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「英語」よりはるかに「国語」の方が大切である [英語関連]

人間は言語で考える。言語が論理を構築する。言語がないと考えるのではなく、感情で行動する。犬とか猫がそうだ。言語がなくてもある程度、論理的な行動は取れる。例えば、お手をすると餌がもらえるといったことは、言語能力を有していなくても理解はすることができる。しかし、思考をするためには言語が必要であるし、より深い思考をするためには、言語力が不可欠である。そして、その言語力とは、言語によって構築される論理力と、その思考を司るパーツである語彙力である。
 さて、日本人は日本語が言語である。したがって、日本語によって考え、論理を構築する。論理を構築するうえでは「接続詞」が重要であるが、思考を展開させるためには語彙力が必要である。これらは勉強によって鍛えられることができる。つまり、論理力、思考力を鍛えるためにはその道具である国語力を鍛えることが何より重要であるのだ。
 しかし、日本の大学の入学試験とかだと、国語より英語が重要視される。英語を入試で課すことに私はそれほど反対していない。というのも、英語の試験は英語力を測っているのではなく、ものごとを継続的に努力できるような力を測っているからだ。これは、大学の入学試験での英語は、受験勉強すればそれに比例して上がるので、努力する力を測定するのにはいい指標であるからだ。だから、受験勉強で英語をしても英語がしゃべれるようにならない、などと批判をすることは根本から間違っている。それは、別に英語をしゃべられるといった能力をもとから期待しようとなどしていないからだ。そもそも、日本人が普通に生活していくうえで英語はまったくといって必要としない。
 それに比して、国語は本当に生きていくうえで重要だ。論理力は民主主義がしっかりと機能していくうえでは不可欠だし、ビジネスでも有効な武器となる。何より、深い思考ができることは人生を豊かにさせる。小学生、中学生に英語を勉強させる暇があったら、もっと国語の勉強をさせるべきだと強く思う。特に小学生に英語を勉強させるのは時間の無駄である。

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東京オリンピックのボランティア不足をアルバイトで補おうとする愚 [菅政権]

東京オリンピックのボランティアが不足しているそうだ。コロナ禍でのオリンピックということもあって、そうそうボランティアをやりたいとは思わないのでそれは理解できる。さて、それへの対処策として、不足しているところをアルバイトで補おうとしているようだ。例えば4月21日の中日新聞などがそれを記事にまとめている。
https://www.chunichi.co.jp/article/243886
 これは、すごく愚かしい対策だ。というのは、アルバイトを募集したら、それでもボランティアをしようと思っている人たちへ更なる強烈なディスインセンティブをもたらすからである。私だったら、絶対辞めて、アルバイトとしてまた募集するであろう。この行為はあまりにもボランティアの人たちの気持ちを侮辱していないだろうか。
 少なくともアルバイトを裏で募集するようなことは止めて、しっかりとボランティアとアルバイトの仕事内容を区分し、理解を求めるようにすべきであろう。もし、それでボランティアの人が大量に辞めたとしても、まだ、裏でこそこそやってそれが明るみになってから辞めたり、ボランティアをした人が「正直者が馬鹿を見る」ような状況に追いやることだけは辞めた方がいいであろう。これは人の道であると思われる。

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