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新著『ドイツ・縮小時代の都市デザイン』発刊 [都市デザイン]

新著を2年ぶりに出す。『ドイツ・縮小時代の都市デザイン』というタイトルで学芸出版社から出版される。これは、私が2002年頃から細々とドイツの縮小政策をとりまとめてきたものを一冊に整理したものである。それから14年間。実は出版社に企画書が通ったのが2008年であるから、本当に仕事が遅い。


ドイツ・縮小時代の都市デザイン

ドイツ・縮小時代の都市デザイン

  • 作者: 服部 圭郎
  • 出版社/メーカー: 学芸出版社
  • 発売日: 2016/04/07
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)



さて、そこで出版を記念して、本に紹介できなかったエピソードを少しずつ、時間があれば紹介したいと思う。

ライプツィヒにグリューノウという団地がある。1990年に8万人近くあった人口がほぼ2010年には半減したニュータウンである。しかし、昨年、ようやく人口が反転した。ようやく縮小が止まったのである。

さて、このグリューノウにおいては、縮小が進展していた時でも積極的に投資をしようとした人が存在した。その象徴となるような人は第8地区の薬局のオーナーである。彼は、旧西ドイツの出身であったが、第8地区において撤去政策が遂行されている最中、この地区の有するポテンシャルに気づき、ここに薬局とさらにその後、クリニックを新設する。これは、彼がこのような医療サービスの需要が第8地区にあるということに気づいたためであり、この事業は現在までも問題なく営業が続けられている。クリニックのある建物には、幾つかの住宅も設置したのだが、それらは建物が完成する以前にすべて借り手が決まったほど人気があった 。彼をドンキホーテと見た人達がほとんどだったが、人口が反転した今は、彼は天才のように思われている。将来を俯瞰する洞察力と現状をしっかりと理解する分析力が、縮小という変化に富む時代には求められていることを改めて気づかせてくれる。





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武雄図書館を訪れ、公共性について考えさせられる [地域興し]

 武雄図書館を訪れる。2000年に佐藤総合計画が設計し竣工した図書館と歴史資料館を改修し、TSUTAYAを運営するカルチュア・コンビニエンス・クラブが指定管理者として参入し,2013年4月から運営を行っている。その時、開架書庫閲覧室の増床、2階バルコニーの新設などの改修を行っている。カルチュア・コンビニエンス・クラブが指定管理者となった後、蔵書の入れ替えに伴う貴重な歴史資料等の廃棄・除籍、および選書に対しての批判が高まっていた。私も、おそらく武雄図書館に訪れたら否定的な意見を持つであろうと思いつつ、武雄図書館に向かった。武雄図書館は武雄温泉駅から歩いて15分ほどの場所にある。目の前は夢タウンで、つくづく地方中小都市の中心は鉄道駅ではなく、ショッピング・センターであることを改めて思い知らされる。それなのに、コンパクト・シティを推し進めようとしている中央政府は、鉄道駅を都市の中心に位置づけようとしているのだ。愚かにも。閑話休題。
 さて、武雄図書館の第一印象は、なかなか趣のある素場らしい公共建築だな、ということである。佐藤総合計画は九州の建築設計事務所であるが、地元でこのような建築作品が多く生み出されるのは素場らしいことであるな、と感心する。また、武雄図書館はTSUTAYAの指定管理事務所が決まった後、つくられたのかと思っていたのだが、そういう訳では決して無く、既存の施設を改修しただけということを知った。ハコモノ行政ではなかったのである。
 実際、訪れた印象は、街中にある、規模の大きいお洒落な本屋である。私が奉職する大学の図書館なんかとは蔵書がまったく違う。基本、お洒落系の雑誌等が主体である。青山ブックセンターのような感じである。スタバも入ったりして、こんなお洒落空間が図書館であっていいのか、民業圧迫なんじゃないか、と東京であれば思ったりするが、ここ武雄市は圧迫する民業もないかであろう。お洒落な居心地のいい空間を公共がつくることは別に悪いことではないだろう。また、確かに貴重な歴史資料等が廃棄されたことは大変な問題ではあるが、それはむしろ佐賀大学などの公共の大学に収納していた方が使い勝手はいいかもしれない。市民の図書館として、この武雄図書館は遙かに市民のニーズに合致しているかもしれない。しかも、武雄市のような5万人程度のマーケットしかない都市では、民間はこのようなニーズに対応しない。そこで公共が、それを補うというのは悪くないかもしれない。
 公立図書館の多くは、官営図書館になってしまっている。したがって、公共サービスといった意識は、皆無であるし、仮に職員が持ったりすると、組織から弾劾される。結果、誰も利用しないような公立図書館だらけになってしまう。そのような状況に風穴を開けた、という点ではこの武雄図書館は結構、興味深い事例であるし、この武雄というまったくもって魅力が感じられない中途半端な都市には、一服の清涼剤のような場所となっている。私が高校生で武雄に住んでいたら、この図書館によって救われたかもしれない。そういう場所を、民間がつくれなければ公共がつくるという発想はそれほど間違っていないように思うし、私は訪れる前より遙かにポジティブな気分でこれを評価したいと考えた。そもそも、公共図書館がしっかりとしていれば、カルチュア・コンビニエンス・クラブが指定管理者になるような事態も起きなかった筈である。日経新聞は「本が泣いている」と批判したようだが、そもそも、利用率が市民の2割以下の図書館に置かれている本こそ「泣いている」と私は考えるようになった。実際、現地に行くと、大きく考え方が変わるということを実感した武雄図書館の視察であった。
 
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エアフルトに泊まる [地球探訪記]

コットブスから、翌日の朝9時までにフランクフルト空港に着かなくてはならない。コットブスからだと始発でも無理だ。本当は、その日のうちにフランクフルトまで行きたかったのだが、フランクフルトのホテル代がべらぼうに高いので、その途中にあるエアフルトのホテルに泊まる。エアフルトまで行けば、朝6時の列車に乗れば間に合う。エアフルトは2回目である。

私のドイツ人の都市計画家の友人に以前、「ドイツで一番好きな都市はどこか?」と尋ねたことがある。ちなみに彼はドイツの都市を隅々まで知っているような造詣の深い都市研究者である。私はどこだろう?大都市であればベルリン、50万人クラスだとブレーメン、住んでいたこともあるがデュッセルドルフ、シュツットガルト、ドレスデン、20万人クラスだとレーゲンスブルク、ミュンスター、ハイデルベルグ、フライブルクとかであろうか。さてさて、このドイツの都市の専門家が何と答えるかとわくわくして気構えると、彼は「エアフルト」と答えたのである。え!エアフルト。私はこの答えがとても意外であった。エアフルトといえば、クリスマス・マルクトと2つの塔のある教会と、橋が有名なくらいである。私は訪れたことがあったが、それほど感動はしなかった。まあ、これはその前後にアイゼナッハとかヴァイマールを訪れていたからかもしれない。
 さて、しかし、久し振りに訪れたエアフルトは、なんかとてもいい感じに映った。以前、訪れた時に比べて都市デザイン事業が随分と進んでいて、日が暮れていたこともあるが、なんか19世紀に戻ったかのような雰囲気である。戦災を受けなかったチューリンゲン州の都市群は本当に素場らしい都市景観を有していることを改めて気づかされる。今回は、寝るだけで訪れたが、今度、機会があればゆっくりと訪れたいと思う。

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タグ:エアフルト
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フランクフルトのメッセ開催時のホテルの高さは尋常ではない [地球探訪記]

 フランクフルト空港からの午前中の便で帰国する。ということでフランクフルトに前泊しようとしたら、ホテルが尋常ではなく高い。シュタインバーガー・ホテルなど1泊16万円である。他も軒並み8万円ぐらいだ。その前日にコットブスのホテルは6000円前後である。これは馬鹿らしい、と考え、他の都市に泊まり、早朝、フランクフルト空港へ向かうことにした。さて、問題はどこに泊まるかである。
 フランクフルト空港には9時には着いていたい。そうするとコットブスは始発で出ても到底間に合わないので、なるべくフランクフルト空港の近くまで移動するべきである。ゲッティンゲンとかカッセル辺りで探していたが、エアフルトとゲッティンゲンとはフランクフルト空港からだとほぼ等距離であることに気づいた。コットブスからだとゲッティンゲンよりエアフルトの方が近い。ということで、エアフルトで一泊し、朝の4時30分に起きて、6時発のICEでフランクフルト空港に向かった。エアフルトのホテルも結構、高くて1万8000円したが、フランクフルトのホテルに比べれば遙かに安い。ちなみにICEはエアフルトでは空いていたが、フルダを過ぎたらほぼ満席であった。皆、フランクフルトのメッセに向かっているのであろうか。

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難民をまるで危ないものを見るように思ってしまう日本人 [グローバルな問題]

「日本の家」には、知り合いの日本人を連れて行った。シリアの難民がいるので、あそこに難民も来ているよ、と教えてあげたら、まるで危ない人がいると言われたような反応をしたので、私もちょっと驚いてしまった。別に難民は危険な訳ではないし、シリア難民でドイツに来られて生活をしているのであれば、相当、裕福であるし知的レベルも高いはずである。まあ、この知り合いほどは賢くはないかもしれないが、平均的な日本人よりはしっかりしている筈だ。さて、ここで指摘したいのは、この知り合いを批判しようとしている訳では決してなく、ドイツやアメリカでもそうだが、世界的にはタブーであるような差別的意識を多くの日本人が平気で抱いていることに関しての杞憂だ。
 日本人の、特に団塊の世代とかに共通して見られる差別意識として、黒人は危ない人達であるというものがある。先日も、アメリカのある地域が貧困であることを指摘するのに、無邪気に黒人が多い、とかを外国人に述べていた日本人の学者がいたが、こういう指標を使うのは相当、気をつけないと行けない。少なくともカラード・ピープルとかマイノリティとか言って、ブラック・ピープルという言葉を避けるのがエチケットであると思われる。私とかは、あなただって非白人で変な英語をしゃべる人にしか見られていないのにな、と心の中でそういう発言を聞くと思ってしまう。
 支配層にある白人に媚びている気分もあるのかもしれないが、そういうのは、よほど親しくても有色人種としては言わない方がいい。移民とかも難民とかも、我々がドイツ人に対してとかく意見を言う筋合いはない。難民をほとんど受け入れない国が、積極的に受け入れる国に何を言うことができるのか。
 ちなみに、私がどうして、こういう考えを有しているか、というと外国で生活をすることを余儀なくされたからである。前述したような考えをもって、外国で生活することはほとんど不可能である。現地の人とある程度のネットワークと信頼を勝ち得ようとするのであれば。

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ライプツィヒの「日本の家」のご飯の会に参加する [都市の鍼治療]

 ライプツィヒの衰退地区、ライプツィヒ・オストに「日本の家」というNPOが運営するコミュニティ・ハブのようなものがある。この地区には移民やら、最近では難民やらが増えているのだが、彼らがドイツ・コミュニティと接触する貴重な機会をこの「日本の家」は提供しているのだ。この「日本の家」はドイツ在住の若い女性の建築家と、ライプツィヒ周辺で生活している日本人達とで運営されている。
 なぜ行政でもできないような移民とドイツ社会との自然体での交流の場を若き日本人が実現できたのだろうか。これは、私は映画のネタになるような素場らしいストーリーであると思うのだが、肩肘張らずに自分達ができることを等身大でやってきたからだと思う。そして、アイデアがいい。とりあえず彼らが定期的に実施しているのは「ご飯の会」である。これは、土曜日の夜にご飯を提供する会で、2ユーロ50セント以上の寄付金を払えればご飯が食べられるという企画である。ちょうど土曜日にライプツィヒにいたので、訪れてみたのだが、本当80人近くの人達が訪れて、ここかしこで交流をしていた。ちょっとしたパーティーのようだ。そこには難民の人もいれば、近くに住んでいるなぜか日本語がぺらぺらのサウジアラビア人の女性もいた。本当、着眼点も素場らしいが、それをここまで定期的に維持させている根性も評価されるべきであろう。協調性が巧みな日本人の特性が、うまくこのライプツィヒという場で花開いたという感じである。ライプツィヒ・オストという属性や偏見によってつくられた壁のある地区において、見事に壁を壊した。感心することしきりである。
 
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これは、私もホームページで紹介しているので、宜しければご参照下さい。
http://www.hilife.or.jp/cities/?p=870

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ライプツィヒのシュピネライを再訪する [都市の鍼治療]

 ライプツィヒに来ている。日本人の知り合いも一緒である。なぜか私がガイドすることになったので、シュピネライを訪れた。もうライプツィヒはおそらく15回くらい来ていると思われるのだが、いざ、誰かを連れて行くとなるとあまり知っていないことに気づく。ということで安直ではあるが鉄板でもあるシュピネライに来たのである。
 シュピネライではツアーガイドがいる。一人11ユーロであるが、ガイドなしでここを見回るのは無理なので有り難い。さて、シュピネライはヨーロッパ大陸最大の紡績工場が一大アート・センターに変容した事例である。現在では120のスタジオが開設しており、150人の雇用が創出されている。このきっかけとなったのは、ライプツィヒ出身の有名画家であるネオ・ラウフがここにスタジオを設けたことである。ネオ・ラウフは一枚の絵が7500万円とかで取引されるそうである。絵ってそんなに高いんだ。こんなに高く買ってもらうのであれば、みんなもっと絵描きを目指してもいいんじゃないか、などと思ったりする。閑話休題。
 そしてネオ・ラウフがスタジオを設けたということで多くの画家がここにスタジオを持ちたがるようになり、2005年頃にはライプツィヒ中のギャラリーがここに集まってきたそうである。
 この紡績工場はカール・ハイネというライプツィヒの有名な企業家がつくったのであるが、住宅、病院、クラインガルテン、墓地まで揃えた「都市の中の都市」として機能する。ほとんどの従業員は女性であった。1920年代は14時間労働であったが、不況を経て10時間労働へと短縮された。タンザニアやブフンディといった植民地の人々もここで働いていたりした。当時の写真をみせてもらったが、ドイツ女性の中に黒人の女性が交じっていた。
 東ドイツに分かれてからは、この工場は政府に没収された。政府の管理下で工場は運営されたのだが、当時は女性2000人が働いていたそうである。東ドイツの仕事の中ではそうとういい条件だったようだ。チャイルド・ケアの施設が工場内にあったのだが、そこでは月曜日の朝に子供を預けて金曜日の夕方に受け取っていたそうだ。つまり、子供と時間を過ごせるのは週末だけのようだが、これは働く女性にとってはとても有り難いことだったそうだ。こういう感覚はちょっと日本人にはないような気がする。私も抵抗があって聞いていたが、これは働く女性の大変さを理解していないから出てくる感情かもしれない。また面白いのは、東ドイツ時代、ここでつくられた製品は旧西側に輸出されて外貨を獲得していたということだ。
 ここは東西ドイツが統一された後もしばらくは紡績工場として生きながらえていた。しかし、競争力もなく倒産。その後、ケルンの投資家がここを購入する。紡績工場の備品などを海外などに売ったりしていたのだが、4人のパートナーから構成される企業がこの投資家から買収。そして今にいたるそうだが、ライプツィヒや社会主義の歴史を感じることができ、また巨大工場という産業遺産を体験でき、さらにはアート・シーンの最先端の雰囲気を感じることができる。
 ライプツィヒでも目玉的な観光スポットであると思われる。ただ、ガイドに「以前も来たよね」と指摘された時は気まずかったが。
 
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ドイツ人の研究者達と打ち合わせをして圧倒される [グローバルな問題]

 ライプツィヒにてドイツ人の研究者達と共同研究の打ち合わせをする。ドイツ側は7人である。そこには、研究所の所長もいた。さて、テーマは既にできている論文の案に関して、最終提出する前にいろいろと意見を出し合うということであったのだが、皆、非常に積極的に発言をする。若手もどんどんと意見を述べる。結構、皆、しっかりと傾聴している。納得がいかなければ所長の意見に対しても反対であると述べる。反対された側も納得がいかなければ反論をする。しかし、お互いが意見を出し合って、最終的にそのコミュニティとしての方向性を導こうとする。大変、建設的でドイツの凄みを知った思いである。
 私の意見も結構、聞いてもらえた。ただ、皆、この会議のために相当、予習をしていたが、私を含めて日本人サイドは予習をほとんどしていなかったために、あまり議論に参加できなかった。この点も反省すべきところだ。あと、このレベルでの会議になると英語はほとんどネイティブでないと無理かもしれない。私のように海外で10年近く生活しているとどうにか対応できるが、そうでないと議論に参加するのは難しいかもしれない。それほど議論をするレベルでの言語というのはマスターするのが難しいと改めて思わされる。また、マスターをしたとしても、この議論をしっかりとやるための流儀や予習をしっかりとすることなども必要であり、これはぬるま湯の研究環境に置かれている日本人にとっては辛いことなのではないかと思う。
 日本とかだと、ちょっと反対意見をされると面子を潰されたと立腹する人が多い。そういう立腹する人が、結構、国際派を謳っていたりするから私としては不思議である。おそらく日本に向けての国際派ということなのであろう。真の国際派は、そういうことを超越していると思われる。ただ、話に中身が伴わないとダメである。しっかりとした意見は、自分に都合が悪くても受け入れる。そして、コミュニティとしての最終的な判断とする。多くの対立を戦争という愚かな手法で解決しようとしてきた長い歴史への後悔が、このような対話術をつくりあげたのかもしれない、と思わせるほど今日のドイツにおける会議は見事であった。学ぶところ大である。
 

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ウィーン空港への鉄道でのアクセスは面倒臭い(ウィーンの空港直結列車CATの市内側の駅は本当に分かりにくい) [地球探訪記]

ウィーンに来た。ウィーンでのホテルはシュテフェン・ドームのそばという好立地であった。行きは疲れていたこともあり、安易にタクシーで行った。43ユーロぐらいであった。帰りは流石にお金がもったいないこともあり、鉄道で空港まで行くことにした。ウィーン・ミッテというリングシュトラッセの外側にあるターミナルから、空港への直結鉄道CATが走っている。成田エクスプレスのようなものだと思われる。さて、ウィーン・ミッテまでは地下鉄で行った。地下鉄で行き、国鉄のホームで切符を空港まで購入する。次の電車まで10分はある。余裕だ。空港への直結鉄道は5番線ホームと書かれている。ということで、5番線ホームを探したのだが、5番線ホームはない。おかしいな、とホームの先を見ると、5番線ホームという矢印がある。安心して矢印の通りに階段を上がるとショッピング・モールに出てしまった。インフォメーション・センターのお兄さんに「5番線はどこ」と聞くと、まっすぐ行って右、と教えてくれた。これは分からない。余裕だと思った10分も既に3分になっている。ショッピング・モールの途中に、あたかも店舗のような感じで駅の入り口はあった。デザイン間違っているだろう。急いでホームに降りようとしたら、エスカレーターは上りのみである。トランクを持って階段を駆け下りたが、空港直結の電車としてはエスカレーターを上下設置していないのは間違っているだろう。とはいえ、どうにか列車には間に合った。なんと、ノンストップで空港まで16分である。ここまで来るのには不便だが、乗ってしまえば楽だ。さて、検札が来たので切符をみせると、その切符じゃダメだ、と言われる。そうか、失敗したな、と思い「どうしたらいいですか?」と尋ねると、「私から購入すればいい」と言われる。そして、「後で来るから」と言って去ってしまった。すぐ戻ってくるだろうと思っていたのだが、いつまでも戻らず、空港に着いてしまった。そうか、空港駅のホームで徴収するのだろうな、と思っていたら、私より先にエスカレーターで上の階に行ってしまった。結局12ユーロのところを4ユーロぐらいで行けてしまった。適当だなあ。しかし、CATで市内に入る人はともかく、空港に行く人は気をつけた方がいい。相当、分かりにくい。

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スター・ウォーズを観て、宇宙人などのキャラのデザインを円谷プロに発注すべきだと思う [映画批評]

 スター・ウォーズの最新作「ウェイク・オブ・フォース」を観る。悪と正義とが交叉する、キリスト教的な絶対的な価値がないところが、スター・ウォーズの物語性のいいところである。スター・ウォーズの第一作で出てきたレイア姫やハンス・ソロ、スカイウォーカーなどが年を経て出てくるところは、私のように40年前にスター・ウォーズを観たものにとってはちょっと嬉しいが、レイア姫とか本当に普通のおばさんになっていて、お姫様のこうカリスマがほとんどなかった。というか、レイア姫の時点でまったくオーラがなくてミスキャストだと思っていたが、まあ、おばさんになっても王女的な権威がなくて、校長先生ぐらいのカリスマしかない。それに比べるとハンス・ソロのハリソン・フォードは毅然としていて格好よかった。
 さて、ストーリー的には実はそこそこ楽しめたのだが、何しろ宇宙人やロボットのデザインの悪さが相変わらず個人的には気になる。中学生の時に見た時にもC3POのだささには呆れたが、最新作でもまったくロボットも宇宙人もイケテいない。というか、魚とは虫類から発想し過ぎである。私を始めとした日本人はウルトラマンやウルトラセブン、仮面ライダーなどで素場らしく創造的で格好いい宇宙人や怪人などに見慣れているので、スター・ウォーズの宇宙人のダサさが本当に気になるのである。ペガサス星人やバルタン星人、ジャミラ、エレキングのような、こう衝撃的で脳裏に残るような宇宙人を是非ともデザインして欲しい。というか、デザインできないのであれば円谷プロとか日本人に外注すべきである。円谷プロが存在するかどうか分からないが、本当、スター・ウォーズを観るといつもここが一番気になる。こういうことを指摘する人を私はあまり知らないので、ここで記させてもらう。


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日本に駄目出しを連発したフランス人と会話をする [グローバルな問題]

成田空港に京成線で向かう途中、押上駅でどの列車に乗ってよいか分からず迷っていた外国人の男性に、何を探しているのかと尋ねると、成田空港に行く列車が分からない、というのでじゃあ一緒に行こうと成田空港駅まで連れて行った。このところ、極度の寝不足であるのだが、座れることもできなかったので、ちょっと道中、会話をしたが、けっこう面白い意見を述べていて興味深かった。寝不足でなければもっと会話が弾んだろうに、今、これを書いていると残念な気分になる。

このフランス人はジュネーブのそばのフランス側の出身で、旅行がどうも趣味らしい。東京を皮切りにソウル、広島、京都、大阪を訪れる計画のようだ。フランス人からすると、東京とソウル、京都が同じ観光ルート上にあるというのがまず興味深い。我々だって、フランス行ったら、ちょいとドーバー海峡を渡るのは自然だと思われるが、自国でそのようにちょっと韓国に行って、また日本に戻ってくるというのは結構、新鮮な気分になる。

このフランス人は、日本はテクノロジーが発達していて、進んでいるというのを聞いてきたが、全然、進んでいなく、フランスより遅れているということを主張していた。ふうむ。どこでそう思うのかと聞いたら、CD屋、DVD屋があることだと述べた。今時、フランスではダウンロードが当然であり、CDやDVDなんてスーパーマーケットにしかないと言う。あと、ゲームセンターに40代以上のオヤジがいてあり得ない、と言っていた。フランスだったら、20歳以上はゲームセンターには行かない。日本人は何が楽しいのか、と馬鹿にした口調で言っていた。私はちょっとこれには納得できなかったが、こういう風に書いていると、もしかしたら彼はパチンコ屋のことを言っていたのかもしれない。まあ、総じて日本に来てがっかりだ、という気分のようである。

ちょっと一理あるけど、誤解が多いかなと思わなくはないけど、こういうように他国の人が日本をどう思っているのか、その本音を聞けるのはなかなか楽しいことである。

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過度のストレスによる自分の身体の変調を客観的に分析してみる [その他]

 人生初めてくらいの緊張によるストレスを感じている。このような状況に置かれると、身体が変調を来す。なぜ、ストレスを感じて身体が変調を来すのかはちょっと興味深いのでここに記させてもらう。ストレスの原因はちょっと書きたくないし、おそらく書けないので書かない。
 まず、動悸がする。そして、動悸が続く。寝るときは動悸でなかなか寝付けない。朝、起きても動悸が続いていたので、もしかしたら寝ている間、ずっと動悸が続いていたのかもしれない。私はあまり動悸をしないタイプなので、ちょっと心配になる。これがより激しくなったらパニックになるのかもしれないが、現時点では、それほど酷くはなっていない。
 あと圧倒的に眠れない。しかし、眠い。眠いのに眠れない。これは辛い。したがって、いつも眠い状態が続く。たまにちょっとの時間、眠れたりするがまた起きてしまう。あと、睡眠もそうなのだが、1つのことを続けてできなくなる。集中力が著しく減衰するのだ。今、機内でこれを書いているのだが、すぐ他のことに気が行ってしまい、この文章を書き続けるのも難儀となって、しょっちゅう中断する。しかし、中断しても何か他のことをする訳でもなく、休むだけである。
 加えて、頭がボーッとする。そして、なんか頭に霧がかかった状況が続く。これは以前、サラリーマンをしている時にも似たような状況を体験したことがあるが、久し振りだ。当時も何か身体がおかしい訳ではなく、ストレスによる体調の異変ということだったのだな、ということを知る。逆にいえば、こういう状況になっても身体に何か問題がある訳ではない。ストレスをなくせば、症状も改善するであろう。
 さらに、頭がボーッとしているのと関係があるのかもしれないが、手が常にしびれているような状況にもなる。手に力が入らないのだ。
 また、身体が冷える。おそらく低血圧になっているのではないだろうか。頭がボーッというのは高血圧なのかもしれないが、ちょっと身体が冷えて、常に寒い。これはもしかしたら、食事を摂らなくなっているからかもしれない。何しろ食欲は本当に出ない。私は小さいが結構、大食いの部類だが、その私が本当に食べなくなっている。食欲はないが、無理矢理食べているという状況だ。しかし、それでもホットケーキ1枚、サンドイッチ一切れぐらいが限界だ。
 サラリーマンで超多忙だった時、ストレスから身体に変調がみられたが、それはどこか身体が悪いからだろうと心配であった。しかし、現在の身体の変調はストレスが明らかに要因なので、逆に安心だ。まあ、そのストレスが除去されるまでは、しばらくこの状況が続くだろうが、そのうち消えるであろう。まあ、などと余裕をこいているが、この状態が2週間ぐらいは続いたら検査をしてもらわないと不味いかもしれない。今はまだ3日ぐらいしか経っていないので様子見だ。などと書きつつ、ヨーロッパに向かっているのだが。大丈夫なのだろうか、私?


タグ:ストレス
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できるだけ何もしたくない若者が増えている? [サステイナブルな問題]

 最近の大学生をみていて気づいたことは、何もしたくない若者が増えていることである。生きる気力がない、というようなアパシー状態がずっと続いていて常態になってしまったような若者が多いのである。まるで大学四年生まで5月病が続いているかのような感じである。
 最近、私のゼミに入りたがる学生が減っている。それは、私のゼミが忙しいからである。何もしない、あまり勉強しない、そういうゼミに人が集中する。したがって、昔の人気ゼミは人が来なくなっている。倍率が高い中、勝負するより手堅く入れるゼミに応募する。そういう意味では、ゼミには入りやすくはなっているが、それじゃあ何のためにゼミに入るのか。学生達が、大学とかゼミとかを無目的化しているのだ。やる気がない先生のゼミの方が人気がある、というこの不思議。いや、昔からそのようなニーズはあったのかもしれないが、それがマジョリティに現在はなりつつあるような気がする。単に、うちの学部の学生達のレベルが落ちただけかもしれないが。
 このような学生達は、「何もしないことが幸せ」のようである。美味しいものも追求しない。お腹が満たされればいいのだ。恋愛も当然、面倒くさいからしない。生き甲斐みたいなものを追求するという考え自体がうざったいようなのだ。
 さて、そして、このような学生が卒業後、どうするのか。どうも公務員を目指しているようなのだ。一番、楽な仕事と思っているようなのだ。いや、公務員も相当、大変な仕事だと思うのだが。
 まあ、競争心に溢れた鬱陶しい団塊の世代よりはちょっといいかもしれないが、そろそろ、日本が無くなる日も近づいているのかもしれない。

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