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広末涼子の不倫報道の多さは異様だ [その他]

広末涼子の不倫報道がマスコミを騒がせている。もう、まるで鬼の首を取ったようなバッシングである。しかし、不倫は犯罪ではない。それは、社会的モラルに反するかもしれないし、家族(特に配偶者)にとっては衝撃的な裏切り行為かもしれないが、それは家族の問題であるし、それを外部の者が「とんでもない」と論じるようなものではないと思う。
 いろいろと広末涼子を非難している芸能人達も、そんなに立派な清廉潔白な生活をしているのだろうか。私の学生時代の知り合いや、会社時代の同僚とかでも、そういういわゆる不貞話は男女を問わず少なくない。それが発覚して離婚に至る場合もあるし、そうでない場合もある。みんな、そんなに聖人君子として生きている訳ではないと思う。
 それであるにも関わらず、今回の広末涼子のバッシングは尋常ではない。広末涼子は非常に面白い芸能人だと思う。まず、周りに合わせるのではなく、自分の感情とかに非常に正直である。決して受験勉強とかができる訳ではないのに(土佐女子を受験して落ちているそうだ)、早稲田とかに入ろうとするのは、自己肯定感が強いからであろう。恋愛も自己肯定感を満足させてくれる。ただ、大学受験も恋愛もそうだが、成就した後は、それほどは楽しくない。したがって、退学するし、恋愛も長続きしない。ただ、その何かを得ようとするプロセス時の自己肯定感に支えられるドライブのようなものに惹かれるタイプなのではないかと思う。それはあまり長期的には建設的ではないかもしれないが、刹那的な幸福感を積み重ねる生き方をしている人は、特に芸能人には数多くいる。広末涼子もそういうタイプなのではないか、と思う。
 もう一つの広末涼子の特徴は、グローバルな大美人であるということだ。22歳でフランス映画「Wasabi」でジャン・レノと共演した、という実績は凄いものがある。世界的に通用する器である。このような美貌の女性が好色であったら、それは人類史的にみてもやりたい放題なことをしてきている。ちょっと前のヨーロッパだったら、広末を求める男性陣がしょっちゅう決闘をしていたような玉なのである。実際、今回の浮気相手も広末涼子に言い寄られて舞い上がっていた、と週刊誌に書かれていたが、その気持ちは分かる。
 広末涼子は一般人ではなく、芸能人であるし、凄まじいほどの美貌の持ち主である。それを一般人の価値観で当て嵌めて、けしからんとか言うのは間違っていると思う。いや、自分の妹や娘だったりしたら、それは間違っている、と言うだろう。しかし、芸能人であるのだから、一般人とは違っていろいろと正直に生きていけばいいと思うのである。それに苦しむのは家族ぐらいなのだから。まあ、家族には同情するが、広末涼子の家族を私は知らないし。あと、浮気相手のシェフこそ、けじめをつけるべきだと思う。広末涼子がすべての元凶のような報道のされ方にも違和感を覚える。
 何か、広末涼子の異様なバッシングには裏があるな。周防社長の恨みがまだ長引いているのか。どちらにしろ、この裏が匂うところが、今回の件の嫌な感じのするところであり、また、こういう「溺れる犬を棒で叩く」的な日本社会の陰湿さには虫酸が走る。
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若者はクリエイティブな仕事なら喜んでやると考えるのは大間違いだ、と思う [教育論]

知り合いに一部上場の経営顧問をしている人がいる。彼は、若者がなかなか仕事にコミットできないのはクリエイティブな仕事をさせてないからだ、と考えて、なるべくクリエイティブな仕事をさせるようにしなくてはいけない、と対策を練っている。
 私はそれを聞いて違和感を覚えた。というのも、私が日々、接している偏差値50前後の学生(いわゆる大学卒の平均ということですかね)のほとんどはクリエイティブな仕事をさせようとすると、それを忌諱するからだ。むしろ、頭を考えずに機械的に作業をこなす、ノン・クリエイティブな仕事をやりたがる。答えを見出すといったクリエイティブな仕事に必要とされるような状況に置かれることを、むしろ強烈に拒絶する。そして、すぐChatGPTに答えを求める。つまり、クリエイティブな仕事こそ、コンピューターに依存し、自分達はただ、何も考えないで単純作業の方が好む傾向があるからだ。
 もちろん、中にはそのようなクリエイティブな仕事の方に楽しみを見出す学生もいないではないが、それはほぼ私の場合、1割ぐらいだと思う。うちの学生は公務員志望が多いが、それもクリエイティブな仕事ではなく、ルーチンで処理できるからだと考えているからだと思われる時がある。要するに付加価値を出さなくても、上の言うことを聞いていけば給料がもらえる仕事と思っているからだという節がある。すべて指示待ちという学生こそ、公務員志望が多い。いやいや、公務員も随分となめられたもんだ。よく考えると、試験勉強というのは結構、クリエイティブでなくてもできるから、そのような学生が公務員志望になることはよく分かる。
 現在、学生達に地元のB級グルメでも考えたら、というクリエイティブな課題を出したのだが、いやあ、全然、オリジナルでクリエイティブなアイデアは出てきませんよ。そもそも、地元のどういう資源を活かしらいいかのアイデアが出てこない。「先生、教えてください」・・・ですぐ答えを求めてくる。そして、ちょっと焼きそばにでもするか、と試作会をしたら、そもそも料理がまったくできない。いや、下宿していた女の子一人が包丁をまともに使えたが、他の学生はもう怪我をいつするのか、とハラハラしてしまいましたよ。火で炒める時、腰が引けている女の子とかがいたからな。
 ということで、クリエイティブな前に野菜を炒められる、包丁を使えるといった基礎的な技術をマスターすることが先ということが分かったのだが、何もこれはB級グルメのメニュー開発に限った話で閉じる話ではない。楽器が弾けなければろくなメロディは出てこない。絵の具が使えなければいい絵は描けない。オリジナルな仕事をするというのであれば、それなりの技術をマスターすることが必要で、そういう技術がクリエイティビティを育むのである。そこをスキップしら、クリエイティブになれる訳はなく、当然、クリエイティブな仕事をできないというか、したがる訳がない。そのような人が仕事にやり甲斐を持つ訳はない。仕事にやり甲斐を持つのは、自分の技術が活きる時だからだ。仕事の内容ではない。

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シン・ウルトラマン [映画批評]

国際便に乗ったので時間つぶしに観たら、非常によかった。ウルトラマン・シリーズの懐かしの怪獣や外星人が出てきて、ちょっと懐かしい。ザラブ星人、メフィラス星人、ゼットンなどである。ゼットンはゼットン星人の最終兵器かと思っていたのだが、この映画ではなんとゾフィーがセッティングしたという驚きの展開。全般的に制作陣が同じだからか、オリジナルのウルトラマンよりも「シン・ゴジラ」との共通点が多い。役所の非効率とか、アホな政治家、とかそういう本質的でないところで、問題がどんどんややこしくなっていく。結局、本当の敵は怪獣や外星人じゃなくて、身内のシステムにあるんじゃないか、と思わせるところが、なんか観ていていらいらさせるが、それらの描写がこの荒唐無稽なフィクションにリアリティ感を与えているところが面白い。あと、長澤ますみは勝手に清楚なイメージを抱いていたが、この映画で彼女演じる、あばずれ感のする公務員はなかなか悪くなかった。ちょっと、オタク受けをする映画かもしれないが、私は十二分に楽しめた。できれば、本制作陣によるバルタン星人やメトロン星人などが出てくるバージョンのものも観てみたい。


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  • 出版社/メーカー: 東宝
  • 発売日: 2023/04/12
  • メディア: DVD



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メキシコ・シティのタクシーとウーバーだと4倍ぐらいの料金差がある [地球探訪記]

メキシコ・シティに来た。国際空港からコヨアカンのホテルまでタクシーで行った。もう空港に着いたのが2時頃で、公共交通という選択肢もなかったからだが、空港のタクシー会社でコヨアカンまで連れて行ってくれ、と言うと料金は650ペソだと言う。この遅い時間だし、50ペソほどチップで払ったので700ペソかかった。1800円ぐらいだ。
帰国する時も同じホテルから空港までタクシーを呼んでくれ、とホテルの人に頼むとウーバーを呼んでくれた。その値段は157ペソであった。チップを3ペソ払ってくれ、と言われる。ウーバーは確かに普通の自動車であったが、まあタクシーと基本的なサービスは同じである。ただ、このウーバーは、クレジット・カードは使えずに現金のみであった。帰りは夕方のラッシュ時だったので時間は随分とかかったが、料金は最初の提示どおり157ペソであった。随分と安上がりだ。コインをお釣りでもらっても邪魔なだけなので200ペソで残りはチップとしてあげておいた。157ペソと650ペソ。同じ距離でほぼ同じサービスなのに4倍も違う。まあ、英語がほとんど通じないので空港で自分でウーバーを呼ぶのはなかなか治安がよくないメキシコやブラジルでは厳しいかもしれないが、ホテルとかで現地の人に交渉してもらうのであればウーバーの方がずっと便利だな、と思った次第である。

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クリス・ポールとジョーダン・プールのトレードについてポイントをまとめてみる [スポーツ]

6月22日(現地時間)、ウォリアーズがウィザードとトレードを遂行した。ウォリアーズは38歳の殿堂入り確実のポイント・ガード、クリス・ポールを獲得し、ウィザードはジョーダン・プールと2022年のドラフト選手、ライアン・ロリンズ(2巡目)とパトリック・ボールドウィン・ジュニア(1巡目)、さらに将来の2つのドラフト権を獲得した。
 このトレードに関しては本場アメリカでも相当、賛否両論(というか賛成は少ないが)で随分とスポーツ・ラジオやスポーツ番組を賑わせているが、日本のNBAファンのツィッターなどをみていると、あまりにも背景の理解がなさ過ぎるものが多いので(例えばクリス・ポールじゃなくてブラッド・ビールとトレードできただろうなどという呑気な意見)、ここでこのトレードの背景にあった理由などを整理してみたいと思う。
 まず、このトレードをなぜウォリアーズが遂行しなくてはいけなかったのか。それはコレクティブ・バーゲニング・アグリーメント(俗にいうCBA)が2023年7月1日から施行されるからだ。これによって、次のようにルールが変わる(7年間有効)。
1) 贅沢税(Luxury tax)を1750万ドル超えているチームは幾つかの制約事項が生じる。「トレードで出す選手の年俸より得る選手の年俸が高くなってはいけない」「ファースト・ラウンドのドラフト権を7年間トレードに提供することができない」「金銭トレードをしてはいけない」などである。
2) 契約延長に関しては、ベテラン選手であれば前年より140%まで上げることができる(それまでは120%)。
3) サラリー・キャップは毎年10%ほどに上限が設定される(これは2016年に32%の上昇を許したため、ウォリアーズがケビン・デュラントと契約できたことを反面教師としている)。
このCBAルールはウォリアーズ潰しと言われるほど、スーパー・チームをつくらせないことを意図している。
 さて、そのように考えて、現在のウォリアーズの年俸状況を整理してみよう。まず、昨年度のウォリアーズの年俸の総額は3600万ドル。これはNBA史上最高額である。個別にみると、次のようになる。
*ステファン・カレー(約48億円)(簡単にするために1ドル=100円で計算している)
*クレイ・トンプソン(約40億円)
*アンドリュー・ウィギンス(約33億円)
 ここで、ジョーダン・プールだが、今年度は約3.9億円であったが、来年度から28億円、30億円、32億円、34億円という4年間で124億円という巨額契約が執行されることになるという状況にあった。
 さて、ここで重要なのはウォリアーズ三羽がらすのドレイモンド・グリーンである。彼は今年で契約終了だが、今年度は26億円であった。そして、このドレイモンド・グリーンはプレイヤー・オプションでの契約延長を選択することをせず、フリー・エイジェント宣言をした(これはウォリアーズもほぼ計算済み・・さすがに一年延長ではなく、33歳のドレイモンドが最後のフリー・エイジェントの機会を活かして長期契約を求めるのはある意味、当然である)。
 このような状況から、ウォリアーズが何をするべきかを考える。まず、ウォリアーズは半年ぐらい前までは、相当、傲慢な考えを有していた。それは、カリーやグリーンがつくりあげた黄金期が衰退した時には、新しい若い世代で新しい黄金期をつくりあげるという傲慢なシナリオである。この若い世代とは、ドラフト全体二位のジェイムス・ワイズマンやジョーダン・プール、ジョナサン・カミンガ、モーゼス・ムーディ等である。これは、瞬間的に上手くいくかもと私も期待した時があったが、ジェイムス・ワイズマンはまったくの期待外れに終わり、5つのドラフト権2位(これはゲイリー・ペイトン・ジュニアとのトレードで使われた)とトレードされた。そして、ジョーダン・プールも一昨年度はリーサル・ウェッペン3とか、プール・パーティーとかもてはやされていたが、今年度、特にプレイオフでは、そのバスケIQの低さ、ターンオーバ−・アシスト率の悪さ、ショット・セレクションの不味さからグリーンだけでなくカリーからも怒られるような状況に陥ってしまい、プレイングタイムももらえないほどカー監督の信頼を失っていた。
 そのような状況下、カリーという超絶スーパースターがまだ衰えていない今こそ、勝負をすべきであるというのがウォリアーズの戦略となった。若手が育つのを待っていたら、貴重なカリーという選手がいる機会を失ってしまう。つまり、カリーを中核としたチームで優勝を今、狙いにいくというのがウォリアーズの戦略になったのだ。
 そのように考えると、まず優先させることはグリーンの再契約である。さて、しかし、グリーンと再契約するには持ち金がない(いや、金はあるけどルール上使えない)。新たに導入されるCBAの規制では、誰かの巨大契約を取り除かなくては無理である。そこで、誰の契約を取り除くといいのかを考えると一目瞭然である。ジョーダン・プールの契約だ。しかも、グリーンとプールは今年度のシーズン前のパンチ事件以降、表向きは問題がないと言っても、ずっと尾を引いていた。アウエィでの勝率の悪さはまさにそれを物語っていたし、プールがトレードされた直後に、グリーンのインスタグラムから外れたというニュースが流れたが、プールはずっと根に持っていたのだろうな。ただ、グリーンのパンチは映像で流されたので、非常にインパクトは大きかったのだが、どちらかというと、プールがそこまで怒らせることをしたのか、というように私を含めて多くの人が思っていたところもある。どちらにしろ、両者が和解できないことは一目瞭然である。それでは、どちらが重要か。これはカリーの才能を活かすという点では、もう異論はないだろう。ドレイモンド・グリーンである。
 さて、しかし、このジョーダン・プールのトレードは、この契約額の大きさのために誰も欲しがらなかった。ウォリアーズはジョーダン・プールとともに心中するしかないのか。私などは、もうジョナサン・カミンガをつけてトレードするしかないかも、と悲観的に思っていたのだが、ジョナサン・カミンガをつけなくても、昨年度のウォリアーズがドラフトした若手二人と2つのドラフト権で受け取ってくれたとは願ったり、適ったりである。おまけにクリス・ポールと交換である。彼は来年度の30億円という契約しかないから、来年度以降、再契約を考えなくてはいけないクレイ・トンプソンのことを考えても好都合である。
 ということで、ジョーダン・プールの契約から開放されることで、初めてウォリアーズは将来を描くだけの可能性を獲得することができたのである。もちろん、クリス・ポールじゃない人材もいただろう、という指摘はある。しかし、38歳のクリス・ポールと24際のジョーダン・プールとのトレードに若手(ドラフト権を含む)を4人もつけなくては成立しないほど、ジョーダン・プールのトレード価値は低いのだ。もはや、バスケットの能力だけでトレードを考えるような時代ではないのである。
 さて、この文章の最初の方でブラッド・ビールとトレードできる訳ないだろう、と書いたのは、ブラッド・ビールは現在のNBAの選手で唯一、「ノー・トレード」の契約条項を有している選手であるからだ。これは、極めて選手に有利な契約で、チームに不利である。ブラッド・ビールのトレードでサンズが失ったものが少なかったのは、それだけウィザードがビールというバスケット選手よりかは、ビールとの契約を忌諱していたからである。まあ、ババ抜きのババである。もちろん、ビールの「ノー・トレード」条項はサンズに行っても生きているので、こんな選手はいらない。ビールの年俸って約43億円である。ビールがサンズに行って喜んでいるサンズ・ファンはちょっとおかしいのじゃないか、と思う。ちなみに私が「ノー・トレード」契約を結んでいいと思う選手は、コーベ・ブライアント以降ではステファン・カリーと、強いて言えばヤニス・アデトクンボくらいである。
 もちろん、このような契約を結んだのは、ウィザードがアホだったからだし、ジョーダン・プールが4年間で124億円の契約を結んだのは、ベスト・エクゼクティブの誉れの高いボブ・マイヤーGMの判断で、個人的には、このマイヤーの経営ミスはウォリアーズの将来の可能性を摘んだと結構、怒っていたので、今回、マイク・ダン・リーヴィー・ジュニアGMが、このウォリアーズの癌(ジョーダン選手というより、ジョーダン選手の契約)を取り除いたことは、非常によかったと思っている。
 あとジョーダン選手の契約が癌とは書いたが、ジョーダン選手はウォリアーズの最大の武器である「ケミストリー」を最も乱した選手であったことは間違いない。カー監督がパンチ事件から結局、復活できなかった、とプレイオフで負けた後に述べていたぐらいだから、ジョーダン選手がウォリアーズでやっていくことは非常に厳しかったのは間違いない。
 もちろん、現時点ではグリーンが再契約しない可能性もあるので、油断はできないが、ウォリアーズ・ファンにとってはよかった日であると個人的には考えている。
 あと、クリス・ポールはウォリアーズのファスト・ペースに合わないとか、実質的なポイント・ガードのグリーンと一緒にコートに立った時、どのように役割分担ができるんだ、と言った意見が、私も非常に一目置いているティム・レグラーやJJレディックといった評論家が述べているので、私も危惧してはいる。しかし、セカンド・ユニットの若手をしっかりと指揮し(グリーンはプールの一件で若手の信頼を得られていない)、また得意のピック・アンド・ロールもカミンガとのコンビでやったら無敵に近いのではと思ったりしているのだが、この意見はまだ寡聞にして、コメンテーターからは聞けてないので、私の理解が浅いのかもしれない。
 まあ、随分とだらだらと書いたが、指摘したいことは、これからの7年間は、NBAのトレードは、これまで以上に契約をも踏まえてのトレードになるので、単にバスケだけの観点でいろいろと意見をいうと、その背景にある大きな問題を見失うので気をつける必要があるということだ。とはいえ、アメリカ人のスポーツ・コメンテーターでもここらへんが分かっていない人が半分なので、日本人のNBAファンはなかなか難しいところもあるのはしょうがないかもしれない。

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『チケット・トゥ・パラダイス』 [映画批評]

ジュリア・ロバーツとジョージ・クルーニーの豪華共演映画ではあるが、それ以上のものではなく、糞の役にも立たない時間つぶしの映画。まあ、内容のないコメディ映画に腹を立ててもしょうがないのだが。バリ島のロケは綺麗ではあるが、そんな世界で一番美しい、というほどは美しくはないだろう。私ぐらいの年だと、ジュリア・ロバーツを『プリティ・ウーマン』で知ることになり、もうそのプリティさには相当、参った世代ではあるが、さすがにその頃を知っていると、薹が立っているジュリア・ロバーツはちょっと辛い。というか、ハリウッド映画は本当、内容が薄い。なんか仕事している意味あるんか、と言いたくなるような作品だ。


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都市の魅力と『パタン・ランゲージ』 [都市デザイン]

1980年代頃、都市の論客として巨大な存在感を示したクリストファー・アレキザンダー。彼は『パタン・ランゲージ』という概念を提示し、「都市はツリーではない」という名言を広げます。私は1993年から3年間、カリフォルニア大学のバークレイ校に留学しますが、バークレイ校に惹かれた理由の一つとして、クリストファー・アレキザンダーがいたことが挙げられます。彼のゼミにも応募して、無事、入り込むことができますが、3回だけ開講すると、個人の都合で勝手に中止されました。まあ、そのことを書くと、話が進まないので、それはまたの機会に置いておきたいと思いますが、このクリストファー・アレキサンダーはパタン・ランゲージにおいて、「都市の魔力(マジック)」という言葉を用いて、都市の魅力を論じています。彼によれば、「都市の魔力」を生むのに必要なものは、大学、美術館、図書館、動物園、交響楽団、日刊紙、AM/FM放送局、高級宝石店、毛皮店、流行に強いブティック、などを挙げています。
 これを読んだ方は、このリストに対してどう思いますか?ちょっとは納得するけど、あまり納得しないのではないでしょうか。凄く魅力に寄与するなというのを+++、そこそこ寄与するかなというのは++、まあ、無いよりはましかなは+と評価すると、+++であるのは「大学」ぐらいかな。++としては「美術館」「図書館」「動物園」「日刊紙」はそうは評価できると思いますが、他のほとんどは+。というか、個人的には「交響楽団」「高級宝石店」「毛皮店」はいらない。
 じゃあ、何が魅力として必要なのかを考えると、もうこれは圧倒的に「飲み屋」、それも「いい飲み屋」です。美味い寿司屋があると嬉しい。あと、いい酒屋、珈琲豆焙煎店、豆腐屋、コンフェクショナリー。スーパーと差別化できるクオリティの、肉屋、魚屋、八百屋。銀行と郵便局は近くにあった方がいい。金物屋や園芸店、文房具店、本屋もあるといいです。さらにライブハウスがあると嬉しい。交響楽団はいらないけど、いい箱があると有り難い。レンタル・スタジオがあるといい。また、コミュニティが集えて、ちょっとした会合などができるようなカフェ、もしくは市民菜園みたいなものがあるといい。同じ趣味を持つ人が集い、交流できるような場があるといい。それと快適な散歩ができる緑道や公園などもあると有り難い。
 それと余裕があれば、プロスポーツ・チームがあるといいかもしれない。個人的にはそういうところには滅多に行かないが、その都市での話題づくりにもなるし、気持ちが一つになりやすい。
 ということで、クリストファー・アレキザンダーと自分とで随分と都市の見方が違うことに気がつきました。クリストファー・アレキザンダーは一般的な都市づくりの「言語」として「パターン・ランゲージ」を提唱して、それはそれで興味深い指摘だったかとは思いますが、彼の使う言語は「アレキザンダー語」であって、普遍的ではないことがこの一事例でも理解できます。このアレキザンダー語が普遍的な言語でないのと同様に、建築も都市もその場所、時間、そこで息づく人々によって異なり、そこに普遍的な一般性はない。アプローチとしては興味深いものがあるが、民主的なアプローチが必ずしも万人に受け入れられる魅力的な都市をつくれる訳ではないことも、この一例は示唆していると思います。
 むしろ、ドイツのIBAのエムシャー・パークのようなアプローチの方が有効ではないのか、と思います。つまり、設問を提示して、それを多くの人が市民参加的なワークショップではなく、それぞれが思考を深化させることで解決を見出すというプロセスです。
最近、『パタン・ランゲージ』を高く評価する私よりずっと若い都市デザインの研究者と話をして、ちょっと違和感を覚えたので、少し、考えをまとめてみました。

パタン・ランゲージ―環境設計の手引

パタン・ランゲージ―環境設計の手引

  • 出版社/メーカー: 鹿島出版会
  • 発売日: 1984/12/05
  • メディア: 単行本



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