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乾正雄『街並の年齢』 [書評]

本書は、ヨーロッパの街並みと日本の街並みとを多角的に分析し、その違いの背景を論じている。そして、その分析の視座は、著者の凄まじいほどの博識をもとに、音楽、絵画、文学、宗教、歴史と広範囲に及ぶ。そして、それらの視座をもって、さらには多くの事例を踏まえて、専門である建築設計、都市デザインを切り口としてヨーロッパの都市がなぜ日本の都市と違って、秩序だって調和ある街並みが形成されていくかを論じていく。街並みと本屋、街並みと言語、街並みと音楽、といったアナロジーは、一般的には相当、我田引水的な論旨が展開されると思われるのだが、本書では著者の類い希なる博学が、説得力をもたせている。その造詣の深さ、分析の鋭さに、著者の文章に引きずり込まれるような感覚を覚える。知の遊戯、ともいえるような軽い興奮さえ覚える。そして、著者の「街並みは変わらないことに大きな意味がある」という見解に、本書を読み終えると大きく納得させられる。都市、特に都市景観に関心のある読者は是非とも手に取るべき名著であると思う。

ただ一点、腑に落ちなかった点は、著者が「一般に、ヨーロッパの街並づくりでは、見かけさえよければよいという考え方は非常に有力である」と述べた後、ドイツはとくにそうで「街並を昔の通りに復旧するのに、ファサード表面を旧に復するだけで満足する。それも、建築材料がちがってもよい、色彩がちがってもよい、詳細な造りがちがってもよい、素人をだませる程度に昔のものの印象を与えればよしとするのである」と言及しているところである。第二次世界大戦後におけるミュンスターのプリンシマル・マルクトでの徹底的な拘り、世界遺産に指定されたケドリンブルク、またローテンブルクでの復元への執念(ローテンブルクは第二次世界大戦で4割以上が破壊されている)、などを知ると、とても「素人をだませる程度」の復元で納得しているとは思えない。ただし、著者はローテンブルクに関して「戦災に遭わなかった小さなローテンブルクは、今も完璧な中世都市として、すきのない美しさを誇る」と記しているので、逆にいえば、一部のドイツの都市の復元への拘りは、極めて見識の高く、造詣の深い著者でさえ欺けるほどのレベルの高さにあるということかもしれない。


街並の年齢―中世の町は美しい

街並の年齢―中世の町は美しい

  • 作者: 乾 正雄
  • 出版社/メーカー: 論創社
  • 発売日: 2004/02
  • メディア: 単行本



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