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Resilienceという最近のバズワード(Buzz Word)に関して考える [都市デザイン]

香港で開催されているパシフィック・リム・コミュニティ・デザイン学会に参加している。そのテーマであるが、「Agency and Resilience」である。日本語に訳すと、「組織と回復力」になるのだろうか。Agency はステーキホルダーのような意味で使われているようだ。コミュニティ・デザインを遂行させていく「組織」的なイメージであろうか。それはともかく、気になるのは「Resilience」である。これは、最近、都市計画関係の「バズワード」(Buzz Word)のようになっており、回復力・復元力のようなものが都市計画・都市デザインの重要なテーマになっている。最近、東北大震災をはじめとした自然災害が世界中でも起きているので、これにどう対応するかは大きな課題であるが、香港中華大学のミーカム(Ng. Mee Kam)先生の講演では、自然災害はもちろんのこと人的災害に対するResilienceが重要だとの指摘があった。

これは結構、示唆に富んでいる。というのは、コミュニティもそうであるが、個人ベースでも、いろいろと酷い状況に追い込むのは社会的、人的要因が大きいからだ。それにいかに抵抗して、与えられたダメージを復元させていくか、ということは自然災害よりむしろ重要であるかもしれない。ミーカム先生は香港での都市再開発で土地を強制収容された人達、コミュニティをいかに復元させていくか、という話を中心にしていたが、日本に目を向ければ、福島第一原発で大きなダメージを受けた人々、コミュニティの復元をどうするか、ということは真剣に考えなくてはいけない課題である。今回の学会でも、東北大震災の被害からいかに復元させようとしているか、というプロジェクト事例はいくつも発表されたのだが、福島原発がらみのプロジェクトでの発表は皆無であった。当たり前である。復元はほとんど出来ていないし、復元の兆しでさえ見えないからである。それどころか、福島を脱出した人々が、脱出先でいじめに遭っていることが、最近の新聞やメディアを賑わしているような状況である。ダメージの復元どころか、ダメージが加えられているのだ。そして、このようなダメージはすべて人的要因に基づく。確かに津波による停電が原発事故のきっかけかもしれないが、そのような事故が想定されていたにも関わらず、対策を怠ったこと、そして事故が起きた後に、しっかりと責任を取らず被害者の自己責任のような状況に追い込んでいること、というか、そもそもこんなに危ないものをつくってしまったこと、などはすべて人間の責任である。

さて、Resilienceというのは被害者を主体とした言葉である。都市計画は行政が執り行い、都市開発などは住民視点だと行政が加害者となる。そして、原発なども行政が加害者側に位置づけられる。ということは、Resilienceを政策に位置づけることは相当、無理がある。自然災害であれば位置づけられるが、人的災害に対しては難しい。不可能に近い。そういう中で、コミュニティや住民がResilienceを持つようにするのか。都市計画では難しいが、ボトムアップのまちづくりであれば可能かもしれない。そして、そのようなアプローチを可能にさせるのは民主主義(デモクラシー)が洗練されていないと難しい。そういう点では日本はそれほど期待が持てないかもしれない。とはいえ、それを放棄すれば「回復」させる可能性はゼロである。人的要因でダメージを受けると、それに何もしないで回復させようとすることは無理である。いろいろと大変なことも多いが、抵抗をし、努力をしなくてはならない。そのための方策論は、行政の政策ではなく、住民レベル、個人レベルでのものではなくてはならない。ということに気づいたが、その具体的な方法はまだ見えない。それを見出すのは、私の課題であると考えている。

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