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レッドアローとスターハウス [書評]

 西武線沿線の地域政治風土を、オタク的な執拗さで調べたことをまとめた本。「堤」対「五島」といった「西武」対「東急」という構図で、西武のユニークさを浮き彫りにする比較分析は、私のように西武沿線に23年、東急線沿線に8年間住んだものからすると興味深い。
 しかし、そのような西武沿線に住んでいない、もしくは比較対象の東急線沿線に居住していない人は、この本を読んでどの程度、興味を持つのかは正直、疑問である。
 事例研究としての西武線の地域政治風土から帰納的に、どのような知見や視座を獲得できるのか。むしろ、西武線沿線の特異性だけが浮き彫りにされる読後感を覚えるのは私だけではないような気がする。「赤旗まつり」の細かな経緯、また共産党の上田耕一郎の野方を中心とした中野での地域活動といった章は、西武線沿線の特異的な政治風土を描写する一つの面白い事件かもしれないが、一般読者にとってはちょっと冗舌な印象を受ける。本書は雑誌での連載をまとめたものなので、一回ごとの連載での字数を稼ぐためにそのように細かい情報まで書くことになってしまったのだろうが、せっかくの読書の集中力を削ぐようなものとなってしまい、その点は残念である。
 ただし、本書において著者は、少なくとも私にとっては興味深い視座を提供してくれている。特に、「西武線沿線の郊外は、アメリカ的な、あるいは資本主義的な郊外ではなく、ソ連的な、あるいは社会主義的な郊外との共通点が多い」といった筆者の考えは、興味を惹かれた。著者は自身の論点の根拠として、次のような例を挙げる。
・ 住民は、自動車よりも公共交通を指向した。例えば、1977年には「開店するはずだったイトーヨーカドー滝山店は、自治会の反対により計画が大幅に遅れ、80年になってようやく開店したものの、駐車場は許されなかった」。
・ 「清瀬コミューン」や「滝山コミューン」のような徹底したコミューンは、西武沿線以外には生まれなかった。
・ 西武沿線と日本共産党には1923年頃から深い関わりがあった。
・ 西武沿線につくられた滝山団地、狭山団地、久米川団地、ひばりヶ丘団地は、ソ連の集合住宅にそっくりである。
そして、まとめとして、著者は、西武沿線には、他の沿線にはない政治意識を生み出す「下部構造」があった、と自ら「いささか大げさ」であることを認めつつ指摘している。ちょっと引用させてもらう。
「ここには(西武沿線のこと。引用者注)、政治家や官僚、大手資本が住民を管理するための<上からの政治思想>にのっとってインフラが整備されるのではなく、逆に鉄道の利益独占や居住空間のさまざまな不備が、地域住民を主体として現状を改革してゆくための、<下からの政治思想>を不断に創り出すという、これまで語られることがなかった戦後思想史」の地下水脈が見いだせるのである」
 この著者の考えに興味を持たれれば、読む価値はあるかと思うが、繰り返すが、章によって密度の濃さが随分と違うので、その点、機会費用的にはあまりお勧めできないなとも思ったりする。


レッドアローとスターハウス: もうひとつの戦後思想史

レッドアローとスターハウス: もうひとつの戦後思想史

  • 作者: 原 武史
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2012/09/28
  • メディア: 単行本



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