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ハルツ山岳鉄道でブロッケン山まで行く [地球探訪記]

せっかくの春の祝日なので、ハルツ山岳鉄道に乗ってブロッケン山に行くことにした。ハルツ山岳鉄道は、蒸気機関車が運行している。SLにそれほどの興味がある訳ではないが、素人なりにちょっと体験してみたいなというのと、ブロッケン山に惹かれたからである。ブロッケン山といえばゲーテが「ファウスト」で毎年4月30日のヴァルプルギスの夜にドイツ中の魔女が集まり、悪魔と宴をすると書いた場所である。ブロッケン山は禿げ山なので、ムソルグスキーの「はげ山の一夜」もここが舞台かと思ったが、全然関係はないらしい。キン肉マン世代には、ブロッケン・ジュニアを連想する者もいるかもしれない。

このハルツ山岳鉄道はヴェルニゲローデというハルツ山系の麓の町から出発している。このヴェルニゲローデという町も非常に興味深いので、またブログに書きたいとも思うが、今回はハルツ山岳鉄道のことを記したい。ヴェルニゲローデはデュッセルドルフから列車で、ハノーバー等で乗り継ぎ4時間30分ほどかかった。列車で行くと結構、遠い。ハルツ山岳鉄道のヴェルニゲローデ駅は、観光客が喜びそうなつくりになっており、SL系の土産物などもたくさん売っている。駅のホームには既に汽車が待機しており、多くの観光客がホームで写真を撮影したりしていた。旅情が高まっていく。11時30分頃出発する汽車に乗り込む。ヴァルプルギスの夜の次の5月1日であったので、予約をしなくても乗れるか不安であったが、ぎりぎりではあったが座ることもできた。列車はゆっくりとまず街中を進んでいき、徐々に森の中に入っていくと勾配もきつくなっていく。汽車のシュッシュッポッポッという音とレールを走っていく音とが何とも言えず心地よいリズムを刻んでいく。なぜ、SL音のレコードやCDが販売されるのかの納得がいく。ちなみに、このハルツ山岳鉄道のSLは重油ではなくて石炭を使っている。さて汽車は山中を小一時間ほど走ると大きな駐車場がある駅に着く。ドライアンネンホーネ駅だ。ここで、ブロッケン山に行くには汽車を乗り換えなくてはいけないことを知る。それで初めて気づいたのだが、このハルツ山岳鉄道(正確にはハルツ狭軌鉄道)は、ヴェルニゲローデとブロッケン山を結ぶだけでなく、もっと広域なネットワーク(130キロメートルぐらい)を有していることを知る。また、ブロッケン山に登るのはSLだけだが、他のルートはディーゼル車が走っていることも知る(SLもたまに走っている)。つまり、私はブロッケン山行きではないSLに乗車してしまった訳だ。

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(ヴェロニゲーデの駅のホームで汽車の出発を待つ人々)

乗り換えた列車は座れないほど混んでいたが、運よく私は座ることができた。隣に座っていた60歳くらいのドイツ人の男性といろいろと英語で話をする。そこで分かったのは、彼は強烈なSLオタクであるということだ。彼はなんとこのハルツ山岳鉄道には既に60回は乗っていると宣った。凄い数字である。その日も朝の4時に自宅のあるハンブルグから車を飛ばして、ハルツ山岳鉄道のSLを乗り回しているらしい。日本には大井川鉄道があってSLが走っているだろうということまで聞いてきた。私がよく知っているね、みたいなリアクションをしたら、私もSLファンだと思い込んだらしい。私も浅はかではあるが、ちょっと囓った程度の知識で、ザクセン・アルプルのSLはどうだとかドレスデンのSLはどうだとか聞いてみた。すると、ザクセン・アルプスはともかく、ドレスデンのSLは素晴らしいと教えてくれた。また、ロストックのそばにもなかなかいいのがあることも教えてくれた。これらを訪れる機会が自分にあるかどうかは分からないが、まあ視野は広まる。彼の話からこのハルツ山岳鉄道のことも結構、理解が深まった。まず、ブロッケン山は東西ドイツが分離していた頃は、国境でもあったので東側、西側の通信施設が建っており、特に東側は立入禁止であったとのこと。したがって、当然、この山岳鉄道もまったく使われておらず、ドイツが統合されてからリハビリされて再利用されるようになったそうだ。池内紀の『ドイツの町から町へ』を参照すると、そもそもの開通は1887年と古いが、ベルリン封鎖とともに使用されなくなり、再利用されたのはドイツ統一後の1991年から。ドイツが東西に分離されて、このハルツ山岳鉄道やブロッケン山のような観光資源がその価値を失ったものが、また復活したことはドイツにとっても喜ばしいことであろう。少なくとも、同乗したSLオタクのおじさんにとっては喜ばしいことであったのは間違いない。私もその恩恵に与っているといえるであろう。

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(ハルツ山を走り抜ける蒸気機関車)

さて、ブロッケン山であるが、SLは山の周りをくるくると一周するかのように登っていく。これは勾配を少しでも緩やかにするためだろうが、ちょっと距離的に長くなるので無駄なような気もしないでもない。でも、頂上に近づくにつれ視界が開けていき、しかも360度に近い展望が得られるので、SLでブロッケン山に登る爽快感は十二分に味わえる(ブロッケン山周辺はブロッケン現象といわれる一年のうち100日以上が雲に覆われて視界が不良な状況になるのだが、この日は相当、遠くまで見通せた)。山頂の標高は1142メートル。日本の山々に比べると大したことのない高さであるが、これでもハルツ山系では最高峰となる。日本の鉄道駅の最高峰は野辺山駅の1345メートルでそういう意味でも大したことはないかもしれないが、その車窓は素晴らしいものがある。視界を遮るものがないので、チューリンゲンの森からアラ川のつくりだす平原までを展望することができる。

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(ブロッケン山の頂上付近は視界が開け、素晴らしい展望を楽しめる)

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(ブロッケン山の駅に到着する)

ドライアンネンホーネ駅から1時間ほどでブロッケン山頂駅に到着する。ブロッケン山頂は人で溢れていた。自動車ではアクセスできないので、自動車が周辺にないことは有り難いが、それでも人がやたら多い。ヴァルプルギスの夜といったスプーキーな雰囲気はまったく感じられず、健康的でスポーツマン的な雰囲気に支配されている。魔女の踊り場も、悪魔的なものとか呪術的なものはまったく感じられない。こういう点では日本の霊場の方が、よっぽど怪しげな雰囲気を持っていると思う。天気が良かったことも逆に作用したかもしれない。

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(魔女の踊り場)

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(ブロッケン山からの素晴らしい眺め)

とはいえ、ゲーテの「ファウスト」がこのブロッケン山にもたらした効果は凄まじいものがあると思う。私は一日違いで見逃したが、ヴァルプルギスの夜は、このハルツ地方の各地で盛大なお祭りが行われる。また、このブロッケン山は確かに展望も素晴らしくて、それなりに優れた自然観光地であるし、SLでの旅もなかなか楽しかったが、やはり、「ファウスト」がつくりあげた物語性を求めて、多くの人々はここに来ているのではないかと思う。まったく霊的なものを感じさせない「魔女の踊り場」も、ただの石の積み重ねが、小説の物語として生き生きとした意味のあるものへと変容するからである。都市づくりにおいて、これら物語性をうまく活かすことは、その活力を発露させるためにも重要であるが、観光地においても同様のことが言えるということを、ブロッケン山を訪れて改めて認識した次第である。また、SLの持つ魅力というものを素人なりに実感したのと、SLファンのオタク度の凄さにも感銘した一日であった。


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