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ストラスブールを訪れる [都市デザイン]

ストラスブールを訪れる。素晴らしい交通政策を実施している都市として日本でよく知られている都市である。今、読んでいるNewman & Kenworthyの”Sustainable & Cities”は400ページを越える都市交通を考えるうえでのバイブル的な名著であるが、なぜかストラスブールに関してはまったく記述がない。代わりにアメリカではポートランド、ボルダー、カナダではトロント、バンクーバー、そしてヨーロッパではストックホルム、チューリッヒ、コペンハーゲンなどが取り上げられている。他にもシンガポール、香港、クリチバなどが取り上げられているし、ストラスブールと同じくらい日本ではブランド化しているフライブルクは勿論のこと、カールスルーエやミュンヘンは取り上げられているが、なぜかストラスブールはまったくその記述がない。

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(中央駅)

ということで、ストラスブールは本当にそんなに優れているのだろうか、という疑念を持っての初訪問であった。デュッセルドルフからICEに乗ってカールスルーエの南にあるオッフェンバーグという都市で下車する。ここからストラスブールまではローカル電車で30分である。絶妙な接続(正確にいうとICEが遅れたので余裕がなくなり、絶妙になっただけなのだが)でローカル線に飛び乗る。列車はしばらくするとライン川を越える。ここからフランスである。ストラスブールはフランスではあるが、ドイツのすぐそばにある。アルザス地方にあるこの都市は、歴史上フランスの領土であったりドイツの領土であったりしていた。ドイツの影響が色濃く、都市もたとえばフライブルクやカールスルーエといった近辺のドイツの都市と変わらないだろうと思って駅で降りたら、ドイツとはまったく違っていたので驚いた。

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(大聖堂からの展望)

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まず、建物が違う。木組みの家などもあったりして、そんなにドイツと違う訳はないのだが、これは戦災を受けていないからであろう。ドイツの都市はフライブルクやハイデルベルクといった観光都市であっても相当の戦災を第二次世界大戦で受けている。しっかりと調べた訳ではないので間違っているかもしれないが、この都市の中心市街地の建物は第二次世界大戦でのダメージが相当、少ないのではないかと思われる。また、もしかしたら30年戦争でのダメージもドイツとは違ったのかもしれない。そして、これはドイツとフランスとの違いかもしれないし、建材の違いなのかもしれないが、都市の色彩が違う。ドイツと違って、煉瓦色からベージュといった色合いなのである。そして、花が彩りを添えていて、この都市のアーバン・デザインにおける花の使い方は絶妙である。建物の高さもドイツの都市が往々にして5階レベルであるのに比して、このストラスブールはそれよりワンフロアかツーフロアは高い。したがって、中心市街地における高さと幅の比率がドイツとは異なっており、窮屈な感じがする。しかし、この窮屈さが都市の賑わいやヒューマン・スケールを演出させているとも考えられ、よりアーバンな印象を与える。路地も多く、この中心市街地の魅力は相当なものである。特にプティト・フランスという運河沿いの一画はなかなか味わいがあった。運河とのウォーターフロントの演出などは非常によく考えられていて、水辺との共生の仕方の上手さに感心させられた。まあ、基本的には柵を設けないことが重要なのだ。日本はこの柵がすべて河川沿いの景観をぶち壊している。まあ、カミソリ堤防のような三面コンクリートの川が多い東京とかだと、柵だけにその景観の悪さを押しつけるわけにはいかないだろうが。運河には観光船も運行しており、この日は月曜日であったにも関わらず満席であった。運河の使い方は、あのサンアントニオを彷彿させる上手さである。そして運河沿いのファサードはサンアントニオより遙かにいい。あまり前知識がなかったのだが、ここは観光地としても結構、知られているのかもしれない。

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(空中花壇。花による都市の演出の仕方は絶妙)

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(運河では観光船が巡っている)

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(川と歩道の間に醜い柵がない)

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(プティト・フランスの一画。絵になる光景である)

大聖堂は煉瓦色であり、これはフライブルクと似ている。おそらくこの地域でとれる建材によると思われるが、この煉瓦色のドームは個人的に結構、気に入っている。ケルンの大聖堂は大した建築だとは思うが、あの黒っぽい色合いは存在感はあるが、あまり好きにはなれない。どうも必要以上の荘厳さと冷たさを感じてしまうのである。それに比して、このストラスブールの大聖堂の色合いは優しさを感じる。これはフライブルクの大聖堂にも同じようなことが言える。結構、気分がよくなっていたので、大聖堂の上までいく。標高66メートルだ。眺めは抜群によかったが、そこで郊外に社会主義国家のような団地が多く林立していることを知った。ここらへんは旧西ドイツの都市にはほとんど見られない(一部、フランクフルトなどではみられるが、他の都市ではフランスの都市のような規模の大きさはみられない)。ドイツの土地利用規制の厳しさは、醜悪な郊外開発をしっかりと管理し、美しい田園地帯を維持することに成功している。このストラスブールの中心市街地は特筆すべき魅力を有していると感じた私であるが、都市計画としてはやはりドイツの方がしっかりしているとの印象を受ける。

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(大聖堂)

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(大聖堂からみえる郊外住宅団地)

とはいえ、このストラスブールは郊外の住宅団地ともライトレールで結び、しっかりと対応しているとの記述を日本の本で読んだので、このライトレールに試乗することにした。ストラスブールのライトレールは5路線。デュッセルドルフには、路面電車の路線が15路線以上はある。人口規模が違うとはいえ、ちょっとネットワークが粗いのは驚きである。デュッセルドルフはおそらく路面電車密度でいえば、ドイツの都市でも相当秀でているとは思うが、エッセンなどに比べてもこのネットワークは、公共交通が優れていると標榜するにはちょっと弱いのではないかと思われる。イメージ的にはフライブルクと同程度といった感じか。しかし、人口規模はストラスブールの方が27万人とフライブルクの21万人より大きい。このネットワークに関しては、デュッセルドルフに住んでいなければ素直に感心したのかもしれないが、デュッセルドルフに住んでいるのでちょっと拍子抜けする。ただし、頻度は高い。日中だと、ほぼ5分間隔で来る。これはデュッセルドルフの10分間隔(幹線は5分間隔かそれ以下で運行されている)よりはいい。ライトレールの車両のデザインは窓が大きくとられていて、また低床であり、パノラマカーのようで洗練されている。車両自体も格好はいい。これはドイツのライトレールなんかより遙かにいい意匠である。とはいえ、そんなにも絶賛するほどのレベルではないだろう。日本の車両メーカーが本気を出せば、これより優れたものをつくることは可能であろう。それは技術ではなく、センスといったレベルでのよさである。とはいえ、この程度の公共交通ネットワークを整備した都市に、市役所が視察にお金を請求するくらい日本人が訪問しているという事実に驚く。このライトレール・システムから日本人が学べることは少ないであろう。確かに地方都市を活性化するヒントとして、この都市を訪れるのは多少の意味があるかもしれないが、日本の都市でも多くの路面電車が走っていた歴史があるし、今でも走っているところもある。よく、ライトレールは路面電車とは全然違う、といった意見を主張する人に会うが、どうみてもお洒落な路面電車にしか過ぎない。ライトレールが路面電車と同類であるというのは、分類学的にみても基礎的であるし、常識的にみても当然だと思う。これくらい子供でも分かる。とんかつとウィナーシュニッツェル(牛ではなく豚バージョン)は全く違うと主張するのとなんとなく似ている。確かに、とんかつといった極めて日本的な名称の料理と一緒にされたくはないと思う気持ちは分からないでもないが、ともに豚肉に溶き卵をくぐらせ、パン粉をかけて油であげる料理である。基本的に同じようなもので、私などは日本のトンカツの方が美味しいと日々、シュニッツェルを食べて思っているくらいなので、洋風の名前をまったく有り難がらないので、もうまさに同類という気分である。コンサルタントが商売のネタにしたくて、敢えて路面電車ではなくライトレールと言っているような気がしてしょうがない。しかし、同じものを違うと捉えようとすることで本質を失うのである。どうも、ストラスブールを絶賛する人達には、そのような傾向があるのではと勘ぐりたくなってしまう。しかし、しつこいが中心市街地の都市デザインは素晴らしい。これを見に訪れるのであれば理解できる。

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(確かに洗練されたデザイン。ディズニーランドのモノレールのような車内)

さて、私が乗ったライトレールはA線で、中心市街地のど真ん中を横切り、とことこと郊外の住宅団地の方に向かっていた。前述したように中心市街地自体はとても魅力的な空間であるので、このライトレールを乗り入れたことは正解だったと思われる。ライトレールを整備したことで、中心市街地のアクセスが向上され、さらに中心市街地の賑わいを増したと思われる。とはいえ、ストラスブールの中心市街地は特別である。この特別なクオリティを有しているからこそ、ライトレール整備が中心市街地の活性化に貢献できたのではないかと思われる。ストラスブールの成功を一般論として捉えることは危険であるなと思わされた。これは、中心市街地から自動車を排除して、その活性化に成功したコペンハーゲンのストロイエやクリチバの花通り、ボルダーのパール・ストリートなどとも違う特別な魅力をストラスブールの中心市街地は有していると思われるからだ。むしろ、バルセロナとかミュンヘンに近い。それは、歴史と人々の記憶の蓄積がもたらす都市のアイデンティティともいう魅力である。

郊外の住宅団地は、フランスの都市計画の不味さを露呈したようなものであった。ライトレールが走っているのが救いだが、フランスは郊外に貧困層が住むために、逆に公共交通の整備は不可欠に近いものがある。この貧困層を郊外に押しやるという政策は、最近、世間を騒がせたパリでの郊外住民の暴動からも、問題があることがうかがえるが、確かに中心市街地のクオリティの高さとの格差は大きい。さて、ドイツではあり得ないような大きなファスト風土的ショッピング・センターがあったので、その駅で降りる。広大な駐車場と広大な小売店舗。まさにフランス的ファスト風土だ。こういうファスト風土はドイツではオーバーハウゼンのセントロといった特殊事例でしかあり得ない(セントロの失敗を強烈に反省しているドイツでは同一のプロジェクトが今後、行われる確率は極めて低くなっている)。こういう郊外をみると、ドイツの都市政策が優れていることを改めて知るが、ただストラスブールの中心市街地といった歴史の蓄積みたいなフランスの有している価値はとてつもないものがあるなということも知らされた。そういう意味では、フランスの凄さを知らされたのと同時にリヨン、ナンシーを見ていないのは職業柄、不味いなとも思わされた。パリなんかよりもむしろ、フランスの底力を知らされたストラスブールへの小旅行(滞在時間5時間弱)であった。

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(フランス版ファスト風土)


Sustainability and Cities: Overcoming Automobile Dependence

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  • 作者: Peter Newman
  • 出版社/メーカー: Island Pr
  • 発売日: 1999/02
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