SSブログ

シェアハウスの共生の作法は、アジアとヨーロッパではちょっと違う [サステイナブルな問題]

シェアハウスのシンポジウムに参加する。そこで、パネル・ディスカッションのパネリストをされた『他人と暮らす若者達』の久保田裕之氏が大変、興味深い指摘をしたので紹介したい。彼は、大阪大学で教鞭をふるっている社会学の先生であると同時に、シェアハウス居住歴10年のシェアハウスのベテランでもある。彼は、シェアハウスで暮らすうえで台湾や韓国などのアジア系と、アメリカ人などの白人系とはシェアの捉え方が違うのではないか、という点を指摘した。簡単にいうと、アジア系は、シェアハウスで暮らす人達を友達や親類といった仲間といった傾向で捉えることでシェアをすることのに対し、白人系はお互いを個人として尊重し合うことでシェアを可能とする。また、白人系でもアングロ・サクソン系とラテン系とでは違い、ラテン系はむしろシェアハウスには否定的なイメージを持っているそうだ。シェアハウスをテーマとしたフランス映画の出演者が「そんなヒッピーのようなことはできない」といった発言を久保田氏は紹介した。面白い。

私もこの考えには非常に納得できるものがある。私はアメリカのバークレイで暮らしていた時、台湾人のネットワークに入れさせてもらった。このネットワークは、互助組織のようなもので、バークレイで教員をしていた先生を頂点に形成されている。そのお陰で私はバークレイでは彼らの家で泊まることが無料でできている。一方、彼らが東京に来ると、私の家、もしくは私の実家に無料で泊まることができる。私は台北の非常に高名な漢方医まで紹介してもらったことがある。この台湾人たちにとって、私はシェアをし合う仲間として受け入れられたのであろう。ヨーロッパも多少、共有するところがある。私もドイツに住んで、最初の2週間ぐらい、家が決まるまでは知り合いの家に居候をさせてもらった。ちなみに、私は日本人では残念ながら、そのようなコミュニティに所属していない。だから、おそらく一文無しになったらホームレスになるしかない、と思ったりもする。まあ、そういう不安を持っている人は私だけはないだろう。このような不安が高まると、宗教に嵌ったり、若ければ暴走族やギャングに入る一つのインセンティブになったりもするのかもしれない。そのような不安をある程度、緩和させる工夫として日本においてのシェアハウスもあるかな、と思ったりもする。

nice!(0) 
共通テーマ:日記・雑感

nice! 0