SSブログ

菅総理の嘘(1) [菅政権]

菅総理が25日午前の衆院予算委員会集中審議で、政府の観光需要喚起策、GoToトラベル事業について立憲民主党の枝野氏の質問に次のように回答した。
「GoToトラベル事業の利用者4000万人のうち陽性者は180人にすぎない」
 さて、私はこの首相の回答を聞いて、この人はまったく信用できないペテン師なんだなということがよく分かった。彼の嘘がどこだか分かるであろうか?いや、すぐ分かるようなことなので敢えて書く必要はないでしょうが、逆に分かりやすいので敢えて書かせてもらう。
 それは、GoToトラベル事業の利用者の全員に検査をして、その結果、陽性者が180人でれば彼の言っていることは正しいが、そんな検査はしていない。実際、私もGoToトラベル事業を利用したが、そんな検査はしていない。まあ、私は発症していないのでおそらく陽性ではないだろうが、コロナの症状を出さない陽性者もいることを考えると、本当、よく平気でこんな無責任なことを言えるな、と逆に感心する。
 ちなみに日本のコロナウィルス感染者数は11月25日時点で135400。死亡者数は2000である。日本の人口は1億2000万人ぐらいであるから、感染者の割合は0.11%ぐらいだ。これに比して、菅さんの数字に依れば、GoToトラベル事業の利用者の感染者の割合は0.00045%となり、全国民と比べても200分の1の割合の低さとなる。つまり、GoToトラベル事業を利用した方が、200倍コロナに感染しなくなるということになる。
 GoToトラベル事業の利用者が11月時点で4000万人という全国民の三分の一に到達したというのは正直、驚きの数字で、その信憑性も極めて疑わしいが、菅さんはとても一国の総理大臣とは思えないぐらい適当に嘘を言い放つ人であることはよく分かった。こんな嘘は学級委員長でも許されない。
 ちなみに、このブログのタイトルは(1)と数字をつけたが、これは今後も菅首相は国民を馬鹿にした嘘をつくだろうと予測したからである。


nice!(0) 

塔ノ岳に登る(丹沢山未踏) [日本百名山]

そろそろ今年の登山シーズンも終わりである。ということで頑張って丹沢山にチャレンジすることにした。11月22日ということで日の出も遅いし、日の入りも早い。歩ける時間が短いということで相当、厳しい行程になるが、ガイドブックには「健脚の人なら日帰りも可能」と書いている。健脚ではないが、頑張ってチャレンジをすることにした。ただ、日の入りの時間を考えて、16時までには戻ってくることを胆に銘じる。
 当日、起きたのは4時。ちょっと遅い。急いで支度をし、珈琲をつくり、おにぎりをつくって家を出る。家を出たのは5時過ぎ。これは、7時発かなと半ば諦めていたのだが、なんと菩提峠の駐車場には6時についた。そして念のためのヒル対策をして、登山を開始したのが6時15分。家を出たのが遅い割には、思ったより随分と早く出発できた。というか、丹沢、近すぎないか。こんなに近いのか、丹沢。
 ちなみに丹沢に来るのは人生2度目。一度目は大学時代に彼女とドライブで縦断しただけだ。それ以来というか、歩きでは人生初めてである。丹沢にこんな近くに住んでいたのに。

2F6A9036.jpg
<菩提峠の駐車場>

 菩提峠からの登山口はよく分からず、違うところに行こうとしたのだが、他の登山者が違うルートをとっていたので間違いに気づいた。本当、登山は出だしが肝心だ。さて、菩提峠から二ノ塔までは、スギ林の急坂を歩いて行く。メインルートではないので、結構、道が分かりにくい。小一時間ぐらい歩くと、ようやく二ノ塔尾根のルートとぶつかる。ここからは尾根道で展望が広がって気持ちがよい。というか、結果的に富士山をしっかりと見られたのはこの尾根道からであった。とは、ここを歩いている時には夢にも思わなかった。これは、塔ノ岳からの富士山の展望は素晴らしいものがあると期待に胸を膨らませて高度を上げていく。

2F6A9037.jpg
<菩提峠の駐車場から二ノ塔への登山口は結構、分かりにくい>

2F6A9039.jpg
<登山道からは秦野市街地と相模湾を展望することができる>

2F6A9040.jpg
<菩提峠から二ノ塔までは結構の急坂である。ロープもあったりする>

2F6A9048.jpg
<曙で東雲がやわらかく輝きはじめていく>

2F6A9053.jpg
<太陽が昇ってくると、小田原市街地の方が朝日で美しく照り出される>

 二ノ塔に着いて、ちょっと歩くと三ノ塔。三ノ塔からは、はるか下の方に鳥尾山荘が見える。三ノ塔から鳥尾山荘までは鎖場のある急な坂を下りる。なんで登っているのに下るのか。その理不尽さに納得できないものを感じつつも、他にルートもないので涙ながらに降りていく。しかも鎖場のあるところは崖である。崖を降りるのだ。鳥尾山荘に着いたのは既に8時。4時に下山することを考えると、9時30分までに塔ノ岳に着ければ丹沢山にチャレンジできるし、そうでなければ戻ろうと考えている。そして、11時までに塔ノ岳に到着できなければ、そのまま帰路につこうとも考えていたので、この鳥尾山荘までに2時間かかったのは結構、微妙な感じである。

2F6A9054.jpg
<木道がしっかりと整備されており、そういう点からは歩きやすい>

 登山道自体は、随分と細い尾根を歩くところもあるが、木道も設置されていたりして全般的には歩きやすい。全般的に乾いており、泥のぬかるみ道を歩かない登山はちょっと嬉しい。また、尾根道であるので左手には小田原や秦野の市街地、そしてその先の相模湾、大島などが展望でき、右手には丹沢の山塊、来た道を振り返れば相模原市や町田市の市街地が展望でき、景観的には素晴らしい。流石、尾根道であると感心する。ただ、紅葉には間に合わず、ほとんど枯木の中を歩いて行く。

2F6A9061.jpg
<富士山は表尾根の途中まではその勇姿を現していたが、塔ノ岳からは見ることはできなかった>

2F6A9062.jpg
<けっこう厳しい鎖場もある>

 そして、新大日を経て木の又小屋に着いたのが9時30分。丹沢山にチャレンジするためには、塔ノ岳に9時30分には到着しなくてはいけなかったことを考えると、ここで丹沢行は断念。と同時に、太股がピキピキ痙攣し始める。これは、太股が攣る前兆である。ということで、ここで休む。ちょっと休んだぐらいでは、復活しないので、ゆっくりだましだまし塔ノ岳に向かっていく。塔ノ岳の山頂に登頂したのは10時ちょっと過ぎ。4時間というのは、ほぼコースタイム通り。ただ、コースタイム通りのペースで歩いたこと、特に序盤でハイペースになったことが後半のバテに繋がってしまったと思われる。

2F6A9069.jpg
<塔ノ岳の山頂は広く、ちょっとした広場的な空間となっている>

 さて、期待した塔ノ岳からの富士山であったが、雲が出てきて見えずじまい。そのうち晴れるかなと昼ご飯を用意し始めたら、どんどん天気は悪化する一方だ。というか、塔ノ岳周辺も相模湾からの黒い雲に覆われ始めた。駐車場を出発した時は、流石に雨は降らないだろうと思っていたのだが、本当、山はなめられない。

2F6A9072.jpg
<10時の塔ノ岳の光景。東を展望>

2F6A9074.jpg
<11時ちょっと前にほぼ同じ光景を撮影。1時間でこれだけ天気が悪化した>

 天気も崩れそうになったので、もういそいそと下山することにした。出発したのは11時。一時間の間でまさに天国から地獄のような天気の変化である。丹沢のような標高が低く、市街地のすぐそばにある山でもこんなに天候の変化が激しいとは驚きだ。雲は山のちょっと上をすごいスピードで南から北へと移動している。これは、雨も降るかなと思ったが、幸い、雨になることはなかった。行きは雄大な展望が開けていたのに、帰りは雲の切れ目から市街地が展望できるような状況である。この表尾根の辛いのは下山時も登りがあることだ。特に、鳥尾山荘から三ノ塔は壁のような急坂を登らせられる。鎖場もあるし。
 三ノ塔に到着したのは13時20分。二ノ塔を過ぎたあたりから膝にもきはじめる。なかなかの厳しさだ。ゆっくりとジグザグに降りていくが、途中、あまりの急坂でジグザグに歩くこともできないような状態になる。丹沢山に登れなかったにもかかわらず、這々の体で菩提峠の駐車場に戻ってくる。14時30分ちょっと前。1時間の休憩時間を入れて、8時間30分の登山であった。走行距離も12キロぐらいなので、ちょっとした百名山なみのハードな登山であった。

2F6A9080.jpg
<行きとはまったく違って暗雲が空を覆っている>

2F6A9093.jpg
<たまに雲の切れ目から展望できる市街地が美しい>

2F6A9096.jpg
<11月下旬であったが駐車場そばでリンドウが咲いていた>

 次回は、表尾根を歩いていた時にみつけた戸沢山荘に駐車をして、できればみやま山荘に一泊するようなルートで丹沢山にチャレンジしたいと思う。これまでまったく縁がないに等しかった丹沢であるが、次回訪れるのは、結構、すぐ先であるような気がする。



nice!(0) 

トランプのコロナ対策の不思議 [トランプのアメリカ]

トランプはコロナの危険性を知っていたが、それを「普通の風邪と同じだ」と人々に言って対策を怠った。後にジャーナリスト、ウッドワードとの取材でその危険性を知っていたと発言した録音テープが公開されたが、その時は「人々がパニックすることを恐れていたからだ」と言い訳をした。トランプがコロナにほとんど無策であったのは、自らだけでなくホワイトハウスの多くのスタッフ、そして家族もコロナに感染したことでも明らかである。
 さて、先日の大統領選は接戦であった。いや、トータルでみると400万票の差がついたバイデンの圧勝であったのだが、エレクトル・カレッジでのペンシルベニア州、ウィスコンシン州、アリゾナ州、ジョージア州はまさに薄氷の勝利であったことを考えると、どちらに勝利が転んでもおかしくない選挙であったと考えられる。
 コロナウィルスがトランプの敗戦要因だと指摘する声が多い。私も確かにそれはそう思う。ただ、本来的にはコロナウィルスはトランプ政権に対する神風のような追い風であった。トランプ自身が「ワー・プレジデント(War President)」と自覚していたように、国難の時、国民の大統領支持は鰻登りとなる。いわば、選挙の年にこのようなパンデミックが起こった時、中間層はトランプ支持に回ったであろう。それも、しっかりと対応しなくても、一生懸命、対応しているフリをするぐらいで支持をしてくれたであろう。
 トランプは「人々がパニックすることを恐れている」とコロナウィルスの危険性を伝えなかった言い訳を言ったが、日々、人々がパニックし、冷静な判断ができなくなるようなフェイク・ニュースを送りまくっているのはトランプである。選挙で有利になると分かっていたら、コロナの恐ろしさを吹聴すればよかったのである。まあ、それで経済は困窮に至ったかもしれないが、結果的に遅かれ早かれ経済は困窮するのである。むしろ、自分の責任ではないのだから、経済のことを気にしないでコロナ退治に努めればよかったのである。そうすれば、相当支持は高まったであろう。
 トランプはコロナウィルス感染拡大という千載一遇のチャンスを逃して、自分の落選だけでなく、アメリカ人の多くの命を犠牲にしたのである。

nice!(0) 

池上俊一『森と山と川でたどるドイツ史』 [書評]

西洋中世史を専門とする東京大学大学院総合文化研究科教授の『○○でたどる○○史』のドイツ版。他には『パスタでたどるイタリア史』、『王様でたどるイギリス史』、『お菓子でたどるフランス史』、『情熱でたどるスペイン史』などを著されている。ある切り口で、ある国の歴史を語る、というのはなかなか興味深い試みであり、それなりの重みのある読後感はあった。ただ、この難しいところは、その切り口が分析対象をしっかりと照射するのに適しているかどうか、ということだ。本書も『森と山と川でたどる』ことができるドイツと、そうでないドイツがある。著者はそのような限界を分かっているのであろうが、その切り口を切ったナイフで、切れないドイツも切ろうとすることがたまにある。『森と山と川でたどる』ことができるドイツ史だけを浮き彫りにすればいいのであろうが、まあ、思わずその怖ろしいほどの教養的知識をちょっと出したくなってしまうところがあるのだろう。読んで無駄ではないが、この本が示すドイツ史は、ドイツ史全体のほんの一部分であることを強く自覚して読むといいのではないだろうか。


森と山と川でたどるドイツ史 (岩波ジュニア新書)

森と山と川でたどるドイツ史 (岩波ジュニア新書)

  • 作者: 池上 俊一
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2015/11/21
  • メディア: 新書



nice!(0) 

トランプの凄さ [トランプのアメリカ]

トランプが再選せずに、本当に安堵している。民主主義をリードしてきた国の民主主義が崩壊したら、日本のようにお仕着せの民主主義国家が民主主義を放棄することも考えられたので、ひとまず安心している。
 さて、しかし、このトランプという大ペテン師を観察して、彼の長所というか強みのようなものも発見した。それは圧倒的な体力である。大統領選の終盤、一日で5回ものラリーをこなした。しかも、5都市においてである。その移動距離も半端なものではないが、ラリーもスタンドアップ・コメディアンのようなものなので、相当の体力を使うであろう。私などは90分の講義をするだけでヘトヘトになるが、それを一日5回も、しかも京都、東京、札幌、台北、ソウル(おそらく移動距離的にはそんな感じであろう)などでこなしたら一日で死んでしまう。あの年齢で本当、大したものだ。ファストフードばっかり食べているのに、何であんなに体力を維持できているのだろう。トランプは、まったくもって唾棄すべき最低な人間だなと軽蔑しているが、この超人的な体力には感服するし、頭が下がる。
 


nice!(0) 

トランプの弁護士ジュリアニーがフォア・シーズンという植木屋で記者会見 [トランプのアメリカ]

トランプが「私の(弁護団の)陣営がフィラデルフィアのフォア・シーズンで記者会見をする」とツイートした。てっきり、フォア・シーズン・ホテルかと思ったら、フォア・シーズンはフォア・シーズンでもランドスケーピング会社のフォア・シーズンであった。正確にはフォア・シーズン・ランドスケープという名前の会社である。ランドスケーピング会社とはいわば植木屋である。植木屋で会見なんて、前代未聞だ。これは、トランプ陣営がホテルを予約しようとして間違えて、植木屋を予約してしまったということだ。そして、実際、ジュリアーニ弁護団が植木屋の前で記者会見をして、「この大統領選挙は不正だ!」と大見得を切っていた。
会場費は節約できたかもしれないが、まあ、ホテルと植木屋を間違えるようなスタッフしかいなかったトランプ大統領。アメリカの国力がなければ国が滅びていたかもしれないな。アメリカの同盟国のほとんどはバイデンが選ばれたことで喜んでいる。パリとかロンドンとかは花火を打ち上げたりして、もう大晦日のような状態である。一方、ロシアや中国とかは面白くないようだ。そりゃ、そうだろう。トランプが大統領を続けたらアメリカはどんどん内部崩壊していくからな。さて、それでは日本は?ホテルと植木屋を間違えるくらいだから、北海道はロシアの領土とか言いかねなかったという危険性をあまり自覚していなかったような気がするんだけど。
まあ、この四年間という清水トンネルのように長いトンネルをようやく抜けてよかった。思えば、この四年間、いつもアメリカのマスコミを毎日3時間も観ているような生活を続けていたが、ようやくそれも終わりそうだ。人生を取り戻さないと。

nice!(0) 

カルロ・ロヴェッリ『時間は存在しない』 [書評]

イタリア人の理論物理学者の「時間」論。時間という極めて難解なテーマに対して、一般的な読者にも分かるような丁寧な文章で分析・解釈が為されている。「時間とは人間が生み出すものだ」という論点は、最初は相当戸惑うが、読み進むにつれ、極めて優れた考察であることが理解できてくる。ある意味ではコペルニクス的転換ともいえる時間の解釈であるが、説得力があり、生きることの貴さを改めて理解させてくれるような本である。ここ数年、読んだ本の中でも最も個人的に価値を見いだした本でもある。
私は、圧倒的にいわゆる「文系」的な科目が入試的には得意だったにもかかわらず、間違って「理系」に進んでしまったのは、こういうことに強い関心があったからだな、ということも思い出させた。大学に入ったら、疲れてすべてそういうことも忘れてしまったけど、高校時代には関心があったことを思い出した。


時間は存在しない

時間は存在しない

  • 出版社/メーカー: NHK出版
  • 発売日: 2019/08/30
  • メディア: Kindle版



nice!(0) 

トランプそしてトランプ・サポーターがなぜ問題であるのか [トランプのアメリカ]

アメリカの大統領選の結果が拮抗しており、固唾を呑んで状況を見守っている人も多いかと思う。かくいう私もまさにその一人である。日本人の中にはトランプが再選でもいいのでは、とかトランプの方がバイデンより御しやすいなどの発言をする専門家などもいたりするので、私は呆然としたりしているのだが、なぜ、トランプそしてトランプ・サポーターが問題であるのか。激戦州が選挙結果を中間発表してからの動きで明瞭に説明できるので、ここでそれを整理してみたい。
 トランプとバイデンの現在(2020.11.06 11:00AM)の状況をまず整理する。激戦州というか、まだ結果が出ていないのは6州。ネバダ州、アリゾナ州、ジョージア州、ノース・カロライナ州、アラスカ州、ペンシルベニア州である。このうち、アラスカ州の3票はまず間違いなくトランプに行くと思われる。アリゾナ州とネバダ州は、バイデンがリードしている。そして、ジョージア州、ペンシルベニア州はトランプがリードしているが郵送結果が明らかになるにつれバイデンが猛追している。ノース・カロライナ州もトランプがリードしているが、これは上記の二州ほど差は縮まっておらず、トランプが勝つような予測がなされている。
 さて、ここでトランプとトランプ・サポーターが何を主張しているのか、というとペンシルベニア州の票を数えるのを即刻止めろ、と言っている。トランプ・サポーターは投票所でデモ活動をしている。郵送投票に不正行為がある、というのがその根拠である。郵政投票が問題になったことは、これまでまったくない。確かに百パーセント正確ではないが、投票結果を変えるような影響を及ぼしたことは一度もない。まあ、それでもそのような主張は、まったくもって不適切とは言えないかもしれない。ただ、まったくもって不適切なのは、そのような主張をした同じ舌で、アリゾナ州やネバダ州は投票を続けろ!と主張していることである。つまり、自分が勝っているところはすぐ中止にし、自分が負けているところは最期までしっかりと投票をしろ!と主張しているのだ。
 自分が勝つためには、ルールも自分が思うように変えてしまえ、ということを厚顔無恥にも言えるところこそが、トランプそしてトランプ・サポーターの真髄である。野球でいえば、勝っていたら3回表で試合を中止して勝利を宣言するようなものである。一方で負けていれば9回裏まで執拗に試合を続ける。トランプはゴルフでも勝つためには手段を選ばず、平気でゴルフボールを見えないように蹴っ飛ばしたり、ポケットから新しいボールを出すぐらいのことをしていたそうだが、ゴルフだけでなくビジネスでも政治でも、そういうことをやり通す。そして、例え大統領になってもそれを直そうとも隠そうともしない、というところがトランプの真骨頂である。こんな人間とどうやって、まともな国際協定を結べると思っているのだろうか。
 日本は第二次世界大戦前にヒットラー率いるナチスと同盟を組んで、世界の大顰蹙を買った。そのダメージはまだ癒えていない。こういう失敗から学ばないで、トランプに尻尾を振っていたら、ろくでもない目に遭うことを自覚した方がいい。

nice!(0) 

トランプが増長するアメリカでのアジア人差別 [トランプのアメリカ]

トランプが大統領になってから、人種差別が過激になっているが、今年になってからトランプがコロナ・ウィルスを「ウーハン・ウィルス」、「チャイナ・ウィルス」と連呼したこともあって、東アジア人が標的となる頻度が高まっています。CNNのプロデューサーであるアマラ・ウォーカーは、先日、ニューオリンズにて一時間で3回ほどその被害にあったことをCNNの番組内で告発しました。

https://www.youtube.com/watch?v=MFHzasHIncs

日本人の中にはトランプ大統領が再選した方が日本にとってプラスであるとか、橋下徹のようにトランプの政治は素晴らしいと褒めそやす人もいます。しかし、トランプを支持する人達にとっては、我々日本人はまさに被差別対象であり、搾取するような対象であります。まともに貿易などで対等に交渉するような相手でもありませんし、そもそもトランプは対等な交渉をビジネスマン時代でもほとんどやってきていません。そういう人とは日常的にも関わらないことが一番です。
共和党のストラテジストであったリック・ウィルソンが著した本「Everything Trump Touches Dies (トランプが触るものは全て死ぬ)」のタイトルのように、トランプとは距離を置いておくのが一番です。しかも、二期目の大統領はもうやりたい放題の状態になるので、一期目とは異なり、トランプの真の恐ろしさ、デタラメさがさらに顕在化され、世界は混乱に陥るでしょう。リック・ウィルソンは、共和党はもはや存在しないといいます。それは「寄生虫が本体を食い尽くしたようなものだ」と表していますが、二期目は共和党ではなく、下手をしたらアメリカ、民主主義というシステムになるかもしれません。そして、トランプの恐ろしさが分からない同盟国である日本も、そうとう危ない状況に陥るでしょう。そもそも被差別対象であるように見られていることは自覚しておかないと大変なことになるでしょう。

nice!(0) 

トランプが大統領になった方が日本は有利、と主張する経済学者は何を考えているのか? [トランプのアメリカ]

週間現代の連載で「ドクターZは知っている」というものがある。私はこの著者が信用できなく、あまり読まない。「ドクターZは知らないな」と思っているのだ。さて、しかし、たまに間違って読んでしまうことがある。今回も読んでみたら、「トランプが大統領に再選した方が日本は有利」と主張をしていた。
 確かにトランプが大統領になったら、アメリカ合衆国の国際的地位は相当悪化する。世界一の軍事力を持った北朝鮮なみの国になるであろう。そういう意味で、恐ろしく危ない国が地球上に出現することになるが、それでもアメリカの国力が下がれば日本は有利という主張なのかなと思ったら、どうもそうではないらしく、中国とかに強く出るので日本に有利というのがその主張の根拠のようだ。
 トランプは圧倒的に自国主義なので、中国だけでなく日本にだって強く出る。米国軍の日本での駐留費は全額、請求してくるようなことは平気でする。まったく使いものにならない北朝鮮のミサイルの迎撃装置などを高額で買わせるようなことをする。さらに、ロシアが北海道に侵略しても、もはや米軍がそこで戦うようなことはしないであろう。ウクライナのクリミアに侵攻したことでロシアが主要国首脳会議から外されたことに不平を述べているのはトランプだけである。ここでなぜ、ロシアに強く出ないのかと思われるかもしれないが、ロシアはいろいろとアメリカでの選挙にまつわる偽情報を流して、トランプに有利になるような情報操作をしてくれているからだ。あと、トランプはプーチンのような強面の独裁者には弱い。逆に菅とかには強いだろう。経済面でも圧倒的に日本が不利な貿易協定を結ばせるであろう。
トランプを支持している人達は、日本に対して好感などはまったくもっていない。そもそも、他国になど関心はないし、それはトランプも同様である。日本という国がこの地球上からなくなっても、それを悲しいとも思わないであろう。そんな国からは、トランプの詐欺ビジネスの犠牲者と同様に、取れるだけ取ってやるというスタンスで臨んでくるであろう。
そして、悲しいかな。トランプが天下の詐欺師であるという本質を分からなければ、これは搾取されるだけ搾取されるだけでなく、トランプと手を組んだ阿呆な国ということで国際的地位も大きく下落するであろう。下手をしたら第二次世界大戦でヒットラーと手を組んだのと同じような轍を踏むことになりかねない。
今回の選挙は、アメリカ合衆国という国において民主主義が維持できるかどうかの瀬戸際である。そういう危機感を抱いている人達がアメリカには多くいる。もし、このような事態がアメリカ以外の国で起きたら、ちょっと前であれば軍事介入もしたであろう、大変な事態である。まともな選挙もできるかどうか、怪しい。選挙会場にトランプ支持者の右翼が銃を持って、選挙に来た人を威嚇している映像(例えば、ミシガン州の首都ランシング)をみると、その異常さが理解できる。
こういう状況を踏まえても、ドクターZはトランプが再選した方が有利であると考えているのであれば、彼こそ民主主義の敵である。

nice!(0) 

Go to Travelの地域振興券は天下の愚策 [サステイナブルな問題]

今、ホテルに泊まると地域振興券がもらえる。私はこれまでいわき市、水上市、そして岡崎市でもらった。1000円相当の金券で、宿泊当日と翌日に使うことができる。使える場所は限定されているが、宿泊施設がある県と隣接した県において使える。無節操に人の税金をばらまきやがって、と怒っている私であるが、くれてやる一方なのは癪なので、しっかりともらっている。正直者が馬鹿を見る社会は嫌いなのだ。
 さて、しかし、この地域振興券、ほとんど使えない。いわき市でも岡崎市でも、どこで使えますか?とホテルで聞くと、「コンビニエンス・ストアで使えます」と回答する。コンビニでもの買うのに使って何が地域振興か!とも思うが、怒ってばかりでは損をするばかりなので、しょうがないのでコンビニでマスクや歯ブラシとか日常品をとりあえず購入した。水上市では、隣接する新潟県で「柿の種」を買えたので、多少は地域経済に貢献できたかもしれない。しかし、岡崎市ではコンビニ以外だと、チェーン居酒屋で使えるみたいですよ、とのこと。僕が困ったような顔をしていると名古屋駅でのキオスクでも使えるとのこと。ということで、名古屋駅のキオスクで使うことにした。ただ、名古屋駅はキオスクだけでなく、多くの店でも使えることが分かった。ただ、私はあまり名古屋駅に滞在する時間もなかったので、しょうがないので駅弁を買った。急いで買おうとしたので、間違えてJR東海パッセンジャーズの駅弁を買おうとしてしまったのだが、直前に気づいて松浦商店のものにした。松浦商店、絶品とはいえないがしっかりとした駅弁をつくっている。
 まあ、しかしなあ、地域振興券では消費者としてはそれほど必要があるものを買っている訳でもないので、効用がそれほど高まる訳でもないし、地元にも寄与できている訳でもない。供給側も、結局、煩わしい事務作業を処理できるチェーン店などの企業が主流で、本当に援助が必要な援助にはなっていない。
 飢えているダチョウに、2メートルぐらいの高さに食料を与えるようなもので、チェーン店などの大企業のように「背が高ければ」食料に届くが、そうでないと届かない。チェーン店などの大企業はイオンやマクドナルドのケースをみれば分かるが、地域経済をむしろ破壊する。破壊する側に税金を与えるとは、公共政策としても180度間違えているのではないか。
 こういう馬鹿なアイデアを霞ヶ関の官僚が考えているとしたら、霞ヶ関のエリート官僚の知能も地に落ちたものだと書こうとして、そんな訳はないなということに気づき、これはやはり政治家のアイデアであろうと判断する。

nice!(0) 

シビック・プライドについてザッと考察する [都市デザイン]

自分がそのコミュニティに所属していることを「誇れる」ことがシビック・プライドであろう。それは、コミュニティへの愛着心、忠誠心へと繋がる。そのようなシビック・プライドを市民に抱いてもらう自治体運営は望ましいが、それを政策として実践させようとすると難しい。
 また、逆にそこに所属していることを「恥」と思わせたりすると、それはシビック・シェームとなる。そのような自治体運営をしていると、隙あらばそこから脱出したいという気持ちを住民(特に若者)に抱かせる。
 私の人生はノマドみたいなもので、豊島区、目黒区、ロスアンジェルス郊外のモンテベロ、サウスパサデナ、杉並区、サンフランシスコ郊外のアルバニー、バークレイ、ドイツのデュッセルドルフにて生活していた。目黒区でも3回引っ越しをしているし、杉並区でも2回引っ越しをしている。現在は京都で働くので、ほぼ週日は京都で暮らしている。
 これらのうち、一番長く住んでいたのは豊島区で生まれてから9歳になるまでと、さらに17歳から29歳ぐらいまでいた。合計すると21年だ。しかし、豊島区に対してのシビック・プライドはまったくない。愛着はゼロではないが、南池袋公園の整備など、マーケティング的な観点からコンセプトを導いたような表層的なプロジェクトを自慢する区政などにはむしろ嫌悪感を抱いている。本当に区のイメージをよくしたいなら、千川上水の暗渠をやめて、親水空間を整備するぐらいのことをして欲しい。
 それでは、どこが一番シビック・プライド的なものを感じるかというとバークレイであろう。ここは、自分が住むところを選んだというのもあるが、バークレイという都市が強烈なアイデンティティを発信していて、それが自分のそれと共振する自分がちょっと誇らしいというのがあるからだろう。というか、私自身の個性はバークレイに育まれている面が強い。ビフォア・バークレイとアフター・バークレイとでは、私の個性は相当、違う。
 もちろん、豊島区も私の個性に何かしら影響を与えていると思われるが、その影響を自分が好きでない、というのはあるかもしれない。豊島区で好きな場所を挙げろ、と言われると真剣に困る。苦し紛れに「サンシャインの水族館」を挙げるかな。それと、鬼子母神の界隈、とげ抜き地蔵へのアプローチ道路、学習院大学そばの目白通りぐらい。自分の住んでいた東長崎界隈で、ちょっと子供心に惹かれる場所は練馬区や板橋区、中野区、新宿区にあった。増田元岩手県知事に「消滅都市」として指摘されたときは、そんなことは起きえないと思ったが、別に消滅して寂しいと思うことは、住んだこともない新宿区や世田谷区ほどもない。シビック・プライドのようなものはないし、むしろ隠したい過去のようなものだ。
 バークレイにシビック・プライドを抱くのに対して、ロスアンジェルスの二都市には面白い感情を抱いている。これらは親の都合で住むことになったのだが、モンテベロ市はまったく思い入れがないが、サウス・パサデナ市にはある。これはモンテベロに住んでいた時の方が小さかったが、サウス・パサデナ市には中学時代にもいたので街を自分で相当、探検できたというのと、サウス・パサデナ市はロスアンジェルスでは極めて珍しく高速道路の建設に一貫した反対運動を続けていて、今でもそれを止めているというところに感心しているからだ。ロスアンジェルスの郊外都市としては珍しく、アーバン・ビレッジが形成されており、商店街もあるし、トラムも走っている。この都市で育ったことをまさに誇りとするところがあり、豊島区とは正反対の愛着を持っている。一方でモンテベロは、なんか金がないのに郊外住宅を求めた人達が住むようなところで、裏山はごみ捨て場だったし、いいイメージはないし、愛着もない。また、当時は日本人が珍しかったので、差別的扱いを受けていたということもある。アメリカ人を根本的に信頼できないのは、この時の経験があるような気もする。
 豊島区、杉並区、目黒区だと目黒区に一番、愛着を持っているかもしれないが、じゃあ、シビック・プライドを有しているかと問われると、どうかな。ただ、今、京都と東京とで二重生活をしていると、自分の日本人のアイデンティティ的なものは圧倒的に東京人であるということに気づかされる。というか、他の都市じゃあ受け入れてくれないであろう。良くも悪くも、東京人というアイデンティティから自分は逃れられない。
ただ、ここで東京人というが、私の東京人というのは、豊島区、杉並区、目黒区といった山手線のターミナルでいうと池袋、新宿、渋谷に限定されるような東京人である。東京23区の山手地区の環状7号線生活文化しか経験していない。東京という巨大都市のほんの一部分としか共鳴できないようなアイデンティティである。そのような自分が東京という都市にシビック・プライドを持つはずはない。ただ、何かノスタルジーというか哀愁のようなものは感じる。
あとデュッセルドルフは1年しか住んでいないが、ちょっと思い入れはある。これは、数多ある都市から自分が選んでそこに住んだというのがあるからだろう。シビック・プライドという点では「シビック」の方が怪しいので、有していないが、付き合ってなくてもデートをしたことのある女性ぐらいの親近感というか、思いは有している。
これら住んでいたところ以外に、シビック・プライド的な感情を有しているところとしては下北沢と港区がある。前者は、下北沢の道路反対運動でいろいろと私も活動させてもらったり、イベントにも参加さえてもらったり、さらに私が頻繁に飲みに行ったりするので多くの人的ネットワークがあるということが理由として挙げられる。港区はマスタープラン策定委員会の副委員長をしたり、短期間ではあったがカフェを経営させてもらったり、イベントには多く参加させてもらったことがあるからだ。ようするに街の運営とかに参画させてもらうことができた。このように、自分が街づくり的なことに関与すると愛着、そしてその関係性を誇りたいという気持ちになったりもする。
さて、もう勝手に徒然にシビック・プライドについて思ったところを書き殴ったが、ポイントを整理すると次のようになるだろう。
1) シビック・プライドを有するのは、自分のアイデンティティと共鳴するところが自分にとっても肯定的、誇れるような場合である。
2) 自分が能動的に都市を住むところとして選んだ時は、シビック・プライドが醸成しやすい
3) シビック・プライドを政策的に推進させるためには、市民達に能動的にそのまちづくりに関わらせるような仕掛けをすることが重要であろう。そういう点では、豊田市のトヨシバはうまくできているかなと思うのと同時に、豊島区の南池袋公園は全然、ダメだなと思う(空間設計は素晴らしいのだが)。 
  
 

nice!(0) 

『コロナ後の世界を生きる』村上陽一郎編 [書評]

パンデミックと言えば村上陽一郎。その彼が編修した、24名のオピニオン・リーダーによるコロナ後の世界をどう生き抜くかの指針。ただ、その内容には随分と温度差があり、これは傾聴に値すると姿勢を正して読むような文(藤原辰史や石井美保)もあれば、まるで酔っ払いの戯れ言かというような文(藻谷浩介)もある。玉石混交である。急いで出版することを優先したのか、本としてのコンセプトが見えてこない。読む必要性がまったくない文もあるが、読むに値する文もあるので、それを人に勧めるか否かは難しいところだが、律儀に全文読むのでなく、適当に関心のあるテーマをつまみ食いするのがいいと思われる。とはいえ、私のように買った本はすべて読まないと気が済まない人もいるだろうから、難しいところだ。正直、藻谷浩介の文章は読むに値しなく時間の無駄であった。彼の文が前半にあったら、最後まで読めなかったかもしれない。売れっ子はこんないい加減な文章を岩波新書に書けるのだな。ちょっとだけ羨ましい気持ちにもなる。


コロナ後の世界を生きる――私たちの提言 (岩波新書 (新赤版 1840))

コロナ後の世界を生きる――私たちの提言 (岩波新書 (新赤版 1840))

  • 作者: 村上 陽一郎
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2020/07/22
  • メディア: 新書



nice!(0) 

巻機山(日本百名山46座登頂) [日本百名山]

大学の講義が始まると講義や校務に追われて忙しい。結果、秋に百名山にチャレンジすることがなかなか適わなくなる。そんなことでは不味いと思い、尾瀬の燧ヶ岳にチャレンジしようとしたのだが、ゴートゥーで前泊するような宿がまったくない。それでは谷川岳にしようと水上にある安宿を予約した。予約した後、しかし、ロープウェイの始発は何時かな、とネットで調べたら、なんとロープウェイは運行中止になっていた。何それ!と思ったが、当日予約なのでキャンセルしても全額払わなくてはならない。それなら近場の苗場山に行くかと思ったが、天気予報では苗場山は雪。ということで、それではと巻機山にチャレンジすることにした。
 宿を4時前に出て、途中、コンビニエンス・ストアに寄って巻機山の登山口の駐車場に着いたのが5時15分ぐらい。まだ空は暗いが、既に駐車場は結構、混んでいる。いろいろと身支度を調え、出発したのは5時50分。駐車場が多く、登山口を探すのにちょっと迷った。第四駐車場のところに登山口はあった。
 既に空は明るくなりつつあり、山はまさに燃えるような色をしている。素晴らしい紅葉だ。
登山口を進むとすぐに沢コースと尾根コースの分岐点になる。沢コースは最近の大雨で崩落が激しく、登りはともかく下りは禁じられている。当然、尾根コースをとる。しばらくは緩やかな登りであるが、泥のぬかるみ道なので滑りやすい。なんか、日本の登山は泥道か礫を歩かされるかのどっちかだな。どちらにしろ、あまり快適ではない。ただ、巻機山の麓に広がるブナ林は素晴らしい。幹が太くなく、スマートなプロポーションをしているブナの木だ。
 私の登山の弱点は下りに弱いということである。この下りに弱いというのは、元気な登り時に膝を痛めてしまうからなので、今回はゆっくりとマイペースで登っていくこととした。マラソンで最初に飛ばして後半、ガクッとくるような登り方をするのが問題であるのだ。ということで、抜かれてもじっと我慢をして一歩一歩、噛みしめるように登っていく。結果、この日は下りも膝にこないで下山をすることができたので、これからもこの登り方を守っていきたいと思う。
 さて、歩いて二時間ぐらい経つと徐々に展望が開け、驚くような美しい紅葉に彩られた山が登山口の両側に展開する。そして、ほぼ2時間15分後(8時05分)に6合目に到着する。ほぼコースタイム通りである(『日本百名山-山あるきガイド』(JTBパブリッシング))。6合目は展望台になっており、見事な紅葉と六日町、さらには遠く日本海までも望むことができる。ここで軽くおにぎりを食べて休憩。
 そこからはクマザサに覆われた中、泥の急斜面が続く。泥がまるでダーク・チョコレートのようだ。登山靴は泥だらけである。ここを我慢して歩いて行くと、八合目に出る。八合目からはしっかりと木で階段がつくられており、非常に歩きやすい。天気は快晴で、素晴らしい紅く燃えるような紅葉の山々を見ながら歩いて行く登山は、気持ちも晴れる。忙しい中、無理して時間をつくって登山に来てよかったとつくづく思う。
 階段を登り切って左に歩いて行くとニセ巻機山に到着する。向かいには巻機山本峰と、その左に堂々とした山容の割引岳を見ることができる。時間は9時10分。この行程でもコースタイムより早い。多くの登山客に抜かれて歩いていた割には、ペースは決して悪くない。そこから5分ほど下ると巻機山避難小屋に着く。ここではトイレがあり、私も用を足す。そこからはまた登りになる。織姫の池と呼ばれる池塘に映える空と山を見ながら、稜線へと足を運ぶ。ここは御機屋といわれて、ちょっと平らになっている。ここは巻機山山頂の看板が立っている。実際の山頂は、もっと右にあるのだが、植生保全のために立ち入りができない。そのための措置である。とりあえず、ここで記念撮影をする。
 当初は、ここで食事でもして引き返すことも考えたのだが、既に多くの登山客がここで食事を取っていた。時間は10時ちょっと前。下山はコースタイムより、遙かに時間がかかる傾向にある私だが、流石に登りの4時間よりかかることはないだろうと思い切って三角点があり展望のよい牛ヶ岳まで足を延ばし、そこで昼ご飯を食べることにした。牛カ岳に行く途中には本峰もある。本峰は平らで、あまり感動を覚えない。それより、この牛カ岳への尾根道は左に日本海の素晴らしい展望、目の前に越後三山、さらには右には平ヶ岳、燧ヶ岳、日光白根山、さらに後ろには谷川連峰、苗場山などを見ることができ、歩いていて本当に気持ちがよい。牛カ岳の近くにいくと奥只見湖も見える。
牛カ岳は尾根の先端という感じの場所で、そこから先は急坂となっている。何人かの人がいたが、空きスペースを探してお湯を沸かそうと思ったらなんと鍋を忘れた。本当、先日、買ったばかりなのに情けない。カップヌードルのビッグサイズをそのまま持ち帰る羽目になった。
牛カ岳は11時頃に発つ。下山の目標時間は4時間30分である。下りが何より弱点の私は、登りと同じように休みつつ、降りていくことを今日は自らに課すこととした。11時30分頃に御機屋を通過し、12時頃にはニセ巻機山を通過。8合目から6合目にかけては、途中、凄まじい泥濘の急坂を注意して下りていき、6合目には13時頃に到着。ニセ巻機山から6合目の下山はコースタイムの45分よりもかかっている。しかし、焦りは禁物だ。焦ると膝に来て、結果、余計時間がかかることになるからだ。先月の雨飾山では、まさに下山でコースタイムの1.5倍もかかることになってしまったが、これは膝が痛くなったからだ。
6合目を過ぎたあたりから、あれだけ晴天だったのに雲が出てきた。本当、山の天気はよく分からない。人にどんどん追い越されるが、何しろ泥に足を取られて滑らないことを念頭に下山する。とはいえ、一度は滑って尻餅をついてしまった。この滑るのは足の筋肉が持ちこたえることが出来なくなっているからだ。しかし、雨飾山よりはずっと足のコンディションはよい。三合目を越えると平らになったので、ちょっとペースを速めた。登山口に到着したのは14時40分。これもコースタイムの90分よりは時間がかかったが、10分程度であり、これは私的には相当の頑張りで、自分でもちょっと驚いた。やればできるじゃないか、という感じである。合計8時間50分の登山となり、いつもは体力を100%以上、使い切っている場合が多く、もう這々の体となっているのだが、今回は多少、余裕がある。将来に繋がる登山であったかなと思う。
私は、百名山にチャレンジはしているが、ほとんど苦行なので滅多に同じ山にもう一度登りたいとは思わない。苦行じゃなくて簡単な山はそれほど魅力がないので、やはりもう一度チャレンジしたいとは思わない。しかし、この巻機山は違った。もう一度、機会があれば登りたいと思わせた。こんなに気分よく、さらに達成感をも兼ねて登山をできたのは初めてかもしれない。

2F6A8410.jpg
(5時前であるが駐車場には多くの車が既に駐車していた)

2F6A8411.jpg 
(登山口からすぐに分岐点がある)

2F6A8415.jpg
(泥のぬかるみ道の急坂が続く)

2F6A8435.jpg
(6合目の展望台)

2F6A8451.jpg
(6合目から8合目までの泥濘んだ急坂)

2F6A8457.jpg
(8合目からは階段が続いて歩きやすい)

2F6A8460.jpg
(ニセ巻機山)

2F6A8461.jpg
(ニセ巻機山から割引岳を望む)

2F6A8470.jpg
(避難小屋)

2F6A8477.jpg
(織姫の池)

2F6A8480.jpg
(御機屋と呼ばれる稜線に開けた場所。巻機山山頂の看板が立っている)

2F6A8484.jpg
(御機屋から牛カ岳へと向かう)

2F6A8505.jpg
(牛カ岳)

2F6A8510.jpg
(牛カ岳周辺の山々は真っ赤に燃えていた)

2F6A8520.jpg
(まるで空中散歩をしているかのような尾根道)

2F6A8529.jpg
(笹の緑と紅葉の赤とのコントラストが美しい)

2F6A8533.jpg
(御機屋からニセ巻機山を望む)

2F6A8552.jpg
(ニセ巻機山から八合目へと下りていく)

2F6A8573.jpg
(ちょうど7合目周辺からの紅葉は見事であった)
nice!(0) 

紅葉に関する考察 [サステイナブルな問題]

日本は四季がはっきりとしていて、この季節感が日本人の自然の捉え方や死生観などに影響を与えていることは間違いないであろう。そして、その季節の移ろいの大イベントは桜の開花であるかと思う。ただ、私は桜より紅葉の方が好きだ。乱舞するような色彩のグラデーションは桜より、さらに目を楽しませてくれる。
 アメリカの画家、ジョージア・オキーフはニューヨーク州の避暑地であるレイク・ジョージに住んでいたが、その後、旦那の不倫を機にニューメキシコ州のゴースト・ランチへと引っ越しをする。その時の理由が「レイク・ジョージに比べるとゴースト・ランチのランドスケープの色彩がはるかに多彩である」と説明した。自然の色が、我々の色彩センスを豊かにする。レイク・ジョージが12色の色鉛筆セットであれば、ゴースト・ランチは48色のそれである。画家にとっては、自然の色彩が豊かであるということが、その才能のインスピレーションに必要だったのであろう。
 日本の紅葉時の色彩の豊かさもまさに48色の色鉛筆セットのようである。この色彩の豊かな空間に暮らしていることは、ある意味、たいへんな贅沢である。日本政府は、山を紅葉が美しいブナ林からせっせと植林政策のもとスギ林に変えてしまったが、紅葉時のスギ林の色彩は貧相である。生物多様性だけでなく、色彩の多様性をも失ったのが、日本政府の戦後の森林政策であった。
 とはいえ、日本にはまだそれらの政策から漏れたブナ林などの落葉広葉樹林の豊かな森があり、この時期に我々の心を豊かにするような色彩のダンスをみせてくれる。


nice!(0) 

小谷温泉の村営の露天風呂で公共性を理解しない日本の若者に嘆く [サステイナブルな問題]

小谷温泉に小谷村が経営している露天風呂がある。ブナ林の中にある見事な露天風呂で、温泉はもう絶妙だ。ブナの葉が演出する木漏れ日が目に優しく、幸せな気分になる。脱衣所もちょっと開放的ではあるが、清潔であり、気持ちよい入浴体験ができる。トイレはなんとウォシュレットだ。結構、お金がかかっている。ふるさと創世交付金でも使ったのであろうか。
 さて、この施設は投げ銭制度である。私はちょうど財布の中にあった200円を投入した。こんなによい温泉であれば、ちょっとケチだったかもしれない。私が温泉を出て、服を着ている時、白人の若者と日本人の若者とが脱衣所にやってきた。会話から、地元で一緒に働いているような関係のようだ。さて、白人の若者は投げ銭で500円を入れた。流石だ。このようなプロジェクトにお金がかかり、その便益を享受したものがその対価を支払うことを理解しているとみた。500円はちょっと多いかなと思ったが、この温泉に隣接する雨飾荘は600円なので、そういう意味では妥当かもしれない。私も500円は払え、といえば払ったであろう。さて、その白人を尻目に日本人の若者は一円も支払わないで入った。
 なぜ、彼が一円も払わないのかいろいろと事情はあるだろう。たまたま、手元にお金がなかっただけかもしれない。しかし、これは憶測ではあるが、彼は払うことの意味が分かっていないのだと思う。白人の知りあいが払うのを見ても、まったく動揺さえみせず、私がちょっと何だこいつは?的な目で見たとき、挑発的な顔で見返してきたからだ。
 これは典型的な共有地の悲劇の事例かと思う。正直者が馬鹿を見る、という奴だ。しかし、この日本人の若者のようなものばかりになると、この温泉はおそらく成立しなくなるであろう。少なくとも維持には、この村の税金が使われる訳であるから、成立したとしても他のところにシワ寄せが行く。そういうことを理解しての確信犯であるならまだいいが、おそらくこの日本人の若者はそういうことも分かっていないのだと思われる。じゃあ、お金を取るシステムをつくればいいじゃないか、と思われるかもしれないが、お金を取るシステムをつくることにも、またそれを維持管理するにもお金がかかるのだ。こういう正直者に依拠するようなシステムをつくった場合、我々は、そのシステムを利用する際には正直者であるべきである。人を見たら泥棒と思え、という前提では本当、社会を運営するのにお金がかかるのだ。
 日本はそういう点では、他国よりは優れているはずであるが、小谷村の公営露天風呂でみた光景は真逆であった。情けない。
 

nice!(0) 

雨飾山(日本百名山45座登頂) [都市デザイン]

雨飾山に挑戦する。前日は白馬にあるペンションにて宿泊。素泊まりである。ペンションの部屋は大変お粗末であって、お湯もボイラーを焚かないと出なかった。とはいえ、まあ車内で寝るよりはましかぐらいの気分で宿泊しているので、多くは要求しない。その割には、宿泊代は高かったが。4時にはペンションを出る。白馬のセブンイレブンで、朝食のサンドイッチと珈琲、そして昼ご飯のお握りを2つ、さらには水を2リットルほど買う。
 そこから雨飾山のキャンプ場へと向かう。キャンプ場に着いたのは5時30分ぐらい。駐車場は満車だが、皆、路肩に止めている。路肩も幅広く、路駐に都合のいいスペースもあり、そこに止める。いろいろと準備に手間を取り、登山口を出発したのは6時ちょうど。天気は曇りである。10分ほどは快適な平坦な道を行くが、すぐに登りが始まる。登山道は、ぬかるんだ泥であまり歩いていて楽しくはない。ここの下りはきついだろうな、と思ったが、それは下り時に現実となる。30分ぐらいで3合目。ここらへんのブナ林はなかなか美しく、紅葉時はさぞかし綺麗だろうにと思う。50分ほどでブナ平に着く。ブナ平周辺のブナの木々は、心をこう落ち着かせる効果がある。
 7時15分ぐらいに雨飾山の尾根筋が見える。この登山で初めて展望が開けた。なかなか、いいじゃないか。しかし、ここからは荒菅沢には下らなくてはならない。この登りたいのに下るというのが、個人的には損をした気分になってしょうがない。荒菅沢には7時25分到着。ここまではコースタイムよりちょっと早いぐらい。荒菅沢からは雨飾山は見えないが稜線は見え、また布団菱とよばれる岩峰が屹立しているのが展望できる。これは、なかなかの光景だ。
 荒菅沢からは急登。ヒモと階段が頻繁に出てくる。道もぬかるんでいる泥で、雨だったらまず上り下りは無理じゃないかと思わせる。デジャブ現象だと思ったら、後方羊蹄山の登山道と似ている。どちらも好きじゃないが、こちらの方がさらに急登である。ただ、後方羊蹄山と違って、こちらの方が距離はずっと短い。また、登るにつれて視界は開け、妙高連山が後ろに見える。ただ、樹林帯を抜けると、いきなりロック・クライミングかというような岩場にでる。ストックをリュックにしまい、ここはもう手を使って這い上がるしかない。日本の登山って、本当、技術面ではハードだよなあ、と思う。それだけ国土が急峻で山だらけということなのかもしれない。こういうことを知れたのも百名山にチャレンジしたからだ。
 岩を這い上がるようにして、笹平に到着したのは8時45分。ほぼコースタイム通りである。笹平からは美しい山容の雨飾山を見ることができる。しかし、笹平で雨飾山を確認するとすぐ、霧が山を覆い始める。せっかくの美しい姿も観られないと価値がない。
 笹平からは笹の中を山頂目指して尾根道を歩いて行く。しばらくは平坦な道で両側に展望が開け、快適な気分になる。特に日本海側の展望が雄大で爽快だ。さて、山頂へ行くには最後のきつい登りが控えている。ここも、ほぼロック・クライミングのような感じだ。とはいえ、山頂はまだ霧の中。ここを上がっても何も展望は得られないだろう、ということで、ちょっと広くなっているスペースにてお湯を沸かして食事を取ることにする。ガスバーナーを持ってきたのは久し振りだ。定番のカップヌードルを持ってきたのだが、味噌味だったせいか、全然、美味しくなかった。登山で食べるものはほぼすべて美味しく、特にカップヌードルは格別に美味しいと思っていたので、これは大いに裏切られた気分だ。ただ、ドリップ式の珈琲を飲めたのはよかった。
 登山口からは想像、できないほどここはもう寒く、ウィンドブレーカー、長袖のフリースなどを着込む。手は特に寒く、手袋なしでは作業ができないくらいだ。ここで結局、一時間弱時間を潰す。ようやく霧が晴れつつあるので、最後の岩壁にチャレンジする。結構、人が多く、狭い道をすれ違うのに気を遣う。とはいえ、それほどの困難はなく、無事、10時過ぎに登頂する。残念ながら絶景は楽しめなかったが、それでも多少は周辺の地形などを楽しむことができる。まったく見えないのと、ちょこっとでも見えるのはエライ違いだから、急いで登頂しなかったことは正解だろう。また、山頂にはスペースがあまりないので、そういう意味でも岩壁の前に休憩を取ったのは正解だったかもしれない。
 山頂は結構、寒いのと手袋の下でも手がかじかみ始めたので、早速下山を開始する。笹平に到着したのは10時40分。そして、荒菅沢まで岩をよじ降り、ぬかるみの急斜面をゆっくり歩いていく。荒菅沢に到着したのは11時45分。コースタイムとほぼ同じか、ちょっと遅れているぐらい。
 結構、今回は膝も大丈夫かなと思っていたのだが、そう思った途端、2回ほど泥に足を取られて滑って尻餅を打った。一度は、膝を変に捻ってしまい、大事には至らなかったが、ヒヤッとした。この泥のぬかるみ道、登りも嫌だが、下りは本当に嫌だ。結局、足はまあまあガクガクの状況で登山口まで辿り着く。到着時間は1時30分。これはコースタイムよりも45分も長く、175%も余計にかかっている。下りが苦手であることが今回の登山でも判明し、ちょっとこの点は鍛えなくてはならないなと思わせられた。
 その後、温泉に浸かろうと小谷温泉に行くのだが、あいにく雨飾荘はコロナで外来客の入浴は禁止。これは、どうしようかと思ったら、何と小谷村の村営の露天風呂がすぐそばにあることを発見。この露天風呂、ブナの森の中の大変、気持ちよい温泉で、非常に得した気分。雨飾山の登山の結構、これがハイライトだったりして。また、昼ご飯は、やはり小谷村の山間にある「蛍」という蕎麦屋で食べたが、これもちょっと新鮮な体験であった。雨飾山の登山、泥のぬかるみ道はいただけないが、山容の美しさ、そこからの展望、そして登山後のお風呂と食事は、大きな魅力である。

2F6A8126.jpg
<雨飾山キャンプ場前の駐車場>

2F6A8129.jpg
<登山道は最初は、こんな感じ>

2F6A8131.jpg
<しかし、10分もするともう泥のぬかるみ道の急登が始まる>

2F6A8135.jpg
<ブナ平のブナはいい感じ>

2F6A8138.jpg
<ブナの森を抜けると荒菅沢の沢に出てくる。こっから下り>

2F6A8143.jpg
<荒菅沢>

2F6A8146.jpg
<荒菅沢からも急登。そして、このぬかるみの泥道>

2F6A8153.jpg
<泥道抜けると今度は岩登り>

2F6A8156.jpg
<相当急峻です。ストックは無意味。両手を使って登ろう>

2F6A8160.jpg
<笹平から展望する雨飾山>

2F6A8169.jpg
<尾根から日本海を展望する>

2F6A8171.jpg
<オヤマリンドウ>

2F6A8179.jpg
<山頂は曇っているので、その手前で食事。久し振りにお湯を使って調理>

2F6A8182.jpg
<ようやく雲が晴れる>

2F6A8189.jpg
<山頂>

2F6A8200.jpg



タグ:雨飾山
nice!(0) 

『未来の年表』 [書評]

産経新聞の記者による日本の人口減少を分析し、かつ処方箋をしたためた新書。分析の部分はまあ読めたが、処方箋はただの思いつき的妄想にしか過ぎない。しかも、その思いつきに大した創造性もなく、読むのが苦痛になったので一度読むのを中断した。新書であるのにだ。それぐらい、無責任でいい加減な処方箋を書いている。特にCCRCとか知の巨人村といった大学絡みの話は、私自身が大学教授であるが、まったく荒唐無稽というか、なんか人の気持ちとか分からない人なんじゃないかな、と思う。さらに、その論の構築もまったく説得力がない。この人、政府の委員とかを務めているみたいだけど、それは逆に政府の知恵の無さを露呈していると思われる。正直、産経新聞のジャーナリストって、こんなもんなのか?と疑問を持たされる。さらに、これは講談社現代新書から出版されているのだが、講談社もこんなレベルが低かったのかと驚く。でも40万部近く売れたから経営的にはいいのかもしれないな。まあ、この程度のジャーナリストが受けるような国には確かに未来はないな。若者にメッセージという巻末の言葉があるが、私が若者だったら、この本を読んだら日本を脱出することを考えますね。若者が日本と心中すると思ったら大間違いである
タグ:未来の年表
nice!(0) 

トランプは「群集心理」がコロナウィルスを収束させると発言する [英語関連]

トランプはABC放送のディベート番組に16日に出席した。そこでアナウンサーのコロナウィルスの質問に対して、「群集心理」(Herd Mentality)がコロナウィルスを収束させると発言した。正解は「集団免疫」(Herd Immunity)ですね。ここで、集団に関してはHerd(群れ)という単語を使うことを知る。集団だとGroup, Band, Massなどの言葉が出てくるし、私はこれはGroup Immunityとか言うのかなと思ったら違った。トランプのおかげで、私はユーチューブでアメリカのニュース番組を毎日、チェックしており、貴重な私の時間が随分と無駄になっているが、たまに、こういう英語の語彙が増えるのは、ちょっとプラスかなと思ったりもする。

https://www.theguardian.com/us-news/2020/sep/16/first-thing-trump-says-covid-19-could-be-stopped-by-herd-mentality

nice!(0) 

中崎町を訪れる [都市デザイン]

大阪市の梅田そばにある中崎町を初めて訪れる。もう19時を回っていたので、夜の中崎町であるが、近年、若者に注目されているスポットということで興味津々で訪れた。さて、中崎町は大阪の北の中心地である梅田から歩いて10分もしないで着くことができるような距離にあるが、雰囲気は独特である。阪急、東海道本線、大阪環状線という高架の鉄道が三本走っていて、空間的な雰囲気は大久保っぽい。実際、エントレプレナーが多いという点でも共通しているが、大久保が韓国を中心としたアジア勢であるのに対して、中崎町はちょっとお洒落な若者というところが違う。カフェや古着屋、などが古くからある居酒屋や食堂と違和感があるようで、うまく調和しているところが魅力である。
 とはいえ、梅田駅から近いということもあって、専門学校、オフィスビルなどが立地していて、さらには高層マンションも建っていて、そのカオスぐあいはブレードラナーのようである。ブレードランナー的な都市景観といえば、東京だと三軒茶屋が相当いい感じを出しているが、中崎町もなかなか負けていない。
 中崎町は第二次世界大戦で奇跡的に被爆を回避することができたので、モータリゼーション以前の区画が多少、残っている。このメーズというかダンジェン的な都市空間は、ちょっとわくわくさせる。この点は下北沢と同様だが、ほぼ畑だった下北沢と違って、昔から市街地であった中崎町の方が、その点では下北沢に勝っている。とはいえ、中崎町を分断するような幹線道路が通っており、これが中崎町のいい雰囲気を台無しにしているので、総合的には下北沢に軍配が上がるであろう。とはいえ、下北沢も分断される都市計画道路が計画されているので、いつあのアーバンな雰囲気が壊されるかは分からない。
 中崎町の個性ある店舗は、私が訪れた時はその多くが閉店していたが、それでもそのセンスのよい雰囲気のよさは感じられた。ただ、空を見上げると高層マンションやオフィスビルとのギャップが強烈だ。総じて、アスファルトジャングルの裂け目に美しい雑草が咲き乱れているといった感じの町であろうか。

nice!(0) 

本当に怖いのはトランプではなくて、米国民の三分の一を占めるトランプ支持者達である [トランプのアメリカ]

トランプ大統領がコロナウィルスの危険性を2月時点で知っていたとジャーナリストのウッドワード氏の取材で述べたことが、アメリカでは大きな話題となっている。トランプは一貫してコロナウィルスは風邪のようなものだ、春になって暖かくなれば奇跡のように消えていく、などと国民に伝えていて、ジャーナリスを含めて多くの識者は「トランプは科学が理解できない馬鹿なのか?」と疑問視していたが、彼はしっかりとコロナウィルスの危険性を1月、2月時点で知っていたことが明るみになったのだ。つまり、彼はそういう点では馬鹿ではなく、知っているのに敢えて嘘をついていたことになる。まあ、その結果が20万人近くの死者数である(おそらく9月20日には20万人を越えているだろう)。ある意味、知らないより遙かに質が悪い。
 ここまでデタラメだと、トランプの再選の目はあるわけないと思うだろうが、いや、あるんだな。全米全体ではトランプはバイデンに10%近くの差をつけられている。しかし、実際の選挙は全国民の投票数ではなく、エレクトラル・カレッジという訳が分からない制度で決まるのだ。これが、ヒラリーが全投票数では200万以上の差をトランプにつけながら選挙で敗れた理由である。
 エレクトラル・カレッジとは州ごとに決まった投票数を、その州の勝者がすべてもらうという制度で、例えば前選挙ではウィスコンシン州は0.7パーセントでトランプが勝ったが、ウィスコンシン州の10の票はすべてトランプがかっさらった。
 ということで青い州と赤い州に大きく二分されているアメリカでは、少数の紫の州によって大統領を決めることになる。フロリダ州やウィスコンシン州、ペンシルベニア州、アリゾナ州、ノースカロライナ州などだ。
 したがって、このようなデタラメだらけの嘘つき野郎のトランプでも、これらの紫の州の人達が支持をすると再選されてしまう。そして、この後に及んでも、まだトランプをこれらの紫の州の人達は支持をしているのだ。これは、ある意味、トランプが大統領であることよりも怖い事態である。だいたい、全米国民の3分の1を占めているこれらの人達は、嘘を悪いとは思わないので、まともな交渉をすることはできない。さらには気に入らないことがあると、すぐ銃をぶっ放すので、そもそも交渉もしない方がよい。また、人種差別思想の持ち主なので、我々日本人もいきなり差別されるので、もう本当、交渉とかを考えること自体が危ない。被差別者はいきなり銃で撃たれたりするからな。大袈裟だと思う人は『イージー・ライダー』とか『To Kill a Mocking Bird』とかを観るといいと思います。
 つまり、トランプはここらへんのアメリカの醜悪さをものの見事に露出することに成功した。これは、日本だけでなくヨーロッパでも多くの人のアメリカに対する嫌悪感を高めたと思う。私も、ちょっとトランプだけでなくトランプ支持者に対してのとてつもない嫌悪感を抱いてしまっている。
 次の選挙で、どうにかまた舵を戻すことができるのか。アメリカ人の識者の多くが指摘しているが、アメリカ史上、最も重要な選挙があと二ヶ月もしないで起きる。


nice!(0) 

上高地は日本のヨセミテ・ヴァレーだ [地球探訪記]

上高地を訪れる。上高地はなんか行ったことがあるような気がしているが、さて、じゃあいつ行ったのかというと記憶が朧気だ。もしかしたら、物心がついてからは行ったことがないかもしれない。私の名前は「けいろう」という極めてけったいな名前であるが、これは、私がまだ胎内にいるころ、医者が私は男子ではなくて女子であると言ったために、両親は女の子の名前ばかりを考えていたからである。そして、考えた名前が、この上高地を流れる梓川からとった「あずさ」であった。そしたら蓋を開けたら、男子だったので、もう適当に両親の名前の一字をとってつけたのが、私の名前の由来である。
 ということで、極めて私的な話で恐縮ではあるが、私は勝手に梓川に親しみを持っていた。そして、上高地も脳内で勝手にイメージがつくられていたのである。これは、もしかしたら上高地のガイドブックなどを見てつくりだされたものかもしれない。ということを、今回、上高地に来て気づいた。というのも、帝国ホテルなどが、自分が描いたものとギャップがあるからだ。そして、上高地から見上げる穂高連峰の景観も私の記憶(と思っていたもの)とは違う。もしかしたら、上高地を訪れたのは実は私は初めてなのかもしれない。
 上高地を来て真っ先に思ったのは、ここは日本のヨセミテ・ヴァレーだな、ということである。梓川はメーセド川で、谷を急峻な山々で囲まれているという構図はまさにヨセミテ・ヴァレーを彷彿させる。ヨセミテは、ヨセミテ・フォールズを初めとして豪快ないくつもの滝が谷を彩っているが、上高地はそういうところはない。ただ、屹立する穂高連峰や焼岳などの豪壮な姿は、ヨセミテ・ヴァレーとはまた違った魅力を放っている。驚くほど素晴らしいところである。
 さて、しかし、またまた個人的な話であるが、ヨセミテ・ヴァレーには私はおそらく通算で15回ぐらいは行っている。それに比して、上高地はもしかしたら初めてか、物心がつく前に親に連れられてきたことがあるぐらいである。ロスアンジェルスとサンフランシスコに住んでいたことがあるので、ちょっと旅行に行くか、という時に筆頭で上がるのはヨセミテ・ヴァレーだ。しかし、東京じゃあ、ちょっと上高地に行くか、というようにはならないような気がする。ううむ、勿体ないことをしていたな。こんなに東京に長く生活していたのに何をしていたのだ、と反省すると同時に、まあ、それでも訪れてよかったなと改めて思ったりもする。
 日本の自然がつくりだす、ある意味、驚嘆すべき景観美は全国にあるが、この上高地はその筆頭なのではないだろうか。という、多くの日本人がおそらく常識と知っているようなことを実感した。
 先月、北海道に行き、同宿した北海道の地元の人に「本州の人達は、北海道の自然が豊かなことに感動する」と言われた。確かに大雪山や知床、利尻岳の自然は素晴らしいし、豊かではあるが、その豪壮さという点では、とても北アルプスには及ばないな、ということを思わされた。。

2F6A7865.jpg
<梓川と穂高連峰>

2F6A7861.jpg
<上高地帝国ホテル。なんか私の脳内記憶とはズレがあった>
nice!(0) 

焼岳(日本百名山44座登頂) [日本百名山]

焼岳に挑戦する。前日の夜11時頃に塩尻市内のビジネスホテルに到着する。天気予報では松本市内の降水確率は40%ぐらいだったので、これは無理だろうと半ば諦めていたのだが、登山天気アプリをみると、上高地の降水確率は6時から12時までゼロ、12時から18時までの間では降水量1mmの雨が降るという予想であった。これは5時の始発の沢渡から上高地に行くバスに乗れれば、雨が降り始めた時にはあわよくば登山口に戻れるかもしれないし、そうでなくても登山口そばには戻っているだろうと考え、朝3時40分にアラームをセットして眠る。
 はずだったのだが、車を運転している時に珈琲を飲み過ぎたのか、目が覚めて一睡もしないで3時30分になってしまった。どうするか、と行くことを躊躇したが、こういう時に諦めたら100名山登頂は絶対無理だと思い、ホテルを発つ。沢渡に着く前にセブンイレブンで朝食のサンドイッチとお握りを購入する。最近のワンパターンである。
 沢渡への道は意外と遠く、4時50分頃に到着する。まだ周囲は暗い。急いで準備をする訳にもいかず、靴を履いたり、タイツを履いたりしていたら始発のバスは出発してしまった。その次は6時であった。土曜日であったので、結構、多くの客がいるのかと思ったが空いていた。帝国ホテル前にて降りる。6時30分ぐらいである。朝焼けに映える上高地を囲む山々のシルエットが息を呑むほど美しい。これは日本のヨセミテだ。
さて、そこから田代橋の方に行くと、穂高登山口に出る。穂高はまだまだハードルが高いので、ここは左に曲がって焼岳へ。ちなみに、焼岳を私はずっと「やきだけ」と読んでいたのだが「やけだけ」なのですね。
 砂利道をしばらく歩き。左側に大正池の地獄的な景観が広がる。なかなか、迫力がある。15分ぐらい歩くと焼岳の登山口に出る。ここからは砂利道を外れ、本格的な登山道となる。最初の30分ぐらいは樺の美しい森の中を快適に歩いて行く。しかし、だんだんと傾斜がきつくなり、7時30分ぐらいには森に入って初めて焼岳がその姿を森の木々の中から現す。なんか神々しいのと、同時に、あんな高いところまで登れるのだろうかと不安になる。なんせ、睡眠不足なので体力の消耗が気になるのだ。
 また、周りにまったく人気がない。というか、百名山の単独行でこんなに一人になったことは初めてである。そしたら、妙に尿の臭いが強い箇所を通り過ぎた。人間にしてはちょっと臭いが濃すぎる。一昨日にも熊が出没したというニュースがあったので、流石に不安になって、iPhoneで音楽を流しながら歩いて行くこととした。さらに30分ぐらい歩いて行くと、森から抜け、谷が展望できるところに出る。ここらへんからは梯子も出始め、なかなか技術と度胸が必要となってくる。8時45分には、登山コース最後の梯子に到着するが、ここは二つの梯子が括り合わされて長い一つの梯子になっているのだが、その梯子の繋ぎのところを登っていくのはなかなか緊張する。これは二つの梯子の傾きがズレているからだ。流石にここを通る時は眠気も覚めた。ただ、嬉しいのは梯子を越えると、目に見えて高度を得たことが分かることだ。また、この梯子を越えると、谷向こうに焼岳の北岳の素晴らしい展望が得られる。天気も最高に近く、午後の降水予報を敢えて無視してきたことは正しい判断であったと確信する。
 ただ、ここらへんからか、寝不足もあって高山病のような症状が出始める。これは、通常、これだけ登山で体力を消耗すると空腹を覚えるのだが、その空腹感がまったく出てこないのである。これ以上、高山病を悪化しては不味いと意識し、ゆっくりとゆっくりと登っていくことにする。ここらへんになると、私を追い抜いていく人も出始め、この山に自分一人ではないという、ある意味当たり前のことを実感して少し、安堵を覚える。
 焼岳小屋に到着したのは9時15分。コースタイムとほぼ変わらない。途中からゆっくりペースにしたわりには悪くない。ただ、ここでは流石にちょっとでも目を閉じた方がいいと考え、ベンチに座り10分ぐらい仮眠する。
 コースタイムをみると焼岳小屋から頂上まで1時間10分であった。まあ、これまでゆっくりペースでもコースタイムだったので、10時30分にはつけるだろうと思ったのだが、これは大間違いであった。焼岳の山頂を目前にしてからが遠い、遠い。ガレ場の急坂で滑りやすいというのもあるが、なかなか高さを稼げない。ところどころから噴煙がまだ出ており、風向きによっては強烈な硫黄臭に襲われる。周囲を見渡せば笠ヶ岳、穂高連山が見えて、本当、素晴らしい景観の中にいて、気は高揚するのだが、山頂は近いようで遠い。結局、山頂に到達したのは11時。コースタイムのよりも1.5倍もかかった。
 山頂からは南にある乗鞍岳も展望でき、本当、今日は素晴らしい登山日であったことを実感する。焼岳からはまさに360度の絶景を楽しむことができる。神々が遊ぶ谷、というヨセミテのキャッチフレーズを思い出す。槍ヶ岳も見ることができる。いつか、これらの山に登頂しなくては、とちょっと気持ちも高揚する。
 山頂は飽きないが、午後の雨が来る前に急いで下山しないと、と考え11時20分には出発する。下りは結構、ペースをあげたのだが、焼岳小屋に着いたのは、やはりコースタイムより1.5以上倍かかった13時到着であった。ちょっとだけここでも目をつぶり、下山を開始する。これまで晴天の中にいた焼岳に雲がかかっている。ちょっと不吉な前兆だなと思ったのだが、最初の梯子を下りた時ぐらいから雨が降り始め、3つ目ぐらいの梯子を下りた時には土砂降りになった。これはもうしょうがないとカメラをリュックに入れて、雨仕様に着替え、下山を続ける。このとき、山を登っているグループと出会ったのだが、彼らは焼岳小屋に宿泊する予定なのだろうか。あの梯子を濡れた中、のぼるのは嫌だろうなと同情する。
 それからは雨の中、ゆっくりと歩く。途中、猿の大群と出会い、相当緊張したが、無事に通り過ぎることができた。ただ、猿の群れと歩いている時はペースが相当、落ちてしまった。
 雨の中、歩いていたこともあり、随分と体温も上がり、膝も痛くなったりして、さらには寝不足であったこともあり、なかなかしんどい下山となった。最初は15時台のバスに乗れるのではないかと思ったのだが、思ったよりずっと時間がかかり、結局、這々の体で登山口に戻ってきたのが15時10分。
 最終バスの16時には余裕の15時40分にはバスターミナルには着いたのだが、それでも下山に4時間20分もかかってしまった。登りに4時間30分かかったことを考えると、下山は相当、ペースが落ちてしまったのかもしれない。休憩を入れたら9時間以上の登山になってしまい、もう相当、疲労困憊の登山にはなってしまったが、山頂までは本当に素晴らしい天気に恵まれ、そういう意味では充実した登山ではあった。
 
2F6A7867.jpg
<西穂高登山口。私は左の焼岳登山口へ>

2F6A7878.jpg
<幻想的な朝靄の樺の森の中を歩いて行く>

2F6A7885.jpg
<森の中から焼岳がその姿を現す。挑発されているような気分>

2F6A7900.jpg
<谷の向こう側の焼岳の勇姿。天気がよく見事な山容に感動する>

2F6A7907.jpg
<梯子は結構、厳しい。緊張して登っていく>

2F6A7921.jpg
<焼岳小屋にはトイレや飲み物等を販売するキオスクがある>

2F6A7937.jpg
<焼岳の山頂はすぐ登れそうで結構、遠い>

2F6A7940.jpg
<ところどころに出ている噴煙から、ここがまだ活火山であることに気づかされる>

2F6A7959.jpg
<あと少し、あと少しと思っても山頂にはなかなかたどり着けない。コースタイムは短すぎると思う>

2F6A7964.jpg
<山頂直前にも二つの噴火口があり、風向きによっては相当、硫黄臭がきつい>

2F6A7971.jpg
<山頂にようやく到着。コースタイムを大幅にオーバー>

2F6A7986.jpg
<お釜はなかなか神秘的>

2F6A7987.jpg
<笠ヶ岳のまるで壁のような山容>

2F6A7990.jpg
<上高地が箱庭のように見える>

2F6A7994.jpg
<乗鞍岳も展望することができた>

2F6A8029.jpg
<1時過ぎには急に雲行きが怪しくなり、1時30分から雨が降り始める>
nice!(0) 

上高地にて猿の大群と出会う [地球探訪記]

焼岳に登り、その下山中、雨に降られる。森の中に入っていたので直接は雨が当たらなかったが、雨だと匂いを消すし、音もそれほど届かなくなるので下手したら熊に遭うかもしれないな、とちょっと不安になる。と思った矢先に、森の中にはホー・ホーという綺麗な鳴き声が樺の森の中にこだましている。これは、てっきり鳥が鳴いているのか。と思った。雨の中でも鳥は鳴くものなんだと思っていたら、何か強烈に監視されている気がして、そちらの方に目を向けると、結構、大きな猿が木から私の方をじっと凝視していた。
鳥の鳴き声と思ったのは猿の鳴き声だったのだ。そして、猿は私という侵入者がいることを仲間達に知らせるために雨の中だが鳴いていたのだった。私は猿にはトラウマしかない。高校一年生の時、小豆島を一人で旅していて森の中を歩いていたら、猿に囲まれて、猿に観光ガイドを取られたことがある。大人になった後もバリ島で、猿に襲われ、眼鏡を取られそうになったことがある。眼鏡を取られたら、自動車に乗れなくなる。これだけは避けなくてはならない、と緊張する。緊張はしても、この森は通り抜けなくてはならない。バスの最終は16時なのだ。時間的には余裕はあるが、それでもまだ2時間弱は歩かなくてはならないだろう。
とはいえ、猿も私に対して警戒心を持っているだろうから、そうそう何もすることはないだろうな、と思った矢先、私の横を一匹の猿がとんとんとんと、すり抜けていった。少しは警戒心を持てよ!というか、猫並みの人に対しての無防備さであろう。飼い犬だって、そんなことはしない。唖然として、私の横を通り抜けていった猿を目で追っていると、猿は私から8メートルぐらい行ったところで止まって振り返り、私の方をじっと見る。私を威嚇するようなことはしないし、声も出さなかった。私も歩を止め、これから何が起きるのか、どきどきしながら猿を見つめる。
ここで私は何をするべきか。威嚇をするべきなのか、どうするべきか。そこで、私は「猿でもコミュニケーションが大切だろう」と思い、猿に話しかけることにした。
「ちょっと、横を歩かなくてはいけないんだけどどいてくれないかな」。猿は相変わらず、私の方を凝視している。
「俺の言ってることが分かるだろう。通してくれよ」
すると、猿は前を見ろ、というようなジェスチャーをする。そこで前方をみると、多くの猿の群れが、私が語っている猿の先の登山道を横切っていくのであった。中には乳飲み子を抱えた母親猿もいる。私は何となく合点がいって、彼らが通り過ぎていくのを待っていた。写真に撮りたかったが、ここで一眼レフを取り出すと、彼らの警戒心を高めるかと思って、ぐっと我慢をした。この猿の群れが通り過ぎた後、見張り役の猿も登山道から離れて森の中に入っていた。
私はそれを見て、また下山をし始めた。しばらくすると、また私の前にさっきとは違うが猿がやってきてじっとこちらを見つめた。私は、さっきのように「通りたいんだけど」と止まりながら話すと、今度は後ろを見ろ、というようなジェスチャーをする。後ろをみると、さっきの群れから遅れたのか、母親猿と乳飲み子が登山道を横切っていった。私はそれをさっきとは違うような優しい気持ちで見送った。母猿と子猿が森に入っていくのを追いかけるように監視猿も森の中に入っていた。
猿に出会った時、対立をせず対話をしようと思ったことが功を奏して、事なきを得た。このとき、チワワのようにきゃんきゃん泣き叫ぶような行動に出たら、もしかしたら猿の攻撃を食らったかもしれない。異文化コミュニケーションという言葉があるが、動物とでもコミュニケーションは大切なことを知る。というか、ある意味で、人間とよりも上手くコミュニケーションができた気もする。結構、コミュニケーションができないような人間もいるからな。このように冷静に行動できた背景には、年を重ねたということもあるが、数年前にアフリカで野生のゴリラに遭遇した経験が大きく活きているかと思う(下記のブログ参照)。
https://urban-diary.blog.ss-blog.jp/2014-08-15
このときに、ゴリラの精神性の素晴らしさを知った。野生動物が常に攻撃的であるわけではなく、むしろ仙人のような澄んだ心の持ち主だということを知ることができたので、今回の猿との遭遇でも、相手を威嚇するというよりかは、むしろ自分の立場を理解してくれという態度に出ることができた。そして、相手の置かれた状況を理解しようとしたことが、結果的に事なきを得たのではないかと思っている。
ちょっと時間は取られたが、無事に下山でき、最終バスにも乗ることができた。

タグ: 焼岳
nice!(0) 

トランプは、戦争は嫌いだ(おそらく) [トランプのアメリカ]

トランプはとんでもない詐欺師であり、大の嘘つきであり、大統領として再選をしたらとんでもない暴政を敷くと思われる。ただ、トランプはおそらく軍隊、そして本音で戦争は嫌いだと考えている節がある。したがって、今回の軍隊への批判や罵詈雑言(戦死した米兵を「負け犬」や「まぬけ」と呼び、なぜ国のために命を落とすのか意味が分からないなどとの発言)は、彼の本音であると思われる。
 トランプは仮病を使って、軍隊に入るのを免れた。これは、まさに愛国主義に反した行為であり、彼がそもそも「アメリカ・ファースト」とかいう資格もない反愛国主義者であることは明らかである。少なくとも、自分の命や人生の貴重な時間を犠牲にしてまで、国のために奉仕しようというような考えはない。これは、おそらく彼の拝金主義のプラクティカルな信条が、戦争という行為をまったく理解できないからであろう。それは、彼が傑出した個人主義の考えの持ち主であるからでもある。
 ただ、この戦争は愚かだ、という彼の考えは個人的にはそんなに悪い資質ではないと思う。ジョン・ボルトンのような好戦的な人物より遙かにまともであり、もう欠点だらけのトランプの唯一の美徳であると思ったりもする。とはいえ、もちろん、彼の個人主義は他人の死や苦痛に対して何も感じないので、自分の利害によって平気で戦争をするとは思われるし、彼の元弁護士であるマイケル・コーエンが最近、MSNBCの取材で述べていたように、「選挙で勝つためならトランプは平気で戦争もする」だろうが、根元的には戦争や軍隊に対しての嫌悪感を持っているように思われるのだ。
 まあ、機を見るに敏なトランプなので、戦争が自分に利すると思ったら、すぐやるような気もするので、このようなブログを書いていることを2ヶ月後に後悔するかもしれないが、軍への批判にはトランプの相当、本音が滲み出ていると思われる。

nice!(0) 

トランプが郵便投票を嫌がる本当の理由 [トランプのアメリカ]

トランプが郵便投票について、その正当性についていちゃもんをつけている。これに関しては、日本の新聞とかもはっきりとその背景を説明していないと思うので、なぜトランプが郵便投票を「歴史上最も不正確で不正にまみれた選挙」と主張しているのか、その理由を解説したいと思う。
 まず、郵便投票において不正が働いたという証拠はない。不正確という点では、100%ではないようだが、統計的に選挙結果に影響を与えたようなことはない。というか、そもそもトランプ自身が郵便投票を行っている。自分がやっておいて何で文句を言うのか、とも思うが、そこはトランプ。いちゃもんをつけるには、それなりの理由がある。
 エマーソンカレッジが2020年7月30日に行ったアンケート調査では、選挙日に投票会場で行く人達のうち65%がトランプ、32%がバイデンに投票すると回答している。一方、郵便投票では20%がトランプ、76%がバイデンに投票すると回答している。
 このアンケート結果から推察されることは、実際の選挙では投票会場での集計の方が早く結果が分かるので、最初はトランプが優勢であるという報道がなされる。しかし、郵便投票が開票されていくとバイデンが追い上げ、現在、全米規模ではバイデンの方がトランプより支持率が10%高いので、最終的にはバイデンが勝利することになるであろう。
 今、まさに民主党の人達や心あるアメリカ人が恐れているのは、トランプは投票日の早い時点で「勝利宣言」をして、郵便投票の結果を無効にしようとするのではないか、ということである。そして、そのための布石をトランプはもう打っているのだ。トランプは選挙結果が不正である、と主張し、大統領に居座ることを人々は恐れている。
 大統領レベルの選挙で、ここまで堂々と不正を働こうと考え、そのことを隠そうともしないトランプはニクソンよりある意味、大物でもあるが、ここまで明々白々にやられると、さすがにアメリカでは内乱が起きるであろう。なんかアフリカの国のようだが、既に、その兆候はポートランドやのケノーシャでみられていることや、過半数が反トランプである状況を鑑みると、そのような事態はむしろ不可避であるだろう。その結果、アメリカは分断し、各地でトランプ派と反トランプ派とが対立することになる。この場合、日本と違って、多くの国民は銃を所有しているので、相当数の人が殺されるであろう。なんか、恐ろしいことがあと二ヶ月で起きそうな気がする。このように考えると、本当、トランプはアメリカを壊すために出現したとしか思われない。
 納税関連の情報をひたすら隠し続けているのも、ロシアとの繋がりが露見してしまうからだとの指摘もある。今回もロシアはSNS等を使って、大統領選に既に随分と干渉し始めていることがほぼ明らかになっていることを考えると、やはりトランプはロシアの手先なのだろうか。
 アメリカの民主主義や三権分立といった、国の骨格となる制度の破壊に邁進するトランプの姿をみるにつけ、アメリカ人の多く(3割ぐらい)の知性の無さに呆れると同時に、ロシアのあまりの戦略的知能の高さに恐れおののく。今の日本の政治家じゃあ、とてもじゃないけど太刀打ちできないだろう。そして、相も変わらず、トランプの真の恐ろしさを分からず、とりあえずアメリカについていけばいいだろう、アメリカの機嫌を取っていればいいだろう、というボケた日本人にも憂慮する。アメリカが内部崩壊したら、日本もその影響から免れることはないであろう。私はもういい年だからいいが、若い人達は日本を捨てた方がよくなるような時が近いうち、来るかもしれない。

nice!(0) 

カンサス『The Absence of Presence』 [ロック音楽]

アメリカのプログレッシブ・ロック・バンド、カンサスの16枚目のアルバム。2020年6月に発売の予定がコロナ等で物流システムの遅延があり、7月に販売される。スティーブ・ウォルシュとケヴィン・リヴグレンというカンサス黄金時代を築いた二人とも不在のラインナップになってからの二枚目のアルバムである。三代目のボーカリストであるロニー・プラット、ギタリストのザック・リズビが新たにラインナップに入って前作に続く二枚目のアルバムでもある。そして、キーボーディストとして新たにメンバーに入ったトム・ブリスリンの最初のアルバムである。
 まず、単刀直入に感想を言うと、驚くほど優れたアルバムである。9曲のうち、ザック・リズビとブリスリンが作曲しているが、特にブリスリンの「Memories Down the Line」、「The Song the River Sang」はカンサスの遺伝子を継承しつつも、新鮮な魅力を放っている。そして、リズビは表題曲や「Circus of Illusion」、「Throwing Mountains」で、これも死に体であったカンサスに強烈なカンフル剤を打ったかのようなバンドの潜在力を大きく放出させるような楽曲を供している。
 オリジナル・メンバーでずっとカンサスを継続させてきたリッチ・ウィリアムスは70歳、実質的リーダーでもあるフィル・イーハートも70歳である。70歳でこれだけの、若い生命力のある音楽を紡ぎ出しているという事実は驚きである。前作でまさに不死鳥のように甦ったカンサスであるが、このアルバムではフロックではなく、もっと根元的に彼らの底力の凄みを思い知らされる。なんか高校時代にPoint of No Returnで彼らを知ったものとしては、こう目頭が熱くなってくる。


Absence of Presence -Ltd-

Absence of Presence -Ltd-

  • アーティスト: Kansas
  • 出版社/メーカー: Inside Out
  • 発売日: 2020/07/17
  • メディア: CD



nice!(0) 

パンデミック・マップ [書評]

「感染症地図(The Atlas of Disease)」の日本語訳本。原書は2018年に出されているが、まさにコロナ禍においてはうってつけの本である。訳本は2020年3月に出版されている。なかなか商機を伺うのに敏である。さすが、日経新聞系の出版社だ。そんなことはともかく、この本は相当興味深く、感染症に関心のある人は手に取るといいかと思う。感染症をその媒介のパターンから「空気感染症」、「水系感染症」、「動物由来感染症」、「人から人への感染症」の4つに分類し、それらがどのように世界中に広まっていったのかを地図によって示している。地図はカラーであり、紙質も重くしっかりとしていて、ハードカバーであるのに2600円というリーズナブルな値段はお買い得感もある。著者は非常にこの分野に関して造詣が深く、医学とか病気にまったく素人の私はいろいろと勉強になった。


ビジュアル パンデミック・マップ 伝染病の起源・拡大・根絶の歴史

ビジュアル パンデミック・マップ 伝染病の起源・拡大・根絶の歴史

  • 出版社/メーカー: 日経ナショナルジオグラフィック社
  • 発売日: 2020/02/14
  • メディア: 単行本



nice!(0) 

JR東日本の終電時刻の繰り上げは、コロナウィルスが及ぼしたテンポラリーな社会変化を硬直的させることに繋がる [サステイナブルな問題]

一時期の勢いはなくなったが、現在でもコロナウィルスは9月4日時点で新たな感染者数は669人、東京都でも136人で、まだまだ予断を許さない状況にある。さて、そのような中、JR東日本が終電時刻を来年のダイヤ改正で繰り上げることを決定した。
 コロナウィルスによって、人々は夜の街に出かけることが少なくなった。これは、コロナウィスルの感染拡大を抑えるためであり、政府が営業時間の時短などを要請したからである。あくまで緊急対応的なテンポラリーな対応である。ただし、その結果、一時的ではあるが夜の時間帯における活動が抑制され、飲食店などは随分と経営的にも厳しい状況を余儀なくされている。当然、交通需要も減ったであろう。
 さて、しかし、これらは繰り返すが一時的な現象ではある。いや、結構、長引く可能性もあるが、今年中にワクチンが開発されるという報道もある中、また、コロナウィルス系のSARSやMERSなどの事例を考えても、それほど長期間にわたって、コロナウィルスの影響下で生活をすることはないだろう。それは、日本においても、東京都においても感染者数が下がっているトレンドから容易に推察できる(多少の増減はあっても、長期的にはその影響は減少するであろう)。つまり、夕方から夜間にかけての経済活動も、現在をどうにかやり過ごせば、以前のような状態には戻れると思われる。もちろん、その間に店を畳むことを強いられる店舗等も少なくないだろうが、逆にいえば生き残ることができれば、将来的には大丈夫であろう。
 ただし、そのような都市活動を維持するインフラが変更してしまったら、その前提条件は大きく覆されてしまう。報道だと、JR東日本は主に東京100km圏の各路線において終電を30分繰り上げるそうだ。これによって、多くの客が終電に間に合うように30分ほど早くお店を出ることになるだろう。これは、30分間営業時間を短くするようなのと似たような効果が考えられ、お店の営業に大きな影響を与えるのではないかと推察される。お客だけではない。多くのお店では従業員を終電で帰させるように勤務シフトを考えているので、実質的にはこの終電時間の繰り上げは営業面で大きなマイナスの影響を与えることになるであろう。
 30分ぐらい大したことがない、と思うのはお店の事情を知らないからであろう。最近、東京都が夜10時までの営業を依頼したが、少なくない店が無視をした。これは、もうそうしないと経営がたち行かなくなるからだ。この多くの客を30分早く帰宅させる今回のJR東日本の決断は、都市経済活動を維持している最も根元的なインフラを自分達が支えているという自覚に欠けていることを浮き彫りにさせている。いや、民間企業だから知ったことがない、といってしまえばその通りなのだが、鉄道路線は民間企業が経営していても「公共」交通である。そして、その「公共」が福祉だけではなく、経済をも含んでいる場合、それを担うものは重大なる責任が伴う、ということはしっかりと認識してもらわないと不味いなと思う。
 個人的には、サラリーマンを辞めた後は、東京にいる時はほとんど下北沢でしか飲まないし、京都で働いている時も、家に歩いて帰れるような店でしか飲まないので、JR東日本が何をしようが構わないのだが、このような動きを社会がし始めると、暫定的なコロナウィルスのマイナスの影響が、硬直化し、パーマネントになってしまう。コロナウィルスは天災かもしれないが、JR東日本のような動きが見られ始めるとそれは人災になる。
 ということを、あまり誰も指摘しないので、代わりに私が指摘させてもらう。

nice!(0) 

トランプの安倍首相は「日本の歴史上最も偉大な首相だ」発言が示唆すること [トランプのアメリカ]

トランプは安倍首相に、「日本の歴史上最も偉大な首相だ」と伝えたそうだ。朝日新聞などが報じている(https://digital.asahi.com/articles/ASN803TR9N80UTFK00F.html)。しかし、これはほとんど無意味な発言である。いや、いやしくも米国大統領の言葉だから重みをもつだろうと思いたいが、トランプ大統領自らが米国大統領という立場を地に堕としたから、やはり有り難くないし無意味だ。そもそも、トランプ大統領に、安倍首相以外に日本の首相の誰を知っているのか、是非とも記者団には機会があれば取材をしてもらいたい。私は、現在副首相である麻生さんの名前もおそらく知らないと思う。というか、知っているか知らないかであれば、知らない方に賭ける。だから、トランプの発言は正確に解釈すると、私は安倍晋三以外に日本の首相を知らないが、知っている中では「最も偉大」である、ということだ。他の首相どころか、日本人で彼が知っている人は10人にも満たないであろう。
 また、仮に知っていたとしても、やはり無意味である。なぜなら、トランプは自分自身のことを「アメリカの歴史史上、最も偉大な大統領」だと言い放っているからだ。そしてリンカーンの次にアフリカ系アメリカ人のために貢献した大統領だとも言っている。まあ、どういう神経をしていたらこういう発言ができるのかが分からないが、おそらく「神経」がないんだろうな。
 とはいえ、そういうトランプを未だに支持しているアメリカ人も多くいるので、まあ嘘も多くの人が信用すれば、それは社会的な「真実」になるのかもしれない。とはいえ、流石に安部さんが日本の歴史上最も偉大な首相だ、と思う人はいないだろうな。あれだけ政治を私物化して、まった有限無実行の権化のような人だったから。そういう点では、トランプと安部は相当、似ている点が多い。むしろ、トランプに褒められるということ自体、日本人はろくでもない政治家を擁していたということで、反省すべきことなのではないだろうか。

nice!(0)