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「はだしのゲン」の閉架措置について、徒然と考える [原発問題]

松江市教育委員会が、漫画「はだしのゲン」について、市内の全小中学校に教師の許可なく自由に閲覧できない閉架措置を求め、全校が応じていたことが分かった。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130816-00000054-mai-soci

「はだしのゲン」は私が小学生の時、少年ジャンプに連載されていて、私が一番、嫌いな漫画であった。描写が不気味であったからだ。しかし、それと同時に最も、強い印象を与えた漫画であり、私の現在の原発反対、戦争反対という考えに強烈な影響を与えた作品であるともいえよう。その漫画としての価値は世界的にも認められており、約20カ国語に翻訳されている。

なぜ、松江市はそのような判断を有するに至ったのか。毎日新聞によれば、「昨年8月、市民の一部から「間違った歴史認識を植え付ける」として学校図書室から撤去を求める陳情が市議会に出されたことがきっかけだそうだ。」

「はだしのゲン」で描かれていることは、確かに目をそらしたいようなことではあるが、戦争や原爆というのは、そういう目をそらしたいことを生み出す。1993年以来、全国戦没者追悼式の式辞で歴代の首相が常に触れていた「不戦の誓い」と「加害責任」に、安倍首相は触れなかった。そのような好戦的な首相、改憲といった流れが出来つつある中、すなわち、「はだしのゲン」が再現される可能性が高まる中で、このような歴史的な事実に目をつぶる方がよいと判断する人々がいることに強烈な悲しみと憤怒を覚える。

司馬遼太郎が、日本を研究するきっかけとなったのは、「日本という国は、昔からこんな馬鹿な戦争をするような馬鹿な国なのか」という問いに答えたかったからであるが、私は、最近、日本という国は、第二次世界大戦に突入するような馬鹿であった状態から全然、進歩できていないのではないかと思いつつある。それは、再び世界から孤立し、下手をしたら人類史から消滅するか、させられるほど愚かなのではないかとも思いつつある。本当、情けない。

福島の原発周辺では静かなる「はだしのゲン」が現在進行形で進んでいるにも関わらず、皆がなかったことにしようとしている。現実から目をそらし、自分勝手に世の中を捉えようとしても、それは、また第二次世界大戦のような悲劇を繰り返すだけである。そして、もう一度、そのような愚を繰り返したら、おそらく日本という国は抹消されるであろう。第二次世界大戦の時も、ソ連の提案した日本分割論は、ほとんど日本を抹消させるようなものであったことを忘れてはならない。資本主義側の共産主義への恐怖だけが、日本を守ってくれたのである。


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