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どんなに面白い話をしても眠る者はいる [その他]

建築家堀部安嗣氏の講演を聞く。大学教授もしているだけあって、話はとても面白く、しかも内容も深く、私は大変感銘を受けた。これはお金を払っても聞く価値のある貴重な話であるな、と感心した。さて、しかし、私の隣に座っていた比較的若い青年は眠っていた。この講演を聴講するのは無料ではない。本人が支払っている訳ではなく、会社や役所が払っているのかもしれないが、それにしても勿体ないな、と他人事ながら思ったりする。
 さて、これは専門家を対象とした講演会であった。私は、実は講演者の一人であったので、おそらく聴講者の中では唯一、専門家ではないのだが、それでも大変興味深く聞けたぐらいであったから、専門家であれば、その話の価値はどれほどのものだろう、と推察したりした。しかし、それでも眠れてしまう。この現象は私にとってはとても興味深いものである。ということで、なぜ、この若者は眠ってしまうのか、ちょっと考察してみた。というのも、私の大学の講義でも、私が眠らせないために面白いと思われる話を、面白く話しても眠ってしまう学生がいるからだ。これを私は自分の魅力の無さが原因なのではないか、と自己嫌悪に陥っていたが、今日の堀部さんのような話でも寝てしまうのであれば、もはやそれは講演者に責任があるとは思えないからである。
 さて、それではなぜ眠れてしまうのか。まず、それは、学生もそうだが、この聴講者にまったくの知的好奇心がないからであろう。そうでなければ、既にその話を何度も聞いたことがあり、もう聞き慣れているということもあるかもしれないが、この講演が有料であることを考えると、それはないであろう。したがって、圧倒的に関心がないのであろう。これは、まさに馬耳東風という状態である。専門性のプロ意識がないということで、おそらく建築の仕事をするのには向いていないのでないだろうか。
 もう一つは、やはり「眠る」という欲望というのは、とてつもなく抗し難いということなのではないだろうか。これは、国会での国会議員の多くが居眠りしているのを見ても、そう思ったりする。国民を代表して、国会で将来の国の方針を議論しているという重責を担っていても、「眠り」に負けしてしまう。これは、国会議員が無責任とか無自覚という訳ではなく、「眠り」というのはそれだけ抗しがたい欲望なのであろう。
 そのように考えると、講義で寝てしまう学生も別に、私に失礼なことをしていると自覚しつつも、敢えてその欲望に負けてしまう、ということもあり得るのではないだろうか。というのを堀部さんの大変面白い話に感銘を覚えつつも、隣の若者が寝ている状況から考察したりした。

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