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シアトルの下北沢ともいえる「キャピトル・ヒル」でもジェントリケーションが進んでいる [サステイナブルな問題]

 キャピトル・ヒルという地区がシアトルのダウンタウンの東側の丘陵地帯にある。学会で偶然、知り合ったワシントン大学の大学院に通っている台湾人の留学生が、私の下北沢の発表に興味を持ってくれて、シアトルの下北沢に連れて行ってあげるというので誘いに乗る。彼女は、知り合いの台湾人の留学生一人と、大学院の同窓のアメリカ人を連れてくる。
 このキャピトル・ヒルは、もとは自動車のディーラーが多く立地していたような場所なのだが、都心に近いこともあってか、徐々にレストランなどに置き換わっていく。そして、金のないアーティストやヒッピー、そしてゲイ達がここに引き寄せられ、ユニークなネイバーフッドへと成長していったのである。サンフランシスコでいえばヘイト・ディストリクト、ニューヨークでいえばイースト・ビレッジ、最近はウィリアムスバーグといった感じの地区であろう。

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(多くの歩行者で溢れるキャピトル・ヒル地区。いや、そりゃ東京に比べれば多くはないですが。相対的にアメリカの都市として考えると多いのです)

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(キャピトル・ヒルで我々が入ったタパス。ワインもビールもすべてアメリカ以外のものしか置いていない。アメリカ以外というのが、トレンディなんでしょうね)

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(再開発の対象となっているバウハウス・カフェ。確かに雰囲気は独特でいい)

 さて、そして、このキャピトル・ヒルも、ニューヨークのイースト・ビレッジと同様に、そのカウンター・カルチャー的なユニークさがかえってその地価を高め、不動産投資の魅力を持つようになってしまっている。そして、イースト・ビレッジと同様に、デベロッパーが開発をしようと土地を購入しようとしている。キャピトル・ヒルの場合は、その購入予定の一画にバウハウスという名のカフェがあったために、結構、人々の関心を集めているのだ。このバウハウスにも連れて行ってもらったが、そこは、本屋のような体裁(実際、本が置かれているのだが、本棚が高くてとても本は取れないので、これは実質的にはただのオブジェであろう)をしているカフェで、多くの人達はコンピューターを睨んでいるなどして、サード・プレイス的に使っていた。まあ、悪くない場所だが、これはどうもキャピトル・ヒルの象徴的なランドマークであるようなのだ。「キャピトル・ヒルの居間」などと呼ばれているらしい。デベロッパーはここの区画に7階建てのビルを計画しているらしい。私の大学のそばのビルはもう30階建てがざらなので、7階なら可愛いもんだなと思ったりするが、キャピトル・ヒルの住民にとってはとんでもないことらしい。というのは、7階というのもけしからんのだが、このデベロッパーはマディソン・デベロップメント・グループという会社なのだが、ホーム・ディポやコストコ、セーフウエイ、LAフィットネスといったナショナル・チェーンを主要顧客にしているため、そのままの開発だとこの地区のアイデンティティを壊す可能性もあるからだ。
 市役所は古い建物を保存しようとしているのだが、経済的な成長が保全より開発を促しているようだ。ここらへんの話もイースト・ビレッジとまったく同じで興味深い。
 そして、確かに下北沢とも類似点が多い。私がチェックしたウェブサイトの記事では、この街区にある古い建物の修復をいくつか手がけたリズ・ダン氏が「楽観的なデベロッパー、投資家は、「ホット」な地区をみつけると、簡単に投資回収ができると考えるが、この地区の価値を創造しているのは「注意深い修復事業、そして地元のテナントの創造的なビジネス」である」と述べている。 そして、新たな開発によって消去されてしまうコミュニティのアイデンティティやユニークさは、ほとんど二度と戻らないと前述したダン氏は述べている。
 これは実はまさに下北沢にも言えることだ。下北沢は、都内でも吉祥寺、高円寺などとともにカウンター・カルチャーの聖地であると捉えられている。特に、演劇、インディーズ・ミュージックの点で、そのことは指摘できる。加えて多くのローカルなカフェ、そしてローカル(一部はチェーン)の古着屋が数多く立地し、その結果、広範囲の集客力を有している。
 しかし、それを単に井の頭線と小田急線の結節点である交通の利便性の高さに起因すると考え、その集客力の大本であるローカルのテナントを排除し、ナショナル・チェーンにおいて入れ替え、より土地当たりの売り上げを増やそうと考えているのが、下北沢の26メートル道路計画の背後に見え隠れする。その証拠に、最近では、下北沢に店舗を構えるテナントの多くは利益を出していないのに、テナント代が高くて、多くの個人オーナー店は青息吐息である。これは地主がテナント代を強きになって下げるどころか上げたりするからであるが、集客力の大本である個人オーナー店を排除して何を考えているのだろうか。ユニクロで買い物をするため、スタバでコーヒーを飲むためにわざわざ多くの人が下北沢に来ている訳でないことがなぜ、分からないのであろう。と思ったりしていたので、似たようなことがシアトルで展開していることに、グローバリゼーションという巨大なる経済の動きを感じ取ったりもしたのと同様に、下北沢で起きていることは日本だけの問題ではない普遍的な問題であることにも気づかされた。
 まあ、そういうことだから私の学会での「下北沢」の研究発表も予想外に受けたわけであるなと知る。

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(キャピトル・ヒルから観るスペース・ニードル)
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