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『ペスト大流行』村上陽一郎 [書評]

科学史の大家、村上陽一郎が1983年に出した『ペスト大流行』。これまでヨーロッパでは三回大きなペストの流行をみているが、この本は14世紀のペスト大流行に焦点を当て、その被害の実態、さらにはそれが当時のヨーロッパの社会経済に及ぼした影響についてコンパクトに論じている。著者の造詣の深さには驚くべきものがあり、現在のコロナウィルスがこれからどんな影響を社会経済に及ぼしていくのかを考察するうえで資するような知見に溢れている。


ペスト大流行: ヨーロッパ中世の崩壊 (岩波新書 黄版 225)

ペスト大流行: ヨーロッパ中世の崩壊 (岩波新書 黄版 225)

  • 作者: 村上 陽一郎
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 1983/03/22
  • メディア: 新書



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リウーを待ちながら [書評]

2017年から2018年にかけて連載された漫画の単行本。まるで現在のコロナウィルス禍を予測したかのような展開に驚くが、その元ネタはカミュの「ペスト」。リウーとは、ペストの主人公である医師の名前である。その内容も、「ペスト」でロックダウンされた都市オラン市を、そのまま日本の富士山麓の横走市へ置き換えたような内容であるが、舞台背景は21世紀なので、「ペスト」の物語が現在、起きたらどうなる、という読者の想像力をかき立てるという意味で面白い。「ペスト」に出てくる登場人物を彷彿させる人も多く出てきて、また「ペスト」での科白をそのまましゃべらせたりして、「ペスト」を読んだことのある読者にとってはそれもこの漫画の魅力の一要素となっているであろう。この本を読む前に「ペスト」を読むことをお勧めするし、こちらを先に読んだ場合も後追いで「ペスト」を読むといいかと思う。どちらの本も、そのお互いの世界を理解するうえで役に立つ。


リウーを待ちながら(1) (イブニングコミックス)

リウーを待ちながら(1) (イブニングコミックス)

  • 作者: 朱戸アオ
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2017/06/23
  • メディア: Kindle版




リウーを待ちながら(2) (イブニングコミックス)

リウーを待ちながら(2) (イブニングコミックス)

  • 作者: 朱戸アオ
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2017/10/23
  • メディア: Kindle版




リウーを待ちながら(3) (イブニングコミックス)

リウーを待ちながら(3) (イブニングコミックス)

  • 作者: 朱戸アオ
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2018/03/23
  • メディア: Kindle版



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京都での一人暮らしは高くつく [京都生活]

京都と東京での二重生活をして二年半ぐらいが経つ。朝ご飯はなるべく、自炊するようにしているのだが、結構、これが高くつく。近くに阪急系のスーパー「いずみや」があるのだが、これは例えば東京の城南地区にある「おおぜき」、「サミット」、「いなげや」というローカルなスーパーマーケットはもちろん、「東急ストア」より品質が悪い生鮮品を提供し、なおかつ値段が高い。昨日などは、八分の一のサイズのスイカを498円で売っていた。しかも、元のサイズも小さいようなスイカである。東京の都立大学であれば900円で一玉買える。
 まだ、これらが美味しければ少しは納得できるのだが、美味しくないのだ。野菜、美味しくない・・・京都。いや、京野菜も売っていたりするのだが、それはそれで馬鹿高い。京野菜は美味しいと思うが、この値段だとちょっと一人暮らしだと手が出ない。というのは、新鮮なうちにそうそう食べきれないからだ。
 そもそも一人暮らしを気づいたのだが、タマネギを一玉買うと、そのタマネギを消費するために3日間ぐらいの献立が決まってしまう。先日はレタスを間違えて買ってしまったのだが、やはり、このレタスが献立を決める。そして、タマネギもレタスもそれほど高くないのだが、チキンサラダにしたりしようと考えると、ささみチキンを買ったり、キュウリを買ったりで結局、外食とほぼかわらないような値段になってしまったりするのだ。いや、三人前をつくるのであれば、一人当たりの額は自炊の方が安いだろうが、一人前だと本当、コスパが悪くなる。なぜなら、ささみチキン、レトルトなのになかなか高い値段だったりするからだ。まあ、この一人前は高いというのは、東京でも京都でも同じことなのだろうが、それにしても大学生が多い都市であるのに、なんか一人暮らしにそれほど親切ではないなあ、と思わせられたりする。
 そんなに「いずみや」に文句があればローカルのスーパーに行けばいいじゃないかと言われるかもしれない。京都にもフレスコというローカルのスーパーはあるのだ。しかも、これも家のすぐそばにある。ただ、このフレスコ、なんと「いずみや」よりさらに酷いのだ。
 京都に暮らしていて感じるのは、この消費生活が貧相なことである。これは、あまり指摘されていないことだが、東京のような生活をするうえでのコスパがいいのだ。スイカだけでなく、例えば焙煎珈琲豆なども、東京だと注文してから焙煎してくれるし、なおかつ値段も全然、京都より安い。以前、私が贔屓にしていた東京の焙煎珈琲豆屋に京都からわざわざ買いに来た人がいて、なんでわざわざここで買うのか、と訝しんでいたが、京都より安くて、新鮮(焙煎したものを新鮮というのも変だが)な豆が手に入るからだということを、こっちにきて知った。
 それでも、京都はまだ自立した生活はできるかと思う。私も仕事柄、家に帰るのが遅いので商店街とかをうまく活用できず、スーパー便りなので、豊かでない生活をしているというところはあると思う。東京にいると、肉屋は肉屋で、珈琲豆は焙煎珈琲豆屋で、野菜は八百屋で、パンやパン屋で、ケーキはケーキ屋で、としっかりと専門店で購入しているが、京都ではそこらへんがまだうまく回せてないからだ。とはいえ、この消費生活環境が、商品の供給力という点で劣っているだけでなく、コスパが悪い、ということが地方都市の東京に比しての大きな競争性の無さではないかと思われる。最近、本当、地方にいってお店に入って安いな、と感じることが少なくなっている。まあ、ちゃんとしたお店を見つけてられないといえばそれまでなのだが、非常に気になる東京と地方との違いである。というようなことを、まさか京都で書くとは思わなかった。京都はもっと豊かな消費生活環境を維持できていると思っていたからだ。

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建設ドキュメント1988 – イサム・ノグチとモエレ沼公園 [書評]

札幌市にあるモエレ沼公園は、そのデザイン性の高さ、クオリティの高さなどから、公共事業でつくられたとはとても思えない、ある意味、奇跡的な公共空間であると考える。この本は、そのような「奇跡」がなぜ起きたのか、プロジェクトに主体的に関わった建築家とランドスケープ・アーキテクツが解説した共著である。「奇跡」を起こすための桂市長の英断、天才芸術家であるイサム・ノグチの意思を引き継いだ関係者の覚悟、一般競争入札といった悪弊を超克した行政的知恵・・・なかなか感動的である。モエレ沼公園が気になった人は是非とも手に取って読まれるといいと思う。というか、行政職員必読書ではないだろうか。これを知れば、役所の仕事がつまらないとは言えないであろう。


建設ドキュメント1988-: イサム・ノグチとモエレ沼公園

建設ドキュメント1988-: イサム・ノグチとモエレ沼公園

  • 出版社/メーカー: 学芸出版社
  • 発売日: 2013/10/01
  • メディア: 単行本



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NBAのクリッパーズのコーチであるドック・リバースの心を揺さぶる発言 [トランプのアメリカ]

昨日(2020年8月25日)、ウィスコンシン州のケノーシャ市で、喧嘩の仲裁を止めようとした29歳男性ブレークさんが、警官二人に背後から至近距離で7回、ブレークさんの子供の目の前で撃たれた。ブレークさんは現在、瀕死の重体である。
 この事件でNBAのクリッパーズのコーチであるドック・リバースが発言をしたのだが、それが非常に心を揺さぶるような強烈なものであるので共有したい。
https://www.youtube.com/watch?v=8IrT-aR3-8o
ドック・リバースは、アメリカの人種差別問題に言及しているのだが、特に、先日の共和党大会でトランプ大統領が、主に白人層に有色人種の脅威を訴えたことについて、極めて鋭く批判している。白人より、黒人の方がはるかに白人によって殺されているのだ、我々(黒人)の方がはるかに恐怖とともに強制的に暮らしているのだ、というよく考えれば当たり前のことを主張している。日本人は被差別対象の有色人種であるにも関わらず、その自覚があまりなく、バナナ(表は黄色だが中は白)のような行動形態を取っているちょっとお間抜けさんが多く、だからトランプの非人間性とかも許容する人が多いと考察されるが、このドック・リバースの魂の叫びに傾聴するといいと思う。
また、多くのNBAファンも、スーパースターであるレブロン・ジェームズやステファン・カリー、そして引退はしたがチャールス・バークレイなどがなぜ、トランプに対して駄目出しをするのかについて、ちょっと考えるといいと思う。トランプを支持して、NBAのファンであることを両立させるのは、なかなか難しいことが見えてくると思う。なぜなら、NBAのプレイヤーの多くは被差別対象であるアフリカ系アメリカ人であるからだ。そして、なぜリバースが声を上げなくてはいけないか、というと、彼のようにリスペクトされるアフリカ系アメリカ人のコーチは少ないからだ。
 それにしても、日本人である私でも心に震えがくるような感動的なスピーチであった。流石、名コーチと尊敬される人は違う。

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マイケル・ポンペオが共和党の大会で演説をしたことは違法である [トランプのアメリカ]

共和党の大会でポンペオ米国務長官が訪問先のエルサレムで収録した演説を発表した。現役の国務長官がこのような演説をするのはハッチ法(the Hatch Act)に反している。これは現役の連邦政府公務員が政治活動をすることを禁じている法律である。
 ただ、トランプ政権はハッチ法を破るのが常態化しており、むしろそれを破ることに快感を覚えているようだとニューヨーク・タイムズは解説したりもしている。
 ポンペオは5月にも税金を使って経済界の大物達と豪勢な食事をしたりしたことを批判されていた。スタッフに自分の犬の散歩をさせるという通常、業務以外の仕事もさせていたと先日も批判されていたばかりである。
 トランプかバイデンか、どちらが日本にとって有利か、といったような対談を先日、テレビ番組でやっていたが、トランプの方が有利だと述べているコメンテーターは、このトランプとトランプ政権のデタラメさ加減を、安倍政権が理解して対応できると考えているのであろうか。なんか、この期に及んでも、まだトランプ、そしてトランプ政権が詐欺師政権であることを理解できていないような気がする。そうだからこそ、イージス・ショアのような詐欺商品を買っているのであろう。
 トランプそしてトランプ政権は賢くはない。ただの詐欺師だ。しかし、詐欺師の正体が分からないような政権を擁している国にとっては、それは危険極まりないことを理解しておいた方がいいと思う。

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霧ヶ峰(日本百名山43座登頂) [日本百名山]

東京から自動車で京都へ移動する際、諏訪で宿泊した。天気があまり芳しくないということなので、前日は、そのまま車で移動しようと考えていたのだが、朝、起きたら晴天である。これは登山日和、ということで霧ヶ峰、正確には車山登山にチャレンジすることにした。車山肩に駐車をして、車山を目指す。登山道は斜度がそれほどなく、幅も広く歩きやすい。いや、結構、岩があるのだが、利尻岳、後方羊蹄山を歩いた後だと、こんな岩は小石のような気分だ。車山の頂上に着いたのは40分後ぐらいか。ハイキングのような登山であるが、結構、汗をかいている。
 車山からの展望はなかなか素晴らしいが、あいにく、蓼科山には雲がかかって全貌をみることはできなかった。さて、そのまま来た道を帰ってもよかったのだが、それも芸がない。そこで、車山乗越を経由して、車山肩に戻る周回ルートを取ることにした。これは、途中まで八島ヶ原湿原に行くルートと同じである。蝶々美山のなだらかな山容を眺めながら、分岐点から車山肩に戻る。野草がいろいろ咲いていて目を楽しませてくれるが、ニッコウキスゲがもう咲いていないのは残念であった。この分岐点からのルートは板敷きの道を歩くので、大変歩きやすい。元に戻ったら11時30分。ということで90分という短い時間の登山であった。
 車山は以前、スキーでほぼ頂上までリフトで行ったことがある。夏の今日も平日であるが、リフトは動いていた。このリフトを使えば、おそらく百名山の中でも最も簡単に登頂できるのがこの車山であろう。とはいえ、車山ではなく、霧ヶ峰を百名山として深田久弥が挙げたのは、この車山だけでなく、高原全体を評価してのことだと思われる。しかし、正直、ここより百名山として選考すべきであった山は多くあったのではないかと思う。ニペソツ山とか・・。
 私は「簡単な百名山なし」という格言というか戒めのようなものを意識して登山をするようにしている。それは、二週間前に登った磐梯山や、初めて登った瑞牆山とか、いわゆる「初心者向け」と言われる山も、それなりに大変で怪我とか遭難の危険性を伴うからだ。しかし、これまで登った中で、この霧ヶ峰(車山)と八幡平はハイキング気分でスニーカーでも登れる百名山かなとも思ったりもした。

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<車山肩の駐車場前から登山道は整備されている>

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<霧ヶ峰のたおやかな丘陵>

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<40分ぐらいで山頂に着いてしまう>

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<山頂から蓼科山を望むも雲で上は見られず>

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<山頂付近から白樺湖を望む>

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<蝶々美山のなだらかな山容>
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思考の整理学 [書評]

合理的で、生産的な思考とは何かということについて著者の考えが述べられている。極めて本質的で、納得がいくことが書かれており、突拍子のあるようなことは書かれていない。そういう点で読んでいて、むしろ「自分はこのままやっていけばいいのだ」と後ろ押しをしてくれるような本である。ただ、当時は有効だった「カード・ノート」、「手帳」等は、スマートフォン、インターネットの時代ではちょっと古くさいアプローチではある。この考え方を今の進歩したシステムにうまく応用することが必要であろう。読んでまったく損がないし、一度、思考を「整理」するためにも読むべき本であろう。


思考の整理学 (ちくま文庫)

思考の整理学 (ちくま文庫)

  • 作者: 外山滋比古
  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 2013/08/02
  • メディア: Kindle版



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利尻の人はウニを食べない!? [B級グルメ雑感]

利尻島に来ている。利尻島といえば、ウニ丼である。宿の夕食でちょこちょこっとウニが出てきたのだが、なかなか美味である。とはいえ、ウニ丼のあの大量なるウニを食べたいとはあまり思わないのと、何しろ値段が高い。100㌘3500円ぐらいで売られているので高いのは当然なのだが、一杯4000円、5000円はちょっと手を出す気分になかなかならない。
 そこでレンタカーを借りる時、事務をしていた現地の人達にウニ丼はやっぱ食べた方がいいかを確認すると、利尻の人達はほとんど食べないことを知る。正月に食べるぐらいか、外地の人が来ると見栄で出すぐらいだとのこと。その理由は、何しろ高すぎるからだという。ウニ丼とかはまず食べないそうだ。驚きだ!ブラジルの多くの人がブラジルの最高級のコーヒー豆のコーヒーを飲まないのと同じような理由であろうか。
 まあ、個人的にウニ大好きであるし、寿司屋に行くと、ウニをいつ注文するのかが、一番の懸案事項であったりもするのだが、確かに、この高額さだと躊躇するかもしれない。それに、せいぜいお寿司でいうところの二貫ぐらいで量的にも十分であるし、そんなにウニ尽くしのように食べたいとも思わないからだ。これは、ウニ丼だけでなくいくら丼でも言える。うな丼やしらす丼とかだったら大丈夫なのだが、ウニはちょっと丼で食べるには強烈過ぎるかもしれない。
 ということで3泊したが、ウニ丼は食べず。代わりに利尻昆布出汁のラーメンと、ホタテフライのカレーを昼食では食べた。

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<利尻島ウニ種苗生産施設でのウニ>
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国土安全保障省のマイルス・テイラーの告白は衝撃的である(トランプはプエルトリコを売ろうとしていた!) [トランプのアメリカ]

2017年から2019年まで国土安全保障省のトップであったマイルス・テイラーがトランプのデタラメな外交政策をはじめとした政策の批判をマスコミ等で展開している。下記はCNNのアンダーソン・クーパーとMSNBCのハリー・ジャクソンによる取材のものである。
https://www.youtube.com/watch?v=-yIJI1vBu7w
https://www.youtube.com/watch?v=-yIJI1vBu7w
内容は衝撃的で興味深い。クーパー−との取材では、トランプ大統領が陰謀説を広めるQanonを支持している背景や、国境で移民の子供を親から隔離する政策が憲法違反であるのに強行したことなどを述べている。さらにジャクソンとの取材では、グリーンランドの買収をトランプは冗談ではなく本気で検討していたことや、プエルトリコを逆に売り払おうと考えていたことなどを告白している。
 グリーンランドの買収というのも驚愕だが、プエルトリコを売ろうとするという発想にも驚いた。というか、プエルトリコには多くのアメリカ人が住んでいる。いや、準州ではあるかもしれないが、法律的にはアメリカの国土であろう。もう、気分はモノポリーなんだろうなあ。
 私が購読している東京新聞が最近、バイデンは外交政策が今ひとつだと批判する記事を掲載していたが、いやあ、自分の国土を売ろうとしたり、他国の国土を買おうとしたりするような外交政策をする大統領に比べたら遙かにましであろう。
 日本のマスコミはどうして、このトランプのデタラメさをしっかりと報道しないのであろうか。本当に不思議だ。

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羊蹄山(日本百名山42座登頂) [日本百名山]

羊蹄山にチャレンジする。羊蹄山には4つのルートがあるが、そのうちそれほど難しくないのは比羅夫ルートか真狩ルートであるが、我々は比羅夫ルートを選ぶ。宿を4時に出て、途中でセブンイレブンにより、登山口の半月湖野営場の駐車場に車を停める。天気予報が雨ということもあってか、我々以外に登山者はいないようだ。ただ、5時時点では天気は悪くない。羊蹄山の姿も笠雲を被ってはいるがよく見える。その姿はむしろ、我々を挑発するようだ。
 5時ちょっと前に登山口を出発する。しばらくはミズナラやシナノキといった広葉樹林の森の中を平坦な道を歩く。たまに倒木が登山道に横たわり行く手を阻むがそれ以外は、軽快に足を進めていける。ただ、一合目(5時30分通過)を過ぎると、すぐ羊蹄山の斜面はきつくなり、そこからはひたすら山頂周りの火口壁までは30度ぐらいの急登が続く。さらに、登り坂になってからすぐに登山道は狭くなり、草が繁茂していることもあり歩きにくい。急坂の泥道であるために、これは雨が降ったら大変なことになるな、という思いは、下りで現実となることを知る。加えて、状況をさらに悪化させるのは虫が多いことだ。これは標高が低いからかもしれないが、蚊の類いや羽虫のようなものがやたら多くて、不快である。ただ、一方で美しい花が多く咲いており(そのせいで虫も多いのかもしれないが)、これが多少はきつい登りを上がっていく中、喜びを与えてくれる。二合目は5時50分、五合目は7時10分。四合目当たりから雨が降り始めたので、五合目ではレインコートを着る。登りがきついので汗が滝のように出るので、レインコートを着るのは躊躇していたが、この雨の強さだと致し方ない。一眼レフのカメラもこの時点でリュックにしまい込む。五合目ぐらいから、さらに斜度がきつくなる。七合目は8時30分。八合目は9時10分。そして九合目に到着したのは9時30分である。本来であれば、ここから広大な展望が得られるのだろうが、まったく雨と霧で視界は得られない。というか、風も強くなってきて寒い。ここで手袋をする。手袋をしないと低体温症になるかというぐらいの風の強さと冷たさである。
 九合目に到着したら山頂まではすぐかと思ったら、さにあらず。そこから山頂までも大変な難行であった。どうもここら一帯は「後方羊蹄山の高山植物帯」として天然記念物に指定されているそうだが、その美しさを愛でる余裕はない。急登もそうだが、雨との戦いでそれどころではないからだ。
 九合目を40分ほど登ると火口壁に着く(10時10分)。ただ、霧と風でほとんど何も見えない。ただ、瓦礫と岩の荒涼たる場所であることが分かる。どうも、この火口壁からは360度の展望が広がるそうだが、まったく何も見えない。さらに、眼鏡に雨の水滴がこびりついて、目の前もよく見えないような状況だ。羊蹄山の山頂に到達するには岩場を登り上がらないといけない。なかなかハードだ。しかし、それらの苦行を乗り越えて、どうにか山頂に登頂する。11時ちょうどで、登山口から6時間かかったこととなる。ここからの展望は素晴らしいらしいが、何も見えないので、大変残念だが、登頂したという達成感で気持ちは清々しい。
 さて昼飯時ではあるのだが、雨ということもあり避難小屋まで移動してそこで食べることにする。帰り道は、来た道を戻るという選択肢もあったが、何も見えないが山頂を廻る形で、真狩ルートの分岐点を経由するコースを取る。ただ、このコース、山頂直下はなかなか凄まじい岩場である。しかも、その岩場が相当、長い間続く。雨でも岩は滑りにくかったが、相当、緊張して通過する。さて、どうにか岩場を通り抜けたのはいいが、その後、安心感からか油断して左の足首を捻ってしまった。これは古傷で、非常に不味いなと思ったのだが、同行者が急いでエアー・サロンパスで救急処置をしてくれたこともあって、どうにか歩くことはできた。ただ、足首は一日経った今、これを書いている現在でもそれほど芳しくはない。左の足首は、もう捻るのは癖になっているのだが、私の登山靴はしっかりと足首をサポートしてくれることもあって、この登山靴を履いて捻ったのは初めてであり、ショックであった。
 少し休んだ後、ゆっくりと歩き始め真狩ルートで避難小屋まで向かう。避難小屋への分岐点は真狩ルートの九合目なのだが、そこまで20分はかかった。そして、分岐点からさらに10分はかかる。避難小屋へのアクセスが悪いというのも、羊蹄山のマイナスポイントなのではないかと思う。ただ、この頃から雨が上がり始め、下界が展望できるようになる。山頂の高度からではないが、それなりの雄大なる眺めに心は晴れる。避難小屋に着いたのは13時10分頃。
 避難小屋のベンチに座りながら、ゆっくりと食事を取り、捻った足首にサロンパスを貼る。トイレも借りて、避難小屋を発ったのが13時30分。カメラを再び鞄から取り出し、雄大な西北海道の光景を撮影する。日本海が美しい。
 さて、再び比羅夫ルートの九合目に着いたのが13時45分。そこからはひたすら急坂を下りていくことになる。捻った直後の足首に、これはなかなか厳しい。とはいえ、登山靴がテーピングをしたかのように足首をしっかりと固定してくれているので、どうにか降りていくことができる。ゴローのしっかりとした登山靴の有り難みが身に染みる。
 七合目に到着したのが14時30分。六合目が15時05分。足首を気にしているためかコースタイムより遅い。再び雨が降り始めたので、カメラをまたリュックにしまい、泥道で非常に滑りやすい中、ストックを使いながらどうにか降りていく。ただ、気をつけながらも3回ほど転んでしまった。この比羅夫ルート、決して優れたコースとはいえない。もう少し、整備をしてくれればと強く思う。とはいえ、四つあるコースではこのコースが一番人気らしいので、他のコースはこれより酷いのかと思うと、ちょっと驚きだ。どうにか二合目に着いたのは16時40分。また17時前だが、雨ということもあり、さらには森の中にいるため暗く感じる。日の入りはまだまだということは分かっていても不安になる。
 さて、這々の体で登山口に戻ってきたのは17時20分。正味12時間以上の登山であった。披露困憊だ。シャツを4回は着替えるほどの大量の汗を掻き、雨に降られ、泥まみれになり、さらに足首を捻り、しかも登山をしてから初めて脇腹が筋肉痛になるという事態にも陥るなど、どっと疲れるような登山体験であったが、懸念であった「膝痛」もなければ、太股の痙攣もなく、この長丁場をどうにか登り切れたのは自信となった。
 羊蹄山に登る前に、ロッグキャビンのような場所に前泊したのだが、そこで隣のキャビンに泊まっていた札幌の人とちょっと話をした。彼は嫌味なく、北海道が本州に比べて、自然がいかに豊かで恵まれているか、という話をした。私はそれを聞いて、そういうものかな、と思っていたが、「自然」をどのように捉えるかは難しいところはあるが、今日の羊蹄山より、先週、登頂した奥白根山の方がはるかに自然のゴージャスさでは勝っているという感想を抱いた。いや、晴れていたら違う感想を抱くと指摘されるかもしれないが、登山口が既に羊蹄山より高い標高2000メートルの奥白根山の高山の魅力、五色沼の美しさは北海道にはなかなかないのではと思ったりもする。いや、まだ幌尻岳とかトムラウシは未踏なので、これはあくまでも現段階での感想ですが。ただ、羊蹄山はその素晴らしく雄大なる姿に比べて、登山体験としては今一つではあることは確かだ。羅臼岳や利尻岳はもちろん、旭岳の方がずっと素晴らしい。

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<前泊した宿から展望した羊蹄山。まるで我々を挑発するかのように聳え立っている>

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<登山口>

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<登山道はまるでジャングルのように木々が生い茂っている>

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<イワギキョウ>

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<九合目は濃霧の中だ>

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<山頂に行くには岩場を登りきらなくてはならない>

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<山頂からの展望。濃霧と雨の中、視界は極めて限定されていた>

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<火口壁は岩だらけである>

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<真狩ルートとの分岐点ぐらいから視界が開け始める>

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<避難小屋にアクセスするのは結構、遠回りをしなくてはならない>

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<避難小屋周辺から羊蹄山の西側を観る>

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<下山時の九合目は、登山時に比べるとずっと視界は開けていた>


タグ:羊蹄山
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利尻島一周レンタカーでの小旅(オタトマリ沼を散歩し、蚊と蜂の襲撃を受ける) [地球探訪記]

利尻島に来ている。利尻岳に登ることが目的だ。二日間ほど登山可能日を設けて、初日に登れたら礼文島にでも行こうと計画していた。幸いに初日に利尻岳に登ることができたので二日目は礼文島に行こうとしたら、このコロナ禍でそれまで利尻島と礼文島を一日二本走っていたフェリーが一本に減便。これで、利尻島から礼文島の日帰りが出来なくなってしまった。仕方が無いので、レンタカーを借りて島内一周をすることにした。
 レンタカーはフェリー・ターミナル前にて借りる。5時間で一万円ちょっと。さて、最初に寄ったのは利尻島郷土資料館。ここは築130年の非常に雰囲気のある木造の建物。利尻島の歴史や地理に関して、いろいろな資料が展示されている。その後は、「オタトマリ沼」に行く。ここからの利尻岳の展望はよい。北側からの優雅な容姿と違い、南側からはより無骨で荒涼としている。オタトマリ沼からの利尻岳の展望の迫力に惹かれて、沼を一周することにする。一周一キロなので大したことがないだろうと思ったのだが、これがとんでもないミスであった。というのは、歩き初めはまだハイキング・トレイルのような感じであったのだが、だんだんと道が狭くなり、しかも周辺の植物がどんどん道に侵食してきている。さらに、これらの植物に蜂が停まっていて、草をかき分けて歩いていると刺されないかとびくびくしなくてはならない。途中から利尻岳の展望も得られなくなり、ただひたすら駐車場へと戻る苦行が続く。そして、駐車場に近づけば近づくほど道は狭く、しかも緩やかに湖面に向かって傾斜しているので歩きづらいことこの上ない。すると、蚊の大群に襲われ、急いで小走りすると、なんか蜂の気に障ったのか右手の小指を刺された。それほど痛くは無かったがとんだ災難だ。オタトマリ沼にある売店で、虫刺されようの薬はあるかと尋ねると、そんなものはない、とそっけない。さらに駄目出しで、あんな湿地帯を歩く方がアホだ、というようなことを言われた。いや、それならハイキング・トレイルがあるかのように一周、歩けるなどと宣伝するなよな、と思わず言いたくなるが我慢する。
 次によったのは南浜湿原。ここからの利尻岳の展望も素晴らしい。ここも散策ルートがあったが、オタトマリ沼の経験があるので避ける。
 その次は沓掛に行き、有名な焼き醤油ラーメンの「味楽」に行き、昼食を取る。ここのラーメンは利尻昆布を使った出汁が美味しい、ということで評判だ。コロナで観光客が減っている中、このお店は行列が出来ていた。
 そして、沓形岬に行き、利尻岳を展望し、その後、見晴台に行き利尻岳を展望する。基本、利尻島の観光は、利尻岳を眺めることに醍醐味があることに気づく。とはいえ、ついでにウニ種苗生産施設、さらには利尻手作りの乳酸飲料ミルピスを飲む。一瓶350円となかなか高いが、カルピスのような懐かしい味がする。
 という感じで6時間で利尻島を一周してきた。見落としたものは姫沼とホタテフライ・カレーぐらいだろうか。

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<郷土資料館>

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<オタトマリ沼からみる利尻岳>

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<オタトマリ沼の湖畔を一周するハイキング道路は草が多い茂っており、虫も多くいて歩きにくい。私は蜂に指を刺された>

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<南浜湿原からみる利尻岳>

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<見返台園地からみる利尻岳>
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利尻岳(日本百名山41座登頂) [都市デザイン]

利尻岳にチャレンジする。利尻岳には鴛泊ルートと沓掛ルートの二つがあるが、前者を選ぶ。宿の車で利尻北麓野営場まで送ってもらい、そこを5時に出発する。ちなみに利尻北麓野営場のトイレは驚くほど綺麗だ。ウオッシュレットまでついていた。ここの標高は約200メートル。そこから甘露水という日本百名水のある水場までの600メートルはしっかりと整備された道を歩く。登山の最初にこういう道を歩くと、こう気持ちが高まる。甘露水は鴛泊ルートにおいて、最初で最後の水場であり、水も美味しいのだろうが、流石に600メートル歩いただけではまったく水を消費していないので、ここでは水を補給する必要もなくパスする。
 しばらく歩くと、姫沼・ポン山ルートとの分岐点にくる(5時15分)。ここからは道も登山道という様相を帯び始める。空には雲もなく、朝の光がダケカンバの森を美しく照らす。たいへん爽快な気分で道を進むが、これからの長く果てしない距離を考えるとペースを上げずに、ゆっくりと歩を進める。四合目に到着したのは5時30分。ベンチもあり、ここで朝食を取る。ここで持っていた筈のストックを忘れたことに気づく。おそらく甘露水か姫沼・ポン山との分岐点でちょっとリュックを降ろした時だ。取りに戻ろうかとも思ったが、一緒に登っている友人が一本彼のを貸してくれると言ったので、そのまま進むことにする。取りに戻ると30分は損失する。この損失は時間的にも体力的にもよくないという判断だが、もしかしたら誰も取らないのではとの期待もあった。
 森の中の道は、晴れているので清々しい気分で歩を稼ぐことができる。たまに展望が開け、海を見ることができる。素晴らしい絶景に、さらに高いところから展望したいと気が逸る。五合目に到着するのは6時25分。だんだんと斜度は大きくなる。六合目に到着するのは6時40分。ここは第一見晴台とも言われ、長官山と海、礼文島を展望することができる。素晴らしい眺めであるが、まだ利尻岳を見ることはできない。ここからは本格的に標高を稼いでいく。七合目を過ぎると、岩が露出した急斜面がひたすら歩いて行く。第二見晴台に到着するのは8時。さらに踏ん張って登ると長官山。長官山に到着するのは8時35分。長官山まで登って初めて利尻岳の雄姿を望むことができる。利尻岳は本当にシルエットが素晴らしい。まるでマッターホルンのような造形の美しさだ。この姿をみると、大いに疲れも飛ぶ。ここの標高は1219メートルなので、ほぼ1000メートル登ったことになる。ここから山頂まではさらに500メートル登らなくてはならないが、気持ちを奮い立たさせる格好良さである。
 長官山からはちょっと下り坂もあり、せっかく標高を稼いだのにという気持ちにさせられるが、平坦な道は身体への負担は少ない。尾根道なので展望は素晴らしく、歩いていて気持ちよい。この心地良さも登山の醍醐味である。避難小屋を通過するのが8時50分。そして、9時30分に9合目に到着する。9合目は最後のトイレブースが置かれているところだ。そして、9合目の看板には、「ここからが正念場」と書かれている。9合目で水や必要としない雨具を置いて、若干、軽装になり、山頂を目指す。さて、正念場というだけあって、ここからはほとんど岩登りの様相を呈す。ストックも下りはともかく登りはいらないであろう。両手を使いながら、這い上がっていくような形で登る。たまに尾根に出た時に、強風が吹くので帽子が飛ばされないように気をつけた方がいい。
 沓掛ルートとの合流点に着いたのは10時15分。さらに急峻ながけのようなところを登っていく。ただ、崩落しそうな登山道は補強がしてあり、それほど危険は感じない。蝋燭岩の異様な姿を横目に見つつ、力を振り絞って山頂にたどり着く。時間は10時45分。ほぼ5時間45分で山頂に到着。
 山頂からはまさに360度の大絶景を楽しむことができる。まるで天上から下界を展望しているような感じだ。周りはすべて海だが、その先には礼文島、北海道、さらには樺太らしきものも見られる。深田久弥が『日本百名山』で「島全体が一つの頂点に引きしぼられて天に向かっている。こんなみごとな海上の山は利尻岳だけである」と述べているが、山頂からの展望は地上にすべて放たれている、という感じである。息を呑むような美しさで、このような晴天の日に利尻岳に登れた幸運に感謝する。
 山頂では簡単な昼食を取り、11時過ぎに下山し始める。さて、登りよりさらに注意をしなくてはならないのは下山だ。ここではストックを使いながら、1歩1歩丁寧に下がっていく。八合目の長官山に着いたのは13時。ここからはもう利尻岳は望めないので、後ろを振り向かずまっすぐ登山口へと向かう。とはいえ、この胸突き八丁を降りるのは結構難儀である。足も相当、疲れているので浮石に足を取られやすい。五合目に到着したのが14時50分。五合目からは森の中の難しくないコースなのだが、疲れが相当きているのと、膝を痛めないようにゆっくりとしたペースを維持しながら進む。しかし、四合目を過ぎると、ストックがそのまま残されているかどうかが気になり、ペースを急ピッチとする。そして、姫沼・ポン山との分岐点にストックが無事、二つとも草むらに置かれたままであった。感動的だ。このストックを紛失したら、せっかくの利尻岳登頂にも苦い思い出を残すことになったので、登山者達のマナーに本当、心から感謝する。そして、非常に晴れやかな気分で登山口の北麓野営口に到着したのは16時。
 ほぼ11時間、歩行距離11.6キロメートルの長丁場の登山であったが、その苦労の甲斐あって、大変素晴らしい登山経験をすることができた。 

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<登山口の北麓野営場>

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<第一見晴台からは素晴らしい海の展望が得られる>

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<ワイルド・フラワーが多いのが利尻岳登山の魅力であろう>

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<登山道に多く咲くリシリブシ・・・トリカブトの一種で毒を持っている>

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<長官山まで辿り着いて初めて利尻岳の勇姿をみることができる>

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<九合目から利尻岳を望む>

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<九合目の道標には「ここからが正念場」と書かれている。なぜか英語はTough Trail。ちょっと意味は違うよな>

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<周りが海に囲まれているので、山頂付近からの展望は感動的である>

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<頂上まであと少し。しかし、この急登は厳しい>

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<山頂のそばに屹立する奇岩、ろうそく岩>

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<山頂からこれまで沓掛方面をみる。すごい急峻な山であることを改めて実感する>

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<利尻岳の最高峰は南峰なのだが、現在は行くことは禁止されている>

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<山頂からは礼文島がくっきりと見える>

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<山頂手前の凄まじい登山道>
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テイラー・スウィフトが、トランプの郵便局解体戦略への対応をツィッターで呼びかけ [トランプのアメリカ]

テイラー・スウィフトは2018年頃からトランプ大統領への痛烈な批判を、タイミングよく放っているが、8月16日にはトランプが再選をするための郵便局解体戦略へ、いかにアメリカ国民が対応し、行動すべきかをツィッターで呼びかけている。下記が原文だ。

Trump’s calculated dismantling of USPS proves one thing clearly: He is WELL AWARE that we do not want him as our president. He’s chosen to blatantly cheat and put millions of Americans’ lives at risk in an effort to hold on to power.

訳すと、「トランプの計算された郵便局解体工作は、一つのことを明瞭にしている。彼は、我々が彼を大統領であって欲しくないと思っていることをよく自覚していることである。彼は、権力にしがみつくために大胆にも我々を騙して、何百万というアメリカ人の命を危険に晒しているのである」

そして、次のツイッターで、このトランプの大詐欺行為について次のように記している。

Donald Trump’s ineffective leadership gravely worsened the crisis that we are in and he is now taking advantage of it to subvert and destroy our right to vote and vote safely. Request a ballot early. Vote early.

訳すと「ドナルド・トランプのダメなリーダーシップによって、我々が直面している危機は重大に悪化しており、そして彼は我々の投票をする権利と、しっかりと投票できることを壊し、破壊しようとしている。早期選挙を申請し、早期選挙すべき」

このテイラー・スウィフトのツィッターは「100%正しい」とCNNの記事がフォローするなど、なかなかアメリカ人が思っていても広言できないことをズバッと言い放っている。この世紀の大ペテン師ドナルド・トランプにアメリカという国、そして人類観点からは民主主義を守るためにも、トランプの再選は阻止しなくてはならないと個人的には考えるが、どうも日本の政治家はもちろんマスコミも非常に牧歌的、つまり、トランプをこの時点に及んでまともだと捉えているようだ。それらは大間違いであろう。テイラー・スウィフトの観察眼こそを信頼すべきである。

https://edition.cnn.com/2020/08/16/opinions/taylor-swift-right-about-donald-trump-obeidallah/index.html

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トランプの支持者 [トランプのアメリカ]

トランプ大統領の出鱈目さ加減、非情で自分(と家族と支持者)の利益しか考えない自己中心性、その圧倒的な無能ぶり(いや、嘘をつくのと責任逃れは極めて有能ですが)は、とても大国の大統領をするような器ではない。というか、アメリカを失墜させている大きな要因であると言えよう。そして、それはコロナ・ウィルス対策の無策ぶりや、人種対立を抑えるどころか逆に火に油を注ぐような対応ぶりからして、もう火を見るほど明らかな状況となっている。正直、本当、アメリカ人でなくてよかったと思うぐらいである。いや、私は長女をアメリカで産んだ(産んだのは奥さんだが)ぐらい、25年前には日本の将来を悲観視していたものなのだが、こんな国ではとても長女も国籍をアメリカにしたいとは思わないだろう。
 さて、しかし、このアメリカの悲惨な状況をトランプ大統領一人に帰する訳にはいかない。トランプが大統領になっているのは、そしてトランピズムと言われる出鱈目政治が行われているのは、トランプをしっかり支持するものがそれなりの数、アメリカにはいるからである。
 トランプ政権には極めて好都合なことに、このトランプ支持者の人達は、「トランプの言うことは絶対的に正しく」、マスコミは「フェイク・ニュース」で片付けてしまっている。トランプは「(マンハッタンの)五番街で人を撃っても私は許される」と嘯いたが、本当にこれら支持者は許しそうである。いやはや、失礼ながら、私からするとオウム真理教の信者のような頑強に真実から眼を背く人達と同様にみえる。しかし、そういう人達であるから、平気でサリンをまくようなこともしかねない(平気で戦争をすることも辞さない)人達なのではないかとゾッとしているところもある。
 このトランプ支持者であるが、「ミドル・アメリカン・ラディカル」と言われる層が中心である(社会学者のDonald Warrenの造語)。これらの人々は「伝統的な左派でもなく、右派でもないが、ミドル・クラスは上そして下からプレッシャーを受けている」と考えるものである。大まかに捉えると、白人大衆迎合主義、国粋主義者であり金持ちそして有色人種によって搾取されていると考えている人達である。トランプが自分と協調しない政治家(例え共和党であっても)、そしてそれと組んでいる(と吹聴する)マスコミ(なぜかトランプを支持するフォックス・ニュースは許されている)を攻撃し、また、人種差別的政策や堕胎などキリスト教エバンジェリストに受ける政策を積極的に進めているのは、彼に何かしら信念がある訳でなく(彼には信念はない。あるとしたら汗水を垂らさない金儲けだけである)、それが支持者に受けるからである。
 これらの人達は、宗教的にトランプを盲信しているところがあり、ニューヨーク・タイムスの記事によれば、2016年にトランプに投票した人達の86%がトランプに再投票するとアンケートに回答したそうである(https://www.nytimes.com/2020/07/01/upshot/poll-trump-defectors-2020-election.html)。これだけ、出鱈目をやって、まさにアメリカ合衆国という国家の瀬戸際的な危機が目前に迫っていても、まだ状況をしっかりと判断できていない。コロナウィルスの下手な対策によって17万近くが死んでしまっている現状を理解できないというのは、もはや民主主義を支える能力もないに等しい。つまり、トランプ大統領は、このような客観的に状況を分析することもできない「バカ」な人達がアメリカには多くいることを世界に露見したのである。それは事実ではあるのだが、悲しい気持ちにもさせられるし、そんな「バカ」な人達が多くを占める国が原爆を有しているのは人類の危機でもある。
 アメリカがバカであるのは、ある意味、日本の国益にもなるのかな(安倍政権のように、まったくの無用の長物を高い値段で買わされている状況だと不味いが)と思ったりするが、それにしても民主主義を含めて、人類は大変なピンチに晒される可能性を有している。
 ジョー・バイデンにはそれほど期待していなかったが、副大統領候補に指名したカマラ・ハリスはアメリカの可能性を体現したような素晴らしい政治家であると感じる。まさに第二のオバマ的である。バイデンが大統領になれればいいが、トランプが再選した場合は、アメリカでは内戦が起きるだろうが、それに他国も巻き込まれることになるであろう。特に、アメリカであればとりあえず追随しようという日本の政治家がその状況にしっかりと対応できるとは思えない。日本の政治家なのに、平気でMAGA帽子を得意気に被るバカもいるからな。英語の意味、分かっているのか?

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トランプはペテン師以上の何ものでもない [トランプのアメリカ]

トランプはペテン師以上の何ものでもない。アメリカでは「コンマン(con-man)」と言われている。コンマンとは、confidence manが語源らしく、自信を持っていうことで人をペテンにかける。まさに、コンマンを地で行っているのがトランプだ。さて、その一番の被害者はアメリカ国民であることは間違いないであろう。医療保険制度を崩壊させ、外交ではそれまで最も重要であったEU諸国と距離を置き、仮想敵国であるロシアに寄った政策を次々と具体化している(ドイツからの米軍撤退とかはロシアの大きな夢の実現だ)。アメリカの国際的地位がどんどんと脆弱化していっている。
 さて、しかしその次の被害者は、トランプのアメリカの阿るアホ国家である。その最たるものが日本であろう。そして、その象徴がイージス・ショアである。予算1000億円ともいわれているが、それが多少でも役に立つならまだ納得できる。しかし、それはトランプの不動産やカジノ、ステーキ、ワインと同様に値段だけが高い三流品である。こんなものを血税から払わされて、本当、情けない。
 日本はアメリカに戦争で負けたこともあり、心理的にはアメリカの植民地のようなところがあるが、それはアメリカという「宗主国」がまともな場合はよくても、まともではなくなった時は対応を考えないといけない。そうでないと、一緒に沈没する。

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トランプのデマ最新版(カラマ・ハリス版) [トランプのアメリカ]

トランプは失言ではなくて、意図的に人を貶めるためにデマを流す。そもそも、トランプが政治にクビを突っ込むようになったのは、オバマがアメリカで生まれていないというデマを主張することで、その存在感を政界で増したことがきっかけである。
 さて、そこでカマラ・ハリスが副大統領候補になったら、早速、同じデマを流そうとしている(下記のMSNBCのニュースを参照のこと)。自分自身、父親はドイツ移民の息子で、母親は成人になるまでスコットランドで育つという、いわゆる二世という生い立ちで、しかも三人のうち二人の奥さんは出会った時は外国人であった。悪いけど、オバマの方がある意味、よほどアメリカ人である(オバマの母親は二世ではない)。
しかし、オバマは有色人種である。トランプ支持層の白人至上主義からすると、白人であればアメリカ人なのである。一方で有色人種であれば、それはアメリカ人としては受け入れたくないのだ。ハリスもカリフォルニアのオークランドで生まれたれっきとしたアメリカ人であるのだが、有色人種であるから、移民という範疇で捉えたいのであろう。トランプの最初の奥さんと今の奥さんは100%移民であるし、英語もろくな発音ができないのだが、それでも白人だから許されるのであろう。人種差別も甚だしい。
https://www.youtube.com/watch?v=g8uksuI6dFs
 こういうおそろしく差別主義のトランプに対して、バイデンがちょっと黒人はヒスパニックより多様性に欠ける、と発言したぐらいで黒人の票がトランプに移るわけがない(ひつこくてすいません)。とはいえ、カニア・ウエストの大統領選立候補は100%バイデンに不利に働く。頭は悪いくせに、こういう悪巧みをさせると非常に狡猾さを発揮するのもトランプである。
 アメリカのまともなマスコミは、この選挙で仮にトランプが再選するようになったら、アメリカの崩壊だと伝えているが、私もそう思う。そのような状況下で、どうやって日本人も生き延びていくのか考えなくては、大変なことになる。ぼーっとしてられない。

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赤城山(日本百名山:二回目登頂) [日本百名山]

奥白根山に登った翌日、苗場山にチャレンジしようと苗場山の麓の越後湯沢の宿に泊まる。もちろん、天気予報を確認した後での行動だ。さて、しかし二日前はほぼばっちりであった天気が、前日は9時から15時までのみが晴天となっている。これは、登山の最初の時間帯は雨かな、とちょっと嫌な気分になりながらも眠りに就く。さて、朝の3時に目を覚まし、行動を開始しようと天気予報をチェックすると、なんと晴天は12時から15時のみとなっている。そして、宿の窓の外は雨が降っている。これはアカン。雨が降っている中、苗場山にチャレンジする気はまったくない。とはいえ、宿でゴロゴロしているのも時間の無駄なので4時頃には宿を発った。どうせなら、登山口ぐらいを見ていこう、と敢えて高速道路ではなく国道17号で帰路に着く。さて、苗場山の登山口付近は雨こそ降っていなかったが、山の中腹以上はもう雨雲に覆われている。これはどうしょうもない、とそのまま17号を東京に向けて走って行くと、なんと県境を越えたトンネルを抜けたら晴天であった。なんだなんだ、と思うと同時に、これならどっか登れるな、ということに気づく。どこに行くか、ということだが、これは赤城山だな、と気づく。ちなみに、赤城山は以前、登ったことがあるのだが山頂は雲に覆われていてまったく展望が得られなかったので、そういう意味ではリベンジとしてもいいかなと思ったのである。
 さて、沼田から赤城山へと向かう。黒檜山の登山口に着いたのは7時前。早起きは三文の得、という諺を思い出す。さて、黒檜山登山口から赤城山最高峰の黒檜山までの道のりは険しい。岩だらけで、しかも急勾配である。ということで、私がいつも携帯するストックを敢えて持たずにチャレンジする。加えて、手袋をするべきだったのだが、これはし忘れてしまい、あとで後悔する。
 黒檜山までは、森の中をひたすら登っていく。あまり楽しくない。しかし、たまに大沼の素晴らしい展望が得られて、これが単調な上り坂にいいアクセントを与えてくれる。天気に恵まれ、これは黒檜山からの360度の素晴らしいパノラマが見られるぞ、と期待に胸を膨らませていたら、なんと山頂への分岐点に着いた時に、雲が舞い上がってきて、まったく東側の展望が得られない。と思っていたら、西側も雲に覆われてしまった。なんてついていない、というか赤城山とはつくづく相性が悪いと思わされた。山頂に着いたのは1時間20分後であった。
 ここで軽くお握りを食べながら、さて、ここで待つか、すぐ帰るかと悩むが、すぐ帰ることにした。これは、結果的にいい判断であった。というのは、下山時には、山頂を覆う雲が灰色になりつつあり、下手したら雨に降られる可能性さえあったからだ。黒檜山の登山のポイントは下山も全然、楽じゃないことだ。私が注意深かったからかもしれないが、下山は登山よりむしろ時間がかかったぐらいである。昨日の奥白根山とはもちろんのこと、一週間前の磐梯山と比べても、相当今ひとつな百名山である。まあ、展望が得られたら別の印象を持ったかもしれないが、それを除いても、登山路の整備のされ無さ、その大変さ、登山途中の楽しみの無さ、ワイルド・フラワーが少ないこと、標高がそれほど高くないこと、などを考慮すると、近場にいい山があるのにわざわざチャレンジする必要性があるかなとも思ったりする。いや、唯一いい点は距離が短く、短時間で登って降りてこられることである。あと、東京からのアクセスは他の百名山よりはずっとよい。そういう点からはトレーニングとしては向いているかもしれない。私も展望が得られなかったことで、もう一度、チャレンジするような気もする。二度あることは三度ある、か三度目の正直か、どちらに出るかは分からないが。

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<黒檜山の登山口>

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<途中、大沼への美しい展望が楽しめる。晴天で素晴らしい天候だ>

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<黒檜山登山ルートの険しい岩道。この岩道がほとんどずっと続く。全然、この岩登り、楽しくない>

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<黒檜山の頂上は雲でほとんど何も見られず。あと30分、いや15分早く着いていれば・・・と悔やまれる>

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<帰路でも大沼は展望できたが、一時間前と比べるとずっと曇っている>


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奥白根山(日本百名山40座登頂) [日本百名山]

奥白根山にチャレンジする。朝の4時過ぎに目黒区の自宅を自家用車で発つ。白根山のゴンドラの麓駅に着いたのは7時30分ぐらいである。7時30分はちょうどゴンドラの始発の時間であるので、タイミング的には絶妙であると言えるであろう。この日は晴天で、逆光であるが白根山の雄壮たる姿が見える。丸沼高原はスキー場が気に入っているので何回か来たことがあり、このゴンドラも随分と乗ったことがあるのだが、夏に来るのは初めてである。
さて、MarunumaではなくてMalnumaと書かれたゴンドラに乗って登山口まで一挙に上る。MalnumaのMalはスペイン語で「悪い」という意味なので、なんでMaruにしなくてMalなのか昔、気になっていたことを思い出した。しかし、その理由は今日になっても知らない。
ゴンドラで一挙に標高2000㍍地点まで上る。先週登った磐梯山の山頂より既に高い。標高が高いこともあり、空気が澄んでいて、フィトンチッドに溢れているような清涼さを感じる。さて、このゴンドラの駅からは、しばらくしっかりと整備された自然散策路で、牧歌的に歩いて行く。出発したのは8時ちょうどである。1時間弱で、自然散策路とは分岐し、本格的な登山路になる。いきなり斜面は急になり、呼吸も荒くなる。ただし、登山道はダケカンバの森の中を行くのだが、その美しさに息を呑むぐらいだ。日本は素晴らしい自然に恵まれていることを再確認する。しかも、東京から自動車で三時間ちょっとでこんな大自然にアクセスできるなんて、よく考えたら凄いことだ。ロンドンでもパリでもベルリンでも、このような大自然に自動車で三時間以内では行くことはできない。このダケカンバの森を一時間ぐらい歩くと、森林限界に達し、白根山が目の前に聳え立つ。ここからはガレ場である。それにしても百名山はガレ場を登らせる山が多い。いかに、日本の山が火山活動でつくられたかを思い知らされる。ガレ場を歩くポイントは、足もとをしっかりと確認して、浮き石に足を取られないようにすることだ。あせらず一歩一歩前に進んでいく。ふと振り返ると、富士山がその姿を現している。周辺の山々から図抜けて高いのでよく目立つ。富士山はその美しさだけでなく、圧倒的な高さによっても他の山々から飛び抜けた存在であることを、標高2500㍍ぐらいから望むとよく理解できる。さて、富士山の姿に勇気づけられ、ガレ場を前進していくと、無事、白根山の山頂の一角に着く。ただ、本当の頂上はもう一つの山頂であり、一度、窪地のようなところに降りて再び登る。山頂に着いたのは10時ちょうどであった。二時間で登れたことになる。
山頂からは360度の展望が得られ、白根山がひときわ周辺の山より高いこともあって、本当に感動的な景色を楽しむことができる。東側のすぐ隣には男体山と中禅寺湖、そして北に目を向けると会津駒ヶ岳、その左隣には燧ヶ岳の特徴的な山容がどんと構える。燧ヶ岳の左方向には至仏山が見られるが、燧ヶ岳からは意外と離れており、尾瀬湿原の大きさにちょっと驚かされる。そして、武尊山や皇海山も見える。さらには、前述した富士山もくっきりとその勇姿を現している。そして何より眼下に見られるエメラルドグリーンの五色沼の美しさが目を引く。北海道の阿寒国立公園にあるオンネトーよりもさらに心を惹かれる色彩だ。ちょっと宝石のような輝きを放っている。いやはや、こういう体験をすると登山をしたことのご褒美をもらえたような気分だ。簡単な昼食もこの山頂で取る。
そのまま、矢陀カ池を通って下山しようと思ったが、思いのほか早く登頂できたので、せっかくなので五色沼に寄ることにする。こちらのルートもガレ場なので降りるには足もとを注意しなくてはならない。マルバダケブキの黄色の中を歩いていくのは心躍る気分だ。マルバダケブキの黄色と五色沼のエメラルドグリーンとのコントラストが美しい。五色沼に着いたのは12時ちょっと前。思ったよりも時間はかかった。五色沼は遠くからだけでなく、畔からでもその美しさは変わらない。太陽が雲に隠れると、その色がエメラルドグリーンから藍色へと変わっていく。そして、その背景に見える白根山の堂々とした山容が素晴らしい。アメリカのシエラネバダ山脈の山々で感じるような荘厳さ、自然の素晴らしさを感じる。こんなところが北関東にあったのは驚きである。
しばらく五色沼の素晴らしさを堪能して、下山に入る。とはいえ、そこから矢陀カ池までは80㍍の高さを登らなくてはならない。矢陀カ池までは25分ぐらいで着いた。さて、ここは菅沼新道とロープウェイ駅との分岐点なのだが、ロープウェイ駅へのルートは「白根山」とだけ書いてあった。いや、ちょっと気をつければ「ロープウェイ駅もこちら」と書いてあったのだが、その時は、他の登山客がちょうど案内板の前にいたこともあり、遠目でチェックをした私は見落としてしまった。「白根山にはもう登らないよな」と思って、そのまま「菅沼登山口」に向かって下山をし始めた。この登山口も苔の緑が美しく、下山でもあり、楽しい気分で歩いていたのだが20分ぐらい歩いたところで「菅沼登山口まであと2.1キロメートル」の看板をみて、嫌な予感がして地図を確認するとまったくルートを間違っていることに気づく。既に結構、疲れていたので900㍍の来た道をまた登ると考えるとゾッとしたが他の選択肢はないので来た道を戻る。矢陀カ池には20分ほどで戻る。時間としては14時になっていた。そこから「白根山」に向かう道を行き、ちょっと登ると白根山とロープウェイ駅との分岐点に達する。右側のルートを取って、ロープウェイ駅へと向かう。急勾配の坂をゆっくりと歩いて降りていく。約1時間で自然散策路に合流し、せっかくなので「血の池地獄」という場所を見に行ったのだが、これはたいへん今ひとつであった。今日の登山で、唯一がっかりしたのはこれであった。というか、ネーミングと池のギャップが凄すぎる。あまりにがっかりしたので写真を撮る気力も出てこなかった。
登山口に戻ったのは15時20分。いらぬところで40分ほど損したので、思ったよりも遅くなってしまった。全行程で7時間ちょっと。
これまで北関東・南東北の山は結構、登ってきたが、この奥白根山はそれらの中でも別格の素晴らしさであった。寿司屋でいうと、先週の磐梯山が1500円ぐらいのランチ握りであるとすると、奥白根山は10000円の高級店でのランチ握りという感じである。これまでの登山の中でもベスト5に入る素晴らしい山であった。 

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<朝8時のロープウェイの山頂駅からみる奥白根山>

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<ダケカンバの森を歩いて行く>

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<朝の木漏れ日が美しい>

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<登山途中から武尊山の雄壮たる山容が望める>

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<森林限界を越えるとガレ場が広がる。と同時に白根山がその姿を現す>

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<振り返ると、富士山がその姿をはっきりと見ることができた>

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<白根山の山頂から北側への展望。燧ヶ岳を見ることができる>

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<白根山の山頂からの展望。男体山と中禅寺湖がすぐ目の前に広がる>

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<山頂からの五色沼の展望>

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<マルバダケブキの黄色と五色沼のエメラルドグリーンとのコントラストが美しい>

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<五色沼からの白根山の展望>

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<五色沼の息を呑むようなエメラルドグリーン>

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<矢陀カ池>

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<矢陀カ池から白根山を展望する>

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<下山時にロープウェイ駅から白根山を望んだところ>



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アルベール・カミュ『ペスト』 [書評]

コロナウィルス禍、気になる小説『ペスト』を読む。フランスの作家、アルベール・カミュが1947年に刊行した、ペストが流行するアルジェリアのフランス植民都市での極限状態における市民の連帯を描いた小説である。
 この小説は、現在、進行しているコロナウィルス禍の状況下において、個人がどのように対峙すべきなのか、多くの示唆を与えてくれると同時に、対岸の火事ではあるが、日本の同盟国であるアメリカ合衆国において、トランプ政権がやりたい放題をして民主主義を危機に陥れている中、何をすべきかを考えるうえでも多くのヒントを与えてくれる。
 カミュが「ペスト」で描いた不条理の世界は、彼自身が体験したナチスドイツ占領下のヨーロッパでの出来事の暗喩でもある。不条理とは、「馬鹿げた計画と明白な現実との比較」とから噴出するものであるが、コロナウィルス禍を真に不条理なものにするのは、Go to トラベルに象徴される「行政のデタラメな対応」や、ノーマスクで山手線に乗って売名行為をする人々に象徴される「人々の相互不信」、さらには志村けんの死別に象徴される「大切な人との別離」などであろう。すなわち、「死」という不条理以外は、人災的に人々によってもたらされる、逆にいえば、人がしっかりしていれば、その不条理の拡大を抑えることもできるということだ。
「ペストと闘う唯一の方法は誠実さだ」と小説の主人公である医師のリウーは語るが、これはまさにコロナの不条理の拡大を抑止させるポイントであると思う。Go to トラベルのどこが問題かというと、それは「誠実」でないことだ。二階氏が会長を務める一般社団法人全国旅行業協会に対して、ある意味「誠実」であるのかもしれないが、そのために、一般の国民に旅行に行かせるというコロナを抑えることとまったく真逆のことをしようとする「誠実さのなさ」には愕然とするしかない。
 そして、これはコロナでもそうだが、トランプ政権のアメリカ合衆国においても、トランプそしてトランピズム(Trumpism)という「不合理」にどのように対応すべきか、ということを考えても、それは「誠実さ」なのではないかと思う。
 恐ろしいことに、トランピズムはさらに拡大し、Qanonというとんでもない化け物を産み出している。Qanonはトランプも支持しているが、「民主党の政治家達は子供の肉を食べている」といった荒唐無稽の陰謀説を訴えているのだが、驚くことに、これらを信じているアメリカ人が結構の数、いるのである。既にマージョリー・グリーン(Marjorie Taylor Greene)といった共和党の政治家はQanonの支持についている。
 QanonはFBIによって、国内テロリストの可能性が高いとチェックをしているが、FBIもトランプ政権下ではその行動は制限されている。というか、改めてトランプ政権というのは、バットマンでいうところのジョーカーが大統領になったようなものだな、とも思うが、このような「不合理」に対応するにも、やはり「誠実さ」が一番なのであろう。ジョー・バイデンとカマラ・ハリスの「誠実さ」に、私がアメリカ人だったらすべての有り金を賭けたいぐらいである。
https://www.nytimes.com/2020/07/14/us/politics/qanon-politicians-candidates.html
 このように捉えると、この「ペスト」という小説、多くの含蓄に溢れている。ただ、訳は今ひとつである。当時の仏蘭西文学の大家が訳したようなのだが、仰々しい表現など、本当にこのように現本で書かれていたのか疑わしい箇所が多々ある。とはいえ、フランス語はほとんど読めないので、この点については検証もできないが、文章はあまり読みやすいとはいえない。この点は残念である。


ペスト(新潮文庫)

ペスト(新潮文庫)

  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2017/03/10
  • メディア: Kindle版



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トランプの失言と虚言 [トランプのアメリカ]

先日(8月10日)のブログで、バイデンの失言をことさら、問題であると取り上げる日本のマスコミのバランス感覚の欠如を指摘した。ただ、一方的に批判するのも何だなと思い、トランプの失言集でもこのブログで書こうと考え、トランプの失言集が書けないことに気づいた。というのは、トランプは嘘デタラメを言いまくるので、もはや失言というレベルではないからだ。政治家は嘘つき、というのは古今東西、多くの人が理解していることかと思う。しかし、トランプはそのような「政治家は嘘つき」といったレベルを遙かに超越している。
 2017年のAmerican Ethnologistの記事でCarole McGranahanは嘘つきという点では、トランプは他の政治家とはまったく違う次元にあり、「最も成功した効果的な嘘つきである」と表現している。そして、トランプの出現と政治家としての成功によって、他の(主に共和党)政治家もトランプに倣ってあからさまな嘘をつくようになっている(これらは、特にコロナ・ウィルス関連で明らかになっている)と指摘している。
 ライス大学のDouglas Brinkleyは、政治家は嘘をつくことはあるが、トランプのように「常に、高頻度で」嘘をつく政治家は初めてであると言及している。そして、「嘘自体がもう政策となっている」と述べてもいる。まさに、トランプという政治家は、これまでとは異次元の、まさにカルト宗教の教祖のような存在になってしまっている。実際、まともなマスコミ(NBC系)はトランプの支持者をカルト団体と表現しているが、結構、適切な指摘であろう。
 したがって、失言より遙かにたちが悪い。実際、トランプはプーティンに対しての大統領としては極めて不適切な発言を「失言であった」と言い訳をしている。まあ、それに加えて、有名な失言は次のようなものであろう。
2016年10月20日:「I don't even wait. And when you're a star, they let you do it. You can do anything. ... Grab them by the pussy」。訳すのもおぞましいが、敢えて訳すと「(女性がその気になるのに)俺は待ったりしない。スターだと(女性は)何でもさせてくれるさ。何でもできる。○○をつかむことだってできるさ」。
2017年8月15日:「you also had people that were very fine people, on both sides.」 バージニア州のシャーロットビルで人種差別デモをしていたネオ・ナチのグループが、それを阻止しようとした人種差別反対の人を殺した後の発言。これは、バイデンに大統領出馬を決意させたきっかけとなる。
2018年9月29日:「[Kim] wrote me beautiful letters and they're great letters. We fell in love.」これは、失言というか、ただの馬鹿発言かもしれない。
2019年5月17日:キム・ジョンウンへの対しての賛辞「Well, first of all, let me say that I think that Kim Jong Un, or Chairman Kim, as some people say, is looking to create a nation that has great strength economically. I think he's very much -- I talk to him a lot about it, and he's very much into the fact that -- he believes, like I do, that North Korea has tremendous economic potential like perhaps few other developing nations anywhere in the world」(いや、これは失言というよりかは、ただ馬鹿丸出しの発言ですが)。
2019年6月28日・29日(大阪でのG20サミット):「 Get rid of them. Fake news is a great term, isn't it? You don't have this problem in Russia but we do.」 この場合のthemはマスコミ。訳すと、(マスコミ)を駆除しないと。フェイク・ニュースという造語は最高でしょう。このような問題はロシアにはないかもしれないが、アメリカにはあるんですよ。
・・
 こんな感じで失言をまとめてみようとしたが、よく考えたら、嘘の方が遙かに失言よりも質が悪い。というか、トランプの支持者のSNSのタイトルが「Slip of the tongue」(失言)であった。失言がむしろトランプの売り、というか、トランプの場合は常にけんか腰なので、その勢いある発言をむしろポジティブに捉えている傾向さえうかがえる。
 そういう輩を相手にすることになるバイデンの失言を問題視して、取り上げること自体、まさに揚げ足を取る行為であろう。もっと、しっかりとトランプの嘘やデタラメさ加減を報道していての、報道であるならまだ理解できるが、東京新聞はそのようなトランプ批判が極めて弱いという印象を持っている。
 ちなみにトランプは2020年7月9日時点で20000回の嘘をついている。これは、一日12の嘘をついている計算になる。下記のワシントン・ポストの記事とかに詳しく、その内容が書かれている。東京新聞の記者とかは参考にするといいと思う。
https://www.washingtonpost.com/politics/2020/07/13/president-trump-has-made-more-than-20000-false-or-misleading-claims/

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バイデンの失言を大きく報道する日本の馬鹿ジャーナリズム [トランプのアメリカ]

私が購読している「東京新聞」の今日の記事(2020.08.10)で、「バイデン氏失言」というものが掲載されていた。「黒人に比べて、ヒスパニックは多様だ」と述べたことが人種差別だというような内容だ。
https://www.tokyo-np.co.jp/article/48052/

あのねえ。このレベルの失言だったらトランプは1時間に3回ぐらい言っていますよ。この記事は、バイデンのリードが縮むだろう、とか書いているが、トランプ大統領は今でもコロナウィルスを「チャイナ・ウィルス」と必ず言っている。いや、トランプの失言はあまりにも頻繁なのでニュースにならないのは分かるが、トランプなんて「郵送での投票は不正があるから受け付けない」と主張していたのに、接近戦が見込まれるフロリダ州は、トランプ支持層の白人高齢者の多くが郵送での投票をする確率が高いので、フロリダ州は特別に大丈夫、などという本当にデタラメを言っていることなどを記事にしていない。しかも、郵便局を管轄する役所のトップをトランプの忠実な部下に任せ、郵便局の予算を大幅にカットし、郵送での投票を困難にしようとしている。こういう記事を書かないで、ちょっとしたバイデンの失言を大袈裟にとりあげるというのは、この金杉とかいう東京新聞の記者はジャーナリストとしてバランス感覚が欠けているのではないだろうか。

アメリカでも問題となっているのは、トランプや共産党はデタラメをやりたい放題しているのに、民主党がちょっとしたミスをするとすぐフォックス・ニュースなどトランプ支持のマスコミが騒ぎ立てる。この不公正がアメリカの民主主義の問題となっているのに、それに乗っかるこの金杉とかいう記者は何を一体全体、訴えたいのであろうか。

東京新聞は原発関係や被差別者の立場にたった面白い編集方針を貫いていて、私は応援したい気持ちがあるし、それであるからこそこのネットの時代に購読しているのだが、国際関係のニュースはレベルが低くて常に不満を抱いている。その中でも、この記事はひどい。こんなバランス感覚が欠如した記事を書くぐらいだったら、むしろ書かない方がいいぐらいだ。

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トランプはなぜ、ゴルフに行きまくるのか? [トランプのアメリカ]

トランプは2016年の大統領選で、オバマがゴルフばかりをしていることを非難していた。「そんなゴルフをする時間があるなら仕事しろ、俺なら国民のために仕事をするのでゴルフをすることはない(Because I'm going to be working for you, I'm not going to have time to go play golf!)」とほざいた。それから3年ちょっと経ち、トランプは大統領になってから283回ほどゴルフに行っている(2020年7月末時点)。オバマは第一期の4年間で100回ほどゴルフに行っている。少ないとは言わないが、トランプのほぼ3分の1の割合だ。
 なぜ、そんなにトランプはゴルフに行くのだろうか。コロナウィルスの対応で批判を受けていてもゴルフに行く。70歳を過ぎてもそんなにゴルフが好きなのか。
 個人的にもちょっと謎だったのだが、その理由が分かった。トランプはゴルフをする時、そのほとんどを自分が所有するゴルフ場でする。すると、大統領がゴルフをするということで、通常にも増して、そのゴルフ場では警備員等を雇うことになる。この追加費用はすべて税金で支払われる。つまり、トランプは自らがゴルフをすることで、自分のゴルフ場が儲かる、すなわち自分の懐が豊かになるのだ。
 とんでもない人間だ。しかし、これだけとんでもないことが明らかになっていても、まだ彼を支持するアメリカ国民は3割もいる。この民度の低さが世界中に露見されたことこそ、トランプ大統領が果たした最も大きなマイナスの功績であろう。そして、それを仕掛けたロシアのプーチン大統領の狡猾さには本当に舌を巻く。

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トランプが持ち出した感染者あたりの死亡率という指標 [トランプのアメリカ]

AXIOSのオーストラリア人ジャーナリスト、ジョナサン・スワンの取材を受けたトランプが、その事実誤認を指摘されて動揺したことが、随分と話題となっている。下記のユーチューブでその一部を見ることができる。
https://www.youtube.com/watch?v=Ifns-1Wlji0
 アメリカは他国に比べてコロナウィルスにしっかりと対応している、世界の羨みの対象だ、とデタラメをほざきまくっているトランプであるが、今回はプロのジャーナリストに対してそれを主張してしまったので、その無理解が露呈されてしまった。
 彼は4枚ほどの紙を説明のために持参しており、スワンが「アメリカのどこがコロナウィルスの対策をしっかりとできているのですか。一日に1000人が死亡している(こういう数字を書くと、日本の対応は酷いが、流石にアメリカよりは遙かにましな状況であることを再確認する)のですよ」と指摘すると、得意げにこれらの紙をみせる。
 スワンはそれらを見て、これは「感染者あたりの死亡率ですね。私が問題にしているのは、人口当たりの死亡率です。アメリカはこの点では他国に比べて最悪の状況です」と指摘する。トランプにしては、それを指摘されると珍しくちょっと戸惑った表情を見せる。それはともかく、「感染者あたりの死亡率」という数字をみると、確かにちょっと面白い結果が示されている。アメリカのそれは3.3%、これは世界平均の3.8%より確かに低い(データは2020年8月7日)。ちなみに日本は2.4%である。中国は5.3%で、メキシコは10.9%である。アメリカは人口当たりの死亡率だと、世界一ではないがイギリス、イタリアに次いで高い。
 それでは、この「感染者あたりの死亡率」というのは何を示唆しているのだろうか。まず、コロナウィルスによる死亡率は高齢者率が高い国ほど高くなるので、高齢化率が高い国ほど高くなるだろう。もう一つは、死亡率の低い若者が多く感染していると、この数字は低くなるであろう。
 高齢化率とコロナウィルスの死亡率を示したグラフがあるのだが、アメリカとブラジルは高齢化率が低いにも関わらず、死亡率が高い。というか、前述した死亡率がアメリカより高いイギリス、イタリアはアメリカより高齢化率が高い(特にイタリアはずっと高い)。
https://web.sapmed.ac.jp/canmol/coronavirus/bubble.html
 ということで、「感染者あたりの死亡率」がアメリカで相対的に低いというのは、単に「コロナで死ぬ確率が低い若者が多く感染している」ということであって、これはむしろコロナウィルスの無策を露呈している。しかし、トランプはおそらくそういうことも分からないのだろう。いや、ジョナサン・スワンがこの点を指摘した時の、トランプ大統領の表情は、嘘の確信犯的な自信があるものではなく、困惑したようなものであったからである。
 日本もおそらく「Go To トラベル」を要因とした、沖縄などのコロナウィルスの新規感染者数が増えていてとんでもないなと思わされるが、トランプが日本の政治家でないことはちょっと安堵する。しかし、対岸の火事の火の粉がいつ日本に飛んでくるか分からないので注意していないと。

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『サム・オブ・ザ・パーツ(Sum of the Parts)』 [ロック音楽]

2014年にBBCが放映したジェネシスのドキュメンタリー映像。デビューから解散、そして2007年の再結成ライブまでのバンドの歴史を描いている。アンソニー・フィリップスの取材もあり、チャーター・ハウスでの活動、そしてフィル、スティーブが加入した初期のストーリーはよく編修されていると思われる。また、5人のメンバーの座談会形式の取材があるのだが、「眩惑のブロードウェイ」当時のピーターは最低だった的な赤裸々な発言が出てきたり、ハケットが脱退時に閉所恐怖症的な不快感を覚えたことを述べると、その原因はバンクスだろうとピーターが本人に振るなど、本音発言に溢れていて、いやあ、空気読まない感が日本人とは違って逆に新鮮だなと感心させられたりした。
 基本、ジェネシス・ファンであれば見て損はない、というか見るべき作品であると強く思う。しかし、その編修は悪くはないが、レイ・ウィルソンが一切、無視されたり、また「セリング・イングランド・バイ・ザ・パウンド」や「静寂の嵐」の作品紹介がほぼない(正確にはYour Own Special Wayは流れたりしていた)など、ジェネシスを語るうえで極めて重要な作品の解説がないことなどは、違和感は覚える。
 とはいえ、2時間の作品でそこまで期待するのは無理があるかもしれない。ファンとしては、時間が長いのは気にならないので、そこらへんもカバーできればより有り難かったかなと思う。


ジェネシス・ヒストリー〜サム・オブ・ザ・パーツ【BLU-RAY/日本語字幕付】

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  • 出版社/メーカー: ワードレコーズ
  • 発売日: 2014/11/12
  • メディア: Blu-ray




Sum of the Parts / [Blu-ray]

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  • アーティスト: Genesis
  • 出版社/メーカー: Eagle Vision
  • 発売日: 2014/11/17
  • メディア: Blu-ray



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コロナの時代の僕ら [書評]

1982年生まれのイタリアの作家パオロ・ジョルダーノのコロナ禍でのエッセイ集。このイタリアの若い知性は、問題の本質を鋭く把握しており、またそれを表現する高い文章力が、読者にコロナ禍の世界を理解させることに資する内容となっている。例えば、コロナウィルスの感染を、ビリヤードの玉に例えたところなどは秀逸だ。ソーシャル・ディスタンスは、それぞれの玉の距離を離すことであるといった比喩も説得力がある。このエッセイ集は、現地の新聞に寄稿したものが始まりだそうだ。イタリアの2月頃の状況をもとに、いろいろと思いを巡らしている内容であるが普遍性を持っている。イタリアでのコロナ収束への方向転換には、このような知性が寄与していることはおそらく間違いないであろう。


コロナの時代の僕ら

コロナの時代の僕ら

  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2020/04/24
  • メディア: Kindle版



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磐梯山(日本百名山39座登頂) [日本百名山]

ちょうど1年ぶりに百名山に挑戦する。このように時間が空いてしまったのは昨年の秋が忙しかったのと、今年前半はコロナで山登りという気分にもなれなかったからである。さて、一年ぶりに挑戦したのは日帰りでも行ける磐梯山。東京の自宅を7時ちょっと前に出発。道路は混んでいなかったし、それなりに飛ばしたのだが八方台に到着したのは11時。八方台の駐車場はそれなりのスペースがあるのだが、さすが11時だとほぼ満車状態で私はちょうど最後のスペースに停められることができた。ただ、ここが満車でも近くにもまだ駐車場はある。
 さて、八方台で既に標高が1200㍍ほどあるので、600㍍ちょっと登るだけである。距離的にも短く、大したことがないと思っていたのだが、なかなかの急勾配の厳しい登山であった。というか距離が短かったために助かった。この急勾配で距離が長いと相当、バテる。
 駐車場からすぐ美しいブナ林が広がる。これらのブナ林は明治時代の噴火以降に形成されたので100年ぐらいの若いブナ林である。このブナ林を抜けてしばらく歩くと中ノ湯跡という、元いで湯の跡地がある。周辺は硫黄臭が強い。
 中ノ湯では裏磐梯からのコースと合流するが、ここらへんから急登となる。土砂崩れの跡などを注意深く歩いて行くと、弘法清水に着く。弘法清水では湧き水が出ていて、その冷たさと美味しさに感動する。想像以上の急坂ということもあって、随分と水分補給をしたので、ここで冷たい水を確保できたのは大きい。ここで元気を回復して、最後の30分ほどのアプローチに臨む。さて、このアプローチ、メチャクチャ急坂である。わずか500㍍ぐらいの距離だが、息が上がり、なかなか前に進めない。一年ぶりの登山ということもあり、この坂は堪えた。
 しかし、頑張って30分ほど踏ん張ると磐梯山の山頂に着く。ちょうど14時だったので3時間弱かかったことになる。山頂からは、まさに360度の大展望が得られる。南には猪苗代湖、そして北には桧原湖が展望できる。ちょうど私が登頂した時には雲も周りになく、すばらしい展望を愉しむことができた。ただ、トンボやブヨがたくさんいるので、食事を落ち着いて取ることはかなわなかった。
 行きはあまりの急坂にそのような余裕はなかったが、帰りはカメラを取り出し、山頂と弘法清水の登山路に咲くワイルド・フラワーを撮影する。オニユリを初めとして、目を楽しませてくれる花々が多く咲いている。
 帰りも坂が急なので、注意深く降りていかなくてはならない。とはいえ、登りのような心肺機能に来る負担は全然、ない。ただ、膝には気をつけないといけないぐらいの急坂である。駐車場に戻ったのは16時。自分の体力の衰えを自覚させてくれた厳しい登山であったが、その素晴らしい展望、登山道沿いのワイルド・フラワーの美しさは、登ってよかったと強く思わせる。8月の晴天日であったが、あまり直射日光を浴びるところが多くないこともプラスであった。


【登山口にいきなり「熊注意」の看板。若干、緊張が走る】
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【登山口からは美しいブナ林の中を歩いて行く】
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【中ノ湯からは磐梯山の雄姿を眺めることができる】
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【中ノ湯の廃墟跡】
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【桧原湖の素晴らしい景色が望める】
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【弘法清水から山頂を望む】
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【弘法清水の冷たく、美味しい水で英気を養う】
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【山頂から猪苗代湖を望む】
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【山頂から秋元湖を望む】
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【山頂には磐梯明神の石祠が祀られている】
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【ホタルブクロ】
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【ウスユキソウ】
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【オニユリ】
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