SSブログ

高島平に生まれて初めて訪れ、その歩行者動線の悪さに愕然とする [都市デザイン]

 高島平にこれまで行ったことがないので、突如、思い立って行くことにした。正確には初めてではない。大学時代に四ツ谷のライブハウスで演奏した時、タイバンの人達と飲んで、そのまま彼らが住んでいた高島平の家に泊まらせてもらったことがある。しかし、それは終電がなくなってタクシーに乗って行き、朝になったら電車に乗って帰っただけなので、実質的に行ったことにはならない。
 高島平は板橋区にある。私は豊島区で生まれ育ち、文京区の高校に通った。高島平に住んでいた同級生もいたので、行ったことがないのは不思議といえば不思議だが、まあ、行かなかったのである。縁がなかったということであろう。
 都営三田線で高島平駅まで行って降りる。高島平駅はなんと島型のホームが二つあり、4番線まであった。各駅停車しか走っていないのに全くの無駄ではないか。いや、これをつくった時には何か他の考えがあったのかもしれない。ここから支線を出すような・・・。
 さて、駅から降りて周辺をぶらぶら歩く。駅の周辺の区画割は横に長い長方形。歩道がない道路なのだが、道路の幅が結構あるので、どこを歩いていいかがよく分からない。これって、歩行環境としては相当、悪いような気がするのだ。いや、私の家の周辺もそうなのだが、住宅地だとそれほど抵抗感は覚えないのだが、商店街だと景観的にもアメニティ的にも劣悪であると思うのだ。錦糸町の北側を行ったところでも感じたことだ。これが、下北沢や下高井戸、学芸大学のように圧倒的に歩行者が多くて、自動車が入ってくる余地がないような状況だと商店街でも問題はない。しかし、歩行者が少なくて、歩道もなくて、そして自動車が結構のスピードで走れる(幅があるので)ような状況なのは、なんかおちおち歩けない不安を覚えさせられて、本当、嫌悪感を覚える。こういうのを設計した人は、こういうのがOKなのかな、と改めて不思議に思う。

2F6A9250.jpg
(こういう自動車移動が前提の空間を、歩行者が歩くのって、そもそもの道路設計の仕方に問題があるような気がしてしょうがない。基本、歩行者と自動車のシェアスペースなのだから、そのように設計すべきであると思うのだが、あまりにも歩行者がないがしろにされている)

 駅から、ちょっと北に行くと新河岸川とぶつかる。新河岸川の堤防の歩道に上がる場所がない。いや、あるのだが、その間隔がすこぶる長いのだ。高齢者だったらたまらないな、と思いつつ、そこまで行って堤防の歩道に上がると、今度は新河岸川を渡る橋がない。いや、あるのだが、これまた間隔が長いのだ。

2F6A9258.jpg
(堤防の歩道に上がることができない。これってフラストレーションがたまると思うのだが)

2F6A9261.jpg
(新河岸川から秩父方面を望む)

 そして、高島平といえば団地群ということで南に向かう。面白いことに(いや、実際は面白くはないのだが)、高架となった三田線を南北に歩行者が通れる場所がない。高架下がタクシーの駐車場やレンタカーの事務所などに使われてしまっているからだ。どこで通り抜けるかも分からなかったので、タクシーの事務所の横を通るが、これはおそらく違法であろう。とはいえ、私鉄ならまだしも、なぜ都営の地下鉄の高架下の土地を貸さなくてはいけないのだろうか。都営地下鉄の経営状況が悪いのは分かるが、街の利便性をよくするために税金を使っているのに、これでは悪くしているだけだ。

2F6A9266.jpg
(地下鉄三田線の高架化をくぐり抜けるところがない!このように街の空間に壁のようなものをあまりにも設けすぎているのではないか。かのケビン・リンチは優れた都市の条件の一つとしてアクセシビリティを挙げたが、この街をつくった人はアクセシビリティということをほとんど考えていなかったのではとさえ思わせる)

 高架下を抜けると、今度は高島通りという片側二車線の大通りだ。そして、ここもやはり道を渡ることができない。しかも、中央分離帯にガードレールのような柵が設置されているので、物理的にも渡ることができない。仕方がないので、西高島平の駅まで行き、そこに設置されている歩道橋を渡って団地群に行った。

2F6A9268.jpg

2F6A9271.jpg
(高架を違法にくぐり抜けると、今度は高島通りのガードレールに行く手を阻まれた。まるで障害ゲームをしているような気分になる)

初めてみた団地群は、ドイツのライプツィヒの郊外ニュータウンであるグリュナウのプラッテンバウ団地を思い出すほど巨大であり、ちょっと感動した。プラッテンバウ団地とは、旧東ドイツの社会主義時代に多くの都市でつくられたパネル工法の団地なのだが、そのスケールの大きさはヒューマン・スケールを逸脱しており、さすが社会主義は効率重視だと驚いたりしていたのだが、なんてことはない、東京にもそういうものがあったのだ。この旧東ドイツの団地を彷彿させるような巨大建物の横には、5階建てのよりヒューマン・スケールな団地群が幾つも建っていた。こちらは、そんなに悪い感じはせず、計画的な配慮が伺える。

2F6A9274.jpg
(社会主義国家のパネル工法の団地を彷彿させる巨大団地)

 ただ、この団地内も歩道と車道との間にガードレールが連続して設置されており、交通量がほとんどないにも関わらず、渡れない。この歩行を強制的に管理しようとする計画的意図は何なのだろうか。動物的な移動の本能に反する行動をさせようとして、何を達成しようとしているのだろうか。

2F6A9279.jpg
(なんと、団地内にも無駄なガードレール)

 この団地内だけでなく、高島平全般に言えることは、極めて歩き勝手が悪い街であるということだ。1972年に高島平の団地はオープンしたこともあり、その高齢化率は49%と高い。これからも高くなっていくであろう。しかし、こんなに歩きにくい環境では、高齢者からすれば大変であろう。というのは、高齢者は基本、歩いて移動することが重要になる。自動車での移動は安全面での問題が増すし、面倒だ。自転車も若い時ほどは乗りたくはなくなる。そうすると、歩くのが極めて重要になる。歩き+公共交通だ。しかし、歩くのも若い時よりずっとしんどくはなるので、なるべく最短距離で、しかも階段などは極力使いたくない。
 高島平の団地内には商業施設や郵便局もあるので、そこで買物をすればいいという話もある。ただ、その内側からちょっと外に出ようとすると、その歩行者動線は極めて限定されている。この街を高齢者に優しい、という人もいたりするが、私はまったくそのような印象を受けなかった。歩行者動線に対しての配慮が不足している街であるという印象を強く抱いた高島平の視察であった。

nice!(1) 
共通テーマ:日記・雑感

nice! 1