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丸の内のオフィス街が世界遺産?そんな馬鹿な [都市デザイン]

 ネット・サーフィンをしていたら、某民間シンクタンクのブログで、そこに所属する主席研究員が「丸の内のオフィス街は世界遺産にふさわしい」と冗談ではなく主張しているのに出くわした。この発言に強い違和感を覚えたので、その原因をちょっと考察してみた。
 まず、世界遺産は文化遺産、自然遺産、それらを合わせた複合遺産の3種類に分けられるが、丸の内が指定されるとしたら文化遺産になるだろう。この文化遺産は「顕著な普遍的価値をもつ建築物や遺跡など」と書かれている。世界遺産は、10からなる登録基準の少なくとも1つを満たすことが求められており、文化遺産の基準としては次の6つが挙げられている。
(1) 人類の創造的才能を表現する傑作。
(2) ある期間を通じてまたはある文化圏において建築、技術、記念碑的芸術、都市計画、景観デザインの発展に関し、人類の価値の重要な交流を示すもの。
(3) 現存するまたは消滅した文化的伝統または文明の、唯一のまたは少なくとも稀な証拠。
(4) 人類の歴史上重要な時代を例証する建築様式、建築物群、技術の集積または景観の優れた例。
(5) 特に不可逆的な変化の中で存続が危ぶまれている、ある文化(または複数の文化)を代表する伝統的集落または土地利用の際立った例。
(6) 顕著で普遍的な意義を有する出来事、現存する伝統、思想、信仰または芸術的、文学的作品と、直接にまたは明白に関連するもの(この基準は他の基準と組み合わせて用いるのが望ましいと世界遺産委員会は考えている)。
 これらの条件が丸の内のオフィス街が該当するか、簡単に検証してみたい。(1)の傑作に関してだが、現存する丸の内のオフィスビルにてそのようなものは見当たらない。旧丸ビルは、多少興味深いが、日本建築史においては傑作でも「人類」の傑作とは言えないであろう。それにもう改造されてしまった。(5)はまったく関係ないし、(6)も関係ない。(3)に関しては、オフィス街は世界中に溢れているから該当しない。(4)は、確かにオフィス街としての建築物群というのでは該当するが、かりにオフィス街として世界遺産として指定されるとしたら、まず挙げられるのはシカゴの摩天楼群であろう。その歴史的重要性、建築物の秀逸さ、ミシガン湖とのコンストラストの美しさ。シカゴを差し置いて、なぜ東京の丸の内が世界遺産に指定されるのかはまったく不明であるし、もしオフィスビルとして文化遺産に指定されるものがあるとしたら、丸の内のどのビルよりマンハッタンのクライスラー・ビルディングが指定されるであろう。丸の内で最も世界遺産的に興味深い建築物はおそらく東京駅だと思うが、東京駅が候補にあがるなら、そのモデルであるアムステルダム中央駅が先に候補となるだろう。丸の内にはオリジナリティがなさ過ぎるのだ。
 ちなみにアメリカには7つの文化遺産が指定されている(プエルト・リコのものは外す)が、独立後の建築物は独立記念館、バージニア大学、モンティセロ、自由の女神だけであり、これらは重大な歴史的イベントとの関連性が高いか、大学キャンパスのモデルとなるなど建築史においてメルクマール的な存在のものだけが指定されている。オフィス街としての歴史的重要性では、遙かにマンハッタンやシカゴの摩天楼が重要な意味を持つし、第二次世界大戦以前につくられた建築もはるかに優れている。まあ、丸の内は一昨日おいでといった感じだろうか。(2)に関してだが、丸の内がその存在をもってして人類の価値に重要な交流をもたらしたとはとても思えない。私は寡聞にして、丸の内が興味深いオフィス街であるとの意見をいかなる外国人からも聞いたことがない。シカゴの摩天楼と比べたら、都市デザイン的にはイチロウと高校野球の選手ぐらいの差があると東京人として劣等感を持ってしまうぐらいである。マンハッタンはそれほど都市デザイン的には優れているとは思わないが、それでもクライスラー・ビルディングのような個性際だつ美しい建物が丸の内のどこにあるのだ。世界都市ではパリがセーヌ河岸を文化遺産として指定されているが、このゴージャスさは関東地方の建築群が総集合したとしてもとても適わないであろう。もし、東京で世界遺産として考えられるとしたら丸の内より江戸城のお堀と周縁部、そしてパリの真似ではないが隅田川河岸になるだろうか。後者はよっぽど下町文化の文脈を現代に再生させるように化粧直しをしないと候補として取り上げられるのも厳しいが。そして東京都として考えれば、本気でその聖地性を保全する気であれば高尾山は指定されるであろう(しかし、トンネル掘っているようじゃ無理ですな)。
 そして、もしオフィス街が東京の候補としてあがったとしたとしても、それは丸の内ではなく新宿副都心になるであろう。新宿副都心の方がはるかに都市計画的にも建築的にも意味がある。世界遺産に指定されているブラジリアのような迫力はないが、極めて計画的に創造された新宿副都心は日本の歴史的の特異な時期を象徴しているし、丸の内と異なり丹下健三の手による東京都庁舎という優れた建築もある。丹下という日本が生み出した天才建築家の代表作があるというだけで、丸の内とは一線も二線も画す(そういう意味では旧都庁が簡単に壊されてしまったのは残念だ)。その時代を象徴する都市計画の偉業という意味では、丸の内はもちろん臨海副都心もそれに比肩することはできない。
 と徒然に思うところを記してきたが、検証を踏まえて、改めて丸の内が世界遺産という意見が荒唐無稽であることが理解できた。自分の違和感が整理されてすっきりとした。しかし、若手研究員ならともかくとして、主席研究員のようなベテランがこんな安易なことを会社のブログで発信できるなんて、随分と自由でいい会社である。こんな無責任なブログを書き連ねている私でも、そんな意見はこのブログではともかくとして、大学のオフィシャルなブログではなかなか怖くて書けない。まあ、書けても丸の内を世界遺産とは書かないが。
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