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今どきの大学生の夢は「結婚して家庭をつくること」? [その他]

 ひょんなことから、私の演習を受けている学生に「人生の夢って何?」と尋ねた。すると、「味の素スタジアムに近い家に引っ越したい」(FC東京のファンらしい)、「とりあえず自分の親のように平和な家族をつくりたい」、「家族をつくって土曜日は子供のサッカー教室で教えたい」、「結婚して家族をつくりたい」といったような回答ばかりが返ってきた。一人だけ、「銀行を買収できるぐらいお金が欲しい」というのがあった。この彼だけ、ちょっと見込みはあるかもしれない。私は大学の教員を12年以上やっているので、昔だったら「お前等、おかしいだろ」と一喝していただろうけど、最近ではにこにこ聞いている。そうすると、学生が「先生の夢は?」と聞いていたので、
・ NBAのチームのオーナー。できればゴールデンステート・ウォリアーズ
と答えた。しかし、ちょっと考えていたら、もっといろいろと出てきた。
・ 椎名林檎と二人で世界一周旅行
・ 椎名林檎のコンサートのバックでギター演奏
・ これまでの人生で作曲した曲のCD製作。できれば椎名林檎に歌って欲しい
・ くるりのメンツとジャム・セッション
・ クリチバのジャイメ・レルネルの「都市の鍼治療」の映画製作
・ クリチバの中村ひとしさんの伝記の映画製作
・ ライブ・カフェ(兼スタジオ)の経営
・ 100名山踏破
・ 下北沢本の執筆、出版
・ ペネロペ・クルーズかヘザー・グラムと黒川温泉への3泊デート
・ ポール・マッカートニーと銀座の次郎に寿司を食べに行く
・ すごくエコな自宅を設計して建設
・ 東京の都市計画をオースマンばりのトップダウンで描いて実践する(自分はブラジリアやコルビジェの「シティ・フォア・トゥマロー」を批判しているのにね)
・ 首都高速道路の山手線の内側はすべて壊す
・ グランドテトン山登頂
・ 日本中の原発を即、廃炉
ううむ、随分と実は欲張りですね。しかし、もう少し、考えたらさらに出てくるでしょう。これらの夢はほとんど荒唐無稽のものもあれば、まあ、少しは実現できるかもな、と図々しく思っているものもある。少なくとも、ビジョンを持っているので、持っていないよりかは実現に近いだろう(いや、距離は相当ありますよね。そもそも、椎名林檎なんて、コーヒーを一緒に飲む機会を持っただけでコーヒーをこぼしそうだ)。どうも、30代後半の私は、「死ぬまでに一冊、本を出す。それが夢だ」と家内に言っていたそうだ。39歳でどうにか本を出した私は、その後、岩波書店のものも含めて単著で6冊出した。今年の夏には、共著ではあるがRoutledgeから、念願の英文での本も出す。幸運であったこともあるが、夢を持っていなければ、チャンスを掴むこともできない。
 若くして大成した人達は、将来のビジョンというか青写真を若い時点でしっかりと持っている。私は大学受験も失敗した、というかあまり若い時には勉強もしなかったこともあるが、それでも、漠然とはしていたが、もう少し自分の将来ビジョンを持っていた。もちろん、会社に入ったら、あまりにも自分のイメージとずれがあったり、企業派遣の留学にも一度は落とされたり、大学時代の彼女とは自分の我が儘というか、彼女への有り難みをあまり理解しなかった傲慢さ故に別れて、その後、理念なき彷徨をして大いに疲弊したりする。それでいても、曖昧模糊としてはいたが将来を考えようとしていた。まず、確実にそのうち死ぬ、ということは強く意識していたと思う。この世に生きているということが、信じられない奇跡であり、生かさせてもらっているというこの幸運を最大限に活かすべきである。そういう気持ちは、疲れていたり鬱の時は忘れてしまったりするが、本当、人類とか社会とかに還元するような何かをしたりするといいと思う。自分が生きてきた証のようなものを、形でなくてもいいけど残せるように、生きている間は頑張ればいいのにと思う。その証的なものが「夢」なんじゃないだろうか(椎名林檎と世界旅行、というのは、極めて消費的な夢ではありますが)。
 そのために若い時は頑張ればいいのに、とそれほど頑張らなかった自分は思ったりするのだが、そもそも「家庭をつくるのが夢」だからな。いや、「暖かい家庭をつくる」ということは、全然簡単ではないと思うし、それなりに立派なことだとは思うが、夢として位置づけることではないよね。それは、「会社で働く」とか、「立派な社会人」となるということに近い。しかも、自分が頑張っても相手が頑張らないとうまくいかないし、そういう点では自分でコントロールができないので、夢としても相当、他力依存で質は悪い。ちなみに、私は比較的、普通の家庭を築けているかもしれませんが、それは控えめにみても8割は家内のお陰です。しっかりと私が稼いでいるという点では、私も貢献しているかもしれませんが、それぐらいでしょう。その成果はほとんど家内のもので、私はそういう意味ではラッキーかもしれません。しかし、この普通の家庭が、私の夢?という感覚は、まったくもって共有できない。それは、とりあえず給料をもらえる仕事をしている、ということと同じじゃないのか。
 というか、「家庭をつくるのが夢」な人達が、大学で勉強することって何だろう。家政学科のような気分で経済学科に来ているのだろうか。私じゃなくて家内の講義を聞くべきだろう。しかし、家内が講義で話せるような内容などあるのだろうか。
・ 子供を愛しなさい
・ 旦那は自由にしなさい。しかし、行き過ぎたら身体を張って怒りなさい
・ 自分のものにお金を使うのは我慢しなさい 
 私は、家内は凄いな、と感心はするが、自分で同じことが出来るとは思えない。少なくとも多くの学生は、私のゼミでさえ最後まで付き合えないのに、そんな根性で「いい家庭」が持てるわけないじゃないかと思う。暖かい家庭を築く、というのは相手に我慢、妥協を積み重ねていくことである、ということを、まったくもって暖かくない家庭で育った自分は痛切に思うのである。
 というか、話が逸れてしまったが、おそらく「夢」というのは、その人の人生を次のステージに上げるための重要なエンジンであるのではないだろうか。その「夢」があまりにも小市民的であるということは、エンジン自体も非常にぼろいというかちんけなものであるということだ。そして、そのようなビジョンしか持てない人は、言い方は厳しいが魅力もないし、会社に入った後、大変なんじゃないかなと心配である。

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