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崇徳の村にある小学校を訪れる [地球探訪記]

崇徳の村にある小学校を訪れる。校長先生のお話を聞く。校長先生が赴任した時は学生数は210人だったが、現在は180人となっている。この村は小学校までしかない。小学校を卒業するとどうなるのか。校長先生に尋ねると、分からないという。なぜ、分からないのか、最初は不思議であったがこれは戸籍の問題で、いわゆる都市戸籍を有してない人は都市に出ても内緒か、私のような外国人に報告するような内容ではないことから分からないと回答したようだ。
 ちなみに中国の学校制は9年制。現在、これを12年制に変えようとしているそうだ。9年制を開始したのも20年前である。この小学校の前に包子屋があるのだが、そこのご主人は33歳であるが、小学校卒である。というと、ちょうど最後の小学校卒になるのであろうか。ちなみに中学校はこの村にはないので、公立だが寄宿舎に入る形となる。あとデータはないが、大学にまで行くとほとんど村には戻ってこないそうである。これは、大学まで行くと都市戸籍が取れるからのようだが、ここらへんのシステムを私はまだしっかりと理解していない。
 小学校は村のほぼ中心に位置し、この村の社会的にも中心としての役割を担っていると思う。建物はコンクリートの4階建てである。小学校としては、読書と道徳に力を入れているそうだ。特に前者は入学試験に求められるので重要なそうだ。小学校の運営に関しては、共産党と児童の父母からの支持が不可欠であるようだ。先生の給料はとても安く、校長先生の仕事はこれを補填するような財源を確保することらしいとの説明があったが、具体的な数字や保全方策は聞けなかった。中国はしっかりと教育に力を入れているというイメージがあったが、崇徳のような村レベルであるといろいろと大変な問題が山積みされているようであった。









タグ:中国 小学校
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崇德村の林盤 [グローバルな問題]

崇德村周辺には林盤という農業村落コミュニティが分散されてある。これらは大体10戸から100戸単位で、経済単位であるだけでなく社会単位でもあるそうだ。これらの林盤は、ライバル関係にもあり、特に水利権などでは交渉単位になっているようだ。
 この林盤は前近代的なシステムであると中国政府は判断をして1980年頃から、農地拡大という名目で市街地へと強制移住させる政策をとってきた。市街地へと移住させられた農民は生業であった農業を止めることになるが、代わりに補助金をもらえるので生活をすることはできる。居住先の市街地の住宅は二階建てで一階は商いができるようなつくりにっているが、農家を辞めて商業をするのはよほどの才覚がないと難しいであろう。結果、崇德村の市街地にあるこのような建物の1階はシャッターが閉まっている。いわゆる日本のシャッター商店街は、客が遠のいて店を閉じてしまった訳だが、こちらのシャッター商店街はそもそも最初から店をやっていない。
 さて、そのような元農民が市街地に住むようになって何をやっているか、というと麻雀である。朝からやっている。若者がそもそもいないので、やっているのは高齢者である。女性も多い。麻雀自体は、成都でもよくやられていて、そもそもこの地方では相当親しまれている遊戯ではあるのだが、ここ崇德村はちょっと異常に近い。雀荘の数も半端ではない。10軒以上はある。カフェというか、簡単な食事処よりも多い。崇德村の人口は4000人であることを考えると、また雀荘以外でも麻雀はやられていることを考えると凄まじい、そして、彼らはよく観察すると賭け金が結構、多い。彼らの平均年収は18000元。すなわち、27万円ぐらいであるが、平気で20元札や50元札が行き交っている。ちょっとギャンブル依存症になっている高齢者が多そうで他人事ながら心配だ。また、ちょい悪風情のおじさんがおばさんからふんだくっている様子も見られる。ギャンブルは犯罪の温床にもなる。見ていてこの状況は心が痛い。
 林盤を前近代的であると判断したことは政策的には間違いであると中国政府も最近になって気づいたそうだ。とはいえ、まだ残っている林盤に住んでいる住民に話を聞くと、中国政府がお金を払ってくれるのであれば、市街地へ引っ越したいと言う。何か大切なものを失っているようにしか思えないのだが、それは傍観者の戯言にしか過ぎないのであろうか。

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「林盤の住民に取材をする四川大学の学生達。おばさんもチベットに出稼ぎに行ったことがあるそうだ」

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「林盤の中を通る道」
タグ:林盤
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崇德村のコミュニティを訪れる [地球探訪記]

成都市から車で小一時間ぐらいのところにある崇州市の崇德村のフィールドワークを四川大学、国立台湾大学等の学生達と一緒に行っている。龍谷大学政策学部の学生も3名ほど参加している。住民の状態などはよく分からないので、取材をするしかない。ということで、ある村落に入って学生達が取材するのに同行する。
 この村落は19戸。皆、同じ名字らしい。最初に取材をしたのはおばあさんとおばさん。その後、いろいろと村落の人達もわやわやとやってきたが、取材の中心はこの二人である。おばあさんは82歳。闊達としており、とてもそのように高齢とは思えない。もう一人のおばさんは52歳。このおばさんはとても元気で、以前、チベットに出稼ぎに行き、そこで身体を壊し、心臓手術をすることになってしまった。この治療日が1万元。保険で補填してくれたのはわずか2000元だったので、せっかくチベットにまで行ったのに元が取れなかったようだ。
 なんか凄い話だなと思ったが、どうもこの村落の人達はチベットや青海(せいかい)に土木工事で出稼ぎに行くようだ。チベットとの間に道路や鉄道などのインフラを整備して、より支配下におこうとしている中国政府の野心も見え隠れする。我々の話に途中から入ってきたおじさんもやはりチベットに行っていたそうだ。ただ、人の指図を受けるのが嫌なので、お金が稼げなくても自由な農業をやるためにここに戻ってきたそうである。
 このおばさんが住んでいる家はなかなか立派で、中庭などもあり、最近のシリコンバレーの金持ちが大金をはたきそうな家づくり(最近のシリコンバレーの金持ちはどうも自宅で農業というのが流行りだそうだ)なので、私はてっきり庄屋なのかなと思っていたが、おばさんの話だと収入もなく、とても貧乏だということだそうだ。本当かよ、と思ったりもしたが、チベットに出稼ぎに行くぐらいなのでこれは事実なのであろう。
 この二人に、どこかこの地区でよい所は?と聞いてもらったが、「何もない」とのこと。さらに、周辺につくられている郊外住宅風の強制移転された人達向けの住宅地には是非ともチャンスがあれば引っ越したいという。ただ、この周辺では最も洗練された環境共生型住宅の「五星村」はあまり好きでないようだ。その理由は、妙に周辺の農地と共存していて近代的ではないからだからだそうだ。とはいえ、政府のお金が出ればの話で、自分達では一元も払いたくないそうだ。
 82歳のおばあさんに成都のマンションに引っ越したいか、というと躊躇なく、引っ越したいと言う。そこで私が、しかし友達がいなくなると寂しいのでは、と尋ねると、友達と一緒に引っ越したいという。日本だと農村から子供がいる都会に高齢者が引っ越すと早死にするということをちょっと指摘したい気分にもなったが、それは遠慮した。
 いろいろと唖然とする私に、友人の国立台湾大学の先生は、「この人達の言葉を真に受けたらダメだ。これだけ周辺の環境をしっかりと管理している人達が、土地に愛情がない訳がない」と言ったので、そうかも、と思ったが、私はそれでも現状に対する相当のストレスがあるなとは感じた。

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NBAチームの強豪地図はフリーエイジェントで大きく変容した [スポーツ]

一昨日(2019年7月6日)、今年のファイナルMVPのカワイ・レナードがロスアンジェルス・クリッパーズへと移籍することを発表した。トロントを初優勝に導いたヒーローであり、トロントどころかカナダの英雄とでもいえる彼だが、それでも生まれ育った街への思いは断ちたがったのであろうか。優勝未経験どころか、コンフェレンス決勝へも進んだことのないクリッパーズへの移籍となった。さて、しかし、その条件がベスト・ツー・ウェイ・プレイヤー(オフェンスとディフェンスともに優れている選手のこと)の誉れも高いポール・ジョージをトレードで獲得することだったらしく、クリッパーズはレナードだけでなくジョージまで獲得することに成功する。昨シーズン(というか、今シーズン)、ウォリアーズとプレイオフの第1ラウンドで2勝した実績に加え、オールスターのレナードとジョージの加入は、相当のてこ入れであり、コンフェレンスの優勝候補の一画を占めることになる。
 さて、クリッパーズと同じぐらいアップグレードしたのは、同じくプレイオフの第1ラウンドで敗退したブルックリン・ネッツで、オールスター常連のカイリー・アーヴィングと現在、世界最高選手とも評されるケビン・デュラントの二人を獲得した。デュラントはアキレス腱の故障で来季(今季)は出場が見込めないが、それでも長期的には相当のてこ入れである。2021年以降はネッツはまさに東コンフェレンスの台風の目となるであろう。
 この2チーム以外に強化したチームは、直接的にはフリーエイジェントではないが、ロスアンジェルス・レイカーズである。オールNBAのファースト・チームのアンソニー・デイヴィスを獲得。彼とレブロン・ジェームズの二枚看板の破壊力は相当のものとなるであろう。ちなみにレイカーズはフリーエイジェントでもスリー・ポイントの名手、ダニー・グリーン選手を獲得する。
 ちなみにカイリー・アーヴィングを失ったボストン・セルティクスはオールスター選手のケンバ・ウォーカーを獲得し、ケビン・デュラントを失ったゴールデンステート・ウォリアーズはやはりオールスター選手のディアンジェロ・ラッセルを獲得する。一方、カワイ・レナードとダニー・グリーンを失った昨季の覇者であるトロント・ラプターズは今のところ、動きがみられない。
 他のオールスター選手クラスでは、ブレット・バトラーはマイアミ・ヒート、クレイ・トンプソンはそのままゴールデンステート・ウォリアーズ、セルティックスのアル・ホーフォードはフィラデルフィア・シクサーズ、ブギー・カズンスはレイカーズ、アンドレ・イグアダーラはメンフィス・グリズリーに移ることになった。ただ、これらの選手は怪我、もしくは高齢のために、上述した選手のようなインパクトは与えないであろう。
 今年はフリーエイジェントの大物がケビン・デュラント、カイリー・アーヴィング、カワイ・レナードと多くいたこともあったのと、クレイ・トンプソン以外はチームを替わったこともあって、NBAチームの強豪地図は大きく変容した。
 私が応援するウォリアーズもデュラント以外にイグアダラ、カズンスがいなくなり、寂しい限りである。トンプソンが怪我で来年の春までは復帰が見込まれないこともあって、もう優勝どころかプレイオフ出場も危ないんじゃないのか、とまで言われる始末である。しかし、レブロン・ジェームズといい、カワイ・レナードといい、東コンフェレンスの名選手が西コンフェレンスに来ることになり、そうでなくても激戦区の西はまた随分と厳しいコンフェレンスになった印象である。
 

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台湾人の友人に日本はアメリカを過大評価していると指摘される [トランプのアメリカ]

四川大学のワークショップには国立台湾大学の教員、学生達も多く参加している。国立台湾大学の引率教員は私のバークレイ時代の大学院の友人である。もう25年間の付き合いだ。彼女はその後、メリーランド大学でも教鞭を執ったり、旦那もアメリカ人だったりしたので、アメリカ人のことについては相当、よく知っている。ちなみに日本でも大学の客員研究員を1年ほどしていたので、日本についてもよく知っている。
 その彼女とトランプの話をした。日本人はマスコミを始めとしてトランプを過大評価している。実態以上に遙かに賢かったり、交渉上手であると思っている、と述べた。このような認識はアメリカもトランプが当選した直後には持っていたりしたが、どんどんとメッキが剥がれ、今ではただのモノを知らない嘘つき、口からでまかせの詐欺師というのがトランプ支持者以外の共通認識だと思う。しかし、日本はまだ、トランプを現実から遊離したような過大評価をしている。そういう状況をどう思う、と彼女に聞くと、彼女は日本人はあまりにもアメリカを無批判に信用し過ぎているという。そして、非合理に過大評価をしているとも指摘した。そうなのだ。日本人はアメリカに戦争で負けて、その後、東西の冷戦状況の下、アメリカに精神的にも支配されてしまったので、何かアメリカの言うことは絶対的に正しいと無批判的に思うようになってしまったのである。
 しかし、アメリカ人がトランプのような出鱈目な人間を大統領に選出するほど無責任で、自国のことしか考えないことが明確になった今、大きくアメリカに対する考え方を改めないと本当に酷い目に遭うし、他国からも見透かされるようになるということは自覚した方がいいと、長年の台湾の友人との会話から思わさせられる。

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成都に来て、中国とロシアの近さを知る [グローバルな問題]

成都ではイビス・ホテルに宿泊している。さて、そこには大人数のロシアの大学生も滞在していた。おそらく四川大学との交流なのだろうが、ロシアと中国って結構、親交があるということを知り、驚いた。いや、驚いたのは私が無知だからであって、中国とロシアが近いのはよく考えたら不思議でも何でもない。
 改めてアメリカの核の傘のもと、私は世界をパックス・アメリカーナ的に見ていたことを思い知る。加えて、現在、トランプは各国と一対一で交渉したがり、それで成果を出せると思っているようだが、中国とロシア、中国と北朝鮮、ロシアと北朝鮮などの関係性をしっかりと理解していないと酷い目に遭うのではないかと思ったりする。彼はチェッカー(チェスと言いたいところだが、トランプの頭でチェスができるとは思えないので敢えてチェッカー)をしている積もりだろうが、実際のゲームは麻雀に近いものがあるだろう。
 そういう状況にあることを成都に来て気づく。世界はアメリカを中心に回っている訳ではない。日本はアメリカの動きにつられて状況を見ようとするが、それはオバマのように信頼できる人間を大統領に選出できる国である場合はそれほど問題がないだろうが、トランプのような卑劣感を平気で大統領に選出するような国である場合は大きく状況を見誤るであろう。

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八村塁が、NBAドラフトで1巡目全体順位9位で指名されたことは本当に凄いことだ [スポーツ]

八村塁が先日、NBAドラフトで1巡目全体順位9位でワシントン・ウィザードに指名された。この全体9位というのは、大快挙である。それ以前にも全体5位という専門誌の予測もあったので、ほんとかよ、と思ったりしたのだが、5位でなくても9位というのは凄いことである。それは、まず契約金で分かる。二年で916万ドル。約10億円である。もう、いきなり億万長者だ。
 そして八村選手が比較される時によく出てくるカワイ・レナード。今年のファイナルのMVPであり、ケビン・デュラント、レブロン・ジェームズと並んでトップ3と現時点では評される選手(ジェームス・ハーデン、ステッフェン・カレーごめんなさい)であるが、彼のドラフト順位は1巡目15位である。また、2019年のMVPであるヤニス・アデトクンポもドラフト順位は1巡目15位である。このように考えると9位という評価の高さは凄まじいものがあり驚くしかない。
 逆に全体順位9位での大物としては、2012年のアンドレ・デュレモンド(デトロイト、オールスター出場2回、リバウンド王3回)、2011年のケンバ・ウォーカー(シャーロット、オールスター出場3回)、2010年のゴードン・ヘイワード(ユタ、オールスター出場1回)、2004年のアンドレ・イグアダーラ(フィラデルフィア、NBAファイナルMVPオールスター出場1回)などがいる。
 私が応援してやまないウォリアーズからケビン・デュラントと前述したアンドレ・イグアダーラが抜け、ちょっとNBA熱も冷めそうな気分になっていたが、八村選手の活躍には俄然、目が離せなくなる予感がする。ウィザード、ちょっと今一つなチームだが、今一つであるからこそ活躍のチャンスも増えるかもしれない。

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成都を訪れる [地球探訪記]

成都を訪れる。生まれて初めてである。というか、中国はそもそもチベットと香港以外には空港でのトランジット以外では来たことがなかったのだが3月に南京を訪れ、その3ヶ月後には成都に来ている。大学を変えてから中国が急に身近になっている。
 なぜ、これまで中国に来なかったのかというと避けてきたからである。人生は短いし、私はフィールド研究の対象をブラジルのクリチバ、ドイツの縮小都市と留学をしていたアメリカ合衆国に絞っており、それでも拡散して専門性が全然、高められていないのに敢えて、広大なる未知の土地、しかも多くの日本人が既にクビを突っ込んでおり、さらにまったく中国語が分からない自分がやる必要性は社会的に皆無だなと思っていたからである。知り合いの先生で、あちらこちらの国の調査を食い散らかしてやっており、世間的には専門家とみられていても、専門家からみると何も分かっていないじゃないという人もいるので、こういう人になってはあかんなと反面教師に捉えていたこともある。こういう先生はもちろん、中国にも手を出している。
 とはいえ、いろいろな縁があり、研究生活も残り15年間を切った今、なんと中国と関係性を持つような状況になってしまっているのである。さて、しかし、これもちょっと肯定的に捉えようとしている自分もいる。もう、人生もそれほど長くないので、都市計画を研究するものとしてやはり、中国を全然知らないのも不味いだろうという気分にもようやくなってきたからである。
 さて、それで成都である。まだ三日間しかおらず、昼はほとんど市内の四川大学のキャンパスにいるだけではあるが、まず巨大なニュータウンのようで驚いた。これは、昔の都市の痕跡をほとんど一掃したということだろうか。スクラップ・アンド・ビルドを凄いスケールでやったのではないかという印象を受ける。どうも、旧市街地も保全されているそうで、そこはヒューマン・スケールの都市空間が維持されているようなのだが、まだそこを見ていないので、現時点の印象は、もう千里ニュータウンをそのまま2倍に縮小したかのような規模の都市となっている。100メートルは幅があるかと思われる大通りは上部に高速道路が走っており、その交通量は凄まじい。自動車だけでなくオートバイ、自転車も凄い量で、朝のラッシュアワーの自転車の交通量はコペンハーゲンも凌いでいる印象だ。
 商業施設は充実しており、ショッピングセンターやデパートはほとんど台北やソウルなどと遜色がないくらいだ。イオン・モールよりは洗練されているが、大丸ほどはお洒落ではないという位置づけであろうか。
 また、標高500メートルということで、涼しいのではと期待していたのだが、なんと昨日の気温は34度。京都より暑いじゃないか!学生を連れてきたのだが、京都より涼しいよ、と適当なことを言っていたので嘘つきになってしまった。
 都心部には錦江という川が流れているのだが、ドブのような臭いを放っている。急激な都市化に伴う公害は、大気汚染だけではないということに気づかされる。
 あと、飲食店が多く、食い道楽の都市なのではないかと推察する。これまで、火鍋と四川料理のお店、それに餃子屋に入ったが、火鍋や四川料理のお店はさすが本場は驚くほど美味しく、日本の美味しいと言われる四川料理のお店が大したことがないということを認識する。ちょっと人類の創造力に脱帽したくなるような美味しさである。ただし、辛さはなかなか強烈だが(とはいえ、店の人にはマイルドとお願いしている)。
 最後に成都のシンボルはパンダのようで、街中のあちこちにパンダの看板を見かける。西に車で数時間ほど行くと、パンダの生息地もあるそうで、なんかそういう話はロマンがあって個人的にとても好きだ。その地域に対してのイマジネーションを膨らませる。パンダというと竹だが、竹の植物園もあったりもして、そこもちょっと訪れたが、これは正直、期待外れだった。私でも、この植物園よりいい設計ができるような気さえした。
 ということで、まだ成都の0.1%も知っていないだろうが、とりあえず第一印象ということでメモ書きのような書き殴りをさせてもらうことをお許しいただきたい。

タグ:成都
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中国の大学とのワークショップに参画して、その即興的講義手法は音楽でいえばジャズみたいなものだなとの印象を受ける [教育論]

中国の四川大学で、台湾国立大学、北京大学、そして私が奉職する龍谷大学政策学部の学生達とで成都近郊の村の将来を構想するワークショップに参画している。最初の二日間は四川大学で、それから現地で1週間近く滞在し、そのまとめを再び四川大学に戻り実践するというワークショップである。途中からアメリカのワシントン大学の学生も参加するようだ。
 さて、このワークショップは四川大学が旅費や滞在費(食費を除く)をスポンサーする破格の条件なので、我々としても大変有り難いプログラムなのだが、何しろ、ロジスティックスや内容が直前まで決まらない。決まっていても直前で変更されたりするので、計画がほぼ無効なのである。私も到着した翌日の歓迎会の席で、「あんた、明日の講義をやってよ」と言われて当惑したが、これは逃げられないと思って睡眠時間を削って資料を作成して、翌日、講義を行った。
 このような状況変化は集合時間や講義内容にも及ぶ。この変化に、中国の学生はえっ!と思いつつもしょうが無いと対応する。しかし、私の連れてきた学生達はなかなか対応できない。それはそうだろう。日本の大学では最近では文科省の指導で、シラバス等で半年以上も前から計画を組まされている。私のように政策学部で教えていると、講義内容と関係する時事的なテーマがあるとそれを紹介するために時間を割きたくなるが、そのような余裕も与えられない。これはフィールドスタディでも言えることだが、相手がいるのに半年も前から予定を確約させることは不可能だ。インドネシアとかでも直前に講師が替わり、話す内容が変わったりすることがあったが、これは日本の大学のシラバス制度のもとではご法度である。いきおい、そういう講義をしない方がいいということになるが、そういう覚悟を文科省はしているのだろうか。一方でアクティブ・ラーニングとかが重要であるとか言っているので、本当に論理的に破綻している。
 いわば、日本の文科省が押し付けている大学の講義は、クラシック音楽をオーケストラが演奏するように、しっかりと皆が楽譜通り(シラバス通り)に演奏することを講義で強制しているようなものだ。しかし、政策学部のように生きた内容を教えていたりする科目内容や、フィールドスタディといった現地を相手にする講義、特にこのフィールドが外国であったりする場合は、ジャズの即興のように、相手方が予期せぬ演奏をしたら、それに応えてこちらも演奏しなくてはならない。コード譜ぐらいはあるが、何をやってくるか分からないジャズ演奏が我々にも求められるのだ。
 そして、そういう緊張感の中で学生も対応しなくてはならない。オーケストラの演奏ばかり上手くなっても、現実は計画通りに進むことはまずなく、ジャズ演奏のような即興能力が求められる。私が、今の学生をみていてつくづく思うのは、そういう変化に対応できない柔軟性の無さと、そういう状況変化を厭う姿勢である。これは、まさに学生から「生きる知から」を削いでいると思う。シラバスで確約したことしか学びたくないといった消費者意識は、結果的に学生の損失になっていることに気づいた方がいいと、四川大学のワークショップに参加していて強く思う。

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矢作弘先生の講義を聞いて刺激を受ける [地域興し]

 矢作弘先生の講義を中国の四川大学で聴く。ジャーナリストと学者との違いについての話をした。ジャーナリストは帰納的なアプローチをして、学者は演繹的なアプローチをすると述べていた。つまり、ジャーナリストは現実に何が起きているかから、状況を分析しようとするのに対して、学者は理論から現実を分析しようとする。
 この話は、私の個人的な体験からも説得力のあるものとなった。以前、奉職していた大学の経済学科の先生が、「多変量解析モデルが現実を説明できないのは、現実が間違っているからだ」と真顔で言ったことに仰天したことがあるからだ。なんで現実を説明しようとしているモデルが正しくて、現実が間違っているなどと言えるのだろう。現実は事実であろう。私はこのとき、経済学の研究者は、飛びきり優れている人は別であろうが、そこらへんの私立大学で教えているレベルの人だと、半分ぐらいは信用できないな、と思ったものである。経済学科は二流私立大学以下だと授業料の無駄であるなとも思ったりもした。
 それはともかく、この帰納的なアプローチは個人的にも共鳴する点が多い。また、彼はデンバーのショッピングセンターの記事を書かなくてはいけなかったのだが、取材拒否にあって困った時、ひたすらフィールドサーチをすることで記事を〆切に間に合わせた話もしてくれた。このアプローチが、トリノやデトロイト、ヘラクレスといった街のビビッドな都市分析へと繋がったのだなと納得する。フィールドを理解するうえでの重要な方法論を教えてもらった気がする。

タグ:矢作弘
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ラーメンガール [映画批評]

西田敏行とブリッタニー・マーフィー主演のオール日本ロケのハリウッド映画。アメリカ人が日本のラーメンをどのように捉えているのかを知るためだけに観たので、内容はほとんど期待していなかったのだが、日本のラーメンの魅力を真摯に探ろうとした嫌味のない、偏見のないストーリーで後味は悪くなかった。日本のラーメンに魅了されたうら若きアメリカ女性というのは相当、演じるのは難しい役柄であったかと思うが、ブリッタニー・マーフィーの演技はそれほど鼻につかなかった。とはいえ、ラーメンを食べる姿が格好悪いのは気になった。これは、しかしなかなか演技指導をしても修得することは難しいのかもしれない。あと、西田敏行の演技は流石、貫禄があったのと、ラーメンの達人として伊丹十三が出てきたのは笑えた。まったく期待していなかったが、悪くないエンターテインメント映画である。


ラーメンガール [DVD]

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  • 出版社/メーカー: ワーナー・ホーム・ビデオ
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RAMEN GIRL

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  • 出版社/メーカー: Image Entertainment
  • 発売日: 2009
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それゆけ! 論理さん [書評]

野矢茂樹が監修して、高校の国語の先生が漫画を書いた論理本。これは、とても分かりやすく、とても読みやすく、そして楽しい。こんな楽しい本で論理学が学べられるなんて、今の高校生は恵まれているなあ。漫画はとても漫画家じゃない人が描いたとは思えないほど上手く、そして何より四コマとかが面白い。漫画家とそうじゃない人の差は、絵の上手下手より、漫画というメディアで面白い話をつくれるかどうかだと思っているのだが、この作者は相当、優れたユーモアセンスがあるのではないかと思われる。論理学が難しいと考えている人は是非とも手にとるといいと思う。文句なしの5つ星。


大人のための学習マンガ それゆけ!  論理さん (単行本)

大人のための学習マンガ それゆけ! 論理さん (単行本)

  • 作者: 仲島 ひとみ
  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 2018/10/31
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)



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まつおかのお弁当を食べて、改めて崎陽軒の弁当の凄さを確認する [B級グルメ雑感]

新幹線で新横浜と京都とを往復するような生活を送っている。必然、駅弁で食事をすることも少なくない。新横浜から乗る時はもうこれは崎陽軒しかない。若い時には、他を試したことがない訳でもないが、もう崎陽軒のクオリティがダントツである。これは、シューマイ弁当に限ったことではない。他の弁当もそうである。
 さて、しかし今日はたまたま東京駅から乗ることになった。そして、ちょうどお昼頃である。お弁当を買うことにした。東京駅でも崎陽軒の弁当が買えない訳でもないが、それもあまりにもワンパターンだろう、ということで他を物色する。東海パッセンジャー・サービスのお弁当はまず論外なので、これは大丸の総菜屋に行く。そこで「まつおか」のお弁当が美味しそうに見えたので購入した。名古屋の方のお弁当屋さんのようで購入したのは鶏肉弁当であった。
 食べてみたけど、あまり美味しくない。おかずはそれほど悪くはなく、美味しくないと感じさせているのがごはんであることが分かった。ごはんが今一つの状態になっているのである。これは崎陽軒のお弁当との大きな違いである。崎陽軒のお弁当はごはんが美味しいのである。崎陽軒はごはんを蒸気炊飯方式で炊いている。また、どうもお弁当箱が経木でつくられているのだが、これがどうもお櫃のような効果があるようで、冷めても美味しく食べられるようだ。
 いつも食べていると有り難みが薄れるが、たまに違うものを食べると、改めて崎陽軒の有り難みを知った。

タグ:崎陽軒
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『ラーメン食いてぇ!』 [映画批評]

映画『ラーメン食いてぇ!』を観る。二人の美貌若手女優が祖父のラーメン屋を引き継ぐための修行をする、というのがあらすじだが、若手女優の大根役者ぶりがなかなかで、ちょっと学芸会の演技を観させられているような感じだ。とはいえ、シナリオ的に演技をするのも難しいところもあるとも考えられるので、これはシナリオも大根であるということだろうか。主人公の祖父のラーメン屋の美味しさの秘訣みたいなものが、茹でる時間を見極める「食欲」と中央アジアの「岩塩」という設定もまったく説得力がない。ということで、なんか面白くない映画を観ちゃったなあ、というのが率直な感想だが、唯一、この映画のいいところは、若手女優二人が相当、可愛いということである。特に主人公の中村ゆりかの美貌は日本人離れしている。どうも日本人と台湾人とのハーフということのようだが、まあ彼女を眺めたいというニーズがある人には悪くないかもしれない。相方の葵わかなもキュートなので、それも見所かもしれない。まあ、この映画のシナリオや演技にとやかく言うことが、野暮ったいだけかもしれないな。


ラーメン食いてぇ! [DVD]

ラーメン食いてぇ! [DVD]

  • 出版社/メーカー: TOEI COMPANY,LTD.(TOE)(D)
  • メディア: DVD



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山形の人はやはりラーメンをよく食べるようだ [地域興し]

日本人が外食でラーメンを食べるのは年平均で5.1回。ラーメン好きにはちょっと少ないかなと思う数字だが、これは赤ちゃんからおじいさんまで含めての数字だ。都道府県でこの数字をみると、もっとも多いのは山形県である。山形県の人は11.4杯、外食で平均食べるそうである。日本人平均の2倍である。これは、山形県ではお客さんが来るとラーメンを店屋物で頼むという習慣があるからだそうだ。
 さて、そういうこともあって山形県鶴岡市を訪れ、こちらの大学院生と話をする機会があったので、「ラーメンってよく食べますか」と尋ねてみたら、「食べる、食べる」との回答。二人に聞いたのだが、二人とも週に3回は食べる、とのこと。これはもちろん外食以外を含めての数字だが、相当のラーメン消費量である。
 また、「店屋物だとラーメン延びて美味しくないじゃないですか」と聞くと、慣れているから平気、とのこと。というか、店屋物のラーメンが普通だと思っていたので、この店屋物を頼んでいたラーメン屋に行って食べた時の味の違いにショックを受けたそうだ。
 いろいろと驚く私に、でも鶴岡はそれほどラーメンは食べない。山形(市)はもっと食べるとのこと。今年の冬にラーメンまちづくり課のある南陽市を訪れて、山形県民のラーメン愛についていろいろと役所サイドからは聞かされたが、実際の県民に聞いて、確かに山形県民のラーメンへの愛情は半端ないことを知る。
 

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アメリカのジャーナリストを感動させた淡路本町商店街 [商店街の問題]

私がカリフォルニア大学バークレイ校の大学院で都市デザインを勉強していた時のこと。1993年とか1994年の話なので、もう25年以上も前の話だ。あるアメリカ人のジャーナリストの取材を受けた。彼は日本の商店街に大変、興味を持っており、なんで日本人はあのような素晴らしい公共性の高い商業空間をつくることが出来たのだ、と私に尋ねてきたのだ。私は、その当時は商店街の価値をあまり考えたこともなかったので、面白いことを言うなあ、と思いつつ、何でそんなに素晴らしいと思うのかと逆に質問をしたりしていた。その理由として、歩いて買物が出来ること、ソーシャライズする空間であること、そして個店が多く地域の個性なども反映していること、などを彼は挙げた。
 確かにそうだな。ジェイン・ジェイコブスが指摘しているような条件を日本の商店街は有しているな、と私も納得し、彼との話も弾んだ。しかし、当時でも、彼が掲げるような状況を満たしている商店街は少数派である。一体、どこの商店街を知っているの?と尋ねると、大阪の淡路本町商店街である。私は淡路が阪急電鉄の乗り換え駅であることは知っていたが、降りたこともなかった。ただ、彼とのこの会話から淡路本町商店街という名前は私の記憶に深く刻まれた。
 そして、土曜日の今日、私は船場に用事があったので夕方、出かけ、その帰り道。阪急京都線で京都に戻ろうとしていたら、淡路駅に電車が止まった。特急にここで乗り換えた方が早いということでホームを降りたら、目の前に淡路本町商店街。これは、降りるでしょう。ということで、駅を降り、ざっと往復した。アーケードがあり、その長さも伏見の大手筋商店街並みなのではないか。そして、アーケートから横に入った横道や路地にも店が張り付いている。個店も多く、なんとアーケードのあるところは二階にも一階と違うお店が入っている。これはなかなかの店舗密度だ。なんと2017年5月まで、映画館も営業していたそうだ。おそらく、アメリカ人のジャーナリストが奥さんの実家であるこの淡路に住んで、商店街に通っていた時は映画館にも通ったのかもしれない。そりゃ、こんなヒューマン・スケールの空間で映画館まであれば驚くだろう。
 ということで、まったく予定していなかったのだが、淡路本町商店街にようやく訪れることができた。私はこのエピソードは雑誌のエッセイとかにも書いたことがあるかと思う。確かにアメリカ人ジャーナリストを感動させるような空間の名残は十分、まだ漂っていた。
 気になるのは、こういう商店街の社会的意義などをしっかりと日本では理解されていないことだ。そして、消費者もその実際の有り難みをあまり分かっていないように感じる。ちなみに、私は肉類と魚類はまずスーパーで買わない。これは商店街の店の方が質が高く、コスパが優れているからだ。野菜はスーパーで買うが、これはいい八百屋が近くの商店街から消えてしまったから、仕方なく買っているだけである。商店街が近くにある人はラッキーである。そういうことをもっと理解して、正当に感謝しないと、本当にスーパーでしか物が得られない貧しい消費環境になってしまうぞ。

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ゴールデンステート・ウォリアーズ、第六戦にて散る [スポーツ]

1勝3敗という崖っぷちに立たされたウォリアーズ。敵地での第五戦をものにして、ホームでの第六戦。これは、来季からサンフランシスコにホームを移すウォリアーズにとっては、オークランドのオラクル・アリーナ最後の試合でもある。最後の試合は流石に有終の美を飾るのではないか、と期待して、またまた約600円を払ってインターネットで試合を観戦する。オラクル・アリーナは何回か行ったことがある。マイケル・ジョーダンやチャールス・バークリーを観たのもオラクル・アリーナである。その時は、本当にゴールデンステート・ウォリアーズは酷いチームで、ティム・ハーダウェイとクリス・ムリン、ラトウエル・スプリーウェル以外はもう応援する気も失せるような状況であった。とはいえ、それでも本場のNBAの試合を観るのは楽しかった。当時は今よりずっとチケットも安かった。この個人的にも思い出のあるオラクル・アリーナでの最後の試合。是非とも勝って欲しいと願いながら観ていた。
 さて、試合は初っぱなからカイル・ローリーが絶好調でばしばしとシュートを決める。しかし、これだけ彼が絶好調であるにも関わらず、ウォリアーズはつかず離れず点差を広げさせない。これはクレイ・トンプソンが絶好調であったからだ。カリーの調子が今一つであるのと、またターンオーバーが多いのは気になったが、第3クォーターには、これはもうウォリアーズが試合をものにするような勢いがあった。
 ところが、第三クォーターで大悲劇をウォリアーズが襲う。今日、絶好調であったクレイ・トンプソンがダンク・シュートをしようとした時、ファールをされ着地に失敗をして膝を酷く痛めたのである。トンプソンは120以上のプライオフの試合に出ているが、出場できなかったのは今回のラプタース戦の3戦目だけという、非常に怪我に強い選手であったこともあり、この怪我は本人にはもちろんのこと、チームにとっても衝撃的な事件であった。トンプソンは痛む足を引きずりながらもフリースローを二本決めて、退場すると二度と試合に復帰することはなかった。ほぼ、快復に一年ぐらいかかると見込まれる怪我のようだ。
 落ち込むウォリアーズであったが、それでも試合は最後の最後まで行く末は分からないほど健闘する。ただ、最後の1分の攻撃でカレーのシュート・ミスによって万事休す。3連覇することは叶わなかった。
 さすがに、ケビン・デュラントとクレイ・トンプソンという二大スターを欠いては、あまりにもトロントが強かったということか。トロントにはカワイ・レナード、カイル・ローリー、マーク・ガソルというオールスターに加えて、彗星のように登場したカメルーン人のパルカル・シアカム、オール・ディフェンシブ・チームのサージ・イバカなど手強い陣容を揃えている。二人の穴を補うことはちょっと難しかったかもしれない。
 ここは素直にトロントの優勝を祝福し、また将来でのウォリアーズの活躍を期待しよう。ケビン・デュラントとクレイ・トンプソンは二人ともフリー・エージェントであるので、特にデュラントはウォリアーズを出るのではないかとマスコミなどは騒いでいたが、逆に、今回負けたことで、また1年間はリハビリテーションに費やさなくてはいけないことからも、むしろウォリアーズに残留する確率は高くなったかもしれない。二人ともチームに残ったとしても、来年は出られないので、来年はなかなか厳しい雌伏の年になるかもしれないが、27年近くウォリアーズのファンをしているものとしては、プレイオフに出てくれているだけでも本当有り難い、というか応援し甲斐がある。来年は例え優勝できずとも、再来年の優勝を展望し、しっかりとチーム作りをしてもらえればと思う。
 
 

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若者は商店街に行かないことを知って、商店街のおじさんはたいそう驚いた [商店街の問題]

大学そばの商店街にゼミ生達と訪れ、そこの商店街のおじさんにいろいろとお話を伺う。私からすると美味しいパン屋さんも数軒あり、なかなか味のある商店街かなと思うが、ここにいる方からするといろいろと大変なようだ。さて、そこでうちのゼミ生10人に、商店街に行くかどうか尋ねたら、全員が行かないと回答した。買物は皆、スーパーマーケットとかでするらしい。淡路駅が最寄り駅の学生もいて、この学生とかが商店街に行かないのは本当、私は理解できないが、千里ニュータウンとかに住んでいる学生などは選択肢がない(近隣住区でつくられた吹田市ではなく、豊中市側に住んでいる)ので、これは致し方ないかもしれないが、その結果を聞いて、商店街のおじさんは腰を抜かすように驚いていた。
 まあ、私もちょっとゼミ生の買物行動には驚いたが、若者はもう商店街とはまったく別次元のところで、それと無関係に生活をしている。商店街は消費の場として、若者にまったくアピールできていないのかもしれないと考えると同時に、若者は消費者としては相当、未熟で広告にも弱く、自分で考える力が弱いということもある。ここらへんの若者を惹きつけるような戦略を商店街はもっと立てた方がいいな、と思ったりもする。
 私とかは若者とは逆に、イオンとかにはまったく行かないからね。これは、欲しいものが売っていないからであるが、もしかしたら、そのこと自体が私がおじさんである証左なのかもしれない。

タグ:商店街
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千里ニュータウンを訪れ、そこに欠けているのは、記憶を次代に継承する装置と工夫であると感じた [都市デザイン]

千里ニュータウンを訪れた。千里ニュータウンは日本最初のニュータウンであり、世界最初のニュータウンであるロンドン郊外のスティーブニッジが街開きをした1951年からわずか7年後の1958年に開発が決定されている。フィンランド(タピオラ)やストックホルム(ヴァリングビー)には遅れを取ったが、フランスのニュータウンには先んじて開発が決まる。ヨーロッパ諸国と比べても、戦後それほど時間が経っていない時期にニュータウンというコンセプトを導入したという日本、というか大阪府の先見性は驚くべきものがある。
 また、高蔵寺ニュータウンや多摩ニュータウンに先んじて住民人口が減少した千里ニュータウンであるが、2010年には底止まりして、再び人口が増加へ転じている。既に6割近くの建物が建て替えをしており、日本最初のニュータウンである千里ニュータウンは、人口減少、建替問題、人口減少の増加への転換など、ニュータウンが抱える諸課題に、否応なくすべて最前線で取り組まされてきた。
 千里ニュータウンをざっと一回りして、思ったのは人々の街への思いのようなものを物語化させる工夫が欠けていることである。現在でも南千里駅には、吹田市の「千里ニュータウン情報館」という施設があり、これは街のアーカイブとしては極めて意義があると思う。しかし、千里ニュータウンという日本最初のニュータウンにおいては、その都市計画史の中での重要な考えの次世代への継承であり、それは重要な建築物や空間の保全である。人類史上最初の田園都市レッチワースには、博物館や記念館、街のグッズなどシビック・プライドのようなものが醸成されているのだが、そのようなものは日本最初のニュータウンである千里ニュータウンには不足している。
 都市に必要なものは、空間という「器」とそこで生活する人という「魂」であると考える。ニュータウンは出来た時点は仏像を作ったようなもので、そこに「魂」を入れるのは、そこに関わり、生活していく人々である。そのためには、人々が「魂」を積極的に入れたがるような都市であることが求められる。「千里ニュータウン情報館」だけではまだ不足している。
 都市にオーセンティシティをもたらすものは歴史と最新性であると言及したのは世界的に著名なニューヨーク市立大学の都市社会学者、シャロン・ズーキンであるが、ニュータウンはつくられた直後は最新性というオーセンティシティを有するが、それは徐々に失われていく。一方で、歴史がないため、「最新性」というオーセンティシティを維持するために、更新・再開発に前のめりになりがちだが、日本最初のニュータウンという肩書きをもつ千里ニュータウンは、つくられて50年以上経った現在、徐々に歴史というオーセンティシティを着床しつつある。千里ニュータウンには日本最初の○○、というものが多くある。日本最初の近隣センター、世界初の自動改札機実用化、医者村。また、これは推測の範囲を出ないが、建築物もそれなりにユニークなものがある筈である。
 これらをしっかりと保全しつつ、改修することによって、スクラップ・アンド・ビルドをするのではなく、歴史都市のようなアプローチでの街づくりの視点も今後、指向すべきである。レッチワースもたかだか100年ちょっとの歴史であるが、その都市の「魂」のようなものがしっかりと訪れるものにも分かるような形で、街中に息づいている。千里ニュータウンには残念ながら、そのような痕跡があまり見受けられない。もったいないことだと思う。団地なども一挙に改修するのではなく、一棟を公共用の利用をするような施設として残すなどして、その街の記憶を次世代に残すような工夫をすべきである。これはレッチワースだけでなく、アメリカのニュージャージー州のラドバーン、メリーランド州のグリーンベルト、ドイツのザクセン州のヘレラウ、ノルドライン・ヴェストファーレン州のマルガレーテンヘーエなどといった都市計画史的に重要なコミュニティでは当然のようにやられていることである。
 そのような取り組みは、住民にとって、シビック・プライドを醸成するような効果をもたらすだけでなく、都市計画に対する人々の関心をも高めることに寄与することになると期待される。千里中央公園にある展望台などは是非とも重要なランドマークとして将来に向けて保全してもらいたいものである。

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鶴岡市に来て、コンパクト・シティへ対する違和感の要因がちょっと明らかになる [都市デザイン]

鶴岡市に来ている。鶴岡市はコンパクト・シティを推進している。私は以前から、日本のコンパクト・シティ政策には相当、違和感を覚えていた。この違和感は、20年ぐらい前、コンパクト・シティが注目された直後から覚えており、『日本の都市はそもそもコンパクトである』といった論文をビオシティに寄稿していたりした。
 その後、コンパクト・シティのブームをつくり出した著書『コンパクト・シティ』の著者である海道清信先生と親しくなり、一緒に海外調査など出かけていくようにもなった。そこで、この私のコンパクト・シティへの違和感を彼に伝えると、彼もどうも政策レベルではおかしなことになっているような印象を受けると言う。そういうこともあり、ちょっと時間があればこのコンパクト・シティ政策の分析をしなくてはと思っていたりするのだが、時間がなくてなかなか手が付けられていない。
 そのような中、鶴岡市に来て、私が違和感を覚える原因がちょっと見えてきた気がした。鶴岡市は人口13万人。戦災を回避したこともあり、絹産業と日本酒とで戦前に築き上げられた豊かさだけでなく、モータリゼーションが進む以前の空間構造も残っていた。コンパクト・シティを進める上では好条件を有している都市といえよう。
 ただし、その交通主体は圧倒的に自動車である。鉄道駅はあるが、単線の羽越本線のみである。バスはあるが、黒字路線は空港線と羽黒山に行く二路線のみ。いや、黒字路線があるだけ素晴らしいと言うべきか。とはいえ、これら市民以外が使う路線だけが黒字ということは、市民の足となるバス路線はすべて赤字ということであろう。これは、市民は圧倒的に自動車で移動するからだ。
 自動車の移動に望ましい都市空間は低密度で広域に展開するものとなる。アメリカの戦後、発展した都市がまさにその典型である。世界で最初の高速道路を通したロスアンジェルスを嚆矢とし、フィニックス、タンパ・ベイ、ヒューストン、ダラス、インディアナポリスといった都市群である。それは、自動車で依存することを前提とし、その移動効率、土地利用効率を考えると極めて理に適っている都市構造である。そして、エネルギーを大量に消費する。土地に占める道路率は高い場合は6割にものぼる。これは、駐車場も道路に含めた数字であるが、自動車は何しろ土地を多く使用するので、その利用を最大限に活かそうとするとそういう数字になるのだ。
 自動車で移動するという前提で都市の構造を考えると、コンパクト・シティは極めて不適であるし、人々のニーズにそぐわない。
 コンパクト・シティは土地を効率的に活用し、移動エネルギーを少なくし、また高密度化することで人々の交歓する機会を増やすなど、多面的なメリットがあるが、それは自動車利用を削減させることとセットで進ませるべきことである。逆に言えば、この二つの目的、つまり都市構造のコンパクト化、脱自動車を両方とも目指すことで始めて実現できるものである。
 にも関わらず、日本のコンパクト・シティを目指している都市は、脱自動車にはまったく力を入れられていないのではないか、ということを鶴岡市で私は感じ取ったのである。そして、それが、日本のコンパクト・シティ政策への私の違和感であることに気づいた。
 まあ、気づいても、それを論証するための時間があまりないのだが、長期的にこのテーマには取り組みたいと考えている。

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ウォリアーズ対ラプタース第5戦は歴史に残る試合であった [スポーツ]

NBAファイナルのウォリアーズ対ラプタース戦、第5戦。ウォリアーズは1勝3敗と崖っぷちに追い込まれた。ウォリアーズが崖っぷちに追い込まれたのは、3年前の2016年のコンフェレンス・ファイナルで1勝3敗で迎えたサンダース戦の3試合、3勝3敗で迎えたキャバリアーズ戦、昨年のコンフェレンス・ファイナルでのロケット戦の6試合目と7試合目と滅多にない。最近はちょっとウォリアーズの試合はダイジェスト版でしか見ていなかった私も、今日は観なくてはということで、6ドル支払ってネットで鑑賞することにした。
 ただ、新幹線で移動中で見たので、乗り換え時とかは見れなかったり、トンネルに入ると観れなくなったりして、ストレスを感じながらの観戦となった。
 さて、この日は懸案事項であったケビン・デュラントが出場。ここで勝利をたぐり寄せてくれれば、まさに大ヒーローになるなと期待をする。第一クォーターでは、デュラントの活躍もあり6点差でラプタースをリードして終了。デュラントはその素晴らしいシュート力によって、貢献する。 3ポインターを3本決めて11点を取る。これは、1勝3敗からの大逆転もあるか、と期待が高まる第二クォーターに悲劇が起きる。デュラントがディフェンダーを躱そうと素早い動きをすると、それについていけなかった足首が悲鳴を上げる。足首を抱いて倒れ込むケビン。そのまま退場する。想像を絶した悲劇で、まるで漫画のようだ。
 暗雲が急にたれ込めるエア・カナダ・センター。デュラントが不在ということもあるが、アキレス腱を痛めたとなれば、選手生命でさえ危ぶまれる。NBAを代表するスーパースターの大怪我ということで、これは世界中が悲嘆に暮れる様な事態である。ケビン・デュラントがこの試合に出場したことは、とても大きな意味を持っていたと思う。というか、このような結果になったら、その判断は失敗であると捉えられても致し方ないかと思うが、もし、出場せずにウォリアーズが敗退し、その後、フリーエージェントで他チームに行ってしまったら、あまりにも後味が悪くなるからだ。そういう意味で、彼が出場したことは、私としてはむしろ当然の判断であるかと思うし、ケビン・デュラントの人々の評価も大きく変わったのではないかと思っている。それは、自分のことを犠牲にしてもチームのことを考える選手であるということを広く知らしめたからである。出場した時には、アキレス腱を痛めることになるとはとても思えなかったであろう。そして、デュラントのこの行為はサムライ魂を彷彿させるので、日本人の私としては心を揺さぶられた。とはいえ、ケビン・デュラントの退場は、ゴールデンステート・ウォリアーズのファンとしては、まさに絶体絶命のピンチである。ケビン・デュラントを失い、さらにファイナルからの敗退ともなれば、まさに悲劇が悲劇を呼ぶような状況となる。
 これは、大変だと手に汗を握りながら画面に食い入る。ラプタースは猛追をするが、ウォリアーズも点を取り、なかなか点差を狭めさせない。ブギー・カズンスの活躍などもあり、第二クォーター、第三クォーターともに両チームの得点は同じ。しかし、第四クォーターになると、それまでシュートが入っていなかったカワイ・レナードがばしばしとシュートを決め始める。怒濤のような攻撃から、残り5分13秒に逆転される。それからはリードをずるずると広げられ、残り2分50秒では6点差。103対97である。これはアウェイであることを考えると、もう万事休すという状況だ。
 ここで京都駅に到着する。そのまま駅で見続けようかとも一瞬、思ったが、ペナルティなどで時計を止めるような戦略を遂行されたら、会議の時間に間に合わないので、泣く泣く降りて地下鉄に乗る。
 さて、大学の研究室に入って、その敗戦を受け入れる覚悟でネットに繋ぐ。試合結果は105対106。へーっ、結構、ウォリアーズは頑張ったな、と思いつつ、それにしてはラプタースの狂喜乱舞している写真がアップされていないな、と訝しむ。そこで、えっ!もしかしたら勝ったのかと思い、急いで試合結果を再確認すると、なんとウォリアーズが勝利しているではないか。
 試合をもう一度、見直すと105対106という状況で、カイル・ロウリーが逆転のシュートを打つときにドレイモンド・グリーンが絶妙なディフェンスをし、シュートは外れる。これは、解説のアイゼイヤ・トーマス、ティム・バットラー等が絶賛した大ファインプレイであった。
 ケビン・デュラントのアキレス腱負傷は大変なショックではあるが、このウォリアーズの勝利は、歴史に残るようなものであったのではないだろうか。私は最後まで見ることは出来なかったが、私の記憶に長い間、残ることになることは間違いない。最終的に大逆転勝利をしたら、それはもうウォリアーズ史に永遠と刻まれるような勝利となるに違いない。
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鶴岡からもっとも早く帰京する方法 [地球探訪記]

鶴岡から帰京するうえで、私はレンタカーで奥羽本線の新庄駅まで行き、そこから山形新幹線で東京まで行くのが最短であろうと勝手に考えていた。しかし、実は、羽越本線の特急に乗って新潟経由で戻る方が早いことを鶴岡の人に聞いて知った。鶴岡からレンタカーで新庄駅まで行くのに1時間かかるので、もう圧倒的に羽越本線、上越新幹線の方が早い。やられた、というか意表を突かれた。悔しいので備忘録として、またもしかしたら、この情報が参考になる人もいるかもしれないので、ここに記しておく。

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蔵王山(日本百名山37座登頂) [日本百名山]

鶴岡市に月曜日に用事がある。ということで、日曜日に蔵王山に登ってから鶴岡市に向かうことにした。早朝、蔵王に向かおうとしたが、始発に乗る時間に起きれる自信がなかったので、土曜日の夜に白石蔵王にまで向かう。駅そばのホテルに泊まり、レンタカー会社が開業する8時ちょうどに車を借りて蔵王山のトレイルヘッドでもある刈田峠に行く。道は結構、幅が狭いワインディング・ロードで刈田峠の駐車場に着いたのは9時30分近くであった。ちなみに、この刈田峠の駐車場に入るには540円を支払わなくてはならない。
 さて、刈田峠周辺は霧が出ており、お釜もまったく見えなかったが、しばらく登山をすると霧も晴れ、緑色の見事なお釜を望むことができた。この緑色は抹茶色であったが、隣でそれを見ていた人は、今日は抹茶色だが、エメラルドグリーンになったり、色々と天気によって変わると説明してくれる。ちなみに抹茶色の時は珍しいようだ。
 その後、活火山特有の岩と砂、時々ちょっとした緑、といった馬の背といわれる尾根道の登山道を歩いて行くと1時間もしないうちに、蔵王では最高峰の熊野岳に登頂する。山形盆地の方は雲が発達していたが、太平洋側は素晴らしい展望が得られることができた。山形盆地も北部は展望することができた。なかなかの絶景だ。
 熊野岳には斎藤茂吉の歌碑、熊野神社と避難小屋がある。火山ではあるが、蓼科山、岩木山などと違い、頂上が礫ではなく平らなので足に優しい。そこで、おにぎりなど消費したカロリー分を吸収していると、雲がどんどんと迫ってくるので、そのまま帰路に着く。帰路に着き始めたら、もうほとんど登山道は霧の中で、帰りの駐車場までほとんど視界はないに等しかった。ただ、登山道に沿って、電信柱のようなものが立っているので道を迷わずに戻ることができた。帰路はお釜もまったく霧で見ることができなかった。たかだか1時間もないほどの差だが、1時間遅れて登山を開始したらまったく蔵王山の印象は変わったものとなったであろう。本当、登山はタイミングが大事であることを思い知る。
 刈田峠の駐車場に戻ったのは11時30分。休憩を入れても2時間で、これまでの百名山登山でも最も簡単な部類であったが、霧に覆われる前に登頂できたので、満足のいく登山となった。

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(駐車場から山形方面を望む)

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(駐車場からしばらくは舗装された極めて歩きやすい道を行く)

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(お釜の見事な姿。今日は抹茶色であったが、色は天気や太陽の光によって大きく変わるとのこと)

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(1時間もしないうちに山頂が見えてくる)

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(山頂手前で山形方面を望む)

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(熊野岳山頂)

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(山頂)

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(帰路は濃霧の中を歩く。電信柱のような柱があるので迷わず戻れたが、これがなかったら結構、不安になったかもしれない)

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(帰りはお釜もまったく見えず。1時間足らずの差でこの違い)

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(駐車場からの展望も2時間弱でこんなに違った)
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英語のリスニング試験をするのは愚の骨頂だ [英語関連]

 大学入試センターは7日(一昨日)、センター試験の後継として行われる大学入学共通テストの配点として、従来の筆記200点、リスニング50点の250点から、リスニングとリーディング各100点の計200点に変更して、リスニングの配点を2倍にして重視した。
 何でこんな馬鹿なことをするのだろう、というのが率直な感想である。
 というか、そもそも私は英語のリスニング試験をするのは無駄であると考えている。しかも、それを重視するというのは、これはもう英語の試験でも何でもない。なぜか。
 まず、普通の日本人は英語のリスニングを100%修得するのはほとんど不可能である。英語の映画を字幕なしでしっかりと理解できる日本人はまず、ほとんどいない。ロック音楽の歌詞がしっかりと聞き取れる日本人もまず、ほとんどいない。
 私はアメリカで7年間過ごしているが、今でもコメディとかの落ちとかが分からないことがある。ロック音楽の歌詞もよく聴き取れないことがある。しかし、これは私だけの問題ではないと思う。映画とかの字幕で、絶対、違うよな、この訳というのが結構ある。ロック音楽の歌詞の訳も違うよな、というのも多々ある。プロでさえ間違っているのだ。
 私は毎年のように国際学会で発表をしているが、私のように英語でやり取りをできる日本人にはほとんど会ったことがない。下北沢のロック・バーで早稲田大学の留学生と飲んだとき、私のように英語が話せて聞ける日本人の教授は早稲田にはいない、と言われたこともある。そんなことはないだろうと思いつつ、もしかしたらそうだろうな、と思っている自分もいる。
 そのような経験から、日本人のヒアリング力は例え留学経験者でも、相当、いい加減であることを知っている。ビジネス・パーソンでも聞けているようで聞けてない。しかし、妙にプライドが高いので勝手に自分で解釈している場合が多いのだ。したがって、英語で仕事のやり取りをする場合は、話し合いではなく、しっかりと文書で内容を確認すべきであると思っている。
 英語で仕事をしている専門家でさえ、そのようないい加減なヒアリング力しかない国の高校生にヒアリング力を測ってどうするのだ。
 加えて、ほとんどの日本人は仕事をするうえでヒアリング力を必要としない。その機会もない。これからグローバル化が進むといっても、トランプのアメリカを見るにつけ、これから必要とするのはむしろ英語ではなくて中国語ではないかと思っているぐらいだ。英語はそんなに万能じゃあないのは、南アメリカとかに行けば一目瞭然である。日本だって、ほとんど英語は通じないじゃないか。
 いや、それでも英語はアメリカだけでなく、グローバル語だからと指摘する人もいるかもしれない。しかし、インドで話される英語、シンガポールで話される英語、イギリスで話される英語は文法とかはほとんど一緒だが、リスニングをするうえでは違うから。私の大学院時代、友人の台湾人が、イギリスからの留学生の英語が全然、聞き取れない、とぼやいていたので、私は彼女の英語が正統なんだからね、と言ったことがあるが、アメリカ英語がリスニングできるようになったら、インドの英語が聞き取れるようになると思ったら大間違いだ。私はJBICの仕事でインドの役人に取材をしにいったことがあるが、本当、聞き取るのは大変だった。私の部下の若者は、まったく聞き取れなかったな。とはいえ、彼は東大卒なので、平均的には英語は出来る方かもしれない。
 また、このリスニングテストが試されるのは英語だけではない。というのも、問題文が一回しか読まれないからだ。したがって、その問題に正答するためには記憶力も必要とするのだ。下らない英会話の内容をすべて聞き取れても、待ち合わせの時間が8時か9時かとかまでは覚えてられない。実際のシチュエーションだったら、そういう場合は確認するであろう。こんな一度聞いて理解する、といったシチュエーションは実社会ではほとんどないので、まったく使いものにならない能力を我々は測ろうとしているのである。 
 英語を必要としないとは決して言っている訳ではない。ただ、必要とするのは読む力(語彙力)、そして出来れば書く力(文法力)である。日本で暮らしている以上、話したり、聞いたりする能力はほとんどいらない。留学したり、生活したりするなら別であるが、日本に生きている以上はまったく不要な能力である。いや、外国人のツアーガイドや通訳の仕事をしようとするなら別ですが。ただ、そのような人が大学入学共通テストの受験生の何パーセントに相当するのであろうか。0.01%にも満たないのではないだろうか。

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ケビン・デュラントは第五戦に出場できるのか [スポーツ]

NBAのファイナル第四戦で、ウォリアーズはホームゲームを連敗して1勝3敗の崖っぷちに追い込まれる。このような背水の陣からファイナルで逆転勝利をしたのは2016年、レブロン・ジェームス率いるクリーブランド・キャバリアーズのみである。その時の相手?ウォリアーズである。ということを考えると、ウォリアーズは大変なピンチに陥ってしまったとも思われるが、ウォリアーズにはこの逆境を乗り越えられる切り札を有している。それは、おそらくNBAで現時点で最強の選手であるケビン・デュラントである。彼はコンフェレンス・ファイナルのポートランド戦で負傷をしてから、決勝の試合にすべて出ていない。
 ちなみにケビン・デュラントは2016年のコンフェレンス・ファイナルで、3勝1敗という、あと1勝でファイナルに出場できるというチャンスを、それから3連敗をして逸したことがある。そして、翌年、3連敗を喫したチームにトレードで移籍する。ゴールデンステート・ウォリアーズに移籍したのである。この移籍は、多くの非難を浴びることになる。その非難は、ウォリアーズで2勝して、ファイナルのMVPになっても払拭できていない。
 そのような非難をすべて払拭できるチャンスがケビン・デュラントに今、降ってきた。ここで彼が5戦以降の試合に出場して、3連勝させることができれば、勝負弱いというレッテルも剥がすことができるであろう。
 さて、しかし、こういう時に活躍できないのは、いかにもケビン・デュラントらしいので、今回もあまり期待はしていない。ただ、ここで大活躍したら、記録だけでなく記憶にも残る真のスーパースターになれるのにな、と思わずにはいられない。

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伏見桃山に京阪電気鉄道の特急列車が止まらない理由 [商店街の問題]

伏見区は人口28人を擁する京都市最大の区である。しかし、その中心駅である伏見桃山駅には京阪電気鉄道の特急列車は止まらない。その代わり、隣の中書島駅や丹波橋駅などに停まる。これはどうしてなのだろう、と前から気になっていたのだが、その理由が判明した。伏見桃山駅は二つの道路に挟まれているため、駅の幅を広げることができない。そして、そのプラットフォームの長さは6両編成分である。京阪の特急列車は7両編成である。つまり、特急列車は伏見桃山駅に停まると道にはみ出てしまうのである。
 前からなんで、周辺が住宅地の丹波橋駅に停まって、大手筋商店街のような京都市を代表する商店街のある伏見桃山駅に停まらないかが不思議だったが、こんな物理的な理由であったとは知らなかった。

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ステーキの焼き方 [B級グルメ雑感]

家のそばに素晴らしい肉の卸屋がある。ここで買う肉は本当に素晴らしく美味しい。そして安い。そういうこともあって、ここ最近、ステーキ屋には一切行かなくなっている。いや、ステーキ屋どころか焼き肉屋にも行かなくなってしまった。さて、ただステーキを家で焼くとなると、ちゃんと焼かないと、せっかくのステーキを台無しにしてしまう。そのため、焼き方はちゃんとした方法でやらなくてはならないのだが、最近は、ユーチューブでいろいろと焼き方を教えてくれるので、本当、有り難い。
 一方で、いろいろと比較すると、なんかプロであるにも関わらず牛肉分かってないんじゃないの?というような輩もいたりして、いやはやユーチューブ恐るべしである。私が個人的に納得したのは、「生活クラブ生協連合会」の焼き方。
 https://www.youtube.com/watch?v=g1ccDLQ43Ss
 塩と胡椒は焼く前にはふらない、などの拘りがあるが、しっかりとその理由も説明してくれている。当然、焼くための脂は牛肉の脂だ。
 逆に、もしかして素人だから馬鹿にしている?とさえ思わせるのが「いきなりステーキ」の社長が教えるステーキの焼き方である。
https://www.youtube.com/watch?v=ivKEznA_BA8
 いきなり、サラダ油。しかも焼く時間が片側4分。焼きながら肉をフライパンの上で回すというのも、生活クラブを始めとして他の焼き方指南者とは違う。生活クラブの片側1分の方がレア、ミディアム・レアなどに対応できる正しい焼き方でしょう。ちょっと、これをみると「いきなりステーキ」には行きたくなくなりますね。というか、まあ、基本、外食ではステーキ食べなくなっているので、あまり私とは関係ない話ですが。
 
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(今日はサーロイン・ステーキを焼いてみました。100グラムで1400円。220グラムですので一枚3000円ですが、どんな大トロにも負けないような美味しさです)

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下町ロケット [映画批評]

ニューヨークから羽田に向かう機内で『下町ロケット』を一気に観る。映画『7つの会議』よりも遙かに面白い。私は結構、同じ池井戸潤の『半沢直樹』は好きだったが、『下町ロケット』はさらに楽しめた。一気に観てしまったのも、このドラマが、その世界に私を引き込むだけの魅力を有していたからだと思われる。そこには理系のロマンのようなものが溢れていて、本質的には実力主義である。大企業の下請けいじめのような構造もあるが、技術力で突破していく。その痛快さが、爽やかでこう観る者を惹きつけるのではないだろうか。あと、生き馬の目を抜くようなビジネスの社会において、情に弱い佃社長の、こう浪花節的なところもよい。しっかりと真っ直ぐに仕事をしよう、というような気にさせてくれる。


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NBAファイナル2戦目(2019) [スポーツ]

1993年以来、ゴールデンステート・ウォリアーズのファンをしている。1993年はプレイオフに進出したが、一回戦負けをする。その後、クリス・ウェバーのトレード、ラトレル・スプリーエルのコーチ首締め事件、ジョー・スミスのドラフト1位指名など、もう目も覆わんばかりの失態続きのチーム運営を行い、NBAの笑いものであった。2007年に奇跡的に14年ぶりのプレイオフへの進出を果たし、なんと第一シードであるダラスを破り、プレイオフで1回戦を突破する。このときは「ウイ・ビリーブ」と言われ、私もそれまでがあまりにも惨めだったので喜びを爆発させた。
 その後、スティーフン・カリーをドラフトで指名し、クレイ・トンプソンも指名し、というか何よりオーナーが替わったことで、状況は好転していく。そして、2013年にプレイオフに進出すると、第三シードのデンバーを破り、その時、敵方であったアンドレ・イグアダラがフリー・エージェントでウォリアーズにやってくる。
 そして、驚くべきことに2015年にはなんと優勝してしまう。私は、もう自分の寿命が来たのかと思いましたね。翌年はファイナルでキャバリアーズに負けるが、その後、ケビン・デュラントが入って2連勝。今年は5回目でファイナル進出を果たしている。
 さて、しかし人間、面白いもので、デュラントが入ったウォリアーズはあまりにも強すぎて、かえって応援する気が失せている。今年はセンターのブギー・カズンスまで入ってきて、いや、先発選手全員、オールスター選手だからね。しかも、シックス・マンも元オールスターでファイナルMVP(2015年)のアンドレ・イグアダラだから、ちょっとこれはルール違反に強い。ということで、最近は昔のように関心を持たなくなっている。いや、もちろん、今でもウォリアーズが一番好きだし、お金と時間に余裕があれば観戦しにいきたいと思うぐらいだが、横綱ぶりがすごすぎるからな。
 などと思っていたら、今回のファイナルはそう安穏としていられない状況になっている。まず、カズンスが怪我で戦線離脱する。そして、ケビン・デュラントがヒューストン戦での怪我で戦線離脱する。これは、ヒューストンに負けるだろうと多くの評論家が指摘する中、デュラント不在の敵地、ヒューストンで勝利をもぎ取り、コンフェレンスのファイナルに進出。ここでもポートランドには勝てないであろうと多くの評論家(チャールス・バークレイなど)が指摘していたが、なんと無敗の四連勝。
 そして、トロントとの決勝に臨むことになった。さて、トロントはデュラント不在のウォリアーズは勝てないと多くの評論家が指摘している。バークレイはもちろんのこと、ジェイレン・ローズもそういっている。負けそうになると応援したくなる。
 そんな中、トロントでの1戦目、カワイ・レナードとカウイ・ローリーをディフェンスで抑えたのだが、シアカムという選手が大活躍をして負けてしまう。しかもアンドレ・イグアダラが怪我をする。これは、ちょっと不味いかな、と思って、2戦目をフォローした。
 心配をしていたイグアダラは先発をした。しかし、ハーフタイム前にガソルのスクリーンにぶつかり床に倒れる。ハーフタイムではトロントにリードを許したままで終わる。これは、あかん。二連敗かと思ったら、第三クォーターで18対0の雪崩のような、「スラムダンク」の山王工業のように試合を支配する。イグアダラは試合に復帰する。第四クォーターではトロントが猛追し、クレイ・トンプソンも肉離れでプレイできなくなるが、代わりに入ったクインが活躍して逆転を許さない。そして、2点差という状況での最後のプレイで、ブリッツをかけてくるトロント。ボールを持っているカリーに二人が襲いかかる。さて、そこでスリーポイントのラインでフリーになるイグアダラ。ボールが彼に渡るが、ラプタースの選手は彼にそのままシュートをさせる。それは、「スラムダンク」での陵南戦で、眼鏡君(小暮)にフリーで打たせたシーンを思い出させるようなプレイであった。そして、小暮同様にイグアダラはシュートを決め、5点差で第二戦はものにする。
 さて、1勝1敗でホーム・コートに戻るが、トンプソンが怪我をしており、相変わらず厳しい状況である。これは大変だ、と思うが、こういうことを言っては何だが、デュラント不在で、アンダードッグの状況で勝ってほしいと思ったりする自分がいる。いや、贅沢なことを言っているのかもしれないし、なめているのかもしれないが、デュラントはちょっと強すぎるからな。デュランド以外の選手が怪我をすると大変な事態になり、トンプソンが怪我をしている状況はまったく予断を許さないが、今日の試合は手に汗握り、そして最終的に勝てたこともあり、久々に応援しがいがあった。

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『モンスター』 [映画批評]

2003年に公開されたシャーリーズ・セロンが連続殺人犯の売春婦を演じる実話を元にした映画。タイトルは『モンスター』ということで、主人公は理解不能な殺人鬼のような先入観をもって観たが、映画では、そのようなことをしでかした犯人の哀れな愚かさが描かれていた。むしろ、この殺人犯を通して、そのような女性を生み出すアメリカ社会の歪みというか、醜悪さのようなものが浮き彫りにされていた。そして、それは今のトランプ大統領を生みだしたアメリカ社会の歪みのようなものではないだろうか。
 さて、しかし、この映画の凄まじいところは、映画の内容ではなく、何よりあの絶世の美女であるシャーリーズ・セロンが、ほとんどその美貌の見る影もない悲惨な売春婦役を演じ切れていることである。彼女はこの役柄のために12キロも太ったそうだが、何で、こんなに容貌が変わることができるのか。役者魂のようなものがひしひしと感じられる。というか、この映画の主人公と、マッドマックス・ヒューリー・ロードの女性ヒロインが同一人物とはまったく思えない。しかも、この映画に出演した時の方が若いのだ。凄い女優である。シャーリーズ・セロンはこの映画で主演女優賞を受賞するのだが、その受賞時には、体型を戻している。それは本当、映画の主人公と同一人物とは到底、思えない。下記のユーチューブで受賞時を観ることができる。
https://www.youtube.com/watch?v=v70pNFdsBSg


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