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紅葉に関する考察 [サステイナブルな問題]

日本は四季がはっきりとしていて、この季節感が日本人の自然の捉え方や死生観などに影響を与えていることは間違いないであろう。そして、その季節の移ろいの大イベントは桜の開花であるかと思う。ただ、私は桜より紅葉の方が好きだ。乱舞するような色彩のグラデーションは桜より、さらに目を楽しませてくれる。
 アメリカの画家、ジョージア・オキーフはニューヨーク州の避暑地であるレイク・ジョージに住んでいたが、その後、旦那の不倫を機にニューメキシコ州のゴースト・ランチへと引っ越しをする。その時の理由が「レイク・ジョージに比べるとゴースト・ランチのランドスケープの色彩がはるかに多彩である」と説明した。自然の色が、我々の色彩センスを豊かにする。レイク・ジョージが12色の色鉛筆セットであれば、ゴースト・ランチは48色のそれである。画家にとっては、自然の色彩が豊かであるということが、その才能のインスピレーションに必要だったのであろう。
 日本の紅葉時の色彩の豊かさもまさに48色の色鉛筆セットのようである。この色彩の豊かな空間に暮らしていることは、ある意味、たいへんな贅沢である。日本政府は、山を紅葉が美しいブナ林からせっせと植林政策のもとスギ林に変えてしまったが、紅葉時のスギ林の色彩は貧相である。生物多様性だけでなく、色彩の多様性をも失ったのが、日本政府の戦後の森林政策であった。
 とはいえ、日本にはまだそれらの政策から漏れたブナ林などの落葉広葉樹林の豊かな森があり、この時期に我々の心を豊かにするような色彩のダンスをみせてくれる。


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小谷温泉の村営の露天風呂で公共性を理解しない日本の若者に嘆く [サステイナブルな問題]

小谷温泉に小谷村が経営している露天風呂がある。ブナ林の中にある見事な露天風呂で、温泉はもう絶妙だ。ブナの葉が演出する木漏れ日が目に優しく、幸せな気分になる。脱衣所もちょっと開放的ではあるが、清潔であり、気持ちよい入浴体験ができる。トイレはなんとウォシュレットだ。結構、お金がかかっている。ふるさと創世交付金でも使ったのであろうか。
 さて、この施設は投げ銭制度である。私はちょうど財布の中にあった200円を投入した。こんなによい温泉であれば、ちょっとケチだったかもしれない。私が温泉を出て、服を着ている時、白人の若者と日本人の若者とが脱衣所にやってきた。会話から、地元で一緒に働いているような関係のようだ。さて、白人の若者は投げ銭で500円を入れた。流石だ。このようなプロジェクトにお金がかかり、その便益を享受したものがその対価を支払うことを理解しているとみた。500円はちょっと多いかなと思ったが、この温泉に隣接する雨飾荘は600円なので、そういう意味では妥当かもしれない。私も500円は払え、といえば払ったであろう。さて、その白人を尻目に日本人の若者は一円も支払わないで入った。
 なぜ、彼が一円も払わないのかいろいろと事情はあるだろう。たまたま、手元にお金がなかっただけかもしれない。しかし、これは憶測ではあるが、彼は払うことの意味が分かっていないのだと思う。白人の知りあいが払うのを見ても、まったく動揺さえみせず、私がちょっと何だこいつは?的な目で見たとき、挑発的な顔で見返してきたからだ。
 これは典型的な共有地の悲劇の事例かと思う。正直者が馬鹿を見る、という奴だ。しかし、この日本人の若者のようなものばかりになると、この温泉はおそらく成立しなくなるであろう。少なくとも維持には、この村の税金が使われる訳であるから、成立したとしても他のところにシワ寄せが行く。そういうことを理解しての確信犯であるならまだいいが、おそらくこの日本人の若者はそういうことも分かっていないのだと思われる。じゃあ、お金を取るシステムをつくればいいじゃないか、と思われるかもしれないが、お金を取るシステムをつくることにも、またそれを維持管理するにもお金がかかるのだ。こういう正直者に依拠するようなシステムをつくった場合、我々は、そのシステムを利用する際には正直者であるべきである。人を見たら泥棒と思え、という前提では本当、社会を運営するのにお金がかかるのだ。
 日本はそういう点では、他国よりは優れているはずであるが、小谷村の公営露天風呂でみた光景は真逆であった。情けない。
 

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雨飾山(日本百名山45座登頂) [都市デザイン]

雨飾山に挑戦する。前日は白馬にあるペンションにて宿泊。素泊まりである。ペンションの部屋は大変お粗末であって、お湯もボイラーを焚かないと出なかった。とはいえ、まあ車内で寝るよりはましかぐらいの気分で宿泊しているので、多くは要求しない。その割には、宿泊代は高かったが。4時にはペンションを出る。白馬のセブンイレブンで、朝食のサンドイッチと珈琲、そして昼ご飯のお握りを2つ、さらには水を2リットルほど買う。
 そこから雨飾山のキャンプ場へと向かう。キャンプ場に着いたのは5時30分ぐらい。駐車場は満車だが、皆、路肩に止めている。路肩も幅広く、路駐に都合のいいスペースもあり、そこに止める。いろいろと準備に手間を取り、登山口を出発したのは6時ちょうど。天気は曇りである。10分ほどは快適な平坦な道を行くが、すぐに登りが始まる。登山道は、ぬかるんだ泥であまり歩いていて楽しくはない。ここの下りはきついだろうな、と思ったが、それは下り時に現実となる。30分ぐらいで3合目。ここらへんのブナ林はなかなか美しく、紅葉時はさぞかし綺麗だろうにと思う。50分ほどでブナ平に着く。ブナ平周辺のブナの木々は、心をこう落ち着かせる効果がある。
 7時15分ぐらいに雨飾山の尾根筋が見える。この登山で初めて展望が開けた。なかなか、いいじゃないか。しかし、ここからは荒菅沢には下らなくてはならない。この登りたいのに下るというのが、個人的には損をした気分になってしょうがない。荒菅沢には7時25分到着。ここまではコースタイムよりちょっと早いぐらい。荒菅沢からは雨飾山は見えないが稜線は見え、また布団菱とよばれる岩峰が屹立しているのが展望できる。これは、なかなかの光景だ。
 荒菅沢からは急登。ヒモと階段が頻繁に出てくる。道もぬかるんでいる泥で、雨だったらまず上り下りは無理じゃないかと思わせる。デジャブ現象だと思ったら、後方羊蹄山の登山道と似ている。どちらも好きじゃないが、こちらの方がさらに急登である。ただ、後方羊蹄山と違って、こちらの方が距離はずっと短い。また、登るにつれて視界は開け、妙高連山が後ろに見える。ただ、樹林帯を抜けると、いきなりロック・クライミングかというような岩場にでる。ストックをリュックにしまい、ここはもう手を使って這い上がるしかない。日本の登山って、本当、技術面ではハードだよなあ、と思う。それだけ国土が急峻で山だらけということなのかもしれない。こういうことを知れたのも百名山にチャレンジしたからだ。
 岩を這い上がるようにして、笹平に到着したのは8時45分。ほぼコースタイム通りである。笹平からは美しい山容の雨飾山を見ることができる。しかし、笹平で雨飾山を確認するとすぐ、霧が山を覆い始める。せっかくの美しい姿も観られないと価値がない。
 笹平からは笹の中を山頂目指して尾根道を歩いて行く。しばらくは平坦な道で両側に展望が開け、快適な気分になる。特に日本海側の展望が雄大で爽快だ。さて、山頂へ行くには最後のきつい登りが控えている。ここも、ほぼロック・クライミングのような感じだ。とはいえ、山頂はまだ霧の中。ここを上がっても何も展望は得られないだろう、ということで、ちょっと広くなっているスペースにてお湯を沸かして食事を取ることにする。ガスバーナーを持ってきたのは久し振りだ。定番のカップヌードルを持ってきたのだが、味噌味だったせいか、全然、美味しくなかった。登山で食べるものはほぼすべて美味しく、特にカップヌードルは格別に美味しいと思っていたので、これは大いに裏切られた気分だ。ただ、ドリップ式の珈琲を飲めたのはよかった。
 登山口からは想像、できないほどここはもう寒く、ウィンドブレーカー、長袖のフリースなどを着込む。手は特に寒く、手袋なしでは作業ができないくらいだ。ここで結局、一時間弱時間を潰す。ようやく霧が晴れつつあるので、最後の岩壁にチャレンジする。結構、人が多く、狭い道をすれ違うのに気を遣う。とはいえ、それほどの困難はなく、無事、10時過ぎに登頂する。残念ながら絶景は楽しめなかったが、それでも多少は周辺の地形などを楽しむことができる。まったく見えないのと、ちょこっとでも見えるのはエライ違いだから、急いで登頂しなかったことは正解だろう。また、山頂にはスペースがあまりないので、そういう意味でも岩壁の前に休憩を取ったのは正解だったかもしれない。
 山頂は結構、寒いのと手袋の下でも手がかじかみ始めたので、早速下山を開始する。笹平に到着したのは10時40分。そして、荒菅沢まで岩をよじ降り、ぬかるみの急斜面をゆっくり歩いていく。荒菅沢に到着したのは11時45分。コースタイムとほぼ同じか、ちょっと遅れているぐらい。
 結構、今回は膝も大丈夫かなと思っていたのだが、そう思った途端、2回ほど泥に足を取られて滑って尻餅を打った。一度は、膝を変に捻ってしまい、大事には至らなかったが、ヒヤッとした。この泥のぬかるみ道、登りも嫌だが、下りは本当に嫌だ。結局、足はまあまあガクガクの状況で登山口まで辿り着く。到着時間は1時30分。これはコースタイムよりも45分も長く、175%も余計にかかっている。下りが苦手であることが今回の登山でも判明し、ちょっとこの点は鍛えなくてはならないなと思わせられた。
 その後、温泉に浸かろうと小谷温泉に行くのだが、あいにく雨飾荘はコロナで外来客の入浴は禁止。これは、どうしようかと思ったら、何と小谷村の村営の露天風呂がすぐそばにあることを発見。この露天風呂、ブナの森の中の大変、気持ちよい温泉で、非常に得した気分。雨飾山の登山の結構、これがハイライトだったりして。また、昼ご飯は、やはり小谷村の山間にある「蛍」という蕎麦屋で食べたが、これもちょっと新鮮な体験であった。雨飾山の登山、泥のぬかるみ道はいただけないが、山容の美しさ、そこからの展望、そして登山後のお風呂と食事は、大きな魅力である。

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<雨飾山キャンプ場前の駐車場>

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<登山道は最初は、こんな感じ>

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<しかし、10分もするともう泥のぬかるみ道の急登が始まる>

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<ブナ平のブナはいい感じ>

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<ブナの森を抜けると荒菅沢の沢に出てくる。こっから下り>

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<荒菅沢>

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<荒菅沢からも急登。そして、このぬかるみの泥道>

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<泥道抜けると今度は岩登り>

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<相当急峻です。ストックは無意味。両手を使って登ろう>

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<笹平から展望する雨飾山>

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<尾根から日本海を展望する>

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<オヤマリンドウ>

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<山頂は曇っているので、その手前で食事。久し振りにお湯を使って調理>

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<ようやく雲が晴れる>

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<山頂>

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タグ:雨飾山
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『未来の年表』 [書評]

産経新聞の記者による日本の人口減少を分析し、かつ処方箋をしたためた新書。分析の部分はまあ読めたが、処方箋はただの思いつき的妄想にしか過ぎない。しかも、その思いつきに大した創造性もなく、読むのが苦痛になったので一度読むのを中断した。新書であるのにだ。それぐらい、無責任でいい加減な処方箋を書いている。特にCCRCとか知の巨人村といった大学絡みの話は、私自身が大学教授であるが、まったく荒唐無稽というか、なんか人の気持ちとか分からない人なんじゃないかな、と思う。さらに、その論の構築もまったく説得力がない。この人、政府の委員とかを務めているみたいだけど、それは逆に政府の知恵の無さを露呈していると思われる。正直、産経新聞のジャーナリストって、こんなもんなのか?と疑問を持たされる。さらに、これは講談社現代新書から出版されているのだが、講談社もこんなレベルが低かったのかと驚く。でも40万部近く売れたから経営的にはいいのかもしれないな。まあ、この程度のジャーナリストが受けるような国には確かに未来はないな。若者にメッセージという巻末の言葉があるが、私が若者だったら、この本を読んだら日本を脱出することを考えますね。若者が日本と心中すると思ったら大間違いである
タグ:未来の年表
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トランプは「群集心理」がコロナウィルスを収束させると発言する [英語関連]

トランプはABC放送のディベート番組に16日に出席した。そこでアナウンサーのコロナウィルスの質問に対して、「群集心理」(Herd Mentality)がコロナウィルスを収束させると発言した。正解は「集団免疫」(Herd Immunity)ですね。ここで、集団に関してはHerd(群れ)という単語を使うことを知る。集団だとGroup, Band, Massなどの言葉が出てくるし、私はこれはGroup Immunityとか言うのかなと思ったら違った。トランプのおかげで、私はユーチューブでアメリカのニュース番組を毎日、チェックしており、貴重な私の時間が随分と無駄になっているが、たまに、こういう英語の語彙が増えるのは、ちょっとプラスかなと思ったりもする。

https://www.theguardian.com/us-news/2020/sep/16/first-thing-trump-says-covid-19-could-be-stopped-by-herd-mentality

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中崎町を訪れる [都市デザイン]

大阪市の梅田そばにある中崎町を初めて訪れる。もう19時を回っていたので、夜の中崎町であるが、近年、若者に注目されているスポットということで興味津々で訪れた。さて、中崎町は大阪の北の中心地である梅田から歩いて10分もしないで着くことができるような距離にあるが、雰囲気は独特である。阪急、東海道本線、大阪環状線という高架の鉄道が三本走っていて、空間的な雰囲気は大久保っぽい。実際、エントレプレナーが多いという点でも共通しているが、大久保が韓国を中心としたアジア勢であるのに対して、中崎町はちょっとお洒落な若者というところが違う。カフェや古着屋、などが古くからある居酒屋や食堂と違和感があるようで、うまく調和しているところが魅力である。
 とはいえ、梅田駅から近いということもあって、専門学校、オフィスビルなどが立地していて、さらには高層マンションも建っていて、そのカオスぐあいはブレードラナーのようである。ブレードランナー的な都市景観といえば、東京だと三軒茶屋が相当いい感じを出しているが、中崎町もなかなか負けていない。
 中崎町は第二次世界大戦で奇跡的に被爆を回避することができたので、モータリゼーション以前の区画が多少、残っている。このメーズというかダンジェン的な都市空間は、ちょっとわくわくさせる。この点は下北沢と同様だが、ほぼ畑だった下北沢と違って、昔から市街地であった中崎町の方が、その点では下北沢に勝っている。とはいえ、中崎町を分断するような幹線道路が通っており、これが中崎町のいい雰囲気を台無しにしているので、総合的には下北沢に軍配が上がるであろう。とはいえ、下北沢も分断される都市計画道路が計画されているので、いつあのアーバンな雰囲気が壊されるかは分からない。
 中崎町の個性ある店舗は、私が訪れた時はその多くが閉店していたが、それでもそのセンスのよい雰囲気のよさは感じられた。ただ、空を見上げると高層マンションやオフィスビルとのギャップが強烈だ。総じて、アスファルトジャングルの裂け目に美しい雑草が咲き乱れているといった感じの町であろうか。

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本当に怖いのはトランプではなくて、米国民の三分の一を占めるトランプ支持者達である [トランプのアメリカ]

トランプ大統領がコロナウィルスの危険性を2月時点で知っていたとジャーナリストのウッドワード氏の取材で述べたことが、アメリカでは大きな話題となっている。トランプは一貫してコロナウィルスは風邪のようなものだ、春になって暖かくなれば奇跡のように消えていく、などと国民に伝えていて、ジャーナリスを含めて多くの識者は「トランプは科学が理解できない馬鹿なのか?」と疑問視していたが、彼はしっかりとコロナウィルスの危険性を1月、2月時点で知っていたことが明るみになったのだ。つまり、彼はそういう点では馬鹿ではなく、知っているのに敢えて嘘をついていたことになる。まあ、その結果が20万人近くの死者数である(おそらく9月20日には20万人を越えているだろう)。ある意味、知らないより遙かに質が悪い。
 ここまでデタラメだと、トランプの再選の目はあるわけないと思うだろうが、いや、あるんだな。全米全体ではトランプはバイデンに10%近くの差をつけられている。しかし、実際の選挙は全国民の投票数ではなく、エレクトラル・カレッジという訳が分からない制度で決まるのだ。これが、ヒラリーが全投票数では200万以上の差をトランプにつけながら選挙で敗れた理由である。
 エレクトラル・カレッジとは州ごとに決まった投票数を、その州の勝者がすべてもらうという制度で、例えば前選挙ではウィスコンシン州は0.7パーセントでトランプが勝ったが、ウィスコンシン州の10の票はすべてトランプがかっさらった。
 ということで青い州と赤い州に大きく二分されているアメリカでは、少数の紫の州によって大統領を決めることになる。フロリダ州やウィスコンシン州、ペンシルベニア州、アリゾナ州、ノースカロライナ州などだ。
 したがって、このようなデタラメだらけの嘘つき野郎のトランプでも、これらの紫の州の人達が支持をすると再選されてしまう。そして、この後に及んでも、まだトランプをこれらの紫の州の人達は支持をしているのだ。これは、ある意味、トランプが大統領であることよりも怖い事態である。だいたい、全米国民の3分の1を占めているこれらの人達は、嘘を悪いとは思わないので、まともな交渉をすることはできない。さらには気に入らないことがあると、すぐ銃をぶっ放すので、そもそも交渉もしない方がよい。また、人種差別思想の持ち主なので、我々日本人もいきなり差別されるので、もう本当、交渉とかを考えること自体が危ない。被差別者はいきなり銃で撃たれたりするからな。大袈裟だと思う人は『イージー・ライダー』とか『To Kill a Mocking Bird』とかを観るといいと思います。
 つまり、トランプはここらへんのアメリカの醜悪さをものの見事に露出することに成功した。これは、日本だけでなくヨーロッパでも多くの人のアメリカに対する嫌悪感を高めたと思う。私も、ちょっとトランプだけでなくトランプ支持者に対してのとてつもない嫌悪感を抱いてしまっている。
 次の選挙で、どうにかまた舵を戻すことができるのか。アメリカ人の識者の多くが指摘しているが、アメリカ史上、最も重要な選挙があと二ヶ月もしないで起きる。


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上高地は日本のヨセミテ・ヴァレーだ [地球探訪記]

上高地を訪れる。上高地はなんか行ったことがあるような気がしているが、さて、じゃあいつ行ったのかというと記憶が朧気だ。もしかしたら、物心がついてからは行ったことがないかもしれない。私の名前は「けいろう」という極めてけったいな名前であるが、これは、私がまだ胎内にいるころ、医者が私は男子ではなくて女子であると言ったために、両親は女の子の名前ばかりを考えていたからである。そして、考えた名前が、この上高地を流れる梓川からとった「あずさ」であった。そしたら蓋を開けたら、男子だったので、もう適当に両親の名前の一字をとってつけたのが、私の名前の由来である。
 ということで、極めて私的な話で恐縮ではあるが、私は勝手に梓川に親しみを持っていた。そして、上高地も脳内で勝手にイメージがつくられていたのである。これは、もしかしたら上高地のガイドブックなどを見てつくりだされたものかもしれない。ということを、今回、上高地に来て気づいた。というのも、帝国ホテルなどが、自分が描いたものとギャップがあるからだ。そして、上高地から見上げる穂高連峰の景観も私の記憶(と思っていたもの)とは違う。もしかしたら、上高地を訪れたのは実は私は初めてなのかもしれない。
 上高地を来て真っ先に思ったのは、ここは日本のヨセミテ・ヴァレーだな、ということである。梓川はメーセド川で、谷を急峻な山々で囲まれているという構図はまさにヨセミテ・ヴァレーを彷彿させる。ヨセミテは、ヨセミテ・フォールズを初めとして豪快ないくつもの滝が谷を彩っているが、上高地はそういうところはない。ただ、屹立する穂高連峰や焼岳などの豪壮な姿は、ヨセミテ・ヴァレーとはまた違った魅力を放っている。驚くほど素晴らしいところである。
 さて、しかし、またまた個人的な話であるが、ヨセミテ・ヴァレーには私はおそらく通算で15回ぐらいは行っている。それに比して、上高地はもしかしたら初めてか、物心がつく前に親に連れられてきたことがあるぐらいである。ロスアンジェルスとサンフランシスコに住んでいたことがあるので、ちょっと旅行に行くか、という時に筆頭で上がるのはヨセミテ・ヴァレーだ。しかし、東京じゃあ、ちょっと上高地に行くか、というようにはならないような気がする。ううむ、勿体ないことをしていたな。こんなに東京に長く生活していたのに何をしていたのだ、と反省すると同時に、まあ、それでも訪れてよかったなと改めて思ったりもする。
 日本の自然がつくりだす、ある意味、驚嘆すべき景観美は全国にあるが、この上高地はその筆頭なのではないだろうか。という、多くの日本人がおそらく常識と知っているようなことを実感した。
 先月、北海道に行き、同宿した北海道の地元の人に「本州の人達は、北海道の自然が豊かなことに感動する」と言われた。確かに大雪山や知床、利尻岳の自然は素晴らしいし、豊かではあるが、その豪壮さという点では、とても北アルプスには及ばないな、ということを思わされた。。

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<梓川と穂高連峰>

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<上高地帝国ホテル。なんか私の脳内記憶とはズレがあった>
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焼岳(日本百名山44座登頂) [日本百名山]

焼岳に挑戦する。前日の夜11時頃に塩尻市内のビジネスホテルに到着する。天気予報では松本市内の降水確率は40%ぐらいだったので、これは無理だろうと半ば諦めていたのだが、登山天気アプリをみると、上高地の降水確率は6時から12時までゼロ、12時から18時までの間では降水量1mmの雨が降るという予想であった。これは5時の始発の沢渡から上高地に行くバスに乗れれば、雨が降り始めた時にはあわよくば登山口に戻れるかもしれないし、そうでなくても登山口そばには戻っているだろうと考え、朝3時40分にアラームをセットして眠る。
 はずだったのだが、車を運転している時に珈琲を飲み過ぎたのか、目が覚めて一睡もしないで3時30分になってしまった。どうするか、と行くことを躊躇したが、こういう時に諦めたら100名山登頂は絶対無理だと思い、ホテルを発つ。沢渡に着く前にセブンイレブンで朝食のサンドイッチとお握りを購入する。最近のワンパターンである。
 沢渡への道は意外と遠く、4時50分頃に到着する。まだ周囲は暗い。急いで準備をする訳にもいかず、靴を履いたり、タイツを履いたりしていたら始発のバスは出発してしまった。その次は6時であった。土曜日であったので、結構、多くの客がいるのかと思ったが空いていた。帝国ホテル前にて降りる。6時30分ぐらいである。朝焼けに映える上高地を囲む山々のシルエットが息を呑むほど美しい。これは日本のヨセミテだ。
さて、そこから田代橋の方に行くと、穂高登山口に出る。穂高はまだまだハードルが高いので、ここは左に曲がって焼岳へ。ちなみに、焼岳を私はずっと「やきだけ」と読んでいたのだが「やけだけ」なのですね。
 砂利道をしばらく歩き。左側に大正池の地獄的な景観が広がる。なかなか、迫力がある。15分ぐらい歩くと焼岳の登山口に出る。ここからは砂利道を外れ、本格的な登山道となる。最初の30分ぐらいは樺の美しい森の中を快適に歩いて行く。しかし、だんだんと傾斜がきつくなり、7時30分ぐらいには森に入って初めて焼岳がその姿を森の木々の中から現す。なんか神々しいのと、同時に、あんな高いところまで登れるのだろうかと不安になる。なんせ、睡眠不足なので体力の消耗が気になるのだ。
 また、周りにまったく人気がない。というか、百名山の単独行でこんなに一人になったことは初めてである。そしたら、妙に尿の臭いが強い箇所を通り過ぎた。人間にしてはちょっと臭いが濃すぎる。一昨日にも熊が出没したというニュースがあったので、流石に不安になって、iPhoneで音楽を流しながら歩いて行くこととした。さらに30分ぐらい歩いて行くと、森から抜け、谷が展望できるところに出る。ここらへんからは梯子も出始め、なかなか技術と度胸が必要となってくる。8時45分には、登山コース最後の梯子に到着するが、ここは二つの梯子が括り合わされて長い一つの梯子になっているのだが、その梯子の繋ぎのところを登っていくのはなかなか緊張する。これは二つの梯子の傾きがズレているからだ。流石にここを通る時は眠気も覚めた。ただ、嬉しいのは梯子を越えると、目に見えて高度を得たことが分かることだ。また、この梯子を越えると、谷向こうに焼岳の北岳の素晴らしい展望が得られる。天気も最高に近く、午後の降水予報を敢えて無視してきたことは正しい判断であったと確信する。
 ただ、ここらへんからか、寝不足もあって高山病のような症状が出始める。これは、通常、これだけ登山で体力を消耗すると空腹を覚えるのだが、その空腹感がまったく出てこないのである。これ以上、高山病を悪化しては不味いと意識し、ゆっくりとゆっくりと登っていくことにする。ここらへんになると、私を追い抜いていく人も出始め、この山に自分一人ではないという、ある意味当たり前のことを実感して少し、安堵を覚える。
 焼岳小屋に到着したのは9時15分。コースタイムとほぼ変わらない。途中からゆっくりペースにしたわりには悪くない。ただ、ここでは流石にちょっとでも目を閉じた方がいいと考え、ベンチに座り10分ぐらい仮眠する。
 コースタイムをみると焼岳小屋から頂上まで1時間10分であった。まあ、これまでゆっくりペースでもコースタイムだったので、10時30分にはつけるだろうと思ったのだが、これは大間違いであった。焼岳の山頂を目前にしてからが遠い、遠い。ガレ場の急坂で滑りやすいというのもあるが、なかなか高さを稼げない。ところどころから噴煙がまだ出ており、風向きによっては強烈な硫黄臭に襲われる。周囲を見渡せば笠ヶ岳、穂高連山が見えて、本当、素晴らしい景観の中にいて、気は高揚するのだが、山頂は近いようで遠い。結局、山頂に到達したのは11時。コースタイムのよりも1.5倍もかかった。
 山頂からは南にある乗鞍岳も展望でき、本当、今日は素晴らしい登山日であったことを実感する。焼岳からはまさに360度の絶景を楽しむことができる。神々が遊ぶ谷、というヨセミテのキャッチフレーズを思い出す。槍ヶ岳も見ることができる。いつか、これらの山に登頂しなくては、とちょっと気持ちも高揚する。
 山頂は飽きないが、午後の雨が来る前に急いで下山しないと、と考え11時20分には出発する。下りは結構、ペースをあげたのだが、焼岳小屋に着いたのは、やはりコースタイムより1.5以上倍かかった13時到着であった。ちょっとだけここでも目をつぶり、下山を開始する。これまで晴天の中にいた焼岳に雲がかかっている。ちょっと不吉な前兆だなと思ったのだが、最初の梯子を下りた時ぐらいから雨が降り始め、3つ目ぐらいの梯子を下りた時には土砂降りになった。これはもうしょうがないとカメラをリュックに入れて、雨仕様に着替え、下山を続ける。このとき、山を登っているグループと出会ったのだが、彼らは焼岳小屋に宿泊する予定なのだろうか。あの梯子を濡れた中、のぼるのは嫌だろうなと同情する。
 それからは雨の中、ゆっくりと歩く。途中、猿の大群と出会い、相当緊張したが、無事に通り過ぎることができた。ただ、猿の群れと歩いている時はペースが相当、落ちてしまった。
 雨の中、歩いていたこともあり、随分と体温も上がり、膝も痛くなったりして、さらには寝不足であったこともあり、なかなかしんどい下山となった。最初は15時台のバスに乗れるのではないかと思ったのだが、思ったよりずっと時間がかかり、結局、這々の体で登山口に戻ってきたのが15時10分。
 最終バスの16時には余裕の15時40分にはバスターミナルには着いたのだが、それでも下山に4時間20分もかかってしまった。登りに4時間30分かかったことを考えると、下山は相当、ペースが落ちてしまったのかもしれない。休憩を入れたら9時間以上の登山になってしまい、もう相当、疲労困憊の登山にはなってしまったが、山頂までは本当に素晴らしい天気に恵まれ、そういう意味では充実した登山ではあった。
 
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<西穂高登山口。私は左の焼岳登山口へ>

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<幻想的な朝靄の樺の森の中を歩いて行く>

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<森の中から焼岳がその姿を現す。挑発されているような気分>

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<谷の向こう側の焼岳の勇姿。天気がよく見事な山容に感動する>

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<梯子は結構、厳しい。緊張して登っていく>

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<焼岳小屋にはトイレや飲み物等を販売するキオスクがある>

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<焼岳の山頂はすぐ登れそうで結構、遠い>

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<ところどころに出ている噴煙から、ここがまだ活火山であることに気づかされる>

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<あと少し、あと少しと思っても山頂にはなかなかたどり着けない。コースタイムは短すぎると思う>

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<山頂直前にも二つの噴火口があり、風向きによっては相当、硫黄臭がきつい>

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<山頂にようやく到着。コースタイムを大幅にオーバー>

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<お釜はなかなか神秘的>

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<笠ヶ岳のまるで壁のような山容>

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<上高地が箱庭のように見える>

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<乗鞍岳も展望することができた>

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<1時過ぎには急に雲行きが怪しくなり、1時30分から雨が降り始める>
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上高地にて猿の大群と出会う [地球探訪記]

焼岳に登り、その下山中、雨に降られる。森の中に入っていたので直接は雨が当たらなかったが、雨だと匂いを消すし、音もそれほど届かなくなるので下手したら熊に遭うかもしれないな、とちょっと不安になる。と思った矢先に、森の中にはホー・ホーという綺麗な鳴き声が樺の森の中にこだましている。これは、てっきり鳥が鳴いているのか。と思った。雨の中でも鳥は鳴くものなんだと思っていたら、何か強烈に監視されている気がして、そちらの方に目を向けると、結構、大きな猿が木から私の方をじっと凝視していた。
鳥の鳴き声と思ったのは猿の鳴き声だったのだ。そして、猿は私という侵入者がいることを仲間達に知らせるために雨の中だが鳴いていたのだった。私は猿にはトラウマしかない。高校一年生の時、小豆島を一人で旅していて森の中を歩いていたら、猿に囲まれて、猿に観光ガイドを取られたことがある。大人になった後もバリ島で、猿に襲われ、眼鏡を取られそうになったことがある。眼鏡を取られたら、自動車に乗れなくなる。これだけは避けなくてはならない、と緊張する。緊張はしても、この森は通り抜けなくてはならない。バスの最終は16時なのだ。時間的には余裕はあるが、それでもまだ2時間弱は歩かなくてはならないだろう。
とはいえ、猿も私に対して警戒心を持っているだろうから、そうそう何もすることはないだろうな、と思った矢先、私の横を一匹の猿がとんとんとんと、すり抜けていった。少しは警戒心を持てよ!というか、猫並みの人に対しての無防備さであろう。飼い犬だって、そんなことはしない。唖然として、私の横を通り抜けていった猿を目で追っていると、猿は私から8メートルぐらい行ったところで止まって振り返り、私の方をじっと見る。私を威嚇するようなことはしないし、声も出さなかった。私も歩を止め、これから何が起きるのか、どきどきしながら猿を見つめる。
ここで私は何をするべきか。威嚇をするべきなのか、どうするべきか。そこで、私は「猿でもコミュニケーションが大切だろう」と思い、猿に話しかけることにした。
「ちょっと、横を歩かなくてはいけないんだけどどいてくれないかな」。猿は相変わらず、私の方を凝視している。
「俺の言ってることが分かるだろう。通してくれよ」
すると、猿は前を見ろ、というようなジェスチャーをする。そこで前方をみると、多くの猿の群れが、私が語っている猿の先の登山道を横切っていくのであった。中には乳飲み子を抱えた母親猿もいる。私は何となく合点がいって、彼らが通り過ぎていくのを待っていた。写真に撮りたかったが、ここで一眼レフを取り出すと、彼らの警戒心を高めるかと思って、ぐっと我慢をした。この猿の群れが通り過ぎた後、見張り役の猿も登山道から離れて森の中に入っていた。
私はそれを見て、また下山をし始めた。しばらくすると、また私の前にさっきとは違うが猿がやってきてじっとこちらを見つめた。私は、さっきのように「通りたいんだけど」と止まりながら話すと、今度は後ろを見ろ、というようなジェスチャーをする。後ろをみると、さっきの群れから遅れたのか、母親猿と乳飲み子が登山道を横切っていった。私はそれをさっきとは違うような優しい気持ちで見送った。母猿と子猿が森に入っていくのを追いかけるように監視猿も森の中に入っていた。
猿に出会った時、対立をせず対話をしようと思ったことが功を奏して、事なきを得た。このとき、チワワのようにきゃんきゃん泣き叫ぶような行動に出たら、もしかしたら猿の攻撃を食らったかもしれない。異文化コミュニケーションという言葉があるが、動物とでもコミュニケーションは大切なことを知る。というか、ある意味で、人間とよりも上手くコミュニケーションができた気もする。結構、コミュニケーションができないような人間もいるからな。このように冷静に行動できた背景には、年を重ねたということもあるが、数年前にアフリカで野生のゴリラに遭遇した経験が大きく活きているかと思う(下記のブログ参照)。
https://urban-diary.blog.ss-blog.jp/2014-08-15
このときに、ゴリラの精神性の素晴らしさを知った。野生動物が常に攻撃的であるわけではなく、むしろ仙人のような澄んだ心の持ち主だということを知ることができたので、今回の猿との遭遇でも、相手を威嚇するというよりかは、むしろ自分の立場を理解してくれという態度に出ることができた。そして、相手の置かれた状況を理解しようとしたことが、結果的に事なきを得たのではないかと思っている。
ちょっと時間は取られたが、無事に下山でき、最終バスにも乗ることができた。

タグ: 焼岳
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トランプは、戦争は嫌いだ(おそらく) [トランプのアメリカ]

トランプはとんでもない詐欺師であり、大の嘘つきであり、大統領として再選をしたらとんでもない暴政を敷くと思われる。ただ、トランプはおそらく軍隊、そして本音で戦争は嫌いだと考えている節がある。したがって、今回の軍隊への批判や罵詈雑言(戦死した米兵を「負け犬」や「まぬけ」と呼び、なぜ国のために命を落とすのか意味が分からないなどとの発言)は、彼の本音であると思われる。
 トランプは仮病を使って、軍隊に入るのを免れた。これは、まさに愛国主義に反した行為であり、彼がそもそも「アメリカ・ファースト」とかいう資格もない反愛国主義者であることは明らかである。少なくとも、自分の命や人生の貴重な時間を犠牲にしてまで、国のために奉仕しようというような考えはない。これは、おそらく彼の拝金主義のプラクティカルな信条が、戦争という行為をまったく理解できないからであろう。それは、彼が傑出した個人主義の考えの持ち主であるからでもある。
 ただ、この戦争は愚かだ、という彼の考えは個人的にはそんなに悪い資質ではないと思う。ジョン・ボルトンのような好戦的な人物より遙かにまともであり、もう欠点だらけのトランプの唯一の美徳であると思ったりもする。とはいえ、もちろん、彼の個人主義は他人の死や苦痛に対して何も感じないので、自分の利害によって平気で戦争をするとは思われるし、彼の元弁護士であるマイケル・コーエンが最近、MSNBCの取材で述べていたように、「選挙で勝つためならトランプは平気で戦争もする」だろうが、根元的には戦争や軍隊に対しての嫌悪感を持っているように思われるのだ。
 まあ、機を見るに敏なトランプなので、戦争が自分に利すると思ったら、すぐやるような気もするので、このようなブログを書いていることを2ヶ月後に後悔するかもしれないが、軍への批判にはトランプの相当、本音が滲み出ていると思われる。

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トランプが郵便投票を嫌がる本当の理由 [トランプのアメリカ]

トランプが郵便投票について、その正当性についていちゃもんをつけている。これに関しては、日本の新聞とかもはっきりとその背景を説明していないと思うので、なぜトランプが郵便投票を「歴史上最も不正確で不正にまみれた選挙」と主張しているのか、その理由を解説したいと思う。
 まず、郵便投票において不正が働いたという証拠はない。不正確という点では、100%ではないようだが、統計的に選挙結果に影響を与えたようなことはない。というか、そもそもトランプ自身が郵便投票を行っている。自分がやっておいて何で文句を言うのか、とも思うが、そこはトランプ。いちゃもんをつけるには、それなりの理由がある。
 エマーソンカレッジが2020年7月30日に行ったアンケート調査では、選挙日に投票会場で行く人達のうち65%がトランプ、32%がバイデンに投票すると回答している。一方、郵便投票では20%がトランプ、76%がバイデンに投票すると回答している。
 このアンケート結果から推察されることは、実際の選挙では投票会場での集計の方が早く結果が分かるので、最初はトランプが優勢であるという報道がなされる。しかし、郵便投票が開票されていくとバイデンが追い上げ、現在、全米規模ではバイデンの方がトランプより支持率が10%高いので、最終的にはバイデンが勝利することになるであろう。
 今、まさに民主党の人達や心あるアメリカ人が恐れているのは、トランプは投票日の早い時点で「勝利宣言」をして、郵便投票の結果を無効にしようとするのではないか、ということである。そして、そのための布石をトランプはもう打っているのだ。トランプは選挙結果が不正である、と主張し、大統領に居座ることを人々は恐れている。
 大統領レベルの選挙で、ここまで堂々と不正を働こうと考え、そのことを隠そうともしないトランプはニクソンよりある意味、大物でもあるが、ここまで明々白々にやられると、さすがにアメリカでは内乱が起きるであろう。なんかアフリカの国のようだが、既に、その兆候はポートランドやのケノーシャでみられていることや、過半数が反トランプである状況を鑑みると、そのような事態はむしろ不可避であるだろう。その結果、アメリカは分断し、各地でトランプ派と反トランプ派とが対立することになる。この場合、日本と違って、多くの国民は銃を所有しているので、相当数の人が殺されるであろう。なんか、恐ろしいことがあと二ヶ月で起きそうな気がする。このように考えると、本当、トランプはアメリカを壊すために出現したとしか思われない。
 納税関連の情報をひたすら隠し続けているのも、ロシアとの繋がりが露見してしまうからだとの指摘もある。今回もロシアはSNS等を使って、大統領選に既に随分と干渉し始めていることがほぼ明らかになっていることを考えると、やはりトランプはロシアの手先なのだろうか。
 アメリカの民主主義や三権分立といった、国の骨格となる制度の破壊に邁進するトランプの姿をみるにつけ、アメリカ人の多く(3割ぐらい)の知性の無さに呆れると同時に、ロシアのあまりの戦略的知能の高さに恐れおののく。今の日本の政治家じゃあ、とてもじゃないけど太刀打ちできないだろう。そして、相も変わらず、トランプの真の恐ろしさを分からず、とりあえずアメリカについていけばいいだろう、アメリカの機嫌を取っていればいいだろう、というボケた日本人にも憂慮する。アメリカが内部崩壊したら、日本もその影響から免れることはないであろう。私はもういい年だからいいが、若い人達は日本を捨てた方がよくなるような時が近いうち、来るかもしれない。

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カンサス『The Absence of Presence』 [ロック音楽]

アメリカのプログレッシブ・ロック・バンド、カンサスの16枚目のアルバム。2020年6月に発売の予定がコロナ等で物流システムの遅延があり、7月に販売される。スティーブ・ウォルシュとケヴィン・リヴグレンというカンサス黄金時代を築いた二人とも不在のラインナップになってからの二枚目のアルバムである。三代目のボーカリストであるロニー・プラット、ギタリストのザック・リズビが新たにラインナップに入って前作に続く二枚目のアルバムでもある。そして、キーボーディストとして新たにメンバーに入ったトム・ブリスリンの最初のアルバムである。
 まず、単刀直入に感想を言うと、驚くほど優れたアルバムである。9曲のうち、ザック・リズビとブリスリンが作曲しているが、特にブリスリンの「Memories Down the Line」、「The Song the River Sang」はカンサスの遺伝子を継承しつつも、新鮮な魅力を放っている。そして、リズビは表題曲や「Circus of Illusion」、「Throwing Mountains」で、これも死に体であったカンサスに強烈なカンフル剤を打ったかのようなバンドの潜在力を大きく放出させるような楽曲を供している。
 オリジナル・メンバーでずっとカンサスを継続させてきたリッチ・ウィリアムスは70歳、実質的リーダーでもあるフィル・イーハートも70歳である。70歳でこれだけの、若い生命力のある音楽を紡ぎ出しているという事実は驚きである。前作でまさに不死鳥のように甦ったカンサスであるが、このアルバムではフロックではなく、もっと根元的に彼らの底力の凄みを思い知らされる。なんか高校時代にPoint of No Returnで彼らを知ったものとしては、こう目頭が熱くなってくる。


Absence of Presence -Ltd-

Absence of Presence -Ltd-

  • アーティスト: Kansas
  • 出版社/メーカー: Inside Out
  • 発売日: 2020/07/17
  • メディア: CD



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パンデミック・マップ [書評]

「感染症地図(The Atlas of Disease)」の日本語訳本。原書は2018年に出されているが、まさにコロナ禍においてはうってつけの本である。訳本は2020年3月に出版されている。なかなか商機を伺うのに敏である。さすが、日経新聞系の出版社だ。そんなことはともかく、この本は相当興味深く、感染症に関心のある人は手に取るといいかと思う。感染症をその媒介のパターンから「空気感染症」、「水系感染症」、「動物由来感染症」、「人から人への感染症」の4つに分類し、それらがどのように世界中に広まっていったのかを地図によって示している。地図はカラーであり、紙質も重くしっかりとしていて、ハードカバーであるのに2600円というリーズナブルな値段はお買い得感もある。著者は非常にこの分野に関して造詣が深く、医学とか病気にまったく素人の私はいろいろと勉強になった。


ビジュアル パンデミック・マップ 伝染病の起源・拡大・根絶の歴史

ビジュアル パンデミック・マップ 伝染病の起源・拡大・根絶の歴史

  • 出版社/メーカー: 日経ナショナルジオグラフィック社
  • 発売日: 2020/02/14
  • メディア: 単行本



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JR東日本の終電時刻の繰り上げは、コロナウィルスが及ぼしたテンポラリーな社会変化を硬直的させることに繋がる [サステイナブルな問題]

一時期の勢いはなくなったが、現在でもコロナウィルスは9月4日時点で新たな感染者数は669人、東京都でも136人で、まだまだ予断を許さない状況にある。さて、そのような中、JR東日本が終電時刻を来年のダイヤ改正で繰り上げることを決定した。
 コロナウィルスによって、人々は夜の街に出かけることが少なくなった。これは、コロナウィスルの感染拡大を抑えるためであり、政府が営業時間の時短などを要請したからである。あくまで緊急対応的なテンポラリーな対応である。ただし、その結果、一時的ではあるが夜の時間帯における活動が抑制され、飲食店などは随分と経営的にも厳しい状況を余儀なくされている。当然、交通需要も減ったであろう。
 さて、しかし、これらは繰り返すが一時的な現象ではある。いや、結構、長引く可能性もあるが、今年中にワクチンが開発されるという報道もある中、また、コロナウィルス系のSARSやMERSなどの事例を考えても、それほど長期間にわたって、コロナウィルスの影響下で生活をすることはないだろう。それは、日本においても、東京都においても感染者数が下がっているトレンドから容易に推察できる(多少の増減はあっても、長期的にはその影響は減少するであろう)。つまり、夕方から夜間にかけての経済活動も、現在をどうにかやり過ごせば、以前のような状態には戻れると思われる。もちろん、その間に店を畳むことを強いられる店舗等も少なくないだろうが、逆にいえば生き残ることができれば、将来的には大丈夫であろう。
 ただし、そのような都市活動を維持するインフラが変更してしまったら、その前提条件は大きく覆されてしまう。報道だと、JR東日本は主に東京100km圏の各路線において終電を30分繰り上げるそうだ。これによって、多くの客が終電に間に合うように30分ほど早くお店を出ることになるだろう。これは、30分間営業時間を短くするようなのと似たような効果が考えられ、お店の営業に大きな影響を与えるのではないかと推察される。お客だけではない。多くのお店では従業員を終電で帰させるように勤務シフトを考えているので、実質的にはこの終電時間の繰り上げは営業面で大きなマイナスの影響を与えることになるであろう。
 30分ぐらい大したことがない、と思うのはお店の事情を知らないからであろう。最近、東京都が夜10時までの営業を依頼したが、少なくない店が無視をした。これは、もうそうしないと経営がたち行かなくなるからだ。この多くの客を30分早く帰宅させる今回のJR東日本の決断は、都市経済活動を維持している最も根元的なインフラを自分達が支えているという自覚に欠けていることを浮き彫りにさせている。いや、民間企業だから知ったことがない、といってしまえばその通りなのだが、鉄道路線は民間企業が経営していても「公共」交通である。そして、その「公共」が福祉だけではなく、経済をも含んでいる場合、それを担うものは重大なる責任が伴う、ということはしっかりと認識してもらわないと不味いなと思う。
 個人的には、サラリーマンを辞めた後は、東京にいる時はほとんど下北沢でしか飲まないし、京都で働いている時も、家に歩いて帰れるような店でしか飲まないので、JR東日本が何をしようが構わないのだが、このような動きを社会がし始めると、暫定的なコロナウィルスのマイナスの影響が、硬直化し、パーマネントになってしまう。コロナウィルスは天災かもしれないが、JR東日本のような動きが見られ始めるとそれは人災になる。
 ということを、あまり誰も指摘しないので、代わりに私が指摘させてもらう。

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トランプの安倍首相は「日本の歴史上最も偉大な首相だ」発言が示唆すること [トランプのアメリカ]

トランプは安倍首相に、「日本の歴史上最も偉大な首相だ」と伝えたそうだ。朝日新聞などが報じている(https://digital.asahi.com/articles/ASN803TR9N80UTFK00F.html)。しかし、これはほとんど無意味な発言である。いや、いやしくも米国大統領の言葉だから重みをもつだろうと思いたいが、トランプ大統領自らが米国大統領という立場を地に堕としたから、やはり有り難くないし無意味だ。そもそも、トランプ大統領に、安倍首相以外に日本の首相の誰を知っているのか、是非とも記者団には機会があれば取材をしてもらいたい。私は、現在副首相である麻生さんの名前もおそらく知らないと思う。というか、知っているか知らないかであれば、知らない方に賭ける。だから、トランプの発言は正確に解釈すると、私は安倍晋三以外に日本の首相を知らないが、知っている中では「最も偉大」である、ということだ。他の首相どころか、日本人で彼が知っている人は10人にも満たないであろう。
 また、仮に知っていたとしても、やはり無意味である。なぜなら、トランプは自分自身のことを「アメリカの歴史史上、最も偉大な大統領」だと言い放っているからだ。そしてリンカーンの次にアフリカ系アメリカ人のために貢献した大統領だとも言っている。まあ、どういう神経をしていたらこういう発言ができるのかが分からないが、おそらく「神経」がないんだろうな。
 とはいえ、そういうトランプを未だに支持しているアメリカ人も多くいるので、まあ嘘も多くの人が信用すれば、それは社会的な「真実」になるのかもしれない。とはいえ、流石に安部さんが日本の歴史上最も偉大な首相だ、と思う人はいないだろうな。あれだけ政治を私物化して、まった有限無実行の権化のような人だったから。そういう点では、トランプと安部は相当、似ている点が多い。むしろ、トランプに褒められるということ自体、日本人はろくでもない政治家を擁していたということで、反省すべきことなのではないだろうか。

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ウィスコンシン州のケノーシャ市で、プロテストのデモの人達に発砲し、二名殺害し、一人を重傷にした犯人は州外からライフルをもってやってきた17歳青年 [トランプのアメリカ]

8月25日の夜、ウィスコンシン州のケノーシャでの、警官による黒人男性の背中への発砲事件に対するプロテストのデモの現場に、とことこライフルを持って現れたのが17歳のカイル・リッテンハウスである。彼の実家は、ウィスコンシン州ではなく、隣のイリノイ州であり、どうも親の車に乗っけてもらって、ケノーシャまでやってきたらしい。
 彼は熱烈なトランプ支持者のようで、トランプが最近、やたらに批判しているプロテストのデモについて、自分もこのデモから街を守ろうと考えて、ライフルを持ってとことことケノーシャまで来たのである。
ABCの番組が、この状況をルポルタージュしている。 
https://www.youtube.com/watch?v=Q5AvEmFPq1g
 17歳のあどけない表情の男性が、彼の身体に合わず大きなライフルをぶらぶらさせながら逃げている姿をみて、アメリカという国に対して絶望的な気持ちにさせられる。
 まず、そもそも自分の州でもない場所に、なんでわざわざ17歳の男性がライフルをもって行かなくてはいけないと考えるのであろうか。そもそも、戦争でもないのに、なんでライフルを持っていく必要があるのか。これは、潜在的に人を撃ちたいという気持ちがなければそういう行動に出ないと思われるのだ。
 そして、それを母親が車でケノーシャまで送っていくというのは、一体全体どういうことなのか。合衆国憲法修正条項第二条は、ろくでもないなと思っているが、それは基本、セルフ・ディフェンスに使われるべきもので、隣の州まで行って行使するようなものではない。ケノーシャにとっては、この犯人こそがよそ者なのである。
 こういう若者、そしてこの母親のような人達がトランプ支持の母体である。合衆国憲法修正条項第二条を盾に銃の保持を主張し、自分達とは違う「黒人の命を尊べ」というプロテストの人達に敵意をむき出しにする。
 恐ろしいことに、トランプは自分達の支持層が、そのような人だということをしっかりと理解しているのか、犯人の行動は「自主防衛」じゃないかと言っている。
 いやはや、こういう考えの人達と同盟を結んでいる日本って大丈夫なのだろうか。まだ日本人はトランプの恐ろしさをしっかりと理解していないような気がしてならないので、ちょっとこの事件について、乱文を書かせてもらった。

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カンサスのボーカリスト、スティーブ・ウォルシュのステージ衣装についての違和感 [ロック音楽]

カンサスというアメリカのプログレッシブ・ロックバンドが存在する。スティーブ・ウォルシュは、1970年代に「伝承」、「暗黒への曳航」などの大ヒット・アルバムを出したカンサス黄金時代のボーカリストである。というか、一時期脱退するも、ほとんどデビュー時から2014年までカンサスのボーカリストを張っていた、ある意味、カンサスの顔のような存在である。
 カンサスの音楽性はすこぶる高く、バンドとしてのアンサンブルも際だっており、変拍子が多い曲の演奏を見事にこなしている。楽器演奏も複数できるメンバーもいて、バイオリンも入ったりしていて、それは他の追随を許さないようなレベルの高さであるかなと思ったりもする。
 さて、しかし、イギリスのプログレッシブ・ロックバンドに比べると、どうにもカリスマ性というか、オーセンティックさに欠けている。失礼ながら、なんか超一流という感じに思えなかったのである。寿司屋でいうと、銀座とか築地の高級店ではなく、池袋とか三軒茶屋とかにある美味しいけど、そんなに高いお金は払いたくないな、という感じの庶民的なお店のようなイメージである。
 これは高校時代にカンサスを同時代に聞いていた時に抱いていた印象だったのだが、久し振りに1970年代頃の映像を見て、その理由がよく分かった。それは、スティーブ・ウォルシュのファッション・センスがあまりにもださいからである。アディダスのスポーツ・シャツに半パンって、ジョッギングするあんちゃんのような格好でライブで歌っているのである。というか、駒沢公園で普通のおっさんが、この格好でジョギングしていても、ちょっとダサい感じがする。歌声は素晴らしい。いや、スティーブ・ウォルシュはボーカリストとしても傑出した才能を感じる。演奏も素晴らしい。そして、楽曲も素晴らしい。ただ、どんなに素晴らしい曲でも、歌声でも、演奏でも、このジョッギングするような格好で歌われると、有り難みが吹っ飛んでしまう。
 そういう意味では、イエスとかはよく分かっている。あの意味のないようなヒラヒラの服装は、なんかこう曲の有り難みを増すような気がする。
 まあ、スティーブ・ウォルシュと似たようなプログレ系のボーカリストを探すと、フィル・コリンズになるかな。フィル・コリンズもそういう意味では格好が悪いのだが、ガブリエルがいなくなったあとのメンバーは全員が地味なのでファッションとかあまり気にならない。一方で、カンサスはメンバーのファッション・センスがあまりにも統一されていない。例えばOn the Other Sideの動画でみても分かるように、リッチ・ウィリアムスとかは70年代とかはタキシードみたいなものを着ていたし、ケリー・リブグレンとかは黒い浴衣のようなステージ衣装だった。その中でジョッギング・スタイルのボーカリスト・・・いや、有り難みが減る。
 カンサスというのは日本でいえば「茨城」、「福井」みたいな感じで政治的にも保守的で、田舎というイメージである。まあ、そういう名前を堂々とバンド名にして、しかも、めちゃくちゃ上手い、というギャップが強烈なインパクトを聴く者に与えるところが個性といえば個性だが、しかし、見た目をダサくしなくても・・・。ううむ、やはりバンドは見た目が重要なのかなと思わせる。いや、ルックスというのではなく、ステージでのこうトータルな見栄えが重要なのだな、ということを久し振りにカンサスの昔のライブ動画をみて気づいた次第である。

https://www.youtube.com/watch?v=bfSVRJg8BUk

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『ペスト大流行』村上陽一郎 [書評]

科学史の大家、村上陽一郎が1983年に出した『ペスト大流行』。これまでヨーロッパでは三回大きなペストの流行をみているが、この本は14世紀のペスト大流行に焦点を当て、その被害の実態、さらにはそれが当時のヨーロッパの社会経済に及ぼした影響についてコンパクトに論じている。著者の造詣の深さには驚くべきものがあり、現在のコロナウィルスがこれからどんな影響を社会経済に及ぼしていくのかを考察するうえで資するような知見に溢れている。


ペスト大流行: ヨーロッパ中世の崩壊 (岩波新書 黄版 225)

ペスト大流行: ヨーロッパ中世の崩壊 (岩波新書 黄版 225)

  • 作者: 村上 陽一郎
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 1983/03/22
  • メディア: 新書



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リウーを待ちながら [書評]

2017年から2018年にかけて連載された漫画の単行本。まるで現在のコロナウィルス禍を予測したかのような展開に驚くが、その元ネタはカミュの「ペスト」。リウーとは、ペストの主人公である医師の名前である。その内容も、「ペスト」でロックダウンされた都市オラン市を、そのまま日本の富士山麓の横走市へ置き換えたような内容であるが、舞台背景は21世紀なので、「ペスト」の物語が現在、起きたらどうなる、という読者の想像力をかき立てるという意味で面白い。「ペスト」に出てくる登場人物を彷彿させる人も多く出てきて、また「ペスト」での科白をそのまましゃべらせたりして、「ペスト」を読んだことのある読者にとってはそれもこの漫画の魅力の一要素となっているであろう。この本を読む前に「ペスト」を読むことをお勧めするし、こちらを先に読んだ場合も後追いで「ペスト」を読むといいかと思う。どちらの本も、そのお互いの世界を理解するうえで役に立つ。


リウーを待ちながら(1) (イブニングコミックス)

リウーを待ちながら(1) (イブニングコミックス)

  • 作者: 朱戸アオ
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2017/06/23
  • メディア: Kindle版




リウーを待ちながら(2) (イブニングコミックス)

リウーを待ちながら(2) (イブニングコミックス)

  • 作者: 朱戸アオ
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2017/10/23
  • メディア: Kindle版




リウーを待ちながら(3) (イブニングコミックス)

リウーを待ちながら(3) (イブニングコミックス)

  • 作者: 朱戸アオ
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2018/03/23
  • メディア: Kindle版



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京都での一人暮らしは高くつく [京都生活]

京都と東京での二重生活をして二年半ぐらいが経つ。朝ご飯はなるべく、自炊するようにしているのだが、結構、これが高くつく。近くに阪急系のスーパー「いずみや」があるのだが、これは例えば東京の城南地区にある「おおぜき」、「サミット」、「いなげや」というローカルなスーパーマーケットはもちろん、「東急ストア」より品質が悪い生鮮品を提供し、なおかつ値段が高い。昨日などは、八分の一のサイズのスイカを498円で売っていた。しかも、元のサイズも小さいようなスイカである。東京の都立大学であれば900円で一玉買える。
 まだ、これらが美味しければ少しは納得できるのだが、美味しくないのだ。野菜、美味しくない・・・京都。いや、京野菜も売っていたりするのだが、それはそれで馬鹿高い。京野菜は美味しいと思うが、この値段だとちょっと一人暮らしだと手が出ない。というのは、新鮮なうちにそうそう食べきれないからだ。
 そもそも一人暮らしを気づいたのだが、タマネギを一玉買うと、そのタマネギを消費するために3日間ぐらいの献立が決まってしまう。先日はレタスを間違えて買ってしまったのだが、やはり、このレタスが献立を決める。そして、タマネギもレタスもそれほど高くないのだが、チキンサラダにしたりしようと考えると、ささみチキンを買ったり、キュウリを買ったりで結局、外食とほぼかわらないような値段になってしまったりするのだ。いや、三人前をつくるのであれば、一人当たりの額は自炊の方が安いだろうが、一人前だと本当、コスパが悪くなる。なぜなら、ささみチキン、レトルトなのになかなか高い値段だったりするからだ。まあ、この一人前は高いというのは、東京でも京都でも同じことなのだろうが、それにしても大学生が多い都市であるのに、なんか一人暮らしにそれほど親切ではないなあ、と思わせられたりする。
 そんなに「いずみや」に文句があればローカルのスーパーに行けばいいじゃないかと言われるかもしれない。京都にもフレスコというローカルのスーパーはあるのだ。しかも、これも家のすぐそばにある。ただ、このフレスコ、なんと「いずみや」よりさらに酷いのだ。
 京都に暮らしていて感じるのは、この消費生活が貧相なことである。これは、あまり指摘されていないことだが、東京のような生活をするうえでのコスパがいいのだ。スイカだけでなく、例えば焙煎珈琲豆なども、東京だと注文してから焙煎してくれるし、なおかつ値段も全然、京都より安い。以前、私が贔屓にしていた東京の焙煎珈琲豆屋に京都からわざわざ買いに来た人がいて、なんでわざわざここで買うのか、と訝しんでいたが、京都より安くて、新鮮(焙煎したものを新鮮というのも変だが)な豆が手に入るからだということを、こっちにきて知った。
 それでも、京都はまだ自立した生活はできるかと思う。私も仕事柄、家に帰るのが遅いので商店街とかをうまく活用できず、スーパー便りなので、豊かでない生活をしているというところはあると思う。東京にいると、肉屋は肉屋で、珈琲豆は焙煎珈琲豆屋で、野菜は八百屋で、パンやパン屋で、ケーキはケーキ屋で、としっかりと専門店で購入しているが、京都ではそこらへんがまだうまく回せてないからだ。とはいえ、この消費生活環境が、商品の供給力という点で劣っているだけでなく、コスパが悪い、ということが地方都市の東京に比しての大きな競争性の無さではないかと思われる。最近、本当、地方にいってお店に入って安いな、と感じることが少なくなっている。まあ、ちゃんとしたお店を見つけてられないといえばそれまでなのだが、非常に気になる東京と地方との違いである。というようなことを、まさか京都で書くとは思わなかった。京都はもっと豊かな消費生活環境を維持できていると思っていたからだ。

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建設ドキュメント1988 – イサム・ノグチとモエレ沼公園 [書評]

札幌市にあるモエレ沼公園は、そのデザイン性の高さ、クオリティの高さなどから、公共事業でつくられたとはとても思えない、ある意味、奇跡的な公共空間であると考える。この本は、そのような「奇跡」がなぜ起きたのか、プロジェクトに主体的に関わった建築家とランドスケープ・アーキテクツが解説した共著である。「奇跡」を起こすための桂市長の英断、天才芸術家であるイサム・ノグチの意思を引き継いだ関係者の覚悟、一般競争入札といった悪弊を超克した行政的知恵・・・なかなか感動的である。モエレ沼公園が気になった人は是非とも手に取って読まれるといいと思う。というか、行政職員必読書ではないだろうか。これを知れば、役所の仕事がつまらないとは言えないであろう。


建設ドキュメント1988-: イサム・ノグチとモエレ沼公園

建設ドキュメント1988-: イサム・ノグチとモエレ沼公園

  • 出版社/メーカー: 学芸出版社
  • 発売日: 2013/10/01
  • メディア: 単行本



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NBAのクリッパーズのコーチであるドック・リバースの心を揺さぶる発言 [トランプのアメリカ]

昨日(2020年8月25日)、ウィスコンシン州のケノーシャ市で、喧嘩の仲裁を止めようとした29歳男性ブレークさんが、警官二人に背後から至近距離で7回、ブレークさんの子供の目の前で撃たれた。ブレークさんは現在、瀕死の重体である。
 この事件でNBAのクリッパーズのコーチであるドック・リバースが発言をしたのだが、それが非常に心を揺さぶるような強烈なものであるので共有したい。
https://www.youtube.com/watch?v=8IrT-aR3-8o
ドック・リバースは、アメリカの人種差別問題に言及しているのだが、特に、先日の共和党大会でトランプ大統領が、主に白人層に有色人種の脅威を訴えたことについて、極めて鋭く批判している。白人より、黒人の方がはるかに白人によって殺されているのだ、我々(黒人)の方がはるかに恐怖とともに強制的に暮らしているのだ、というよく考えれば当たり前のことを主張している。日本人は被差別対象の有色人種であるにも関わらず、その自覚があまりなく、バナナ(表は黄色だが中は白)のような行動形態を取っているちょっとお間抜けさんが多く、だからトランプの非人間性とかも許容する人が多いと考察されるが、このドック・リバースの魂の叫びに傾聴するといいと思う。
また、多くのNBAファンも、スーパースターであるレブロン・ジェームズやステファン・カリー、そして引退はしたがチャールス・バークレイなどがなぜ、トランプに対して駄目出しをするのかについて、ちょっと考えるといいと思う。トランプを支持して、NBAのファンであることを両立させるのは、なかなか難しいことが見えてくると思う。なぜなら、NBAのプレイヤーの多くは被差別対象であるアフリカ系アメリカ人であるからだ。そして、なぜリバースが声を上げなくてはいけないか、というと、彼のようにリスペクトされるアフリカ系アメリカ人のコーチは少ないからだ。
 それにしても、日本人である私でも心に震えがくるような感動的なスピーチであった。流石、名コーチと尊敬される人は違う。

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マイケル・ポンペオが共和党の大会で演説をしたことは違法である [トランプのアメリカ]

共和党の大会でポンペオ米国務長官が訪問先のエルサレムで収録した演説を発表した。現役の国務長官がこのような演説をするのはハッチ法(the Hatch Act)に反している。これは現役の連邦政府公務員が政治活動をすることを禁じている法律である。
 ただ、トランプ政権はハッチ法を破るのが常態化しており、むしろそれを破ることに快感を覚えているようだとニューヨーク・タイムズは解説したりもしている。
 ポンペオは5月にも税金を使って経済界の大物達と豪勢な食事をしたりしたことを批判されていた。スタッフに自分の犬の散歩をさせるという通常、業務以外の仕事もさせていたと先日も批判されていたばかりである。
 トランプかバイデンか、どちらが日本にとって有利か、といったような対談を先日、テレビ番組でやっていたが、トランプの方が有利だと述べているコメンテーターは、このトランプとトランプ政権のデタラメさ加減を、安倍政権が理解して対応できると考えているのであろうか。なんか、この期に及んでも、まだトランプ、そしてトランプ政権が詐欺師政権であることを理解できていないような気がする。そうだからこそ、イージス・ショアのような詐欺商品を買っているのであろう。
 トランプそしてトランプ政権は賢くはない。ただの詐欺師だ。しかし、詐欺師の正体が分からないような政権を擁している国にとっては、それは危険極まりないことを理解しておいた方がいいと思う。

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霧ヶ峰(日本百名山43座登頂) [日本百名山]

東京から自動車で京都へ移動する際、諏訪で宿泊した。天気があまり芳しくないということなので、前日は、そのまま車で移動しようと考えていたのだが、朝、起きたら晴天である。これは登山日和、ということで霧ヶ峰、正確には車山登山にチャレンジすることにした。車山肩に駐車をして、車山を目指す。登山道は斜度がそれほどなく、幅も広く歩きやすい。いや、結構、岩があるのだが、利尻岳、後方羊蹄山を歩いた後だと、こんな岩は小石のような気分だ。車山の頂上に着いたのは40分後ぐらいか。ハイキングのような登山であるが、結構、汗をかいている。
 車山からの展望はなかなか素晴らしいが、あいにく、蓼科山には雲がかかって全貌をみることはできなかった。さて、そのまま来た道を帰ってもよかったのだが、それも芸がない。そこで、車山乗越を経由して、車山肩に戻る周回ルートを取ることにした。これは、途中まで八島ヶ原湿原に行くルートと同じである。蝶々美山のなだらかな山容を眺めながら、分岐点から車山肩に戻る。野草がいろいろ咲いていて目を楽しませてくれるが、ニッコウキスゲがもう咲いていないのは残念であった。この分岐点からのルートは板敷きの道を歩くので、大変歩きやすい。元に戻ったら11時30分。ということで90分という短い時間の登山であった。
 車山は以前、スキーでほぼ頂上までリフトで行ったことがある。夏の今日も平日であるが、リフトは動いていた。このリフトを使えば、おそらく百名山の中でも最も簡単に登頂できるのがこの車山であろう。とはいえ、車山ではなく、霧ヶ峰を百名山として深田久弥が挙げたのは、この車山だけでなく、高原全体を評価してのことだと思われる。しかし、正直、ここより百名山として選考すべきであった山は多くあったのではないかと思う。ニペソツ山とか・・。
 私は「簡単な百名山なし」という格言というか戒めのようなものを意識して登山をするようにしている。それは、二週間前に登った磐梯山や、初めて登った瑞牆山とか、いわゆる「初心者向け」と言われる山も、それなりに大変で怪我とか遭難の危険性を伴うからだ。しかし、これまで登った中で、この霧ヶ峰(車山)と八幡平はハイキング気分でスニーカーでも登れる百名山かなとも思ったりもした。

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<車山肩の駐車場前から登山道は整備されている>

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<霧ヶ峰のたおやかな丘陵>

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<40分ぐらいで山頂に着いてしまう>

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<山頂から蓼科山を望むも雲で上は見られず>

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<山頂付近から白樺湖を望む>

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<蝶々美山のなだらかな山容>
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思考の整理学 [書評]

合理的で、生産的な思考とは何かということについて著者の考えが述べられている。極めて本質的で、納得がいくことが書かれており、突拍子のあるようなことは書かれていない。そういう点で読んでいて、むしろ「自分はこのままやっていけばいいのだ」と後ろ押しをしてくれるような本である。ただ、当時は有効だった「カード・ノート」、「手帳」等は、スマートフォン、インターネットの時代ではちょっと古くさいアプローチではある。この考え方を今の進歩したシステムにうまく応用することが必要であろう。読んでまったく損がないし、一度、思考を「整理」するためにも読むべき本であろう。


思考の整理学 (ちくま文庫)

思考の整理学 (ちくま文庫)

  • 作者: 外山滋比古
  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 2013/08/02
  • メディア: Kindle版



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利尻の人はウニを食べない!? [B級グルメ雑感]

利尻島に来ている。利尻島といえば、ウニ丼である。宿の夕食でちょこちょこっとウニが出てきたのだが、なかなか美味である。とはいえ、ウニ丼のあの大量なるウニを食べたいとはあまり思わないのと、何しろ値段が高い。100㌘3500円ぐらいで売られているので高いのは当然なのだが、一杯4000円、5000円はちょっと手を出す気分になかなかならない。
 そこでレンタカーを借りる時、事務をしていた現地の人達にウニ丼はやっぱ食べた方がいいかを確認すると、利尻の人達はほとんど食べないことを知る。正月に食べるぐらいか、外地の人が来ると見栄で出すぐらいだとのこと。その理由は、何しろ高すぎるからだという。ウニ丼とかはまず食べないそうだ。驚きだ!ブラジルの多くの人がブラジルの最高級のコーヒー豆のコーヒーを飲まないのと同じような理由であろうか。
 まあ、個人的にウニ大好きであるし、寿司屋に行くと、ウニをいつ注文するのかが、一番の懸案事項であったりもするのだが、確かに、この高額さだと躊躇するかもしれない。それに、せいぜいお寿司でいうところの二貫ぐらいで量的にも十分であるし、そんなにウニ尽くしのように食べたいとも思わないからだ。これは、ウニ丼だけでなくいくら丼でも言える。うな丼やしらす丼とかだったら大丈夫なのだが、ウニはちょっと丼で食べるには強烈過ぎるかもしれない。
 ということで3泊したが、ウニ丼は食べず。代わりに利尻昆布出汁のラーメンと、ホタテフライのカレーを昼食では食べた。

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<利尻島ウニ種苗生産施設でのウニ>
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国土安全保障省のマイルス・テイラーの告白は衝撃的である(トランプはプエルトリコを売ろうとしていた!) [トランプのアメリカ]

2017年から2019年まで国土安全保障省のトップであったマイルス・テイラーがトランプのデタラメな外交政策をはじめとした政策の批判をマスコミ等で展開している。下記はCNNのアンダーソン・クーパーとMSNBCのハリー・ジャクソンによる取材のものである。
https://www.youtube.com/watch?v=-yIJI1vBu7w
https://www.youtube.com/watch?v=-yIJI1vBu7w
内容は衝撃的で興味深い。クーパー−との取材では、トランプ大統領が陰謀説を広めるQanonを支持している背景や、国境で移民の子供を親から隔離する政策が憲法違反であるのに強行したことなどを述べている。さらにジャクソンとの取材では、グリーンランドの買収をトランプは冗談ではなく本気で検討していたことや、プエルトリコを逆に売り払おうと考えていたことなどを告白している。
 グリーンランドの買収というのも驚愕だが、プエルトリコを売ろうとするという発想にも驚いた。というか、プエルトリコには多くのアメリカ人が住んでいる。いや、準州ではあるかもしれないが、法律的にはアメリカの国土であろう。もう、気分はモノポリーなんだろうなあ。
 私が購読している東京新聞が最近、バイデンは外交政策が今ひとつだと批判する記事を掲載していたが、いやあ、自分の国土を売ろうとしたり、他国の国土を買おうとしたりするような外交政策をする大統領に比べたら遙かにましであろう。
 日本のマスコミはどうして、このトランプのデタラメさをしっかりと報道しないのであろうか。本当に不思議だ。

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羊蹄山(日本百名山42座登頂) [日本百名山]

羊蹄山にチャレンジする。羊蹄山には4つのルートがあるが、そのうちそれほど難しくないのは比羅夫ルートか真狩ルートであるが、我々は比羅夫ルートを選ぶ。宿を4時に出て、途中でセブンイレブンにより、登山口の半月湖野営場の駐車場に車を停める。天気予報が雨ということもあってか、我々以外に登山者はいないようだ。ただ、5時時点では天気は悪くない。羊蹄山の姿も笠雲を被ってはいるがよく見える。その姿はむしろ、我々を挑発するようだ。
 5時ちょっと前に登山口を出発する。しばらくはミズナラやシナノキといった広葉樹林の森の中を平坦な道を歩く。たまに倒木が登山道に横たわり行く手を阻むがそれ以外は、軽快に足を進めていける。ただ、一合目(5時30分通過)を過ぎると、すぐ羊蹄山の斜面はきつくなり、そこからはひたすら山頂周りの火口壁までは30度ぐらいの急登が続く。さらに、登り坂になってからすぐに登山道は狭くなり、草が繁茂していることもあり歩きにくい。急坂の泥道であるために、これは雨が降ったら大変なことになるな、という思いは、下りで現実となることを知る。加えて、状況をさらに悪化させるのは虫が多いことだ。これは標高が低いからかもしれないが、蚊の類いや羽虫のようなものがやたら多くて、不快である。ただ、一方で美しい花が多く咲いており(そのせいで虫も多いのかもしれないが)、これが多少はきつい登りを上がっていく中、喜びを与えてくれる。二合目は5時50分、五合目は7時10分。四合目当たりから雨が降り始めたので、五合目ではレインコートを着る。登りがきついので汗が滝のように出るので、レインコートを着るのは躊躇していたが、この雨の強さだと致し方ない。一眼レフのカメラもこの時点でリュックにしまい込む。五合目ぐらいから、さらに斜度がきつくなる。七合目は8時30分。八合目は9時10分。そして九合目に到着したのは9時30分である。本来であれば、ここから広大な展望が得られるのだろうが、まったく雨と霧で視界は得られない。というか、風も強くなってきて寒い。ここで手袋をする。手袋をしないと低体温症になるかというぐらいの風の強さと冷たさである。
 九合目に到着したら山頂まではすぐかと思ったら、さにあらず。そこから山頂までも大変な難行であった。どうもここら一帯は「後方羊蹄山の高山植物帯」として天然記念物に指定されているそうだが、その美しさを愛でる余裕はない。急登もそうだが、雨との戦いでそれどころではないからだ。
 九合目を40分ほど登ると火口壁に着く(10時10分)。ただ、霧と風でほとんど何も見えない。ただ、瓦礫と岩の荒涼たる場所であることが分かる。どうも、この火口壁からは360度の展望が広がるそうだが、まったく何も見えない。さらに、眼鏡に雨の水滴がこびりついて、目の前もよく見えないような状況だ。羊蹄山の山頂に到達するには岩場を登り上がらないといけない。なかなかハードだ。しかし、それらの苦行を乗り越えて、どうにか山頂に登頂する。11時ちょうどで、登山口から6時間かかったこととなる。ここからの展望は素晴らしいらしいが、何も見えないので、大変残念だが、登頂したという達成感で気持ちは清々しい。
 さて昼飯時ではあるのだが、雨ということもあり避難小屋まで移動してそこで食べることにする。帰り道は、来た道を戻るという選択肢もあったが、何も見えないが山頂を廻る形で、真狩ルートの分岐点を経由するコースを取る。ただ、このコース、山頂直下はなかなか凄まじい岩場である。しかも、その岩場が相当、長い間続く。雨でも岩は滑りにくかったが、相当、緊張して通過する。さて、どうにか岩場を通り抜けたのはいいが、その後、安心感からか油断して左の足首を捻ってしまった。これは古傷で、非常に不味いなと思ったのだが、同行者が急いでエアー・サロンパスで救急処置をしてくれたこともあって、どうにか歩くことはできた。ただ、足首は一日経った今、これを書いている現在でもそれほど芳しくはない。左の足首は、もう捻るのは癖になっているのだが、私の登山靴はしっかりと足首をサポートしてくれることもあって、この登山靴を履いて捻ったのは初めてであり、ショックであった。
 少し休んだ後、ゆっくりと歩き始め真狩ルートで避難小屋まで向かう。避難小屋への分岐点は真狩ルートの九合目なのだが、そこまで20分はかかった。そして、分岐点からさらに10分はかかる。避難小屋へのアクセスが悪いというのも、羊蹄山のマイナスポイントなのではないかと思う。ただ、この頃から雨が上がり始め、下界が展望できるようになる。山頂の高度からではないが、それなりの雄大なる眺めに心は晴れる。避難小屋に着いたのは13時10分頃。
 避難小屋のベンチに座りながら、ゆっくりと食事を取り、捻った足首にサロンパスを貼る。トイレも借りて、避難小屋を発ったのが13時30分。カメラを再び鞄から取り出し、雄大な西北海道の光景を撮影する。日本海が美しい。
 さて、再び比羅夫ルートの九合目に着いたのが13時45分。そこからはひたすら急坂を下りていくことになる。捻った直後の足首に、これはなかなか厳しい。とはいえ、登山靴がテーピングをしたかのように足首をしっかりと固定してくれているので、どうにか降りていくことができる。ゴローのしっかりとした登山靴の有り難みが身に染みる。
 七合目に到着したのが14時30分。六合目が15時05分。足首を気にしているためかコースタイムより遅い。再び雨が降り始めたので、カメラをまたリュックにしまい、泥道で非常に滑りやすい中、ストックを使いながらどうにか降りていく。ただ、気をつけながらも3回ほど転んでしまった。この比羅夫ルート、決して優れたコースとはいえない。もう少し、整備をしてくれればと強く思う。とはいえ、四つあるコースではこのコースが一番人気らしいので、他のコースはこれより酷いのかと思うと、ちょっと驚きだ。どうにか二合目に着いたのは16時40分。また17時前だが、雨ということもあり、さらには森の中にいるため暗く感じる。日の入りはまだまだということは分かっていても不安になる。
 さて、這々の体で登山口に戻ってきたのは17時20分。正味12時間以上の登山であった。披露困憊だ。シャツを4回は着替えるほどの大量の汗を掻き、雨に降られ、泥まみれになり、さらに足首を捻り、しかも登山をしてから初めて脇腹が筋肉痛になるという事態にも陥るなど、どっと疲れるような登山体験であったが、懸念であった「膝痛」もなければ、太股の痙攣もなく、この長丁場をどうにか登り切れたのは自信となった。
 羊蹄山に登る前に、ロッグキャビンのような場所に前泊したのだが、そこで隣のキャビンに泊まっていた札幌の人とちょっと話をした。彼は嫌味なく、北海道が本州に比べて、自然がいかに豊かで恵まれているか、という話をした。私はそれを聞いて、そういうものかな、と思っていたが、「自然」をどのように捉えるかは難しいところはあるが、今日の羊蹄山より、先週、登頂した奥白根山の方がはるかに自然のゴージャスさでは勝っているという感想を抱いた。いや、晴れていたら違う感想を抱くと指摘されるかもしれないが、登山口が既に羊蹄山より高い標高2000メートルの奥白根山の高山の魅力、五色沼の美しさは北海道にはなかなかないのではと思ったりもする。いや、まだ幌尻岳とかトムラウシは未踏なので、これはあくまでも現段階での感想ですが。ただ、羊蹄山はその素晴らしく雄大なる姿に比べて、登山体験としては今一つではあることは確かだ。羅臼岳や利尻岳はもちろん、旭岳の方がずっと素晴らしい。

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<前泊した宿から展望した羊蹄山。まるで我々を挑発するかのように聳え立っている>

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<登山口>

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<登山道はまるでジャングルのように木々が生い茂っている>

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<イワギキョウ>

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<九合目は濃霧の中だ>

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<山頂に行くには岩場を登りきらなくてはならない>

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<山頂からの展望。濃霧と雨の中、視界は極めて限定されていた>

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<火口壁は岩だらけである>

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<真狩ルートとの分岐点ぐらいから視界が開け始める>

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<避難小屋にアクセスするのは結構、遠回りをしなくてはならない>

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<避難小屋周辺から羊蹄山の西側を観る>

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<下山時の九合目は、登山時に比べるとずっと視界は開けていた>


タグ:羊蹄山
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利尻島一周レンタカーでの小旅(オタトマリ沼を散歩し、蚊と蜂の襲撃を受ける) [地球探訪記]

利尻島に来ている。利尻岳に登ることが目的だ。二日間ほど登山可能日を設けて、初日に登れたら礼文島にでも行こうと計画していた。幸いに初日に利尻岳に登ることができたので二日目は礼文島に行こうとしたら、このコロナ禍でそれまで利尻島と礼文島を一日二本走っていたフェリーが一本に減便。これで、利尻島から礼文島の日帰りが出来なくなってしまった。仕方が無いので、レンタカーを借りて島内一周をすることにした。
 レンタカーはフェリー・ターミナル前にて借りる。5時間で一万円ちょっと。さて、最初に寄ったのは利尻島郷土資料館。ここは築130年の非常に雰囲気のある木造の建物。利尻島の歴史や地理に関して、いろいろな資料が展示されている。その後は、「オタトマリ沼」に行く。ここからの利尻岳の展望はよい。北側からの優雅な容姿と違い、南側からはより無骨で荒涼としている。オタトマリ沼からの利尻岳の展望の迫力に惹かれて、沼を一周することにする。一周一キロなので大したことがないだろうと思ったのだが、これがとんでもないミスであった。というのは、歩き初めはまだハイキング・トレイルのような感じであったのだが、だんだんと道が狭くなり、しかも周辺の植物がどんどん道に侵食してきている。さらに、これらの植物に蜂が停まっていて、草をかき分けて歩いていると刺されないかとびくびくしなくてはならない。途中から利尻岳の展望も得られなくなり、ただひたすら駐車場へと戻る苦行が続く。そして、駐車場に近づけば近づくほど道は狭く、しかも緩やかに湖面に向かって傾斜しているので歩きづらいことこの上ない。すると、蚊の大群に襲われ、急いで小走りすると、なんか蜂の気に障ったのか右手の小指を刺された。それほど痛くは無かったがとんだ災難だ。オタトマリ沼にある売店で、虫刺されようの薬はあるかと尋ねると、そんなものはない、とそっけない。さらに駄目出しで、あんな湿地帯を歩く方がアホだ、というようなことを言われた。いや、それならハイキング・トレイルがあるかのように一周、歩けるなどと宣伝するなよな、と思わず言いたくなるが我慢する。
 次によったのは南浜湿原。ここからの利尻岳の展望も素晴らしい。ここも散策ルートがあったが、オタトマリ沼の経験があるので避ける。
 その次は沓掛に行き、有名な焼き醤油ラーメンの「味楽」に行き、昼食を取る。ここのラーメンは利尻昆布を使った出汁が美味しい、ということで評判だ。コロナで観光客が減っている中、このお店は行列が出来ていた。
 そして、沓形岬に行き、利尻岳を展望し、その後、見晴台に行き利尻岳を展望する。基本、利尻島の観光は、利尻岳を眺めることに醍醐味があることに気づく。とはいえ、ついでにウニ種苗生産施設、さらには利尻手作りの乳酸飲料ミルピスを飲む。一瓶350円となかなか高いが、カルピスのような懐かしい味がする。
 という感じで6時間で利尻島を一周してきた。見落としたものは姫沼とホタテフライ・カレーぐらいだろうか。

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<郷土資料館>

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<オタトマリ沼からみる利尻岳>

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<オタトマリ沼の湖畔を一周するハイキング道路は草が多い茂っており、虫も多くいて歩きにくい。私は蜂に指を刺された>

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<南浜湿原からみる利尻岳>

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<見返台園地からみる利尻岳>
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