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角田光代『空中庭園』 [書評]

郊外研究者の雄である若林幹夫氏が、近著『モール化する都市と社会』において、郊外を分析するうえで本書を引用していたので、早速、注文して読む。郊外における欺瞞家族を照射する小説として出色の出来だけでなく、郊外に関心がない人が読んでもとても面白い。家族と父親の愛人を加えた6人の視点から見る郊外の団地に住む京橋家は、それぞれが微妙にずれている。そのずれが面白い。そして、最後まで真実が見えない。というのは、家族それぞれが、自分達の秘密を持っているため、家族の誰一人として全体像が見えていないからだ。しかし、6人の独白を聞くことができる読者のみが全体像、少なくとも6人が捉えている像を総合化することができる。そして、その全体像を知るとき、その闇の深さに、その荒涼とした風景にゾッとさせられるであろう。

京橋家のルールは「何事もつつみかくさず」。しかし、それは巨大なる秘密を隠すための仕組みであり、家族はそれぞれが「幸せな郊外家庭」を演じる役者のように振る舞う。その絶望的な空虚さと欺瞞。それは、顔面で幸せを表現していても、歩いている足下は細い綱の上で、しかもその綱は真っ暗で見えていないように不安定である。いつ、転げ落ちるのか。転げ落ちずに最後まで行くわけがないと思われるのに、それへの不安を無視して明日も同じ日常を続ける京橋家。このような小説に、思い切りシンパシーを感じるだけ、郊外家族の脆弱性は一般的になっているのではないだろうか。21世紀の日本版の『普通の人々』といっても過言ではない名作。私は大好きです。怖い話ですが。

空中庭園 (文春文庫)

空中庭園 (文春文庫)

  • 作者: 角田 光代
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2005/07/08
  • メディア: 文庫



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