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『まちづくりの新潮流』を読む [書評]

結構、期待してこの本を手に取ったのだがはずれであった。著者は建築家としては多くの作品を残しており、また評価も高いようであるが、文筆家、そして都市プロジェクトの事例研究者としては、この本を読む限り、決して優れてはいない。このような本よりしっかりとしたアメリカやドイツの都市背景をしっかりと理解して、事例紹介できる人は私の周りにも数多いる。なぜ、彼らが書かないで、この著者がこのようなニュー・アーバニズム関連の本を出したのであろうか。

それにしても、事例については分析といったようなものからはほど遠く、ただ「前衛的なオランダ建築の匂いがする」、「かなり高級な雰囲気を漂わせており」、「温かいイメージを与える」、「・・・ようだが」、「印象的であった」、「・・ところだという」等、極めて主観的な印象論で解説がなされている。また、データ等をしっかりと押さえている訳ではなく、根拠が不明な憶測やそこらへんにいた人や事務の職員と話をして事例の評価までされている。事実の描写は、私の知っている範囲でも極めて怪しい(例えばセレブレーション、リーゼルフェルト団地等)ので、私が知らない事例もいい加減なことを書いているのではないかと思わせる。怪しいところは多くあるので、いちいち列挙するのも何だが、例えばフライブルクのリーゼルフェルト団地のところで「こちらは、すでにLRTが開通しており、乗降客が少ないために赤字を覚悟しているというが」と書かれているが、ドイツのLRTで黒字の路線など一本もないどころか、フライブルク市だって70%は補助金で赤字を補っていることも知らないのか、というような無理解なる記述がある。また、カールスルーエのLRTに関して「改札がないので、チケットを持たないでもバレなければよいと考える人もいるだろうが、抜き打ち的に検札があり、違反者は多額の罰金を課せられる」との記述があるが、ルール地方ではこの罰金は40ユーロとまったく多額ではない。ただし、私の経験でもLRTでは一ヶ月に3〜5回ほどは抜き打ち検察にあい、1ヶ月券が59ユーロで買えるので、まあ1ヶ月券を買った方が確率論的に安いかなと思って1ヶ月券を買っているような状況である。他の人もそうであろう。罰金が多額というのは、ドイツの状況を知らない人の文章であろう。あまり、こういうことを書いてばかりいると自分にしっぺ返しが来そうではあるが、こういうのを学生が読むと誤解をしてしまい可哀想なので敢えて書かせてもらっている。

ただ「タイ料理のレストランもたいへん結構だった」との記述があったりすることからも、これは都市計画とかの本ではなく、ただの紀行文なのかもしれない。まあ、紀行文であると思って読めば、そんなに腹立たしくもないかもしれないが、例えば池内紀先生のような文学的な格調の高さはまったくない。ただ、写真は綺麗でまた図面などもあるので、資料集としては、多少は使えるかもしれない。また、最後の章の著者の実践編は説得力があって参考になった。事例研究者としては今ひとつではあってもデザイナーとしては優れていることは、この章から理解できた。この実践編だけをまとめた本が出たら、高い評価ができたのにと思うと残念である。


まちづくりの新潮流―コンパクトシティ/ニューアーバニズム/アーバンビレッジ

まちづくりの新潮流―コンパクトシティ/ニューアーバニズム/アーバンビレッジ

  • 作者: 松永 安光
  • 出版社/メーカー: 彰国社
  • 発売日: 2005/09
  • メディア: 単行本



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