『センセイの鞄』 [書評]
今さらながら2001年に単行本が出された「センセイの鞄」を読む。特に読む理由もないし、最近、滅茶苦茶忙しいので、こんな純文学を読む必然性はゼロなのだが行き帰りのバスにストレス解消目的か、読んでしまったのである。この小説は結構のベストセラーになったそうで、評判もよい。私も結構、その文体を楽しむことができた。川上弘美は「蛇を踏む」以来だが、その幻想的というか、どこか現実に靄がかかったような情景描写は、文字を読むということが楽しみとなる心地よさがある。まあ、この小説の場合は、常に酒でほろ酔い加減のような描写というべきか。センセイといわれる老人と中年女性との淡い関係を淡々と描いたストーリーも好ましい。とはいえ、これを恋愛小説と捉えるのはどうかとも思う。この小説は多くの中高年の男性に読まれていたそうだが、これらの読者は何をこの小説に期待しているのであろうか。センセイの透明感には加齢臭もなく、年齢からくる肉体的衰弱も表現されていなく、煩悩からもかけ離れている。それは、リアリティがまったくない妖精のような存在であり、この恋愛小説はそういう点で、人魚姫と同様のまったくのファンタジーである。そういうことを理解して読めば、小説自体は好ましいし、日本語の表現の美しさを感じる文体は心地よい読後感を得ることができる。しかし、私はこの小説がファンタジーというよりかは、より現実的なラブストーリーだというような解釈をして好きであるという人には嫌悪感を覚えてしまう。これは、まったくもってのファンタジー小説であり、それでこそこの小説の価値もあると思う。ちゃんと人魚姫やかぐや姫のようにセンセイも他界することで落としどころをつけているし。私もまさに中年男性であるが、このような小説がファンタジーであることは理解できる。まあ、ファンタジーとして楽しむことは悪くはないだろうが、そういう観点からは「バーバレラ」とか同様の次元で楽しむべきものではないかとも思う。
2010-10-30 18:57
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