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世界は人を中心とした都市空間をつくっているのに、なぜ日本は逆行するのだろうか [都市デザイン]

 ウォーク21という学会に参加している。7月に宇都宮共和大学に呼ばれて講演をした。そのとき、元宇都宮大学の古池教授と知り合い、都市交通、都市デザインの話をいろいろとさせていただく。その話の中で、ウォーク21という学会があり、結構、面白いですよ、と言われたので、今年度は研究費も全然ないのだが自腹覚悟でカナダのカルガリーまで訪れた。なぜ、訪れたのか。それは、このテーマは今後、重要な位置づけを社会的に持つかもしれないし、私は大学院の頃から、人間中心の空間づくりに強い関心を抱いていたので、今後、この学会に発表をしようかとも思ったからである。
 それにしても、「歩く」空間づくりのために国際学会が設置されるというのは、それだけ「歩く」環境が貧相であり、それをしっかりと確保するためには努力が必要な状況になっていることを示唆している。この学会は今年で10周年らしいので、徐々に拡大しているような印象を受ける。
 ちょっと前、堺屋太一が「歩ける都市づくり」ということを提唱しており、そもそも「歩ける都市」を歩けなくしたのは、国土交通省を始めとした役所であろうに、元役人が何を言っているのだ、と思っていたりしたのだが、確かにこの「歩ける」環境を復活させることは日本の都市においても重要な課題になっているのかな、とウォーク21の講演を聴きながら思ったりもした。
 カナダの都市や田舎町のビフォア・アフターを比較すると、随分と歩行環境がよくなっている。ポイントは「人」を中心に、「人」の利便性や快適性を「自動車」に優先させることである。これは、カナダだけではなく、ヨーロッパでは顕著に、アメリカでもニューヨークやシアトルを先導に徐々に見られている現象であるが、日本は真逆なことをしている。
 ようやく、どうにか姫路でトランジット・モールが日本においてもつくられたが、ヴァンクーバーやデンバー、シアトル、ポートランドのものに比べればまだまだ今ひとつである。しかし、その今ひとつのものを整備するのに、奇跡的な幸運と専門家の優れたセンス、住民の強い意志が必要であった。そして、下北沢のような世界的にも注目を浴びるアーバンな都市空間を壊す広幅員の道路が強引につくられてしまうのが日本なのである。
 世界のトレンドにまさに日本は逆行しているな、というのをこのウォーク21という会議で改めて知る。そして、このように世界の流れに逆行している果てには、国の衰亡が待っているのではないか、と最近は強く考えるようになっている。人類の進化に逆行している、ある意味で北朝鮮的な膠着状態にあるのが、日本という国なのではないか、と思いつつあるのだ。
 「歩く」ことから随分と話題が飛躍してしまったが、この衰亡する日本というのも、私のちょっとしたテーマにしたいとも思っている。

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