SSブログ

今井幸彦編『日本の過疎地帯』 [書評]

 1968年に出版された岩波新書。今井幸彦氏は共同通信者の社員であり1918年生まれ。1981年に鬼籍に入る。ほぼ50年前に書かれた本であるが、現在の日本が抱える人子減少問題を先取りしている。そして、この本において指摘されている過疎地域が抱える問題は、現在でもまったく解消されていないどころか深刻化し、さらに全国的に広がっている。作者は、この過疎という現象を病に例え、「なにか中世におけるペストのように思われてきた」と述べている。それはペストのように「人々はその原因も予防も、治療法も知らず、町の辻々に火をたいて空気が浄化されると思い、あるいは魔女の仕業だと罪もない何千何万という女性がつぎつぎに殺されたり・・(中略)。しかし、違っている点は、過疎とは、これをなんとしてでも食い止めなければならぬものなのかどうかさえわかっていないことだ。」
 その答えは50年近く経った今でも、分かっていない。ただ、1968年に起きた過疎現象の要因は、エネルギー革命による炭焼きの需要がなくなったことが、特に山間部では大きかった。また、農村はもちろんのこと山間部や奥地も市場経済が浸食し、ライフスタイルを都市型に変えたい欲望が芽生え、現金収入を得るために仕事をする必要性が高まったことも大きい。さらには、過疎現象と並行して、都心部では圧倒的な労働力不足という状況にあり、単に過疎地から押し出す力だけではなく、引っ張り出す力も強烈なものがあった。1960年代は日本という国土の人口配置がパラダイム・シフトをするように大きく変化をしていった時代であり、地方における国勢調査の人口減少の比率は「地方消滅」といわれ始めた2010年〜2015年よりもはるかに大きなものであった。
 『道路整備事業の大罪』という下品なタイトルの本を著した私が大変、興味を抱いたのは、著者達が道路を整備すると過疎化が加速するといった現象がみられることを既に観察していることである。ちょっと引用したい。「つまり道路が整備され交通量が増大するに従ってこれら沿道諸部落の過疎化が促進されたことは、先に滋賀県葛川地区でみてきた通りで、交通機関の“革命”と、沿岸都市部への時間的短縮にあるとみられる。」(p.114)
 私が拙著で指摘したような状況は既に1960年代にみられていたにも関わらず、その後も「限界集落を守る」ために道路を頑張って整備して、結果、集落から人がいなくなるということを日本の道路事業は積極的にやってきたわけである。それを、改めて指摘をした私の本も認めない人が多いが、そうやって地方部を、都市を中心とした市場システムに組み入れ、地方を殺してきたというのが、日本の道路行政である。そういうことが既に1968年に著されていた本書にて指摘されていたというのは発見であった。他にも過疎化がストップをした事例は、民間人がリーダーとして頑張ったところであって、役場が頑張っても空回りをするだけだ、などの興味深い指摘がされている。
 現在の日本は一部の地域だけでなく、全国レベルで人口減少が進んでいるような状況であるが、その現状をしっかりと分析するうえでも極めて貴重な視座を本書は提供してくれる。そして、著者はこれは日本の大問題であると指摘しているが、現在からみるとはるかに牧歌的に見えてしまうのは、それだけ現在の日本が危機的状況にあることの裏返しであろう。 


日本の過疎地帯 (1968年) (岩波新書)

日本の過疎地帯 (1968年) (岩波新書)

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 1968
  • メディア: 新書



nice!(0) 
共通テーマ:日記・雑感

nice! 0