害!とか主張するイーグルスというバンドは、自分たちにはどうも著作権には超甘い対応を取っていることだ。少なくとも、テイク・イット・トゥ・ザ・リミットをライブでやるのであれば、「昔の仲間だったけど、俺よりハンサムだったので首にしたランディ・マイズナーが作詞・作曲した曲をやります」くらいのことをしっかりと言うべきであろう。いや、本当に金は払っているんだろうな。「ホテル・カリフォルニア」もライブで演奏する時は、その作曲者としての応分をフェルダーに払っているんだろうな。いやはや、とても気になるのだ。著作権侵害を申し立てられた者としては。

『ホテル・カリフォルニア』というアルバムはロック史上に残るような名作であることは異論を待たないが、このアルバムが素晴らしいところは、コンセプト・アルバムになっているところだ。そして、そのコンセプトは「商業ロック」批判である。しかし、このアルバムが成功したことで、世界の中でも傑出した守銭奴バンドにイーグルスがなったことは本当、残念である。

私が不思議なのは、どうしてジョー・ウォルシュは、こんな糞野郎達と一緒にバンドをしているのだろうか、ということだ。これは私の大いなる謎である。
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ニルヴァーナというかカート・コベーンの偉大さをシアトルにて知る [ロック音楽]

 シアトル・センターにEMP博物館という名前のポピュラー音楽、サイエンス・フィクションを展示している博物館がある。一目でフランク・ゲーリーが設計したとわかるうねうねとした建築である。しかし、ビルバオのグッゲンハイムやロスのウォルト・ディズニー・コンサート・ホール、プラハのダンシング・ハウス、デュッセルドルフのツォルホフのような造形美はあまり感じられず、なんかナメクジのような形状であまり感心しない。

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 さて、このEMP博物館を学会の合間に訪れる。ちょうどニルヴァーナの企画展をやっていた。私はニルヴァーナがデビューをした1989年には既に会社員であり、仕事に追われていたので同時代に生きているのだが、ほとんど知らずに過ごした。1993年にアメリカの大学院に行き、ちょっとまた音楽に関心を持ちつつあった時に、カート・コバーンは自殺する。1994年4月のことだ。ということで、私はこのニルヴァーナの影響をほとんど受けていない。
 そのようなこともあり、この企画展はいろいろと興味深く、刺激的でさえあった。シアトルにおいて、1980年代後半、なぜグランジ・ミュージックが広まったのか。それは、まさに創造都市的な機能がこの都市、およぶ周辺地域において働いていたからだということが分かった。
 そして、カート・コバーンが高校時代に描いた絵なども展示されていたが、それらの絵からは、彼に類い希なる芸術的才能が潜んでいることが見て取れた。アバーディーンという寒村ともいえるような町において、このような天才が生まれたこと、そして、その天才の華を開かせるような土壌が当時のシアトル周辺地域にはあったのである。そして、その天才は周辺の才能をも刺激し、パール・ジャム、アリス・イン・チェインズ、サウンドガーデンなどを輩出することになる。また、ニルヴァーナのドラマーであったデイブ・グロールはフー・ファイターズを結成し、現在も最前線にいる。

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(カート・コバーンの高校時代の絵)

 まあ、そのようなことが理解できて大変、勉強になったのだが、こうやって社会現象はともかくとして、人生が編集されてしまうことは結構、乱暴で恐ろしいことであるなと思ったりもする。中学の友人の兄が自殺した時や、同僚の教員が事故死した時、彼らの親が彼らの人生を編集したアルバムを作成し、知人に配布した時のような違和感を覚えてしまったりもする。ちょっと、カート・コバーンに同情したりもするが、それがスターの宿命なのかもしれない。

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東京事変の解散コンサートの最終日を日本武道館へと観に行く [ロック音楽]

東京事変の解散コンサートのラス日に行く。日本武道館だ。2階席だが、真っ正面の南でF列。悪くない。椎名林檎のファンクラブに長年、入っていたことが報われたと嬉しく思う。

さて、コンサートは開演時間から15分ぐらい遅れて始まった。最初の曲は「生きる」。おお、いきなり「生きる」から始めるか。ドラマティックに歌い上げて、その後、アップビートへと展開する「スポーツ」の一曲目でコンサートは幕を開ける。二曲目は「新しい文明開化」。ディスカバリーのコンサートでは、アンコール曲であった、このノリノリの曲を二曲目に持って行くとは、さすが解散コンサートだ。鳥肌が立つように興奮してくるのが分かる。三曲目は、しかし「カラーバー」のアルバムの「今夜は空騒ぎ」。ちょっと、ノリの小休止という感じだ。水を差された印象を受けるが、次は「オスカ」。私の好きなタイプの曲ではないが、それでもノリは戻ってくる。4人の踊り子が出てくるが、なかなか舞台を盛り上げる。「FOUL」を経て、「シーズンサヨナラ」。「シーズンサヨナラ」では、猫さんがバイオリンをステージの真ん中で弾く。格好いいわあ。「シーズンサヨナラ」ってこんな名曲だったんだ。いやあ、やっぱり来てよかった、というか生きててよかった、とまで思わせるライブだ。と思っていたら、「海底に巣くう男」。おいおいおい、解散コンサートでこの曲かい?この曲が終わると椎名林檎がピアノの前に座って弾き始める。伊澤一葉が真ん中で歌い出す。「怪ホラーダスト」だ。曲は悪くないけど、解散コンサートにこの曲?さらに刃田作詞・作曲の「ほんとのところ」。これは、間違いなく東京事変の最底の曲だ。出だしの盛り上がりは、ここで完全にしぼむ。そして、「saita」。もう、これは普通の東京事変のコンサートである。と落胆したら、「能動的三分間」が始まる。これまでのコンサートで現れてきたデジタルの時計が今回はない。そして、「修羅場」。久しぶりに聴くけど、これはなかなかの名曲じゃないか。浮雲のアコースティック・ギターのアレンジはめちゃくちゃ味がある。少し、機嫌が回復したら「絶体絶命」。これは、ディスカバリーのコンサートでは披露しなかった曲だが、もう素晴らしい出来だ。大いに感動する。とはいえ、この曲は、バックの演奏はなく、椎名林檎のソロ。そして、次は「アイスクリームの歌」。昭和35年につくられた曲だ。椎名林檎以外のメンバーが歌う。亀田師匠の歌が下手。なぜ、コーラスを取らないかを理解する。まあ、しかし、ここらへんは愛嬌でカバーである。そして、椎名林檎が楽曲を栗山千明に提供した「おいしい季節」。これは椎名林檎が歌うのは初めて聴くが、素晴らしき名曲だ。そして、「女の子は誰でも」、「お祭り騒ぎ」。「お祭り騒ぎ」は椎名林檎エキスポでも演奏されていた。椎名林檎、この曲好きなのかなあ。踊り子が阿波踊りのような踊りを披露するが、なかなか面白い。次は「天国へようこそ」。そして、「タイムカプセル」。結局、「カラーバー」に収録された曲は全曲、披露された。これは、解散コンサートというコンセプト的には、個人的には納得できない。とはいえ、ここからはエンディングに向けて、大いに盛り上げていく曲が続く。「電波通信」、「閃光少女」、「勝ち戦」、「キラーチューン」。いやあ、キラーチューン、いいわあ。亀田師匠の曲は、林檎嬢の曲に比べると、今ひとつの印象を持っているのだが、「キラーチューン」は別格だ。そして、アンコール前は「空が鳴っている」。まあ、悪い曲ではないが、最後の曲としては、ちょっとズレを感じない訳ではない。東京事変で数々の名曲を世に出してきて、アンコール前とはいえラストが「空が鳴っている」というのは、納得しにくい。

さて、アンコールの一曲目は、「丸の内サディスティックス」。イントロのコード弾きでもう涙もんです。いやあ、生きててよかったあ。そして、「群青日和」。さらに最後の曲は「青春の瞬き」。またもや、栗山千明への提供曲である。素晴らしい曲ではあるが、東京事変というバンドの解散コンサートの曲に最後に持ってくる曲なのか、という疑問が湧く。さて、そして二回目のコンサートでは「透明人間」。最後に「またあなたに会えるのを楽しみに待ってさようなら」の言葉で終わる。

ううむ。素晴らしいコンサートではあったが、東京事変の解散コンサートのラス日であることを考えると、ちょっとどうかな、とも思わないでもない。やはり「スポーツ」からの選曲が多い。私も「スポーツ」は東京事変の最高傑作であると考えるものなので、納得だ。個人的に入れてもよかったのではと思う曲は、「ドーパミント」、「遭難」、「少女ロボット」、「秘密」、「化粧直し」かな。個人的に入れて欲しかったのは「落日」。まあ、ここらへんはカラーバーの曲を省いたら入れられただろうから、そういう点では残念。結構、感情的なものがメンバーから出てくるかなとも期待したが、極めて淡々とビジネス・ライクにコンサートは進展し、そして終わってしまった。8888円の価値は確実にあるけど、解散コンサートというイベント性を商品にされてしまったという気がしないでもない。

とはいえ、最近、林檎が栗山千明に提供した2曲を改めて聴いて、彼女の才能がまだまだ枯渇していないことも確認できた。私は、東京事変のファンではなく、椎名林檎のファンであるからにして、今回の解散コンサートもそれほどショックではない。椎名林檎が生きていて、椎名林檎がまた心を震わせるような、これまで聴いたこともないような曲を創造してくれることを期待して、コンサート会場の武道館から帰路に着く。

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東京事変のコンサート・チケットをインターネットで応募していたら、発狂しそうになる [ロック音楽]

東京事変の解散コンサートのチケットを確保しようと、インターネットで応募しようとした。応募を受け付ける期間は13日の12時からだ。12時からインターネットで応募し始めたのだが、アクセスが集中し過ぎてウェブサイトが開かない。しばらく試していたが、用事もあるので、また後でやればいいやと放っておいた。さて、17時くらいから、今ならさすがにアクセスできるだろうと思い試してみたら、思い通り、アクセスできた。しかし、その後、自分の情報を入力して、「次へ」を推すと、アクセスできない。なんだこれは、と思いつつ、諦めずにまたトライする。すると、今度はちょっと先まで行けた。さて、しかし、クレジット・カードの番号を入力して、次のウェブサイトに行こうとすると、また「アクセス集中のため、しばらく経ってから再度接続してください」などといった文面が出てくる。えーっ、何だこりゃ。と思いつつ、また試みる。すると、今度は二回目でアクセスできなくなった。

しかし、こうなるとこっちも意地である。何回も試みて、もう自分の情報を30回くらいは入力した時点で、馬鹿らしくなってくる。まるでファンの忠誠心をこれで測っているのか、と訝しく思うほどの理不尽さだ。そんなにまでして観なくてもいいかもな、という合理的な考えが頭をよぎったりもする。何回も拒絶されつつも、ひつこく同じように自分の情報を入力し続ける。クレジット・カードで購入しようとすると100%拒絶されることなども、経験的に分かってきたので、セブンイレブンでの購入にするなどして、なるべく先に行けるようにと工夫をしたりしていた。一番、悔しいのは、コンピュータが読めないような書体の乱数字を、最後の確認で打たせるのであるが、その先に行くページで「アクセスが集中するためページが開けません」と出てくることである。もう、本当、途方に暮れる。そんなことが5回はあった。しかし、もうほぼ諦めようとしたら最後のページまでたどり着くことができた。応募が出来たのである。

ぴあはもっとしっかりとしたサーバーを確保すべきだ。

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