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『東京から考える』 [書評]

 本書は気鋭の社会学者二人が、東京の街並みを歩きながら、都市論、郊外論、格差論、さらには国家論までをも対談したものをまとめたものである。なかなか読み応えがあるし、論理展開はさすが現代日本を代表する若手論客二人なので隙がないのだが、看過できない誤認識がある。東浩紀は次のように言う。「そもそも僕が知るかぎり、東急の住宅地だけでなく、都筑区のニュータウンまで含め、横浜北部ではあまり猟奇的な犯罪が起きていないと思うんです。(中略)ニュータウン的な土地が心の歪みを生み出し、猟奇的な犯罪を生み出すという指摘がありますね。しかしこの一帯には、そういう記憶はないはずです」。(p.87)
 1980年11月29日、神奈川県川崎市にある東急田園都市線宮前平駅周辺のベッドタウンに住む20歳の予備校生の男が、両親を金属バットで殴り殺した事件が起きた。世に言う神奈川金属バット殺人事件である。いわゆる金属バット殺人事件のはしりである。私などは、この事件はむしろ田園都市線の異常性、猟奇性を象徴した出来事であると捉えていたので、東がそう捉えていないのは興味深いし、現状認識にずれがあると思う。この事件だけでなく、港北ニュータウンの親爺狩りやホームレス狩りなどは、私は結構、猟奇的であると捉えていたので、このような認識はちょっと理解し難い。
 そうそう、村上龍の『テニスボーイの憂鬱』も田園都市線が舞台だ。ここにも、なにか消費者としてしか社会と接しない人間の空虚さが描かれていたが、そのような人間が生活する虚飾的な消費空間として田園都市線沿線はしっくりくるな、と思っていたことがある。そのような認識のずれを覚えてしまったため、東浩紀がそれ以降、「ファスト風土的日常を生きよ」との主張を展開しても受け入れ難い。
 受け入れがたいといえば下北沢への見解もまったく私とは異なっていて、「バリアフリーとセキュリティを考えたら、個性ある都市風景は作れないんですよ。実際、旧秋葉原にしても下北沢にしても子供連れで行くのは厳しそうだ」(p.196)と述べているが、下北沢ほど歩行者にとってバリアフリーで安全な空間はそうそうないと思う私とは、まったく真逆のことを述べている。下北沢駅周辺は、まったく交通信号がない。これは信号がないくらい、歩行者は安全に歩行できるから。この歩行者には子供も含まれている。都市を見る視座がまったく私とは違うし、私的には受け入れがたい基礎認識のずれである。一方で北田の主張はしっくりと入ってくる。
 まあ、個人的にはそのような不満があるとはいえ、この東浩紀という対談相手を迎え、北田暁大の知性のモーターが加速し始めるのが、会話を通じて理解できる。そういった意味では結構スリリングな内容であり、興味深い本ではあった。


東京から考える―格差・郊外・ナショナリズム (NHKブックス)

東京から考える―格差・郊外・ナショナリズム (NHKブックス)

  • 作者: 東 浩紀
  • 出版社/メーカー: 日本放送出版協会
  • 発売日: 2007/01
  • メディア: 単行本



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