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ジャイメ・レルネル氏が逝去する [都市デザイン]

昨晩、大学院のオンライン講義をしている中、クリチバの中村ひとし氏からメイルが届いた。「ジャイメ・レルネル氏が逝去した」という内容だった。慟哭しそうになったが、講義中でもあり堪えた。享年83歳である。ジャイメ・レルネル氏は私にとって父のような存在である。亡き父より二つほど若かったが、父よりはるかに人間的に尊敬している。レルネル氏と話していると魂が浄化するような、人格がよくなるような気がする。世の中、そして自分のことが肯定的に捉えられるようになる。私は無宗教だが、それは宗教的な体験だ。こんな人は本当、滅多に出会ったことがない。敬愛する中村ひとし氏でも有していないカリスマのような強烈な存在感がある。
 ジャイメ・レルネル氏と初めて出会ったのは1997年である。当時はパラナ州知事であった。取材を御願いしたら15分だけ会ってやると言われる。結局、取材は1時間を超えた。私を認めてくれたのかな、と勝手に思っている。それからは、クリチバを訪れることはレルネル詣でと同義語になった。前任校の学生を引率して連れて行った時も、レルネル氏は学生達と一緒に会ってくれた。学生もレルネル氏の凄さは一瞬で理解できたようで、彼の前では皆、よい子になっていた。学生を連れていない時は、中村さんと一緒に彼と飲む機会があった。レルネル氏は都心部にあるマネコを始めとして、ただで飲ませてくれるお店が幾つかあって、それらに連れて行ってもらったし、自宅にも呼ばれたことがある。クリチバには正確にはもう覚えていないが、以前、数えた時15回ぐらいだったのを覚えているので、20回近く訪れたことがあるかとも思う。ただ、京都に職場を移してからは一度も行ってないので、もう3年間も御無沙汰していた。体調は決してよくないので、常に案じていたのだが、ついにその日が来てしまった。
 私はレルネル氏と出会えなかったら、まったく人間的にも仕事的にも違った道を歩んでいたと思う。そして、レルネル氏との出会いは私を真っ当な方向に常に軌道修正させてくれるようなものであった。レルネル氏、そして中村ひとし氏は、そういう意味で私の大恩人である。その一人に、もう二度と出会えないのかと思うと、猛烈に悲しい。
 

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