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ドイツのアンペルマン [ドイツ便り]

ドイツが再統一された後、ほとんどの旧東ドイツのものは旧西ドイツのものに置き換わった。経済システムはもちろんだが、政治システムもそうだし、自動車やスーパーマーケットなども西側のものが入ってきて、従来のものは駆逐された。そのような中、数少ない生き残りがアンペルマンという歩行者用の信号機にデザインされた男性と女性のアイコンである。青の時は歩いているポーズの男性、赤の時は人を制するように両手を広げている女性。なかなかチャーミングなデザインだ。
 このアンペルマンであるが、デザインしたのはカール・ペグラウという旧東ドイツの心理学者である。当時、東西ベルリンに壁がつくられた直後であったが、交通事故の多さが大きな社会的問題となっていた。それまで自動車用の信号機はあっても、歩行者用の信号機はなかったのである。そこで歩行者用の信号機をつくるのと同時に、人々はただの信号機よりもシンボルがあった方が注意喚起をするという心理学的な研究成果を活かして、信号機に人型のシンボルを描いたのである。1961年には、このデザインをベルリン市にプレゼンする。そして、1969年にはベルリン市にて、これらのデザインがされた信号機が設置されたることになる。この信号機は効果があることが判明し、その後、旧東ドイツ全土にて設置されるようになる。
 アンペルマンは旧東ドイツでは極めて好意的に捉えられ、フリードリッヒ・ロチョウ氏は子ども向けの交通安全の映画にてアンペルマンを登場させ、彼らに道路での危険な状況を指摘する役割を担わせた。この映画を観た後、子どもたちはアンペルマンのバッジやキーホルダーなどのグッズをもらったのである。これが、最初のアンペルマン・グッズであろうと考えられている。
 1989年にドイツが再統一された後、信号機も西側のものに置き換わった。しかし、しばらく経った1996年に工業デザイナーのマーカス・ヘックハウゼンが、旧東ドイツの撤去されたアンペルマン信号機を使って、新しい電灯をつくりはじめた。これがメディアの注目を集め、人々は旧東ドイツのものでも旧西ドイツより優れたものがあり、それを全て撤去してしまうのは間違いがあることに気づかされたのである。そして、アンペルマンの保全活動をつくる委員会が設置されて、彼らは結果的に復活することになる。現在は、アンペルマンは大通りではなく、あまり交通量が多くない道に設置されている。さらに、旧西ドイツの街でもアンペルマンを設置する自治体も出てきた。したがって、アンペルマンの有無で旧東ドイツであったか旧西ドイツであったかを判断することも、今ではできなくなっている。

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【アンペルマン:ヴェロニゲローデにて】
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