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「若者のためのまちづくり」の没原稿 [都市デザイン]

「若者のためのまちづくり」という本を出版しました。単著ですと4年ぶりです。岩波ジュニア新書ということで、おもに若者を対象に書いていますが、これまでの私の考えなどを包括的にまとめたもので、私的には、これまで書いた本の中では相当、気に入っています。ただし、今回も頁数を少なくするために「はじめに」の部分が大幅にカットされましたので、ここに再掲させていただきます。ちょうど本書のイントロダクションの役割も果たすかもしれませんので、これを読まれて、もしご関心があれば本をお手に取っていただければ幸いです。

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はじめに(都市、そしてまちはどこへ向かっているのか)

 あなたは、自分が住んでいる町や都市の地図を描けますか。自分の家と鉄道の駅、そしてよく行くスーパーや学校はすぐ描けるでしょう。近くに川が流れていれば、それもおそらく描けるでしょう。しかし、その川はどこから流れてきて、どこに流れていくか知っていますか。カエルが夏になると出てくる場所を知っていますか。町を緑で彩る林の場所を地図に描けますか。戦前から存在する大きな銀杏の木があるのを知っていますか。家のそばにあるコンビニエンス・ストアの場所は知っているでしょう。それでは、豆腐屋や古本屋がどこにあるかは知っていますか。お寺や神社や教会はそばにありますか。自分の行動範囲以外には、町や都市のことを意外と知っていないことに気付かれたかもしれません。
 自分の住んでいる町や都市の100年前の姿、いや、30年前の姿を想像できますか。逆に、町や都市の将来の姿はどうでしょう。自分の住んでいる町や都市の将来は誰が考えているのでしょうか。そして、自分が住んでいる町や都市がどのような将来の姿を描かれようとしているのか、知っていますか。
 あなたの人生は、いろいろな可能性に満ちあふれていますが、一方で、いろいろな制約条件もあります。そのような条件のうちの一つとして、住んでいる環境も挙げられます。住んでいる環境というと、家のことかな、と思われるかもしれませんが、家の周辺の近所、そして、さらに近所の周りの町、そして町の集合体ともいえる都市も、あなたの人生の大きな制約条件になります。気持ちを豊かにし、人との出会いを促したり、いろいろなチャンスを与えてくれたりする都市もあれば、そういう環境や機会をあまり提供してくれない都市もあります。また、そういう問題を現在、抱えている都市であっても、将来はそのような問題を克服することも可能かもしれません。そのような問題を解決するために、誰か他の人がやってくれるだろうと期待して、自分は放っておくという選択肢もあるかもしれませんが、いや、自分でどうにかしようと考えて、自らが動き出すという選択肢もあります。自分の人生ですから、自分でその人生の舞台となる町や都市の環境を改善させようという方が、気持ちがいいかもしれません。
 日本では18歳になるまで自動車の免許を取ることができません。従って、どこかに行くには徒歩、公共交通、そして自転車が主要な交通手段になります。それなのに、日本の多くの都市は自動車で移動することが前提につくられるようになっています。たくさんの道路が整備されていますが、それらの新しい道路は自動車が主人公となるようなものがほとんどです。そして、これらの新しい道路はビュンビュンと車が速く走るので、自転車で走ることを躊躇させられます。本当は、自動車だけでなく自転車も、道路を走行する権利があるのですが、自転車や歩行者は自動車に気兼ねして、道路の隅を申し訳なさそうに移動させられることになります。18歳未満の若者にはとても使い勝手の悪い都市がつくられています。使い勝手が悪いだけでなく、居心地も悪いでしょう。
 また、若者は親や先生など、大人に囲まれているとちょっと窮屈な気持ちになると思います。そのため、ちょっと大人の目の届かないところにいたいな、という気持ちにもなるかと思います。特に、好きな異性とデートしたりしている時などは、そういう気分になるかもしれません。しかし、新しくつくられたような都市はそのような空間をなかなか提供してくれません。または、ギターを弾くのが上手くて作曲もできる友達がいて、あなたは作詞ができていい歌声をしたりしたら、コンビになって不特定多数の人に自分たちがつくった曲を聴いてもらいたいと思うかもしれません。しかし、それを演奏する場所は、決して多くはありません。
 このように日本の都市はあまり若者に優しくありません。これは、日本の町や都市の将来を計画している人達は大人であり、また大人の中でも大きな組織に所属しているような人達が多いからです。このような大人も昔はあなたたちと同じように若者だったのですが、そういうことは忘れてしまったかのような都市を計画し、つくる傾向にあります。これは、ひとつは、若者はお金をあまりというか、とても持っていないからです。特に、家を買ったり、オフィスを借りたり、店を始めたりするような若者は滅多にいません。新しく都市をつくったり、町をつくったりするにはお金がかかります。これらの都市づくりにかかったお金を回収するために、お金が払える人達のことばかり、最近の都市づくりは考えています。そして必然的にあなた達、若者は忘れ去られてしまっているのです。
 それに、若者には選挙権もありません。都市や町の将来像を決めるのは、政治家、そして市役所やら区役所、町役場の仕事です。特に政治家の影響力は大きなものがあります。しかし、政治家は、本来的には市民全員のことを対象とした都市や町の望ましい将来像を考えなくてはならないのですが、どうしても選挙で自分に票を入れてくれる人達、すなわち20歳以上の人達を中心に考えてしまいます。幼児や児童は、投票権を持っている親たちのご機嫌を取るために、多少は考えられたりしますが、中学生や高校生はほとんど視野に入っていないようです。
 例えば、若者にとってたまり場のような広場を潰して幅の広い道路を政治家や役所が整備しようとしても、それが反対であるという意志をなかなか若者は表明できません。これが、大人であれば、反対運動を展開し、市長など役所のトップに圧力をかけることができます。選挙で市長を落選させるような運動を起こすこともできるかもしれません。例え、そのような反対運動が結果的に実を結ばなくても、頑張ったからと多少は自分達を慰めることはできるかもしれません。しかし、若者はそのようなこともできないのです。これが、若者には無用の長物に近い自動車のための道路ばかりが一生懸命つくられる理由の一つだと思います。そして、その代わり、と言っては何でしょうが、歩道橋が若者のためにつくられるのです。これは、また事故が起きた時、高齢者より若者に深刻な被害が生じる原子力発電所を、若者を無視してつくってしまう背景と同じですし、日本の社会保障において、国際的に見ても子供に対する給付が極めて低く 、社会保障給付費全体に占める年金の割合が先進諸国の中で最も高いなど、全般的に子供や若者に冷たい制度を日本が有していることとも通じると思われます。
 さらに付け加えると、町や都市の将来を計画している人達は、大きな組織に所属しています。大きな組織というのは、それまでの成功事例を反復させるのには極めて効率的ですが、新しいことをするのが苦手です。これまで、若者をあまり大切にしない都市づくりをしてきた組織が、なかなかその問題を改善させないのは、そもそも問題を改善するような方向転換が苦手であるということが指摘できます。中には、若者に配慮しない都市づくりを進めていくことに、良心を痛める役人もいるかもしれませんが、忙しい業務に追われているうちに忘却してしまっていると思われます。大きな組織で働くということは、このような繊細さを忘れさせることでもあるのです。
 さて、しかし、このような状況に甘んじているというか諦めているだけでいいのでしょうか。私はそうは思いません。もっと、若者も自分達が望む街づくり、都市づくりを実現させるために、街や都市をもっと知ることが必要だと思います。そして、どうすれば自分達の生活の舞台をもっと楽しく、快適にし、そして好きになれるかということを考えてもらいたいと思うのです。それを発表する機会はそれほどないかもしれませんが、積極的に貪欲に大人達に伝えるように頑張って欲しいと思うのです。なぜなら、君達の年代でそういうことをしないと、いつまでも都市の何が素晴らしいかが分からない大人達が、若者を無視した街づくり、都市づくりを続けていくことになるからです。君達もあっという間に若者の感性を忘れた大人になってしまうのです。
 原宿のフロム・ファースト、東急ハンズなどを手がけたりしている都市空間クリエーターの浜野安宏氏は、その著書でこう語っています。「都市や界隈は一人の人間によってデザインされることはない。いいかえれば都市時代に住んでいる人びとのみんながその気にならなければ居心地のいい都市、豊かな界隈は生まれない。自分のものという意識(帰属意識ではなく、自分たちが創りだした、自分たちが共有して育てている意識)がなければ、いい都市生活をだれかに望むだけでは何も得られない。」
 この言葉は若者にも当てはめられます。なんか楽しい空間がないな、どうも居心地が悪いなあ、と文句を言ったり、つまらない気分になっていたりするだけではなく、活動をするといいと思うのです。大人がどうにかしてくれると思ったら間違いです。特に、都市計画の分野では君達、若者たちのことをほとんど考えていません。むしろニュータウン計画などは、意図的にティーネイジャーがいることを無視しているかと思うくらいです。これは、君達が難しい年頃だからです。なかなか君達の年代は管理をすることが難しい。これは、君達でさえ自分のことをコントロールできないから当然でしょう。思春期になると、いろいろと悩ましい問題が生じます。身体は変化しますし、親が鬱陶しくなって独立したいな、自分の自由に生きたいなと思ったりしますし、自分の内側から衝動的なエネルギーを感じたりもしますし、時には自己嫌悪で自殺を考えたりすることもあるかもしれません。異性のことが気になったりするでしょうし、友人とのいざこざや裏切りなどもあるかもしれません。そういう難しい年頃であるからこそ、その難しさを都市が受け入れるような懐の深さを持つべきなのでしょうが、多くの場合、その難しさを回避したがります。都市計画をする側からすると、そういう難しい問題に対処することが面倒くさいし、困難なので無視をしてしまうのです。その結果、新しくつくられた都市や、大規模な都市開発がされたところほど、君達がつまらなく感じるという状況になるのです。これは実は何も日本だけの問題ではありません。アメリカでもヨーロッパの都市でも多かれ少なかれ、そのような傾向がみられます。しかし、ヨーロッパ、特に北欧やドイツの都市では、そのような問題を意識し、若者たちも楽しめ、居心地のよい空間をつくろうとする動きはみられつつあります。日本はその点では遅れています。
 もちろん、中にはそういう無機質な戦艦のような都市が格好よいと思う若い読者もいるかもしれません。しかし、それは生活する空間としてではなく、見た目で判断しているからでしょう。君達が居心地よく過ごせて、快適で、そして人間としての器を大きくさせてくれるような都市、それは君達が動き出さないと実現させることは難しいと思われるのです。高齢化が進み、高齢化率が23%(2010年)を上回るような状況になった現在、君達をとりまく状況はさらに悪化していると思われます。高齢者は選挙権を有しています。君達は有していません。この状況は若者には極めて不利です。
 高齢者は今後、多数派であることをいいことに、自分たちの目先の利益だけを考えた都市づくり、空間づくりに推進していくと思われます。それらが君達の利益と一致すればいいのですが、大きく異なるのは君達には将来があるけれども高齢者には将来がないということです。長期的な視点での都市づくり、街づくり、空間づくりということに関して、高齢者はそれほどしっかりとやろうと思わない傾向があります。若い人達がもっと声高に、自分たちの望ましい都市づくり、街づくりを主張することは将来の日本にとってもとても重要なことなのです。しかし、若い君達はどのような都市や街、界隈を欲しているのでしょうか。何かが欲しいとは思っていても、具体的なイメージはなかなか描けないという読者が多いと思います。ということで、本書は、若者である君達が、若者の視点で街づくり、都市づくりをするうえで資するような内容を詰めたつもりです。
 私は君達の年代をとうに過ぎた年寄りです。しかし、小学校6年生の時に通っていたアメリカの小学校で、理想の都市の地図を描くという課題をして以来、ずっと街づくり、都市づくりに興味を持ってきました。その時に描いた都市を現実に具体化したいなという思いが今の自分の研究テーマに繋がっていることを考えると、少しは君達の役に立つこともできるかなとも思ったりします。もちろん、君達のような素晴らしい感性で街や都市を見ることはできないでしょう。しかし、君達がそういう能力を有していることは分かっていますし、また、若者の視点を無視した街づくり、都市づくりが決して素晴らしいものをつくりあげないことを知っています。君達にとって、そして君達が大人になった時の若者達にとって望ましい街づくり、都市づくりをするうえで、本書が少しでも参考になれれば筆者としては望外の喜びです。


若者のためのまちづくり (岩波ジュニア新書)

若者のためのまちづくり (岩波ジュニア新書)

  • 作者: 服部 圭郎
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2013/08/22
  • メディア: 新書



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