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プラハを訪れ「絶滅種」と揶揄されるような脆弱さとは無縁であることを知る [都市デザイン]

プラハを訪れる。3度目の訪問である。東西の壁が崩壊されてそれほど時間が経っていない時、私がアメリカに留学していた時、プラハは「絶滅種」であると指摘されていた。この言葉には、急いで訪れないと、観光化されてプラハのよさが失われるので、早く行くべきであるとの考えが内包されていた。私もその言葉に急かされて、無理矢理日程を調整して、ミュンヘンから夜行列車でプラハを訪れたことがある。その時の、私のプラハの印象はそれほどよいものではなかった。確かに中世のゴシックからバロック、そしてムハに代表されるアール・ヌーボー、キュービズムといった多彩の建築群などから構成される街並み。特に市民広場を中心としたアルトシュタットの美しさは、この都市がヨーロッパで最も美しいと形容されるのも然りと思わせられた。ただし、自動車が結構、我が物顔にこのヒューマン・スケールの空間に入りこんだり、歩行者動線を自動車が平気で分断したりする状況は、快適性を大いに損ない、都市デザイン的にはまったく感心しなかった。

しかし、それから数年経ち、状況は随分と改善された。私が歩行者動線を遮断して問題があるなと考えていた道路の多くは、それに対応するための計画が策定されていた。歩行者専用空間も拡大しており、以前に比べて旧市街地での歩く環境は大いに改善されていると感じた。プラハは観光客が多いが、地元住民もある程度旧市街地を活用しているので、いい意味での生活感が存在する。例えば、社会主義時代からある大衆食堂コロナなどを訪れれば、地元住民の生活臭、そして密度の濃いチェコ料理を今でも経験することができる。歩行環境が改善されたので、心理面でのアクセス環境も改善されたようで、よりプラハの豊かさを体感できるようになっていると思われる。

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(自動車が支配していた空間を人間が徐々に取り戻しつつある)

これらに加えて街灯は、光の色を鮮やかにするために一部、ガス灯に置き換えられていた。ガス灯によって照らされる夜のプラハの旧市街地は随分と、落ち着いた美しさを纏うようになっていた。ガス灯への転換は、プラハだけでなくベルリン、ロンドン、ボストンなどでも行われているが、夜の都市の演出には極めて効果的であると思われる。日本の都市も積極的に導入するといいと勝手に思いを巡らす。

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(ガス灯に置き換えられた街灯)

社会主義時代に比べて豊かになったことで、多くの修復への投資が進み、しかもしっかりとした都市デザイン的な考えがあるために、プラハは経済的豊かさを空間的豊かさへと繋げることに成功していると感じた。しかも、チェコ人の強烈なアイデンティティへの拘りが、これだけ観光客に溢れていても、安易なグローバル化を拒んでいる。「絶滅種」と観光本位の観点からアメリカ人に言われていたプラハであったが、ちょっとした観光化では揺るぎようのない都市に対する理解、そしてしっかりとした都市デザイン的な知恵、そして確固たる地域アイデンティティへの拘りが、絶滅するどころか、より豊饒なる都市空間の創造へと繋げている。むしろ、商業化によって公共空間を私有化させるに任せ、コミュニティを崩壊させてしまっているアメリカ、そして残念ながらアメリカに追従している日本がプラハから学ぶことは多いと思われる。

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