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東海道品川宿にある下駄屋 [地域興し]

東海道品川宿に留学生の学生を含む明学の学生達と訪れる。東海道を歩いたりして、結構、それなりに学生も楽しんだようだ。さて、そこにある下駄屋さんに入り、ちょっとご主人にお話を聞く。慶應元年創業の「丸屋」さんである。最近では下駄屋さんが少なくなったので、お客さんはむしろ増えているとの話を興味深く聞く。衰退産業でも生き残ることで、また商売として成り立つようになるということだ。衰退しているからといって、急いて止める必要もないことをこの下駄屋さんの話から再確認する。下駄はオーダーメード。下駄はピンキリでキリは4000円くらいからだそうだ。最近は、鼻緒を「挿げる」という言葉を知らない奴が多いとか、下駄を履くことを知らない輩もいるとかの話を聞いて、ちょっと耳が痛い。というのは、まさに私がそうだからだ。あと、興味深かったのは「足元を見る」というのは、その人が履いている下駄で、その人が上客であるかそうでないかを判断するということを意味しているという話。私はてっきり「弱点につけこむ」というような意味で理解していたので、結構、新鮮な話であった。まあ、その真意はともかく、確かに足元で人の顧客的価値を判断するというのは適当であろう。なんか、シャーロック・ホームズも靴でその人の素性を推理するというのがあったと思われる。まあ、この下駄屋さんにしては、そういうことだから見栄を張ってでもいい下駄を買いなさい、ということになるのだろうが、まあそういう考えは私も納得したりする。以前、結構、しっかりした仕事をされてお金も稼いでいる方と交渉話をしたことがあるのだが、安い靴を履いていたので、ちょっとこちらが優位な気分になったことがあるからだ。しっかりとした靴は、身体にもいい。ということで、品川宿の下駄屋さんで履き物の重要性を知ったのであった。
タグ:品川宿 丸屋
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谷中商店街の御茶屋さんに話を聞く。 [地域興し]

谷中商店街にあるお茶屋さんに話を聞く機会を得る。お茶のことは知っているようで全然、知らない。ということで、ここがチャンスとばかりいろいろと話を聞く。

まず、ペットボトルのお茶等についてだが、こういう商品はほとんど最低レベルのお茶っ葉からつくられているそうだ。確かにここで出されたお茶はとても美味しい。普段、ペットボトルのお茶に飲み慣れている私からすると新鮮な美味しさだ。

お茶屋という店舗が果たして必要であるのか。最近、辞めていくお茶やさんは多いそうだ。お茶自体だけだと、スーパーでも買えてしまう。しかし、スーパーのお茶とはやはり、葉っぱから違うようである。私がヒアリングしたお茶屋だと、メインで売れるお茶は利益を少なくするなどして競争力を確保しようとしている。大雑把にまとめるとスーパーでは万人に受け入れられることを考えるために特徴のないお茶になってしまうとのこと。逆に個店は特徴のあるお茶を売る。例えば、取材をした店では、茎茶に抹茶の緑をつけたオリジナルのお茶を売ったりしている。これは試飲させてもらったが確かに美味しい。お茶という日本の伝統的文化をしっかりと次代にも継承するためにも、お茶屋さんが果たす役割は大きいものがあると考えられる。それには、消費者である我々が美味しいお茶とそうでないお茶との違いを理解することができるようにならないとダメである。もっと、お茶の有り難さ、その効用等を周知させることの必要性を感じた次第である。


タグ:谷中商店街
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玉電砧線の廃線巡りをする [地域興し]

ゼミ生達と玉電砧線の廃線巡りをする。玉電砧線とは、玉川電気鉄道砧線のことで、これは二子玉川園(現在の二子玉川駅)から砧本村まで1924年から1969年まで走っていた。二子玉川から砧本村までわずか4駅、距離として新玉川線(現在の田園都市線)の計画に伴い、砧線は玉川線とともに廃止が決定される。ここで、世田谷線は生き残る訳だが、その理由は、世田谷線は複線だったが砧線は単線だったからだそうだ。しかし、今、砧線が残っていたら、その後宅地化した沿線地域にとっても、また多摩川の行楽等にも活用できた素晴らしい地域資源になったであろうと考えると、当時の判断に悔やまれる。

とはいえ、現在でも玉電砧線の名残があちらこちらでうかがえる。私のゼミに「鉄道オタク」が一人いて、彼がいろいろとガイドをしてくれたのだが、大変、興味深い街歩きとなった。砧線の一部は「砧線跡地歩行者自転車道」という名称の歩道となっている。停車場の跡地は歩道の幅が広くなっているなど、いろいろと発見することも多い。使われていた線路を使用したガードレールなどもあり、多少は、この地域の記憶を都市デザインに残そうという試みがされているのがうかがえるが、こういうのが大好きなドイツから帰国してまだ時間がそれほど経っていない私からすれば、もっとすればいいのにと思わずにはいられない。

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(線路を使用したガードレール)
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(当時の鉄道柵が今でも残っている場所もある)
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(駅があった場所を示すタイル)

その後、郷土史家であり、鉄道オタクではないのだが、玉電ファンの蕎麦屋大勝庵のご主人にいろいろとお話を聞かせにもらいにいく。この大勝庵は、鉄道ファンには随分と有名な店らしく、なるほど、店内には玉電グッズを始めとした主に東急グッズに溢れている。玉電の運転台まで置かれていて、うちの鉄道オタクのゼミ生はそこに座ってご満悦の様子であった。このご主人はお話もとても面白く、いろいろと興味深いことを聞かせてもらった。個人的には、ここらへんの土地成金は皆、どん百姓で、中学時代は「どん百姓」と苛められて肩身の狭い思いをしたことや、その当時、貧乏で牛乳瓶の函がある家が羨ましくて、今、そういう類のものを収集しているといった裏話が特に興味深かった。収集家になる人の背景、理由はいろいろなものがあるのだろうなと類推する。

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(大勝庵の店内にある運転台)
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(大勝庵のご主人)
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(ご主人と記念撮影)
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不動産会社をめぐる [地域興し]

家を借りなくてはならない。ということで、とりあえず大学の二つのキャンパスの中間地点である大倉山駅で不動産会社を4軒ほど訪れる。超大手、準大手と思われる不動産会社、地元の不動産会社、地元の有限会社の小さな不動産会社である。大手はまず社員が多い。しかも若い。準大手も社員が若いが、多少、中年のおばさんもいたりする。地元はベテランという感じの中年男性で、地元の小さい有限会社は厚化粧のおばさんであった。大手の営業マンは若くて、未経験で、客のニーズを汲もうとしていない。ひたすらノルマの手数料を稼ごうという意識が強く出ており、ここでは絶対成約するまいと思う。目の前にはイケメン男優の竹ノ内豊を使ったポスターがどーんと貼られている。いくらぼろ稼ぎすれば、こんな広告料が出せるのかと思う。準大手は、大手に比べるとずっと脇が甘くて、営業意識も少ない。顧客カードを書くために出された筆記用具が消しゴムもついていない安いシャーペン。ボールペンじゃないんですけどいいんですか、とこちらから思わず聞いてしまうほどのだるさ加減。しかし、この営業意識の少なさがかえって信頼させるから不思議なものだ。大手の社員が発する言葉は、インターネットの書き込みより信頼できないなと思わせたのに対し、この準大手の社員の言葉は信頼できる。次に地元の不動産会社。営業意識は少ないが、逆にこの職人的な対応は信頼できる。豊かな経験から来る説得力が感じられる。地元の小さな不動産会社のおばさんは、もう夜の人かと思うくらいの厚化粧であったし、また他の不動産会社に比べて有している情報量があまりにも少なかった。これはちょっと意外であったが、ただいろいろと雑談ができたので、それほど信頼できる情報ではないが、随分地元のことを知ることができた。まあ、なんとも言えないが、一般論としては大手の不動産会社に行くのは物件チェックだけで済ますべきであるなと強く思った次第である。しかし、この大手の不動産会社に一番、客がいた。入ったら、「いきなり予約されていますか」だもんね。広告の効果なのだろうが、それより、消費者はもっと地元の不動産会社に足を踏み入れるべきだろうと思う。

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街の本屋が危機的状況にある!? [地域興し]

ドイツから帰国して、家を探している間、実家のある東長崎で暮らしている。さて、そこで気がついたのは東長崎駅で私も随分と使わせてもらった本屋がいつ入っても、私しか客がいないという事実である。入る時間が夜ということもあるのだが、本当に客がいない。その昔、立ち読みをする子供たちを追い払うので苦労していた店員とかは、むしろそのような子供たちでさえ懐かしいような状況になっているのではないだろうか。しかし、ふと思って、この本屋ほどではないが、実家のそばにあってたまに寄っていた幾つかの本屋を探してみると、ほとんどが潰れてコンビニやチェーンのレストランなどに置き換わっていた。

皆、本を読まなくなったのか、それとも本はアマゾンなどで注文するようになったためか。その理由は幾つか考えられるが、商店街から本屋が消える日もそう遠くないと思われる。インターネットでの本の売買がこれだけできるようになると、それも時代の流れといってしまえばそれまでだが、本屋が商店街から消えると寂しくなるだろう。少なくとも、どのような本が売れているのか、どのような本が発売されたのかなどをインターネット上でなく、本棚ベースでチェックできることのメリットは大きいし、ふと帰宅途中に本屋に寄ることができるというのは、ちょっとした楽しみであったと思われる。例えば、地元の人が本を出した時に積極的に販促してくれるといった、地域コミュニティならではの本屋の価値というものもある筈だ(個人的にはその恩恵に与ったことはないが)。もちろん、もっとそういう地元本屋もサイン会や読書会といったイベントを開催する、喫茶店を併設する、立ち読みコーナーを設置するなどの工夫もできる筈である。そういうことをしなかったことが衰退に繋がっているともいえるかもしれないが、それらを失う地域のデメリットも大きい。なんともいえず残念である。

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デッサウはバウハウスが必要だが、バウハウスは果たしてデッサウが必要か [地域興し]

非常に余計なお世話なことを書く。それはデッサウとバウハウスの関係についてだ。デッサウは旧東ドイツの縮小都市で、結構、将来が暗い。しかし、同様に暗い都市が多くある中で、デッサウは何か人々に期待させるものがある。それは、デッサウにはバウハウスがあるからだ。バウハウスはデザイン界では、そのブランドは伝説化されているし、また世界遺産にも指定されている。ついでに加えると、デッサウにはヴェルリッツの庭園王国という世界遺産もあり、これも結構、地元の人々の心の拠り所になっているかなと思ったりする。まあ、デッサウのように人口が10万人も割った都市に世界遺産が二つもあるというのは、滅多にないことで、ドイツでも他にはヴァイマールくらいしかないのじゃあないか。

ともかく、デッサウにとってバウハウスというのは観光客も年間で10万人ぐらいは集客するらしいし、都市の資源としては極めて貴重であると思われるのだ。ヴェルリッツの庭園王国も多少は観光客が訪れるとは思われるが、世界的なブランドであるバウハウスとは比較にならないと思われる。デッサウの中央駅からバウハウスの校舎まで500メートルくらい歩くのだが、この商店もない凡庸な住宅街の中を多くの外国人が歩いているのを見かける。ほとんどが若者で、建築の学生という風情だ。バウハウスの校舎そして教員の住宅群がデッサウになければ、まずデッサウに来ないであろうと思われる人々である。

さて、このようにデッサウにとってバウハウスは財産であるかもしれないが、果たしてバウハウスがデッサウにあるメリットはあるのか。そもそも歴史的にはバウハウスはヴァイマールで産声を上げた訳だし、最後にはベルリンに移っている。ということで、必ずしもデッサウにある必要はない訳だ。むしろドレスデンとかライプチッヒとかベルリンとかにあった方が、観光客を多く呼べるだろうし、都市との相乗効果もさらに期待できるのではないか。ということを、余計なお世話というか、失礼にもバウハウスのディレクターであるオスワルト氏に指摘すると、最初は興味深そうな顔をしていたが、自分に言い聞かせるように、いや、あの建物がデッサウにある限り、移れないなと言う。確かに、あのグロピウスが設計したバウハウス校舎の建物があるからこそ、バウハウスはヴァイマールよりデッサウというイメージが人々に定着したのは確かである。しかし、それなら21世紀にふさわしいバウハウスの校舎をドレスデンとかライプチッヒとかはたまたベルリンに建てればいいだけなのではないかとも思ったりする。それはビルバオのグッゲンハイム美術館のような集客効果と都市再生効果が期待できるようなものになるかもしれない。そして、現在の校舎はバウハウス博物館として位置づけて、細々と世界遺として管理していけばいいのだ。

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(この建物のインパクトが大きいんだよね。確かにこれがバウハウスだと言われるとそういう気もする。建築による都市のブランディングの先駆的事例である)

さて、このような余計なお世話なことを敢えてブログに書いたのは、やはり建築が都市へもたらす効果というものの大きさに改めて気づかされたこともある。建築はその都市を構成する極めて貴重な資源であり、その都市のアイデンティティをも形成する。日本は特に住宅に関してだが、いや店舗やオフィスビルもそうかもしれないが、この建築に対して過小評価しているような気がする。もっと、優れた建築を積極的に日本においても増やしていくよう努力するといいのではと思うのである。そうすると、バウハウスのように建築によってその土地そして都市に縛られたりもするからだ。そのような建築が果たして日本にあるのか、と思うとあまりなさそうだ。特に大学のキャンパスで優れたものってあまりお目にかかれない。実は、そういう点では、私が奉職する明治学院大学の白金校舎のキャンパスはなかなか優れていると思う。ちょっと話の方向性が乱気流に呑まれたようになってしまったが、しっかりとした建築をつくり、保全することで縮小する都市の防波堤のような役割をも果たし得るということをバウハウスとデッサウの関係を考察することで気づいたのである。とはいえ、新しい時代を切りひらくこともバウハウスにとっては意味があることではないかという考えは変えていない。まあ、私が何を考えても関係ないんだけど。
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デュッセルドルフのアポロ・バラエティ劇場へ行く [地域興し]

デュッセルドルフのウォーターフロントの再開発の目玉事業の一つであるアポロ・バラエティ劇場へ行く。ラインクニー橋の下のデッド・スペースにつくられた「都市の鍼治療」的プロジェクトである。新しい観光スポットとして、結構、多く宣伝されているので、長女の誕生日祝いをも兼ねて視察に行ったのである。

アポロ・バラエティ劇場はロンカリ・サーカス団が運営している。よって出し物はサーカスなのだが、当日のプログラムはスタンドアップ・コメディアンが進行を担当し、彼のトークがショーの3分の1ぐらいを占めた。トークはドイツ語なのでそれほど楽しめなかったが、サーカスは楽しめた。あまりサーカスは観ないので何ともいえないが、29ユーロの入場料を支払うだけの価値はあったと思われる。ショーはほぼ2時間で終了した。

さて、気になったのは今日のプログラムは4日ほど前が初演であったにも関わらず、相当空席が目立っていたということである。というか、2階席は1割も埋まっていなかったと思われる。1階席も6割か7割程度か。これはちょっと辛い。特に入場料がそれほど高くないことを考えると、これは興行的には赤字は確実であろう。せっかく、橋の下という都市の陰の部分に集客スポットをつくり、人の流れを創り出すという都市計画的には素晴らしいアイデアを出しても、肝心の集客スポットに人が集まらないのでは問題だ。これは、場所が悪いという問題も逆にあるのかもしれないが、ちょっと残念である。出し物がつまらないというのであれば納得がいくが、私はそんなに悪いとは思わなかった。まあ、場所が悪いとは行ったが、夏であれば観劇の後、ライン川の素晴らしきプロムナードを散策することができるなど、デート・コースとしては悪くはないだろう。

それなのに何故、人が集まらないのであろうか。もしかしたら、ドイツではサーカスが供給過多なのかもしれない。とにかく、ちょっと勿体ないと思った次第である。

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ドイツの公共交通が利用される要因 [地域興し]

ドイツの公共交通はそのサービスの悪さの割によく利用される。その理由の一つとして一ヶ月券の存在が挙げられるのではないかと思う。というのは、日本のように乗る度に支払うのではなく、一ヶ月の格安のチケットを購入している人が多いため、乗らなくては損という動機づけが働くからである。これは、スキー場の一日券のようなものだ。一度買ってしまうと、ひたすら乗った方が得という、元を取ろうというインセンティブが働くために、まあ多少不便でも人々は公共交通を利用するのだ。

さて、それでは料金体系がどのようになっているのか。私が住んでいるデュッセルドルフのあるライン・ルールの地域では下記の表のようになっている。Aは1都市、Bは隣接する自治体まで、Cは2つの隣接する自治体までの範囲、Dはライン・ルール地域全域となる。

Ticket 1000:57.45(A1)、59.05(A2)、86.90(B)、112.8(C)、135.5(D)
Ticket 1000 9Uhr:41.85(A1)、43.10(A2)、63.25(B)、81.60(C)、9.05(D)

ここで上段のものはいつでも乗れて、下段は午前の9時以降であれば乗れるというものだ。スキーの半日券のようなものか。とはいえ、9時以降というのは相当、長い時間利用できるということだ。A2は大都市の市域全域を移動できるが、これが月8000円くらい。多少、高い気もするが東京だと1回乗って200円くらいだから、一日2トリップで400円。まあ、週日に2トリップ(往復)すれば購入した方が得だろう。どっかに寄れば3トリップ。また、東京などだと乗り換えると1トリップでも初乗り料金を取られて割高になるので、そのような移動をする場合はこの一月券は結構、得をする気がする。日本の回数券はたったの1割しか得をしない。スキー場で回数券を買う人がほとんどいないのと同様に、鉄道もこのドイツの1ヶ月券のようなものを積極的に販売するといいと思う。マイカー通勤が主流となり通勤定期利用者が少なくなっている、鉄道の利用率が低い地方都市などでは結構、利用活性化に効果があると思われる。これと自転車で乗れるように工夫をすることも、その利用向上には資するのではないだろうか。ドイツの鉄道は日本と比べても遙かに大赤字であるが、採算性で自動車と勝負をしたら負けるのは確実だ。なぜなら、自動車は道路の維持管理費をすずめの涙のような額を間接的に支払っているだけだからだ。そろそろ日本も公共交通が公共財であるという認識を持って、その運営を考えるべきなのではないか、と不便なドイツの鉄道を利用しつつ思う。不便ではあるが、走っていることで大きな社会的便益を人々に与えていると思われるからだ。

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ザンクトマルティン祭に参加して、コミュニティにとってイベントの重要性を再確認する [地域興し]

ザンクトマルティン祭とは11月11日の前後に行われるお祭りである。マルティンという修道僧を祝うお祭りで、彼が洗礼される前、まだ兵隊であった時、吹雪の日に乞食に自分のマントを半分与えたことで知られている。そして、その夜にマルティンの半切れのマントを着た神様が夢に出てきたと言われている。その後、マルティンは洗礼を受ける。

このマルティンを祝うために、西ヨーロッパ中でお祭りが行われる。特にドイツとオーストリアでは、子供たちが紙でつくった提灯を持って商店を訪れ、マルティンの歌を歌い、お菓子などのお土産をもらったりする。アメリカのハロウィーン祭りを彷彿させる。というか、ハロウィーンのアイデアの元かなと思ったりもする。もともとはカトリックのお祭りであったが、プロテスタントの地域でも行われている。

デュッセルドルフはプロテスタントの地域であるが(それがカトリックのケルンではなくてデュッセルドルフが州都として定められた大きな理由)、このザンクトマルティン祭は結構、盛り上がる。次女が通っている小学校では、紙でつくった提灯をもって先生だけでなく親も子供たちと一緒にパレードをする。私もこれに参加して、一緒に街中を歩く。ブラスバンドも何隊か同行して、4つか5つぐらいの曲を繰り返し、演奏する。心温まるイベントである。

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このパレードは小学校を起点として、おもに商店街を練り歩き、また小学校に戻るという2キロぐらいの行程であった。面白かったのは、このパレードのおかげで自動車はもちろん、路面電車まで止まらせられたことである。路面電車の乗客が諦め顔でこのパレードを観ていたのが印象的であった。

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(パレードが通り過ぎるまで自動車は停止させられるので、長蛇の列ができてしまう)

私は個人的に練り歩きが好きなので、結構、楽しめた。日本でもコミュニティのイベントとして、もっとこういう練り歩きを行うといいと思う。交通を遮断させて、道路を人間に取り戻すことを一時的にすることは、都市空間への意識の向上にも繋がると思う。

下記のユーチューブにこのパレードの様子を撮影した動画をアップしたので、宜しければご笑覧下さい。

http://www.youtube.com/watch?v=T_RfjFn-BbY
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ファブリアーノのスプマンテ祭りに顔を出す [地域興し]

ファブリアーノという町がマルケ州にある。ここの広場でスプマンテ祭りが開催されたのでそれに顔を出す。広場のすぐそばにて開催されていた。スプマンテとは発泡性のワインのことで、いわゆるシャンパンである。5ユーロ支払うと、ワイングラスとグラスを入れる袋、そして6つの枠から成るカードが貰える。これで、イタリア中のスプマンテ産地から集ったスプマンテを試飲できる。スプマンテは100品目ぐらい出展されていたと思う。その中から6つというと、やはり金メダルを受賞したものなどを試飲してしまう素人ぶりを発揮してしまった。金メダルという他者の評価基準があって、初めて美味しいワインが分かるという駄目ぶりだが、一方では何が美味しいワインかも不明なので、これが美味しいワインなのかと知るうえでは、この金メダル受賞、銀メダル受賞というカテゴリーの分類は有り難い。とはいえ、こうやって味覚といった主体的なものさえも統一化させ、消費を促そうとするマーケティングの怖さもちょっと感じ取ったりする。

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ワインのつまみとしてファブリアーノの特産のサラミとパルメザン・チーズが出される。私はサラミがあまり好きではなく、ほとんど食べないのだが、ここのサラミは今までのサラミの概念を突き崩すほど美味しかった。この味はさすがイタリアと思わせる凄みがあった。このサラミとパルメザン・チーズをパンにのっけてスプマンテを飲むというのはなかなか楽しいイベントである。また、会場を盛り上げるために地元の音楽学校の先生達によるジャズ演奏があった。これが、またなかなか上手くて驚いた。イタリアの中世からある広場で、素敵な音楽演奏があって、美味いつまみと一緒にスプマンテを試飲するというのは時間の過ごし方としては悪くない。

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(無料で供された地元のサラミは絶品)

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(演奏に聴き入る地元民の一人)

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(会場から広場を望む)

さて、このスプマンテ祭りはこの5年間くらいの最近のイベントらしく、ファブリアーノのワイン・アナリスト(これは、ワイン評論家ではなく、実際、化学分析をする実験所を持っているような成分アナリスト)と整形外科医が企画して具体化させたイベントである。幅広くスプマンテを広報したいという意図と、衰退している地方都市を活性化させたいという二つの意図が背景になる。スプマンテの広報をするためにイベントに必須のスポンサーが確保できる。そして、この地方都市の活性化という観点からもなかなか成功しているのではないかと思われる。我々も地元の人に声をかけられ、色々と話をしたりしたが(残念ながら英語でだったが)、そうやって人々と知り合ったり、コミュニケーションすることは有益だと思う。我々は部外者だったが、なかにはこれをきっかけに地域内での仕事や趣味などのネットワークを広げることもできるかもしれない。

ファブリアーノは人口が3万人ちょっとの町である。我が国では、これくらいの規模の町で伝統的な祭りが実施できなくなっている。担い手が高齢化したり、形骸化して人を集めたりすることができなくなってしまっているからである。今回のファブリアーノの新しくつくられたスプマンテ祭りに参加して、ローカルな祭りの重要性を認識すると同時に、我が国においてもコミュニティを強化し、そのアイデンティティを発露させるためにも祭りの重要性を再確認しなくてはいけないのではないかと考えた。

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ケルンのチョコレート博物館を訪れる [地域興し]

ケルンにチョコレート博物館(ショコラーデンムージアム)がある。というので家族サービスで訪れる。ケルン中央駅からライン川に沿って南に歩くこと15分くらいで着く。ライン川の島につくられたこのチョコレート博物館は、土曜日でもあり人で溢れかえっていた。入場料は大人7.5ユーロ、子供は5ユーロ。家族券が21ユーロであったのでそれで入る。

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この博物館は1993年に開館したのだが、年間の集客数は60万人を越える。博物館としては相当の数だ。この数字が確かであろうというのは、博物館に入れば分かる。多くの人で歩くのも難しいほどである。展示内容は、結構面白く、その展示方法も工夫がされていて感心する。チョコレート博物館といえば、映画『チャーリーのチョコレート工場』が思い出される。実際、チョコレートをつくっているところなども展示されていて観ることができるのだが、そういうのはなかなかワクワクする。できあがりの試食もできたりする。京都の八つ橋や各地の酒造、ハンブルグのソーセージ工場などを視察したことがあるが、そういうのと比べても、この博物館は面白い。これは、チョコレートが持つ魔力のようなものがあるからなのではないかと思ったりする。事実、カカオは昔、不思議な魔力が備わっていると考えられていたようである(ということも、この博物館で知った)。

この博物館は、開館当初はケルンのチョコレート製造会社であるシュトールヴェルクが共同出資者であったが、現在はスイスのチョコレート製造会社であるリンツが共同出資者になっているようである。ドイツの博物館はその運営費を補助金に頼っているが、ここは補助金を一切受け入れていないようだ。というのは、入場料で経費を賄えるから。ケルンにチョコレートというのが、どの程度必然性があるのか分からないが、地域の集客力を向上させるための仕掛けを考えるうえでは結構、参考になる事例ではないかと思った。

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ローテンブルクを訪れ、とても第二次世界大戦で40%が爆破されたとは思えない再現ぶりに驚く [地域興し]

連休なのでローテンブルクを訪れる。ドイツのロマンチック街道と古城街道の結節点であり、ロマンチック街道のハイライトといわれるドイツを代表する観光地である。私は根が捻くれているので、こういういかにも観光地然としたところには赴かない傾向がある。しかし、ドイツ語学校の日本人のクラスメートに、ちょっと変わったところに行き過ぎなんじゃないですか、と指摘され、確かにそれもそうだなと思い、ローテンブルクを訪れることにしたのである。

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(ローテンブルクの美しい街並み)

デュッセルドルフからICE特急(ドイツの新幹線)でヴュルツブルグまで行き、そこからスタイナッハという駅まで特急で移動し、そこからローカル線でローテンブルクまで行く。ローカル線の終点がローテンブルクで、スタイナッハからは3駅目という短い距離であった。ローテンブルクはタウバー川沿いに発達した城郭都市なので、もっと丘陵地にあるかと思っていたのであったが、結構、平坦だったことに驚いた。坂がもっとあるのかと思ったら、全然そんなことはない。フランスのザンクト・パウルのように丘陵に発展した街だと勝手に想像していたのだが、その先入観は間違っていたことを思い知る。

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(丘の上にあるという紹介をされているが、駅からくると平坦な道のりでたどり着く)

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(西側の公園からだと、段丘の上につくられた町だというのは分かる)

さて、ローテンブルクなのだが、旧市街地が観光地となっており、この旧市街地は城壁によって囲まれている。この城壁を通れる箇所が東西南北で4箇所ほどある。これらの入り口には塔がつくられており、この塔がそれぞれランドマークとなって個性を発揮しており興味深い。そして、この塔の下にある門をくぐり抜けることで、日常的な世界から非日常的な中世への世界へとタイプスリップしたような錯覚を覚えさせるような効果がある。あたかもテーマパークの入り口を通り抜けたのと同じような効果がある。そして、ローテンブルクの城壁内はまさにテーマパークのような場所であった。色とりどりの建物と多くの人々が行き交いする華やいだ雰囲気。自動車が入れない広場周辺の街路は、まさに自動車が入れないテーマパークのようなヒューマン・スケール溢れる楽しい空間であった。訪れた日は日曜日であったにも関わらず、多くの店はドイツとは思えないほど営業していた。また、昼食を取ったレストランのサービスもドイツらしからずよかった。味はドイツらしくそれほど美味しくなかったが、しかし、テーマパークだと思うとまったく納得できる。クリスマス博物館や中世犯罪博物館といったテーマパークのアトラクションのような楽しい施設もある一方で、この街の歴史を伺い知ることができる教会等の歴史建造物もある。そして、そこで時間を過ごしていて得られるのは、まさにテーマパークに来ているのと同じような、しっかりとレジャー産業としてのサービスを享受している安心感であった。驚きがない訳ではないが、計算された驚きというか、もうサービス産業三流のドイツにおいては考えられないほどの顧客重視の気持ちのよい体験ができる観光地である。飲食そしてお土産物は量といった点では大変、充実している。さらに日本人が多く訪れているようで、日本語のメニューや日本語の看板も多く目にした。日本食料理屋などもあった。英語も当然のごとく、通じる。ディズニーランドのような観光地であり、そういう点ではプロフェッショナルな意識を感じた。素人による観光地経営といった甘えが一切感じられない。観光業で生きていこうと思ったら、ここまで徹底しなくてはならないのかと感服させられる。日本の自治体など、大した観光資源がないにも関わらず、なけなしの税金を広告代理店や旅行代理店などにマーケティング戦略や広報戦略を立案してもらい、無理矢理、観光地として集客を図るようなことをしていたりするが、そんな甘い姿勢で観光開発などできないなということが、ここローテンブルクに来ると分かる。というのも、ここローテンブルクは第二次世界大戦で市街の40%が破壊されたからだ。しかし、破壊されたにも関わらず、以前のように復元させた。復元させることが相当、困難な事業であったことは想像に難くないが、その困難を克服したことによって、現在のローテンブルクの観光業の繁栄がある。観光客が多くて嫌だ、というような声が地元にあるのかは知らないが、ちょっと訪れただけでは、他に生き残る道はないといったような覚悟のようなものを感じた。こう思うのは、訪れたのが聖霊降臨祭のお祭りと重なったので、地元の人達がこぞって中世の衣装を着ていろいろなパフォーマンスを街中で行っているのを見たからということもあるかもしれない。ドイツというと個人主義というイメージもあるが、こういう祭りや地域のために協働するといった傾向は日本より強いような印象も受ける。

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(門をくぐることでテーマパークのように非日常性が演出できる)

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(ちょうど聖霊降臨祭のお祭りの時に訪れたので、多くのパフォーマンスを観ることができた)

地域を観光開発しようとしたら、地元の資源を活かし、その資源を存続させる努力を継続させる徹底した覚悟が必要なのであろう。そして、地元の協働が不可欠であろう。自分達で知恵を出そうと努力せずに、広告代理店や旅行代理店にアイデアを求めるようなことをしていては、観光を地域産業にすることは相当、困難であることをここローテンブルクを訪れて知った。私はディズニーランドが好きでないので、あまりにも観光地然としたところは本来は好きではないのだが、しかし、観光産業としてのローテンブルクのあり方はまったく批判できない。非常にプロフェッショナルであり、そういう意味では地元の資源を観光に活かしたケースとしては規範になるようなものなのではないか、とちょっと訪れただけではあるが思わされた。私は中学の時、一人で広島の宮島を訪れ、地元の土産物の人達に非常に嫌な思いをさせられたことがある。スタンプがあったので、旅の記念にと押してしまったら、金を払え、馬鹿野郎とどやされたのである。中学生のよくありそうな間違いだと、今だったら思う。その時はスタンプを押してお金を取るといった商売があることを知らなかった。そして、それを説明するのでもなく、お金を払わせることを恫喝して強制したのである。同じ観光地でも、ローテンブルクはそういうことはないだろうという安心感を覚えることができる。ディズニーランドで恫喝して中学生からお金を取るようなことをしないであろうという安心感と同じ気分に浸れる。私は広島の宮島の一件以来、無意識のうちに日本の観光地のお土産屋には近づかなくなったような気がする。そういう体験をしたものとして、日本の観光地がローテンブルクと同じ土俵にのぼるには、長い道のりがあると思うのである。

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(こんな洒落ていないお菓子でも地元銘菓であると、思わず買ってしまう。しかし、これを買うような雰囲気にさせることを町ぐるみで実現させているのがローテンブルク。そこに底流しているのは、ディズニーランドなみのサービス精神である。)

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チューリンゲンに行き、チューリンゲン・ソーセージを食べながら地域ブランドの意義を多少、考えてみた [地域興し]

チューリンゲンに2泊3日で行ったのだが3日ともチューリンゲン・ソーセージを食べた。アイゼナッハで食べ、ヴァイマールで食べ、エアフルトで食べた。アイゼナッハはレストランで食べたが、ヴァイマールとエアフルトは屋台で食べた。屋台では1.80ユーロでブロッフェン付きで売っている。注文するとブロッフェンが渡され、それを自分で半分に割るとソーセージがその間に載せられる。さすがサービス後進国ドイツと思わせられる。屋台は二回とも昼食時でもあり、結構行列ができていた。

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(写真でみると全然美味しそうではないが、結構そこそこ美味しい)

さて、ドイツといえばビールとソーセージである。この形容には、ドイツにはビールとソーセージくらいしかない、というニュアンスが多少含まれているような気がする。私はドイツで一ヶ月半ほど生活して、そのようなことは決してないなと思うに至ったのだが、ドイツでは地域ごとに独自のビールとソーセージを有しているといった観点からは、確かにドイツはビールとソーセージの食文化を持っている国であるとは言えると思う。私は以前、ゼミ生達とハンブルグのソーセージ会社を訪問し、工場見学やソーセージづくりについてお話を伺った機会があり、ドイツにおけるソーセージづくりに大変、感銘を受けたことがあるので、ドイツのソーセージには一目置いている。したがって、地方を訪れるとそこのソーセージとビールは試さなくてはいけないと思っている。

さて、ドイツは地域ごとに違うソーセージがつくられている訳であるが、どこが美味いかというとニュンベルグのソーセージかチューリンゲンのソーセージと相場が決まっているようなのだ。ニュンベルグのソーセージは黒っぽい焼きソーセージであるが、チューリンゲンのソーセージはその巨大さで群を抜いている。ちなみに日本でよく売られるウィーナー・ソーセージは、ウィーンのソーセージで、フランクフルトはもちろんフランクフルトのソーセージである。しかし、こちらで売られるウィーナー・ソーセージは日本のものよりもずっと長い。話をチューリンゲンのソーセージに戻すと、このチューリンゲンのソーセージは、味はまずくはないが、そんな絶品というほどでもない。ただ、焼いて食べるのには適しているタイプであり屋台向けであることは言えると思う。そして、何より太いし、長さも25センチはある巨大ソーセージである。この巨大さは結構、屋台で買って食べたりすると嬉しい気分にさせてくれる。物語性があるとでも言うのだろうか。こんなでかいソーセージはデュッセルドルフの肉屋では見たことがない。チューリンゲンに来たら、土産話としてこのソーセージを食べたいという気分に人々がなるような気がする。その場所に来たことの証明として、食べるのである。したがって、その食べ方も裏で調理して出されるレストランというよりか、人々が集う広場の屋台で炭火焼きして出されたものを食べるといったスタイルの方が適しているであろう。

こういう地域性のあるファスト・フードがあることは都市観光の面から素晴らしいと思う。ドイツの場合は、どこに行ってもビールとソーセージが楽しめるので、そういう点は素晴らしい。まあ逆にいえば、ビールとソーセージ以外に何があるのか、と言われる今の私は返答に窮するのだが。日本も高知や博多などに行くと、いろいろ地の物を試すことができてとても楽しい気分にさせてくれる。とはいえ、このような地の物が屋台的なファスト・フードで歩きながら食べられて、楽しめることができる地域となると、そんなに多くないなと思われる。明石焼きなんかは、そういう意味で素晴らしいと思うが、そのポテンシャルが十二分に発揮されていないかもしれない。もっとこういうネタが増えると都市観光的には魅力を向上させられるであろう。ということをチューリンゲンのソーセージを食べ続けて考えた次第である。

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ヴェルニゲローデというハルツの宝石のような町を訪れる [地域興し]

ハルツ山岳鉄道の起点はヴェルニゲローデ(Wernigerode)というハルツ山系の麓町である。人口は約3万5千人という小都市だ。ここに一泊した。このブログでも紹介した池内紀氏の『ドイツ町から町へ』という名著でも、このヴェルニゲローデは紹介されている。それによると、ハルツ地方には、おしりに「ローデ」とつく町が多いそうだ。これは、「森をひらいた」という意味だそうだ。森をひらいた、ということは近くに豊富な木材があるということで、このヴェルニゲローデをはじめとしてクヴェードリング、ゴスラーといったハルツ山系周辺の街は木組みの家並みが美しい。

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(1583年に建てられた木組みの家。現在は1階はカフェになっている)

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(広場と駅を結ぶ歩行者専用道路)

これは大雑把な意見であるが、ドイツの都市の景観は戦災に遭わなければ大抵美しい。とはいえ、ほとんどの都市が第二次世界大戦で破壊されてしまっているので、そのような都市や町を探すのは難しい。加えて、旧東ドイツの社会主義時代には、歴史や伝統を軽視した開発が進められた。友人でベルリンの都市史の論文を執筆したフランク・ルーストは、ベルリンはむしろ第二次世界大戦より社会主義時代に都市の破壊が進んだと指摘する。そういう中、東西ドイツの国境に近く、ベルリンからも離れていたこのヴェルニゲローデは第二次世界大戦での戦禍もそれほど受けず、社会主義の開発拠点にもならず、歴史に取り残されたかのような街並みと雰囲気を残すことに成功した。そして、今日まで残った建築には1498年に建設された市庁舎などが含まれる。この木組みの市庁舎は町の中心の広場に面して建っており、素晴らしい存在感を放っている。他にも、街並みを構成するカラフルで多彩な木組みの家々が興味深い。おそろしく斜めになっている家もあるが、斜めな状態を活かしてリハビリなどもされている。

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(市庁舎)

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(間口が非常に狭い家)

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(傾きまくっているが、その状態を活かしたまま使われている)

ローデンブルグを始めとしたロマン街道の町々やバンベルグの町を知らないのでいい加減なことは指摘できないが、このヴェルニゲローデという町ほど、そこを歩くだけでわくわくさせ、その個性的な家々が集まることによってつくりだす調和が生み出す景観の何ともいえない素晴らしさはドイツ屈指ではないかと察する。このヴェルニゲローデと同じ日に訪れた近くのクヴェードリングは教会や城とともに街並みが世界遺産に指定されているがヴェルニゲローデの方がしっかりと街並み整備等に投資がされており、一観光客としてはこちらの方がよい印象を受けた。少なくともクヴェードリングに比べて、このヴェルニゲローデの市庁舎の方が遙かに立派で建築的にも優れている。ちょっと電車で来るにはどこからも遠いというのが何だが、訪れる価値は極めて高い町だと思う。ハルツ山岳鉄道で来られた際には、是非ともこの街並みを堪能する時間を取っておくことをお勧めしたい。

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(市街地を離れた高台に町を見下ろすように城が建っている)
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ニューメキシコ州ロズウェルにあるUFO博物館を訪問する [地域興し]

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ニューメキシコ州の中東部にロズウェルという町がある。人口4万5千人の小さな町であるが、周辺に大きな町もないので地域の拠点となっているような町だ。中心市街地がそこそこ機能していて悪くない感じの田舎町である。この町外れにUFOが墜落したという事件が起きたことがある。1947年のことである。映画にもなり、Xファイルでも取り上げられた「ロズウエル事件」である。

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この不気味な「ロズウェル事件」をこの町は、町おこしに活かしている。その中心となっているのがUFO博物館である。UFO博物館は1991年につくられたが、その後、Xファイルなどでロズウェルが注目されるようになったので1997年に現在の中心市街地の真ん中に移動してくる。最盛期の時は20万人、現在でも16〜18万人が訪れるそうである。私もこの博物館に入ってみた。入館料は5ドルと安い。ただ、中に入ってその安さは理解できた。非常に安易な展示物しかないのだ。いや、展示物はそれなりに興味深いのであるが、展示方法が稚拙で、安直なのである。この博物館の一番の目玉は、ホルマリン漬けのエイリアンということなのだが、これはもう脱力するような子供だましであった。まあ、5ドルということを考えれば文句も言えないが、せっかくの充実したコンテンツに恵まれていることを考えると勿体ない。

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また、この博物館に隣接してミュージアム・ショップが設置されているのだが、このショップが品揃え、価格といいまったく酷いのである。特に価格は相当高く設定されていて、Tシャツが20ドル前後する。しかもデザインも今ひとつである。お土産を買おうと意義込んで入ったにも関わらず、買う物がなくて困った。そこで周辺にもエイリアン関連の土産物屋が多く立地していたことを思い出して、それらの一つ、博物館のすぐ目の前にあるスターチャイルドという店に入る。すると、ここは遙かにいい品揃えで、しかも価格的にも半額ほど安い(例えば、はるかに優れたデザインのTシャツが9ドル代で売られていた)など、ミュージアム・ショップよりずっと土産物屋として優れていることに気がついた。店主に、あのミュージアム・ショップは酷いね、という話をすると、それ以前はいろいろとコンサルティングなどもして手伝っていたけど、現在の館長になってやり方が納得できないと言って追い出され、しかも館長はお土産の料金を大幅に上げたのさ、との話をしてくれた。ロズウェルの観光施設の目玉は博物館である。当然、わざわざここまで来る18万人前後の観光客のお土産の需要は高いであろう。しかし、そこでぼったくるような商売をするのは博物館としてはどうなのであろうか。隣に誠実な料金設定をした土産物屋があることを考えると、その経営方針は間違っていると思わざるを得ない。まあ、このスターチャイルドという土産物のおかげで、結構、嬉しい気分で町を後にすることができたが、博物館だけを訪問したら後味の悪い旅行となってしまったであろう。町の観光方針として、この点は再考するといいであろう。

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上蒲刈島を訪れ、地元お土産のブランド展開には繊細な配慮が必要だと思う [地域興し]

広島県の上蒲刈島と下蒲刈島を訪れる。呉からちょっといった瀬戸内海に浮かぶ島である。これら二つの島は安芸灘大橋という通行料700円の有料道路で本土と結ばれている。風光明媚ななかなか感じのいい島である。さて、この蒲刈島は通産大臣賞も受賞した「海人の藻塩」という古代の製法を真似してつくった天然塩が有名である。これを買うために上蒲刈島にある「であいの館」という蒲刈町観光協会(自治体的には、現在は市町村合併したので呉市になっている)が運営している道の駅のような物販店を訪れる。「蒲刈特産品販売」と大きく宣伝している。
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さて、「海人の藻塩」を手に入れたが、ついでにちょっと他の特産品もいいものがないかと物色する。「たこかまぼこ」や「たこ天」などに興味が惹かれるが、原材料をみると、ソルビットがたっぷり入っているような感じである。まあ、ソルビットが悪いとは言わないが、身体がよくない自分にとって敢えて買う必要はないな、と思う。そこで、さよりのみりん干しが目に付いた。結構、美味しそうだし、ソルビットも含まれていない。これならいいかな、と思いレジで払おうかと思ったら、「原産地=中国」と書かれている。蒲刈の特産品を売っているのじゃないか、ここは。隣町や瀬戸内海のものならともかく、中国というのはちょっと違うのじゃないか。もう買うつもりはまったく失せたが、レジの販売員に、「特産品売場で中国原産のものを売っているのは、どういうことなんですか」と尋ねると、「いや、そのさよりは特産品とは書いていないはずですよ」と全く恥じることなく回答してきた。たしかに、隣においてあるちりめんとかは蒲刈特産品と書いているが、さよりには書かれていなかった。しかし、この店自体が特産品販売とでかでかと店の前に旗で宣伝しているし、中国産をあえて売る必要もないだろう。現に私も特産品と思って間違って買おうとしてしまったし。「しかし、そういうことをやっていると、この塩とかも本当にここのものか怪しいと思ったりするので損なんじゃないですか」と問うと、「いや、この塩はここのもんですよ」と、細かいことを言う客だな、と不愉快そうに答える。
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このレジ店員はアルバイトではなく、この蒲刈町観光協会の職員らしかったが、その対応をみて、馬路村の地元ブランドづくりの徹底した管理、ブランドとしての信用づくりへの誠実な努力の積み重ねを思い出した。馬路村とはなんと違ういい加減さと真摯さの欠如なのであろう。「海人の藻塩」は、通産大臣賞を受賞しているし、しっかりと賞品の信頼を高めるような努力をすれば、蒲刈町の知名度を高めるし、その知名度を活かして町の名前をブランド化させることも可能である。そのような恵まれた状況であるのに、蒲刈町観光協会が主催する特産品販売が、中国産のさよりのみりん干しを売るというのは、一体、何を考えているのであろうか。中国産のさよりのみりん干しを売ってしまうことで、まず、この特産品店の信頼が損なわれる。特産品を売っているというような宣伝をしておいて、実際は特産品以外のものも売っている訳である。たまたま、私は身体がよくないので原材料とかをチェックして買う習慣があるので、気がついたが、通常の人達は気がつかないで特産品だと思って買ってしまうであろう。買った後、それが特産品ではなくて中国産であることを知ったら、大変落胆すると思うのである。お土産で友達とかにあげたら大恥をかくところである。そもそも、この中国産のさよりを売ることでどの程度の利益が蒲刈町は得られるのであろうか。店舗としての信用、地域ブランドとしての信用を損なうことによる損失だけの利益が得られるとはとても思えない。一度しか来ない観光客相手だから、そんなことをしても構わないと思っているのだろうか。しかし、「海人の藻塩」であれば、馬路村の柚子醤油のように通信販売でも固定客のマーケットが確保できるだけの商品の魅力を具えているのではないだろうか。とはいえ、少なくとも私は、この経験からは、蒲刈町を信用することはできない。「海人の藻塩」以外にも「みかん」や「いちご」といった特産品もあるのだが、とても買えない。というのは、そういう消費者を馬鹿にした対応ができる人達と取引をする気になれないからである。馬路村とは極めて対照的である。

瀬戸内海に浮かぶ島々は風光明媚であるし、その昔、自動車ではなくて船が主要交通手段であった時代には大いに栄えた。この蒲刈町には遊郭があり、その遊郭には舞台もあったようである。そこで女郎はファッション・モデルよろしく、顔見せを一人一人がしていたそうなのである。そのような歴史を有する島々であるが、消費者相手に地域ブランドを確立しようとしたら、真っ当に努力を続けることが必要である。馬路村の柚子もそうだし、夕張のメロンもそうだ。信頼を築くことは大変時間がかかるが、信頼を失うことは一瞬である。蒲刈町などもしっかりとした地域ブランドを確立し、市場で競争力のある商品開発を進めてもらえればと思う。そして、その美しいランドスケープと共存する生活を次代に引き継いでもらいたいと考えるが、あまりにも消費者を甘くみているのではないだろうか。そういうことをしていると、ブランドを確立できそうな「海人の藻塩」でさえ、消費者にそっぽを向かれる日も遠くないと思う。そもそも手法がユニークというのは模倣が簡単であるからだ。まさに産地偽装が大いなる非難の対象となっている現在、なぜ、民間ではなく公共、しかもNPOと謳っているような組織が運営している特産品売場で、そういうことが行えるのであろうか。消費者を馬鹿にするのもいい加減にすべきである。


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高級無添加りんごジュースのマーケティングは難しい [地域興し]

 ゼミ生が無添加のりんごジュースを研究室に置いておいた。ちょっと、ゼミ生にチェックをさせたら開栓されていたジュースにカビが発生していた。おいおい、と思って捨てさせたのだが、まあ、無添加のりんごジュースだから保存料漬けのりんごジュースのようにはいかない。最低、冷蔵庫に入れておかなくては駄目だろう。ゼミ生のもってきた無添加りんごジュースは、相当美味しい。私もこのジュースをつくっている農家に遊びに行かせてもらい、いろいろと試飲させていただいた。非常に美味である。そして、この農家の方はいろいろと販売するチャンネルをつくろうと努力されている。こんな美味しいりんごジュースなら、皆大喜びだろうと思っていたのだが、販売を委託されている人の考えだろうか。とても高い値段で売られていることを知った。500ミリリットルで800円、場所によっては1000円で売っている。青森のみかみ果樹園の100%無添加りんごジュースが1000ミリリットルで680円だから、単位当たりは3倍近くの値段だ。みかみ果樹園より美味しいのかもしれないが、正直、ちょっと違いは分かりにくい気がする。この農家の人は本当に農業の考えもしっかりしていて、私も大ファンになっているのだが、ただこの無添加りんごジュースのマーケティングには違和感を覚えている。というのは、500ミリリットルで800円のりんごジュースを買おうと思う人は、相当の健康志向であることがうかがえるからだ。りんごジュースの味に拘るだけでは、そんな高いものは買わない。トロピカーナの100%りんごジュースで十分だ。値上げをしても、それでもサミットであれば1000ミリリットルで200円程度で買えてしまう。となると、やはりちょっと放置しただけでカビが発生するくらいの無添加であることが、付加価値になると思うのである。
 ところがだ。もしそんなに健康に拘るのであれば、そういう人はジューサーを購入してしまうと思うのである。ヨドバシに行けば、5000円もしないでまともなジューサーを購入できる。それでりんごをジューサーにかけてジュースをつくればいいのである。500ミリリットルで800円払うのであれば、余裕でジュースのために有機のうまいりんごが購入できてしまう。そして、ジューサーにかけた出来たて直後のりんごジュースは、もうこれは本当に滅茶苦茶美味しい。どんなに美味しい無添加ジュースも、これには適わない。そういえば、トロピカーナのジュースの広告コピーは「自家製100%ジュースのおいしさ」を目指しているそうだ。そうか、自家製がやはり最高に美味いのか。りんごジュースをつくっている農家の人には本当に申し訳ない気分ではあるのだが、高級無添加ジュースのマーケティングは結構、厳しいことを知った。ある程度の価格、例えば、濃縮還元のトロピカーナの100%ジュースの3倍くらいの値段でならマーケットはあるかもしれない。しかし、それ以上高く、健康志向の人達にアピールしようとするのは、しんどいものがある。みかみ果樹園の価格こそが上限に近いのではないか、と思った次第である。とはいえ、私はジューサーのりんごのために、秋には是非ともこの農家に遊びに行かせていただき、大量のりんごを購入したいと考えているのである。


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箱根を訪れ、しっかりとした景観計画が必要であると改めて考える [地域興し]

箱根を訪れる。箱根はいつのまにやら多くの外国人観光客が訪れるようになっていた。おそらく、昔からそうだったのだろうが、最近は本当に目立つ。中国人、韓国人が特に多い。箱根登山鉄道があり、これは外国の観光客にとっても相当面白いだろうとは思われるのだが、やはり景観管理がされてないため、一級の観光地としては甚だ醜い。特に看板等は色彩等統一することはできないのか。また、強羅周辺では7階建てのマンションが工事中であった。どうして、国立公園なのに7階建てのマンションが建設できるのだろうか。箱根に7階は、港区では30階建てくらいの負のインパクトがある。このような事態に遭遇すると、都市計画で必要なのは建築とかランドスケープといった技術系の学問ではなく、法学なのではないかと強く思ってしまう。とんでもないことが起きている。外国人がせっかく多く訪問してくれているのに、このようなマンション開発は大いなる経済的損失をもたらすことを行政や地元の人はしっかりと理解すべきである。

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新井スキー場の印象は「施設一流、サービス二流、雪三流」 [地域興し]

家族と新井のスキー場へ来た。施設の充実度に驚いた。相当、高いサービスをここでは受けられる。特に食事関係が充実している。スキー場といえば、飯は不味いのが相場であったが、ここの例えば和食の朝食バイキングは日航ホテルのそれより、はるかに美味しい。また、イタリアン・レストランのピザは石釜で焼いているので、これも美味しい。スキー場だけでなく、街中にあっても相当レベルが高いと思われる。食事系は、これらに加えて、中華レストラン、ホットドッグ屋、パン屋などもあり、幅広いニーズに対応できるようになっている。宿泊したホテルのアメニティも充実していた。風呂場もそこらへんの道の駅のスーパー銭湯よりはるかに充実している。ただし、スキー学校に娘を入れたのだが、その対応は必ずしもしっかりと訓練されたものとは言えなかった。私は、はるか昔の大学生時代、アルバイトでスキー学校で働いていたのだが、私の同僚達の方がはるかに訓練され、しっかりとしていた。

そして、致命的なことに雪質は最悪に近かった。3月下旬なので雪質に対してどうこういうのは間違っているのかもしれないが、それにしても、この雪はスキーをするものではないだろう。まあ、雪質がよくない妙高高原より、さらに海側なので、これは致し方ないか。

ということで、新井の印象は「施設一流、サービス二流、雪三流」という感じであった。あれだけ充実した施設を揃えたからには、それなりに相当規模の集客を図らなくてはならない。サービスは経営の考え方でどうにでもなるだろうが、雪だけはどうにもならない。この施設が、丸沼高原や志賀高原、蔵王などにあれば、さぞかし素晴らしいスキー・リゾートになれたのにと思うと残念である。
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