SSブログ

ブラジリアで自動車を運転していて、分かったこと。 [都市デザイン]

ブラジリアで5日間ほど自動車を運転して、よく分かったことは、自動車優先都市は、歩行者にとってだけでなく、自動車を運転するものにとっても悪夢であることだ。どこが悪夢か。まず、信号がないことは悪夢である。ブラジリアは、ルシア・コスタの案から、自動車が止まらずに円滑に移動できることを実現させるために、信号を設けないようにした。この結果、クローバー型のインターチェンジやラウンドアバウトがたくさんつくられることになったのだが、その結果、常に運転し続けなくてはならない。とはいえ、最近では歩行者が道を横断できなかったり、ラウンドアバウトでは処理できないほど交通量が増えたりしたこともあり、信号が少しは設置されている。そして、改めて気づいたことは、信号は有り難いということである。自動車の交通量が多い時、ラウンドアバウトで行きたい方向に行くのは大変だ。また、ブラジリアではいわゆる日本の右折などは、対向車線があまりにも多いのでとてもできない。日本でも右折用の信号があるから、その点は処理できているともいえるのだが、いやあ、信号があると本当、楽である。信号というのが極めて偉大な交通処理の工夫であるということが、信号を考えないでつくったブラジリアにおいて反面教師として知る。あと、ブラジリアは駐車場だらけなのだが、それでも駐車場が足りない。そのために、駐車場においてはバレット・パーキングのように鍵を預けることで、縦列駐車をするなどして、この問題に対応しようとしているのだが、結果、余計なお金がかかる。というか、やはり自動車優先型の都市にしようとしても、駐車場をよほど整備しないと、その交通需要には対応できないと思われる。そして、駐車場が不足しているので、目的地から遠くに駐車して、結局、歩かなくてはならない。ということで、ブラジリアに来て、本当、自動車だけで交通処理ができるような都市をつくることは不可能であることを改めて知る。アメリカの自動車優先都市であるロスアンジェルスが1990年代に地下鉄を整備し始めたり、また、クリチバ型のバスを導入することを検討したりしたのは、自動車の限界を痛切に感じ取ったからであろう。ロスアンジェルスは人口が800万強。このぐらいになると、通勤時間が片道2時間ぐらいかかったりする。ブラジリアでも、これはバスであるが、通勤時間が片道2時間のものも出始めている。通勤時間が片道2時間という状況は、その都市の何かが問題である指標になると思う。ブラジリアの人口は300万弱ではあるが、根源的に何か対策を立てなくてはならない状況にあることは確かである。このままだと、自動車と心中することになるであろう。

IMG_2710.jpg
nice!(0) 
共通テーマ:日記・雑感

nice! 0