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ロンシャン教会で無礼なフランス人を注意する [グローバルな問題]

ロンシャン教会の内部空間は、厚い壁がつくりあげる大小様々な窓から差し込む光が幻想的な演出を施していてなかなか魅力溢れる。そして、内部は写真撮影が禁止されている。入り口にしっかりと禁止であると書かれている。これは当然かなと思いつつ、鑑賞していると、ばしばしとフラッシュをたいて写真を撮影しているオヤジがいる。私は、このロンシャン教会に対して、多くの日本人と異なり、そんな有り難い気持ちを抱いている訳ではないが、流石にこの無礼には腹が立った。ということで、「お前は字が読めないのか」とはっきりと英語で言った。すると、このオヤジはフランス語で私を馬鹿にしたように「パルドン?」と言ってきたのである。私は、この無礼なオヤジがフランス人であることにショックを覚えつつも、「ここは写真を撮影してはいけないことを知らないのか」と英語で言って睨んでやった。すると、このオヤジは下らないことを指摘する偽善者め、というような態度で去っていった。そもそも外国人がそういう無礼をするならまだしも、フランス人が自国の文化資産を蔑ろにするような規則違反を率先してすることは情けない限りだ。

さて、こういうことをブログで書いたのは別に私がフランス人を非難したいということではなく、山口昌子というフランス通の産経新聞の論説委員が目に余るフランスでの日本人観光客の振るまいというようなコラムをインターネットに掲載していたことがきっかけである。
http://sankei.jp.msn.com/world/europe/090729/erp0907291007000-n1.htm

確かに日本人の観光客はたまに恥ずかしいことをしているなと思うこともあるが、観光客などというのはどこの国民でも恥ずかしいものである。日本を訪れる外国人の観光客などもたまには眉をひそめるようなことをしたりする。例えば、ラッシュアワーをビデオ撮影するアメリカ人とか。しかし、そうでなくても不慣れな場所に来ているのである。さらにちょっと興奮している。端から見たら、おかしい行動をするのはある意味で当然であろう。それをある程度、大目にみるような寛容な気持ちが求められるのではないか。もちろん、そういうことを批判するのもありかなとは思うが、フランス人は迷惑しているんだぞ、と日本人が書くような表現には不快感を覚えるのである。そんなにフランス人が立派かというとそんな訳ではないではないか、というような体験をこのロンシャン教会でしたので尚更である。写真を撮るだけなら目をつぶっていたと思うが、フラッシュをたいたら多彩な窓から漏れる光がつくりだす内部空間の魅力が台無しであるし、居合わせた他人には迷惑千万である。そもそもフラッシュをたいたら、その魅力ある空間を写真に捉えることもできないだろう。これは、情けない。ちなみに、リヨンでは犬の糞が掃除されないので、歩道は犬の糞だらけで、踏まないで歩くのは不可能に近い。また、夜は酔っぱらいが平気で歩行者専用道路で立ちションをしていた。フランス人だって結構、恥ずかしいところがあるじゃないか。それを非難する気持ちもないが、大上段に観光客を非難できるほどご立派じゃないじゃないかとも思うのである。観光客が恥ずかしいことをするのは確かに困ったところもあるが、同胞の日本人が、フランス人が困っているから姿勢を正せ、と指摘をするほどフランス人は立派な人達なのかと強く思うのである。

そもそも外国人が恥ずかしいと思うから直せ、と同胞を批判する精神が私は醜いと思う。まあ、自分も海外の政策事例等を紹介することを生業としているので注意をしなくてはならないとは思うし、地球温暖化で日本は全然駄目とかの批判を直接受けると、なんか自分が悪いような気分にもなったりするが、だからといって、それで他の日本人を責めるというのも筋違いだと思うのである。別に、私が日本人を代表している訳ではないし、そんな上目視線で語れるほど大した人間でもないからである。確かに日本人であるから、日本人が立派に思われて欲しいなという気持ちはあるが、だからといって同胞が観光客としてちょっと、その国の慣習に馴染まないことをしたぐらいで神経質に指摘をするなと言いたい。日本の恥で情けない、とフランス人相手に言って気を晴らしておけばいいだろう。ということで、ロンシャン教会での無礼なフランス人のことをここに記すことで、日本人観光客の恥ずかしい所業に対しての免罪符にしようとする意図はないが、山口昌子に代表されるように海外での恥ずかしい日本人の情報ばかりを過剰に伝達する日本のメディアの情報バランスを取ろうと意図したまでである。日本人が恥ずかしいのではなく、外国人の観光客は全般的に恥ずかしいものなのである。そうそう、この間、ドイツの新幹線の一等車に乗っていたら、一等車のキップを持っていないアメリカ人の若いカップルが乗ってきて、検札にひっかかり「二等車に行け」と言われた時、「コーヒーを飲むまでいいだろう」と居座ったのを見て、ドイツのマナーを知らない奴だと思ったことがある。ドイツの検札がそんなお願いを聞くわけないだろう!「馬鹿な奴」と思ったりしたが、しかし、まあ外国人の観光客でしかもアメリカ人のように鉄道に乗った経験がおそらく皆無に近い国民だからしょうがないなあと思ってあげればいいのである。いちいち、ドイツ人に対して恥ずかしいと言わないだろう。私も知らない海外に行くとどんな恥ずかしいことをするか分からない。フランスではチップを払わなくていいことを知らずに払っていたし(しかも受け取られていた!)。そういうことだと思うのである。それにしても、ロンシャン教会のフランス人は、自分の国での話だからね。ある意味、観光客の日本人にそのマナーを指摘されることは恥ずべきことだと思ったりする。

タグ:山口昌子
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