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ダブリンの不動産バブル [都市デザイン]

ダブリンはちょっと最近まで、都市開発に力を入れていた。リーマン・ショックなどを機に不動産バブルが崩壊するまでは、相当、都市開発に力を入れていたのである。私がさっと大雑把に調べたところでは、まさにダブリンという都心の心臓部分であるテンプル・バー地区、そして港湾地区であるドックランズを大胆にミックス・ユースの地区へと再開発する事業、商業中心であるオコネル通りの再整備、さらに銀座通り的なグラフトン通りのリデザイン、トラムの整備など、もう百花繚乱的に都心に投資を行うのと同時に、郊外においても宅地開発を進めていった。そのような都市政策を遂行してきたためか、ダブリンにおいては1994年から2008年にかけて一貫して不動産価格が上昇していった。そして、2008年に破裂をしてしまい、2010年の不動産価格は2007年の3分の2程度にまでなってしまったのである。今でも不動産価格は落ちていて、住宅価格は最盛期の半分以下であるそうだ。

さて、このような事態をもたらした都市政策とはどのようなものであったのか。同じバブルを経験した日本からしても、結構、興味深いところである。批判的な立場の人は、システム的ではない計画体系、議論の不足などを挙げている。また、不動産価格の適性評価が出来ていないことも挙げられている。政策自体の問題点としては、公共交通の結節点における居住密度の向上を図ろうとしなかったこと、アメリカの投資家が多大なる不動産投機を野放図に出来たこと、などが指摘されている。まあ、大雑把にまとめてしまうと、しっかりとした将来の都市ビジョンが描けない状態で、投資を呼び込んでしまったことがバブルが破裂したとき、より悲惨な状態をもたらしたということか。ちなみにダブリンの面積はベルリンと同じであるが、ベルリンに比して人口密度は3分の1しかないそうだ。ベルリンもバブル崩壊したが、確かに人口密度が高い、ということは都市問題をそれほど深刻化させない一つの要因かなとも思ったりする。ベルリンは、ただし、地区によっては過激な人口縮小という新たな問題を有しているが、人口密度が元々高いところでの人口縮小なので減築などの処方箋を取ることができているとも捉えられる。ただ、ここらへんのヨーロッパの人口密度議論をいろいろと聞くと、つくづく日本の都市とは問題解決の処方箋、という捉え方が違うなという思いを強くする。日本でも、もう少し、密度論議をすることが必要なのではないかと改めて思ったりもする。

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