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梁思成が京都と奈良を空爆させないよう米軍に進言したことの真偽について考察する [都市デザイン]

軍事的重要性が少なかった奈良はともかく、京都が第二次世界大戦に空爆を免れた理由は諸説ある。中国では梁思成の進言による、という説が一般化しており、建築を勉強している中国人はほとんどそれを知っている。一方で日本人に、それがあまり知られていないのは、その明確な根拠がないことからのようだ。ただ、おそらく私の勝手な解釈だが、梁思成の中国での古都保全の功績などを考え見ると、それが敵国のものであっても、それは人類の資産であるから守るべきだとは思っていたと推察されるし、それがアメリカの判断に影響を及ぼしたかどうかは分からないが、進言する機会があったらしていたのではないか、と思われる。1947年に招聘されて国際連合本部ビルの設計に参加したことなどを考えると、アメリカ側も一目置くような人物であったことは間違いない。

歴史的史実の根拠が薄いということで、この話は日本人に知られていない。一方で、中国人の建築系の人々にとっては常識となっている。それを対日世論工作だと批判している日本人達もいるが、これだけ日本人に知られていなければ、対日世論工作としては失敗だな、と思うのと同時に、この日本人と中国人とのギャップの大きさは考えものだなと思う。私は、梁思成の思想そのものは建築物の保全という点で素晴らしいものがあると思っている。そして、梁思成はおそらく、当時のアメリカ人の誰よりも、京都の都市資産の価値を認識していた(原爆の京都投下を回避させたヘンリー・スティムソンよりも、客観的に価値を理解していたと思われる。スティムソンは個人的な思い入れが強かった)と思われる。そうであれば、その進言が米軍の判断の影響に及ぼしたかはともかくとして、そのような考えは有り難いことであった、と受け入れてもいいのではないかと思うのである。それを頑なに史実的根拠がない、と真っ向否定するのも大人げなさ過ぎるのではないか。

ヨーロッパに住んでいると、基本、切羽詰まった時に信頼できるのは韓国や中国といった隣国人だな、ということを強く感じさせられる。アメリカに住んでいた時もそうだ。ヨーロッパの方が東アジアの同胞より、より理解できると思うのは、個別レベルではあってもグループ・レベルで考えると幻想であると思う。それは価値観や文化の違いである。したがって、梁思成の思想を我々はもっと共有できる筈だし、それを対日世論工作などといった穿った見方で捉えるのは情けないと思う。

結果的に、裁判で有罪になったとしても、自分を弁護してくれた隣人がいたら有り難いと思うであろう。無罪になったとしたら、その弁護が実際の判決に影響を与えた証拠はなかった、と主張するより、とりあえず弁護してくれて有難う、と言うだろう。裁判で弁護することができず、仲間うちの会話で、あいつは無実だと思う、と言ってくれただけでも有り難いことではないだろうか。

中国人の言い分も「京都を空爆から守った」というよりかは、梁思成は「京都や奈良を空爆するなと意見した」みたいな言い方をしている。これは、少なくとも、そう思っていたのであろうし、言っていたかもしれない。もちろん、相手が聞く耳を持たない、という可能性は高かったが、言ってくれたことは感謝してもいいのではないだろうか。

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