ビッグ・ベンド国立公園を訪れ、その雄大さに圧倒される [地球探訪記]
テキサス州のリオ・グランデ川が大きく湾曲する場所を中心として指定されたビッグ・ベンド国立公園を訪問する。メキシコとの国境沿いにある3242キロ平方メートルと東京都の１．５倍もあるという広大な公園である。こんな東京都や神奈川県よりも大きい公園であるにも関わらず、宿泊先はチゾス山塊の盆地に一軒だけロッジがあるだけである。とはいえ、このロッジは相当、部屋数があり、小さな店からレストランまであり大変充実していた。部屋の大きさによるが、一泊１２０ドルから１６０ドルくらいである。どの部屋にもテレビや電話はない。まあ、ここまで文明から離れたようなところにきてテレビを観ることほど無粋なこともあるまい。
ビッグ・ベンド国立公園は、アラスカ州を除くと最も来訪者が少ない国立公園の一つとしても知られている（一番少ないのはミシガン州のアイル・ロイヤル国立公園。正確には下から６番目。ただし２００６年の数字）。周辺に何もないという僻地に位置していることも関係しているからだろうが、年間の来訪者数は３０万人から３５万人。これはテネシー州にあるグレート・スモーキー国立公園が１０００万人前後であることを考えると、その３％程度でしかない。しかも、ビッグ・ベンド国立公園の来訪者の６２％はテキサス州からであるという調査結果もある。
我々は一泊しかしないので有意義に時間を使わなくてはない。早朝、日が出る前に宿を発ち、ロスト・マイン・トレイルへと向かう。ロスト・マイン・トレイルは片道３．６キロメートルのトレイルで、チゾス山塊のピーク（特に名称はないようだ）まで行く。ビッグ・ベンド国立公園で最も重要なトレイルの一つだと評価されているところだ。トレイルを歩き始めてほどなく日が昇り始めて、空を淡いピンク色に染めていく。この空のグラデーションの美しさは、砂漠ならではだ。息を呑むような美しさで、しばし立ち尽くす。１マイルほど歩くと、山の稜線に出て、そこからリオ・グランデ川をはじめとしてメキシコのチワワ州の山々までが展望できる。山肌を照らす朝の光の美しさに恍惚感を覚える。これは、なかなか得難い体験である。
その後、サンタ・エレナ渓谷を訪れる。ここは、リオ・グランデ川が数キロメートルに渡り、巨大な渓谷をつくりあげているところである。チゾス・ロッジからは自動車を飛ばしても１時間はかかる。まあ、なんともでかい公園であるが、このサンタ・エレナ渓谷は来た甲斐があった。何しろど迫力である。まあ、グランドキャニオンやザイオン、ヨセミテのような標高差はないが、川幅が広いので、縦には大きくなくても横に大きい。遠くからみると、巨大な岩石を鋸で切った後のようにつくられた渓谷のようだが、近くでみるとそのスケールにちょっと圧倒される。片道２キロぐらいのトレイルで渓谷に入り込むことができるが、なかなかのスケール感に感銘を覚える。
ビッグ・ベンド国立公園の素晴らしさは、その雄大さにある。こんな雄大な景観はほとんど初めての経験である。例えば、ヨセミテ国立公園のグレイシャー・ポイントからの展望、グランドキャニオンの展望なども雄大である。しかし、それらの景観は自然が織りなす細やかな色彩のグラデーション、水や風の浸食によって複雑に形成された岩石の造形美などが雄大さを演出するのに対して、ビッグ・ベンドは何もない、という雄大なるボイドによって、人の心に迫ってくるのである。その空間には悠久なる時間が流れており、人はただその大きさに圧倒されるだけである。
ビッグ・ベンド国立公園の風景を写真集等でみると、それほどインパクトはない。その風景を是非とも観たいといった気持ちにさせるような迫力に欠ける。なぜ、ここが国立公園に指定されたのかが写真からはよく理解できなかった。しかし、実際現地を訪れて、この国立公園の素晴らしさ、すなわち雄大さはとてもレンズに収めることは不可能であることが分かった。隣のメキシコのチワワ州に連なる、この広大なる空間の凄さは、人に大きな感銘を与えるものである。その空間での経験は、他では得られないものであろう。私のアメリカ国立公園の行き先リストとしては決して高くはなかった、この公園ではあったが来てつくづくよかったと思わせられた。日本から比較的楽に来られるエルパソやサンアントニオからも車で一日以上走らなくてはならないほどの距離にあるが、来た甲斐があった。そして、この遠さがこの国立公園を特別にしているのではないかと思われる。私のランドスケープ観を変えてくれるというだけでなく、人生観も変えてしまうような貴重な体験をすることができた。アメリカの風土の偉大さ、凄まじさを教えてくれる国立公園であり、改めて、このような風土を擁し、それをしっかりと保全する考えを持ったアメリカという国の強靱さ、多くの問題点を抱えつつも、我が国も参考にすべき立派な側面があることを、ビッグ・ベンド国立公園を訪れて知ることができた。
