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『ボーン・トゥ・ラン(明日なき暴走)』はアメリカ東海岸ロックの歴史的傑作 [ロック音楽]

アメリカはニュージャージー出身のイタリア系移民であるブルース・スプリングスティーンの歴史的傑作。ロックという音楽の持つはちきれんばかりのエネルギー、疾走感、若者の渇望感を凝縮させ、とてつもない天賦の才が紡ぎ出した素晴らしいメロディーと詩情に溢れているこのアルバムは70年代という時代だけでなく、アメリカのロック史の中でも金字塔ともいえる完成度を誇っている。ロックの定義といってもいいようなアルバムであり、アメリカのロックのある到達点を示しているといっても過言ではないであろう。

「サンダー・ロード」の物悲しげなハーモニカでこのアルバムは幕を開ける。ハーモニカは、ピアノのアルペジオと語りかけるような肩の力が抜いたようなスプリングスティーンのヴォーカルへと繋がれる。「メリーはもう若くない」という詩が耳に残る。しかし、自動車が徐々にハイギアにシフトしていくように、曲は疾走し始める。そして、自らの加速感によってさらに加速するというように曲は展開していく。聴くものもアドレナリンの分泌が徐々に増えていることが分かる。そして、ビッグ・マンことクラレンス・クレモンスのサックスが鳴り始める頃にはもう涙が溢れ始める。ロック史に残る名曲だ。そして、「テンス・アベニュー・フリーズ・アウト」に続く。ヴォーカルとサックスの絡み、そしてピアノのバッキングが印象に残る佳作だ。3曲目の「ナイト」は、またイントロからトップギアのような疾走感溢れる曲。ブルースのヴォーカルというかシャウトが心に響く。そして4曲目の「バック・ストリート」は感傷的なピアノのイントロで始まり、徐々に盛り上がっていく。ヴォーカルは抑制を効かせて始まるが、これも徐々に高みへと上っていく。このヴォーカルのエネルギーは何だ。というか、この曲を歌いあげる背景にある凄まじい情感は何なのか。この溢れんばかりの情感こそがブルース・スプリングスティーンがまさに他のロック・ミュージシャンと比しても傑出している点ではないだろうか。しかも、その汗臭い情感が鬱陶しくない。これは、楽曲のレベルの高さ、詩情溢れる歌詞、そして見事なヴォーカルが揃って初めて為し得るのではないかと勝手に推察する。
 そして、レコードではB面の一曲目であったタイトル曲「ボーン・トゥ・ラン」。ウェンディに語りかける詩。一緒だったら、この罠を逃れられる、愛が真実だと知りたい、俺に見せてくれと言った後、ハッというかけ声の後、素晴らしいメロディーをサックスが奏でる。これで落ちない女性はいないね。男の私でも落ちる。この曲では「自殺の機械(suicide machine)」、「死の罠(death trap)」といった彼の発する刺激的な言葉にギョッとする。この町を逃げだそうと、この八方塞がりの現実を打破させようとする若者の強烈なるエネルギーが凝集させられているロック史上、屈指の名作である。高校時代、初めて聞いた時に全身を襲うように覚えた感動は、今でも共鳴することができる。
 「シース・ザ・ワン」はゆっくりとしたテンポで入るが、またブルースのハッというかけ声とともに曲は盛り上がり始める。ピアノ、ギター、サックスのソロも素晴らしく、またブルースのヴォーカルと絡むコーラスもいい。「ミーティング・アクロス・ザ・リバー」はこのアルバムで最も静かでヴォーカルをじっくりと聞かせる曲。ヴォーカルの後ろで聞こえるトランペットが絶妙である。
 さて、そしてこのロック史上の大傑作であるアルバムの最後を飾るのが10分近い大曲の「ジャングルランド」である。前曲の落ち着いた流れを引き継ぐような感じでストリングスのイントロから入り、それを受けてピアノのアルペジオが聞こえてくる。そして、ブルースのヴォーカルであり、さらにバンドがドッと入ってくる。1曲目の「サンダー・ロード」と似たような構成であるともいえる。1曲目やタイトル曲に勝とも劣らない名曲だ。「ダウン・イン・ジャングルランド」とブルースが叫んだ後のギター・ソロの格好良さ。間奏でのサックス・ソロは涙が出るのを押さえることができないほど感動的である。
 このアルバムは、何しろ脇役が素晴らしい。サックスとそしてピアノの素晴らしいメロディーが、そのエネルギーによって暴走し、自己崩壊しそうな曲を柔らかく支える。この全般的にエネルギーを全開させているようで、絶妙にコントロールがされているところが聞く者の心を猛烈にゆさぶる。邦題は「暴走」であるが、バンドは全然暴走していない。本作は間違いなくブルース・スプリングスティーンの最高傑作であるだけでなく、ロックの可能性というか頂点を示したアルバムである。私的には間違いなくトップ10に入るロック・アルバムであり、その時の気分によってはベストとして選ぶようなアルバムでもある。というか、私という人間を分析するうえで、このアルバムが非常に好きな人間であるというのは、大きなヒントであると思われる(私を分析したいという物好きがいればの話であるが)。

 個人的な話で恐縮だが、アメリカで大学院生をしていた時に、クラスメートのイタリア系移民が、ブルース・スプリングスティーンのことをボスと言ったので突然、キレたことがある。イタリア系移民であるからって、スプリングスティーンのことを知ったような顔をするな!俺の方がお前より遙かに理解している!と言ってキレてしまったのである。今、思うとそんなことに拘った自分が意外であるが、まあ若い時はいろいろと思い入れや自意識が強かったのであろう。しかし、このような素晴らしいロック音楽と詩に出会ったにも関わらず、若かった時にろくな時間を過ごせなかった。その点は、今振り返っても情けない。本当はブルース・スプリングスティーンのように生きたかったのだが、結果的には相当、正反対の道を歩んでしまっている。せめて、会社を辞めたことぐらいが多少、彼から学んだ生き方を反映させているくらいか。

明日なき暴走

明日なき暴走

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: ソニーレコード
  • 発売日: 1999/08/21
  • メディア: CD



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