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チョンゲチョン川の再生 [都市デザイン]

ソウルのチョンゲチョン川を訪れる。ソウル市内を東西に縦断するように流れ、漢江に注ぎ込む総延長10.92kmの都市河川である。このチョンゲチョン川は、頻繁に大氾濫を起こし、その治水事業は朝鮮王朝時代からの大きな課題であった。20世紀初頭には衛生問題などから、その暗渠化が検討され、1971年には遂にソウル市内からその姿を消してしまう。さらに、その上には高架道路を通され、ソウル市の空間から、そしてソウル市民の記憶から忘れ去られてしまった。しかし、2005年10月1日、その川の上を覆っていた高架道路が撤去され、暗渠化していた蓋が取られ、その姿を再び現したのである。イ・ミョンパク氏が2002年にソウル市長選に出馬した時の選挙公約として、このチョンゲチョン川の復元を掲げた。総事業費は360億円。その事業費は、なんと市役所の職員の給料をカットしたことで捻出したと言う。従って、この事業を遂行するうえで市民の負担はゼロ。一方でその効果は絶大である。

まず、高架道路が撤廃されて、川が復元してから、ここを訪れた人は初年度で3000万人。東京ディズニーランドの2倍弱である。ただの川の復元であるのに、なぜこれだけの人が集まったのだろうか。まず、公共空間としてのデザインが相当優れている。特に夜のライトアップは美しく、デート・スポットとしては傑出しているだろう。実際、訪れた時も、京都の鴨川を上回るカップル密度の高さであった。あと、ロケーションがいい。ソウルの都心のど真ん中を横断している。東京でいえば、山手線内の神田川といった感じか。とりあえずチョンゲチョン川を訪問して、そこから明洞、景福宮、東大門、南大門、徳寿宮、ソウル市役所と足を伸ばすことができる。そして、何より、この川はソウルという都市のランドマークとして人々を惹きつけた。それは完成すると同時に、ロンドンのハイド・パーク、ニューヨークのブルックリン橋、シドニーのオペラ・ハウス、パリのシャンゼリゼ、リオデジャネイロのコルコバードの丘、、サンフランシスコの金門橋、バルセロナのサグラダ・ファミリアといった世界都市の優れたランドマークと肩を並べるような位置づけを獲得したのである。それにしても、人工河川がこのような優れたランドマークとなり得たソウルという都市は随分、幸せではないだろうか。

チョンゲチョン川の周囲の地価は高騰しているそうだ。それはそうであろう。今までは高架道路という周辺地域からはアクセスが難しいが、騒音や排気ガスを撒き散らし、しかも日陰をつくり、景観的にも最悪な巨大な土木構造物があったのが撤去され、その代わりに水辺が緑で彩られた河川が現れたのだから。騒音の代わりに川のせせらぎ、排気ガスの代わりに水辺の植物がはきだす酸素、醜い土木構造物の代わりに詩情溢れる渓流の景観が現れたのであるから、土地の価値は高まるのは当然だ。さらに、このチョンゲチョンという東西の軸を面的にも展開させようとする都市再生計画が策定された。これは、昌徳宮と南山とを結ぶ南北の軸を幅100メートルの緑道として整備するもので、これが完成すると、ソウル市はそれまではスポット的に存在していた緑がネットワーク化されることになり、随分と自然溢れる都市になると考えられる。まさにアジアを代表する環境都市の誕生である。

とはいえ、ケチをつけようとするとつけられない訳ではない。まず、チョンゲチョン川と平行して走る道路は相当、渋滞していた。道路を取り壊して交通容量が減っているので、これはまあ予期できた問題である。個人的には、道路は渋滞しているくらいが適当な水準であると考えているので、まあそれほど問題ではないと思いたいが、地元のバス・ドライバーやタクシー・ドライバーにとっては辛いものがあるだろう。自動車ではなく、人間のための空間再生事業であるので、まあ我慢してもらうしかないだろうが、マイナスといえばマイナスではある。加えて、ちょっと気になるのはチョンゲチョン川と道路沿いの商店とが空間的に分断されてしまったことである。チョンゲチョン川沿いを歩く人々は多い。しかし、これらの人々は商店への回遊客にはなりにくい。これは、川と上にある道路とのアクセス・ポイントが少ないからである。もう少し、チョンゲチョン川にアクセスできる場所が多いと、その周辺への波及効果も大きくなるであろう。

さらに、このチョンゲチョンは流量が少ないという問題がある。そのため、チョンゲチョン川を流れる水は50%が漢江、30%が地下鉄の地下水、20%がチョンゲチョン川の上流から来ているそうである。漢江の水はチョンゲチョン川の下流からくみ取っているので、循環させているとも思われるが、この点はエネルギーの無駄遣いかもしれないし、本質的ではないような印象を受ける。しかし、このような問題点は、その功績に比べれば取るに足りない。チョンゲチョン川の事業は、都心にアメニティ空間を創造したこと、観光スポットとして人々を集客したこと、周辺の地価を上昇させたこと、など多くの成果を実現したが、チョンゲチョン川の最大の功績は、ソウルの都市の埋もれてしまった記憶を蘇らせたことである。つまり、ソウル市のアイデンティティともなる分断されていた歴史の流れを再び呼び起こし、現代へと紡いだことである。このような時間の積み重ねという縦の軸をしっかりと発現させた都市というのは非常に強い。チョンゲチョン川の再生は、ソウルの都市の失われたアイデンティティを発露することに成功したのである。この功績こそがチョンゲチョン川の事業において、最も重要で価値のあることであると筆者は考えるのである。しかも、それを200億円といった大したことのない事業費でやり遂げてしまった。 

ソウル市は「チョンゲチョン川復元事業を成功に導いて、これが今後世界的な環境復元事業のベンチ・マーキングとして位置づけられるとともに、ソウルが世界的な競争力を持つ都市として改めて生まれる、その出発点にしたいと考えている」と、同市でチョンゲチョン川復元推進本部の李龍太工事担当官は述べている(李龍太「ソウルの夢と希望」、『ビオシティ』no.30, 2005)。そう、ソウルにとって、このチョンゲチョン川はあくまでも都市再生のスタート地点なのである。それは経済成長に邁進し、ある程度の達成を得た後、新たな都市の将来への道のりを提示するためのメルクマールであるのだ。まさに、ジャイメ・レルネルがクリチバにおいて「花通り」の歩行者専用道路という一大事業で、市民の心をつかみ、その後の都市改造に成功したのと同様に、ソウル市は、このチョンゲチョン川を契機として、ソウルの都市を飛躍させようとしている。チョンゲチョン川広場に「スプリング」と呼ばれる巻き貝のお化けのようなオブジェがある。これは、チョンゲチョン川の復元一周年を記念してつくられたものだが、これからのソウルの跳躍を表現しているそうだ。


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