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ニュルンベルクでレンタカーをしようとして、とんでもない目に遭う [ドイツ便り]

ドイツのニュルンベルクでレンタカーをすることにした。それで、その前日、レンタカーの予約をネットでした。ヨーロッパレンタカーだ。てっきり、駅に営業所があると思っていたら無いことが分かった。10時にピックアップしろ、とメイルに書いていて、その場所は駅前の道路だ。これは道路で拾うということか、と思い10分前から待っていたのだが時間になってもなかなか現れない。それっぽい車に声がけしたりしたが、変な奴扱いされたりした(当たり前か)。
 それでしょうがなくカスタマーセンターに電話をしたのだが、駅の駐車場に行くと箱があって、そこから鍵を取れ、と言われる。それで、駐車場に行くとそのような箱は一切見つからない。そこでまたかけると、ここに電話しろ、と言われて電話をしたらそれはハンブルクのカスタマー・センターで「なんでニュルンベルクのことでハンブルクに電話してくるんだ」、と逆ギレされた。また、電話をすると、こんどは「地元の事務所に転送するから」と言われたが、案の定、転送した電話先は「ただいま、混み合っているので電話は取れません」攻撃であった。次に電話をすると、「ドイツ鉄道の窓口で取ってこい」と言われる。なんでドイツ鉄道なのか、そういう契約を結んでいるのかと思って、ドイツ鉄道の窓口で並ぶと「そんなことする訳ないだろう」みたいなことを言ってくる。ヨーロッパカーのカスタマーセンターに連絡しろ、と言われたので、何回もしてるんだけど、と言って、代わりに電話に出てくれ、とお願いしたのだが断られた。次に電話をすると、どうも私の電話番号が分かっているらしく、全然、出ない。
 こちらもここで負けたらと5分ぐらい踏ん張ったら、ようやく出てきた。もうこの時点で、ニュルンベルクのカスタマーセンター内では私のことが情報共有されているようだ。ドイツ鉄道はダメだと言ったよ、と伝えると、「普通の窓口に行くからダメなんだ、ラウンジに行け」と言われる。そうか、と思ってラウンジに行くと「ここはそういうことはしてないのよ。昨日も同じことを言ってきた客がいた」と言うので「その客はどうしたのか」と尋ねると、知らないと答えた。次に電話をして「もう、キャンセルしてくれ」と言うと「予約した時間の10時を過ぎたから出来ない」と言われる。そして、勝手にきられた。ここで負けたら、下手したら7万円ぐらいの損失だ、と思って再びかけたら「どうも行き違いがあったようで、現地の事務所が空き車があるか探してから連絡する」と言ってきたので「俺が事務所に行く」と言って、住所を聞いて、トラムにとことこ乗って事務所に行く。事務所に行くと、ようやくまともに会話できるおじさんがいた。ただ、おじさんは車は全部出ていて貸せない、と言う。ネットでは予約できていたのに、何だと思ったが、もう怒る気力はなくなっている。空港に行けばあるかも、と言われたが、あまりにも馬鹿らしいので、もう列車でミュンヘンに向かうことにした。お金は一切、取られることはない、ということは確認できたので(まだ油断はできないが)、むしろそれでホッとしている自分がいる。少なくともヨーロッパカーで借りずにすんでラッキーぐらいの気持ちになっている。まあ、ヨーロッパカーを予約するという失敗をしたので、その尻拭いをさせられた、という感じだろうか。ぼったくりバーに入ってしまったので、その店から出るのもそれなりに頑張らないと、さらに酷い目に遭うからな。ヨーロッパカー、ほとんどぼったくりバーのレベルである。確かにグーグルでのニュルンベルクの評価も1.7と驚くほど低かったからな。まあ、私だったら0.1点をつける気にもならないけど。それにしても、なんでこんなビジネスが成り立つ国より日本は経済力が劣っているのか。何か根本的に間違っているようにしか思えない。それにしても2時間30分の損失は痛い、痛すぎる。
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ベルリンは知れば知るほどケッタイな都市である [地球探訪記]

ベルリンは知れば知るほどケッタイな都市だ。まずドイツ最大の大都市でありながら、東ベルリンと西ベルリンとが人為的に分けられ、その後、人為的に統合されたために中心がふたつある。また、東西ベルリンは政治制度も経済システムも異なっていたために、都市の空間的特徴、建築物にも違いが見られる。
 いや、その前に一つのベルリンの時代があったではないか、と指摘されるかもしれないが、第二次世界大戦でベルリンは徹底的に破壊される。そして、どうにか爆撃を回避できた建物も特に旧東ドイツではその後、倒壊され、新たな建物がつくられた。
 こういうことを書くと、いやいや、結構、古い建物が残っているじゃないか、とまた指摘されるかもしれないが、それらは統一後に新たに作り直されたものが少なくない。ベルリン州オペラ劇場、シャーロッテンブルク宮殿、ゲンダルメン広場、ベルリン・パレス、ベーベル広場、旧司令官の家(Alte Kommandantur)などベルリンの歴史を語るような風格のある建物は皆、戦後、つくりなおされたものである。
 また、ベルリンは確かに大都市ではあるのだが、大都市圏は決して大きくない。例えば、ベルリン市とパリ市の市域人口を比較すると、343万人と214人でベルリンの方が1.5倍ぐらい大きいが、大都市圏で比較すると401万人と1253万人とでパリの方が3倍も大きくなる。このような特徴はアレキサンダー広場に立つテレビ塔の上にある展望台から都市を眺めると分かる。ベルリンの周辺でちょっとは人口集積があるのは南西にあるポツダム市ぐらいで、それでも人口は18万人程度である。したがって、展望台からでも市域の境界が分かる。これはベルリンがグリーンベルトを設けているということもあるのだが、市街地の先には緑が広がっていることが目で確認できるからだ。東京の例えば新宿都庁の展望台からの、ずっと市街地が延々に広がっていくような光景とは全く異なる。
 あと、ベルリンはドイツっぽくない都市。パリがフランスっぽいのや、ロンドンがイギリスっぽいのとは全然、異なる。これをドイツ人に言うと、ドイツの本当の都はウィーンだ、と言い返す人もいた。確かにウィーンはドイツ文化の香りがする。ベルリンはベートーベンもバッハもモーツァルト(オーストリア生まれだけど)の響きがまったくしない。食事の名物もカレー・ヴァースト(カレー・ソーセージ)って、どれだけ食生活、貧しいんだよ、という感じである。ドイツ自慢のビールもドイツ平均よりずっと低いし。これは、ドイツ人とかに言わせると、ベルリンは「プロシアの都」であって、ドイツの都ではない、と言う。確かにプロシアの都であるし、そもそも、元を辿ればスラブの都でもある。プロシアは軍事優先政策をとったので、そういう文化の蓄積が他の都市(例えば、ドレスデンやミュンヘンなど)のようにされなかったのであろう。ヴィルヘルム皇帝とかもフランス大好きだったし。
 ベルリンには世界遺産が4つはある。凄い数だ。しかし、それらの多くがほぼ残念、世界遺産であり、日本からわざわざ観光する価値があるものは、よほどその方面に関心がなければないであろう。観光的な価値でも例えばウィーンに比べると大きく劣る。
 まあ、ぼろくそ書いている気がしないでもないが、まだ、しばらくこの都市で暮らすので、気づいていない新たな魅力を発見することができるかもしれない。とりあえず、3ヶ月弱暮らしてのベルリンの印象をここに記させてもらう。

タグ:ベルリン
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ドイツで押し売りに入られる [ドイツ便り]

部屋の呼び鈴が鳴った。これはギター練習へのクレイムか、と身構えて出ると、ネットのルーター営業だった。金髪のいかにもドイツ人らしい長身でガタイのよい若者だった。ちょっとルーターは必要かもと思ったら、部屋に入っていいか?と言うのでいいよ、と言って入れると、いきなり「ここに座るよ」と言ってベッドに座った。確かに座るところはないけど、なかなか大胆である。どうもアパート共有のインターネットの機械を更新するので、ついでにこれまで契約をしていなかった私のようなテナントには営業をかけているみたいだ。この若者は非常にコミュニケーション能力があって、ちょっと怪しいぐらいであったが、まあ、確かにルーターはあると便利なので、渡りに船ぐらいの気分であった。
そして、いろいろ手続きしていたのだが、銀行口座番号を教えて、というところで躓いて、まだないんだけど、と言うと、俺がネットで15分でつくってやる、と言ってくる。いやいやいや、1月に銀行とアポが取れているので、と言うと、なんでそんなに遅いんだ、と聞く。いや、ドイツはそんなもんでしょう、と言うと、確かにあんたのせいじゃないよね、みたいな感じでまた口座が出来たら来るといって帰っていった。凄い積極的な営業だ。ただし、部屋に入れた自分もちょっと驚きだけど。日本だとまずしないな。あと、気になったのは腕時計がおそらくロレックスだったことである。相当の営業マンのような気がするが、営業マンはロレックスしない方が成績はより上がるだろうに、とは思ったりした。

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ウォリアーズがどん底からの3連勝 [スポーツ]

ドレイモント・グリーンが出場停止をしたことを契機にカー監督は先発メンバーを変えた。グリーンの代わりに新人のポジエムスキー、そして絶不調の一昨年オールスターに選ばれたアンドリュー・ウィギンスの代わりに3年目のジョナサン・カミンガが選ばれた。そして、今日まで4試合が行われたが緒戦のクリッパーズ戦こそ落としたが、その後はなんとボストン・セルチックスも含めて3連勝である。3戦とも接戦であり、ブルックリン戦はカリーが第四クォーターで7 ショットを全て決めて16得点するなど神懸かった活躍でどうにか勝利を収める。次のポートランド戦は新人のポジエムスキーがポートランド最後の攻撃でオフェンシブ・ファールを得るという大ファイン・プレイでどうにか勝利を呼び寄せる。そして、セルチックス戦もカリーの終盤での神懸かったシュートでどうにか延長で相手を退けることができた。どれもが楽な試合ではないが、それまでは接戦を落とし続けいていたので、勝ちに結びつけていることは素晴らしい。
 さて、数日前にグリーンの欠場を受けて、ウォリアーズ大ピンチじゃないか、という記事を書いた(https://urban-diary.blog.ss-blog.jp/2023-12-19)。そしたら、あれよあれよと3連勝である。さて、しかし、状況はそれほどよくなっている訳ではない。トンプソンはようやくシュートも入るようになり、何より、前のように無理してシュートをするということを止めたので、ほぼ復活してきたのではないかと思うところがあるが、ルーニーとウィギンズは全然である。特にウィギンズはポートランド戦こそ12アテンプトで9つのシュートを決め、25得点するなど復活の兆しも見せたが、その次のセルチックス戦では11アテンプトで2点。これはフィールドゴール率2割以下ということである。控えに回った最初の試合と次の試合も4の9で9得点、4の9で14点とまったく期待に応えられてない。
 幸い、カミンガが相当、いい感じになってきており、さらに新人のトレース・ジャクソン・ジュニアが13リバンド、3ブロックとセルチックス戦で大活躍したので、どうにか補塡できているが、ウィギンズは本当、どうしちゃったのであろうか。まあ、カミンガやジャクソン、そしてモーゼス・ムーディといった若手が台頭してきているので、もうウィギンズはベンチ要因でいいかもしれないが。
 奇跡的な試合運びでどうにか勝ちを拾っているが、その間に若手4羽ガラスが試合に出ることで経験を積んで、チームとしてもまとまってきてくれると、プレイオフ進出は間違いないであろう。とはいえ、ジョ・モラントがメンフィスでは復活するし、今年のウェスタン・コンフェランスは本当、厳しい。とりあえず次の試合のワシントンは必ずものにして、5割に戻り、そこからまた仕切り直しか。25日のデンバー戦に勝利をすると、結構、展望は開けてくると思うのだが。

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クリチバで地下鉄がつくられなかった理由 [クリチバ]

ブラジルのクリチバはバス・ラピッド・トランジットの元祖として広く、世界中で知られている(日本では残念ながらあまり知られていない。おそらく、ブラジルだから下に見ているのだと思われる)。さて、クリチバのバス・システムは素晴らしいものがあったが(最近は、相当劣化している)、人口180万人、大都市圏だと360万人ぐらいの都市で地下鉄がないのはおかしいだろうと指摘するよそ者が日本企業やJICAを含めて少なくない。そして、実際、地下鉄をつくろうという動きは、今でもある。しかし、なぜつくられなかったのか。
 私が現地で受けた説明は、マスコミが地下鉄かバスか、で議論を展開した時、元市長であり、バス・ラピッド・トランジットをつくったジャイメ・レルネル氏に意見を求めたら、「バスの方が全然、いいだろう。クリチバはバスだ」という鶴の一声があって、それでマスコミや市民が地下鉄を却下したという話だ。これは比較的、最近で2010年ぐらいに聞いた話である。
 しかし、2020年に出版された「Traços de Curitiba(クリチバの特徴)」という本には、時代は違うが私が知らなかった、そして興味深いことが書かれていた。時代は1995年前後に遡るのだが、レルネル氏が三期目の市長を終え、それを引き継いだグレカ市長の時代、メトロをつくろうという気運が盛り上がった。インター・アメリカ開発銀行からも融資を受けることまで決定した。しかし、そこで作家のアルヴィン・トフラーがクリチバを訪れ、彼がグレカ市長とバスに乗車した際、グレカ氏がメトロをつくろうと思うのだけど、あなたの意見はと尋ねると「このバス・システムは世界でも見たことのないほど素晴らしい。地下鉄なんてつくって、これを台無しにしちゃダメだよ」と言われて、撤回したことが書かれていた(pp.210-211)。
 さすがトフラーほどの人は見識がある。それから30年、再びグレカ氏が市長になり、再びメトロ論が出てきている。アルヴィン・トフラーは残念ながら鬼籍に入っている。これから先、クリチバがどのように判断するかは興味深い。ただ、メトロを再び撤回するような決断ができる人が今、クリチバにいるとしたらグレカ氏ぐらいじゃないか、とも思う。

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国立大学元教授のあまりのデタラメの英語を検証する [英語関連]

知り合いの国立大学元教授(現在は某私立大学教授)が私も所属するメイリスに送った英語メイルがあまりにもデタラメなので、それを検証する。なぜ、そういうことをこのブログでするか。その目的は二つある。一つは、この元教授は大学内でもアカデミック内でもどちらかというと国際派で通っている印象を受ける。おそらく、英語での講義とかも担当していたのではないか、と思われる。しかし、それで、このレベルなのである。これは、この個人を批判するのではなく、国立大学の教授で国際派であっても、この程度の英語のレベルであるという厳然たる事実を知ってもらいたいからだ。ちなみに私の前任校でアメリカで博士号を取得した同僚の先生もいたが、彼も8年間ぐらいアメリカに暮らしていたが書いている英語は意味不明に近いデタラメなものであった。それだけ、英語で文章を書くというか、英語は難しいのである。現在、大学院でも英語での講義をするような動きがあるが、国立大学で国際派で通っていても、こんなデタラメな英語しか使えないということを知ってもらいたいのだ。そして、その結論としては、今のアホな英語偏重教育は止めろということを提言したい。無駄だから。いや、英語で喰っていきたい人のための講義は必要だと思う。また、特別に選ばれた大学では英語オンリーの講義をするようなコースをつくってもいいとは思う。しかし、猫も杓子も英語コースを大学院でつくろうとするようなことや、中学生や高校生全員に義務教育で教えるようなことは止めた方がいい。国立大学に入っても、この程度の英語での講義しか受けることができないのであるから。そうそう、こういう違和感を感じたのは、私が東京大学の学部生の時、東京大学の常勤の教授の英語での講義があったが、もうまったく訳分からない英語で講義していたのを受講したときが最初である。こんなのはまったく無駄だと、もう随分昔だが思ったことを思い出した。あと、東京大学だからね!それでもこんな訳分からない英語での講義をしていたのだ。というか、本当、外国人からみたらギャグのようだと思う。もう一つの意図は、このようなメイルを外国人に送って恥を書かせないチェック方法があるので、それをここでこのメイルを読んでくれた奇特な人と共有したいということもある。

まず、その英文メイルを下に記す。固有名詞はイニシャルにしている。

I went to the funeral of Mr.H yesterday. It was informal unique style as H- san might like as attached photo. I gave the messages collection of yours to H san’s wife T. She told that R came to meet them last time, it was very very pleasure for them. She was quiet at the ceremony, which I could feel as if desperately trying to suppress a deep sadness of big loss.

There I met many of older colleagues of our network for the first time in a while. It was as if Mr. H had convented.

Sincerely,

さて、それではチェックしたい。
最初の文章は特に問題がない。
二番目の下記の文章からちょっとおかしい。
It was informal unique style as H- san might like as attached photo.
葬儀がユニークなスタイル、というよりか、これはむしろ「葬儀はユニークなスタイルで執り行われた」という文章にした方が英語的だ。つまり、
It was conducted in informal and unique way (fashion) that H-san would appreciate.
とした方がよい。Style でもいいが、スタイルは様式とか流儀の意味であって、この場合は、そういうスタイルというよりかはやり方なのではないかと推察したので、way か fashionを使う方がいいかと思う。あと as attached photo は、as shown in attached photoと書くのがより適切だ。まあ、しかし、これは通じる。

三番目の文章は下記である。
I gave the messages collection of yours to H san’s wife T

ここでは素直に「I gave your condolence messages」でいいですね。
Collection をどうしても使いたかったら、I gave a collection of your condolence messagesですかね。まあ、しかし、これは通じますね。

四番目の下記の文章もおかしい。
She told that R came to meet them last time, it was very very pleasure for them.
まずtell (told)はこの場合は他動詞ですので、目的語が必要です。この場合の目的語はmeでしょうか。その次におかしいのはlast time. これは、直訳すると「「前回Rが会いに来た」と彼女は言いました」が、ここで前回って何でしょうか?。ここは具体的にa year agoとかlast year とか、not so long time agoとかを書くべきでしょう。
あと、それに続く、文章ですが、pleasureは名詞(動詞もあるが)ですので、副詞であるveryで形容できません(very の形容詞もあるが、意味が全然異なる)。Very dog とかVery tableとかいうような間違いです。

五番目の下記の文章はそれほど悪くないですが改善の余地はあります。
She was quiet at the ceremony, which I could feel as if desperately trying to suppress a deep sadness of big loss.
まず、whichで結ばない方がいいです。特に文法力がない人は関係代名詞、関係副詞は使わない方がいいです。そうでなくても分からない英文がさらに分からなくなりますから。したがって、下記のようにした方が分かりやすいかと思います。あとこの場合のlossはtheがあった方がいいですね。
She was quiet at the ceremony. I could feel that she was trying desperately to suppress her deep sadness of the (her) big loss.

さて、6番目の文章ですが、これは大丈夫ですかね。私なら違う書き方をしますが。ただ、Thereの後にはコンマが文法的に必要です。
There I met many of older colleagues of our network for the first time in a while.

そして、最後の文章。
It was as if Mr. H had convented.

この文章が個人的に許せなくて、このメイルをブログに挙げてしまったのですが、conventedというのはconventという動詞の現在分詞として使っているのでしょうが、conventという動詞はありません。ない単語を使うのはちょっと論外かと思うのです。こういうミスがあるのは、ある程度、英語に自信があるからかもしれませんが、conventは名詞で修道院という意味です。もしかしたら、conveneという言葉を使いたかったのかもしれないし、タイプミスかもしれません。

さて、しかし、この私のように文法的に修正できる英語のレベルに到達するのは大変だ。その時にどうすればいいか。それはAIを使うのだ。まず、英語を日本語にAIで訳す。そして、それが自分が言いたいことかどうかをチェックする。必要に応じて日本語を直した後、その日本語を再びにAIで英語に訳す。AIの英語訳は英文法的にはほぼ完璧である。実際、この文章を上記のように一度、日本語に直して、再び、英語に戻す。すると以下のようになる。

Yesterday I went to Mr. H's funeral. As you can see in the attached photo, it was a casual and unique style that Mr. H liked. I gave your message collection to Mr. H's wife, Mr. T. Mr. R came to see me the other day and he said he was very happy. She was quiet during the ceremony, but it felt like she was desperately trying to suppress the deep sadness of a great loss.

There, I met many seniors from our network for the first time in a while. It was as if Mr. H was holding a meeting.

Sincerely,


二行目のMr.H likedはMr.H would have liked. になるかと思うのと二行目からの文章はさすがのAIも分からなかったようだ。文意がまったく変わっている。こういうのは修正が必要であろうが、最初の文章に比べて、全然、まともな英語になるかと思うし、読む相手にも失礼ではない。是非とも、英文を書く必要がある場合は、この方法を使うといいかと思う。ただ、それでも完全ではないので、しっかりと校正するのだけは忘れないで欲しい。あと、最初から日本語の文章を訳させればいいじゃないか、というのもあるかもしれないが、日本語と英語だとあまりにも文章の構造とかが違うので、論文のようなロジカルな文章は別だが、通常の文章だとAIは翻訳が難しい。そのように考えると、頑張って英語で書いて、それを一度、日本語に訳させて再びチェックして、という二段階を取った方がいいのではないか、と考える次第である。

あと、これは故人を偲ぶためのメイルである。そういうメイルを例として挙げるのは非礼であるという指摘がもしかしたら読者からもあるかもしれない。しかし、私はむしろ、こういう故人を偲ぶようなメイルであるからこそ、しっかりとした英語を書くべきであると強く思うのである。いろいろな捉え方はあるだろうが、私はこれは故人への侮辱のように受け取ってしまった。もちろん、この文章を書いた人がそのような意識を持っていないということは確信しているが、それにしてもという気持ちがある。日本語だったら、このような文をこのような状況で書くことはあり得ない。

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ウォリアーズに暗雲漂う [スポーツ]

ゴールデン・ステート・ウォリアーズがピンチである。そうでなくてもクレイ・トンプソンとアンドリュー・ウィギンス、そしてカバン・ルーニーのスターティング・メンバーの3人が絶不調で接戦を落としまくっていて、ファンがパニック・モードになっている状況で、残りのスターティング・メンバーのうち、神懸かったように活躍していたステファン・カリーとともに好調だったドレイモント・グリーンが先日のフィニックス戦で、フレイグラント・ファールで即退場。その後のNBAも無期出場停止という厳しい裁断を下し、そうでなくても5割を切っていてピンチな状態であったウォリアーズはさらに苦しい状態に陥っている。
 私は、今年のゴールデン・ステート・ウォリアーズは優勝が狙えるのではないか、とさえ考えていて(https://urban-diary.blog.ss-blog.jp/2023-10-22)開幕からは6勝2敗でスタート・ダッシュに成功して「よっしゃ」と思っていたら、ちょっと接戦を落とし始め、ドレイモント・グリーンがティンバーウルフ戦でルーディ・ゴベアーの首を押さえるという暴力沙汰を起こし、5試合の出場中止。その間も負けを重ね、6勝2敗の後は4勝10敗。そして迎えたフィニックス戦でヌーキッチにパンチを食らわした。グレインは偶然だ、と主張しているが、ビデオを見ると偶然とは言えないなあ。手がグーだし、しかも回転する前に勢いを増すために手を引いているからな。そして、その結果、現時点で「不定期間の出場停止」の決断をNBAは下した。出場停止の試合数を敢えて決めず、グリーンの精神状態などの確認をするらしい。確かに昨シーズンのプレイオフでのサボナスを踏んでから7ヶ月で3回の出場停止は異常だ。致し方ないことであるとは思うが、背が足りないウォリアーズにとってレイモンドは守備の要であるし、攻撃のファシリテーターでもあるので、その不在は大きな痛手である。
 泣きっ面に蜂、というか、もうそもそもスターティング・メンバーの3人が絶不調という時点で、泣きっ面に蜂どこか、泣きっ面に蜂で、その後、思い切り転けたというような悲劇のドミノ状態に、トドメに熊と遭遇するような感じだ。絶望的である。
 さて、しかし、希望がない訳ではない。レイモンドが出場停止となった後の初めての試合であるクリッパー戦。選抜からウィギンズを外した。そして3年目のカミンガ、新人のポジエムスキーを先発させた。ポール・ジョージが出場しなかったこともあり、試合はなかなか見所があったが、カリーの不調、ハーデンの好調もあってこの試合も結果的に落とした。しかし、この試合でカー監督は、ウォリアーズどころかNBAの試合で初めてとなるウィギンズの先発外しを決行した。レイモンドが外れたら、残りの先発陣には頑張ってもらいたいところだが、流石に堪忍袋の緒が切れたのであろう。私もちょっとウィギンズは酷すぎると思う(特にフィールド・ゴール・パーセント)が、いきなり先発を二人交代というのはなかなかの英断である。負けはしたが、この二人に加えて3年目のモーゼス・ムーディがその才能を開花させる機会になれば、それは災い転じて福となす、ことになるかもしれない。そもそもグリーンも先発の機会をもらえたのは、それまで絶対的な先発陣であったリーが怪我で出場できなくなったからだ。もちろん、カミンガはグリーンのようなプレイメーカーではないし、まだまだディフェンスは粗いが、あの運動能力はただものではない。
 まあ、しばらくはヤキモキした気分で過ごすのであろうが、ウィギンズにいらついているよりは、まだ未来のある若者が出場している方が未来に希望が持てるのではるかにましだ。グリーンのあのファールは本当、がっかりさせられたが、その結果、カー監督も大なたを振るった采配をようやくしてくれた。この体制であれば、ある程度、結果が出なくても許せる。というか、ウィギンズを二度と先発させないでほしいと思う。カミンガ、ポジエムスキー、ムーディ、カリー、トンプソン・・・これじゃあ、あまりに背が足りないか。しかし、まあこんな感じでのラインアップで戦ってもらえれば、応援しがいがあるというものだ。

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デンマークという国の地理的概要を調べていて、東北地方のポテンシャルに気づく [サステイナブルな問題]

デンマークの国の地理的概要を簡単に調べてみた。まず人口であるが2020年時点で579万人。人口は増加傾向にある。日本の都道府県と比べると千葉県より少なく、兵庫県より多い。もし、デンマークが日本の都道府県だったら、7番目に人口が多い県となる。そして、面積であるが4.3万平方キロメートル。デンマークにはグリーンランドとフェロー諸島という自治領があり、前者は216.6万平方キロメートルと本土に比べるとほぼ50倍、後者は0.13万平方キロメートルと非常に小さいのであまり関係はないが、グリーンランドを含めると広大な国土面積を擁する国の一つとなる。しかし、除くと青森県、秋田県、岩手県の東北三県に宮城県を加えたぐらいの面積になる。ちなみにこれら4県の人口を足すと644万人になり、実はデンマークより多い。東北地方は人口減少が厳しく、経済的にも競争力が弱いというイメージがあったが、実はデンマークより人口も面積も大きいのである。ということは、東北弁を話す人はデンマーク語を話す人より多いということか。そう考えると、ちょっと驚きである。
 デンマークは欧州本土と繋がっているユトランド半島と443の島から構成されているが、重要な島はオーデンセのあるフュン島とコペンハーゲンがあるシェラン島である。その他にはシュラン島の南にあるフェルスター島、ロラン島、さらにはポーランドの北部、スウェーデンの南東部にあるボーンホルム島などがある。
 デンマークの国土の特徴は平坦であること。自然の最高地点は171メートルということで、東京スカイツリーの1/4ぐらいの高さである。この最高地点はユトランド半島の北部に位置している。そのため飲料水は地下水に依存しなくてはならないし、おそらく水力発電はもちろん、小水力発電という選択肢もないことになる。
 緯度の割に気候は穏やかで、また降水量も年間750ミリメートルぐらいで、そのため雪もあまり降らない。ちなみに、日本の年間降水量は1720ミリメートルぐらいだ。
 地方行政区分としては5つのレギーネ、そして98のコムーネから構成される。2016年とちょっと前のデータではあるが、人口10万人以上の都市はコペンハーゲン、オーフス、オデンセ、アールボーグの4都市、人口5万人以上10万人以下の都市が6都市ある。ここらへんのデータからも前述した東北4県の都市で人口10万人以上は、仙台、秋田、盛岡、青森、八戸、弘前、石巻、大崎、奥州、一関と11都市もある。さらに、人口5万人以上10万人以下の都市は18都市もある。デンマークに比べると遥かに都市化が進んでいることが分かる。コミーネに対する自治体数も164と実はデンマークより多い。これは、自治体(コミーネ)間での人口の分散が大きいということでもある。
 デンマークの地理的概要を調べていたら、ほぼ北東北3県に宮城県を加えたものと人口、面積ともに同じぐらいであることが理解できた。このように捉えると、北東北もまだまだポテンシャルがあるのじゃないか、と思わせる。絶対的に違うのは地理的なものではなく行政制度であり、自治体の裁量権であろう。山形県を加えた東北地方は、デンマークより人口も面積も大きいのである。そして人材も遜色なく優秀であろう。そのように考えると、東北地方の将来のことを考えればもっと分権して、自分達の地方の将来は自分達が決められるような制度を導入すればいいと強く思う。特に税金に関して、もっと自由裁量に地方に決定権をもたせるべきであろう。人口増加をしている時ならまだしも、人口減少をしている状況下で、いつまでも既存の中央集権制度で状況を打開できると考える方が間違っているのではないか。

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コペンハーゲンにはトラムが走っていない [都市デザイン]

コペンハーゲンには比較的頻繁に来ているかと思う。10回は来ている。最初に来たのは、アーバン・デザイナーであるヤン・ゲールに取材するためだ。まだ日本でヤン・ゲールが有名になる前のことである。ただ、その時はアポが取れたものの直前にキャンセルされたので、彼に会えず(その後三回ほど会うことになる)、しかし、航空券をキャンセルするのが嫌だったのでそれでも行って、ストロイエを見に行ったことがある。これが2007年のことだと思う。市街地をどう動いたかをあまり覚えてないのだが、勝手にクリスチャニアにはトラムで行っていたようなイメージを抱いていた。しかし、時期的に考えると出来て、それほど間もない地下鉄で行っていたようだ。随分と適当な記憶である。
 コペンハーゲンには昔、トラムが走っていた。開通したのは1863年と日本の路面電車より前、というか江戸時代である。そして1972年に廃線となる。日本の都市などは東京がそうだが、路面電車を廃止した後、地下鉄で代替するというアプローチを取るが、コペンハーゲンが地下鉄を整備するのは30年経った2002年である。それから、現在まで4路線ほど整備している。 
 モビリティを強く意識しているコペンハーゲンでトラムがないのは意外な事実だったが、これはコペンハーゲン市もそう思っているらしく、2025年に開業予定のトラムを整備中である。しかし、通常の都心部のアクセスを提供するような役割を担う訳ではなく、コペンハーゲンの北にある郊外のLundtofte駅と西にある郊外のIshøj駅とを結び、コペンハーゲンの市境を走るような、むしろコペンハーゲン市内をバイパスするようなルートとなっている。
 


 

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AI翻訳にいらつく [英語関連]

最近、AI翻訳の文章を二つほど読まされた。一つは日本人が日本語の依頼文を英語に訳したもので、もう一つはドイツ人がドイツ語の文章を日本語に訳したもので、私への依頼文であった。前者は、もう訳が分からない英語になっている。これは、日本語の独特な曖昧な言い回しが英語に対応しないからである。AI翻訳を使うなとまでは言わないが、使う時はAIがしっかりと解釈するような日本語に書き直すべきである。「大変恐縮ですがお願いさせていただければ幸いです」みたいな日本語を英語にできると思わないでほしい。もう、AI翻訳が英訳した英語のデタラメさは発狂しそうになるが、これはAI翻訳のせいではまったくなく、英訳できない日本語を訳させようとした日本人に問題がある。もう一つのドイツ人がAI翻訳でドイツ語の文章を日本語に訳したものは、まだ分からなくもない。というのもドイツ語は言い回しが比較的ストレートだからだ。もちろん再帰動詞などは、AI翻訳は英語に訳すこともまだ出来ないので、そこらへんは日本語訳だとさらに変にはなるが、それでもどうにか日本語の英語訳よりは読めないことはない。しかし、敬語で書けない。いや、敬語が多少はあるドイツ語だから敬語とそうでない言葉とが混在する。これは、依頼された側としては何か不愉快になってしまう。ということで、悪いけど英語で送ってくれ、という返信をした。AI翻訳もどんどん進化するが、どうしても訳せないというか文脈で理解しなくてはいけない曖昧な言い回しが日本語には多い。まあ、まだまだ日本語で思考する人たちはAI翻訳に頼れないな、ということを再確認する。

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ジェシカ・ジョーンズ [映画批評]

クリステン・リッターが主演を務めるジェシカ・ジョーンズの第一部。他人を洗脳して思い通りに操れる超能力の持ち主キルグレイブとの戦いを13話から描く。キルグレイブを始めとしてサイコパス的な人が多く出てくるのだが、この出演者達の異常性がこいつもキルグレイブに操られているのではという疑心暗鬼に聴衆も捉えられてしまう。そのため、もう最後まで手に汗を握るように見てしまう。このスリリングさは、テレビドラマと漫画との差はあるが「ジョジョの不思議な冒険」と共通するところがある。基本、主人公は勝つということが分かっていても、この絶対絶命的な状況をどうやってクリアするかを知りたい衝動で、時間を忘れて13話の最後までローラーコースターに乗っているかのような気分で見させてしまう魅力がこのドラマにはある。クリステン・リッターというどちらかというとコケティッシュなところが売りだったかと思う彼女が演じるダーク・ヒーローだが、全然、悪くない。いや、唯一、走るところが運動音痴なところを曝け出してしまって、それは痛いが、他は全然、気にならない。ただ、あたかもキルグレイブに命令されたように、一度見始めると最後まで観てしまう危険さをこのドラマは有しているので、見始める時はその点に留意した方がいいかと思われる。


マーベル/ジェシカ・ジョーンズ シーズン1 COMPLETE BOX [Blu-ray]

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  • 出版社/メーカー: ウォルト・ディズニー・ジャパン株式会社
  • 発売日: 2017/03/03
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マーベル/ジェシカ・ジョーンズ シーズン1 コンパクト BOX [DVD]

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マーベル/ジェシカ・ジョーンズシーズン1 Part2 [DVD]

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  • 出版社/メーカー: ウォルト・ディズニー・ジャパン株式会社
  • 発売日: 2017/03/03
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マーベル/ジェシカ・ジョーンズ シーズン1 Part1 [DVD]

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  • 出版社/メーカー: ウォルト・ディズニー・ジャパン株式会社
  • 発売日: 2017/03/03
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コペンハーゲンでラーメンを食べる [地球探訪記]

コペンハーゲンで最近、人気らしいラーメン屋(店名:「ラーメンとビール」)に行く。私は基本、海外で日本食のレストランに入ることは皆無に近い。入る時は、他の人たちが行きたいというのでしょうがなく付き合う時のみである。これは、そもそも海外の外食の日本料理は「高い」、「不味い」、「自分でつくった方が美味い」からであり、何が悲しくて日本に帰国すれば食べられるのに、海外で食べるのかの合理的な理由が分からないからである。さて、しかし、この「ラーメンとビール」は相当、人気があるという現地の日本人の情報もあったので、昼過ぎに近くで用事があったので思い切って入ってみた。もう、コンセプトはもろに日本のラーメン屋という感じであり、空間はチェーンのラーメン店屋よりは雰囲気がよい。流れているのはピーター・ガブリエルの「スレッジ・ハンマー」だったりするのもセンスの良さのようなものを感じさせる。ということで、オリジナルの「塩ラーメン」を注文してみた。一番、外さなそうということでの注文だ。値段も一番、安く150デンマーク・クローネ。これは日本円にすると3320円で、実は人生最高額のラーメンになったかと思う。
さて、運んできてもらったラーメンはチャーシューが二枚に麺、海苔が二枚、そして葱。葱はどうも日本の葱のような細さである。チャーシューは豚の国、デンマークならではの美味しさ。ただ麺が茹ですぎである。これはちょっといただけない。麺自体は上手く、茹でればそれなりかもしれない。スープ自体はそれほど不味くはなく、おそらく野菜出汁なのかもしれないが、出汁が効いてない。鰹節や鰯とかは使うのが難しいのだが、何かデカフェの珈琲のようなパンチがない。改めて、出汁を取る重要性を知る。とはいえ、昔、デュッセルドルフのラーメン屋は猫舌で麺を啜れないドイツ人のためにぬるいスープを出していたが、ここはそんなことはなく、許せる範囲で熱かった。結構、それなりに進化はしているのかなとは思ったが、まあ、日本だったら500円でようやく客が来るかな、というレベルのラーメンだ。3320円を日本人が払う価値はないな・・・ということを、3320円を支払うことで知る。

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デンマークの鉄道の切符をオンラインで買う [地球探訪記]

ベルリンからデンマークのコペンハーゲンまで鉄道で移動することにした。私は、ドイツ国内はバーン・カード100という「ICE(ドイツ版新幹線)を含めて乗り放題」というカードを保有しているのでドイツ国内の分は買わなくてもいいのだが、デンマークの切符は買わなくてはならない。しかし、そのために国境の駅で降りて切符を買うのは極めて面倒臭いな、と思っていたのだがオンラインで買うことが出来るので、その制度を初めて、恐る恐る使ってみた。デンマーク鉄道のオンラインで日時と区間を入力すると、その値段が出てきた。それをクレジットカードの情報を入力すると、私のメイル・アドレスにQRコードが送られてくる。それを印刷してもいいし、携帯で送られたメイルを見せてもいい。
日本のように改札がなく、車内検札で切符の有無を確認するという制度なので、こういうパターンでも大丈夫なのだろう。私のようにドイツでの乗り放題券を持っていて、国境越えをするような旅行をするものには頗る便利である。

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ドイツでサービスが悪いのは、無駄な消費をするな、という心優しいメッセージではないか、という仮説 [ドイツ便り]

ドイツで生活していてつくづく思うのは、サービスがメチャクチャ悪い、というかサービスという概念がこの国には皆無なのではないかということである。先日もクリスマス・ツリーのオーナメントを買おうと移動式の展示棚を眺めていたら、店員が横に動かして見えないようにする。どうも、ちょっと床のごみを掃除したかったらしい。仕方がないので、その動かされた展示棚のところに行って再び眺めたら、ほぼその直後に元の場所に戻した。もちろん、私の存在は100%認識している。喧嘩を売っているのか、とさえ思ったが、まさか客に喧嘩を売るような非建設的なことはしないだろう。
そこで、ハッと気づいたのである。これは、私のような中年をも超えて老年にさしかかったようなじじいが、こんなクリスマス・ツリーのオーナメントで散財をしてはダメだよ、というメッセージを伝えたかったのではないか。確かに、オーナメントの効用を考えると、それがもたらす喜びに比して、コストは高いと思う。そういうお客の財布事情までを考えてくれて、敢えてサービスを悪くしているのだな、と。確かにサービスがいいと、買うか買わないか、悩んでいる時とか思わず買ってしまう場合が少なくない。先日なども日本の池袋西武で、ヴィヴィアン・ウエストウッドの超絶、ド派手な洋服を、ただ見に行っただけなのに、上手に言いくるめられて買ってしまったからな。ドイツのお店では、むしろ逆で、そもそも買う気満々でお店に行っても、その気持ちを見事にシュンとさせてくれる。なんか、なんで私はこんなところにいるのだろう、とさえ思わせてくれる。当然、このお店でも買う気満々で訪れたにもかかわらず、クリスマス・ツリーのオーナメントを買う気が失せて、買わないでお店を出て行ってしまった。無駄な消費をさせない、という大変心優しい気持ちを店員は持っていて、鬼の心で塩接客をしてくれたのであろう。その優しい思いをしっかりと理解できない自分はなんと心が狭いのか。我ながら嫌になってしまうが、その感謝の気持ちを伝えようとしても、相手の顔を見た瞬間に、その気持ちが怒りに変わるとも限らないので(心が狭いので)、その感謝の気持ちをこのブログに書かせてもらうことで伝えたいと思う(って、日本語まず読めないでしょうが)。
 さて、そんな心優しい人に溢れているドイツであるが、中には性悪の店員がいる店もベルリンにもある。それはKADEWEという東京で言えば銀座三越のようなお店である。ここは、サービスがよくて、散財してはいけないと思っているのに散財をさせる、という、ドイツでは極めて珍しく、マーケティングを学習したような店舗である。私は、せっかく、クリスマス・ツリーのオーナメントに対する物欲が、穴の空いた風船のように見事に縮ませてもらったにも関わらず、KADEWEに入ったがために、予算をオーバーして買わされてしまった。なんてこった。そして、10ユーロもしない小さなクリスマス・ツリーにその15倍もするオーナメントを飾って、一人暮らしのアパートの食堂に飾っている。合計160ユーロのクリスマス・ツリーを飾れるのは20日間ぐらいだ。一日あたり8ユーロの和みの価値があるか、と言われると極めて怪しい。やはり、相当の無駄遣いをしてしまった。とはいえ、心はちょっと豊かになっている、ような気はする。優しい店員さんの気持ちに背いた行動をしてしまって、その点だけは悔やまれる。(嘘です)。

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ウクライナの国別移民数 [グローバルな問題]

国連難民高等弁務官事務所の統計(2023年9月以前に得られるもので最新のデータ)によれば、ウクライナのヨーロッパによる国別移民数を多い順に並べると、1位がポーランドで164万人、次いでロシアが128万人、ドイツが109万人である。これらが三大移民先と捉えてよいだろう。4位のチェコになるとガクッと減って55万人で5位がイギリスの21万人である。それ以降は20万人以下で、ブルガリア、イタリア、モルドバ、ルーマニア、スロバキアと続く。それ以降は10万人以下でオランダ、アイルランド、フランス、ベルギー、オーストリア、スイス、エストニア、フィンランド。それ以降は6万人以下となる。移民大国アメリカは22万人ほど受け入れるとバイデンがゼレンスキーに2022年の12月に伝えている。日本は2000人ちょっとだ。このように数字をみると多いな、と思うかもしれないが、これらの数字には壮年男性は含まれてない。出国できないからだ。女性と子どもと老人だけが疎開のように祖国から脱出している。この悲惨さ、この惨状をどのように捉えたらいいのか。私の同僚もそのようなウクライナの女性学者である。プーチンの個人の責任だけではなく、彼を台頭させてしまったロシアという国の責任もあるのではないかと思う。
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フランクフルト・オーデルを訪れる [グローバルな問題]

ドイツとポーランドの国境にフランクフルトという都市がある。ヘッセン州にあるフランクフルトが有名だが、このフランクフルトはアム・マインが通常、つけられる。これは、マイン川のフランクフルトという意味で、ブランデンブルク州にあるフランクフルトと混在しないためである。ただ、普通、フランクフルトというと国際空港のあるフランクフルトを指す。しかし、ブランデンブルク州ではしっかりと区別した方がいい。というのは、ブランデンブルク州のフランクフルト、それなりの存在感を有しているからだ。
 ドイツが再統一した1990年の人口は86131人。その後、ご多分に漏れず、人口は減少し、2021年では56679人。とはいえ、この10年間の人口減少率は5%以下とそれほど悪くない。これは、ベルリンへの通勤圏としても位置づけられることや、トラムなども走っているため、モビリティはこの人口規模としては悪くないこと、さらに1999年1月1日より郡独立市として、行政上は郡と同格の地位を持つようになり、地方行政的には自由度が高くなっているなど、他地域に比べて優位な条件を有しているからであろう。
 ということで、前から興味があったのだが、これまで通過はしても訪れたことがなかった。それで日曜日の午後、私はドイツ鉄道の無料券を持っているので、ちょっと足を伸ばしてみた。
この都市で個人的に特筆したいことは、トラムがこの6万人弱の都市で走っているという、もう日本人的には驚きのことが起きていることだ。しかも、なんと3路線(これに+2路線が支線としてピーク時とかには走っている)もある。京都の地下鉄だって2路線なのに凄いことだ。その延長運行距離は19.5キロメートル。1898年につくられたということなので、モータリゼーション以前に整備された訳だが、今でも生き残っている。驚愕の状況だ。その運行主体はフランクフルト(オーデル)の交通公社で、これは現在、ベルリン・ブランデンブルク運輸連合に所属しているようだ。
 さて、ただ中央駅に着いてちょっとびっくりした。というのも、トラムの停留所が見当たらないからだ。後で知ったのだが、トラムの停留所はあるのだが、200メートルぐらい中央駅から離れている。この200メートルはちょっと離れすぎで、もったいない。おそらくだが、トラムの方が中央駅より先に出来たため、そのようなことになってしまったのかとも思うが、これは改善した方が絶対いい。人口6万人弱でトラムを運営しているのだ。少しでも乗客が増えるように出来ることはしたほうがいいだろう。
 あと街を歩いて発見したのは、非常に坂が多く、起伏があるということだ。もちろん、オーデル川が流れているので河岸段丘的に高低差ができるのは分かるが、川から多少、離れていても坂が多いのだ。こういう坂はベルリンにはほとんどないし、そもそもブランデンブルク州にも少ないのではないだろうか。これだけ坂があるとトラムは便利であろう。そういう地理的な特徴も、人口規模が少ない中、トラムの運営を可能にしているのかもしれない。
そして、人口減少都市においては、このようなトラムがあることはその減少に歯止めをかけるうえでは不可欠だと改めて思わさせられた。日本のように人口減少して、乗客が少なくなり、赤字が増えるとすぐに廃線にするようなことをしていたら、人口減少を加速化させるだけだ。もちろん、フライブルク・オーデルのトラムはド赤字であろう。しかし、このド赤字は公共的な事業であるから許されている。その代わり、このポーランドの国境都市がしっかりと維持できるのである。それは広域地域的にも国家的にも重要なことである。数日前に訪れたハイルブロンに次いで、このトラムの地方都市を維持させていく条件としての重要性を再確認した次第である。

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ベルリンのクリスマス・マーケット [ドイツ便り]

ドイツはクリスマス・マーケットの季節である。そこで、ベルリンのクリスマス・マーケットを訪れてみようと、ベルリン市のウェブサイトにてチェックをすると、なんとクリスマス・マーケットだらけであった。なんか、都市一つに一つのクリスマス・マーケットぐらいのイメージを抱いていたので、驚いた。ベルリンには全部で23区あるが、それらの区ごとにクリスマス・マーケットの数を整理すると次のようになる。
シャーロッテンブルク区に8つ、フリードリッヒシャイン区で5つ、ヘレスドルフ区で2つ、ホーヘンショーンハウゼン区では4つ、クロイツブルク区では5つ、ケッペニック区では6つ、リヒテンベルク区では4つ、マッツァーン区では3つ、ミッテ区では8つ、ノイケルン区では6つ、パンコー区では4つ、プレンツラウアー・ベルク区では3つ、ライニッケンドルフ区では5つ、ショーネンベルク区では3つ、シュパンダウ区では7つ、シュテグリッツ区では2つ、テンペルホフ区では3つ、ティアガーデン区では3つ、トレプトウ区では4つ、ヴェディング区では1つ、ヴァイシェンゼー区では2つ、ヴィルメルスドルフ区では6つ、そしてツェーレンドルフ区では6つ、である。
これは、ベルリン市で合計すると100箇所でクリスマス・マーケットが開催されているということだ。上記の100箇所の中には、これはクリスマス・マーケットというよりか、ただのクリスマス・イベントと呼ばれるようなものも含まれているので、実際、日本人とかがイメージするクリスマス・マーケットみたいなものはガクッと数は減るかとは思うが、それにしても凄い数である。あと、このように猫も杓子もクリスマス・マーケットを開催するようになったのは最近のことである。ベルリンの100箇所のクリスマス・マーケットでも今年から開催、というの、というのがあった。必ずしもどの都市でもクリスマス・マーケットが伝統行事、ということはないのである。
さて、そのようなベルリンのクリスマス・マーケットであるが、一番人気のあるのはゲンダーメンマルクトで開催されるものらしい。ただし、2022年から2024年までは広場が工事中なので、その変わり、そのそばにあるベベルプラッツで開催されている。80万人を一ヶ月で集客するという、これは30日で割ると、一日あたり2万5千人強を集客するという相当のイベントだ。さて、この広場はフンボルト大学の法学部の建物にあり、私はウンテル・デン・リンデンの地下鉄駅から歩いた。5分ぐらいである。
広場を上手に会場として使っているいい感じのクリスマス・マーケットであるが、中に入るのが有料であるというのが発覚した。2ユーロと全然、安く、これだけ安いというのはむしろ人数制限のためにやっているのか、と思ったりもしたが、流石に一人で2ユーロ払って、クリスマス・マーケットの中に入るのは躊躇されたので、外側から写真を撮影してそそくさと帰ることにした。というか、クリスマス・マーケット、基本的には公共空間を活用しているのであるから、それのアクセスをお金で制限するのは間違っている。ベルリン市とかは、そこらへんをどう考えているのかが気になる。

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日本大学アメフト部廃部に関して思うこと [教育論]

日本大学アメフト部が廃部になった。1940年に創部で「甲子園ボウル」で21度も優勝している強豪で名門である。このアメフト部の組織的な問題が表面化したのは2018年の関西学院大との定期戦で、日大の守備選手が相手のクォーターバックに悪質なタックルをして負傷させた時、そういう指示を監督(かコーチ?)がしたことが発覚したからだ。これは、大学の教員や事務員が学生に、道行く人を襲え、というようなものだ。
 これは、もう社会的にも非難を受けるような事件であったかと思う。しかし、それは悪質なタックルを守備選手に指示した監督(かコーチ?)が、アメフト界から追放され、そして大学からも解雇され、そして大学が社会に謝罪して、アメフト部を再生させてくれ、と頭を下げて、ある程度の罰(数試合の出場停止等)を受けることで、再起を図る、というような後処理がされていたのではないかと記憶している(いや、間違っているかもしれないが)。
 今回は一部員の大麻保持事件である。これはアメフト部にも問題があるかもしれないが、むしろ個人の問題であろう。この部員を退部(大麻事件であるから退学もすることになるだろう)させ、その監督責任者として監督がしっかりと状況を説明し、それを受けて大学は監督に責任があれば、それを処分するようなこともあるだろうが、そうでない場合もあるだろう。そして、アメフト部に改善するような余地がなければ廃部、という選択肢もあるだろうが、一部員の大麻事件を改善できないというようなことは想像できない。いや、アメフト部の寮で監督を始めとして大麻を栽培していて、それをアメフト部のOBとかのネットワークとかで売りさばいていたりしたら、まあ廃部ということも致し方ないかもしれないが、一部員の大麻保持で、クラブを廃部というのは、日本大学は大学のクラブを何と思っているのだろうか。
 いや、私は私立大学の教員をしているが、あまり体育会とかは好きではない。まあ、狭い了見なのだが、大学は勉強するところでスポーツをするところじゃないんじゃないか、と思っているところがあるからだ。ただ、最近はスポーツの教育的効果とかも高いな(いや、日大のタックル事件などがあると、むしろ低いというか、受けない方がいいとは思うが)と思ったりするので、それなりの意義はあるかな、と考えるようになっている。そして、体育会のネットワークとかは、社会に出た後、貴重な財産となるだろう。まあ、それなりに私立大学の体育会の意味もあるかな、と思うようになったりしているので、体育会に力を入れている大学にとっても、そのクラブのOBにとっても、そしてそのクラブ部員にとっても、さらにはそのようなクラブに入りたくて日々、頑張っている高校生にも、今回の廃部という判断は大きな裏切りであり、その判断には相当の覚悟がなくてはいけない、と思うのである。
 まあ、一方でいかにも林真理子的な判断だとは思う。相手の立場とかをあまり考えないで、自分の本音をどんどん書いていたら、そのスタイルが受けて、あれよあれよという間に一流作家の仲間入りをしてしまった。彼女の魅力はローン・ウルフ的なところであったかと思うが、そういうキャラは大学の理事長のように、いろいろな内部の関係者の立場を汲んで、調整をし、世間から大学をむしろ身を挺して守るようなことが求められる仕事には全く向いていない。彼女は日大の理事長としての、世間からの彼女のイメージを最優先するから、こういう日大の歴史にとっては汚点となるような判断も平気でやれるのであろう。というか、日大はリスク・マネジメント部があるだろう。私は林真理子を理事長に据えたという大学の判断はまったくリスク・マネジメントの能力に欠けていることの証左だと思うのである。よく、ここまで頓珍漢な人事を行えたものだ。
 いや、話が逸れたが、それにしても部員の大麻事件だけで廃部って、流石にちょっと、外部(例えば文科省)が強制的にするならまだ分かるが、内部での判断って、唐突というか酷すぎるのではないだろうか。
 というか、これが理由で廃部にするのであれば、アメリカの大学のアメフト部はそれこそ、ほとんど全てのチームが廃部になるね。悪質なタックル事件の指示を監督かコーチがした件の方がよほど大学としては問題であると思う。しかし、これも監督、コーチを一新すれば立ち直れたであろうから廃部にするような事件ではなかったとは思う。

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介護男性の母親絞殺事件は他人事ではない [サステイナブルな問題]

今年の5月、69歳の男性が91歳の実母を殺したということで逮捕され、その判決が11月に出た(下記の朝日新聞デジタル記事を参照)。

https://digital.asahi.com/articles/ASRCX66BXRCXPIHB01G.html?linkType=article&id=ASRCX66BXRCXPIHB01G&ref=weekly_mail_top_20231201

この男性は奥様に先立たれ、さらには親族からもお金の無心が継続的にあり、公務員をしていたこともあり貯金はあったのだが、ほぼ親族を経済的に支えていくうちに貯金は取り崩され、孤独と不安とから、介護の限界を感じて母親に手をかけてしまったそうだ。母親は認知症のレベル2であったそうだ。

私も認知症のレベル2の母親がいる。したがって、こういう記事を読むといたたまれなくなる。私の場合は、母親を介護施設に入居させることができたので、この男性のように追い込まれることはない。介護施設は本人だけでなく、家族もしっかりとサポートできる素晴らしい制度だと思う。日本が誇れるような制度だな、と諸外国を訪れても思う。ただ、私がこのような制度を利用できたのは、月額20万円近い介護施設の家賃を負担できているからだ。そして、なぜそれが可能かというと、母親がぼろではあるがアパートを持っていたので、どうにか家賃と年金を足し合わせると、それほど貯金を取り崩さなくても済むからだ。

この男性は親族からの無心がなければ、このような介護施設に母親を入居させることも可能だったかもしれないが、結局、親族を援助してしまったがために追い込まれた。そして、私も母親に手をかけるかどうかは別としても、この男性のように介護をずっとしていたら、そして連れ合いに先立たれたりしたら、相当、追い込まれてしまうだろうな、というのは想像できる。私とかは親族から無心があっても断るであろうから、この男性は優しい人であったのだろう。優しさ故に母親に手をかけることになったとしたら、本当にやるせない。

この男性を批判するのは簡単である。しかし、警察庁の統計によると2018〜2022年の5年間で検挙された殺人罪のうち「介護・看病疲れ」が動機であったのは約4%の165件だそうだ。そして、加害者は息子が38%で被害者は女性が75%。被害者の3割が要介護1であったそうだので、本当、これは深刻な社会問題である。この男性が、感情のコントロールができない身勝手な人とは私はとうてい思えない。要介護2で認知症の母親を抱える子どもの負担は極めて大きなものがあると思う。介護施設にアクセスできなかったら、本当、人生を棒に振るようなことにさえなりかねない。と書きつつ、私もそう遠くないうちに、そちら側に行くことになるので、しっかりとそのような施設に入れるだけの貯金をしなくてはいけないとも思わせられる。家族を犯罪者にさせないためにも、老いる負担を自分で責任取れるように、可能な限り、努めることが定年を迎える年代の我々が意識しなくてはならないことかと思う

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ドイツでコンサート・チケットを購入する [ドイツ便り]

せっかくベルリンにいるのだから、コンサートにでも行こうと考えた。インターネットで検索してみたら、KEANEがコンサートを今年、やることが分かった。KEANEは観たことがないので、これは行かなくてはと思ったのだが、ドイツではケルンでしかやらない。そして、ソールド・アウトだ。チケットは入手できるがリセール価格なのでべらぼうに高い。しかし、イギリスでのチケットはまだ余っている。ということで、思い切ってマンチェスターまで行くことにした。チケット・マスターだ。イギリスだとEチケットしか買えず、Eチケット、ちょっと心配なんだけど、まあ、そのリスクを負わずしてKEANEは観られないな、と思い購入する。リセールとの価格差を考えると、宿泊代は出なくても格安の航空券代は出るような気がする。150ユーロぐらいは違うからだ。ちなみに時期は5月である。
 しかし、やはり、せっかくベルリンにいるのだから、ということで、ベルリンで興味があるコンサートに行くことにした。そこで2月のベイルート、4月のエコー&ザ・バニーメン、シンプル・マインズのチケットを購入した。これらはドイツなのでEチケットではなくてチケットが郵送されるので安心だ。これらは、チケット・マスターではなくて、Eventimというサイトである。このサイトはSafariだとバグがあるがChromeだとしっかりと支払いができる。Safariで上手くいかなかった人はChromeで対応するといいかとも思う。
 あと、6月にスマッシング・パンプキンズもライブをする。これは、まだチケットを購入してないが、ジェームス・イハも復帰したということなので、見た方がいいかもしれないな、と思ったりもする。

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プレゼント(贈答品)についての一考察 [その他]

プレゼントを学生達からもらった。有り難いことではある。バッグとマフラーとマグカップである。学生達がお金を出し合って買ってくれたらしい。しかし、さて、このプレゼントは3つとも私の趣味ではまったくなかった。とはいえ、こういうのは気持ちが大切だよな、ということで使おうと思ったが、なかなかできない。まず、マフラーは恐ろしく抵抗がある。私が持っているマフラーはポール・スミスのド派手なポール・スミスのレインボー・カラーがしたようなものである。学生がくれたものは、ちりめんの雅的な桃色のもので、それなりに上品だが、どちらかというと渋く枯れたおじいさんがすれば似合うかもしれないが、私のようなZZトップが好きなバンド爺には、アイデンティティ否定のように似合わないし、「贈ってくれるという気持ちが何より大切」と思っても羽織ることができない。バッグも同じように、好々爺には似合うかもしれないが、私には似合わないが、バッグは機能面でそれなりに使えるので、これは機会があれば使いたいと思ったりしている。問題はマグカップである。これも機能面で使えばいいや、と思い、有り難く使おうと思っていた。まったく私の趣味ではないデザインで、むしろ嫌いなデザインであるのだが清水焼だし、高価な品だ。学生の思いをしっかりと受け止めなくては、と思っていたのだが、日々、使っているうちに腹が立ってきた。いや、心が狭いといわれればそのままだが、私のデザイン的価値観とバッティングし過ぎるのである。もう、破壊したいぐらいの衝動にも襲われる。ということで、我慢せずに使うのを止めることにした。
 さて、このような経験から学生には悪いな、とは思うが、そのように思わせるプレゼントはしてはいけないな、とも思う。それは、プレゼントをあげる人に甘えすぎている。ちなみに、これらのプレゼントは、趣味は悪くない。人によっては有り難がられるであろう。しかし、私はポール・スミスもそうだが、還暦を過ぎて、ヴィヴィアン・ウエストウッドで洋服を買うような趣味をしているのだ。ZZトップや椎名林檎が好きなのだ。ちりめんの桃色のマフラーして、ZZトップのコンサートに行く奴はいないだろう。まあ風貌が地味だから、そういう判断をしたのかもしれないが、風貌だけで判断するほどの浅い付き合いでもないだろう。基本、プレゼントは、このように人のアイデンティティと衝突を起こすような洋服や食器、CDや本などはあげない方が無難であろう。いや、よほど自信があればいいけど、それはリスクを負うという覚悟を持ってしてもらいたい。このように書いて、大学時代の彼女が「絶対、買ってあげたいと思っていた」と私にくれたセーターが、まったく悲しいほど私の趣味に合わないので残念な思いをしたことを思い出した。このセーターはブランド品ということもあり、なかなか捨てられなかったのだが、着たことはほとんどなかった。ただ、この彼女は私にはもったいないような女性であったが、もし結婚したら、その点では趣味の衝突があって問題が起きただろうと思ったりもする。
 一方で、前任校の学生達はなぜか私のツボに嵌まるプレゼントをしてくれる。結構、アイデンティティと衝突しそうなアイテムのもの、例えば帽子やキーホルダーであったりするが私の趣味に絶妙に合っていて、大切に愛用させてもらっている。要するに自分の価値観を押しつけたりしないで、相手をしっかりと観察して、もらった相手の気持ちを鑑みてプレゼントを選ぶということが何より重要だということでないだろうか。自分がよければ、そして趣味が客観的によければ相手が喜ぶ訳ではないことは、肝に銘じなくてはならないと自戒を込めて思う。おそらく、本人はそういう自覚はないだろうが、自分が気に入ったものを相手にプレゼントすれば喜ぶ、という考えは相当、傲慢なのではないかなと思うのである。

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フライブルクからベルリンまで列車で移動する [ドイツ便り]

フライブルクからベルリンまで列車で移動する。フライブルクからベルリンまでは遠い。ICEでノンストップで行く列車もない訳ではない。これだと6時間43分で帰れるが、せっかくフライブルクまで来たので、ついでにちょっと途中下車をして、カールスルーエの南にあるラスタットで下り、トラム・トレインの7号線に乗り、カールスルーエ中央駅からはハイルブロンに行く。1時間15分ぐらいだ。ハイルブロンは初めてだったので結構、刺激的であったが、雨だったのであまり長居をせずに、一時間ぐらい途中下車して帰路に戻る。といっても、ここからが大変だ。ハイルブロンは特急列車が走っておらず、ローカル線を乗り継がなくてはならない。駅スパートのドイツ版で検索すると、いくつか出てくる。カールスルーエに戻りICEで帰るルートと、シュツットガルトに出てICEで帰るルート、そしてヴュルツブルクまで出て、さらにローカル線に乗り換えてバンバルクまで行き、そこからICEで戻るルートである。ここは物理的に最も短いと思われるヴュルツブルク、バンバルクという世界遺産都市経由のルートを選ぶ。いや、別に都市観光する時間はないし、もう日が暮れているのだが。
 ハイルブロンからヴュルツブルクまでの道のりは長い。途中、雪も降ってきて、結構、ローカル度抜群だ。とはいえ比較的しっかりと走っているな・・・と思ったら15分ぐらい到着が遅れて、接続便のバンブルク行きに乗りそびれる。これは不味い!と思い、再び駅スパートのドイツ版で検索すると、なんかニュルンベルク経由で行け、と出てくる。なんだ、それは!これは長野駅から東京駅に帰る時に越後湯沢経由で帰れ、と言われるようなものだ。本当かよ、と疑うが検証する余裕もない。ということで、ウィーン行きの特急列車に乗る。ニュルンベルクの接続に遅れると致命的だなと心配したが、接続便もしっかりと遅れたこともあり無事にベルリン行きのICEに乗ることができた。ということで、ようやくベルリン駅に着くのだが、もう時間は22時30分である。ハイルブロン駅を出ても7時間以上。その前にも列車に乗っていたので今日は9時間近く列車に乗っていたことがある。流石にお尻が痛い。

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カールスルーエ・モデル [都市デザイン]

カールスルーエ・モデルはトラムと郊外電車を共同運行するようにしたシステムで、東京や大阪で私鉄・国鉄が地下鉄と乗り入れをしているようなシステムであるが、トラムという路面電車と郊外電車との乗り入れというところが画期的である。そんなことは広島電鉄でもしているではないか、と言う指摘はあるが、同じ企業体である広島電鉄と違って、直流・交流、法律、運営主体の違いなどを克服して実現されたこと、さらにはそれによって市域を越えたバスとも一体化した広域の公共交通ネットワークを構築できたことが、なかなか画期的なことと評価されている。私も、トラムと郊外電車のいいとこ取りのシステムで、人口密度の高い都心部では小回りが利くトラムのメリットを活かし、人口密度の低い郊外部では郊外電車の高スピードと移動の快適性を活かす、というなかなか優れたシステムであると思う。人口30万人をわずかに越える都市で、これだけのモビリティを確保できていることは大いに感心する。ただ、公共交通事業としては大赤字だろうから(というか、公共交通で赤字事業じゃないところが日本以外であったら本当に紹介してもらいたい。アジアにはあるかもしれないが、欧米では皆無である)、公共交通の赤字を受け入れられないという世界的には希有な日本においては、実現は不可能であろう。だから、多くの日本の役人とかが視察に来ているがほとんど実は無駄な視察となる。
それはともかくとして、このカールスルーエ・モデル、なかなか複雑でよく分からない。いろいろと論文や運営会社のホームページを読んだりしても理解ができない。これは、私が理解力に欠けているから、ということもあるかもしれないが、複雑だと思う。そこで、カールスルーエに来て、このトラム・トレインを乗り回して、理解を深めるようにした。また、この視察をして疑問を感じた点は、できればカールスルーエの交通会社に頑張ってアポでもいれて明らかにしたいと考えている。
さて、分かってきたのはカールスルーエ・モデルと一言で言っても、それは幾つかのシステムが重ね合わされており、決して、完全に統一されたシステムではないことである。そこにはトラム・ネットワークと郊外鉄道(Sバーン)・ネットワーク、さらにはカールスルーエ市が取得したアルバタール鉄道という地方鉄道のネットワーク、それにドイチェ・バーンのネットワークもちょっと前までは加わっていた。ドイチェ・バーンのネットワークはもう外れたので考慮に入れなくてもいいが、このトラムとSバーン・ネットワークのシステムの重なりは留意しなくてはならない。というのも、それらのシステムが合体して、大きなシステムをつくっているというよりかは、それはトラム・トレイン(カールスルーエ・モデル)とトラムという二つのシステムによって構成されていると考えるべきだからだ。ここでトラムは基本、Straßenbahn と訳されており、車両数も少なく、低床である。
それに比してトラム・トレインは車両も場合によっては6車両も連結されており、どちらかというともうトラムというより郊外鉄道線にむしろ近いくらいである。しかし、都心部に入るとトラムと同じ軌道を共有する。したがって、郊外鉄道線がトラム路線を走っていると考えるのが妥当だと思われる。というのも郊外鉄道の車両がトラム路線を走っている訳ではなく、郊外鉄道を走ることのできるようにトラム車両を改良した路線が、システム上を走っているというイメージだからだ。そして、トラム・トレインの車両は相当、立派なので、一部のトラム路線は走れないようにも思われる。曲率半径が短すぎると厳しいのではないだろうか。いや、これは確認が必要であるが。
そして、このトラムと郊外鉄道とをどのように結ぶかであるが、線路を新設している。例えば西部にあるヴォース市と結ぶ路線(S5線)は、カールスルーエの市域内のラインバーグ・シュトラッセ駅までは既存のトラム路線が走っているが、そこから先は新しく線路を敷設し、郊外鉄道(ドイツ鉄道の線路)と接続できるようにしている。
一方、東北部とを結ぶS4線は、ドイツ鉄道のデューラッハ駅を過ぎて、それまではここが終点(というのも転回用の線路が残っている)で、その先はおそらく新規で路線を敷設していると思われるのだが、しばらくはずっとドイツ鉄道とは別のトラム・ライン専用の軌道を走っている。そして、この路線をつくった時に新たにいくつかの駅も新設していると推察される。ダーラッハ駅から2駅目のグロッツィエン駅でドイツ鉄道(郊外鉄道)の線路と平行に走り始め、3駅目のグロッツィエン・ウーバーシュトラッセで東北部に向かうS4線とそのまま東に向かうS5線とが分岐する。ここからは、なんと複線が単線になる。ここからは、郊外鉄道の路線と合流し、しばらく行くと再び複線となる。ここらへんは丘陵地の美しい森の中を走って行く。ベルリンのように丘陵のないところから来ると、丘の緑が目に優しい。この路線はそのままハイルブロンまで行く。ハイルブロンに行くと驚くことに、その都心部までドイツ鉄道と分岐してトラムとして走行する。これは、なんと新たにトラム路線を新設したものだそうだ。ハイルブロンは、以前はトラムが走っていたが戦後、すぐに廃線にしている。それを何と21世紀になって復活させたのである。
南部はS7線が走っているが、これは中央駅からアルブタール鉄道のカールスルーエ駅を経由して、トラム・トレインの路線を走り、ラスタット駅で再びドイツ鉄道と合流する。トラム・トレインはドイツ鉄道と同じ路線を走っていても、こまめに駅を新たに整備したりしているので、利便性は大きく向上している。
これまでカールスルーエには何回か来たこともあり、実際、話も聞いたりしたことがあったのだが、なかなか頭ではしっくりとこないことが多かった。公共交通を調査するうえでは、とりあえず乗って経験する、というのは私が尊敬する中村文彦先生の研究アプローチであるが、実際、乗って分かることは多い。というか、乗ることによって疑問も多く、出てくる。今回、初めて強い問題意識を持って訪れ、実際、乗車して見えてきたことがたくさんある。「書を捨て、町に出よ」というのは、公共交通研究者にとっては不可欠な姿勢であるな、ということを、公共交通を必ずしも専門としない私だが思った次第である。

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カールスルーエは訪れるたびに都市の魅力が増しているように思われる [都市デザイン]

カールスルーエはドイツのバーデン・ビュッテンベルグ州第三の都市で、その人口は30万人をちょっと越えるぐらいである(2022年)。ドイツの都市としては歴史が浅い。カールスルーエは「カール」の「休息」という意味で、ここでいうカールとはバーデン・ドゥルラハ辺境伯であるカール3世ヴィルヘルムのことである。カール3世ヴィルヘルムは現在のドゥルラハ地区にお城があったが、17世紀末にフランスとの戦争で徹底的に破壊され、新たにドゥルラハ地区より西5キロメートルにある現在地に城を建てることにした。城の建設が始まったのは1715年である。カールスルーエは、このお城を中心に道路が放射状に伸びていくという極めて特徴的な空間構造をしており、同州の第二の都市であるマンハイムとともにドイツのバロック都市として知られる。

歴史が浅い都市だと、そのアイデンティティづくりにいろいろと苦労しなくてはならないのだが、カールスルーエの場合は、いきなり王宮都市としてつくられたので、もうその時点で強力なアイデンティティを有していることになる。王宮から放射状に道路が整備されている都市構造といい、そのユニークさはドイツ屈指である。というか、それ以上のブランディングも特に必要としない。そういう点では恵まれた都市である。

カールスルーエはまたモビリティの優れた都市としても知られている。カールスルーエ・モデルというトラムと郊外鉄道を一体的に運行するシステムは、世界初の試み(直流と交流の両方の電流に対応した車両、二つの異なる法体系に対応した車両や施設)として内外に知られる。カールスルーエ・モデルに関しては、なかなか複雑なので、また機会が設けられたら別途、このブログでも紹介したいと思う。カールスルーエは、このようなシステムだけでなく、最近では都心部において、このトラムの軌道を地下化し、それまでのトランジット・モールをオール歩行者空間にしたり、さらには自転車利用促進にも力を入れており、それまでミュンスターと自転車首都の看板を競っていたエアランゲンを自転車利用率で抜いた。その割には、あまり自転車専用道路などを見ないが、トラムに自転車を持ち込む人が多いので、そういったデュアル・モードでの移動をしている人が多いのかもしれない。

カールスルーエは現在(2023年11月)、都心部の歩行アメニティを改善するのに力を入れている。来るたびにカールスルーエは、よりよくなっているという印象を受けるのだが、この都心部のリ・デザイン事業が終わったら、さらに魅力的な都市へと変貌しているであろう。明日が今日よりもよくなる。これこそが都市政策が満たすべき重要な要件であると思うが、日本ではそのような希望がなかなか持ちにくくなっている。この問題点をしっかりと検討すべきであろう(と書きつつ、大阪の難波駅周辺のリ・デザイン事業のように驚くほど素晴らしい事業もあるので、全然駄目だとは思っていません)。

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カールスルーエからフライブルクに鉄道で行こうとしたら運行中止になっていた [ドイツ便り]

カールスルーエからフライブルクに鉄道で行こうとした。駅の掲示板をみると、なぜか皆、途中のオッフェンブルク止まりになっている。なんか変なダイヤだな、と訝しく思って、お!これは運行中止か、ということに気づく。急いでドイツ鉄道のインフォメーションセンターにフライブルクに行きたいのだけれど、と尋ねると、オッフェンブルクから振替のバスに乗って行けばいい、と言われる。おお、得意のバス振替か。しかし、バスだと時間が倍以上かかるのだけど、他に選択肢はない。フライブルクでは人と会う約束をしているし、ホテルも予約しているのだ。
 オッフェンブルク駅で降りて、バス乗り場を探さなくてはならない。これは、人の流れに従ったら案の定、見つけられた。大勢の人がバス停留所周辺に溢れている。バスの台数が少ないとバスに乗れない、という最悪のシナリオも想定されたが、私はトランクなどの重い荷物を持っていないので、荷物を預けなくて済んだのでサッサとバスに乗り、椅子を確保することができた。一安心だ。以前、似たような状況で、バスの台数が少なく、我先にと人を押しのけてバスに乗るドイツ人と遭遇したことがあるので、結構、緊張していたのだが一安心だ。私のバスは4台来たバスの最後に出発したが、少しだけ空席もあった。私の隣も空席だ。
 ということで、オートバーンでフライブルクに向かう。待ち合わせの時間からは大幅に遅刻だが、先方も事情は理解してくれている。いろいろと散々ではあるが、このライン沿いのバーデン地方のランドスケープは本当に美しい。まあ、どちらかというと里山的な人手が入った景観ではあるが、ベートーベンの「田園」が流れるとマッチするような風景である。こういう風景の中で生活していると、脱原発やエコロジカルな発想が育まれるのだろうなと思う。

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ハイルブロンを訪れ、なぜ人口12万6000人でトラムが新設できるかを考察してみる [サステイナブルな問題]

ハイルブロンはバーデン・ヴュルテンベルク州にある人口12万6000人の都市である。同州ではシュツットガルト、マンハイム、カールスルーエ、フライブルク、ハイデルベルグ、ウルムに次いで7番目の都市である。ネッカー川沿いに発展した都市であり、中世から交易都市として栄える。同地域の他よりも産業革命で先んじ、経済的に発展する。第二次世界大戦では旧市街地がほぼ完全に破壊され、1950年に再建する。
さて、そんなハイルブロンになぜ、訪れたかというと、この都市が2001年に中央駅から新たにトラムを新設したからである。このトラムは、カールスルーエ・モデルのトラム・トレイン・システムに組み込まれており、一部の列車は、そのままカールスルーエまでも運転される。ハイルブロンも1955年まではトラムが走っていたので、廃線してから46年後に復活させたということになる。驚きだ!さらに2005年、2013年とハイルブロンはトラム路線を延長させている。この延長は乗客数が想定よりも多かったということで計画されたとのことだが、人口12万6000人で、広域圏人口もほとんどない都市では、日本では考えられない快挙であるかと思われる。実際、中央駅からトラムで二駅ほどいった都心部の市役所前に行ったのだが、なんと、この市役所駅を挟んだ400メートルぐらいの区間がトランジット・モールになっており、自動車は通行できないようになっていた。その結果、都心部は結構、賑わいがあり、月曜日の午後で雨も降っていたにも関わらず、多くの人が集っていた。日本の都市で人口が12万クラスの都市で、この賑わいはちょっと驚きだ。もちろん、トラムが走っていて、トランジット・モールがあることはもっと驚きであるが。なんたって、日本は京都という150万都市の大観光都市でも、トランジット・モールはもちろん、トラムの復活もできないからだ。何なんだろうなあ、この違い。
大きくは三つ、日本ができない理由があると思われる。一つ目は、公共交通を採算事業であると捉えていること。ハイルブロンのデータは分からないが、これは大赤字事業である。そもそも、ドイツのトラムで黒字の都市は一つもない。バーデン・ヴュルテンベルク州最大のシュツットガルトであっても、赤字率は50%ぐらいだ。人口も遥かに少なく、ネットワークも比較にならないほどしょぼいハイルブロンでは、おそらくシュツットガルトよりも低いだろうから、日本では許されないレベルであろう。しかし、道路事業は超絶、ど赤字でも平気なのに公共交通事業だと急に採算性の話を持ってくる日本は、はっきりいって公共事業においての公共交通差別であり、まったく頓珍漢だ。両方ともモビリティを人々に提供する社会基盤であるにも関わらずだ。ちなみに、こんな発想を持ち出す国は日本以外だと、公共交通を共産主義だと思う一部の右翼思想の人がいるアメリカぐらいである(そのアメリカでも公共交通大好きのピート・ブティジェッジが運輸長官になっているので、状況は変わりつつある)。二つ目は、地方分権が徹底できないこと。これは連邦制のドイツと中央集権の日本との大きな制度上の違いであり、そのため地方自治体の裁量が日本はドイツに比して遥かに小さい。日本の方が人口もドイツの1.5倍はあるのに、そして、自治体の職員も優秀であるのに、中央集権の役人たちが勝手に全国一律のルールをつくってしまう。結果、その地域に応じた交通政策を策定できなくなってしまう。本当、道州制の導入を本気でそろそろ考えた方がいいかと思う。三つ目は、これは不思議なのだが、自動車への偏愛である。これに関しては、最近の若者はちょっと価値観が変わってきているかな、と思うが地方の若者は自動車なくしては生活あり得ない、と今でも言う。まあ、そのような考え方の人がほとんどだとトラムの導入はなかなか厳しいものがあるだろう。ただ、自動車は都心部の集積や賑わいをつくらない。その結果、地方都市と大都市との差はさらに大きくなって、自動車社会が嫌な人や、自動車に乗らなくてもいいような選択肢がある大都市へと移り住んでしまう。いや、自動車に固執するのはいいが「自動車捨てますか、地方捨てますか」という状況になっていることを自覚してもいいかと思う。なぜなら、今後、ガソリン代も高騰し、自動車という交通手段がそうそう長く生き残っていくとは思えないからだ。ドイツの脱自動車的な活動の熱情をみるにつけ、そう思う。
上記のように捉えると、一つ目は価値観の問題だから変えればいいだけだ。二つ目は制度の問題だからこれも変えればいいだけだ。意外と三つ目が一番のハードルかなと思ったりもするが、これもしっかりとその弊害を話すことで状況を突破できるかもしれない。私は人口12万ぐらいの都市でトラムのようなモビリティ手段が提供できていて、その結果、都心部に賑わいが日本の都市でももたらされることを望むものである。日本の都市はそもそも、とてもコンパクトであるし、その文化もとてもアーバニティと相性があるものなので、上手くやればとても魅力的な都市空間ができることを疑っていない。松本市や長野市、金沢市など、上手く既存のトラム的鉄道とJRとかと連携することで、その魅力は大きく向上されると思うのだが、どうだろうか?
ちなみにハイルブロンは、周辺に大都市もない地方都市であり、人口も2001年の120,163人から2011年は116,059人へと減少していたが、2021年には125,613人と人口は減少から増加へと転換している。もちろん、トラムの延長以外の要因もあるかとは思うが、社会基盤をしっかりと整備し、モビリティ、そして都心部の歩行アメニティが改善され、賑わいも生じれば、人々はその都市の将来に希望が持てるようになる。その都市の将来に希望が持てれば人はそれほどその都市から出ることはない。希望が持てないから、人は地方都市から大都市へと脱出するのだ。人口減少時代の地方都市に求められる政策は、未来への希望をしっかりと提示できることではないだろうか。赤字だからローカル線を廃線するような地域にどんな若者が未来を描けるというのであろうか。ハイルブロンの体験は、そういうことを我々に示唆していると思われる。

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【中央駅に隣接してつくられたトラムの停留所】

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【市役所前はトランジット・モールになっており、自動車の通行が禁止されている】

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【市役所前のトランジット・モールを走るトラム】

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CNNの北朝鮮ルポルタージュは一見の価値がある [グローバルな問題]

少し前、というかトランプ政権の時のものと古いが、CNNが放映した北朝鮮ルポルタージュはたいへん興味深いものであり、一見の価値がある(下記にリンクを貼っている)。北朝鮮の人々の日常も、このルポルタージュは捉えており、当たり前であるが北朝鮮の人々も我々と共通した感情を有する人間であることが分かる。また、キム一族が崇拝されているが、それはアメリカ人がキリスト教を信仰するのと似ているとのレポーターであるウィル・リプリーの解説は、この報道を観た後だと説得力を持つ。洗脳はされているかと思われるし、そうでなければ、洗脳しているふりをしているのかもしれないが、日本人も80年ぐらい前だと似たような状況にあったことを考えると、決して他人事とも思えない。北朝鮮の人々が「アメリカ憎し」と言う時、80年前の日本人も「鬼畜米英」と言っていたのとほとんど同じことかな、と思わせられるからである。
 あとこの番組でロケされた長白山は相当、美しい。いつか機会があれば(あるのか、そんなものが。ただ大学院生が中国側の吉林省の出身なので、可能性はゼロではない)、行ってみたいものだ。

https://www.youtube.com/watch?v=NyugVyGlWTw

タグ:北朝鮮 CNN
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ウクライナの男性(60歳以下)は国から出ることができない [グローバルな問題]

先日、私が所属しているドイツの大学の研究室でクリスマス会があった。一ヶ月前で随分と気が早いなとは思ったが参加した。さて、この研究室では私とウクライナ人の先生が客員教授で招かれている。ウクライナ人の先生は女性なのだが、旦那と二十歳の長男はウクライナに残り、長女は彼女と一緒にベルリンに来ている。そこで、ドイツ人の若い先生が「なぜ、長男はウクライナから出ないの」と無邪気に質問したら、この先生は「なかなか難しいのよ」と言った後、思わず涙がこぼれ落ちた。二十歳の男性どころか、下はちょっと不明だが六十歳以下の男性はウクライナから出ることができない。許可なく出国しようとして捕まると懲役8年の刑である。現時点では軍隊に所属している人たちでロシアと戦っているが、そのうち、徴兵があるかもしれない。そのような緊急事態を想定して、男性はウクライナに留まらなくてはならないのだ。ウクライナはもうロシアに勝手に侵略されて、国を守る戦争であり、その意義は理解できるかもしれないが、戦争とかが苦手な人にとっては戦争に行くこと自体が地獄であろう。本当にロシアはとんでもない国であると改めて思う。
さて、しかし、このような野蛮な国が隣国であるという点では、日本もウクライナと同じである。ロシアのような掟破りな国と国境を接していることをしっかりと肝に銘じて、軍事力ではない国力をつけて、ロシアが何か無茶をしようとした時に対応できるようにしておかなくてはならない。まず、第一に二世、三世議員が跋扈している政治状況を変えないと駄目だろう。政治力だけで比較すると、まさにメイジャー・リーグとリトル・リーグぐらいの違いがあるからだ。
同じ研究室の同僚の家族がこのような悲惨な状況に置かれているのを目の当たりにすると、このウクライナ侵略戦争の非業さが心に染みる。

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カールスルーエの南にあるエトリンゲンという町を訪れる [ドイツ便り]

カールスルーエに来ている。有名なカールスルーエ・モデルを実際、乗車体験してどんなものかを知りたかったからだ。カールスルーエ・モデルはカールスルーエ市から周辺の地域にまでネットワークを伸ばしている。その一つが、南方の元アルブタール鉄道(現在はカールスルーエ交通公社が買収)の線路である。それはバード・ヘレンナルブ、イッテルスバッハにまで行くのだが、その途中にあるのが、アルブタール鉄道をつくるきっかけにもなったエトリンゲンである。ということで、エトリンゲンまで行く。この町は人口が39000人で結構、立派なお城があるらしい。昔の空間構造を維持した歩行者街路から構成される旧市街も残っている。アルブタール鉄道をつくるきっかけになったのは、ドイツ鉄道がエトリンゲンの中心部から1.5キロメートルぐらい離れたところにエトリンゲン西駅をつくったのだが、それだと不便だ、ということで新たに鉄道を敷こうということになって、この町とカールスルーエとを結ぶ鉄道がつくられることになったことだ。そのため、アルブタール鉄道のカールスルーエ駅はドイツ鉄道の中央駅とはちょっと離れたところにターミナルがある。元々は別の鉄道会社であったからだし、おそらく軌道幅も違っていたのではないだろうか。
そういう経緯があったからだと思うが、エトリンゲン駅舎はとても立派である。土曜日の夕方なので駅舎内の店舗とかは閉まっていたが、ちょっとしたコミュニティ・ハブのような役割も担っているのではとの印象を覚える。また、駅前にはなかなか広大の広場のような芝生空間がある。この町の人にとって、この駅は宝物のようなものではないかと推察する。まあ、感想だらけで申し訳ないが、駅からは黒い森(シュヴァルツヴァルト)の丘へのハイキング・コース(標高はなんと400メートル弱。日本とはここらへんは大きく違う)もあったりして、いい感じの町である。

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【エトリンゲン駅舎とその前にある芝生の広場】

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【エトリンゲン駅】

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【エトリンゲン市の旧市場】

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【エトリンゲン旧市街地は細い路地によって構成されている】
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ドイツの公共交通はこの20年で相当、改善されている [サステイナブルな問題]

1950年代末までは路面電車(トラム)はドイツにおいて最も重要な交通手段であった。しかし、その後の30年間はトラムにおいては苦難の時代となり、多くの都市において、トラムのネットワークが廃線となった。しかし、1990年頃から、このトレンドは転換し、古いトラム路線は改修され、新しいトラム路線が建設されるようになった。ハノーファーではトラム・システムを中央駅周辺で地下化することを行った。同様の試みはデュッセルドルフでも為された。カールスルーエは1992年から直流・交流で走行できる車両を導入し、トラムと郊外鉄道を共同運行することを可能にした。ルール地方のオーバーハウゼンは1996年にドイツで廃線されたトラム路線を再開する最初の事例となった。そして、ザーブルッケンは1997年にオーバーハウゼンに次いで再開することになった。そして、ミュンヘンでは地下鉄と郊外鉄道のネットワークを補完するために新たなトラム路線を営業することにしたのである。 
 私が現在、住んでいるベルリンでもドイツ鉄道はともかく、地下鉄とバスのサービスはとても優れていて、大学のある京都はもちろんのこと、東京とも遜色はない。いや、地下鉄の車両はオンボロであるし、駅も遥かに汚く、そういったインフラのレベルは低い。ただ、サービスというソフト面だけみれば、相当、レベルが高く、自動車の必要性はほとんど感じない。ここでサービスのことをもう少し具体的に説明すると、まず運行頻度である。平日はほぼ5分間隔で走っている。週末は10分間隔ぐらいになるが、それでも使い勝手は悪くない。そして、地下鉄のホームやバスの停留所では、どの程度で次の列車、バスが来るかをしっかりと電光掲示板で明示してくれるのでストレスがない(これは、私がよく利用する京阪電鉄とは大きな違いである)。また、地下鉄では次の駅で乗換をするバスが何時に出発するかをしっかりと車両の電光掲示板で明示してくれるので(そのような電光掲示板がない古い車両ではできていないが)、地下鉄からバスへと乗換をするインセンティブを提供してくれる。そういった点で、意外なことに京都などより遥かにベルリンの方が公共交通を移動手段として信頼できるのである。
 これは、14年前のデュッセルドルフでは感じたことがなかった。もちろん、デュッセルドルフとベルリンとの違いというのはあるかもしれないが、ここ10年間ぐらいでドイツの都市の公共交通事情は相当、改善されているような印象を受ける。ベルリンの場合は、確か2015年頃にモビリティ法を制定したので、それで大きく改善されているということはあるかもしれない。
 私は今、この記事をカールスルーエで書いているのだが、カールスルーエはそうでなくても相当、便利であった公共交通が、さらに地下路線を整備し、トラム・ラインのネットワークを充実させたことで、より利便性を高めている。
カールスルーエは2001年の27万9000人の人口が2021年には30万6000人まで増加している。これは20年で9.6%も人口が増加したことで、これはドイツ平均の2.1%より遥かに大きい。この増加した要因の一つに、優れたモビリティというのはあるかと思われる。モビリティは都市のインフラ基盤として相当、重要な意味を持つからだ。

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