塾を変更する画策をする [中学受験]
現在、次女は地元の塾に通っている。ここは生徒をみて比較的、しっかりと勉強は教えてくれていたようではあるが、受験に関しては素人だ。少なくとも、私よりも素人であることは明らかだ。中学受験もしたことなく、小学生を指導もしたことがない私が塾を素人と断言するのは、ちょっといい加減過ぎると思う人もいるかもしれないが、少なくとも「昨年の過去問は直前までやるな」という指導をする塾が受験に関して専門家であるとは到底、思えない。
さて、数学と社会であれば、私が家庭教師ということも考えられるのだが、理科そして国語に関してはあまり自信がない。私は履歴書的には、東京大学工学部卒なので、中学受験での理科の指導に自信がないというのは意外に思われるかもしれないが、出来ないものは出来ない。そもそも、大学受験も物理だけで勝負したようなものなので、もう生物とかはちんぷんかんぷんなのだ。地学も高校受験の知識以上のものはない。国語は、教えられるような気もするのだが、ちょっとサピックスのオープン模試などを試してみると、100点は取れない。読解文とかで、え!なんで答えが違うの?とかいう問題があったりする。解説を読むと理解するが、これはある特別な解放のテクニックというようなものがあるのだろう。それを私が勉強して理解した時にはもう試験は間近であるか、下手したら終わっているかもしれない。
ということで、違う塾に通わせることを画策している。次女は最近まで勉強をがむしゃらにするような受験塾に行くことには強く抵抗を示していたが、偏差値40を取ってからは、人が変わったようにアグレッシブになっている。ということで、以前も考えていたが、次女の態度から断念したN学園の入塾試験を申し込んだ。このN学園は、夜の10時まで勉強を教えるという猛烈受験塾であるが、次女が現状から志望校に入るとしたら、この選択肢ぐらいしかない。私ではなく家内が塾の説明会を聞きに行ってくれたが、塾長は私の言っていることと異口同音であるというようなことを言っていた。
さて、入塾試験に通るかどうかが鍵だが、ここで通ったら多少はトンネルの向こうにかすかな光が見えるかもしれない。一方で落ちたら、相当、大変、というかどうするんだ、という気持ちだ。今は、落ちることは考えずに、通るという前提で対処していきたいと思う。
しかし、改めて中学入試は親が重要な役割を果たすのだな、ということを知る。長女がまったく自分一人でやっていて、親が干渉する余地も与えてくれなかったことを考えると、ある意味で次女は親孝行でもある。できが悪い子ほどかわいい、とはよく言ったものだ。というのは、次女で初めて気づいたのであるが、中学受験は親は結構、楽しいのである。私も、ある意味で、この崖っぷちの状況に置かれているところをどうにか、しようと考えるとアドレナリンが出てくるのだ。だから、思わずブログに書いてしまっているというのもあるかもしれない。実は、親は結構、中学受験が楽しいのだ。特に、この子供と二人三脚のようにタッグで取り組むところが、親子の絆を深めるようで素直に嬉しい。長女は、こういうことを一切やらせてくれなかったからなあ。まあ、私も二人子供がいたが、最後にそのような機会を得ることができてちょっと嬉しい気分なのだ。出来の悪い次女に感謝したいくらいだ。
これまでの私のブログのそうでなくても少ない奇特な読者の方には、まったく興味がないような内容で恐縮だが、そういうこともあって中学受験のことをこのブログに書かせてもらっている。まあ1月いっぱいで終わるので、ちょっとだけ許して下さい。
さて、数学と社会であれば、私が家庭教師ということも考えられるのだが、理科そして国語に関してはあまり自信がない。私は履歴書的には、東京大学工学部卒なので、中学受験での理科の指導に自信がないというのは意外に思われるかもしれないが、出来ないものは出来ない。そもそも、大学受験も物理だけで勝負したようなものなので、もう生物とかはちんぷんかんぷんなのだ。地学も高校受験の知識以上のものはない。国語は、教えられるような気もするのだが、ちょっとサピックスのオープン模試などを試してみると、100点は取れない。読解文とかで、え!なんで答えが違うの?とかいう問題があったりする。解説を読むと理解するが、これはある特別な解放のテクニックというようなものがあるのだろう。それを私が勉強して理解した時にはもう試験は間近であるか、下手したら終わっているかもしれない。
ということで、違う塾に通わせることを画策している。次女は最近まで勉強をがむしゃらにするような受験塾に行くことには強く抵抗を示していたが、偏差値40を取ってからは、人が変わったようにアグレッシブになっている。ということで、以前も考えていたが、次女の態度から断念したN学園の入塾試験を申し込んだ。このN学園は、夜の10時まで勉強を教えるという猛烈受験塾であるが、次女が現状から志望校に入るとしたら、この選択肢ぐらいしかない。私ではなく家内が塾の説明会を聞きに行ってくれたが、塾長は私の言っていることと異口同音であるというようなことを言っていた。
さて、入塾試験に通るかどうかが鍵だが、ここで通ったら多少はトンネルの向こうにかすかな光が見えるかもしれない。一方で落ちたら、相当、大変、というかどうするんだ、という気持ちだ。今は、落ちることは考えずに、通るという前提で対処していきたいと思う。
しかし、改めて中学入試は親が重要な役割を果たすのだな、ということを知る。長女がまったく自分一人でやっていて、親が干渉する余地も与えてくれなかったことを考えると、ある意味で次女は親孝行でもある。できが悪い子ほどかわいい、とはよく言ったものだ。というのは、次女で初めて気づいたのであるが、中学受験は親は結構、楽しいのである。私も、ある意味で、この崖っぷちの状況に置かれているところをどうにか、しようと考えるとアドレナリンが出てくるのだ。だから、思わずブログに書いてしまっているというのもあるかもしれない。実は、親は結構、中学受験が楽しいのだ。特に、この子供と二人三脚のようにタッグで取り組むところが、親子の絆を深めるようで素直に嬉しい。長女は、こういうことを一切やらせてくれなかったからなあ。まあ、私も二人子供がいたが、最後にそのような機会を得ることができてちょっと嬉しい気分なのだ。出来の悪い次女に感謝したいくらいだ。
これまでの私のブログのそうでなくても少ない奇特な読者の方には、まったく興味がないような内容で恐縮だが、そういうこともあって中学受験のことをこのブログに書かせてもらっている。まあ1月いっぱいで終わるので、ちょっとだけ許して下さい。